モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第16話

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 スターズの襲撃を退けた後、友人二人と別れた達也は停めてあった自走車に戻り、外から隔離された車内で自身の身体と服を《再成》させた。

 

 直前の戦闘で負った細かな裂傷と火傷の痕などが消え、切れ目や焦げ目を入れられた服もすっかり元通りになる。

 別れる前と同じ姿を取り戻した達也はすぐに自走車を発進させ、レッスンが終わる10分前に洋館の前へ到着した。

 

 危うい所ではあったが、一応はいつも通りに辿り着くことができた。

 達也にも車にも2時間前に別れた時からの変化はなく、事情を知らない者なら戦闘が起きたことにすら気付きようがない。

 

 だというのに、洋館を出てきた深雪は兄の顔を見るなり小さく眉を寄せた。

 第三者の目もある中で取り乱すような真似はなかったものの、達也にエスコートされて自走車に乗り込んだ深雪はすぐに経緯の説明を求めた。

 

 達也が『眼』で情報を深く視通すように、深雪は『手触り』で情報の質感を読み取る能力に長けている。

 その鋭い触覚は《再成》で『なかったこと』にされた傷や矛を交えた敵の数すら感じ取り、手札を制限された中での戦闘を強いられた兄を酷く案じていた。

 

 自宅までの道中は深雪の心配を宥めることに費やされ、だから達也が滅多にない用件を口にしたのは玄関を上がってからのことだった。

 

「叔母様に、ですか?」

 

 着替えのために階段へ足を向けた深雪は思わぬ申し出に固まってしまった。

 ただでさえ心配に心を乱した後だ。予想もしていなかった重大事を言い出されて、訊き返す深雪の声には僅かな悲鳴が混在していた。

 

「叔母上に相談したいことがあってね」

 

 とはいえ達也から重ねて乞われてしまえば深雪に断るなどという選択肢はなく。

 

「お兄様のお言い付けでしたら。少しお待ちいただけますか」

 

 落ち着きを取り戻した深雪が達也の傍に歩み寄り、ハンドバックから携帯端末型のCADを取り出した。

 

 

 

 『四葉家』当主の真夜に電話を掛けるのは、当主の姉の子である兄妹にとっても気安いものではない。

 生来の理由からガーディアンという使い捨ての道具扱いを受けてきた達也は元より、次期当主候補の深雪であっても本家使用人の取次ぎが必要だ。

 

 『夜の女王』と言葉を交わすのに音声のみの通信など言語道断。

 ましてや普段着や汚れの付いた服で臨むなどありえない。

 

 そういう意味ではタイミングが良かったと言えるだろう。

 マナー教室へ通う際の装いは上流階級の集いに相応しいフォーマルなもので着替える必要もなく、ただ汚れを落とす魔法を使うだけでヴィジホンの前に立つことができた。

 

 

 

 真夜との通話を依頼してからおよそ30分。

 スクリーンに映し出された真夜は、相変わらず真意の読めない笑みを浮かべていた

 

「夜分遅く、申し訳ございません」

 

『良いのよ。それより深雪さんから電話してくれるなんて珍しいわね』

 

 すでに40代半ばを迎えているはずだが、妖艶な美貌とゴシックな装いはまるでそれを感じさせない。

 隣に控える葉山執事の立ち姿にも一切の隙がなく、部屋の内装と相まってファンタジー小説に登場する魔女の如き妖しい雰囲気を醸し出していた。

 

 一見すると和やかな、実際は多大な緊張を伴う雑談が繰り広げられた後、深雪は機を見計らって用件を切り出す。

 

『達也さんが(わたくし)に相談ですか? それはまた、本当に珍しいわね』

 

 面白がっていることを隠そうともせず、笑みを浮かべた真夜が達也へ目を向ける。

 

『どうぞ、達也さん。話してごらんなさいな』

 

 電話を始めてから5分ほど。ただの一瞥もくれなかった達也へ目を向けた真夜は、ここでようやく彼に発言の許可を与えた。

 真夜の許しを得た達也は黙したまま一礼し、ゆっくりと顔を上げて口を開く。

 

