モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第11話

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 八月にしては涼しげな風が通り抜けていった。木の葉の揺れる音が静寂をかき分け、澱みを孕んだ空気を洗い流していく。燻る熱と滲んだ汗が冷めていく感覚に、幹比古はそっと閉じていた目を開いた。

 

 宿舎から程よく離れたここに人工の光は届かず、木々の間から差し込む月明かりだけがうっすらと照らす。周囲に人の気配はなく、風と虫の声だけが彼の周囲を包んでいる。

 

 草木も眠るというには早い時間。とはいえ、国防軍の管理する地である『富士演習場(ここ)』は目的もなく出歩くような場所でもない。夜を徹しての作業を強行する者を除けば、翌日の競技に向けた準備を進める九校戦の関係者くらいだろう。

 幹比古はその上で、更に人目に付かない場所を『修行』の場所に選んでいた。

 

 薄暗い庭に、精霊の揺蕩う姿が『視える』。

 『土』、『水』、『火』、『風』などの抽象的な概念を宿したそれらと感覚を同調し、精霊が見聞きしたものを共有する。幹比古の家に伝わる神祇(じんぎ)魔法(精霊魔法の一種)の基礎訓練であり、日課と呼べるほどに習慣付いた鍛錬だ。

 

 基礎的なものとはいえ、本来ならかなりの集中力を要する訓練。

 しかし周囲を漂う精霊の『声』を聞きながらも、幹比古の頭の中には別のことが浮かんでいた。

 

『お前が立っているはずだった場所を見てこい』

 

 富士へ来る前、父親から告げられた言葉。言う通り、本来なら幹比古は九校戦の舞台に選手として立っているはずだった。

 一年前の夏、儀式の失敗に伴い魔法力を失ってさえいなければ。

 

 

 

 昨年の8月、吉田家一門の集う中で行われた儀式において、幹比古は一族の悲願である『竜神』との同調に挑戦した。

 幼少の頃から『神童』と呼ばれ、増長していた面があったことは否めない。慣習を破ってまで制止してきた父に対する意地も含まれていた。それでも能力的には十分に成功の目がある挑戦だった。

 

 しかし、結果は失敗。

 喚起と同調にこそ成功したものの、制御できなくなった『竜神』に振り回された幹比古は意識を失い、以来、魔法の発動に致命的な『遅れ』を感じるようになってしまった。

 

 思うように魔法が使えない。想定した速度で魔法が発動できない。

 そうした感覚の『ズレ』は幹比古をより深いスランプへと陥れ、ついには二科生へ甘んじることとなったのだ。

 

 もちろん、幹比古自身も座視していたわけではない。

 日々の修行はより強度を高めて努めつつ、古式魔法と現代魔法のありとあらゆる知識を学んでいった。伝統的な法具を用いることの多い古式魔法師には縁遠いCADの勉強すらも重ね、その成果は期末試験で理論学年3位という実績に表れている。

 

 考え得るだけの努力は行ってきた。それでも幹比古はスランプを克服することができず、果てにこうして自らが出場することのない九校戦の場にいるのだ。

 同年代の晴れ姿を見せて発奮を促すつもりだったのだろう父の言葉に、幹比古の胸中は怒りと屈辱、悔しさで綯い交ぜになっていた。

 

 

 

 ぼんやりと林間を眺めながら、周囲を取り巻く精霊との同調を続ける。

 

 『竜神』の一件以来、同調した精霊を制御する訓練は最優先で行ってきたということもあり、こうして考え事をしながらでも感覚の同調を維持することができる。

 吉田家の門弟たちに言わせればこの時点で十分に『天才的』なのだが、一族の悲願に指先を触れさせた幹比古にはどうにも大したこととは思えなかった。

 

 しばらくの間、考え事に耽る幹比古。

 そのときふと、精霊と共有した感覚の糸に掛かるものがあった。

 

 丁寧に整えられた芝を踏みしめる音。暗くて判り難いが、制服姿らしい誰かが歩いている姿も窺える。悪意や敵意はなく、迷いや躊躇う様子もない。何かしらの目的があって、庭園の中へ踏み込んだ。そんな気配だった。

 

