モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う 作:惣名阿万
週が明け、九校戦に向けた練習が始まった。
まだ公式な発表はないのにどこから漏れたのか、僕がメンバー入りしたことは朝の時点でクラス中に広まっていた。同じように深雪、ほのか、雫の三名がメンバー入りしていることも知れ渡っており、僕らはクラスメイトによる『祝福』の対応に追われた。
九校戦の代表ともなると練習環境に困ることはなく、校内に該当クラブがあればそこの練習場が、なければ学校側の用意した臨時セットが練習の場としてあてがわれ、連日優先的に練習をさせてもらうことができる。
僕の担当する競技の内、スピード・シューティングは一高にクラブがあり、またこの部の部長は佐井木先輩と仲が良いこともあってか練習の手伝いまで買って出てくれた。部内からも本選に二人代表を輩出しているので、部を上げて九校戦出場選手の支援をしてくれるそうだ。
スピード・シューティングはクレー射撃のように、空間に投射された標的を魔法で破壊する競技だ。制限時間内に最大百個の標的をいくつ破壊できるかを競い合う。
競技形式は一人で行うスコアアタック形式と、紅白の標的を互いに狙う対戦形式がある。九校戦では予選でスコアアタック形式が、準々決勝からは対戦形式が取り入れられている。
この競技で求められるのは、短時間で得点有効エリアを通過する標的を早く、精確に狙い撃つ能力だ。特に対戦形式では、飛び交う紅白のクレーの中から自分の色の標的を見分け、相手のクレーを破壊することなく自分のクレーだけを破壊する精確さが求められる。
そういった特徴の競技だからこそ、魔法への習熟がまだ甘い一年生は特に点数を伸ばしにくい競技でもある。
昨年の九校戦では、新人戦の平均得点はスコアアタック形式で74点、対戦形式で66点と、7割前後の命中率だった。
僕の他にスピード・シューティングへ参加する男子二人も、最初は60点くらいの点数だった。これは決して低い点数ではなく、寧ろ練習を始めて間もないにも関わらず6割近くの点数が取れているのは、さすがに全国の魔法科高校の中でも優秀な一高生だと言えるだろう。
一方で、女子の方は少し違った。
エイミィやC組の
とはいえ、じゃあ雫だけが持ち上げられたのかと言えばそういうわけではない。
「87点……! これが一年生でしかも初めてって、あなた何者よ。新人戦なら優勝も狙える点数よ、コレ」
呆然と呟いたのはスピード・シューティング部の部長さん。佐井木先輩と同じクラスの三年生で、自身も女子スピード・シューティングの本選に出場する代表選手の一人だ。
「ありがとうございます。『圧縮空気弾』は得意魔法の一つなので」
振り返って一礼し、それから顔を上げる。
部長さんはいまいち納得していない様子だが、嘘でも謙遜でもない事実だ。
起動式を打ち消すための『圧縮サイオン弾』と同じ収束・移動の二工程で発動できる『圧縮空気弾』は、対魔法師戦を想定する上で使い勝手の良い魔法だった。
工程数が少なく、事象改変の規模も小さいことから発動も早く、弾となる空気は無制限に存在する。また威力の調整も容易で、ボディガード業においても過剰防衛を取られる可能性が比較的低いため、迎撃用の魔法として特に干渉力の高い相手に有効な魔法だった。
狙いを付ける時もサイオン弾と同じ手法が利用でき、だからこそスピード・シューティングの試合で使用する魔法の候補として選んだのだ。
とはいえ、一年生が飛び交うクレーを『圧縮空気弾』で撃ち抜いていく光景は、否が応でも注目を集めていた。
期待と嫉妬の同居した眼差しを浴びながら、なんとなく居た堪れない心地でシューティングレンジを降りる。と、競技を見ていた内の一人が歩み寄ってきた。
「お疲れ様。流石の精度だね」
「ありがとう、北山さん」
いつもより割増しで瞳を輝かせた雫に言われ、思わず苦笑いが浮かぶ。
期末試験以来、雫は何かと声を掛けてくるようになった。これまでも彼女とはクラスメイトという以上に話す機会が多かったが、最近ではその頻度が少しずつ上がっている。同じスピード・シューティングの選手に選ばれたと知ってからは尚更だ。
僕自身、雫との会話を楽しんでいるのは間違いない。魔法実技に関しては誰よりも話が合うと言っていいだろう。ほのかはどちらかと言えば感覚派だし、深雪に関しては魔法資質の差が大きすぎて参考にならない。
