モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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 大変長らくお待たせいたしました。
 
 
 
 
 
 


第10話

  

 

 

 

 

 

 二度目の中学生活を送っていたある時、ふと、思ってしまった。

 もしも彼女が生き延びていたら、その後の彼らはどうなっていただろうかと。

 

 母と、兄と、妹と――。

 三者三様に(いびつ)な彼らのもとに、良識ある姉がいたらどうなっていたか。

 不器用過ぎる母を支え、色々と規格外な兄を窘め、箱入りの妹を可愛がる。そんな彼女の存在は、物語にどんな影響を与えただろうか。

 

 悪いことにはならないと思った。寧ろ彼女がいることで、あの兄妹の持つ欠点が解消されることすら想像できた。能力的には申し分ない二人が性格上の欠点までも克服した姿を、いずれ同期生になる身として見てみたいと思ってしまった。

 

 夢想は次第に膨らみ、やがて大望となった。

 想像するだけでは飽き足らず、どうすれば実現できるかを考えるようになった。

 原作知識というアドバンテージがあれば可能だと、当時はそう思ってしまった。

 

 それが間違いだった。

 

 失敗するだけならまだいい。分不相応な望みの代償が自分だけで済んだなら諦めがついただろう。死ぬより苦しい目に遭ったとして、自業自得なら納得もできる。

 

 だが現実はもっと悪辣だった。

 報いは自らではなく、『愛した世界の住人』の死として訪れた。そうなって初めて自分の仕出かした罪の重さに気付いたのだから、まったく救いようがない。

 

 朦朧とした視界の中、向こう見ずな子どもを庇い凶弾に倒れる彼を見て悟った。

 

 侵してはならない領域に踏み込んだからこうなったのだと。

 原作と同じく彼女の死を防ぐことはできず、それどころか原作では生き残るはずの彼までも傷つけてしまった。『俺』の犯した過ちが、彼を殺したのだ。

 『筋書』とは最良の結末へ至る道であり、都合よく変えようとすれば必ず報いを受けることになる。より良い未来にしようなどと、そんな考え自体が驕りだったのだ、と。

 

 思い知って、打ちのめされて、後悔して。

 『前世』と何も変われていない自分に嫌気が差して、目を背けた。

 

 逃げて、逃げて、逃げ続けて――。

 そうしてたどり着いたここに、今でも蹲っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 警戒とは裏腹に、初日と二日目の競技は原作通りの結果となった。

 

 スピード・シューティング女子の部では七草会長が全試合をパーフェクトで完勝し、男子の部はコンバット・シューティング部の佐井木先輩が優勝を収めた。

 バトル・ボードに関しても女子は渡辺委員長と小早川先輩が、男子は服部副会長ともう一人がそれぞれ予選を突破し、三日目の準決勝へ駒を進めた。

 二日目のクラウド・ボールとアイス・ピラーズ・ブレイク予選も原作と異なる展開はなく、無頭竜による工作らしき現象も起こらなかった。

 

 こうなってくると、やはり狙われるのはバトル・ボードの女子準決勝だろうか。

 

 準決勝の顔触れは既に公開されている。一高からは第一レースで小早川先輩が、第二レースで渡辺委員長が出走する予定だ。

 この内、第二レースには第七高校のエースも出場する。高知に所在する第七高校は『海の七高』とも呼ばれ、毎年バトル・ボードで優勝候補の一角に数えられている。加えて今年の七高エースは前年にも渡辺委員長と決勝で対戦した実力者だ。

 

 渡辺委員長と七高のエース。

 優勝候補二人が出場するこのレースが、原作では無頭竜のターゲットとされた。コース上に罠を仕掛けると同時に七高選手のCADへ細工をし、委員長と七高選手の両者を同時に負傷、リタイヤさせたのだ。

 

 特に委員長はミラージ・バットの優勝候補でもあるので、ここで負傷すると一高にとっては大きな痛手を被ることになる。一高の優勝を阻止したい無頭竜からすれば一石二鳥のチャンスだろう。

 思えば予選のラップタイムで1,2を争う二人が同じグループで準決勝を争うというのもおかしな話だ。抽選の結果だと言い張ってはいたが、仕組まれている可能性は否めない。果たしてどれだけの協力者が運営委員内部に潜りこんでいるのやら。

 

