モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第4話

 

  

 

 週が明けた月曜日。

 

 この日、第一高校では九校戦に参加する代表チームの発足式が開かれた。

 講堂のステージには選手と作戦スタッフ、技術スタッフが並び、紹介と代表メンバーを示す徽章の授与が行われる。

 

 生徒会主催のこの式典は午後最後のコマに全校集会の扱いで執り行われた。

 九校戦に参加するのは在校生の一部にもかかわらず、授業を一コマ潰してまで開かれるのだ。学校側の期待値の高さも相当なものなのだと改めて窺えた。

 

 代表の紹介は七草会長が、徽章の授与は深雪が行う。一人一人名前が呼ばれ、その度に深雪が徽章をユニフォームの胸元へと取り付けていく段取りだ。

 選手40名、作戦スタッフ4名、技術スタッフ8名の計52名から会長と副会長、深雪の三人を除いた49人全員にこれをやっていくとなると相応の時間も掛かるわけで、必然的に自分の番が回って来るまでは手持無沙汰になる。

 

 一応、私語厳禁というほど厳格な雰囲気でもないようで、本選出場予定の先輩たちは目立たない程度の囁き合いはしている。が、これが初めての九校戦である一年生は緊張のせいか口を閉じている者が多く、右隣のB組男子も話しかけられる様子ではなかった。

 

 肩を張る男子を横目に見つつ時間が過ぎるのを待つ。と、そのとき――。

 

「君、確か風紀委員だったわよね」

 

 不意に、逆側から小さな声が聞こえてきた。

 首を少しだけ動かして声の主を視界に収める。

 

 ワインレッドの髪を短めに切り揃えた、ボーイッシュな先輩がこちらを見ていた。

 初対面の相手にも物怖じせず、声量は抑えながらも聞きたいことをズバリ訊ねてくる彼女のことは、生まれる以前から一方的に知っている。

 

「ええ、そうですよ。千代田先輩は、風紀委員にご興味がおありなのですか?」

 

 千代田花音。

 百家『千代田家』の生まれであり、本人も学年トップクラスの魔法力を誇る『数字付き(ナンバーズ)』の先輩だ。原作にも登場した女子生徒で、現二年生組の中心人物でもある。

 

 千代田先輩は軽く鼻を鳴らすと、視線を前に戻しながら答えた。

 

「そうね。摩利さんが委員長を務めているから、全く興味がないわけじゃないわ」

 

 何でもないことのように語る千代田先輩。けれど僕は彼女がいずれ風紀委員長になることを知っている。それも現委員長の渡辺先輩に請われてだ。

 

 渡辺委員長がいつから千代田先輩を担ぎ上げようとしていたのかはわからないが、期末試験が終わった頃から引き継ぎの準備は始まっていた。

 委員長が既に話を持ち掛けているのだとすれば、千代田先輩が暇つぶしがてら一年生風紀委員に話しかけるのはわかりやすい話だ。

 

 とはいえ、ここで裏事情へ触れるわけにもいかない。

 受け答えとして自然になるよう、渡辺委員長の話題を投げることにした。

 

「渡辺先輩は風紀委員の中でも傑出していますからね。千代田先輩が尊敬される気持ちもわかりますよ」

 

 すると、千代田先輩は僅かに頬を赤らめて頷いた。

 

「摩利さんは本当にすごい人よね。同時にいくつも魔法を使いながら、一つ一つの精度も高くて。七草会長や十文字会頭も凄い人だけど、あたしは摩利さんを一番尊敬してるわ」

 

 おっと。予想以上の好感触だ。

 千代田先輩が渡辺委員長を慕っているのは知っていたが、ここまでだったとは。

 

「わかります。会長や会頭も相当な修練を積まれているでしょうが、二人は生まれ持った資質が段違いだ。その点、委員長は二人ほど魔法力が図抜けて高いわけでもないのに、三巨頭の一人に数えられている。その磨き抜かれた技術には感服せざるを得ません」

 

