モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第15話

 

 

 

「ふんふん。なるほどねぇ。概ね予想通りといったところかな」

 

 頭の後ろで手を組んで、背もたれに体重を預ける。メッシュ素材のクッションが身体を優しく受け止め、暗く無機質な天井が目に入った。

 壁や天井には文字を乱雑に書き殴ったメモが所狭しと貼り付けられている。中には写真や図が入っている物もあり、纏めて括れば分厚い攻略本くらいにはなりそうだった。

 

 光源となるのは目の前のモニターだけ。映っているのは先程行われていた新人戦スピード・シューティング女子決勝の映像で、高い魔法力と的確な戦術で優勝を果たした北山雫が声援に応えて大きく手を振っている。

 

 リアルタイムの中継を眺めつつ、つま先を適当に揺らしてみる。読み筋を考える時の癖で、半意識的に行うルーティンのようなものだった。

 とはいえこの件に関してはもう考え終わってるから、本当のところはこんな真似をする必要なんてないんだけど。

 

 天井を見上げたまま手を横へ。右手でインカムを掴んで片耳に嵌め、同時に左手で端末の操作パネルを操作して、リストに並んだ連絡先の一つへ電話を掛ける。

 

「――やあ、こんにちは。え? 大丈夫だよ。色々と手を回してるから。140秒までなら尻尾も掴まれないしへーきへーき。それでさ、また一つ頼みたいことがあるんだけど……」

 

 電話口の向こうからため息交じりの了承を受け取って通信を切断。即座に欺瞞プログラムを走らせる。これで万に一つも特定されるようなことはありえない。

 インカムを外してサイドテーブルに置き、空いた右手を天井へ伸ばす。分厚い金属製の天井の中心からは感情の窺えない眼差しがこちらを見据えていた。

 

「楽しみだなぁ」

 

 呟いた声は、暗がりの奥へと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 新人戦女子スピード・シューティング決勝は、雫の勝利で幕を下ろした。

 最後の最後まで結果のわからない一点差の競り合いに、観客席の興奮は最高潮のまま。終了のブザーが鳴るとより勢いを増して轟いた。

 

 雫と十七夜栞が向き合い、握手を交わした。同時に両者の健闘を称え惜しみない拍手が送られる。一高と三高のどちらもが立ち上がって手を叩いていて、この時代にもノーサイドの精神が変わらず残っていることを示していた。

 

 敗れた十七夜栞が一礼してその場を去り、雫は片手を挙げて歓声に応える。

 その姿に精一杯の拍手を送った。全力で勝負に挑み、磨きぬいた実力で強敵を撃破した彼女が眩いほどに輝いて見え、澄んだ笑顔はどこまでも綺麗だった。

 

 いつかの『森崎駿()』が憧れた光景がそこにはあって、称える気持ちと一緒に拍手へ込めた。縋るような台詞に報いてくれた感謝もあっただろう。

 

 加えてもう一つ、雫は僕の懸念を吹き飛ばしてもくれたのだ。

 

 決勝のカードが雫と十七夜栞に決まったとき、僕は恐れていた事態になったと思った。懇親会で顔を合わせて以降ずっと不安視していたことだった。

 筋書からの乖離。原作では一高メンバーが独占していた上位3人の中に十七夜栞は食い込んできた。どころか、滝川を破って決勝にまで上がってきたのだ。

 

 これで優勝されてしまえば獲得点数は想定から大きくズレ、無頭竜が動くタイミングも変わる可能性が高い。

 原作を基に対策を立ててきた僕にとってそれは最悪の事態。雫の勝利は、そういう意味でも喜ばしいことだった。

 

 一方で、十七夜栞についてはいまいち掴み切れない印象だった。

 原作を知っているにしては雫への対策が不十分で、知らないにしては軌道変化の予測が的確だった。『魔法の概要は知っていても、付け入る隙まではわからない』といったように。

 これがただ真向勝負を挑んだだけというなら解りやすいのだが、果たしてそう単純に考えていいものだろうか。

 

 彼女たち三高女子三人が『前世』を持っているのかについてはまだ判断できない。試合を観たのも十七夜栞が初めてで、一色愛梨と四十九院沓子がどんな魔法を使い、どれだけの実力を持っているのかは未知数だ。