 訝しげに、幹比古は感覚の同調を強め、何者かのやってくる方向へ精霊を向かわせた。

 深夜というほど遅くはないが、巡回の兵に見つかれば注意を受けるだろう時間だ。こんな時間に、こんな場所へ、それも単独で分け入ってくるなど普通ではない。

 

 やがて、幹比古の遣わせた精霊が人影を捉えた。

 先程よりも鮮明に浮かび上がる姿。幹比古と同じ第一高校の制服に身を包み、周囲を見回しながら近付いてくるその人物は、仲間内でも偶に話題へ上がる人物だった。

 

「……森崎くん?」

 

 意外な人物の接近に、幹比古は思わず声を漏らした。

 

 幹比古が駿について知っていることは左程多くない。達也やエリカといった友人たちから話には聞いていたが、直接会ったのは懇親会の会場でが初めてだ。

 

 公に知られていることで言えば、期末試験において魔法実技で学年3位、総合得点で4位に入った優等生であること。九校戦にはスピード・シューティングに加え、男子の花形競技であるモノリス・コードにも出場すること。一年生では達也と二人だけの風紀委員所属であることなど。

 友人たちとの会話の中でも話題に上がることがあるが、こちらはほとんど触れる程度だ。同じ風紀委員の達也やクラスメイトの深雪や雫の口から零れることが大半だが、エリカやレオ、美月からの印象も悪くないといった程度しかわからなかった。

 

 そんな駿が一人で向かってきている。それも何かしらの目的を持って、だ。訝しむなという方が難しいことだった。

 

「すまない。邪魔をしてしまっただろうか」

 

 木立の間から姿を見せた駿は、挨拶もそこそこに苦笑いを浮かべた。

 その表情に若干の違和感を覚えつつ、幹比古は軽く首を振って応える。

 

「いや、大丈夫だよ。君が歩いてくるのには気付いていたからね」

 

 すると駿は暗がりでも判るほどに目を見張った。

 

「となると何かしらの知覚魔法――いや、吉田家といえば古式の大家だから、精霊魔法か」

「正解。精霊を使役して周囲の気配を察知する、精霊魔法の一種だよ」

 

 腕を組んで思案するように呟いた駿へ、幹比古は隠すことなく答える。

 

「なるほど。察するに訓練の最中だったのか。これは間が悪かったかな」

 

 幹比古の答えを聞いた駿はばつの悪い表情を浮かべ、気まずげな声を漏らした。

 ともすれば気落ちしたようにも見える駿にはさすがに幹比古も胸が痛み、フォローするように手を広げる。

 

「そこまで真剣な修行じゃないから、気にしなくていいよ。それよりも、何か用があって来たんじゃないのかい?」

 

 話題を変えようと幹比古が水を向けると、駿は苦笑いを引きずりつつ答えた。

 

「吉田がここにいるのを偶々見かけてね。折角だから話でもどうかと思って来たんだ」

「偶々、か。いや、僕も君とは一度話してみたいと思っていたから、機会が得られたことについては歓迎だよ。ただ……」

 

 一度言葉を切り、目を細めて駿を見やる。

 

「よく見つけられたね。結界までは張ってなかったとはいえ、一応人目に付かない場所を選んだつもりだったんだけど」

 

 自然、語調は鋭くなっていた。駿の表情も僅かだが強張ったように見えた。

 

 こちらは手の内を一つ明かしたのだ。駿からも何かを引き出せなければ割に合わない。

 少なくとも信用に足る返答でなければ、有意な会話を続けることはできないだろう。

 

 幹比古は真剣な眼差しで駿を見据え、反応を窺う。

 警戒を露にする幹比古に対し、駿の投じた答えは予想の斜め上を行っていた。

 

「本当に偶然だ。ほら、あの場所――ホテルの屋上からなら、ここも見える」

 

 振り返り、背後の木々の間を示す駿。伸ばされた指先を辿ると、その先には辛うじて宿舎の屋上が覗いていた。

 距離にしておよそ1キロメートル。物理的には不可能ではないが、常識的に考えて出来るとは言い難い距離だ。だというのに、目の前の一科生はその難題をこなしたのだと事も無げに言ってのけた。

 

「……君は、なにか遠くのものを見る魔法が使えるのかい?」

 