 ため息の代わりに短く息を吐き、視界に入った光球へ魔法を発動。

 立体映像を管制するセンサーが映像とは別の光信号を感知し、映像を消しつつ標的の撃破をカウントした。

 

 ここは宿舎や会場から少し離れた場所にあるスピード・シューティングの訓練施設。

 午後の男女アイス・ピラーズ・ブレイク予選を観戦した後、ホテルへ戻る五十嵐たちと別れてここを訪れていた。

 

 視界前方には多数の立体映像が飛び交っている。実際の競技で使用されるクレーを模したホログラムで、訓練者は専用の光波振動魔法がプログラムされたCADを用いてこの標的映像を撃ち抜いていく仕組みだ。

 これは魔法式構築の速度と正確な照準を鍛えるための訓練で、僕が最も得意としている訓練法でもある。誰かにサポートを依頼する必要もなくできる訓練でもあるため、競技の練習と称して一人になるには最適な場所だった。

 

 エリアの四方から飛び出してくる立体映像を備え付けのCADで撃ち抜きつつ、頭の中には練習と関係のない思考が渦巻いていた。

 

 

 

 バトル・ボード本選女子準決勝で仕組まれる工作は、無頭竜が仕掛けてくるものの中で最も対処が難しいものだ。以降の工作に粗が目立つのに対して、これだけは始まる前から周到に準備されてきたからだろう。

 

 連中が仕掛けた工作は二つ。コース上に設置した罠と、起動式のすり替えだ。どちらも単体では事故を起こすには至らない単純な工作だが、無頭竜はこれらを組み合わせることで優勝候補二人を同時にリタイヤさせようと画策した。

 

 仮に全く同じ工作が行われているとして、けれどこれを事前に取り除くことは難しい。

 コース上に仕掛けられた罠は精霊魔法を利用した隠密性の高いものだ。効果が発揮されるまでセンサーには察知されず、特殊な眼を持つ達也ですら事前に見つけることはできなかった。専門家が時間を掛けて探せばわかるかもしれないが、大会委員にそこまでの備えはないだろう。そもそも運営側に連中の手先が紛れている時点で隠蔽される可能性もある。

 

 七高の選手が起動式をすり替えられるのもレースの直前。大会委員によるCADチェックのときだ。不正工作を指摘するには証拠がない上、七高選手のCADを見せてもらうわけにもいかない。下手をすれば妨害行為と見做されペナルティを負うことになるだろう。

 

 正攻法では難しい。となれば、取れる手立ては間接的な方法か、或いは強硬手段だ。

 

 一応、仕掛けられた精霊を『術式解体』で排除する手も考えてはみた。だが部外者がコース内に入ることはできない上、魔法を使えばセンサーに察知されて警備員が飛んでくる。センサーは24時間稼働していて、夜間には国防軍の兵が見回りも行っている。とても現実的な手段とは言い難い。

 そもそも精霊魔法が仕掛けられている地点を見つけることは僕にはできないのだ。『術式解体』は手当たり次第に撃てる魔法じゃないので、正確な潜伏場所が判らない限り効果は期待できない。

 

 警備を掻い潜る手段もなく、運営委員に働きかけるだけの権力もない。

 罠を排除することもできないとなれば、僕一人で取れる手はほとんどない。

 

 一方で、僕には原作知識がある。それこそ一高に入学する前から何が起きるかは知っており、それだけ対策を考える時間はあった。

 九校戦の参加メンバーが決まって以降、原作で被害を受けたメンバーにそれとなく接触を図ってきたのはそのためだ。モノリスメンバーの五十嵐と香田はもちろん、本選女子ミラージ・バット代表の小早川先輩とその担当エンジニアである平河先輩とも何度となく会って話している。渡辺委員長に関しては委員会でも顔を合わせていたし、他にも協力を仰げそうな人たちとはコミュニケーションを取るようにしていた。

 

 富士(ここ)へ来るまでにできる限りの対策は立てたつもりだ。無頭竜の手口が原作と同じであれば被害を局限することも可能だろう。

 

 しかし、だからといって安易に『筋書』を変えようとはどうしても思えなかった。

 

 何事もなくレースが終わるのが一番だというのはわかっている。誰も怪我をせず、誰の介入も受けず、正々堂々とした勝負が為されるのがベスト。そこに異論はない。

 けれど、できる限り『筋書』は辿られるべきだという想いもまたあるのだ。身勝手に変えればどうなるかは身に沁みて知っているし、無頭竜の目的からしても防がない方が被害は抑えられる可能性は高い。

