モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第14話

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 夜闇に溶け込むよう黒く塗られたナイフが4本、上下左右から達也へ迫った。

 

 直線的な軌道ではない。

 まるで糸に引かれるように、滑らかに弧を描いて凶刃が襲い掛かる。

 

 狙いは精確だった。『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』を開いていなければ、あるいは対処できなかったかもしれない。

《再成》がある以上決定打にはなり得ないものの、秘匿すべき力を無防備に晒してしまう可能性があった。

 

 立て続けに襲い掛かる刃を、達也は身体能力だけでやり過ごした。

 

 左右からの2本を屈んで避け、足首を刈ろうとする1本は革靴で蹴り飛ばす。

 身体を起こした勢いのまま頭上へ《術式解体》を放ち、推力を失った一本を顔の前で掴み取ると、切り返してきた左右の2本のうち右のナイフへ向けて投擲。

 最後に残った1つを振り返り様の手刀ではたき落とすと、路面に落ちたナイフが硬質な音を立てた。

 

 奇襲をやり過ごした達也が敵性情報の座標へ『眼』を向ける。

 移動魔法でナイフを操っていた術者を捉えると同時、達也を取り囲むように5人の男が駆け寄ってきた。

 

 無地の作業服を着た男たち。

 全員が手に軍用ナイフと消音器付きの拳銃を持ち、銃口を達也へ向けて構えた。

 

「大人しくしろ」

 

 定番の台詞とともに襲撃者たちが引き金へ指を掛ける。

 『視』ればそれらは単なる拳銃ではなく、内部にCADの機能を組み込んだ武装デバイスだった。複雑でありながらコンパクトに作成された武器はだからこそ、彼らが世界一の軍事力を誇示する国の刺客だと白状しているようなものだ。

 

「USNA軍の魔法師か。街中で民間人に銃を向けるとは、随分と大胆なことをする」

 

 動揺も降伏もしない達也に向け、男たちは拳銃型武装デバイスの引き金を引く。

 起動式が展開され、『精霊の眼』で記述を読み取った達也は放たれたのが非致死性の帯電体だと見るや、自ら一人の懐へ飛び込んだ。

 

 狙いを外した弾丸が達也を掠めていく。

 テーザーガンと同じような設計思想なのだろう。

 どうやら敵は達也を生け捕りにするつもりらしい。

 

 一瞬のうちに男の一人へ肉迫した達也は相手が展開した対物障壁を《術式解体(グラム・デモリッション)》で破り、がら空きの鳩尾へ掌底を突き込んだ。

 

 胴へ触れた手を始点に振動系魔法を発動。

 『フラッシュ・キャスト』――後天的に得た仮想魔法演算領域から起動式のイメージを直接読み出し、CADを使うことなく高速で魔法式を構築する能力――によって一流の魔法師にも劣らぬ速度で事象改変を達成した振動魔法は、《術式解体》の余波で解けていた情報強化の鎧を抜け男へダメージを与えた。

 

 呻き声を漏らして男が倒れる。

 残る四人は達也の動きに目を見張ったものの、すぐに動揺を抑えてナイフを構えた。

 

 一転して近接戦闘を挑んでくる男たちへ、達也は限られた手札で対抗する。

 使うのは無系統魔法と『精霊の眼』、『フラッシュ・キャスト』のみ。《分解》はもちろん《再成》も隠したまま、監視者の目に不都合な画が渡らないよう意識して立ち回る。

 

 幸い、制限を受けた状態でも襲撃者に後れを取ることはなかった。

 一人、また一人と作業服の男を打ち倒し、最後の一人が倒れるなり新手の攻撃が加わった。

 

 最初に襲い掛かってきた宙を舞うナイフ。

 さらに2本が加わり、計6本となった刃が左右から達也へ殺到する。

 

 ナイフの射出地点は達也の『眼』にしっかりと映っていた。

 駐車場の端に停められたボックスワゴンの陰。そこが移動魔法の出所だ。

 

 術者の位置を特定した達也は右側面から押し寄せるナイフを《術式解体》の砲弾で撃墜し、左から迫るナイフを無視して走り出す。

 目標を外したナイフはしかし通り過ぎた先の空中で軌道を変え、ワゴンに向けて走る達也に背後から接近した。

 

 達也が《術式解体》で背中へ迫るナイフを迎撃。

 同時にワゴン車の奥から人影が飛び出し、手に持つナイフを直接達也へ振り下ろす。

 不意を突いて繰り出された攻撃に対し、達也は動じることなく男の腕を掴みにかかった。

 

