モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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 いつもたくさんの感想、誤字報告、ありがとうございます。
 感想欄にて考察をしてくださってる方々、中にはドキリとするものもあり、鋭すぎる読者の皆さんに恐々としながら書いています(笑)


第14話

 

 森崎家は魔法を発動する速さを極めるべく研鑽を重ねてきた家系だ。

 魔法資質も大きく偏っており、速さだけなら数字付き(ナンバーズ)に手が届く程と言われている。

 干渉力と規模は並程度しかないが、『速さ』に対する思い入れは遺伝子レベルで強く、僕も魔法の訓練を始めた頃から如何に早く魔法を発動するかを考え続けてきた。

 

 自身の処理速度を鍛え、CADの操作技術を鍛え、照準補助システムを使わずに狙いをつける技を鍛え、反射神経を鍛え、素早く動くための筋肉を鍛え、判断力を鍛え、思考速度を鍛え、魔法の発動に関わるあらゆる要素を鍛えに鍛えた。

 

 そうして練磨を続けていると、それまでは気にならなかったものが気になってくる。

 それがCADの性能だ。弘法筆を選ばずとは言うが、魔法師にとってのCADは簡単に替えが利くようなものじゃない。

 

 CADは魔法師が魔法を行使する上で、その始動を担う重要な機器だ。起動式の展開、読み込みのプロセスは魔法発動に掛かる時間の大きな割合を占めており、これが短縮されるだけで明確な差が出る。

 起動式の展開速度はハードの性能に大きく依存している。コンマ1秒が生死を分かつことさえある世界で、より優れた性能を持つCADを手にしたいと考えるのは自然なこと。

 

 『シルバー・ホーン』は『速さ』を求める魔法師にとってうってつけのCADだった。

 

 

 

 

 

 

「『シルバー・ホーン』やないか。けど、なんや色がちゃうなぁ」

 

 男が訝しげに僕の手元を眺める。

 

 それもそのはず、僕の持つシルバー・ホーンは少なからずアレンジが加えられていて、FLTが公開しているカタログとは色合いが大きく異なっている。

 

 起動式を処理するシステムの基部が収まる部分、拳銃でいう薬室に当たる部分は通常と同じメタリックシルバーだ。グリップも純正品のまま手は加えられていない。

 対して、同じく銀色が続くはずの銃身は墨で染めたような黒色だ。長さも本来のものより長く、電源ランプの色もワインレッドに変えられている。側面には薔薇を模した深紅の刻印があって、作り手の趣味が窺える仕上がりとなっている。

 

 アレンジされたシルバー・ホーンの銘は『フライシュッツ』

 ドイツの民間伝承に登場するその名は、とある先輩の得意魔法と同じ異名がある。

 

「ほいで。それ使うて、君は何見してくれはるん?」

 

 挑発的な笑みを浮かべる男。

 身の竦むような眼差しを敢えて見返して、駆け出した。

 

 汎用型のショートカットキーから自己加速術式を使用しての全力疾走。

 男を中心に円を描くように。反転や蛇行も交えながら、止まらないように駆け巡る。

 

 高速走行を止めることなく、持ち替えたシルバー・ホーンで魔法を発動。

 腕輪型の方へとサイオンを送る傍ら、その流れを乱さないよう丁寧にサイオンを注入していく。十分なサイオンを受けたシルバー・ホーンが速やかに起動式を展開した。

 

 使う魔法は『ドライ・ブリザード』。ドライアイスの弾丸を撃ち出す魔法だ。

 収束魔法で二酸化炭素を集め、発散魔法でドライアイスへと凝結。この過程で生まれた熱エネルギーを利用し、加速魔法で射出するという三つの工程から成る魔法。

 

 『圧縮空気弾』よりも工程数が多く、起動式の大きな魔法だ。

 発動にはより時間が掛かり、本来なら僕の唯一の武器である『速さ』が損なわれる。

 そう、本来なら(・・・・)

 

 起動式の展開は速やかに行われた。

 『圧縮空気弾』の魔法を使っていた時よりも更に早く、基礎単一工程に迫る速度で展開が完了する。

 

 凝結した二酸化炭素の結晶が、男へ向かって高速で放たれた。

 その弾速は『空気弾』を遥かに凌ぐもので、咄嗟に身を翻した男も目を見開いた。

 