 誤魔化し、或いは冗談の類だろうと思いながら、幹比古が訊ねる。

 しかし、駿は心底残念とでも言いたげにため息を吐いた。

 

「いや。残念だが僕は視覚を強化する魔法は使えない。もしも使えれば、もっと護衛業も楽になるんだけどな。七草会長の『マルチスコープ』なんて垂涎ものだ」

 

 思わず言葉を失う。

 仮に駿の言ったことが真実であるのなら、駿は魔法による強化や補助を得ることなく、1キロ先の人間の顔を見分けることができるということだ。それも日中の明るい中ではなく、夜の暗がりにいる相手を。

 

「つまり、君は純粋な視力だけであそこから僕を見つけたって言うのかい?」

「僕に見える範囲は限られているからな。その分、見える限りは見逃さないようにしたいと常々思っている」

 

 至極真面目な顔で頷く駿に、幹比古は再度言葉を失う。

 小さく息を吐くと、自然に肩の力が抜けていくのがわかった。

 

 一連の反応を見た限り、駿の態度に嘘はないように思える。少々、いやかなり予想外な能力を示されたが、駿のパーソナリティの一端を知ることもできた。話してみた印象も友人たちから伝え聞いていた人物像と一致している。

 

 安堵に似た納得を得た幹比古は内心の警戒を緩め、改めて駿へと向き直った。

 

 

 

 

 

 

 月下の庭先で、幹比古と駿は思い思いの話題を交わす。

 

 幹比古の魔法を精霊魔法と見破った駿は古式魔法について多少の知識があるらしく、また並々ならぬ興味を抱いているようでもあった。

 特に霊子(プシオン)を知覚し、干渉する手段については現代魔法よりも古式魔法に多いと解説した際の駿の表情は、ただの興味というだけでは片付けられない圧力のようなものを感じた。

 

 一方、幹比古の方も駿の披露する知識や経験談には心を惹かれるものが多くあった。

 共感し、感心する話題も少なくなく、30分も経つ頃にはすっかり打ち解けていた。

 

「――速度と精度を突き詰めて、それで学年3位に。なるほど。達也が言ってたのはこのことだったのか」

 

 うんうんと頷いて呟くと、何かを思い出したように駿が訊ねる。

 

「そういえば、懇親会で会ったときにもそんなことを言っていたな。司波はなんて言っていたんだ?」

「詳しいことは聞いていないよ。『謹厳実直を体現したような』と言っていただけさ」

 

 したり顔で答えると、駿は驚き目を見張り、それから恥じ入るように俯いた。

 

「それはまた何というか、過分な評価を貰ったものだな」

「君の話を聞く限り、的確な表現だと思ったけどね」

 

 少なくとも幹比古には、達也の口にした評は的を得ていると思えた。

 他方、駿からすれば誇らしさよりも羞恥が勝るようで、苦笑いを浮かべて首を振る。

 

「この話はやめよう。面と向かって言われると反応に困る」

 

 この同輩を弄るのは楽しい。そんな風に考えた幹比古はしかし、その思考が幼馴染の少女(エリカ)の悪癖と似通っているのではと思い至り、自らを戒める。

 他人の嫌がることをすべきではないと自身へ言い聞かせ、努めて真面目な表情を作った幹比古は気を取り直すように駿へ訊ねた。

 

「君が並々ならぬ努力を重ねてそれだけの実力を築いたというのはわかった。そんな君だからこそ訊きたい。君はその『速さ』をどうやって鍛えたんだい?」

 

 幹比古がそう問いかけると、駿はピクリと頬を動かし、僅かに俯いたかと思うと極小さな声で何事かを呟いた。

 何を言ったのかはわからない。気にならないかといえば当然気になるが、それについて幹比古が訊ねる前に駿は顔を上げ、元の真面目な雰囲気で答えを口にし始めた。

 

「難しいことはしていない。最適化と反復練習。僕がやったのはそれだけだ」

「……たったそれだけ?」

 

 呆然と問い返す幹比古に、駿はハッキリと頷いてみせる。

 

「ああ。絶えず新しいモノを取り入れて最適化し、ひたすらに反復して研鑽を重ねる。特別なことは何もしていない。誰でもできる訓練を、誰よりも繰り返した。それだけだ」

 