「叔母上、実はお訊ねしたいことが一つと、お許し願いたいことが一つあるのですが」

 

『遠慮はいりませんよ』

 

「では、お言葉に甘えまして。叔母上、『パラサイト』なる妖魔についてご存知のことがあればお教え頂けませんか?」

 

 達也の投げかけた問いに、深雪は言葉を失い呆気に取られた。

 画面の向こうで葉山は表情を変えないまま眉だけを僅かに寄せ、真夜は口元の微笑を形だけ残して冷淡に問い返す。

 

『『パラサイト』……。さあ。古式魔法師の皆さんのように詳しくはありませんから。それとも達也さんはその妖魔とやらについて私が知っていると思っているのですか?』

 

「叔母上にとっては些事でも、スポンサーの方々には重大事なのではありませんか?」

 

 それが問いかけの体を装った拒絶だとは理解していながら、達也はより深くまで踏み込むことで食い下がった。

 

「妖魔とは人や動物と結びつくことで厄災となり得る魔性の総称であり、これを討伐することがスポンサーの方々の意向であって、四葉の兵力の一端は日頃からこれに差し向けられているのではありませんか?」

 

 果たして、達也の推論は正しかったらしい。

 

『……世に害を為す妖魔は長らく現れていないと、貴方も知っていると思いましたけど』

 

「世に害を為すのは自然発生する妖魔だけではありません。問題は、人と魔性が手を組んでいる、という点にあります」

 

 直接的な回答を避けた真夜へ、達也はさらに一歩を踏み込む。

 

 真夜が――『四葉』がスターズと『パラサイト』の結束を把握しているかどうか。

 それを確かめるための発言であり、達也はそのために真夜の顔色へ集中力の多くを注ぎ込んでいたのだが、先に驚きを漏らしたのは隣に立つ深雪だった。

 

「お兄様、それはっ」

 

 深雪は達也がスターズの隊員と戦闘になったことを把握している。

 敵が複数人いたことも、《再成》を使う必要があるほどの傷を負ったことも、深雪は自身の感覚だけでなく達也から直接聞いて知っていた。

 

 だからこそ、彼女は兄が切り出した話の真意に気付くことができた。

 

「まさか、お兄様が苦戦されていたのは……」

 

 襲撃者の正体に辿り着いた妹へ振り返り、こくりと頷いて見せる。

 

「それだけじゃない。相当緻密な連携だった。攻め手が限られていたといはいえ、反撃の隙が見つからなかったくらいだ」

 

 蒼白になった深雪はすっかり言葉を失う。

 姪の受けた衝撃は真夜にとっても簡単に流せるものではなかったようで、僅かに眉を寄せた彼女の目から酷薄な色はなくなっていた。

 

『連携自体は厄介でも、単独で達也さんに敵う者はいないでしょう』

 

「すでに相当数が『パラサイト』に侵されているということですか?」

 

 遠回しな助言を寄越す真夜へ、毒を食らわばの精神で訊ねる達也。

 だがさすがにそこまでの譲歩を見せることはなく、代わりに真夜は別の情報を口にした。

 

『妖魔には、同種の間にのみ確立される情報伝達手段があると聞いています』

 

 まるで詳細な報告を受けていたかのように、真夜は達也へそれだけを言った。

 それがどこからもたらされた情報なのか。達也はそれを真夜に問わなかった。

 

「ありがとうございます。叔母上、どうも今回の一件は我々の手に余るようです。つきましては援軍を頼みたいと思うのですが」

 

『それが許しを請う方の用件なのですね?』

 

 画面を挟んで二人の視線が交錯する。

 ほんの数秒の睨み合いの末、真夜はほんの小さく息を吐いた。

 

『……いいでしょう。確かに予想を超える連携を獲得しているようです。風間少佐との接触を許可します』

 

 達也は表情を変えずに一礼し、深雪の斜め後ろの定位置へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 週が明けた月曜日。

 雫は仲の良いクラスメイトと共に格式高めなカフェを訪れていた。

 