 

 事実点差は原作よりも詰まっていて、こうした獲得点数の違いは今後も出てくることが予想される。組み合わせ次第では大きく得点が動くこともあるだろうし、そうなれば当然無頭竜の行動にも違いが出てくるだろう。

 

 どうにかリカバリーする必要がある。

 未知の危険を防げるように、少なくとも点差だけは維持できるように――。

 

 

 

「もうすぐ発表か。森崎、原田、俺の分も勝ってくれよ」

 

 ふと呼びかけられて、考え込んでいた顔を上げた。

 

 視線を向ければ、惜しくも準々決勝進出を逃した本庄が勝気な笑みを浮かべていた。悔しさもあるだろうに、それをおくびにも出さず応援ができるのは彼の仲間想いな気質故だろうか。

 

「ああ。ベストを尽くすよ」

「っていうかお前それ何回目だよ。まあ、やるだけやってやるけどさ」

 

 呆れたように口を尖らせる原田も、それがわかっているからこそ無下にはしないのだろう。淡々と応じながらも期待を負うあたりに彼らしさが表れている気がした。

 

 午後一番の予選も既に終わり、今はトーナメント進出者8人の組み合わせ発表を待っている段階だ。予選突破者は一高から僕とチームメイトの原田が、三高が吉祥寺真紅郎一人ともう一人で、あとは二高、五高、六高、八高がそれぞれ一人ずつとなった。

 

 原作では森崎駿()だけが準々決勝に進んでいたので、原田も上位8人に食い込んだのには驚いた。同時に練習を重ねてきた仲間の努力が報われるのはとても嬉しいことだとも思えた。

 

 他愛もない会話を交わしながら時間を過ごす僕たち三人。一高の天幕からは離れていることもあってか、声を掛けてくる者はない。ある種それを望んだからこそ、こうして競技場隅のモニター前に陣取っている面もあった。

 

 原田も本庄も薄々気付いているのだろう。天幕(あそこ)には栄冠を手にした人間が集まっていて、自分たちよりも優れた資質の持ち主が溢れていて、口には出さずとも肌で感じるからこそ居心地が良いとは思えない。

 これから競技に臨む身には温か過ぎる場所で、確固たる自信を持てない身には眩しすぎる場所で、だからこうして否応なしに緊張感の得られる場所に残っている。少しでも集中力を高めたくて、少しでも長く勝ちの目を探りたくて、そうして僕らはここにいるのだ。

 

 やがて発表の時間が近付いてくると、誰からともなく会話の声は途切れた。

 ジッとモニターを睨み、予定時刻になった瞬間、回転するロゴから画面が切り替わる。

 

 発表されたトーナメント表を見て、思わず呟きが漏れた。

 

「……やってくれたな」

 

 一列に並んだ予選突破者の名前。計8人で争うトーナメントにシード枠なんてものはなく、配置はすべて抽選によって決定される。であれば、こうした組み合わせになってもおかしくはない。

 

「マジかよ。森崎、準決勝で吉祥寺真紅郎と当たるじゃないか」

「いや準決勝ならまだマシだろ。予選のワンツーだぞ。最初からどっちかが敗退なんてことになったら、あちこちからブーイングが飛ぶ」

 

 脇でため息を漏らす二人。そこに落胆はあっても疑問はない。

 それもそのはず。組み合わせが完全なランダムだと思っていればそれが当然で、逆に細工を疑うのは僕のように原作を知る者だけ。

 

 改めてトーナメント表に目を向ける。

 同じブロックの端同士に配置された名前を見て、もう一度小さく息を吐いた。

 

 順当に行けば、僕と吉祥寺真紅郎は準決勝でぶつかるだろう。どちらかは決勝に進み、どちらかは最高でも3位にしかなれない。三高にとってみれば女子の部で出来た差を一気に詰めるチャンスということになる。

 

 恐らく、この組み合わせは無頭竜の仕業だ。トーナメントの組み合わせが抽選なのを利用して、都合の良い並びに入れ替えたのだと思う。精霊魔法を仕掛けたり、CADに細工をしたりするよりは余程安全且つ確実な手段と言える。