 千代田先輩の熱意に応えるよう、僕なりの所見を口にした。

 実際、僕も渡辺委員長の技量には敬服しているし、参考にできる部分は真似をしたいとも思っている。まあ委員長の場合は多種多様な魔法をマルチキャストできる処理能力があり、二種類までしか同時に使えない僕では真似しようのないことも多いのだが。

 

「君、よくわかってるじゃない」

 

 多少大袈裟に持ち上げたお陰か、千代田先輩は口元を綻ばせて顔を傾けた。機嫌の良さが滲み出た顔には憧れの先輩について語りたいと大きく書いてあるようにすら見える。

 

 あわや本人不在の語り合いが始まろうかという雰囲気。

 だがそこで、七草会長が二年生女子の名前を呼び上げた。千代田先輩が呼ばれるのも間もなくのこと。先輩もそれに気付かないほど我を忘れているわけではなかった。

 

「っと、もう少しであたしの番ね。話はまた今度にしましょう。で、君の名前は?」

 

 正気に返った千代田先輩は顔を正面に戻し、視線だけで訊ねてきた。

 

「1―Aの森崎駿です」

「森崎くんね。あたしは千代田花音。今後も顔を合わせることがあるだろうし、よろしくお願いするわ」

 

 出場競技も違うのにこう言うってことは、もう話は付いているのかもしれないな。

 

「はい。よろしくお願いします。千代田先輩」

 

 いずれ上司になる先輩の意外でもない一面に内心苦笑しつつ、目礼で応えた。

 

 

 

 発足式も間もなく半分が過ぎようとしている。本選女子の紹介が終われば、その後は新人戦男子の紹介。千代田先輩が終われば、その次は僕の番ということだ。

 

 深雪の姿も既に視界へ入っている。

 彼女の後ろには徽章を並べた盆を手に立つ服部副会長の姿もあって、深雪は副会長の持つ漆の盆から徽章を取り、選手たちが身に付けているブルゾン形式のユニフォームへ取り付けていた。

 

 一年生の深雪が徽章を授与し、それを副会長である服部先輩が補佐しているのは、立場的な面だけ見れば首を傾げたくなる光景だ。

 とはいえ、壮行会の側面も兼ねた式典において、この華やかな役どころに服部先輩ではなく深雪を置いたのは少なくとも心情面で正しい判断だっただろう。服部先輩に華がないというわけではないのだが、如何せん相手が悪すぎた。

 

 千代田先輩の名前が呼ばれる。同時に、右隣に立つ男子の肩が余計に強張った。

 ちらと見れば耳が赤く染まっている。口を堅く引き結び、視線は左前方に固定されて動かない。僕が見ていることにすら気が付かない様子だった。

 

 どうやら深雪に見惚れてしまっているらしい。間近に迫った彼女に惹かれ、気付かぬままに余計な緊張をしているようだ。

 可愛い女の子に見惚れて緊張する。それ自体は男子高生らしくて微笑ましいが、この場であがり過ぎるのは本人の為にも深雪の為にもよくないだろう。

 

 ちょうどそのとき、千代田先輩に徽章が取り付けられた。

 徽章を付け終わった深雪が一歩下がり、聴衆から千代田先輩が見えるよう半歩横にズレる。講堂にいる全員の視線が千代田先輩へ向き、健闘を祈るために手を持ち上げた。

 

 その瞬間を狙い、隣の男子へ囁く。

 

「あからさまに見過ぎだぞ。少し落ち着け」

 

 言うと、面白いくらいに肩が跳ねた。わかりやすい反応はしかし、千代田先輩へ送られる拍手に紛れて気付かれることはなかった。

 それまでとは別の意味で硬直した彼がそろりと視線を向けてくる。細目で待ち受け、苦笑いを向けてやると、ばつの悪い顔で目を逸らした。

 

「悪い……。助かった」

 

 自覚はあったのか、彼は投げやりな口調で呟いた。恥じらいと一緒に余計な力も抜けたようで、ガチガチに固まっていた肩も落ち着いていた。

 横目に見て小さく息を吐く。と、そのタイミングで七草会長の声が聞こえてきた。

 

