モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う 作:惣名阿万
◇ ◇ ◇
吉祥寺真紅郎は、殊スピード・シューティングにおいて無類の強さを持った選手だ。実際、準々決勝では対戦形式になったにもかかわらず満点を叩き出している。
彼の操る『
照準方法は対象を視認するだけ。細かい座標計算も必要なく、見た対象に直接魔法式を作用させ、事象を
演算処理が少なく、座標指定が不要で、他の魔法による干渉を受けない。
スピード・シューティングで使用される魔法として『不可視の弾丸』以上に最適な魔法はない。
魔法技能だけを見た場合、僕は処理速度で吉祥寺真紅郎に勝ることができるだろう。座標計算の精度でも負けない自信がある。それらはスピード・シューティングにおいて重要な要素であり、同じ魔法を使ったのであれば高い確率で勝利できると思われる。
だが、『不可視の弾丸』を備えた吉祥寺真紅郎には及ばない。
そして『不可視の弾丸』は開発者の吉祥寺真紅郎にしか使うことができないのだ。
真向勝負での勝算はほとんどない。対戦形式における僕のアベレージは96点で、コンスタントに満点を出せる彼にはどうやったって届かないのだ。
だから僕は単純な真向勝負を捨てることにした。
策を弄し、奇襲をかけ、自分に有利な土俵へ引き摺り込んで挑む。それしか勝ち目はなく、手段を選んでいられない程度には負けられないという気持ちが強かった。
一度目のブザーが鳴り、ホルスターから拳銃型のCADを抜く。これは予選から使っているもので、『
右手のCADを眼前に構えつつ、ユニフォームのポケットから
形状は大きめのライターといったところ。搭載されている起動式は一つだけで、本来は確実に決勝へ上がるため、負けるかもしれない相手と当たったときの保険だった。
まさか吉祥寺真紅郎相手に使うことになるとは思わなかったが、決勝へ上がるためという用途は変わらない。当然消耗も大きいが、勝算を増やすことはできる。
小型の方は左手に握り込み、左手首に右手首を乗せる。丁度手首同士がクロスするように組んで、両手の指をそれぞれのトリガーへと添えた。
二つ目のブザーが響いた。
体内のサイオンをCADへ充填し、待機状態で留める。
周囲の音が遠ざかり、目を開くと何もない空間に得点エリアが薄青く浮かんで見えた。
――先手必勝だ。出し惜しみはしない。
三つ目のブザーが耳に届き、紅白のクレーが3つずつ吐き出される。
右手のCADで『空気弾』を放ちつつ、左手のCADのトリガーを押し込んだ。
途方もなく長い5分間の幕が切って落とされた。
● ● ●
達也たちがスピード・シューティングの会場に到着したのは、試合開始の15分前だった。
ほんの30分前にほのかのバトル・ボード予選が発走したばかりで、着替え終えたほのかが合流してからこの会場へ来たためにギリギリとなってしまったのだ。
メンバーは達也と深雪、ほのか、雫に加え、エリカ、レオ、美月、幹比古のE組集団。そこに同じくバトル・ボードを観戦していた英美と和実が加わった計10人だ。
一行は駆け足とまではいかずとも、それなりのスピードで歩いてきた。が、さすがに午後一番の注目カードと目されるだけあってか、客席に彼らがまとまって座れるような空席は見当たらなかった。
仕方なく、数人ずつ別れて座れるところを探そうかと相談し始めたところで、彼らに声を掛ける者がいた。
「北山さん。よかった、間に合ったんだな」
声を掛けてきた人物へ一同の視線が集まる。相手は同じ一高の一年男子で、モノリス・コードの出場メンバーの一人として顔の知られた人物だった。
「五十嵐くん? どうしたの?」
唯一名前を呼ばれた雫が応対すると、鷹輔は若干気後れしたように頭を掻く。
「ああうん。もしかしたらただのお節介かもしれないんだけど、君らの分の席を確保しておいた。よかったら座ってくれないか?」