 幹比古は信じられないとばかりに瞳を細めた。

 そのある種縋るような眼差しに、駿は苦笑いを浮かべて続ける。

 

「元々発動速度だけはマシな方だったっていうのもある。『森崎』の家が積み上げてきた知恵や技術もあった。そういう意味では恵まれていたのだろう。それでも、期末で実技学年3位という評価を貰えるほどの技術を身に付けられたのは、相応の時間を『速さ』という一点に集中して費やしてきた結果だと思っている」

 

 ともすれば自慢や傲慢にも聞こえる言葉。

 しかし穏やかな駿の顔にそんな色はなく、それが客観的な視点に基づく判断なのだろうと予想がつく。

 

 その姿勢が好ましいと、幹比古は感じた。

 だが同時に、それではダメなのだと落胆の気持ちも浮かんでくる。

 

 表情を曇らせた幹比古に、駿は眉を顰めて訊ねた。

 

「どうやらあまり歓迎できる話じゃなかったようだな」

「そんなことはない。君のそのひたむきさはとても素晴らしいことだ。ただ……」

 

 幹比古の言葉が途切れる。内心には素直に口にするか否かの葛藤と、そんな自分本位な考えが真っ先に湧く自身への怒りが渦巻いていた。

 

 ともすればマナー違反になりかねない身勝手な問いに、駿は誠実な答えを返してくれた。ならば自分も正直に打ち明けるのが筋だろう。

 自らを叱咤し、小さく頭を振った後で、幹比古はおずおずと口を開く。

 

「……浅ましいことは承知の上で、僕は君の話を参考にさせてもらおうと思ったんだ」

 

 そう言うと駿は表情を改め、真剣な眼差しを向けてきた。

 

「どういうことか訊いても?」

 

 あくまでも真摯な態度を貫く駿に、幹比古は頷いて答える。

 

「詳しくは話せないけど、僕は訓練中の失敗が原因で魔法力を失ってしまったんだ。それ以来、十分な速度で魔法を発動できなくなってしまった。どうにか克服したくて、君にアドバイスを貰おうと思ったんだけど……」

 

 儀式に関する事情は一門の人間以外においそれと語れることではなく、その結果説明は背景をぼかさざるをえず曖昧で、最後には尻すぼみになってしまった。

 助言を請う身でありながらこの体たらく。幹比古は情けなさに膝を抱えたい衝動を堪えなくてはならなかった。

 

 対して駿の方は真面目に思案しているようで、腕を組み視線を虚空へと向けたまま問いかけてきた。

 

「なるほど。念のために聞くが、吉田は既に色々と試した後なんだな?」

「思いつく限りのことは試したよ。現代魔法の理論もCADの知識も取り入れてね」

「期末試験で学年3位だったのはその為か」

「理論が良くても、実技が伴わなければ意味がない。少なくとも僕は、魔法力を取り戻すために理論を学んでいたからね」

 

 自嘲気味にそう返す頃には幹比古も幾分か落ち着いていた。

 そうして初めて駿はこちらへ振り向いてくる。

 

「吉田が当たれる範囲は既に当たり尽くした。となれば、あとは吉田が思いつかない発想を提示してくれる人物を頼るべきだろうな」

 

 安易に慰めるわけではなく、かといって突き放すわけでもなく。淡々と意見を口にする駿の姿勢は、前者のどちらよりもありがたいものだった。或いは視線を外していたのも駿の配慮だったのかもしれない。

 

 当の本人はそれらを気にする素振りもなく、何かを思いついたようにぽつりと呟いた。

 

「……司波に相談してみたらどうだ?」

「達也に?」

 

 唐突に挙げられた名前に、幹比古は首を傾げた。

 そんな幹比古を見て駿は小さく笑みを浮かべる。

 

「ああ。彼の魔法理論、特にCADシステムに関する知識は飛び抜けている。恐らく、一級の魔工技師にも劣らないだろう。九校戦の準備で色々と相談した時にそう感じた」

 

 そういえばと、幹比古は夕食前の出来事を思い出す。

 

 夕食前の空き時間、幹比古はエリカやレオたちと共に達也の部屋を訪れた。単なる時間潰しのための訪問に過ぎなかったのだが、達也の部屋には特殊な形状のCADが置かれていた。