「ここからは新人戦に出場する選手の紹介です。初めは一年A組、森崎駿くん」

 

 意識を切り替えて一歩前に出る。

 姿勢を正して立つ僕の前で深雪が立ち止まり、振り向いた。

 

 こうして改めて見ると、司波深雪の容貌は飛び抜けていると実感できる。

 均整の取れた体付き、整った顔立ち、染み一つない白磁のような肌、艶やかな黒髪。人間の理想の一つを体現したかのような美貌は衆人の目を惹き付けて止まず、ともすれば現実感を失いそうになるほどだ。

 

 深雪を前に気後れしない者は、僕の知る限り達也しかいない。

 これだけの美少女を前にして、心を惑わされない方がおかしいのかもしれない。

 

 副会長の手にした盆から徽章を一つ摘まんだ深雪は、僕の方へ一歩近づき、ブルゾンの襟もとへ両手を添えた。タイタック式のピンを取り付ける間、深雪の顔は普段じゃありえない至近距離にまで接近することになる。

 

 滑らかな髪の質感がわかるぐらい近しい距離で徽章を取り付ける深雪。

 ピンが留まり、距離が離れる直前、彼女の口から小さな声が届いた。

 

「頑張ってください」

 

 瞬間、胸に渦巻いた感情をどう表現すればいいのだろう。

 痺れるような、締め付けられるような、内側から焼かれるような、そんな感覚。

 

「っ……ありがとう、司波さん」

 

 咄嗟に漏れかけた悲鳴を必死で堪え、表情だけは繕って応えた。

 服部副会長が顔を顰める。僕たちの囁き声が聞こえたらしい。訝しむように見てくる彼に目礼して、顔を上げた。

 

 深雪が半歩横へ身体を開く。

 講堂に集った生徒が手を叩き始め、やがてそれなりの拍手が館内に広がった。

 

 A組のクラスメイトが集まった一帯からは明らかに大きな拍手が聞こえてくる。渋川ら男子のみならず、クラスの全員がそこにいるらしかった。

 また、最前列付近に陣取ったE組の集団の中からもエリカやレオ、美月が手を叩いてくれていた。レオの隣の男子も戸惑った様子ながら三人に倣って拍手をしていた。

 

 寄せられた期待に誇らしさとむず痒さを感じる。

 同時に、臓腑の奥に沈んだ『(おり)』が重くなったような気がした。

 

 キリキリと苛む痛みを無視して、元の位置へと戻る。

 結局顔を赤くしている隣人を覗き見て、それから反対側へと目を向けた。

 

 ここからだと見えない二人の三年生女子選手。そして一緒に新人戦モノリス・コードへ出場する五十嵐と香田。『筋書』通りであれば、被害を受けるのはこの四人だ。

 

 守りたい。傷つけさせたくないと心から思う。

 放っておけばこのうち三人が重傷を負い、一人は魔法師としての人生を奪われることになるのだ。覆す手段があるのなら、何としてでもそうしたい。

 

 だがもし覆すことができたとして、裏で糸を引いている連中が更なる凶行に走らない保証はない。私欲のために人殺しも辞さない連中だ。原作では阻止されたとはいえ、無差別殺人すら決行しようとしていた。

 

 今から動けば、四人を守ることはできるかもしれない。

 だがその場合、他の誰かが犠牲になるかもしれない。

 

 手口がわかっているなら対処のしようもある。だが僕の知らない別の手段を取られたら、その場の即興で対応するしかなくなってしまうのだ。

 それがどうにかできる範囲ならまだいい。たとえ死にかけたとしてもどうにかする。

 

 けれど手に負えない事態だったらどうなる。原作主人公(達也)ですら見抜けない手段を使われたらどうする。取り返しのつかない事態にならない保証はないのだ。

 

 強化人間(ジェネレーター)の一人くらいなら刺し違えてでも止めてみせよう。

 しかしそれが二人三人といた場合、僕だけではどうにもならない。都合よく達也や国防軍が助けてくれるとも限らないし、最終的に撃退できるとしても犠牲者がゼロで済むとは思えない。

