モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う 作:惣名阿万
連日投稿3日目です。
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2月を迎えた初日の正午。達也と深雪の兄妹にほのかを加えた3人はちょうど一週間前と同じ時間、同じ場所に集まっていた。
用件もまた前週と同様。雫からほのかを通じて達也たちへ話があるとの内容だ。
しかし、応接室の画面に映った友人二人の様子は以前と少し変わっていた。
駿の方は平静を保っているように見える。
腰の後ろに手を組んだ「休め」の姿勢。
表情も真剣そのもので、一高に通っていた頃と何ら変わりない。
対して、雫の方は明らかに平常心からは程遠く映った。
隣の駿を意識しているのは明らか。頬や口元が強張っていて、目線も不自然でないギリギリの範囲で逸らされている。気になるというよりは、合わせる顔がないといった趣だろう。
『何かがあった』というのは聞かずともわかって、乙女心の騒ぎ出した女性陣二人が堪えきれなくなる前に、機先を制して達也が口を開く。
「ひとまずは互いの情報を交換しよう。まずこちらからだが――」
達也は幹比古と八雲の双方から得た手掛かりを纏めて語る。
元より古式の術者の可能性に言及していたこともあって駿と雫の理解は早かった。
『『
「二人の話を聞く限り、『屍食鬼』を使役する魔法は古式魔法に属するものだろう。事象を改変して結果を生み出す現代魔法では説明のつかないことが多すぎる」
『大亜連合か大漢に由来する古式魔法。それが『屍食鬼』を生み出す魔法の正体ということだな。感謝する。とても参考になった』
律儀に「気を付け」の姿勢に変えて腰を折り、顔を上げた駿は隣の雫へ目を配ってから
『それで、こっちの成果についてだが――』
ターンが替わり、今度は駿がアメリカで調べ上げたことを報せる。
時に雫へ確認を求めながら、駿が主体となって報告の結びまでを語った。
「『
『あくまで噂らしいけど、
聞き込みの成果を報せる雫はようやくいつもの調子に戻っていた。
「それで、その『吸血鬼』の噂が広まったのが9月の頭くらいだと」
続く問いかけには隣の駿が応じる。
『そうだ。そして、ほとんど同時期にメンローパークで軍民共同の実験が行われた』
「余剰次元理論に基づくマイクロブラックホールの生成・消滅実験。確かにそう言ったんだな?」
念押しに駿が頷くのを認めて、達也は心なし深く息を吐いた。
「あれをやったのか……」
大きな衝撃を受けていると見抜けたのは深雪だけだった。
兄が不快に感じているのが読み取れて、けれど話を中断させる大義が見つからなかった。
『詳しい理屈はわからなかったんだが、どうやら司波は理解しているらしいな』
「理論だけなら、そうだ。意義があるかどうかについては正直疑問が残る」
肯定を返した達也は冷静かつ痛烈な批判を頭に置きつつ、実験について解説していく。
「簡単に説明するなら、ごく小さなブラックホールを人工的に作り出して、そこからエネルギーを取り出そうという実験だ。生成されたブラックホールが消滅する過程で、大量のエネルギーが発生することが予想されているからな。それを確認したかったんだろう」
魔法科高校では一般相対性理論や量子論は一年次のカリキュラムに含まれていない。
兄の魔法特性上たまたま触れていた深雪はともかく、駿や雫、ほのかにこれらの知識はほとんどなかったが、幸い三人とも完全な理解を追求することはなかった。
『それがマイクロブラックホールの生成と消滅。なら余剰次元理論というのはその実験にどう関わってくるんだ?』
駿が普段よりもゆっくりとした口調で訊ねる。
語り口から事の重大性を察してか、女性陣も真剣な顔で続く言葉を待っていた。
