モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第3話

 

 

 

 クラウス博士と知り合ったのは、三年前の沖縄でのことだった。

 研修医として那覇市にある病院に派遣されてきた彼と知り合い、紆余曲折を経た現在、博士は唯一原作についての相談ができる人物である。

 

 当時、自暴自棄になっていた僕はカウンセラーの一人として対面した彼に原作の話を打ち明けた。この世界には『筋書』があって、僕はそれを知っているのだと。

 初めは当然信じてもらえなかったが、当時の僕が知り得ないことや未来の出来事などを言い当ててみせると、彼はこれを信じてくれるようになった。他言しないで欲しいという僕の願いを聞き届け、カウンセリングの名目で相談に乗ってくれるようになったのだ。

 

 以来、彼との密談は続いている。

 

 『筋書』を変えたくない。けれど見て見ぬふりもできない。

 そんな我儘とも言える方針を認め、実現のために第三者目線でアドバイスをくれる博士の存在は、原作通り第一高校への進学を決めた僕にとって大きな支えとなった。

 

 もちろん、こちらばかりが利を得る関係というわけではない。

 博士は博士なりに、僕の利用価値を見出したからこその協力関係。『実験動物(モルモット)』という表現はそういう意味で、至極適当な言葉選びだと言える。

 

 僕が彼の研究に協力する限り、彼は僕の良き相談相手となってくれるだろう。

 研究以外に頓着しない根っからの科学者でありながら、カウンセラー資格を持っているお陰でこうした密談も怪しまれずに済む。性格に多少難はあるけれど、タガが外れない内はまともな部類だ。

 

 

 

 

 

 

 研究室に併設された部屋でクラウス博士と向かい合う。

 こうして顔を合わせるのは入学前の4月初頭以来。まともに話すのは久しぶりだ。

 定期的に連絡は取っていたものの、メッセージや電話でのやりとりは最小限且つ事務的な内容に留めていた。この世界のネットワークサービスは100年前よりも高度化されている反面、末端に至るまで監視の目が広がっているからだ。

 

「それで、入学から三か月が経ったけれど、思い通りに進んでいるかい?」

 

 博士は穏やかな笑みを浮かべて言った。表情も声も柔らかいが、目だけが鋭く射貫くような冷たさを湛えている。いつもと同じ、どこまでも科学者らしい眼差しだ。

 

「……いいえ。入学前に想定していた流れにはできませんでした」

 

 認めたくないと訴える感情に蓋をして、努めて冷静に告白する。

 

 

 

 第一高校に入学する前、僕は一高で起きる出来事に対してどう行動するかを博士に相談していた。

 

 テロリストによる襲撃への対処方針や原作主人公(達也)との関わり方、そしてこれから挑むことになる九校戦と、その後も続く数々の事象について。

 未知の危険に繋がる可能性がある以上、なるべく『筋書』を守って行動しようと決めた僕の背中を彼が押し、その上で具体的な行動方針を考える手助けをしてくれた。

 

 当初、僕は達也たち原作メンバーに関わることなく、一般生徒の一人として過ごしながら状況を見守り、危険の伴う要所でだけ最低限の行動をしようと思っていた。

 原作の森崎駿()は入学式翌日の一件と風紀委員、九校戦でのモノリス・コード脱落の場面などでしか達也たちと直接関わることがない。夏休みの一件を除けば、森崎駿()が原作へ与えた影響は極めて小さかったはずなのだ。

 

 原作の流れを変えることが状況を好転させるとは限らない。寧ろ僕程度の実力では悪化させることの方が多いだろう。

 僕には七草会長や十文字会頭のような権力はないし、達也や深雪のような圧倒的な力もない。権力にしろ力にしろ、事態の悪化を防ぐ手段を持たない者が軽々しく手を出すべきじゃない。僕はそれを、経験として知っている。

 

 だからこそ、原作メンバーにはなるべく関わらず、一般生徒のままで脅威に備えようと思っていたのだ。

 ブランシュ事件も九校戦も、『筋書』を踏襲した上で手の届く限りの人を守りたいと、そう思っていた。

 

