モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う 作:惣名阿万
お久しぶりです。
大変お待たせいたしました。
詳細(言い訳)は後書きに記載しておきます。
第三高校の一団から進み出た三人の少女。
うち一人の名乗った家名を聞いて、僕は思わず息を呑んだ。
日本魔法師界の頂点に位置する『十師族』――。
半世紀以上前から国内の9か所で行われてきた魔法技能師開発研究に端を発する彼らは、『
第一から第十までの魔法技能師開発研究所にルーツを持つ彼らは姓に『一』から『十』の数字を与えられており、計二十八ある中から十の家が選ばれ『十師族』の名を冠しているのだ。
現在、十師族は
数年に一度開かれる師族会議において選出された十の家が十師族を名乗る仕組みで、選ばれなかった残る十八の家は『師補十八家』と呼ばれ、十師族の補佐をしながら自家の勢力増強に努めているらしい。
『
つまり目の前の
見た目からして、ただの魔法師ではないとは思っていた。
優れた魔法資質を持つ者は容姿にも秀でる傾向があり、強力な魔法師は強い存在感を持つものだ。深雪や七草会長なんかはいい例だし、一条将輝も『プリンス』と呼ばれる程に容姿が優れている。
美形は皆優秀というわけではないが、判断材料の一つとして考えられる程度には定着した説だ。だから彼女たち三人も血統的に優秀かもしれないと考えてはいた。
だが、まさかそれが師補十八家などという名家の令嬢だとは思ってもみなかった。
しかも供に連れている二人は『
――などと、事はそう単純じゃない。
彼女たちが本当に名家の令嬢だとするなら、一つ疑問が浮かんでくるのだ。
原作において、2095年度の九校戦は第一高校の優勝で幕を下ろした。
この内、新人戦における戦績は男女で明暗が別れ、女子の部は他校を圧倒する勢いで勝利を重ねていた。これは深雪や雫、ほのかといった一年生女子の実力もさることながら、3つの競技で技術スタッフを担当した達也の力も大きく影響していた。その功績は見るものが見れば明らかで、担当した競技では同校対決以外で無敗という快挙だった。
とはいえ、それは他校の一年生女子に圧倒的な実力を持つ生徒がいなかったからでもあるのだ。同じく三高の一条将輝のように高い魔法資質を持つ生徒がいたのであれば、結果は違っていたかもしれない。
そんな中での彼女たち三人の存在。まさしく『高い魔法資質を持つ生徒』であり、一人は一条将輝に並ぶ家系の生まれだ。
血統が大きな影響を及ぼす『魔法科』の世界において、『師補十八家』と『
にもかかわらず、原作において彼女たち三人の名前はどこにも登場しない。
三人が三人共、達也の担当競技に出場していないというのは考え難い上、原作で試合の様子が描かれたスピード・シューティング、アイス・ピラーズ・ブレイク、バトル・ボード、ミラージ・バットのいずれにも彼女たちの名前はないのだ。
師補十八家と数字付きの令嬢が決勝にすら進めないという可能性は低いだろう。そう易々と逆転できるほど『血』に由来する才能の差は小さくない。
よほど適性が被っていない限り、実力者三人の出場競技を被らせるということもないはずだ。戦略的に考えれば、三人はそれぞれ違う種目に出場するべき。三人ともが二種目に出場するとなれば、どこかで達也が担当した競技――原作で描写された競技に出場しているはずなのだ。
しかし、原作で描かれたシーンに彼女たち三人の名前はない。
名前はおろか、存在を匂わせることすらされていない以上、原作において彼女たちは存在していなかったということだろう。
果たして、彼女たちは何者なのだろうか。
考え得る可能性は大きく分けて三つだ。
一つは僕が把握していない外伝の登場人物だという可能性。
『魔法科高校の劣等生』には深雪を主人公にしたスピンオフがあり、そちらの内容を僕は把握していない。スピンオフに出てきた人物だったとすれば、彼女たちのことを知らないのも自然だろう。
だが、いかに外伝の登場人物だとはいえ、原作に一切描写がないということがあるだろうか。
原作で描写のない別側面を語るのがスピンオフの役割であり、だとすればそれは本編を基にした物語であるはずだ。
次に『僕』の存在が影響し、筋書が変わった可能性。
第三高校の所在する金沢付近に行ったことはないが、過去のどんな行動が影響しているかはわからない。原作の『森崎駿』と違う行動を取った結果、巡り巡って彼女たち三人を三高に集めてしまったという可能性はゼロではないだろう。