「エネルギーが生じるスキームそのものに余剰次元理論は関係していない。余剰次元理論はこの実験のいわば下地に当たる理論で、これを考慮した場合、マイクロブラックホールの生成が桁違いに小さなエネルギーで実現できるというわけだ。現存する加速器で達成可能なほどに」
ほのかが息を呑む。
何が起きるかはわからないまま、彼女は本能的な緊張を表情に滲ませていた。
深雪と雫も同じように緊張を抱いていて、唯一顔色に変化のない駿だけが重ねて達也へ問いかける。
『『吸血鬼』の出現とその実験。時期が同じなのは偶然だと思うか?』
質問の体を取りながら、彼は答えを確信しているようだった。
達也自身、偶然ではないと確信しているからこその発言だった。
「実験の内容が内容だけに、無関係とは言えないかもしれない」
曖昧な表現で前置きをしてから、達也は次の解説へと移る。
「余剰次元理論では、この世界を高次元に閉じ込められた三次元空間の薄い膜のようなものと定義している。そして物理的な力の中では重力だけがこの次元の壁を越えられ、さらにその力の大部分が別次元に漏れている為に、この次元では本来よりもずっと小さな力しか観測されない。余剰次元理論とはそんな仮説だ」
一旦話を区切り、周りの反応を窺う。
案の定、誰もピンと来ていないのを認めて達也は話の切り口を改めることにした。
「ところで、皆は現代魔法の第一パラドックスという命題を知っているか?」
今度の反応は早かった。
『魔法による事象改変はエネルギー保存の法則から逸脱している、だったか?』
『でも確か、その命題はそれ自体が不完全という結論だったはず』
駿が教科書の記述を諳んじて、雫がそれに補足を加える。
およそ狙った通りの回答に、達也は満足げに頷いて見せた。
「そう。雫の言う通り、エネルギー保存の法則が破綻しているように感じるのは見かけだけの話だ。そもそもエネルギー保存の法則は物理学の前提となる法則で、これに反する現象はあり得ない。魔法もまた物理的な結果をもたらすものである以上、エネルギー保存の法則が成り立っているはずなんだ」
先程と違い全員が納得を示したのを確認して、達也は続きを口にする。
「エネルギー保存の法則とは、閉じた系の中でのエネルギー総量は常に一定であるというもの。エネルギー総量の変動が観測されたとすれば、それは観測の誤りか、あるいはその系が閉じていないということを意味している」
そこまで語って、達也は一同へ視線を巡らせる。
深雪から映像越しの二人、そしてほのかへと移ったところで、目線の先の彼女は自信なさげに呟いた。
「えっと……。つまり、この世界は閉じた系じゃないということでしょうか?」
きっかけがもたらされれば後は連想ゲームのようなものだ。
「先程の余剰次元理論と繋がっているように思われます」
『……魔法に必要なエネルギーは異次元から供給されている?』
深雪から雫へ。
全員の理解が追いついたのを見計らって、達也は持論の展開を始めた。
「最近、そういう説を唱える魔法研究者が増えてきている。俺もそう考えているし、仮に余剰次元理論が正しいとするなら、重力だけが次元の壁を越えて作用することに何らかの意味があるとも考えている」
達也はさらに「ここから先は根拠のない、空想に近い仮説だが」と前置きをして続ける。
「別次元に作用する重力は、そうすることで次元の壁を支えているのではないだろうか。
魔法は、その壁を崩さずに異次元からエネルギーを取り出しているのではないだろうか。
魔法式はこのプロセスを制御するためのもので、異次元から取り出したエネルギーを物理的なエネルギーに変換していると考えれば辻褄が合う」
応接室に静寂が落ちる。
誰もが語られた話のスケールへ途方に暮れ、再起動には相応の時間が必要だった。
『だが、マイクロブラックホールを生成するとなると……』
駿の呻くような呟きに達也が頷く。
「次元の壁の向こうには魔法的なエネルギーに満ちた次元が在って、それがこの世界に漏れ出してこないよう、重力によって支えられた次元の壁が堰き止めている。
