モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第9話

 

 

 

「すごい人だ……。とても予選とは思えないな」

 

 九校戦初日。

 

 男女スピード・シューティングの試合が行われる会場へ足を踏み入れると、観客席はその一角がほぼ満員状態だった。

 全部で四つ並んだシューティングレンジの、一番左手の前だけが満員状態。他の射場の前は空席も多いため、そこに登場する選手がいかに注目を集めているかがよくわかる。

 

「七草会長は新人戦以来2連覇中だから。去年も上級生を抑えて優勝したくらいだし、今年も優勝候補の筆頭だ」

「加えてあの見た目だろ? 人気が高いのも当然だよなぁ」

 

 五十嵐と香田が口々に語る。

 どちらも顔に浮かんでいるのは驚嘆や憧憬ではない。どちらかといえば呆気に取られているという感じだ。男女問わず人気が高く、憧れる一年生も多い中、こうした二人の反応は珍しい部類に入る。

 

「近くで見たければ遠慮なく行ってくれ。我慢してまで僕に付き合う必要はないからな」

 

 今僕たちが立っているのは客席中段の通路だ。十分な幅があって邪魔になることもなく、落下防止を兼ねた手すりもあるので立ち見には丁度いい造りとなっている。

 当然、じっくり観戦するなら空いている席に座る方がいい。七草会長が競技を行う射場の前は人も多いが、少し外れれば席は十分に空きもある。

 

 僕の場合は何かあった時に動きやすいようこの位置にいるわけだが、二人は観戦に集中したいのであれば前に行くべきだろう。

 

 しかし、二人は笑いながら首を振った。

 

「我慢なんてしてないさ。静かに観戦できる分、ここからの方がいい」

「そうそう。それに、一緒に観てればモノリスで参考にできる魔法とか相談できるかもしれないだろ」

 

 当たり前のように隣へ並び、気にした様子もなくシューティングレンジへ目を向ける。

 そんな二人の姿がじんと胸に染み入り、なるべく怪我をさせたくないという想いが強くなる。早くも原作とは違う流れになっているため、実際どうなるかはわからないが。

 

 二人と同じく、視線を七草先輩の立つシューティングレンジへ向ける。

 静かに競技開始を待つ会長の姿はいつになく静謐で、見た目の華やかさもあって『エルフィン・スナイパー』の通り名に相応しい雰囲気を持っていた。

 

 

 

 初日の、それも第一試技だ。何も起こるはずがない。

 どれだけそう自分に言い聞かせても、頭の片隅から「もしも」が消えることはなかった。筋書と違うかもしれないともなれば尚更だ。

 

 原作とは違う流れになっている。

 一色愛梨たち三高の三人や昨晩の空振りを考えると、最早確定的な気がしてならない。

 

 原因は今のところ見当もつかない。

 筋書が大きく変わるような何かがあったとは思えない。

 

 道中で自爆攻撃をしてきた以上、無頭竜が変わらず一高を狙っているのは間違いない。一高の戦力を削ぐことで、九校戦で優勝する見込みを減らそうという目算だろう。

 だがそれにしては昨夜、襲撃者が侵入してこなかったのは不可解だ。自爆攻撃が防がれたからこそ、連中は二次攻撃を企図して工作員を送り込んでくるはず。原作ではそうした展開になったのだから、昨夜も同じ流れになると思っていた。

 

 考えられるとすれば、無頭竜が早くも発覚を警戒し始めたという可能性だ。

 

 連中は愚かだが馬鹿ではない。原作でも達也という規格外の存在(イレギュラー)がいなければ防ぎようのない手口、手法を用いていたのだ。大会委員に工作員を潜りこませている点も然り、基本的に用意周到で厄介な連中なのだろう。

 

 しかし、あの自爆攻撃を防いだだけで警戒されるというのはどうにも腑に落ちない。原作でも同じように防いでいた以上、それだけで連中が慎重になるだろうか。違いといえば《術式解体》を使ったのが達也か僕かくらいで、左程影響があるとも思えない。

 

 或いは無頭竜の側も原作とは違う顔触れになっているのかもしれない。原作以上に頭の回る幹部がいて、原作とは違う判断を下したという可能性は確かにある。

 