言われて、雫は首を傾げた。
申し出自体は有難いが、理由も席が足りるのかもわからないのだ。
「嬉しいけど、いいの? 10人だよ」
鷹輔の性格からしてないだろうが、もしも達也たちE組の5人は別とでも言われるのであれば雫は即座に断るつもりだった。
だが鷹輔はとんでもないと言わんばかりに大袈裟に首を振って見せた。
「大丈夫。人数分空いてる。というか、これから空くんだけどな」
言いながら、鷹輔は客席の一角を示す。そこには十人近い一年男子が固まっていて、全員がすでに立ち上がり雫たちを複雑な表情で見ていた。
彼らへ向けて鷹輔が頷くと、鷹輔と同じモノリスメンバーの香田を先頭に、彼らは席を離れて客席前方へと移動し始めた。
「じゃあ、あそこに座ってくれ。早くしないと誰かにとられちゃうから」
ついには鷹輔までもが男子組の方へと駆けていってしまった。
残された雫は訳がわからぬまま、達也たちへ振り返る。
「よく分からないけど、使っていいって」
「ああ。ありがたく座らせてもらおう」
「ええ。あとで五十嵐くんたちにはお礼を言っておかないと」
達也が苦笑いで、深雪は楽しげな笑みで頷き、一同はそそくさと空いた席へと滑り込んだ。
いつも通りほのかの隣へ座った雫は、英美や和実からも生温かな眼差しを向けられ、試合開始の直前まで首を捻り続けていたという。
こうした一幕もあって、一行は運良く座席を確保することができたのだった。
ちなみに席を譲った男子たちは立見席の最前列に陣取り、並んで手すりに身体を預けていた。試合を間近に観られるという意味では決して悪い場所ではない。
試合開始までの時間を談笑して過ごし、いよいよ駿と真紅郎が姿を現す。
シューティングレンジの前に並んで立つ二人へ、観客席からは大きな歓声が送られた。
午前の雫と栞の試合に続き、一高と三高の優勝候補同士の試合だ。
熱戦を期待する無数の眼差しが二人の背中へ注がれていた。
一度目の合図が鳴り、駿と真紅郎は各々のCADを構える。
スピード・シューティングにおいて一般的な小銃形態のデバイスを構えた真紅郎に対し、駿が手にしているのは珍しい拳銃形態。予選では訝しげに見られたそれも、準決勝を迎えた今ではすっかり受け入れられていた。
同じ競技の代表で、何度も練習を共にした雫にとっては見慣れた姿。照準補助のアシストがないことを悟られぬよう、まるで警官のようにCADを前に突き出す姿勢もよく目にした姿だった。
だからこそ、雫は誰よりも早く違和感を抱いた。
「……あれ?」
何かが違うと思った。じっと目を凝らし、違和感の正体を探る。肩幅大に開いた足から半身になった身体へ視線を巡らせ、手先へ至ったところで納得した。
そのとき、雫の様子に気付いたほのかがそっと肩をつついて問いかけた。
「どうしたの、雫」
「彼の――構え方が、いつもと違う」
言われて振り向いたほのかは雫の言う『違い』を探していく。が、出場種目の違うほのかは駿の競技風景を見たことはあまりなく、結局雫が教えるまで自力ではわからなかった。
「――ほんとだ。雫、よく気付いたね」
「ホウキを持った手を左手の甲で支えてる? んー、よくわからないけど、左手にも何か持っているような……」
雫の声が聞こえていたのだろう。他のメンバーも間違い探しをしていたようで、答えを聞いたエリカが呟いた瞬間、最後のブザーが鳴り響いた。
四方から計6つのクレーが飛び出す。紅白3枚ずつのクレーは得点有効エリアの内側へ入った直後、僅かな時間差をおいて全てが破壊された。
真紅郎の紅はまっすぐ二つに折れ、駿の白は中央に弾痕の穴が開く。電光掲示板に3対3の文字が踊り、俄かに歓声が上がった。
事実上の決勝戦と騒がれる一戦だ。観客にとっては白熱する試合をこそ求めていて、タイプの違う『弾丸』の撃ち合いは注文通りの派手な展開だった。期待に応えるかのような応酬に、観客のボルテージが否応なく高まる。