 仕上がりは問題なし。自身の身体に掛けた自己加速に影響を与えることなく、ドライアイスの弾丸を撃ち出すことができた。

 とはいえ、サイオンの制御を誤れば二つのCADのどちらもが機能不全に陥りかねないため、一瞬も気を抜くことはできない。

 

 驚きを目に映した男へ、再度引き金を引く。

 目まぐるしく変わる景色の中、二度、三度と繰り返して魔法を撃ち出した後、真一文字に振るわれた刀を見て身体を投げ出した。

 

 背中をやすりで削られたかのような痛みが走った。

 硬直しかけた身体を無理やり動かして自己加速術式をキャンセル、左手一本で受け身を取り、勢いのままに路面を激しく転がる。

 

 肩や肘、膝といった箇所がアスファルトに打ち付けられ、擦れてひりつく。

 それでもフライシュッツを離すことだけはせず、横転が止まるのを待たずに引き金を引いた。

 今度はCADの干渉を気にする必要もなく、だからこそ全身のサイオンをシルバー・ホーンへと注ぎ込む。

 

 弾丸の射出点と射撃方位、速度を目算で測り(・・・・・)、引き金に指を添えた。

 

 

 

 通常、特化型CADの銃身に当たる部分には、照準補助システムが組み込まれている。

 魔法を発動したい方向にCADを向けて起動式を展開することで、座標演算の大半をこのシステムが肩代わりしてくれるのだ。

 

 だがこの『フライシュッツ』にはそれがない。照準補助システムを搭載せず、代わりに処理速度を高めるための増設メモリが積み込まれているためだ。

 

 増設されたメモリの数は3つ。

 これにより、このCADは今までにない起動式の展開を行うことができる。

 

 フライシュッツの引き金を引く。

 サイオンがCADへ注入され、起動式の展開が始まる。

 

 薬室にあたる部分の基部システムで展開が開始された。

 同時に、銃身部分の増設メモリで起動式の処理が行われる。

 7インチの銃身上で三鎖の起動式が一斉に展開し、基部システムへと送られる。

 

 結果、普段使っているCADの約3倍の速さで起動式の展開が終了した。

 

 三つの増設メモリで一つの起動式を分割し、並行して、同時に展開していくこの仕組みこそ、フライシュッツの肝となるシステム『並列展開』だ。

 起動式を三分割して個々に展開、順に基部へ送り込むことで起動式を完成させるこのシステムは、起動式の展開速度を飛躍的に高めることに成功した。

 

 それは起動式が大きくなればなるほど、つまりより複雑な魔法になればなるほど高い効果を発揮する。

 

 イデアに投射された魔法式は明らかに大きくなっていた。『空気弾』から『ドライ・ブリザード』に変えただけでは説明のつかない大きさだ。

 男の間合いの外に展開を完了した魔法式は、エイドスの情報を改変、周辺の空気を圧縮し、6()()()()()()()()()を男へ向けて放った。

 

 男の顔から笑みが消える。それまでの悠々とした回避動作に若干の焦りを混ぜながら、それでもまだ余裕を持って6発の弾丸を回避した。

 

「ほんま、驚かせてくれはる……っ!」

 

 魔法の発動兆候を察知した男の目が次の射出点へ向き、小さく、だが確実に見開かれた。

 視線の先には、18発のドライアイスが形成されていた。

 今度こそ、男の口元から余裕が消えた。

 

 フライシュッツはシルバー・ホーンのアレンジだ。そして、シルバー・ホーンは設計段階からループ・キャストに最適化されたCADである。

 照準補助機能を失った代わりに処理速度を引き上げたフライシュッツでもそれは同じ。ループ・キャストは寧ろ得意分野であり、だからこそ『無制限の弾丸』という意味の『フライシュッツ』という銘が刻まれたのだ。

 

 明確に焦りを見せた男に対し、休む間もなく『ドライ・ブリザード』を撃ち込んでいく。

 

 立ち上がり、再度自己加速術式を付与して、足を止めることなく周囲を駆けながら、相手を取り囲むように無数の弾を放っていく。

 速度を優先しているために威力はそう高くはないが、これだけ多くのドライアイスに打たれればまず無事では済まない。

 

 だが、男の対応は現実的だった。

 最初の18発を避けながら腕に嵌めたCADを操作し、『対物障壁』の魔法を発動。

 移動物の進入を防ぐ領域が男の全周に展開され、ドライアイスは障壁にぶつかって砕け散っていった。

 

 足を止め、防御に徹する男。

 その目は高速で駆け回る僕をジッと捉えていて、振り切ることができない。

 