 先に届いたのは達也の右手だった。

 だが突き上げる形で伸ばした手は男の前腕を掴む直前、見えない壁に阻まれ逸らされた。

 

「《軌道屈折術式》か!」

 

 瞬時に男の手札を見破った達也。

 辛うじて回避行動を間に合わせ、男の振り下ろした刃から逃れる。

 アスファルトを転がり立ち上がった達也は、男の揮った魔法の威力に浅く息を吐いた。

 

(魔法式の構築速度が早い。ほとんど超能力(サイキック)だな)

 

 達也の手が触れる直前まで、目の前の男は魔法を使う素振りを見せなかった。

 CADはもちろん武装デバイスの操作もなく、起動式を展開した形跡は一切なかった。

 

 にもかかわらず、男が魔法式を構築するのに掛かった時間は非常に短かった。

 『精霊の眼』を開いていた達也が意表を突かれたほどだ。

 

(携行武器を遠隔操作する移動系統と、超能力の域にまで高速化した《軌道屈折術式》か)

 

 今この場でやり合うには厄介な相手だった。

 

 距離を取って分析していた達也はしかし、自身のエイドスを対象に魔法式が投射されたのを『視』て即座に対抗魔法を放つ。

 達也のエイドスの右腕に関する部分へ一瞬だけ『燃焼』の事象改変が加わり、次の瞬間には高密度のサイオンが魔法式を吹き飛ばした。

 

 対象のエイドスを『燃焼状態』に改変する振動系の加熱魔法、《生体発火》だ。

 

「今の攻撃を防ぐとは。タツヤ・シバ、やはり只者ではない」

 

 ボックスワゴンのドアが開き、中からもう一人が現れた。

 ラテン風の顔立ちをした中背の男。先程の《生体発火》を使ったのはこの男らしい。

 ナイフを操っていた男といい、どちらも超能力に匹敵する発動速度だった。

 

 男は3mほどの距離を空けて同僚に並ぶと大真面目な顔で達也に手を差し出す。

 

「我々と一緒に来てもらおう」

 

 建前だなと、達也は納得を抱いた。

 カメラを通して覗き見ている連中に向け、断られたという口実が欲しいのだろう。

 

「当然、お断りだ」

 

「では力尽くで連れて行くしかないな」

 

 要望通りの回答に、男の口元へ笑みが浮かぶ。

 それが合図となってか、先程から相手取っている方の男が動いた。

 

アクティベイト(Activate)、《ダンシング・ブレイズ(Dancing Blades)》!」

 

 通りの良い声が放たれ、駐車場に散らばっていたナイフが独りでに浮かび上がる。

 鋭い刃先は声を放った男へ向いていて、当の本人は自ら達也目掛けて突進を開始した。

 

 頭半分大きな男の突進と殺到する10本のナイフ。

 さらに圧力を増した攻撃に、達也は堅実な戦い方で対処していった。

 

 四方八方から襲い来る刃を躱しながら、男の繰り出す斬撃と刺突をいなす。

 もう一人の《生体発火》に対しては支障のない範囲で『眼』のリソースを自身のエイドスの監視に傾けることで前兆を掴み、魔法式が構築された傍から《術式解体》で粉砕。

 守りの安定した達也は徐々に反撃の頻度を増やし、《軌道屈折術式》で逸らされる分を考慮に入れた上でナイフ使いの身体へ打撃を通していった。

 

 どうやら《分解》も《再成》も使わずに済みそうだ。 

 

 ――直後、強烈な危機感が達也を襲った。

 

 気付いた時にはもう回避が間に合わなかった。

 辛うじて急所を避けた達也の左腕が肘の辺りから焼き切られる。

 焼きごてを押し当てられたような激痛に眉を顰めながら、達也は宙を舞う自身の左手を掴み取り、ジグザグに後退して木の陰に滑り込んだ。

 

 間近の街路カメラとサイオンセンサーを《分解》し、止めていた《再成》の発動を実行。

 時間遡上によって凝縮された激痛が達也を襲い、唇を噛む一瞬の内に切断面の炭化した左腕が元通りに繋がった。

 

 認識の外側から狙撃されたのは今回で二度目。

 いずれも急所を避けていたために即死は免れたが、この手の攻撃は自身の弱点の一つだと達也は痛感していた。

 

「いい加減、対策を立てないとな」

 

 強力な対抗魔法を有していても対処が間に合わなければ意味はない。

 特化型CADは確かに汎用型CADに速度で勝るが、狙いを付け、スイッチを操作するという行為が必要となる。今のように先手を打たれてしまうと、どうしても対応が遅れてしまうことがあった。