 けれど、そんな思惑は入学二日目にして潰えてしまった。

 仕方なく、博士が(何故か)用意していた次善策に移行し、それがまた恨めしいほどにピタリと嵌った結果、達也一行と付かず離れずの立ち位置を確立するに至ったのだ。

 

 そして、極めつけは久沙凪煉が現れたことだ。

 こればかりは完全な予想外だった。原作には名前すら出てこない人物が一高に関わってくるなんて想像もしていなかったし、それが渡辺委員長を打倒するほどの実力者だなどと思いもよらないことだった。

 とはいえ、これは『僕』が森崎駿()だったからこそ生じた原作との乖離だ。否が応でも受け入れざるを得ないのは身に染みてわかっていた。

 

 

 

「なるほどなるほど。それは大変だったねぇ」

 

 入学してからのあらましを語ると、博士はさも面白そうに笑った。

 くつくつと声を漏らし、ひとしきり笑ったところで、博士はあっけらかんと宣う。

 

「ま、ボクとしては予想通りだけど」

 

 一転、軽い調子で投げられた一言にはさすがに黙っていられなかった。

 

「それは達也たちとの関わりについてですか。それとも、久沙凪煉について……」

 

 博士はフムと小さく息を吐いて、顎に手を当てる。

 

「両方とも、かな。後者については『そういう可能性もある』程度の予想に過ぎなかったけれどね。前者については、高い割合でそうなると思っていたよ」

 

 「どうして先に言ってくれなかったんだ」と、反射的に口にしそうになるのを堪える。

 原作メンバーと距離を取ると言ったのは僕の方で、博士はそれを尊重してくれたのだろう。実際のところはわからないが、そう思いたい。

 

「……理由をお聞きしても?」

 

 とはいえ、一応の反撃はしておきたい。

 決して意固地になっているわけではなく、後々の参考にするためだ。

 

 そんな僕の反応を見た博士は笑みを深め、殊更に優しげな口調で言った。

 

「困っている人、傷付く人を色々な意味で放っておけない(・・・・・・・・・・・・・)君が、騒動の渦中に立つ運命の司波達也くんと関わらないわけがないだろう」

 

 思わず「確かに」と頷いてしまいそうだった。

 咄嗟に動きかけた首を固定し、意地になって目の前の優男をねめつける。

 

 今度こそ彼は声を漏らして笑いだした。こちらが意固地になっているのを知った上で、笑い飛ばすように腹を抱えている。

 やがて博士は腕を組んで目を細め、覚えの悪い子供へ諭すように語りだした。

 

「そもそも、君の掲げる『理念』は、君の抱く『信念』とは相容れないものだからね」

 

 『理念』と『信念』――。

 似通っているようで異なる二つの言葉は、僕の抱える葛藤を端的に表していた。

 

 思わず顔を背けた僕に、博士は変わらず粛々と言葉を重ねる。

 

「目の前で傷つく人を放ってはおけない。そんな君が、より犠牲の少ない未来のためだからといって、目の前の人を見捨てることはできないだろう?」

 

 そんなことはないと、反論することはできなかった。

 そうかもしれないと、ただ頷くこともできなかった。

 

 どちらも真実で、どちらの想いも間違いなく僕の中にあるからこそ、博士の指摘を肯定した上で言葉を返す。

 

「だとしても、傷付く人が少なくて済む方法があるのなら、僕はそれを実現させたい」

 

 博士が眉を顰める。訝しむような眼差しでこちらを窺い、問いかけてきた。

 

「だから『筋書』を変えたくはないと?」

「はい。そのために、一高へ進学したんですから」

 

 考えるまでもなく答えた。

 

 『筋書』をなぞり、その上で守るために、僕は一高へ進学すると決めた。

 今度こそ失わないように、驕らず、逃げず、向き合うために選んだのだ。

 

 自然と眼差しは鋭いものとなり、彼にはそれだけで何を考えているのか見抜かれてしまった。

 

「何度も言ったことだけれど、君が気に病む必要はないんだよ」

「こちらこそ何度も言いましたよね。僕がいなければ、あんなことにはならなかった」

「だが君は、彼女を助けようと思ってあの場を訪れたのだろう?」

「その僕の傲慢さが事態の悪化を招いたんです。『筋書』は守られるべきなんですよ」

 