 嫌になるほど冷静な対応。こめかみを汗が伝うのがわかった。

 

 今はまだ『対物障壁』の維持に力を注いでいるようだが、このまま根競べになれば先にバテるのは僕の方だ。自己加速術式を常駐させ、ループ・キャストで『ドライ・ブリザード』を撃ち続けるなど、サイオンを湯水のように垂れ流しているに等しい。

 

 単純な弾幕は効かない。なら――。

 

 もう一度18発のドライアイスを生成したところで術式を変更。ループ・キャストのために保持していた起動式をキャンセルし、新たな起動式を展開する。

 並列展開で高速処理された起動式を読み込み、新たな魔法を発動した。

 

 弾幕を受け止める男の頭上に魔法式が投射される。

 男の視線がそちらへと向くが、刀の届く範囲ではないとわかるとCADに手を添えた。

 

 『対物障壁』のドームを覆うように展開された魔法式が、周囲の空気を集めていく。

 周囲の空気から結集した二酸化炭素をドライアイスへと変え、直径5センチ程の氷塊が生み出された。

 重力による自由落下に加速魔法を上乗せし、ドライアイスが直上から男へと降り注ぐ。

 

 男は再度CADを操作した。『対物障壁』のドーム内に帯状の『対物障壁』が展開され、ついでとばかりに男は刀に手を添えた。

 二枚の障壁が破られた場合は自身の手で両断する腹積もりなのだろう。

 

 ドライアイスの塊がドーム状の『対物障壁』に着弾する。

 

 ――その直前、元の二酸化炭素へと昇華された。

 

 気化膨張による二酸化炭素の爆風が、元の落下速度と相まって下方に集中して広がっていく。その先には二枚の『対物障壁』と刀を構えた男の姿があった。

 

 『対物障壁』は質量体の運動状態を停止へと変える魔法だ。これは移動系の系統魔法にあたり、移動魔法では気体である二酸化炭素の拡散を防ぐことはできない。

 

 濃密な二酸化炭素の霧が男に叩きつけられ、圧力が膝を折り、焦りが口を開かせる。

 

「っ……」

 

 声もなく、男は前倒しに倒れた。口内に進入した二酸化炭素が男の肺から酸素を押し出し、窒息状態へと陥らせたのだ。

 背中を晒すように倒れ込んだ男は、そのままじっと動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 十秒、二十秒と時間が経過しても、男が立ち上がることはない。

 一つ息を吐く。痛む身体を気力で保たせて、全身を覆う倦怠感にため息を吐いた。

 

 どうにかガス欠になる前に無力化することができた。

 フライシュッツは並列展開という画期的な起動式展開法を備えているが、高性能のシステムで同時に起動式を処理するという関係上、サイオンの消費量が倍近いのだ。

 それでも倍のサイオン消費で3倍の速度が出せる分、割に合わないというわけではないのだが、長期戦では使いづらいというボディガードには適さない仕様となっている。格上相手に短期決戦を挑むときくらいにしか使わないので、今日も保険のつもりで持ってきただけだった。

 

 殺傷力の高い『ドライミーティア』まで使うことになったのは想定外だ。

 だが渡辺委員長を倒した相手ともなれば出し惜しみをする余裕はなかった。

 

 倒れた男へ歩み寄る。汎用型CADを操作して、酸素供給が可能な魔法を待機させた。

 早急に酸素を肺へ送らないと、この人は最悪死んでしまう。拘束用のバンドは予備があるし、CADを外して刀を回収すれば危険は――。

 

 

 

 瞬間、膝が独りでに折れ、バランスを崩して横倒しになった。

 

 右肩から路面に倒れ込んだ後、両足の膝から下を斬り落とされた痛みが襲った。

 

 

 

「あぁ……ぐっ、ああ!」

 

 痛いなんてもんじゃない。頭が焼き切れるようだった。

 視界が真っ白に明滅して、呼気がどうしようもなく荒れる。

 手が自然と足へ伸び、斬られたはずの脛を握る感触があって初めて、これが幻痛だと気付いた。

 

「いやぁ、参った参った。君、ほんまに強いんやなぁ」

 

 意識を漂白されるような痛みの中で、頭上から聞こえてきた声に息を呑んだ。

 

 そこには先程までと変わらぬ様子で立つ男の姿があった。

 酷薄な笑みを浮かべ、呻く僕の前でしゃがみ込む。そこに魔法によるダメージの色はまるでなかった。

 