 

 活路を開くためにも、現在開発中のCADを早く完成させなければならない。

 立て続けに襲い掛かる不可視の光線を避けながら、達也は頭の中のスケジュールにFLT訪問を書き加える。

 

 すでに攻撃の正体は理解した。

 放出系に分類される、高エネルギー赤外線レーザーによる狙撃。

 卓越した連携によって生じた隙を1キロ離れたビルの屋上から狙い撃たれたのが先の一撃だ。

 

 反撃はできない。

 《雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)》で狙撃手を消し去る能力がありながら、状況がそれを許さなかった。

 

 今の達也は独立魔装大隊との接触を真夜に禁じられている。

 それはつまり街路カメラやサイオンセンサーに記録されてしまった秘密を完全に消し去り、それらの行為を秘密保護の名の下に正当化する手段が使えないということだ。

 彼の持つ魔法は四葉家からも国防軍からも秘することを求められていて、正当防衛の名目があろうと揮うことは許されていなかった。

 

 認識できる範囲のカメラとセンサーは先に《分解》することで排除できるが、一度記録されたデータを遡って消去する技術は響子に遠く及ばない。

 およそ1km離れた場所にいる狙撃手の周囲を探るには『精霊の眼』の機能を()()()()()振り分ける必要があり、深雪の安全を最優先する達也にとってこの配分は許容できないものだった。

 

 再び、月明りの下を無数の刃と《生体発火》の魔法が殺到する。

 達也はナイフを体捌きだけで避けながら、クリティカルな攻撃を《術式解体(グラム・デモリッション)》で撃ち落としていった。

 だが狙撃手の魔法が加わったことで攻撃の圧力が増し、反撃を打ち込む余裕はなくなってしまった。

 

 何よりも厄介なのは相手の連携の巧さだ。

 

 ガードの硬い一人が注意を引きつつナイフで牽制を入れ、

 《生体発火》を操る一人が達也の対抗魔法を釘付けにし、

 一撃の威力の大きな三人目が高い頻度で狙撃を撃ち込む。

 

 一切の合図もなく繰り出される高度な連携には、さすがの達也も舌を巻くしかなかった。 

 

(リアルタイムで通話しているかのような連携だな)

 

 何度目とも知れない光条を避けながら内心で独り言ちる。

 そうこうする間も少しずつ手傷は増えていって、頬を伝う血を拭う暇もなく両手を振るう。

   

 活路を開くにはもう《分解》を使うしかないか。

 一帯のカメラやセンサーごと敵を塵に変えるべきか本気で考え始めた、その時――。

 

 高速で接近する人影を『眼』に捉えて、達也は大袈裟に距離を取った。

 すかさず放たれる《生体発火》をサイオンの砲弾で粉砕し、援軍の介入を援護する。

 

「やあっ!」

 

 裂帛の気合いと共に赤毛の剣士が切り込んだ。

 刃のない刀がナイフを持った男の小手に振り下ろされ、ギリギリで軌道を曲げられた剣はしかし慣性を無視して跳ね上がる。

 

 刀身が男の前腕を捉え、鈍い音と共にナイフが路面へ落ちた。

 苦悶を漏らした男が後退し、入れ替わるようにレーザーが剣士に迫る。

 高出力の赤外線レーザーはしかし、標的へ届く前に威力を削られ散り散りになった。

 

 間もなく、達也たちの周囲が霧に包まれる。

 視界を白く塗り潰したそれは光条の貫通を阻む水蒸気のヴェールとなり、同時にナイフ使いと《生体発火》の術者を結界内へ捕えていた。

 

 やがて白霧の中に雷光が瞬く。

 達也の『眼』には襲撃者の二人へ雷撃が浴びせられる光景が映った。

 

 ギリギリのタイミングで雷撃を防いだ男たちはその時点で撤退を選択。

 倒れたままの仲間を回収することなく一目散に走り去っていった。

 

「逃げられちゃったか」

 

 悔しげな声を漏らした赤毛の剣士――エリカは刀剣型のデバイスを肩に担いで振り返る。

 

「こんばんは、達也くん」

 

 してやったりとでも言いたげなイイ笑顔。

 昼間の一件を根に持っているのかもしれない。

 

「無事かい、達也」

 

 対して幹比古の方は普段と変わりなく、穏やかな声と共に霧の奥から姿を現わした。

 

「ありがとう、幹比古。それにエリカも。助かったよ」

 

「どういたしまして。っていうか、助けに入れたのは偶然なんだけど」

 

 ひとまず溜飲が下がったのか、エリカは笑みをまっとうなものに変えた。

 