 

 本来なら決勝でぶつかるはずの僕と吉祥寺真紅郎を準決勝で争わせる。一高の獲得点を下げようと思うならかなり有効な手段だ。不正が発覚しにくいという利点もある。

 勝算も十分以上にあると判断してのことだろう。前評判から言っても森崎駿()は吉祥寺真紅郎に及ばない。同じ優勝候補とはいえ、直接対決をすればあちらに分があると少し魔法に詳しい者ならすぐにわかることだから。

 

 原作通り吉祥寺真紅郎が優勝し、敗れた僕が3位になれば、今日を終えた時点での一高と三高の差は20点。原田が決勝まで勝ち残った場合は50点差になるが、原作ではこの時点で70点差が付いていたので、どうあっても差を詰められることになる。

 その原田も同じブロックに優勝候補の三番手がいる。準決勝までならともかく、決勝へ上がるのは厳しいかもしれない。

 

 予選のパフォーマンスを基に考えた場合、最終的な点差は20~30点になるだろう。原作で稼いだ70点差には遠く及ばず、この違いは後の展開に大きな影響を及ぼす可能性がある。

 

 本来なら怪我で離脱を余儀なくされるモノリス・コードの二戦目。そこで無頭竜が件の工作を行わず、最後まで僕と五十嵐、香田で争う可能性が出てくる。

 

 原作のこの時点での点差は50点。これは三高がモノリスで優勝したとしても、一高が2位になれば新人戦優勝が一高に決まる点差だ。だからこそ連中は一高がモノリスで棄権になるよう工作を仕掛けてきた。

 厳密には『森崎駿()』らが怪我をしたのはミラージ・バットが終わる前だが、ミラージは前評判時点で一高有利が謳われていたし、何より達也が選手を担当していた。大会委員に手先を潜らせている無頭竜にも達也の辣腕は知れ渡っていただろうし、ミラージ・バット終了前から先を見越して動いたのだと考えれば不思議はない。

 

 対して、点差を詰められたままモノリス・コードへ挑むことになった場合、状況は大きく変わることになる。点差が詰まっている分、僕らが負傷交代せずとも三高が1位になりさえすれば、三高の新人戦優勝と総合得点での追い上げが叶ってしまうのだ。

 

 無頭竜による工作が無ければ、僕らの負傷交代もなくなる。

 五十嵐と香田が怪我をせずに済むのは嬉しいが、問題なのは代わりに出場するはずだった達也たちの出番が無くなることだ。

 

 こうなったときの弊害は大きく二つある。

 

 一つは幹比古のスランプ脱却が遅れること。幹比古はこのモノリス・コードでの奮戦を機に心機一転を果たし、復調の兆しを得ていた。

 この機を逃すとなると、秋の論文コンペまでに本来の実力を取り戻すことが出来るかどうか。年明けにも間に合わないとなれば絶望的だ。実体を持たない相手に対して、幹比古の操る精霊魔法は必要不可欠な戦力なのだから。

 

 そしてもう一つは達也の立場に関すること。幹比古の問題が直近の危機に繋がるとすれば、こちらは後々の危機に繋がりかねない問題と言えるだろう。

 

 現状、達也の一高内での評判はそれほど良いものではない。もちろん彼を慕う者は何人もいて、特に二科生の多くは一科生よりも遥かに好印象を持っているだろうが、それでも達也の厚遇・重用ぶりを快く思わない者も少なくない。

 風紀委員に抜擢され、九校戦のエンジニアに選出されたのも、それぞれのタイミングにおいて実力が認められたから。だがそれは一部の首脳陣の前でのみ披露されたことで、一般の多くの生徒は選ばれたという結果しか知り得ていない。実力を、能力を、才能を知る機会が得られていないのだ。

 

 噂や又聞きだけで納得できる者は多くない。ましてや達也は二科生で、期末試験でも実技は大した成績ではなかったのだ。理論を重視する研究者志望ならともかく、実技の成績で自分よりも劣る相手を評価するというのは難しい。

 