「な……どうして……」

「さて、なんでやろなぁ」

 

 変わらぬ笑みのままクスクスと笑って、男は感心したように腕を組む。

 

「にしても、なんやったんやあの魔法。氷が消えた思たらいきなりしんどなって。危うく死ぬか思たわ」

 

 言葉とは裏腹に、男の声は軽く掴みどころがない。

 シルバー・ホーンを知っているほどデバイスには精通しているのに、ドライミーティアを知らないのはどういうことなんだ。

 

 わからないことだらけだ。

 男の口ぶりから察するに、『ドライミーティア』は確かにこの男を二酸化炭素中毒へ追いやったはず。にもかかわらず僕が油断するのを待ってあの『見えない斬撃』を振るい、本人は平気な顔で立ち上がっている。

 

 倒れたのが演技だったのか、自力で中毒状態から復帰したのか。

 どちらにせよ、これだけ余裕のある態度を見せるということは、こいつにとってさっきの一幕はなんでもない程度のことだったのかもしれない。

 

 ――けど、まだだ。まだやれる。

 こいつを足止めして、先輩たちの到着まで引き付けるんだ。

 足の感覚は戻らないけど、痛みにはだいぶ慣れてきた。魔法を撃つだけなら何とかなる。

 

「こっちも色々楽しませてもろうたさかい、僕が君を知っとる理由、教えたるわ」

 

 足の痛みに取り落としていたフライシュッツを拾おうとして――。

 

 

 

久沙凪燐(くさなぎりん)

 

 

 

 その名前に、伸ばした手も頭の中の思考も停止した。

 

 

 

 脳裏に焼き付いた光景がフラッシュバックする。

 自然、心臓の鼓動は早くなり、震えが全身を覆っていった。

 身体の芯から寒さが込み上げてきて、動いてもいないのに息が荒くなる。

 

 痛みは、もうすでに感じられなくなっていた。

 

 

 

「二年前に死んだ妹の名前や。覚えがあるやろ?」

 

 妹――。ということは、この人は彼女の兄、なのか。

 彼女の兄、確か名前は、煉……久沙凪煉(くさなぎれん)……。

 

 様々な感情が濁流のように込み上げてきて、胸の中を押し流していく。

 怒り、悲しみ、喜び、苦しみ、安らぎ、憎しみ、妬み、親しみ、悔いと罪悪感……。

 

「君は生き残ったんやもんな。――雇い主やったあいつを殺して」

 

 彼の笑みは空虚だ。あるべきものを失い、ただ笑みを貼り付けた仮面だ。

 瞳はぽっかりと空いた虚だ。真っ暗で光のない瞳が、僕を引きずり込もうと手を伸ばしているかのようだった。

 

 間近に見ていた目を離す。

 彼はそっと立ち上がり、仕方ないとでも言いたげに肩を竦め、優しく呟く。

 

「ええよ、ええよ。あいつが殺してって言うたんやもんな。君はその願いを叶えただけ。そやろ?」

 

 そうして囁いた彼は刀を手に一歩二歩と回り込むと、倒れた僕の真横に立った。

 まるで葛藤するように、初めて苦々しく顔を歪めて、けれど最後には笑顔に戻った。

 

「……ここで君に遭うたんも何かの縁。妹の仇、ここで斬らせてもらうわ」

 

 ああ、そうだとしたら――。

 

 

 

 

 

 

 僕にこの人を止める資格はない。

 

 

 

 

 

 

 けれど結果的に、彼の刀が僕を斬ることはなかった。

 

 いつまでも終わりが訪れないことを疑問に思い振り返ると、その先では障壁を何重にも並べる十文字会頭と、障壁に斬りかかる彼の姿があった。

 

「惜しいわぁ。もうちょいやったのに」

「抵抗は止めて、大人しく投降しろ」

 

 距離を取った彼に、十文字会頭は油断なく障壁を維持しながら勧告する。

 

 『鉄壁』の異名を取る十文字家の障壁魔法『ファランクス』。

 幾重にも重ねた障壁はあらゆる魔法、物理現象、精神攻撃に対応でき、堅牢な盾として、また時には堅固な槌として機能する。

 

 久沙凪煉も十文字会頭の障壁を前にしては攻め手を欠くようだった。

 じりじりと間合いを詰める間に、今度は会頭とは反対側から無数の氷弾が飛んできた。

 

「おー、怖い怖い。ほんなら、いい加減退散させてもらいます」

 