 とはいえ、その辺りは確かめようがない。

 筋書が変わるにしろ、変わらないにしろ、僕にできるのは可能な限りの備えをしておくこと。原作でターゲットとされた人の試合は特に、他の選手の試合についても警戒を怠らないようにするしかない。

 

 まずは今日、スピード・シューティングの男女決勝までとバトル・ボードの男女予選が行われる。早撃ちには七草会長と佐井木先輩を含む4人が出場し、波乗りは渡辺委員長と小早川先輩、服部副会長ら5人が挑む予定だ。

 

 先輩たちの出場する試合はどれも見逃せない。

 会長の試技に五十嵐、香田の二人が目を奪われる横で、ずっとそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中の試合は恙なく終了した。

 スピード・シューティング、バトル・ボード共に順調で、原作との違いも一高に限って言えば全くない。他校の結果については描写がなかったためにわからないが、特に番狂わせがあったようには見受けられなかった。

 

 午前中最後のプログラムだった佐井木先輩の試合を観戦し終えた僕たちは、昼食のために試合会場を後にした。

 

 九校戦期間中の食事は、朝食ならバイキング、仕出し弁当、夕食は各校毎決められた時間に食堂で食べることになっている。

 宿舎の食堂で配られる弁当は年齢を考慮してそれなりにボリュームがあるものの、食べ盛りの男子高校生を満足させられる程ではない。案の定、物足りなさを感じた僕は、他の一年生男子メンバーらと共に外へと繰り出した。

 

 九校戦の会場である富士演習場は国防軍の管理地だ。普段であれば国防軍人が立ち入るのみで、一般人が自由に歩き回ることなどできない。

 

 けれど九校戦の開催期間は違う。

 この時期、この場所は一種のお祭り状態となるのだ。

 

 広大な敷地内、複数ある競技会場からホテルや資料館などへ向かう道中には、多種多様なキッチンカーが並んでいる。そこでは全国各地、中には海外の料理なども販売されており、すべてを回るには10日では足りないほどの種類があった。

 

 キッチンカーを巡りつつ、気になったものを見つけては購入し、近くのベンチに持っていく。食べ歩きは禁止こそされていないものの、マナー違反として白い目で見られることになる。やんちゃな年頃とはいえ、そこは優等生を自認する一科生集団。学校の代表という自覚もあってか行儀よく過ごそうと努めていた。

 

 僕も迷った末にケバブサンドを買い、他のメンバーがいるベンチへ向かう。

 

 そこへ、ふらりと三人の女子生徒が通りかかった。

 三人が三人とも手にアイスクリームを持っていて、内一人がこちらに気付いて足を止めた。

 

「森崎くんだ。こんにちはー」

「こんにちは、明智さん。北山さんと光井さんも」

「こんにちは」

「……こんにちは」

 

 一拍遅れて振り返った雫とほのかも、同じように挨拶を返してくる。

 その際、雫の方はなんとなくぎこちなく見えたんだが、気のせいだろうか。

 

「森崎くんのはケバブ、だっけ?」

「ああ。弁当だけじゃ少し物足りなくてな」

「さっすが。男の子はよく食べるもんね」

 

 エイミィがニコニコと笑みを浮かべる。そういう自分も手にしているアイスクリームは三段重ねなんだが、よくもまあ崩さずにいられるものだ。

 

「器用なんだな。見た限りバランスも悪そうだが」

「大丈夫、大丈夫。零したらもったいないしね」

「けど、このままじゃ溶けちゃうよ。早くどこかで座って食べよ」

 

 何でもないとばかりに掲げてみせたエイミィをほのかが苦笑いで窘める。

 

「それもそうだね。あ、森崎くんも一緒にどう?」

「誘ってもらえるのは嬉しいが、五十嵐たちを待たせてるんだ」

 

 肩を竦めて答えると、エイミィは「なるほどね」と頷いた。

 

「それじゃあしょうがないか。また今度ね」

「またね、森崎くん」

「ああ。また」

 