しかし、続く2射目が吐き出された直後、歓声はどよめきに変わった。
飛び出したクレーは双方2つ。右側から紅が、左側から白が射出され、計4枚のクレーはその姿を見せた瞬間、段違いの速さに加速した。
エリアの中央付近で白いクレーが2枚とも砕ける。対して紅のクレーは1枚がエリアの端で割れ、もう1枚は傷つくことなくレンジの外へ飛び出した。
4対5の点数が表示され、試合を観ていたほぼすべての人間が息を呑む。
あの吉祥寺真紅郎が失点したのだ。予選はおろか、準々決勝でもパーフェクトを叩き出した優勝候補の一番手が、序盤のこの場面で点を失った。
とはいえ、客席がざわめいているのは真紅郎が撃ち漏らしを出したからではない。
それ以上の衝撃、困惑の原因は、射出されるクレーの速度にあった。
「なに、これ……」
「おいおい、速過ぎて目で追うのがやっとだぞ」
エリカとレオが思わずといったように呟く。幹比古も目を見開くばかりで、美月に至っては何が起きているのかすらわからないようだ。ほのかや雫、英美に和実たち一科生女子たちにも突然クレーの速度が上がった理由はわからなかった。
そんな中、最初に答えに辿り着いたのはやはり達也だった。
「なるほど。『定率加速』か。考えたな」
独り言のような解説のような台詞。すかさず傍らの深雪が拾い上げる。
「『定率加速』というと、森崎くんはクレーすべてに加速魔法を掛けているのですか?」
「ああ。クレーの射出口の前に、通過する物体の速度を引き上げる仮想空間を設定しているのだろう。標的の速度を見るに、設定値は2倍くらいか」
淡々と語られた内容に、一同の多くは開いた口が塞がらなかった。
「2倍って、ただでさえ術式が追いつかない人もいる競技なのに……」
英美が漏らした通り、スピード・シューティングという競技は本来、すべての標的を狙うことのできる選手の方が稀だ。本戦ですら満点を出せる選手は限られているのに、ましてや新人戦で満点など年に一人もいない。
そんな背景があって尚、更に速度を引き上げるなど正気の沙汰ではない。
「あれだけの速度だ。術式の有利不利よりも、術者の反射神経と技量の勝負になるだろう。『
それが駿の狙いで、そうまでしなくては勝ち目がないと駿は判断した。
達也はそんな駿の覚悟と執念に感心を抱きつつ、一方で納得しきれない心持ちでもあった。
眉を顰めて見つめる達也へ、斜め後ろから問いが投げかけられる。
「でも達也、彼の使っているCADは『空気弾』の魔法を搭載しているんだろう? 系統の違う『定率加速』は使えないんじゃないかな」
「特化型CAD一つでは無理だ。そして汎用型ではあの速度に対応できない。なら、答えは一つしかないだろう」
質問者である幹比古の方へ振り向くときには、達也の表情は元に戻っていた。
穏やかなとまではいかずとも、動揺を見抜かれない程度には取り繕われていた。
「まさか、左手に握っているのもCADなのか?」
「二つのホウキの同時操作ってこと? いくらなんでもそんな無茶は――」
暗に示された可能性にレオとエリカが常識的な反応を返す。それはこの場にいるほとんどにとっての共通認識であり、世間一般で不可能に近いことだと言われていることでもあった。
しかし達也にとってはそうではない。
「サイオン波による相互干渉は発生していない。あれなら二つのCADを同時に扱うこともできるだろう。森崎はよほどサイオンコントロールに長けているんだろうな」
「……そういえば、達也くんもできるんだったわね、アレ」
エリカは春の一件を思い返し、今更かとため息を吐いた。
そんなエリカを敢えて放置して、深雪が達也の袖を握る。
「お兄様、ですがこれは……」
「ああ。『空気弾』の方はともかく、『定率加速』は常駐型だ。最後まで保せられるかどうか」
重々しく呟いた達也の言葉に、エイミィが反応して身を乗り出した。
「どういうこと?」