 七草会長の放った『ドライ・ブリザード』を難なく避けて、中庭を走り出す。

 

 途中、会長が何度となくドライアイスの弾丸を放とうとするものの、大半を避け、避けないものは刀からサイオンを飛ばして魔法式を打ち消していった。

 僕が戦っていたときは使われなかった技だ。『サイオン弾』のようにサイオンを飛ばして、その先の魔法式を斬り裂いている。あんなことができるのだ。僕は手加減されていたということか。

 

 彼は生け垣を飛び越え、姿を消した。

 疾走するような足音は段々と遠くなっていった。

 

 

 

 

 

 

 追いかけようと走り出しかけた十文字会頭は、けれどそのまま七草会長へ目を向けた。

 

「七草、あの男がどこへ行ったかわかるか?」

 

 会長はジッと手元を見つめた後、やがて首を振って眉を落とした。

 

「残念だけど、逃げられちゃったみたい。何かの姿を晦ます魔法だと思う」

「そうか。或いはここまでの侵入を許したのも、その隠形によるものかもしれんな」

 

 十文字会頭は顎に手を当てて呟くと、やがてこちらへ振り返った。

 巌のような体躯が僕の前で立ち止まり、膝を折って声を掛けてくる。

 

「一年の森崎だったな。立てるか」

 

 一瞬呆気にとられた僕はすぐに我に返り、未だ震えの残る足でどうにか立ち上がった。

 力の入らない膝が折れないよう耐えながら、会頭へ感謝を示した。十文字会頭の魔法が間に合わなければ、僕は今頃死んでいたかもしれないのだ。

 

「……はい。助けていただき、ありがとうございました」

「いや。寧ろよく持ち堪えてくれた」

 

 実直に、会頭はそういって労ってくれた。

 その言葉を素直に受け取るのは憚られた。

 

「恐縮です。実際は、手を抜かれていたようですが……」

 

 ドライミーティアが効かなかったこと。振るわれる刀を知覚できなかったこと。挙句、七草会長からの攻撃を捌いていた姿から、手を抜かれていたことも予想がつく。

 

 調子に乗って勝った気になって、油断したところをあっという間に無力化された。

 穴があったら入りたい。謙虚に生きると決めたのに、何一つ変わっちゃいなかった。

 

「だが、お前の健闘で被害は最小限に抑えられた。渡辺も無事目を覚ましたそうだ。改めてよくやってくれた」

「ありがとうございます」

 

 腰を折って答えながら、内心は会頭の言葉を聞いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 僕は弱い。前から何も変わってない。

 高々試験で良い成績が取れて、非魔法師や実戦経験のない人よりは実力があると調子に乗って、本当に実力のある人たちには逆立ちしたって敵いやしない。

 

 森崎駿()とはその程度の存在だ。

 この第一高校に通う数多くの才能溢れる生徒と比べると、僕なんて精々露払いにしかならない。前途ある登場人物(彼ら)を支えることぐらいしかできない。

 

 改めてそれを思い知らされた。早いうちでよかったとすら思う。

 やはり僕は、身の程を弁えていくべきなんだ、と。

 

 そうでもなければ――。

 

 

 

 ふと、端末が着信を報せた。

 

 取り出して見ると、相手はナンバーを教えたばかりの雫だった。

 このタイミングでの着信に嫌な予感を覚えつつ、電話を取る。

 

『森崎くん』

 

 雫は動揺しているのか、声が震えていた。

 

「北山さん……。どうかしたのか?」

『急にゴメンね。私もさっき聞いたんだけど、君にも伝えておこうと思って。実は――』

 

 

 

 雫の語った内容は、次の通りだった。

 

 

 

 風紀委員が講堂から散開した直後、カフェテリア付近で一年A組の女子生徒がテロリストに襲われた。ナイフを持った男が女生徒に襲い掛かったらしい。

 だが幸い、女生徒に怪我はなかった。一人の男子生徒が男との間に割って入り、彼女を庇ったのだそうだ。

 

 もみ合いの末、男子は腹部を刺されて重傷を負った。

 男は近くにいた三年生によって取り押さえられ、男子はすぐさま保健室へと運ばれたらしい。

 

 雫の声が震えていたのは、運ばれた男子がある意味で印象深い生徒だったからだ。

 

 

 

 重傷を負った男子の名前は『渋川春樹(しぶかわはるき)』。

 

 入学直後の校門での騒動時、魔法を放とうとしたあの男子生徒だった。

 

 

 

 


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