 

 やはり積極的に『筋書』を変える気にはなれない。少なくとも明確な違いの見られない内から変えようとは思えない。

 『筋書』に沿っている間は被害者が特定できるのだ。事前に策を講じて怪我や事故を軽くすることもできる。

 

 加えて『筋書』通りになれば、『敵』は達也と国防軍が処理してくれる。寧ろ達也の手で確実に潰してもらわないと後々に影響が出るかもしれない。

 個人的にも今回の敵――『無頭竜(ノーヘッド・ドラゴン)』には潰れて欲しいのだ。『ソーサリー・ブースター』の供給源となっているあの組織は叩き潰されて然るべき存在。人を武器へ変える技術など、(・・・・・・・・・・・・・)あってはならない(・・・・・・・・)

 

 それにもし何らかの理由で『筋書』と変わったとして、どう変わるかが分からないのであれば状況は今と同じだ。できる限りの準備をして、状況に応じた対応をする。それしかできることはない。

 『筋書』が変わるかもしれないというのは4月の一件で痛感したのだ。もう二度と、予想外だからという理由だけで止まることはしない。

 

 四人を守るために、延いてはあの会場にいるすべての人を守るためにできる限りのことをする。そのための手段として(・・・・・)『筋書』に沿うのだ。クラウス博士が言っていた『目的を見失うな』とはそういう意味だと思うから。

 

 考えている内に発足式は終わりへ差し掛かっていた。

 代表メンバー全員に再度盛大な拍手が送られ、A組のクラスメイトやエリカたちも惜しみなく手を叩いて祝福してくれている。

 

 講堂全体が盛り上がる中、僕はそうして自分へ言い聞かせていた。

 守るためだからと、彼らの期待を裏切る事実から必死に目を逸らして。

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 発足式を終えてからの日々はあっという間に過ぎていった。

 

 九校戦に出場する選手40人には競技毎に技術スタッフが付けられ、作戦立案からCADの調整までを担当することになる。今年の新人戦女子には深雪が出場し、深雪を担当するスタッフが一年生で唯一選ばれた達也となるのは誰の目にも明らかだった。

 

 深雪が出場するのは『アイス・ピラーズ・ブレイク』と『ミラージ・バット』。この二つの競技にエントリーした女子選手はもれなく達也が担当となり、残る達也の受け持ちは日程や参加選手の兼ね合いで『スピード・シューティング』と決まった。

 

 『ミラージ・バット』には深雪、ほのか、スバルが、

 『アイス・ピラーズ・ブレイク』には深雪、雫、英美が、

 『スピード・シューティング』には雫、英美、和実が、それぞれ出場する。

 深雪は当然として、雫と英美も二種目とも達也が担当することとなったのである。

 

 これに最も不満を抱いた(露にしたわけではない)のがほのかだった。達也への好意を自他共に認める彼女はもちろん二種目ともを達也に担当して欲しいと思っていた。

 しかし、ほのかが『ミラージ・バット』に加えて出場するもう一つの種目は『バトル・ボード』。こちらは競技日程が『アイス・ピラーズ・ブレイク』と被ってしまうため、どうしても担当することはできなかった(深雪の担当から外れるという発想は誰の頭にも浮かばなかった)。

 結果、ほのかは泣く泣く『バトル・ボード』で担当してもらうことを諦めたのだ。

 

 余談だが、魔法適性だけで見た場合ほのかのもう一つの出場競技は『クラウド・ボール』の方が妥当だった。しかしそれを額面通りに受け取った場合、ほのかのモチベーションが超低空飛行(場合によっては落水)することは目に見えていたため、実力を発揮させるためという理由で『クラウド・ボール』へのエントリー案は却下された。

 

 そういった諸々の事情もあって、雫は当初『スピード・シューティング』でも達也のサポートを受けることに心理的な抵抗を抱いていた。

 親友が断腸の思いで諦めた達也による調整を、偶然の結果で自分が受ける結果を心苦しく思っていたのだ。

 