最後の可能性は、前世の記憶を持っているパターンだ。
『僕』という存在がある以上、似たような境遇の人がいる可能性は否定できない。そしてそうなった人物が『魔法科高校の劣等生』という物語を知らない保証もない。
もしも三人の内の一人、或いは二人か三人ともに前世があった場合、後の展開が大きく変わってしまう可能性は高い。ただでさえ才能ある身に生まれた彼女らが原作通りに負けてくれるとは考えづらいからだ。
いずれの場合であっても、彼女たちは要警戒対象と考えるべきだろう。一高への工作が予想される現状、得点の行方を左右しかねない実力者は注視せざるを得ない。それが目下最大のライバルとされている第三高校の生徒だとすれば尚更のこと。
こうなってくると、この三高への挨拶も大事な情報収集の機会になってくる。委員長に連れてこられた時はどうしようかと思ったが、彼女たちを探るためともなれば真剣に取り組む必要があるだろう。
凛とした立ち姿の一色愛梨に対峙する。
傍らの二人にも視線を配りつつ、できる限り丁寧な態度で挨拶に応じた。
「第一高校一年の森崎駿です。渡辺先輩の供という身ではありますが、第三高校の皆さんへご挨拶に参りました」
軽く会釈をして言うと、俄かに周囲がざわついた。
ひそひそと隣近所で語り合う彼らの顔には関心が浮かんでおり、予想していた敵意や警戒はあまり見られない。その光景に骨が喉につかえたような違和感が残る。
「初めまして。お会いできて嬉しいです」
予想した反応と違うのは目の前の一色愛梨も同様で、こちらは敵意を向けてくるどころか寧ろ友好的だった。一高をライバル視している三高の生徒とは思えないくらいだ。
表情も見た限りは穏やかで、少なくとも好戦的な色は見られない。若干顔が赤い気もするが、それがどんな感情に由来するものなのかは不明だ。まさか名家のご令嬢が学生相手に緊張しているということもないだろう。
目礼しつつ、どう探りを入れていくか考える。
ライバル心をむき出しにされるようなら挑発することもできたが、こうも友好的な態度を見せられてはそうもいかない。ひとまずは様子見に努めるべきだろうか。
そんなことを考えていた矢先だった。
「貴方の噂は聞いています。実技学年3位の俊英だそうですね」
さらりと投げ込まれた一言に心臓が大きく跳ねた。
漏れそうになる呻きを噛み殺し、軽く会釈を返す。
「……恐縮です。まさか二十八家の方に知られているとは思いませんでした」
平静を装って答えつつも、背中に冷たい汗が流れるのがわかった。
試験結果を言い当ててきた以上、こちらの情報はある程度知られていると考えるべきだ。それが原作知識に依るものかはわからないが、目を付けられていることは間違いない。
仮に彼女が前世を持っている場合、こうして顔を合わせている時点で疑念を持たれているはずだ。原作を知っている者であれば尚更、僕の異質さに気付かないはずがない。
一方で彼女が前世を持たない、或いは『魔法科』の物語を知らない場合、『
「そう畏まらないでください。私たちは
様々に思考を巡らせていると、一色愛梨は笑みを困り顔に変えた。
ややもすると、言葉通りの友好的なセリフに聞こえる。しかし彼女が口にした『ただの高校生』というフレーズ。これが含んでいる意味によっては大変なカミングアウトだ。応じる言葉にも気を遣わざるを得ない。
また表情に対して視線が鋭いのも気掛かりだ。さりげなく、けれど抜け目なくこちらを観察する眼差しには、興味や関心というだけでは片付けられない熱量がある気がした。
警戒度を引き上げつつ、会話を続ける。
「そういうことなら、普通に話させてもらおう」
「ええ。それで構いません」
要望通り口調を砕けたものに変えると、一色愛梨の眼差しが一瞬だけ柔らかくなった気がした。
「おや?」と注意を向けると、そこには元の抜け目ない眼光。じっと視線を動かさず、威厳ある立ち姿をブレさせることもない。見間違いだったか。
内心で首を捻っていると、気を取り直したらしい彼女が続きを語り始める。
「初めはかの渡辺摩利さんが連れてきた選手に
宣戦布告でもするつもりだったのか、『挨拶』という単語を強調する一色愛梨。
彼女は迂遠な言い回しをしつつ、そっと目を閉じて右手を胸に当てる。楚々とした仕草にどういうわけか嫌な予感を覚え、冷や汗がまた背中を伝う。