 こうした疑惑の眼差しは本来、モノリス・コードでの活躍で払拭されるはずだった。

 成績だけを見れば劣っていても、実戦に即した競技であれば十師族直系に迫る実力を持っている。あの『クリムゾン・プリンス』に食い下がるほど強いのだと、納得させることができたのだ。

 

 それがもし実現しなかったとしたら。

 実力を侮られたまま年月が過ぎ、ある日突然、彼の立場や出自が明らかになったとしたら、周囲の人間はどう思うだろうか。

 

 普段から彼と関わりのある人たちは原作とそう変わらないだろう。達也をよく知る人々は彼の能力だけを見ているわけではなく、人柄や努力も認めることができる。多少蟠りは残るだろうが、時間を掛けて折り合いをつけることは可能だ。

 

 だがそれ以外の人たちはどうだろうか。実力を隠し続けて、出自を隠し続けて、手を抜いていたのではと疑惑を抱かずにはいられなくて、そんな人物を信用できるだろうか。彼の味方側に立てるだろうか。

 

 長く続いた原作の終盤で、達也は世界中から追い立てられることになった。どこかでボタンを掛け違えていたら追い詰められていたかもしれない。或いは深雪を傷つけられて、怒りのあまりに世界を滅ぼしてしまったかもしれない。それほどの魔法が達也にはあり、深雪の平穏が達也にとっての安全装置になっている。

 

 『魔法科高校の劣等生』という物語(世界)は、そうした危うさの上に成り立っていた。

 

 もしも達也の味方が原作よりも少なくなれば。

 達也や深雪が原作以上に貶められるようなことがあれば。

 深雪や彼女が大切に想う人物に危害が加えられていれば。

 達也も深雪も、或いは達也自身の力によって居場所を追われていたかもしれない。

 

 モノリス・コードにおける活躍とそれによって得られる名声は、達也の今後に大きな影響を及ぼす。これは達也が公に活躍する最初の晴れ舞台であり、『大団円(ハッピーエンド)』に向けた重要な分岐点なのだ。

 

 この機会をふいにするわけにはいかない。もし達也がモノリスに出場しないとなれば、どれほどの影響が出るかわからない。

 そもそも彼の活躍に期待を寄せている権力者だっているのだ。十師族の長すらも顎で使えるレベルの黒幕が機嫌を損ねたら何が起きるか――。

 

「……き……おい、森崎!」

 

 肩を掴まれて、ハッと我に返る。

 見ると、本庄が怪訝な眼差しで眉を寄せていた。

 

「悪い。ぼーっとしていた。どうかしたのか?」

「どうしたもこうしたも、お前は第1試合だろ。行かなくていいのか?」

 

 言われて時計に目を向ける。長針は試合開始の20分前を指していた。CADのチェックは終わっているとはいえ、あまりぐずぐずしていられない。

 

 大きく深呼吸をして、それから目を開く。

 

「そうだな。行ってくる」

 

 観客席へ向かうのだろう二人へ頷いてみせる。

 原田は後半の試合に当たっていることもあり、もう少しこの場へ残るらしい。

 

「ああ。頑張れよ」

「絶対に勝てよな!」

 

 後ろ手に手を振って応え、控室へと足を向けた。

 

 通路を進み、歩きながら思考を巡らせる。

 

 差し当たって考えるべきは準々決勝、そして準決勝の吉祥寺真紅郎だ。

 モノリスに達也を出場させるにはミラージ終了時点で40点以上の差が必要で、そのためにも今日の時点でリードを詰められるわけにはいかない。一色愛梨、十七夜栞、四十九院沓子の三人が原作以上の順位に食い込む可能性を考えれば尚のこと。

 

「……負けるわけにはいかないか」

 

 覚悟は自然と口を衝いて出た。

 

 無頭竜の工作による被害を防ぐというだけなら、大人しく負けるべきだろう。吉祥寺真紅郎が決勝に上がり、僕が3位か4位になれば、一高と三高の点差はほとんどなくなる。今後の競技結果にもよるが、恐らくモノリスでの負傷工作はなくなるに違いない。

 

 だが、それでは達也たちがモノリス・コードで活躍する機会がなくなる。それは後の展開に大きな影響を及ぼし、いずれ取り返しのつかない事態を招く可能性すらあるのだ。個人の心情などより遥かに重要で、『最終目標』のためにも見過ごすわけにはいかない。