 かつて身の程知らずな少年は運命を変えようと息巻いて、結果取り返しのつかないことを引き起こした。ツケは払ったと誰もが言うが、あの程度で足りるはずがない。

 

 自覚があるからこそ、言いながらも視線は落ちていた。

 そこへ依然として眉を寄せたまま、博士は突き放すように問いかけてくる。

 

「では、君は今回も『筋書』を変えるつもりはないんだね。怪我人も事故も見て見ぬふりをして、君自身、仲間共々競技の途中で怪我をしてリタイヤすると、そう言うわけだ」

「…………」

 

 今度は答えることができなかった。

 

 頭では博士の問いを肯定している。

『筋書』を変えてはいけないと理性が訴えている。それが最善だと警鐘を鳴らしている。

 

 けれど感情は首を振っていた。

 怪我をすると知っていて、魔法師としての将来を失う人がいると知っていて、見て見ぬふりなどできないと叫んでいた。

 

 口を開いては声にならない喘ぎを漏らす僕を見て、博士は悲しげな表情を浮かべた。

 

「君の善性は美徳だ。だが同時に君自身を苛む鎖でもある。君が『筋書』を守りたいと思うのも、傷付いて欲しくないと願うのも、根底にある想いは同じなはずだ」

 

 博士はフッと笑みを浮かべると、ゆっくりとした口調で問いかけてきた。

 

「君の話してくれた『筋書』と、君が直面している現実は、最早違う流れになりつつある。それは自覚しているね。その上で聞こう。君は、どうしたいんだい?」

 

 気持ちに正直になれと、彼の眼差しが説いていた。

 

 目を閉じて、大きく深呼吸をする。

 理屈は一度横に置き、自分がどうしたいかを口にした。

 

「……連中のせいで傷つく人がいる。将来を奪われる人がいる。それを防ぎたいです」

 

 言いきって、けれどすぐに震えが湧き上がった。

 

「けど、それでも、『筋書』を変えるのは……」

「怖い、か。君がそう思うのも当然のことだろうね」

 

 クラウス博士はそこで一つ息を吐いた。

 張りつめていたものが溶けていき、穏やかな表情に戻った博士が再び口を開く。

 

「最終的にどうするか、決めるのは君だ。ボクが口をはさむことはない。ただ、目的は見失わないように。何のために『筋書』の履行を望んだのか、それを思い出してごらん」

 

 言い終わる頃には、彼の笑みは苦笑いに変わっていた。

 それから再度笑みを柔らかなものに変えて、こう締めくくった。

 

「君は君の思う通りにするといい。カウンセラーとして、君が過去のトラウマを乗り越えていくことを切に願っているよ」

 

 ……まったく。人をモルモット扱いするマッドな科学者のくせに。

 こういう時だけまともにカウンセラー面するなんて卑怯じゃないか。

 

 口元を抑え、ニヤニヤ笑みを浮かべる博士から顔を逸らさずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 『カウンセリング』を終えた後は、いつも通り実験へ協力することになった。

 

 部屋を出たところで目敏く涙の痕を見つけた女性研究員が博士の首を絞めて揺さぶるというバイオレンスな一幕もあったが、あれやこれやと理由をでっち上げて誤魔化すことでどうにか事なきを得た(博士はしばらくグロッキーだった)。

 

 クラウス博士の専門は『魔法幾何学』と『生体工学』。にもかかわらず、出身は医学部で医師免許に加えて臨床心理士の資格も持っている。

 挙句の果てに、医者になるでもなく、こうしてローゼン・マギクラフトの研究員という立場に収まっているのだから、変わり者にも程がある。

 

 そんな変わり者に率いられた研究室ではあるが、他のメンバーは至って正常(なはず)だ。

 男性と女性の職員がそれぞれ二人いて、全員が医師免許か看護師の資格を持っている。人間を被検体として術式の検証を行っているため、医学的措置の行える人材じゃないとダメなんだとか。