 達也はそれを僅か一日足らずで作り上げたと言っていた。昨日の摩利のバトル・ボード予選を見て参考にし、手空きの時間で設計図を引き、知り合いの工房で成形してもらったのだと。

 そもそも達也は一年生ながら九校戦のエンジニアを任されるほどの人物だ。駿の言う通り、CADの調整に精通しているのは間違いないのだろう。

 

 とはいえ、幹比古が扱うのは精霊魔法だ。元来CADを必要としない古式魔法の使い手にとって、CADは不可欠なものではない。

 

「けど、CADの術式を調整した程度で改善できるとはとても……」

「甘く見ない方がいい」

 

 控えめながらも明確な否定を口にしかけた幹比古に、けれど駿は強く言い切った。

 思わずムッと口を引き結ぶ。根本的な部分で負けず嫌いの気がある幹比古は、反論しようと口を開きかけ――。

 

「CADを利用した魔法であれば、発動速度を速めることはどんな魔法であれ可能だ。『クイック・ドロウ』を研究してきた『森崎』の嫡男として、それだけは断言できる。考えるべきは可能か不可能かじゃない。アプローチの方法だ」

 

 重みのある言葉に何も言えずただ閉口するしかなかった。

 

 百家に名を連ねる程の名家の『誇り』。

 古式魔法の大家に生まれた幹比古が、長い時間を掛けて培われた『知恵』を蔑ろにできるはずもない。それを否定することは、自分たち古式魔法師のアイデンティティーをさえ否定することに繋がりかねない。

 

 だからこそ幹比古はすぐに頭を冷やし、続く駿の問いに間断なく答えた。

 

「吉田家にお抱えの魔工技師はいるか?」

「うん。一門の出身で魔工技師になった人も何人かいるから」

 

 吉田家の門弟は全員が術を受け継いで『家』に尽くすわけではない。魔法師として様々な仕事に従事する者や、魔法に関連しない仕事に就いて一般人として過ごす者もいる。

 その中には、駿に話したような魔工技師になった者も居り、『吉田家』お抱えの魔工技師として雇われている者もいた。

 

「元門弟……。となると、術式に手を加えるのは当然躊躇うだろうな」

「それは、そうだね。吉田家が長い年月をかけて組み上げた術式だ。簡単に変えることはしない」

 

 何せ自分たちが学んだ『知恵』の粋だ。伝統の継承を意義の一つと捉える古式魔法師ならば尚更、変えようなどという気にはならないだろう。

 

「もしかしたら、そこに突破口があるかもしれないな」

「突破口?」

 

 駿はその固定観念にこそ、打開の鍵があると踏んだらしい。

 

「ああ。とはいえ、これ以上は僕の専門外だ。それこそ司波に訊くことを勧めるよ」

 

 が、肝心な部分は口にすることなく、駿は肩を竦める仕草を見せた。

 その態度にどことなく作り物めいたものを感じる。わざとらしいとも取れる違和感を覚えつつ、けれど降って湧いたような光明を幹比古は逃すわけにはいかなかった。

 

「達也になら、それがわかるってことかい?」

「少なくとも僕よりは遥かに。本番前だから詳しくは言えないが、彼が手掛けた選手の操る魔法は、ほとんどが新種の魔法かと思うほどに洗練されているからな」

 

 手放しで褒め称えるようにそう言った後、駿は再度真剣な顔になって念を押す。

 

「もう一度言っておく。吉田、君は君の悩みを、司波に相談すべきだ。それが君の悩みを解消するために必要なことだと僕は思う」

 

 まるで見てきたことのように断言する駿。

 

「君は、どうしてそこまで……」

 

 底が知れないと、幹比古は思った。

 同時に無条件に信頼すべきではないと直感した。人柄も経歴も能力も疑いようがないのに、信用しきれない何かがあると感じていた。

 

「偶然とはいえ、悩みを聞いたのなら協力は惜しまない。言っただろう。僕には見える範囲は限られていると。見えている限り、出来ることをする。それだけのことさ」

 

 それでも、はにかみながら口にした駿の真摯さを信じたいと、幹比古はそう思った。

  

 

 

 

 

 


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