 

 だから、負けられない。

 準々決勝を勝って、吉祥寺真紅郎に勝って、決勝も勝って、原作に近い点差を稼がなくちゃならない。そのためには多少の無茶くらい通す必要がある。

 

 準々決勝は勝てるだろう。相手は六高の選手で、予選の得点から考えても油断をしなければ負けはない。

 問題は準決勝――吉祥寺真紅郎だ。ただでさえ勝算の低い相手に、決勝で戦えるだけの余力を残して勝利する必要があるのだ。

 

 一応、勝つための策はある。だが余力の残る確証がない。

 『不可視の弾丸』を擁する吉祥寺真紅郎に勝つことができたとして、その後の決勝を戦い抜けるだけのサイオンが残っているかどうかがわからなかった。

 

 とはいえ、他に手はない以上、やるしかない。

 チリチリと燻る残火を押し殺して、割り当てられた控室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迎えた準決勝第1試合。

 無事に準々決勝を勝ち抜いた先には当然、吉祥寺真紅郎が待ち構えていた。

 

「まさか準決勝で君に当たるとは思わなかったよ、森崎駿」

「そうだな。僕も、当たるとすれば決勝だと思っていた」

 

 入場口前で軽く挨拶を交わすと、吉祥寺真紅郎はその紅い目を細めて笑んだ。

 

「君の試合、観させてもらったよ。まさか『空気弾(エア・ブリッド)』だけであれだけの高得点を挙げる一年生がいるとはね。見事な技量だ」

 

 いかにも感心したような物言いだが、言葉や声には自信が滲んでいた。

 脅威ではないと思われているのか、或いは挑発のつもりなのか。どちらにせよ指摘して改めさせる理由も利点もない。

 

「そちらの『不可視の弾丸(インビジブル・ブリッド)』も噂以上の威力で驚いた。正直、羨ましいくらいだ」

 

 あくまで淡々と、当たり障りのない回答で受け流す。

 すると、どういうわけか彼は大きく頷いてみせた。

 

「そうだろうね。君のスタイル、家業の性質からいって、欲しがる気持ちもわかるよ。とはいえ、だからといって教えてあげるわけにはいかないけどね」

「当然だな」

 

 苦笑いを浮かべる吉祥寺真紅郎。

 端的に答えを返すと、彼は肩を竦め、表情を改める。

 

「いい試合にしよう」

 

 最後に不敵な笑みを浮かべて、吉祥寺真紅郎はそう言った。

 

 負ける気は少しもないのだろう。言葉の通り『いい試合』にはなっても、自分の勝利は揺るがないと思っている。実際、彼我の実力差を考えればそう考えるのも当然。

 

 ――そこに付け入る隙がある。

 

 係の人間に促され、自分のシューティングレンジへ向かって歩いていく。隣り合った二つのレンジの左側に立ち、枠線の内側へ。

 

 そのとき、客席から僕の名前を呼ぶ声が届いた。

 見ると一年男子の多くが最前に、中段付近には達也たちE組の面々と深雪、雫、ほのかの三人、同じ競技に出たエイミィや滝川の姿もあった。

 

 軽く左手を掲げて応え、正面へと向き直る。

 直後、一つ目のブザーが鳴った。

 

 ホルスターからCADを抜き、まっすぐに構える。

 同時に左手を右手の下へ、手首の辺りで支えるように。握り込んだモノ(・・・・・・・)へ指を添えて、集中力を高めていく。

 

 二つ目のブザーが響いた。

 体内のサイオンをCADへ充填し、待機状態で留める。

 

 周囲の音が遠ざかる感覚。

 目を開くと、何もない空間に得点エリアが薄青く浮かんで見えた。

 

 一拍の間があった後――。

 

 三つ目のブザーが耳に届き、紅白のクレーが3つずつ吐き出された。

 

 

 




 
 
 
 先日、とてもたくさんの「ここすき」を投票してくださった方がいました。
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 お気に入り登録や評価を入れてくださる方もまだまだいて、こうした皆さんの励ましのお陰で筆を折ることなく続けられています。心より感謝申し上げます。
 
 

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