 

 ここで研究されているのは『生体刻印術式』の開発。人体に直接刻印型の術式を刻み、魔法を作用させるというものだ。

 

 刻印型の術式自体はかなり昔から実用化されており、主に武装一体型デバイスなどに使用されている。

 例えばエリカの使う警棒なんかには硬化の術式が刻まれており、打撃の瞬間に効果を発揮させることで警棒の耐久力と威力の両方を向上させることができる。

 

 『生体刻印』はこれを魔法師の人体に適用させたもので、魔法式に相当する刻印術式を身体に刻み、サイオンを流すことで自身へ作用する魔法を発動させる術式だ。

 

 刻印術式を刻む技術自体は既に確立されているので人体への刻印も理論上は可能なはずなのだが、人体の場合は無機物と違って構造が変化しやすいのが難点だった。

 肌は柔軟性がある上定期的に新しい細胞に替わってしまうし、骨だって数か月で損傷が修復される。幾何学的な文様によって魔法式の代替とする刻印術式を刻むためには、生物の身体は適性の高い媒体とは言い辛い。

 

 クラウス博士率いる研究チームはこれに対し、物理的な刻印ではなく非物質的な、情報次元に対して刻印術式を刻むことで解決できないか模索していた。

 

 この世界に存在するすべての物質は情報次元、つまりイデアに構造情報が記載されている。

 無論人間の構造情報も同じで、個人毎に異なる構造情報がイデアに存在しているのだ。

 

 物体の構造情報を書き換えて魔法を作用させるのと同じように、人間の構造情報も書き換えることで直接魔法を作用させることができる。

 この仕組みを利用して、術者自身の構造情報に刻印術式を設定することで、ただサイオンを注入するだけで魔法を発動できないかと考えたわけだ。

 

 しかし、研究開始当初は芳しい成果を挙げられなかったらしい。構造情報に直接作用する魔法はそもそも難度が高いうえに、構造情報の書き換えはそれ自体が大きな危険を孕んでいるからだ。

 下手な術式を書き込んでしまうと、ふとしたはずみで魔法が発動したり、構造情報のエラーで身体に異常をきたしたりする可能性がある。安全性が確保できない以上、実際に実験を行うわけにもいかなかった。

 

 そうして再び暗礁に乗り上げかけたところで、僕の存在が転機となった。

 

 曰く、僕の身体には、他の人と明らかに違う箇所が一か所あるそうだ。

 位置は鳩尾の内側。心臓と両肺の丁度中間。情報次元における肉体と精神の間だ。

 そこに非物質的な粒子塊、それもサイオンではなくプシオンの塊があるらしい。

 

 『プシオン』とはサイオンと並ぶ非物質粒子で、情動を形作る粒子と言われているが実際のところは未だに解明されていない。

 現在支持されている学説では、人間の『精神』はプシオン情報体であり、大脳は精神から送られてくる情報を受信する受信器の役割を持っているらしい。

 

 説明されたところで僕もしっかり理解できているわけではないが、ともあれ僕の身体にはそんなプシオンで出来た何らかの『核』のようなものがあるんだとか。心当たりを問われたときは全力で恍けておいた。

 

 理由はどうあれ、このプシオンの塊が閉塞を打開するきっかけになったのは確かだ。

 

 人間の構造情報に刻印術式を刻むのは難しい。それは構造情報がサイオンによって構成されているからで、刻印術式を起動させるのも同じサイオンだから誤作動が起きたり、干渉が起きたりして実現不可能と判断されたわけだ。

 

 ではプシオン情報体、つまり精神に刻印術式を施してみてはどうか。

 クラウス博士は僕の身体に存在するプシオン塊を見てそう考えた。

 

 幸い精霊魔法なんかのSB魔法がプシオン情報体に大なり小なり干渉する機構を持っていたので、それらの技術を流用する形で研究は進められた。

 結果、プシオン情報体にサイオンで構成された刻印を施すことは理論上可能という結論が出たわけだ。

 