 エイミィとほのかが背を向けて歩き出す。が、雫だけはジッとこちらを見たままだ。

 いつも通り感情の読み取りにくい表情で、見上げるようにまっすぐ見つめてくる。

 

「北山さん? どうかしたのか?」

 

 訊ねると、雫は僅かに瞼を持ち上げ、スッと視線を逸らした。

 

「……ううん。なんでもない。またね」

 

 ほのかたちに遅れること約10秒。

 雫は改めて視線を合わせた上でそう言うと、こちらが返事を返す前にそそくさと歩いていった。去り際に見えた横顔は、仄かに赤く染まっているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 午前の競技を観戦し終えた後、昼食に誘ってくる友人へ断りを入れ、達也は一人でホテルの一室を訪れていた。

 九校戦の出場選手やサポートスタッフ、関係職員へ提供されている部屋とは階層からして異なるそこは高級士官用の客室。九校戦の期間中も国防軍関係者以外へ開かれることのないその部屋へ、達也は招待を受けてやって来ていた。

 

 エレベーターホールに控えていた案内の兵に連れられ、室内へと通される。

 中には5人の男女が居り、広々とした客室で昼食前のティータイムに興じていた。

 

「来たか。まあ掛けろ」

 

 案内係が退室した後、中央奥の席に腰かけた男――国防陸軍少佐、風間玄信(かざまはるのぶ)が達也へ声を掛けた。

 私服姿の風間は何気ない調子で着席を促したが、達也は残る4人の顔触れを見て躊躇いを覚えていた。4人ともが同様に制服姿ではないが、全員が所属する部隊の中核を担う幹部だったからだ。

 

 正式な上司ではないとはいえ、達也にとっては誰もが敬意を払うべき相手。「掛けろ」と言われて「では遠慮なく」と動けるわけがなかった。

 そんな達也の心情を察してか、テーブルを囲む内の一人が苦笑いを浮かべる。

 

「達也くん。今日、我々は君を『戦略級魔法師・大黒竜也(おおぐろりゅうや)特尉』として呼び出したのではなく、我々の友人である『司波達也』くんとして招いたのだ。あまり遠慮されると我々も困ってしまう」

「それに、君が立ったままだと話もしにくい。座ってくれないか」

 

 向かいでカップを傾けていた一人も続くようにそう言った。

 真田繁留(さなだしげる)柳連(やなぎむらじ)の両大尉はどちらも達也より年上で、しかし彼らは達也を友人として扱っている。遠慮を重ねて厚意を無下にする方が失礼に当たるだろう。

 

「わかりました。失礼します」

 

 一礼し、改めて一言を添えてから、達也は手前の空席に腰を掛けた。

 すかさず脇から女性の士官がティーカップを差し出してくる。

 

「ティーカップでは様になりませんが、折角久しぶりに会えたんですし、乾杯といきましょうか」

「藤林少尉。ありがとうございます」

 

 藤林響子(ふじばやしきょうこ)。彼女は大隊の隊長を務める風間の副官で、部隊の性質上隊員の少ないこともあり秘書のような役回りも兼ねている。男性士官4人が私服姿であるのに対し、一人だけレディーススーツ姿なのも秘書らしさに拍車をかけていた。

 

「ふむ、目出度い席に酒精は付き物だが、ここは藤林くんの顔を立てるとしようか」

「……先生はカップにブランデーを注ぎ足す口実が欲しいだけでは?」

 

 柳の疑惑を平然とした顔で受け流したのは山中幸典(やまなかこうすけ)軍医少佐だ。医者と一級の治癒魔法師を両立する彼は、疑惑の通り大の酒好きでもある。

 

「医者の不養生というのは、もう少し別の意味で使われる言葉だと思っていたのだがな」

 

 嘆かわしげに呟く風間。彼とこの場にいる4人の士官こそ、達也が所属する『国防陸軍第一〇一旅団独立魔装大隊』の中核メンバーだった。

 

 

 

 

 

 

 達也が彼らと顔を合わせていなかった期間は差があるとはいえ、どれも半年に満たない程度だ。旧交を温めた後は自然と近況報告や目前の九校戦の話題となり、大会の裏で暗躍する国際犯罪シンジゲート『無頭竜』の話題へと至った。