ところが、マイクロブラックホールの生成によって重力が消費されてしまうと、重力によって支えられていた次元の壁が僅かな時間揺らぐことになりはしないだろうか」
僅かに早く兄の懸念に辿り着いた深雪がハッとして口を覆う。
その間もほのかと雫は考えを巡らせていて、達也の語った説から導かれる結論を呆然と声に出していた。
「次元の壁が揺らぐと……」
『魔法式でコントロールされていない魔法的なエネルギーが漏れ出してくる……?』
声に出して言ってから、二人は画面越しに視線を交錯させる。
自分たちの言い放ったことが、アメリカで起きた出来事にリンクすると気付いて。
「この世界の宇宙がそうであるように、エネルギーは自然発生的に構造化して情報体を形成する。異次元の魔法的なエネルギーも同じように構造化するに違いない。
そして次元の壁が揺らいだ瞬間、異次元で形成された魔法的なエネルギーの情報体がこの世界に侵入する可能性は、ゼロじゃないと思う」
結びに達也が結論を述べると室内の雰囲気は困惑から緊迫へ移り変わっていった。
あくまで推論ではあるものの、『パラサイト』とメンローパークで行われた実験とが因果関係で繋がったのだ。
「最初の被害者が見つかったのは8月の下旬だったな?」
凍り付いた空気の中、達也は淡々と同じ問いを再び投げかける。
『ああ。去年の夏。九校戦の後くらいだそうだ』
「となると、『パラサイト』が発生してすでに半年近くが経過しているのか」
達也にとっては改めて確認するほどのことではない。
敢えて口に出しているのは寧ろ、妹と友人へ理解を促すための前振りだった。
「そちらで噂になったという『吸血鬼』が『パラサイト』と同じ存在だとすれば、連中はこの世界に来てしばらくはアメリカで暴れていたということになる。その後何らかの理由で鎮静化し、今は日本にやってきているとなれば……」
軍民共同で行われた実験を契機に『パラサイト』が出現したとして、死者を出して噂になるほどの魔物が沈静化し、その後外国で秘密裏に活動を行っている。
スターズの暗躍を知っている達也でなくとも危機感を抱くに十分過ぎる情報だった。
『司波、これはもう』
「ああ。俺たちだけで留めておける話じゃない」
『正史』と比較して、遅れること約1カ月。
ようやく『パラサイト』の存在が達也たち以外にも知らされることとなった。
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同日。東京港区赤坂の駐日米国大使館。
駐在武官の立場にあるアレクサンダー・アークトゥルスは大使館内に割り当てられた自室のデスクに着き、端末に集積されたデータの山を流し見ていた。
アークトゥルスが来日したのは10月初頭。
配置替えとなった駐在武官の護衛という名目で横須賀に上陸し、当の将校より余程手厚いサポートの下、日本におけるUSNA軍の影響力を伸張すべく活動を行っていた。
彼に与えられた任務は同盟国の保持する魔法戦力について情報収集を行い、可能であれば競合する同国の魔法戦力を勧誘、もしくは活動停止に持ち込むこと。
そのために非正規の諜報員を使って若年魔法師の性能や思想を調査し、USNAへの取り込みが望める人材のリストアップなどを行っていた。
しかし、去る10月30日の日曜日。大亜連合軍による横浜への侵攻作戦に先立ち、彼らが雇い入れた諜報員の何人かが工作員の襲撃を受ける事態に陥った。
アークトゥルス自身も彼の持つ特殊な魔法を用いて救援に当たり、結果として半数以上の損害は免れたものの、彼らが進めていた日本魔法師への働きかけは中止せざるを得ない状況に追い込まれてしまった。
主たる任務が中止となり、アークトゥルスには次なる任務が下された。
年明けから開始される潜入調査に向けた環境整備と任務中のバックアップがそれだ。
本任務に当たるアークトゥルスに対し、USNA軍参謀本部は日本への援軍派出を決定。
主幹メンバーとして抜擢されたのは、アークトゥルスが隊長を務めるスターズ第三隊の隊員たちだった。