 バークレー校のカリキュラムは午前が3コマで午後2コマ。

 講義は1コマ70分で、一高と違いすべての授業に指導教員が付いている。

 教員は魔法研究に携わる大学教授やローレンツ・バークレー国立研究所の職員などが務めることもあり、大学の講義に似た形式と言えるだろう。

 

 講義がすべて英語なのはもちろん内容も一高とはまた違った方向性の難しさがあり、雫は当初、授業に付いて行くだけでかなりの疲労を感じていた。

 それでも留学から2週間ほどが経つと徐々に慣れてきて、最近ではクラスメイトの助けがなくても講義の内容を理解できるようになった。

 

 しかし、ここ数日の雫はすっかり集中力を欠いてしまっている。

 この日も教授の質問に対し的外れな回答をし、体調を案じるようなフォローをされてしまったくらいだ。

 一日のカリキュラムが終わった今、他よりも高価でその分だけ静かなカフェを訪れているのは、そんな雫を心配したクラスメイトに引っ張られてきたからだった。

 

 スコーンとミルクティーを頂き、友人たちと談笑して過ごす。

 

 この場に駿の姿はない。

 友人の一人が発した男子禁制の宣言により1時間程度の自由を強制されたためだ。

 

 手持ち無沙汰になった彼はその後、クラスの男子によってバスケットボールコートへと連行されたのだとか。

 体格で勝るクラスメイトたちを相手に負けじとゴールを決める姿がメッセージで届けられ、同席する友人たちの囃し立てに雫はどんな顔をしていいかわからなかった。

 

 1週間前までの雫ならここで笑みを浮かべられただろう。

 しかし今の彼女は寧ろ、楽しそうに身体を動かす駿を直視することができなかった。

 

 

 

 空回りしている自覚はあった。

 支えになりたい、役に立ちたいと意気込んで、けれど思うようにはいかなかった。

 

 ホームパーティーの時はまだよかった。

 手間と心配を掛けたことは申し訳なく思いながら、一方で初めて向けられる類の感情を嬉しくも思った。ただの同級生や主従関係に見られていたのではないと実感できた。

 

 だが、あの夜の失敗は違う。

 あの瞬間、駿に負わせてしまった負担は取り返しのつかないものだった。

 

 自分たちが生きている世界の、あり得たかもしれない未来の話。

 

 駿がその知識を持っていることは知っていても、内容については聞かされていない。

 「知っていること自体が危険に繋がる」からだと駿は言っていたが、それだけが理由じゃないというのは雫もわかっている。

 

 『知らぬが仏』という(ことわざ)があるように、知っているだけで何かが変わってしまうようなものもあるのだろう。

 それが何なのかはわからないが、わからないからこそ変わらず過ごしていられるのかもしれない。

 

 駿が『FEHR』に向けて語った内容はまさにその典型だった。

 

 命を奪った相手の精神を侵し、命令に従う人形へと変える。

 そんな呪術を使う人間が実際に存在していて、魔法師の立場を貶めるために使われているなどと。

 日本で不自由なく生きてきた雫にとってそれは信じ難い所業であり、生理的な嫌悪を抱くに十分な事実だった。

 

 しかも黒幕と目される人物は自分たちのすぐ近くに潜伏している可能性があるのだ。

 駿の知識は『FEHR』の集めた情報とも重なり、凶悪な呪術師が身近にいるかもしれないという推論を聞いた雫は身体の奥から恐怖が湧き上がるのを感じた。

 

 何より堪えたのは、彼が語るまいとしていた話を明かさせてしまったこと。

 駿だけが知る未来を論拠とした情報はその詳細さが故に『FEHR』のメンバーから疑われ、根拠を明かせない駿は彼らから厳しい眼差しを向けられていた。

 

 自分の軽率な判断が駿に負担を強いる結果を生んだ。

 駿が黒幕の名前を出した瞬間、雫はそれを悟った。

 

 舞い上がっていたのだろう。

 抱えた苦悩を聞き、初めて怒りを向けられて、雫は甘えられていると感じた。

 