数瞬の後、開かれた瞼の奥には強い意志を宿す瞳があった。
「単刀直入に言います。第三高校に転入する気はないかしら?」
「…………なんだって?」
唐突に飛び出した発言に、たっぷり3秒ほど言葉を失ってしまった。
周囲が俄かに騒がしくなり、戸惑う声があちこちで漏れ始める。彼女のこの提案は三高生にとっても寝耳に水だったらしい。
「戸惑うのも当然ね。けれど根拠ならあります」
一方、一色愛梨の方は弾みが付いたのか、心なしか饒舌になって続ける。
「第三高校ではより実戦的な魔法の能力を重視していて、その点に関しては第一高校を上回っている。『森崎』の嫡子である貴方の魔法特性を考えたとき、その才能を伸ばすのに最も適しているのは第三高校なのよ」
自信たっぷりに言い切った彼女だが、まるで見てきたかのような言い方には小さくない違和感を覚えた。彼女が言った『噂』とやらがどんなものかはわからないが、聞いてきただけの情報でここまで断言ができるものだろうか。
或いは、彼女にはやはり前世があり、同じく前世があると踏んだ僕を仲間に引き入れようとしているのかもしれない。だとすれば彼女が僕を気に掛けるのもわからないこともない。
「随分と詳しく知られているんだな」
疑念もあってか、つい責めるような言い方になってしまった。
その所為で一色愛梨はハッと口を噤み、そのまま俯いてしまう。
「それは、ごめんなさい。噂を聞いたときから家の者に調べさせていたの。不当な手段は取っていないけれど、貴方にとっては気持ちのいいことじゃなかったわね」
真摯な態度で腰を折る彼女。そんな姿を見せられてしまうと、こちらとしてもそれ以上追及できなくなってしまう。果たしてこれは天然か、あるいは計算の上か。
どうあれ、消沈されてしまうと何もわからない。
周囲からの突き刺すような眼差しを見ないようにしつつ、一色愛梨へ問いかける。
「知られていること自体は別に構わない。喧伝するつもりはないが、だからといって隠していたわけでもないからな。だが、それだけで転校を勧められるとも思えない。何か思惑があってのことなんじゃないのか?」
場の雰囲気を汲み、努めて穏やかに訊ねた。
彼女はほっとしたように息を吐くと、気を取り直して語りだした。
「当然、思惑はあります。実際、学校側からは来年度以降の九校戦で活躍の見込める生徒を得られるという点で賛同を頂きましたから」
有力生徒の引き抜きか。確かにそれなら学校側も頷くかもしれないな。
魔法科高校間での生徒の転校は、事例こそ少ないがないわけじゃない。どの学校も実績を上げるためにあの手この手を尽くしている上、各校の特色に合う生徒がいればそちらへの転校を勧める場合もある。建前としては十分な理由だ。
一色愛梨が知り得た情報がどんなものかはわからないが、口振りからして僕の魔法適性や得意魔法辺りは知られているのだろう。師補十八家の人間が調べたともなれば経歴から交友関係まで洗い出されていてもおかしくない。
実家の護衛業に三年近く携わり、幾度も実戦を経験、魔法工学系の企業とも繋がりがあり、得意魔法は対人戦闘に特化している。これだけ条件が揃えば、一高よりも三高の方が合っていると思われても何ら不思議はないか。
「百家支流の生まれである貴方が総合的な魔法力において『
僅かに視線を落とし、一色愛梨はそう言い切った。
第一高校は魔法師としての総合的な実力を重視する校風だ。彼女はそれを暗に示した上で、「一高に居る限り、お前は他の優秀な同期には敵わない」と言いたいのだろう。厳しい評価ではあるが、事実その通りなため異論を挟むつもりはない。
とはいえ、これだけならただの宣告。
挑発ですらなく、事実を突き付けたに過ぎない。
「けれど、実戦においては違う」
彼女はそこで言葉を止めることなく、毅然とした表情で続けた。
「貴方には一流の実戦魔法師になれる素質がある。そして実戦を想定した訓練において、三高は一高よりも上回っている。これが貴方を誘う理由よ」
自信に満ちた顔で、彼女は堂々とそう語った。
少なくとも表情からは嘘や方便の色は見受けられなかった。
こちらの与り知らぬところで何を勝手にとは思う。
一方で高い評価を得ていること自体は嬉しく、その期待に応えたいと思わせられるのもまた事実。これが彼女の持つカリスマだというのなら、いずれは七草会長や渡辺委員長のように多くの生徒を率いるリーダーとなることだろう。