 しかし、いざ本番へ向けた練習が始まってしまえば雑念は否応もなく消える。

 大会三連覇が掛かった三年生のためにも、また長らく出場を夢見てきた新人戦のためにも、連日のように最終下校時刻の直前まで練習へ励んでいた。

 

 また練習を始めて以来、達也のCAD調整技術に対する評価は鰻上りに上昇していた。

 柔軟な発想とそれを実現する確かな技術力。選手の細かな要望にも的確に応え、まるで突然魔法が上手くなったのではと錯覚するような使い心地をもたらしてくれる。

 

 九校戦が終わったら、父に頼んで達也を雇ってもらおう。

 本気でそんなことを考えるほど、雫は達也の技術を高く買うようになっていた。

 

 本格的に練習が始まって一週間が経ったこの日も、非常に有意義な練習ができた。

 5限が終わってすぐ始めた練習もそろそろ半分が過ぎ、一度休憩を挟もうとシューティングレンジを降りる。

 小銃型のCADを抱えてベンチへ戻ると、そこには小型の調整用端末を操作する達也と、体操服姿のまま身を乗り出して画面をのぞき込む駿の姿があった。

 

 珍しい、というほどでもない取り合わせだ。同じ風紀委員で、どちらも大人びた印象の同期生。ああして遠慮なく接する姿を見るのも初めてではない。

 

 雫は躊躇うことなく近付いた。

 

「なにしてるの?」

 

 常よりは少し興味深げに放たれた問いに、達也と駿が顔を上げる。

 

「森崎からCADプログラムの相談を受けていたんだ」

「以前先輩が見せてくれた術式を自分なりに再現してみたんだが、いまいち上手くいかなくてな。相談に乗ってもらっていたんだよ」

 

 質問の答えは達也が、質問の背景は駿がそれぞれ口にする。

 性格の違いがわかりやすく表れた回答に雫は笑みを零した。

 

 そうしてふと、この二週間まともに駿と会話をしていなかったなと雫は思い出す。

 実習は個人でのものばかりで体育は男女別、座学に関しては当然雑談などできない。放課後は互いに練習が忙しく、特に駿は花形である『モノリス・コード』の練習もあるので尚更だった。

 

 折角の機会だ。駿ともう少し話をしよう。

 思い立ってCADを置いた矢先、タイミング悪く駿は腰を折った。

 

「ありがとう。とても参考になった。時間を取らせて悪かったな」

「気にするな。こちらこそ面白いものを見させてもらった」

「そうか。それじゃあな。北山さんも、また」

 

 あ、と思うも遅く、駿は心なしか早歩きで二人の前を去って行った。

 なんとなく不満に感じながら、しかし駿の追い立てられるような去り際に愚痴を飲み込む。

 

「なんだか忙しそうだったね」

 

 呟いた雫に達也はちらと視線を向け、再度端末へ目を戻してから答えた。

 

「二つの競技の練習に加えて、他の男子代表の相談にも乗っているようだからな。作戦スタッフや技術スタッフの先輩たちとも積極的に話をしているらしい。少々抱え込み過ぎな気もするが、本人がやる気になっていることを止めるのもな」

 

 随分と詳しい返答が返ってきて、雫は少しだけ目を見張る。

 端末へ向かって作業を続ける達也の表情は変わらない。けれど直前に聞こえた声は間違いなく駿を案じるものだった。薄情ではないが淡泊ではあると思っていた達也がそれだけ気にかけているのだと思うとまるで我が事のように嬉しくなった。

 

「もう一回やってくる」

 

 置いたばかりのCADを手に取る。

 この熱が冷めないうちに、一度全力で最後まで通してみたいと雫は思っていた。

 

 振り返って射場へと歩き出した雫。

 そんな彼女を、達也はやれやれといった表情で見送った。

 

 

 

 この日、雫は練習を開始して一番の高得点を記録したのだった。

 

 

 


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