見ればほのかも和実も、エリカたちE組の面々も達也へ注意を向けていた。試合から目を逸らしていないのは既に雫だけだ。
視線を競技へと戻しつつ、達也は解説を口にしていく。
「知っての通り、投射した魔法式を常駐させるタイプの魔法はそれだけ多くのサイオンを消費する。魔法式の維持に力を注ぎつつ、断続的に事象改変をし続ける必要があるからだ」
例えるなら、ハードル走をしながらクレー射撃をしているようなもの。ハードルを倒すことは許されず、飛び交うクレーは通常より速く、そんな状態が5分間、紅白合わせて200個の標的が無くなるまで続くのだ。
「普通に考えればスタミナが保たない。その上少しでも集中を切らせば両手のCADが干渉して起動式が乱れ、『空気弾』も『定率加速』も使えなくなるんだ。エリカが無茶と言ったのも、ある意味で間違いじゃない」
言葉だけを捉えるならそれは非情な分析だった。暗に完走は不可能だと言っていて、途中で力尽きればそれまでだと断じているようにも聞こえる。
しかし表情を見れば、達也にも思うところがあるのだと誰もが気付いた。眉を寄せ、じっと試合を見つめる達也の雰囲気には言い知れぬ迫力があった。
このときの達也が何を考えていたのか。理解できる者は深雪を含めて誰もいない。
駿の思わぬ過去を知り、リスクを度外視した戦術を選択する彼に複雑な心情を抱えていたなどと、誰に解るはずもなかった。
一同を重苦しい雰囲気が包む。
しかしそれは、シンプルな言葉によっていとも簡単に破られた。
「でも、彼は頑張ってる」
端的に放たれたその言葉は一同の視線を集めた。
いくつもの眼差しを向けられた少女は気にした風もなく、眼下を睨んだまま続ける。
「どれだけ難しくても、どれだけ辛くても、やると決めて頑張ってる。なら、私たちにできるのは応援すること。そうでしょ?」
「雫……」
単純で、明快で、だからこそ強かな想いがそこにあった。
思わず呟いたほのかに続いて、彼らは口々に同意の声を漏らす。笑顔を浮かべ、声を上げて、全力で挑む友人へ声援を飛ばしていった。
そんな彼らの様子に目を丸くしていた達也は、手に深雪の手が重ねられて我に返った。
「お兄様。私たちも」
「――ああ。そうだな」
試合開始から2分余り。
観客席から上がる歓声は、いよいよ最高潮に達していた。
◇ ◇ ◇
日の傾き始めた射場の中央を目まぐるしくクレーが飛び交う。
紅白に分けられたクレーは射出後すぐに倍速まで速度を上げて飛翔し、エリア内で『弾丸』に砕かれる。一波が吐き出される度、腹の底に鉛が積み上げられていくようだった。
一瞬の遅れも許されない緊張感が続く。
視線はエリアの中央で固定され、耳には自分の息遣いしか入らない。伸ばした右手は小刻みに震えて引き攣り、それを支える左手も痺れが滲んできていた。
予断を許さない状況だ。意表を突いて広げた差はすっかり停滞し、有利な土俵に引き摺り込んでいても尚、吉祥寺真紅郎は追い縋ってきている。ここへきて目が慣れたのか、ミスショットがすっかり減っていた。
現在の得点は56対48でこちらが8点のリード。
うち9点は失点しているので、残るクレーは35枚。
とはいえ、試合が中間を過ぎたあたりからいよいよ息が切れてきた。滲み出た汗はすでに全身を濡らしていて、徐々に力の抜けていく身体へ鞭を打つように歯を食いしばる。
集中力は切らさず、魔法を継続させ、クレーが飛び出した一瞬の間に
恐らく、この状態は最後まで続かない。どこかで息を入れる必要があるだろう。
クレーの射出口4か所に『定率加速』を常駐させ、白のクレーを『空気弾』で撃つ。口で言うには簡単だが、実際はサイオンを湯水のごとく吐き出す行為に等しい。幸い、体内のサイオンを絞り尽くすのには慣れているので限界の見極めは可能だ。
問題は『定率加速』を解除した後。疲労した状態でどこまで粘れるか――。