 

 そもそも、無頭竜が一高の選手を狙うのは九校戦を対象とした賭博に勝つためだ。

 自分たちが胴元となったギャンブルにおいて、彼らは一高有利を謳うことで多額の金を一高に賭けさせた。実際、今年の一高は三連覇を有力視されるほどの実力者揃いだから、賭けの客も大半が一高に賭けただろう。

 

 無頭竜はそんな客の心理を利用し、一高を負けさせることで多額の金を稼ごうと企んだ。一高の有力選手を事故に見せかけ脱落させることで、一高の戦力ダウンを図るのだ。

 一高の戦力が落ちれば、一高に次ぐ戦力を有する三高が優勝する可能性は高い。本命である一高が敗れれば、賭けの勝利者は胴元である無頭竜の連中だ。彼らはそれを意図的に起こすためにいくつもの工作を行ってくるのである。

 

 非合法組織の金儲けのために、同じ一高の生徒が被害を受けるなど冗談じゃない。ましてやその内の一人は魔法師としての人生を奪われることになるのだ。到底許せることではない。その考えはどうあれ変わらない。

 

 では連中の思惑を完全に挫けばいいのかというと、そう単純な話でもないのだ。

 工作を完全に防いでしまうと、焦った連中は別の生徒を狙うだろう。そうなったとき、原作知識を基に対策を講じてきた僕にできることはゼロに等しい。

 

 もしも連中が他の選手を狙い、かつ原作以上に大きな被害を受けるとしたら。

 事前に工作を察知することもできず、うまく対処できるかもわからない。被害が怪我で済むとも限らず、最悪の場合死者が出るかもしれない。同じことを繰り返す可能性は少なくないのだ。

 

 だからこそ、『工作の阻止』ではなく『被害の局限』を考えてきた。

 無頭竜の思惑を適度に叶えつつ、被害は最小限に食い止める。

 それが僕にできる最大であり、限界でもあるのだから。

 

 

 

 飛び交う映像の最後の一つを消し去る。訓練終了のブザーが鳴り、手近の端末に結果が表示された。

 顔だけをそちらへ向けて見て、再度同じ訓練メニューの開始操作を行う。訓練開始のカウントダウンが始まったのを見届けて、視線を正面へと戻した。

 

 CADを握った右手も空いている左手も下ろしたまま、有効得点エリア全体を広く視界に収めた。目線は遠く、意識だけは鮮明に、訓練開始を待ち受ける。

 

 カウントダウンが進み、やがて0になった瞬間、両脇から一つずつクレーの映像が飛び出した。

 すかさずCADを発動。二つの映像がほとんど同時に消滅し、得点が計上される。間髪入れずに三つのクレーがタイミングをずらして滑り出てくるが、焦ることなく順番に撃ち消した。

 

 その後も続けざまに飛び交う映像を撃ち抜き、消し去っていく。

 撃ち抜いた標的の数が20を超えた辺りからは考える余裕も出てきて、自然とさっきまで考えていたことの続きが頭に浮かんできた。

 

 

 

 考えるべきは無頭竜についてだけじゃない。

 すでに原作とは違う流れとなっている点が多々あり、それらが今後筋書にどんな影響を及ぼすかは未知数だ。警戒こそすれ、楽観視するべきではないだろう。

 

 脳裏に浮かぶのは一色愛梨、十七夜栞、四十九院沓子の三人だ。

 彼女たちについては目的も正体もわからない。どれだけの実力を有しているのかもわからず、新人戦の結果にどう影響するか予測が付かないのだ。

 有力な家系の生まれである彼女たちが参戦するともなれば、新人戦の戦績が結果通りになるとは考えにくい。三人が出場する競技では苦戦を免れないだろう。

 

 新人戦で三高が得点を伸ばし、一高との差が詰まった場合、いよいよ無頭竜の動きは読めなくなる。

 新人戦での獲得点数が原作と変わった場合、無頭竜によって狙われる相手も変わる可能性があるのだ。本来なら傷つくはずのない人が、傷つけられてしまうかもしれない。

 

 筋書きが変わるといえば、幹比古の件もそうだ。

 寧ろ後々のことを考えればこちらの方がより重大かもしれない。

 

 原作において達也の協力者となる人間はそれなりにいたが、中でも幹比古は大きな存在だった。能力的にも人格的にも、敵の多い達也にとって大きな助けとなる苦労人。そして新人戦モノリス・コードでは、達也、レオと共に優勝の立役者となる人物でもある。