 肩を竦めたエリカはおもむろに元来た方向へ足を向ける。

 駐車場の外れにある一台の自走車の前で屈みこんだ彼女は、車両と路面の隙間から細長いケースを拾い上げた。

 

 刀を収めたエリカが戻ってくるのを待ってから、達也は抱えていた疑問を投げかける。

 

「二人はどうしてここに?」

 

 どちらが答えるかアイコンタクトを交わす二人。

 結果、答えを口にしたのは幹比古の方だった。

 

「『パラサイト』の気配を追っていたら、達也が襲われているのが見えて」

 

 素直に納得を示すと、今度はエリカが達也へ向けて意外感を表す。

 

「それにしても、多対一とはいえ達也くんが苦戦するなんてね」

 

「色々と厄介な事情があってな。本当に助かったよ」

 

 幸い、濁した部分を問われることはなかった。

 横浜での戦闘を共にした二人は達也の身分も力も一部とはいえ知っていて、街中で気軽に揮えるものでないこともよくよく理解できた。

 

「ところで幹比古、『パラサイト』の気配を追っていたと言ったが」

 

 一通りの感謝を伝えた後で、達也は早速気になる点について問いかける。

 俄かに目を細めた幹比古は神妙な面持ちで頷いた。

 

「間違いない。さっきの二人は『パラサイト』だった」

 

 予想していたにもかかわらず、達也は小さくない衝撃を受けた。

 

 駿と雫の口からUSNAで『吸血鬼』が発生したことは聞いていて、飼い慣らされたらしい妖魔は半年の潜伏を経て日本で活動し始めた。

 同時期にUSNA軍の魔法師部隊が潜入した情報も知っていた達也は、彼らが『パラサイト』を利用、あるいは彼ら自身が『パラサイト』になっているのではないかと考えた。

 

 懸念は的中した。先程の男たちが『パラサイト』だとすれば、その超能力染みた発動速度もあまりに高度な連携にも説明がつくかもしれない。

 

「あいつらがレオを襲った犯人ってこと?」

 

「どうかな。レオは女性だったって言っていたけど……」

 

 幹比古が『パラサイト』を気配で追えるのだとすれば、今回のような襲撃をある程度予測することもできるかもしれない。

 

 この時点で、達也は自分が知る情報の共有を決めた。

 

「連中の正体はUSNA軍の特殊部隊、スターズで間違いないだろう」

 

 男たちが『パラサイト』だと知って驚かされたように、今度はエリカと幹比古が驚愕を浮かべる番だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「こんな場所に呼び出してすまないな」

 

 『屍食鬼』についての情報を伝えるため雫が遠上さんに連絡を取った翌日。

 

 顔合わせの場所として指定されたのはランニングコースとしている山の中腹にある広場だった。

 19時の約束に合わせて自走車で指定場所へ向かうと、遠上さんはすでに到着していた。

 

「いえ。お話を持ち掛けたのはこちらですから」

 

 雫が一歩前に出て挨拶を返す。

 こちらの反対を押し切ったからか、雫は自分で話をすると言って聞かなかった。

 

「それで、そちらの方が?」

 

 遠上さんへ一礼した後、雫は彼の隣の男性に顔を向けた。

 前もって同行者がいることは聞いていたが、遠上さんはいつ、どうやってこの黒人男性と知り合ったのだろうか。

 

「私の名前はルイ・ルー。『FEHR(フェール)』のサブリーダーを務めている」

 

 『FEHR』……。初めて聞く名前だ。

 今生はもちろん、『彼』の知識にもそのような組織の名前はない。

 

「その『FEHR』というのは?」

 

「待ってくれ。今、我々のリーダーをここに招く」

 

 問いかけた雫に手振りで待ったを掛け、ルイ・ルーは端末を取り出した。

 どこかへ電話を掛けているのだろう。二、三言のやり取りの後で端末を下ろしたルイ・ルーはそれから展望デッキの方へ振り向いた。

 

 促されるまま、デッキへ視線を転じる。

 

 遠上さんとルイ・ルーの二人を視界に収めて。

 CADはいつでも抜けるよう起動状態を維持して。

 

 そうして見据えた夜景の上に、突如として人の姿が浮かび上がった。

 

 点々と輝く星を線で繋ぐように、サイオンの光を結んだ像がそこに現れた。

 

『初めまして。リョースケの話していた学生さんですね。このような姿でごめんなさい』

 

 

 

 後に『聖女』と呼ばれることになる女性。

 

 レナ・フェールとの、これが初めての邂逅だった。

 

 

 




 
 
 
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