依然として、何が彼女にそこまでさせたのかはわからない。『噂』とやらがよほど琴線に触れたのか、或いは前世持ちとしての情けか。内心を窺うことはできそうにない。
だが一色愛梨という少女が好感の持てる人物だということは、今の一幕だけでも十分に察せられた。
「三高へ転入するのであれば、住居や生活など、掛かる負担はすべて一色家が請け負いましょう。手続きが済み次第、身一つで金沢へ移住することができます。これは一色家当主からも既に許可を得ていることよ」
彼女はダメ押しとばかりに更なる厚遇を並べていく。必要な学費が変わらないことを考えれば破格の待遇だ。
とはいえ、旨い話には必ず裏がある。費用を負担するという発言からも、一色家としての思惑は容易に想像がついた。
「代わりに、卒業後は一色家の下で働くことになる、か」
要は先行投資というわけだ。将来有望な人材を学生の内から厚遇することで帰属意識を持たせ、卒業後に雇うための布石とする。転校に際して一色家が援助をするというのはそういう意図があってのことだろう。
一色愛梨は否定せず、寧ろ明確に頷いて応えた。
「ええ。お抱えの魔法師として雇うことになるでしょう。二十八家のお抱えともなれば一般的な魔法師よりも危険は増えるけれど、それに見合う待遇は約束します。悪い提案ではないと思うけれど?」
問われて、考える。
彼女の言う通り、第三高校へ転向することは僕にとって大きなプラスとなるだろう。尚武を掲げる三高であれば実戦魔法師としての実力を高めることもでき、一色家のお抱えともなれば森崎家としても利点は多い。
「……確かに魅力的な提案だと思う」
呟くと、一色愛梨は表情を綻ばせた。
その笑みを曇らせることに若干の罪悪感を覚えつつ、続きを口にする。
「だが、その申し出には乗れない」
以前の僕であれば揺れていたかもしれない。少なくとも2年前、『彼女』に出会う前の僕であれば首を縦に振っていただろう。それぐらい魅力的で、惹かれる提案であることは間違いない。
「誘ってくれたことは嬉しく思う。評価も期待もこの上なく光栄なことだ。それでも、一高から離れるという選択肢は今の僕にはない」
ハッキリと、そう告げる。
一色愛梨は一度大きく目を開き、やがて細めると小さく笑みを浮かべた。
「……そうですか。それは残念」
寂しげな笑みだった。しかし同時に仕方ないと納得しているようでもあった。
「試合、頑張ってくださいね。転校の件についても、気が変わったらいつでも声を掛けてもらって構いません」
最後にそう言い残して、一色愛梨は優雅に一礼し踵を返した。その背中に傍らの十七夜栞が会釈だけを残して続く。
一方、もう一人の小柄な少女――四十九院沓子だけは動かなかった。
感情の窺えない表情でジッとこちらを見続けている。
不意に体が震える。理由は彼女の眼差しだ。
視線は確かに交錯しているのに、彼女の目はどこか遠くを覗いているかのようだった。ジッと固定されて動かない目線に、鳩尾の辺りがざわつく気がする。
「何か気になることでも?」
堪えかねて訊ねると、四十九院沓子は瞬きを二、三度繰り返し、それからすぐに笑みを浮かべた。
「いやなに、おぬしは随分と難儀な『器』をしておるなと、そう思ったのじゃよ」
瞬間、この場に来て何度目かの驚愕に襲われた。
鳩尾が縮み上がるような感覚に、自然と冷や汗が流れる。
詳しい話を訊き出そうとして、けれど四十九院沓子はすでに背を向けて駆け出すところだった。
「ではの。おぬしはもう少し己の身体を労わるのじゃぞ」
最後に謎のアドバイスを残して、四十九院沓子もまた去って行った。
まるで子どものように走り去る彼女を呼び止めることはできず、一色愛梨たちとの邂逅は疑念を深めるばかりの結果に終わったのだった。
およそ2か月もの間、大変お待たせいたしました。
週2日更新を謳っておきながらこの体たらく、痛恨の極みです。
一応の言い訳としましては、職業柄発生する突然の洋上生活でPCに触れなくなったことが第一。あとはウマ娘の育成にハマってしまったことと、モンスターの群れから里を守る仕事に従事していたことも要因の一部に含まれます。
ついでに『優等生』組の一色愛梨さんがプロットにない暴れ方をしてくださったことも難産の要因ですね。折角登場したのにチョイ役は嫌だったようです。
また来月から転勤することにもなってしまいましたので、今後も不定期の更新となってしまうと思います。ご容赦ください。
以上、近況報告という名の言い訳を失礼いたしました。