 もっと役に立てれば。もっと支えになれれば。

 彼が心を許せる存在になれれば、行き先を見失った彼の助けになれるかもしれない。

 

 だからきっと空回りしたのだ。

 

 正義感を覗かせる姿を見てきたから、解決に動かない姿へ違和感を抱いた。

 なぜ動かないのかはちゃんと聞いていたのに、意気込みばかりが先行してしまった。

 

 「何もしないのか」と問いかけた時、駿は真意を隠す時の笑みを浮かべていた。

 後になって考えてみればあれが苦渋の決断だったとすぐにわかる。

 護衛対象である雫の身の安全を優先した結果がそれなのだと。

 

 にもかかわらず、雫は駿の決断をふいにした。

 危険だからと制止する彼を振り切り、十分な材料もないまま解決に動こうとした。

 

 その結果が、あの夜の顛末だ。

 

 

 

「――ア、ティア!」

 

 深みに嵌っていた雫は自分を呼ぶ声で我に返る。

 顔を上げるとクラスメイトが覗き込んできていた。

 

「ごめんなさい。なんだっけ」

 

 訊ねるなり、彼女は椅子に座り直してため息を吐く。

 

「もう。さっきからティアってば、完全に心ここにあらずって感じね」

 

 次いで口を開いたのは雫の向かいに座った少女だった。

 

「シュンと離れ離れになって寂しいんでしょ?」

 

 からかうように言った友人は大人ぶった笑みを浮かべる。

 

「そんなんじゃないってば」

 

「またまた。大方、シュンに贈るチョコをどうするか考えてたんじゃないの?」

 

 日系人の血を引いているせいか、彼女は日本固有の文化にも詳しいようだ。

 一方、残る二人はそれを知らなかったようで、揃って彼女の方へ首を前に伸ばした。

 

「チョコ? なにそれ」

 

 「知らないの?」と大袈裟に言って見せてから、彼女は得意げに指を立てる。

 

「バレンタインに好きな人へチョコを贈るのは有名なジャパンカルチャーなのよ」

 

「いいわね、それ!」

 

「ティア、そこで勝負決めちゃいなよ」

 

 途端、大好物とばかりに顔を輝かせる二人。

 我が事のようにはしゃぐ三人に詰め寄られながら、雫はほんの少し胸が軽くなったような気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 カフェを出た雫たちは駿との待ち合わせ場所へ足を向ける。

 大学通りを南西へ歩き、間もなく大学の校門(メインゲート)が見えてこようかといったところで、ふと一緒に歩く内の一人が疑問を口にした。

 

「なんだろう。デモかな?」

 

 友人の視線を辿ると、そこには雑多な印象の集団がいた。

 

「魔法反対!」

 

「神の奇跡を冒涜するな!」

 

「魔法師は街から出ていけ!」

 

 声高に叫ぶ一団は数十メートル先の校門前に人垣を作っていた。

 一部は横断幕やプラカードを掲げていて、魔法と魔法師を否定する言葉が並んでいる。

 

「人間主義者だ。ティア、耳を貸しちゃダメ」

 

 呆然と集団を見ていた雫の手を友人の一人が掴む。

 振り返るなり彼女は首を振って、この場から立ち去ろうと提案した。

 

 拒む理由はなかった。

 見ていて気持ちのいい光景ではなかった。

 

 頷いた雫は友人に手を引かれるまま歩き出し、

 

「あれ? 今なにか――」

 

 別の友人が漏らした声によって、雫の注意は再びデモの集団へと向いた。

 

 声高に魔法排斥を叫ぶ一団。

 全員が校門からこちらを睨んでいて、背の高いプラカードがずっと奥まで並んで見える。

 

 その時、ふと頭上高く掲げられたプラカードの隙間を人が通り抜けるのが見えた。

 

 跳び上がったようには見えなかった。

 誰かに背負われているようでもなかった。

 

 気のせいかと思う間にもまた一人、今度は恰幅の良い女性が仰向けに宙を舞った。

 