 とはいえ、いきなり人間のプシオン情報体=精神に直接刻印術式を施すのはあまりに無謀な行為だ。副作用もわからなければ施術段階でどんな弊害が起きるかもわからない。最悪精神に異常をきたして廃人になってしまう可能性だってある。

 

 その点、僕の持っていた例のプシオン塊であれば、僕の精神の本体とも切り離されているし、密度として見てもそう大きなものではないから左程影響は出ないだろう。

 博士がそう結論付け、僕が協力を申し出たことで、この研究はもう一段階先のステージへと進むことになったのだ。

 

 『霊子式生体刻印術式』。

 そう名付けられた術式の実験に向けた霊子波動の測定。それが今回、この研究室を訪れたもう一つの目的だった。

 

 

 

 全身をすっぽりと覆う計測機の中、薄いハーフパンツだけの格好で測定を受ける。

 上半身は裸で、下も下着とハーフパンツ以外には何も履いていない。これが冬場なら寒くて震えていたかもしれないが、今は夏でしかも館内は室温が一定に保たれている。寝台にも毛布が敷かれているし、特に身体に不調をきたす要素は何もなかった。

 

『――はい。測定完了です。お疲れさまでした』

 

 マイク越しに職員の声が聞こえてきて、直後寝台が足の方へと動き出す。

 筒状の計測機から押し出され、全身が照明の下へ出たところで身体を起こした。

 

 脇に置かれていた上着を着て、寝台から降りる。

 傍に控えていた女性職員からコーヒーの入ったグラスを受け取って、隣の部屋にいる博士の下へと向かう。

 博士は大型端末に向かって作業する職員の後ろで、三つ並んだモニターの画面を見ていた。二つには何らかの波形データが、一つには僕の身体を模した3Dデザインとその内側に何らかの分布を示す白色の濃淡が描かれていた。

 

 真剣な表情のクラウス博士の斜め後ろに立ち、コーヒーを半分ほど飲み下す。

 あれこれと専門用語を交えて話す彼らの様子を眺め、それからふと思い立った僕は博士へ問いかけた。

 

「研究の進捗状況はどんな具合なんですか?」

 

 僕がこの研究の被験者になってから早いもので一年ほどが経っている。その間、僕がやっているのはこうした霊子波動の測定だけだ。計測機で何らかのデータを収集しているのはわかるのだが、それがどう研究の役に立っているのかはわからない。

 

 単純な興味本位の問いかけ。真剣な回答を期待してのものではない。

 しかしそれに対して、振り返った博士は子どものような笑顔で熱弁を振るい始めた。

 

「君の協力のお陰で理論はほとんど完成したよ。刻印する術式の設計は君の希望を基に完成させてあるから、あとは君の中にあるプシオン塊に合わせて術式を調整するだけだ。この分なら、秋までには実験を行えるだろうね」

 

 言いながら、少しずつ近付いてくる博士。最後には間近に迫っていて、思わず顔を引いた僕へ博士は「心配しなくても間に合わせるよ」と囁いた。

 ハッとして向こうの職員たちを見る。幸いにもそれは杞憂に終わり、彼らは端末のデータや計測機の操作に夢中でこちらを見ていなかった。

 

 安堵のため息を吐き、博士を睨む。

 博士は目礼してくるもそこに謝辞の色は覗えず、寧ろこちらの反応を面白がっているようですらあった。

 

 ため息を吐いて、コーヒーの残りを口にする。

 

 彼の性格が悪いのはいつものことなので置いておくとして、それを差し引いても博士の語った展望は心強いものだ。

 クラウス・アールツトが秋までに実験ができる、間に合わせると言ったのであれば、それは九分九厘実現する。三年という短い付き合いではあるが、確信の持てないことは口にしない人なのは心得ているから。

 

 九校戦を乗り越えた先――。

 より危険で困難な局面に対する新たな『切り札』の獲得に、期待を寄せずにはいられなかった。

 

 

 

 




 
 
  
 クラウス・アールツト CVイメージ:鳥海浩輔さん

 
 
 今話については賛否両論あるかと思いますが、言い訳は致しません。
 すべての種明かしができる日まで広い心でお待ち頂ければと思います。

 次回は順調に行けば木曜日更新の予定です。

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