だから雫と話すこと自体に問題は全くない。苦笑いが浮かんだのは、彼女がいつにない輝きを瞳に宿していたからだ。九校戦フリークな一面が顔を覗かせているというのは、ここにいないほのかに聞くまでもなくわかった。
駆け寄ってきたのは雫だけじゃなかった。
「すごいな、森崎。もうこのまま優勝できるんじゃないか?」
「ほんとほんと。あんなの同じ一年とは思えないわ」
「俺も『空気弾』でやってみようかなぁ」
「止めといた方がいいと思うなー。『空気弾』で移動する標的を狙うのってすごく難しいんだよ」
集まってきた一年の代表たちが俄かに盛り上がる。
一方、同級生に称賛されて悪い気はしないが、自分が不甲斐ないと思った結果に対してとなると複雑な気分だった。
「感心してくれるのは嬉しいが、僕もまだまだ未熟だ。みんなだって、これから練習を積めばこれ以上の結果を出せるようになると思うよ」
そう。とてもじゃないが満足できるような結果じゃない。
長年早撃ちに特化した訓練を積んでおきながら90点台にすら乗せられなかったのだ。自分のプレーだけに集中できるスコアアタック形式で満点を取ることもできずに、対戦形式で勝ち切ることなどできない。敗ける可能性が残っているのに満足することなどできない。
決勝の舞台に立つ。それは目標であると同時に、最低条件でもあるのだから。
その後も、内心とは裏腹に「さすがだ」とか「それでこそ」とか持ち上げてくる彼らにどうしようかと笑みを引き攣らせていると、不意に横合いから声を掛けられた。
「なんだ森崎、随分余裕じゃねぇか。なら、ちょいと練習台になってくれよ」
振り返ると、佐井木先輩が意地の悪い笑みを浮かべていた。競技用の小銃型CADを肩に担ぎ、傍ではスピード・シューティング部の部長さんがやれやれと首を振っている。彼らの向こうでは、八七川部長がこの世の終わりみたいな顔で羽交い絞めにされていた。女子に。
そんな光景だけである程度の事情を察した僕は、ため息が漏れるのを堪えて問いかけた。
「後輩いびりですか? 生意気な発言をした覚えはないですよ」
「ンなこたぁわかってるよ。俺は真面目に言ってるんだ。生憎、対戦相手がいないとやる気が出なくてな。いっちょ付き合ってくれよ」
好戦的な笑みを浮かべて言う佐井木先輩に、今度こそため息が漏れる。
「わかりました。胸をお借りします」
いきなり割り込んできた先輩へ不満げな視線を送る同級生たちを制して、佐井木先輩と共に射場へと向かう。
恐らく、先輩たちは一年生が練習への意欲を曇らせるかもしれないと考えたのだろう。同じ一年生の僕が最初から80点台後半を出せたのだ。少し練習すれば自分もあれぐらいと、そういう思考に陥ってしまう可能性は十分に考えられる。
だからこそ、ここで僕という天狗の鼻をへし折って一年生にひた向きさを持たせようという魂胆なのだ。それにしては佐井木先輩が随分と乗り気なのは気になるけれども。
管制システムが対戦型に切り替えられ、投射機の設定が変更される。
その間、僕と佐井木先輩はシューティングレンジへと上り、3メートル程離れた位置で並び、開始を待っていた。
ふと、佐井木先輩が挑発的なセリフを口にする。
「遠慮はいらねぇ。本気で掛かってきな」
CADをひらひらと振って見せる先輩。その意図は皆まで言われずともわかった。
「……いいんですか? CADはこちらの方がハイスペックですよ?」
「構わねぇぜ。丁度いいハンデだ」
佐井木先輩が手にしているCADはスピード・シューティング部が保有する競技用CADだ。競技に最適化された形状をしているとはいえ、搭載されているOSもスペックもレギュレーションに則った限定的なもの。市販の最新式からは一段格が落ちる。
対して、僕のCADは普段使っているローゼン製の最新機種だ。先輩の持つ競技用と比べればハードのスペックは桁が違う。
調整は自分でやっているためソフト面は一流魔工師に及ぶべくもないが、ハードのスペックがこれほど違えばその差は明確に出るだろう。
他方、スピード・シューティングは佐井木先輩の得意分野。競技経験も豊富だ。格落ちのCADを使ったとしても、僕より実力が高いのは間違いないだろう。
だとしても、こちらは愛用のCADでいいなんてお膳立てをされてまで吹っかけられた挑発だ。鼻を明かしてやりたいと思うのは自然なことだった。
「では、お言葉に甘えさせてもらいます」
言って、CADの照準補助機能を落とした。
目を閉じて大きく深呼吸を一つ。頭の中のスイッチを切り替えるように。
CADをへその辺りに持っていき、銃身部分に左手を添えて持つ。