それぞれ別ルートで来日したメンバーの内訳はアークトゥルスを含む
ここに別任務で来日したスターズ総隊長、アンジー・シリウス少佐とそのサポートチームを加えた20人余りが、USNAが特殊作戦のために日本へ送り込んだ戦力のすべてだ。
この内、アークトゥルスの『同胞』となっているのは7人。
『彼ら』は本任務にあたり、最も重要な役割を果たすはずだった。
――『同胞』の一人を奪われるまでは。
『囚われた同胞の詳細な位置は判明していない』
アークトゥルスの脳内に声が響く。
自分の声とも他人の声ともつかないそれを聞いたアークトゥルスは、端末をスクロールする手を止めて椅子の背もたれに身体を預けた。
『協力者の言によれば、京都市から外へ出た形跡はないようだ』
『彼ら』は宿主の意識を基に形成した個人の感覚と、『彼ら』全体で共有される群としての感覚を併せ持っている。
憑りついた宿主の脳の一部を作り変え、前頭葉にアンテナのような組織を形成することで精神ネットワークを介した交信を可能とする。魔法学において『テレパシー』と定義される交信手段に近く、これをもって『彼ら』は傍受不可能な連絡と意思共有をいつでも行うことができるのだ。
共有知覚能力。
専門家の間でそう呼ばれるこの交信能力を用いる頻度は、来日するメンバーが増えるごとにますます多くなっていた。
『しかし、西方への進出は未だ達成できていません』
メンバー唯一の女性の声が現状を再確認する。
互いに意識を共有している『彼ら』にとって、確認も提言も然したる違いはなかった。
『日本の魔法師、忍術使いの干渉は思いのほか厄介だな』
『今の戦力で包囲を突破するのは難しい。三度試したが、いずれも抜ける隙がなかった』
『彼ら』の現在の目的はある人間の精神に閉じ込められた『同胞』を救い出すこと。
元々在った来日の目標よりも先にそちらを解決する必要があると、『彼ら』は『彼ら』の間でのみ意見を一つにしていた。
『では、どうする? 同胞を囚われたままにはしておけんぞ。それにこのまま手をこまねいていては、いずれ『私/我々』のことが露見してしまう」
『彼ら』を窺う包囲の輪は着実に狭まっている。
忍術使いはもちろん、最近では別の勢力も『彼ら』を捕えるべく動き出していた。
このままではいずれ『彼ら』の正体と力が暴かれてしまうだろう。
そうなってしまってはいけないと、『彼ら』は
『戦力が足りないのなら、増強すればいいのでは?』
一人が打開案を提示すると、すぐにその思惑は『彼ら』全体へ共有された。
『そうだ。戦力としても口実としても最適な人間がいるではないか』
『……司波達也か。確かにあの者をターゲットとするのであれば、スターズの戦力を使うことができるな』
『左様。シリウス少佐であれば、彼を捕らえることも叶うだろう』
司波達也は仮称《グレート・ボム》を使用した疑いのある候補であり、また現地協力者の提示した警戒リストの最上位に位置する人物でもある。
仮に『灼熱のハロウィン』を引き起こした魔法師でなかったとしても、『同胞』に加える戦力としては申し分ない人材だった。
『まったく。シリウスを同胞に迎えることができれば話は早いのだが』
司波達也の捕獲で意見の一致した精神ネットワークにふと、そんな愚痴が流れる。
残された宿主の意思が漏らした一言は、思いがけず何人かの同情を誘った。
『仕方ないだろう。同盟者の意向を無視するわけにもいかない』
『『俺/我々』がこうしていられるのもアイツのお陰だからな。望みは叶えてやりたい』
血気盛んな一人がそう言うなり『彼ら』の間に賛同の色が満ちる。
『話は決まったな。では司波達也をターゲットに作戦を上申する』
『同胞』たちの声が落ち着くのを待って、アークトゥルスは合議の場を締めくくった。
脳内を満たしていた声が遠ざかるなり目を開いたアークトゥルスは、端末の電源を落とすと作戦指揮官である将校のもとへと足を向けた。