 思わず身体ごと振り返る。

 右手は友人の手から逃れて胸ポケットへと伸び、そこに収めたCADへ触れた。

 異変を感じたのは雫だけではなく、友人や周りにいた生徒たちも動揺を口にしていた。

 

「いま、人が……」

 

 誰かが呟いた瞬間、また一人が集団の頭上を横切る。

 三人目は遠目にも判る老爺で、とても望んでしたわけがないと理解した。

 

 何かがおかしい。そう雫が考えた直後――。

 

「きゃああぁぁ!」

 

 校門の方からつんざくような悲鳴が響いてきた。

 勢い込んで主張を叫ぶ声と明確に違う声は雫のもとまで聞こえてきて、にもかかわらずデモの集団はほとんど気付いていなかった。

 

 興奮で我を忘れているのか。はたまた悲鳴を同調の声と勘違いしているのか。

 

 そうこうしている間に人が宙を舞う頻度が激しくなる。

 集団の奥に見えていたプラカードが次々に倒れていき、その度に悲鳴の数は増えていった。

 

 ついにデモの参加者も異常事態に気付き、恐怖は連鎖的に拡がっていく。

 あれだけ熱狂していた集団は蜘蛛の子を散らすように走り出し、校門の前は一転してパニックとなった。

 

「なに……? なにがどうなってるの!?」

 

 雫の隣で友人が声を震わせる。

 他の二人も異変に目を奪われながら、困惑と恐怖を顔に浮かべていた。

 

 散り散りに逃げる集団の向こうに見えたのは市民と変わらない姿の暴徒だった。

 何処を見ているのかわからない顔で走る暴徒たちは手近にいるデモの参加者へ問答無用で暴行を振るっていく。

 

 殴る蹴るはもちろん、投げ飛ばし、噛みつき、建物や路上の設置物へ叩きつける。

 中には魔法を放っている者もいて、圧縮空気や雷、熱風など、非魔法師には対処しようもない超常現象が手当たり次第に放たれていた。

 

「そんな、あれは……」

 

 それが『屍食鬼』だというのはすぐにわかった。

 同時に対処しようのない数だということもわかった。

 

 ざっと見ただけでも『屍食鬼』らしき暴徒の数は30を下らない。

 うち何人が魔法を使っているのかもわからず、無秩序にサイオンが荒れ狂う中へ飛び込むのは常識的に考えて自殺行為だ。

 

 助けたい気持ちは確かにある。

 けれど現実的に考えてあのパニックの中に飛び込むのは無謀だ。

 誰かを助けようと飛び込んだ結果、自分が危機に陥っては元も子もない。

 

 幸い校門から内側に侵入した個体はいない。

 柵との間に挟まれた格好のデモ参加者は校門を激しく叩いて迫り来る怪物から逃れようと助けを求めているが、『屍食鬼』の脅威を前にしては警備員も門を開けずにいた。

 

 大の大人よりも背丈のある門扉は重く、施錠された鉄柵は易々と破れはしない。

 今の内にこの場を離れ、安全な建物の中に逃げ込むべきだろう。

 

「ここを離れよう」

 

 雫は三人の友人の肩を強く叩き、全員の視線を門の方向から外させた。

 震える彼女たちへもう一度同じことを告げ、騒ぎとは反対の方向へと背中を押す。

 

 背中を丸めて駆け出す友人たち。

 後に続こうと足を踏み出した雫はしかし、視界の端を過る影につられて振り返った。

 

 一人、バークレー校の制服を着た少年が校門へ駆けていく。

 

 陸上選手にも劣らぬスピードで走る少年はバリケードを組む警備員の脇をすり抜け、

 多くの人が縋りつく校門の前に辿り着くなり、人間離れした跳躍で鉄柵を飛び越えた。

 

 集団の頭上を越えた少年の姿は雫のいる場所からでもはっきりと見えた。

 

「駿くん……!」

 

 魔法排斥を謳う人々を庇って立つ横顔を、他ならぬ雫が見間違えるはずもなかった。

 

 

 




 
 
 
 
 
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