カウントダウンが始まり、開始の一つ前の音が鳴ったところで目を開く。
直後、紅白のクレーが飛び交った。
紅のクレーだけを捉え、未来位置へ向けて『圧縮空気弾』を撃ち込んでいく。
五分間に百個。平均すれば三秒に一個のハイペースで射出されるクレーは、時に何秒も間を空けて、時には複数個が同時に飛び出すこともある。
また対戦形式の場合は相手のクレーの裏側を飛んでいることも間々あり、その場合は相手のクレーごと破壊するか、巻き込まないよう別角度から魔法を撃ちこむかを選ばなくてはならなくなる。
まとめて破壊しようと思えれば気は楽だが、それは相手を援護する形にもなるため心情的に選びにくい。かといって別角度から魔法を当てるのは七草会長のような多角的視点を持てない魔法師にはあまりにも難しい。
だからこそ、対戦形式で満点を取るのは困難を極めるのだ。
スコアアタックなら満点を取れる者でも、対戦となると10点近い取りこぼしが出るのが当たり前。90点後半が取れれば優勝はほぼ間違いない。ましてや満点など、滅多にお目に掛かれるものじゃない。
「……っ」
「オラオラどうした森崎ぃ! ちょっと的がズレた程度で外し過ぎじゃないか?」
歯噛みしながらどうにか食らいつくので精一杯な僕に対して、佐井木先輩は発破を掛ける余裕まであるようだ。
得点差は見るまでもない。三分を過ぎた時点で10点近く離されている。
理由は明確。これが対戦形式であるという点だ。
左右奥側から飛び出した二つのクレーに対し、それぞれ『空気弾』を飛ばす。
圧縮された空気塊が紅のクレーを捉える直前、
そのまま『空気弾』はクレーを掠めることなく通り過ぎて消える。
慌ててもう一度『空気弾』を生成して撃ち出すが、二つのクレーの一方は得点有効エリアの外で破壊されたため得点にならなかった。
まただ。さっきから何度もやられているパターン。佐井木先輩の放つ魔法の余波に煽られて、僕が狙う紅のクレーの軌道がズラされているのだ。
佐井木先輩が使用している魔法は僕と同じ『圧縮空気弾』。
だがその威力は桁違いだ。
先輩の放つ『空気弾』は僕のものより速く、かつ回転が加えられていた。恐らく、起動式自体になんらかのアレンジが加えられているのだろう。
高密度に圧縮された空気弾が実弾のように回転しながら飛ぶことで射線の周囲に気流を生み、僕の狙う紅いクレーが煽られて軌道を変えてしまっているのである。
その後も必死に喰らいつくが差は縮まるどころか少しずつ広がり、最終的に《94対82》という結果に終わった。文句の付けようがない完敗だ。
「恐れ入りました。ぐうの音も出ない完敗です」
シューティングレンジを下りて、佐井木先輩に対して腰を折る。挑発に乗って息巻いた手前、緊迫感のある試合にすら出来なかったのは申し訳なく思った。
しかし、同じく射場から降りてきた先輩は楽しげな笑みを浮かべていた。
「いや大したもんだ。お前がそれなりに
「は? いや、でも僕は先輩に手も足も出なくて……」
思わず首を捻ると、部長さんが佐井木先輩の隣に並んで言った。
「そう落ち込まなくていいのよ。なんせ今の君の点数、去年の九校戦の決勝でこいつと戦った二高の選手とほとんど変わらないんだから」
「アイツの場合は振動魔法を使ってたからな。同じ『空気弾』で真っ向勝負して来たお前の方が根性据わってると思うぜ」
「はぁ、そうなんですか……」
慰めなんだか感心なんだかわからないが、ともあれ健闘した方ではあったらしい。
「ほんと大人げないんだから」と耳を引っ張られタジタジになる佐井木先輩を見ていると落ち込む気にもなれなかった。
呆れ笑いが漏れるままに、他の一年生と一緒になって生暖かい視線を送る。
学ぶべき人がここにもいたのだと、少しだけ嬉しく思えた。
◇ ◇ ◇
一週間はあっという間に過ぎていった。
午前と午後の講義は変わらずに続き、放課後になると九校戦の練習に励む。
選手が練習する裏では作戦スタッフや技術スタッフの顔ぶれも着々と決まりつつあり、金曜日に達也に会った際は彼も技術スタッフに選ばれたのだと苦笑いで語っていた。
今のところ、原作と同じ流れで日々は進んでいる。
4月に久沙凪煉が現れたときは『筋書』から大きく逸脱してしまうのではと恐れたが、あれ以来彼の姿を見ることもなければ噂を聞くこともない。ブランシュも達也によって壊滅させられたのは原作と同じな上、以降も変わったところはない。