 

「先日連絡して以降、連中に目立った動きはない。が、この富士付近で構成員らしき東アジア人の姿が度々目撃されている。油断するなよ、達也」

「わかっていますよ、少佐」

 

 達也にとってはおよそ一月前にも忠告されたことだ。狙いがこの九校戦らしいとなれば尚更、気を抜くなどという愚を犯す達也ではない。

 

 一通りの情報共有が終わり、一息入れようと達也と風間がカップを口に運ぶ。

 丁度そのタイミングで、椅子の背もたれに背を預けた真田がぽつりと呟いた。

 

「それにしても、三年前とは別口とはいえ、またこの時期に不穏な動きとはね」

「ジョーの命日も近い、か」

 

 心なしか落ち込んだように続けたのは柳だ。

 故人を偲ぶ彼の目には、やるせない悔しさが滲んでいた。

 

「少佐、自分は彼が亡くなった経緯を知りません。可能であれば教えて頂きたいのですが」

 

 『ジョー』こと桧垣(ひがき)ジョセフ伍長(存命時は上等兵)は、達也が風間たちと知り合うきっかけになった人物だ。

 第三次世界大戦の折、本国へ渡る際に取り残されたUSNA人を親に持つ『取り残された血統(レフト・ブラッド)』で、三年前に沖縄へ訪れた時、達也は彼とひと悶着あったお陰で風間たちと交流を得るに至った。

 

 そんな桧垣ジョセフ――ジョーは大亜連合の沖縄侵攻に際し殉職したと聞かされていたものの、その詳細については明かされていなかった。

 

「ん? ああ、達也には話していなかったな」

 

 風間は少し悩む素振りを見せた後、「無関係というわけでもないか」と頷いた。

 

「ジョーはあの日、大亜連合軍によって連れ去られた民間人の救出任務に就いていた。なんでも攫われた相手は顔見知りだったらしくてな。自ら志願して任務に参加したのだ」

 

 風間が切り出した内容は、達也が知り得なかったことだった。

 

 三年前の沖縄侵攻に際し、達也は風間たち国防軍に協力する形で戦列へ加わった。

 このとき、達也は迫りくる大亜連合の兵を迎え撃つために最前線で戦っており、他の場所で遂行されていた任務や戦闘には関わっていない。件のジョーに関しても、戦場へ出る前に別れたのを最後に再会は叶わなかった。

 

「攫われた民間人は連中の輸送艦に閉じ込められていた。我々は救出のために部隊を編成し、そこにあいつを加えた。志願の是非はともかく、白兵戦能力に長けたあいつは任務に適していたからな」

 

 黙して頷く達也。ジョーの能力に関しては彼自身も直接体感していたため、風間の評価に疑問を覚えることはなかった。

 

「救出作戦自体は成功した。だが脱出の際、あいつは救出した民間人を庇って撃たれ、搬送先の病院で息を引き取ったのだよ」

 

 風間が一通り語り終えると、柳が膝に肘を立てて口惜しげな声を漏らす。

 

「惜しいやつを亡くした。鍛えれば優秀な戦闘魔法師になれる逸材だったんだがな。任務だったとはいえ、先行きのない子どものために……」

「柳、その辺りにしておけ」

 

 やるせなさから失言を漏らしかけた柳を風間が諫める。それでも発言の内容自体を咎めないあたり、風間も似た感覚を抱いているらしいのは達也にも察せられた。

 

 とはいえ、それ以上に気になる点が今の言葉には含まれていた。

 

「攫われた民間人とは、子どもだったのですか?」

 

 変わらず沈着な達也の問いに答えたのは真田だった。

 

「救出されたのは当時13歳の少年だ。丁度、君と同い年だね。少年は百家出身で、高い魔法資質を備えていたせいで連中に狙われてしまったらしい」

 

 自分と同い年で、百家出身の少年――。

 瞬間、達也の脳裏に八雲の言葉が蘇った。

 

『三年前の夏、彼は沖縄にいたようだよ。――君たちと同じように』

 

 被害者の特徴も時期も合っている。

 何よりも、あの八雲がわざわざ『君たちと同じように』と口にしたのだ。一切関わりようのない場所にいたとは考えにくい。

 