瞬間、ふいに右膝が折れ、視界が大きくぶれた。狙いがズレ、壊すはずだったクレーが一枚エリアを素通りする。
「……っ」
漏れかけた息を噛み殺す。片膝立ちになり、軽く前傾姿勢をとって身体を固定。乱れかけたサイオン波を整え、続く標的を撃ち抜いた。
まだだ。まだ解けない。今『定率加速』をやめたら追いつかれる。
今ので彼我の点差は7点。残り30枚を7点差で逃げ切れる自信はない。疲労した中で皆中を出せるほど僕の実力は高くない。
せめてあと10枚。残り20枚までは粘らないと――。
肩で大きく息をし、震える腕を支えて『空気弾』を撃ち続ける。
視界は若干歪んでいて、エリアの外側は黒くぼやけ始めていた。トリガーを引く感覚もどこか遠く、うなじの奥の鈍い痛みだけが頭に響いている。
もはや得点を確認する余裕はない。
残り何枚かも朧気で、だからこそタイミングは直感で決めた。
『定率加速』を解除。暗く狭まっていた視界が一息に晴れる。
周囲の音が戻り、どよめきが広がるのがわかった。
大きく息を吐いて、吸い込む。力の抜けかけた身体に酸素を行き渡らせ、唇を噛んで意識を支えた。左手のCADを放し、手首を返して掌に右手を乗せる。
残り時間は52秒。リードは6点。残り枚数は恐らく17,8枚といったところ。
右奥から飛び出した白のクレーを撃つ。先程までの集中状態が途切れたせいか、突き刺すような鈍痛は激しさを増していた。奥歯を噛み締めて、次弾を待ち構える。
そのとき、ふと耳に届く声があった。
「行けー! 森崎―!」
「頑張れ! もうちょっとだ!」
集中力が切れかけている証だろう。疲れて緊張の糸が切れかけているからこそ聞こえてしまっているのだ。さっきのように集中して何も聞こえていない状態の方がパフォーマンスも高いに違いない。
そうだとしても、だ。
――何としても逃げ切る。
残る力を総動員して目の前を横切るクレーを狙った。
一つ二つと取りこぼしが出ても手は止めず、目は閉じず、CADの引き金を引き続ける。
そうして長い50秒が過ぎ、試合終了を告げるブザーと歓声が轟いた。
表示された得点は83対86。
3点差での逃げ切り勝ちだった。
安堵と脱力感が押し寄せる。危うくCADを取り落としそうになって、そうなる前にホルスターへ収めた。落ちていたもう一つの方も拾い、ポケットへと押し込む。
どうにかなった安心感と、少しの興奮が鳩尾の奥に広がっていた。全身が重いのに胸だけは軽くて、その中にこれでよかったのかと迷う気持ちも残っている。
けれど、今はいい。勝つと決めたのだから、悩むのは終わってからだ。
倒れそうになるのを堪えて立ち上がり、平然と立つ吉祥寺真紅郎の方へ振り向く。
軽く息を整えて待っていた彼は、呆れと悔しさの混ざったような顔で右手を差し出した。
「完敗だよ、森崎駿。だが次は、モノリスでは負けない」
「……ああ」
手を固く握る。
リベンジを受けられないことを申し訳なく思いつつ、鋭い眼差しを受け止めた。
握手を解いて振り返り、客席に目を向ける。
最前列には五十嵐や香田たち男子連中が並んでいる。まだ準決勝だというのに、まるで優勝したかのような大騒ぎだ。
中段付近の達也たちは手を振っていたり拍手をしていたりと様々。『
軽く手を挙げて歓声に応え、震える膝を繕って射場を後にする。
試合の後にまで情けない姿を見せるのは忍びなく、何よりも今は控室へ戻って少しでも身体を休める必要があった。
残るは決勝。あと一試合だけだ。
最後まで、どうにか保ってくれ。
前話ではたくさんの感想、評価を頂き、ありがとうございました。
承認欲求を満たして頂いたお陰で、次話がこれだけ早く仕上がりました。重ねてお礼申し上げます。
余談ですが、twitterにて更新報告や本編で語られない設定等を呟いています。よろしければご覧ください。
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