彼がいつ姿を見せるか分からない以上楽観はできないが、こればかりは何かしらの異変がないとわからないことでもある。次に会ったその時は――。
窓の外を流れる景色を眺めつつ、とりとめのないことを考える。
軌条を走るキャビネットからは郊外の街並みが見え、2095年の東京の未来都市ぶりを実感する。前世で同じ場所に来た時とはまるで違う様相に心動かされ、同時にどこか現実感が遠ざかるような気もした。
キャビネットは日野市の一角で停車した。第一高校のある八王子の隣町だ。
車両を降りて駅を出ると、少し離れた場所に大きな建物が見える。未来感のある四角張った外観で、外壁の端に紅い薔薇の意匠が施されている。薔薇の下には『Rosen』のロゴが刻まれ、そこが世界的な魔法工学機器メーカーの施設なのは傍目にも明らかだった。
高い塀に囲まれた敷地の正門に回り込み、入館証を提示して中に入る。
向かって正面の本棟へは入らず脇道を抜けて裏手へ抜け、敷地の端のこぢんまりとした建物の入り口へ。無人のセキュリティゲートの脇にはインターフォンがあり、ブザーを鳴らして名前を告げると間もなくロックが解かれた。
開錠された扉を通って館内へと足を踏み入れる。
すると、目の前に一人の男性が立っていた。
「やあ、久しぶりだね。元気にしていたかな」
「ご無沙汰しています、博士」
彼――クラウス・アールツトは温和な笑みを浮かべていた。
「立ち話も何だ。とりあえず、研究室へ行こうか」
無機質な廊下を博士に付いて歩く。
道中交わされる会話は他愛もない世間話で、学校での出来事や近況報告が主だ。複数のセキュリティゲートを抜けた先にある研究室は左程広い空間ではなく、中にいるのも4人だけ。博士を含めて5人。それがここで研究に励む全て。
研究室へ入ると、すっかり顔馴染みになった職員が和やかに話しかけてくる。
ここへ来たのはおよそ三か月ぶりで、こうしてたまに訪れる度に彼らはあれこれ世話を焼いてくれる。それは僕が彼らにとって色々な意味で貴重な存在でもあるからだと思う。
この日も女性職員二人がお菓子だとかドリンクだとかを勧めてきたり、男性職員が新しいCADのサブシステムを提案してきたりと、到着早々揉みくちゃにされつつあった。
「こらこら。そんなに構い過ぎると、ジャンガリアンのように気が滅入ってしまうというものだよ」
見かねてクラウス博士が苦言を呈する。が、その言い方は聞き捨てならない。
「いや博士、僕は別にハムスターではないので気が滅入るというほどでは」
「ふむ。確かに、君はハムスターではなくモルモットだったね」
いやいや、より悪くなっているんですが。どんなブラックジョークですか。
そりゃあ確かにこの研究室でやっていることを考えれば『
呆れて深々とため息を吐くと、博士はケラケラ笑って「冗談だよ」と口にした。
せめてもの反抗にと眼差しで非難するも堪えず、博士は笑みを収めると穏やかな口調で切り出した。
「生産性のないお喋りはこのくらいにして。まずはいつものカウンセリングからだね」
その生産性のないやり取りを始めたのは博士なのですが。
などと言ったところでどうせ聞く耳を持たないのはわかりきっているので、大人しく博士に付いて隣の部屋へと向かう。
研究室の隣には遮音性の高められた個室があり、ここでは主に被験者への聴取や施術後の経過観察が行われている。
博士は入り口脇の端末を操作して室内の設定を変更すると、重厚な扉を開いて室内へと僕を誘った。博士の後に付いて中へ入り、すぐに音を立てて扉が閉じられる。内側からロックを掛けた博士は、用意されていた椅子の片方へと腰を下ろした。
「さて、これでこの部屋の中は完全な密室だ。外に声が漏れることはないし、ここでの会話は一切記録されない。安心して、何でも話してくれて構わないよ」
頷き、もう一方の席へ座る。ひじ掛けはないものの座面は柔らかく、これなら長時間話していてもそう疲れることはないだろう。
丁度対面するように向き合った博士が、小さく笑みを浮かべて口を開いた。
柔らかく穏やかで、けれど感情を感じさせない冷淡な声だった。
「それじゃあ、聞かせてもらおうか。――君の知る『筋書』の話を」
はい。というわけでお約束通り、金曜日の更新とさせて頂きました。
浅ましいお願いに過分な慈悲を頂き、ありがとうございます。
というか、モチベーションアップのための『ちょっとしたおねだり』のつもりが、これほど多くの方の評価を頂く結果になり恐々としてしまいました。
期待されて嬉しく思う一方、是が非でも完結させねばなぁ、と思いました。