 

 現在はスランプのような状態に陥っている幹比古だが、本来であれば一昨日の夜、ホテルへの襲撃を企図した工作員の捕縛に際して達也からスランプ脱却のヒントを与えられるはずだった。

 だが襲撃自体がなくなったために達也と幹比古が共闘する機会は得られず、彼の悩みは目下継続中。昨晩も修行に励んでいたし、自力で解決するには長い時間が掛かるだろう。

 

 もしも彼が原作と同じ『気付き』を得られなかった場合、その後の展開は大きく変わる可能性がある。中には人命に直結する事態になりかねないこともあるため、決して無視していい問題じゃない。

 

 幸いなことに、僕は幹比古の抱える悩みを知っている。

 原作知識に基づくものなのでカンニングではあるが、話を誘導して達也に相談させることができれば、幹比古の復調を促すことはできるかもしれない。

 

 差し当たっては今夜、幹比古と話をしてみようか。

 真面目な幹比古のことだ。昨日一昨日と同じく、中庭で修行に励んでいるはず。捕まえて話をして、達也へ相談するようそれとなく誘導してみよう。あわよくばそれで原作通りの流れに戻すことができるかもしれない。

 

 幹比古さえ復調してくれれば、新人戦モノリス・コードも優勝できるだろう。何しろ達也とレオ、幹比古の三人は原作で優勝したメンバーなのだ。無頭竜の工作によって負傷した正規メンバーに代わり出場した彼らは、『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』すらも破って優勝を果たす。そういう筋書きだ。

 

 この『筋書』を覆すつもりはない。五十嵐と香田には悪いが、僕らの負傷交代に変更はない。二人の怪我はなるべく軽くなるよう対処するが、それでも競技を続行できない程度の怪我は負ってもらわなくちゃならない。

 

 それに、これは一高の新人戦・総合の両優勝のために必要なことでもあるのだ。

 総合優勝だけならまだしも、新人戦で優勝するためにはモノリス・コードで勝たないわけにはいかない。一色愛梨ら三人の存在も考えれば尚更だ。

 

 モノリスで三高に勝つのは、達也たち三人でなければ不可能。

 『森崎駿()』が率いるチームでは万に一つも勝ち目はない。

 

 なら、僕にできることは達也へバトンを渡すためのお膳立てと、チームメンバーの怪我を軽減させることぐらいだろう。

 早撃ちにしろモノリスにしろ、僕が優勝することはないのだ。

 

 

 

 そのとき、飛び交う映像の一つが消えることなく有効エリアの端に迫った。

 

 ハッと気付いたときにはもう遅く、的はエリア外に出て消え、得点が計上されることなく次の映像が飛び出した。

 自然と燻りだす焦りを抑え、努めて冷静にエリア全体を俯瞰する。クレーが飛び出す間隔が短くなったように感じられ、首の後ろがジリジリと痺れるような気がした。

 

 以降は考え事をする余裕はなく、後手に回った感覚を引きずりながら最後の一つまでを撃ち抜いていく。どうにか撃ち漏らしを一つに収めて試技を終え、大きく息を吐く。

 

 集中力が欠けてきた。これ以上はやるだけ無駄だろう。

 

 訓練用の端末をシャットダウンし、荷物を置いたベンチへと歩み寄る。

 プライベート端末に視線を落とせば、時刻は18時近くを示していた。部屋でシャワーを浴びていればちょうど夕食の時間になるだろう。

 

 タオルで汗を拭った後、手早く荷物をまとめていく。

 焦りとも苛立ちともつかない感覚が鳩尾の奥で渦巻き、自然と手元は荒々しくなった。粘性の高い澱みがじっと横たわり、毒のように内から苛んでいるようだ。

 

 原因はわかっている。

 この焦燥感も、集中力の欠如も、僕自身の葛藤から来るものだ。

 

 まったく、傲慢以外の何物でもない。

 目的のためにと初めから決めていたはずなのに、期待に応えたいという想いも捨てきることができないのだから。

 

 苦々しく思いながら、訓練場を出て宿舎へと向かう。

 赤く染まった空の下、繰り出す足は鉛を巻いたように重く感じられた。

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 
 久々の投稿にもかかわらずほぼ説明会という体たらく。
 平に、平にご容赦を!
 
 
 

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