 意を決して、達也は風間へ訊ねることにした。

 何故、『意を決』する必要があったのかは達也自身にもわかっていなかった。

 

「その少年ですが、もしかして『森崎』という名前ではないですか?」

 

 反応は劇的だった。

 風間や真田だけでなく、柳と山中までもが目を見開いていた。

 唯一藤林だけはわからないのか、首を傾げていた。

 

 驚きを残したままの表情で風間が口を開く。

 

「知っているのか?」

「友人です。深雪のクラスメイトでして」

 

 達也の答えに、山中が愕然とした顔で身を乗り出した。

 

「まさか……。学校に通えているのか? 何事もなく?」

 

 これには達也も疑問を覚えた。

 

「どういうことでしょう。自分が見る限り、いたって健康だと思いますが」

 

 言われてみれば、柳も『先行きのない子ども』と口にしていた。

 柳の表現と山中の驚愕、この二つから導き出される答えは――。

 

「……発見当時、少年の身体には酷い拷問の痕が残っていた」

「っ……」

 

 山中が明かした事実は、達也の予想通りだった。

 

「救出後、すぐに治療を行った甲斐もあり一命は取り留めた。だが衰弱が酷く、ほとんど心神喪失に近い状態だった」

 

 苦々しげに語る山中。

 その語り口から、彼も当時沖縄にいて少年の治療を行った内の一人なのかもしれない。

 

「それでも何か有力な情報が得られないかと、カウンセラーによる治療が行われてね。身元がわかったのはその時だった」

 

 険しい顔で手元へ視線を落とす山中に代わって、真田が続けた。

 室内を重苦しい沈黙が覆う。事情を知らない藤林も、年端も行かない少年が拷問を受けたという事実に目を細めていた。

 

 短い沈黙の後、達也は風間へ目を向ける。

 

「……あいつはなぜ誘拐されるようなことに?」

「狙われた理由については先程言った通り、高い魔法資質を持っていたからだろう。彼が何故一人で沖縄にいたのかについてはわからん。ただ、ジョーはその少年が誰かを探していると聞いていたそうだ」

 

 誰かを探していた。それも13歳の子どもがたった一人、自宅から遠く離れた沖縄で。

 その結果、侵攻する大亜連合の目に留まり、誘拐されてしまったのだろうか。

 

「それに関係があるという確証はないけど、彼は治療中、しきりに同じ名前を呟いていたそうだよ」

 

 思考を巡らせる達也へ、真田が更なる情報を投げ込んだ。

 

「治療に当たった看護師には、『サクラ』と聞こえたらしい」

 

 『サクラ』……。その名前の持ち主に心当たりはない。

 しかし、名前ではなく名前の一部であれば、一人だけ心当たりがあった。

 

 『桜井穂波(さくらいほなみ)

 

 達也と深雪の母、司波深夜(しばみや)の『ガーディアン』を務めていた人物で、達也や深雪にとっても年の離れた姉のような存在だった女性だ。

 

 あの日、桜井穂波は帰らぬ人となった。大亜連合の艦隊を迎撃する達也を守るため、自身の許容を超える魔法力を行使した結果だ。

 家族同然だった彼女を喪ったことは、己の無力さを突き付けられた一件として達也の中に深く刻まれている。

 

 そんな彼女の名前の一部を駿が呟いていた。

 果たして、これを偶然で片付けていいのだろうか。

 

 確証はない。どころか、深読みもいいところだろう。

 当時の駿が彼女を知っているはずがない。ましてや『サクラ』などという読みをする名前の人物はいくらでもいるのだ。同じ日、同じ場所に、『サクラ』という音の入った名前の人物が他にもいたと考える方が理に適っている。

 

 ナンセンスだと頭では理解している。

 だがこの時、得体の知れない違和感が達也の中から消えることはなかった。

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 
 原作をご存じない方のための捕捉

・原作において『桧垣ジョセフ』は三年後も生存しています
・原作において『桜井穂波』は沖縄で同様に亡くなっています

 以上のことを加味した上で、今話をご覧ください。
 
 
 

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