モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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 前話では多数の感想、評価、ここすき、お気に入り登録と、ありがとうございました。更新間隔からお察し頂けた通り、作者自身もノリノリに盛り上がって書いていたので、好感を得られたことは大変嬉しいです。
 
 
 
 


第17話

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 新人戦男子スピード・シューティング決勝。

 試合開始の17時を目前に控え、選手が射場へと姿を見せた。

 

 大会史上稀に見る熱戦が繰り広げられたのは、ほんの1時間前。詰めかけた観客の眼差しは、そのほとんどが『カーディナル・ジョージ』を破った駿へと注がれていた。

 

 数字を持たない百家支流の少年が、国際的に名の知れた『天才』を打倒した。それも突然変異的な才能による力ではなく、積み上げた技術と戦術、仲間の声援によって。

 古来より日本人は判官びいきを好むもの。加えて『友情・努力・勝利』の三つが揃ったサクセスストーリーは絶好の娯楽だ。当初から応援していた者はもとより、大勢の観客が駿へ声援を送るようになっていた。

 

 今や客席の8割近くが一高サイドを応援する声で埋め尽くされている。その声量には寧ろ一高応援団こそが困惑しており、当事者である彼らよりも無関係な観客の方が熱に浮かされている始末。

 対する第二高校側の応援団も必死で声を張り上げてはいるものの、彼らが感じる『圧力』は声援の大きさだけに留まらないだろう。現にちらほらと苦しげな表情を浮かべている者も散見されるほどだった。

 

 そんな偏った光景(・・・・・)を横目に見て、九島烈(くどうれつ)はかすかに目を細めた。

 

 普段ほとんど表舞台に姿を見せない烈は、毎年の九校戦に限ってのみ全日を富士で過ごしている。それは次世代を担う若者の雄姿を見るためであり、次世代の中核となる『(ぎょく)』を見出すため。故に烈は出来る限りの試合を自身の目で観るようにしてきた。

 

 各校の代表が存分に力を揮い、健全な競い合いの中で磨かれる。

 それこそが烈の願いの一つであり、いずれこの中へ加わるであろう孫のためにも保たれるべき理念だと考えている。

 

 だが今から始まる試合では、そうした理念とは隔絶した歪みが生じようとしていた。

 

 あれでは第二高校の選手が実力を発揮することができないかもしれない。少なくとも無用な重圧の中で試合に臨まなくてはならなくなるだろう。対等かつ公正な試合が行われるべき九校戦において、この光景は望ましいものではない。

 

 九校戦は全国の魔法科高校の生徒たちが研鑽の成果を披露する場だ。観客に娯楽を提供するためではなく、また当然ながら忖度をして身を引く必要などない。

 しかし、そうは言っても彼らはまだ高校生。年若い少年少女が大衆の圧力に屈し、本来あるべき競技への姿勢を失ってしまうという可能性は十分に考えられる。

 

 スタンド上段、VIP用の来賓席から、烈は決勝戦に挑む二人へ注意深く目を凝らす。

 

 準決勝で吉祥寺真紅郎を破り、盛大な歓声を背に受けて立つ森崎駿。だが彼は真剣な表情で前を見据えるばかりで、歓声や応援に応える様子はない。煩わしく思っているか、或いはそれすらも聞こえない程に集中しているのか。

 

 対するは第二高校の代表。こちらは大き過ぎる歓声に少々身体を強張らせてはいるものの、仲間の声にはきちんと応えている。緊張はしているのだろうが、自分を見失っているようには見えない。

 

 これならばいい試合になるだろう。問題があるとすればその後だろうか。

 烈は小さく息を吐いて、革張りの椅子に深く腰掛けた。

 

 それにしても、と考える。

 

 準決勝で森崎駿が見せた戦術は実に見事だった。映像越しでは物足りず、こうして直接足を運んでいるのもそのためだ。

 肉を切らせて骨を断つ。自身の得点が下がることも厭わぬ戦術で相手の意表を突き、全身全霊を賭けて勝利を手繰り寄せる。日々の鍛錬とそれを活かす工夫に溢れた戦術だった。

 

 たとえ自身の得点を落としてでも相手に勝利することを優先する。勝つために最良の方法を模索し、困難で苦しい道へ果敢に挑んでみせた。

 果たしてどれだけの高校生がそのような方針を打ち立て、迷わず実行することができるだろうか。ましてや彼は一年生。より良い結果を、より満点に近い点数を、と考えるのが普通だろうに。

 

 森崎駿。百家支流『森崎家』の長男にして、第一高校一年生の学年4位。

 一高といえば、先日の懇親会でも見所のある生徒を見かけたのを烈は思い出した。選手として参加している姿は見ていないが、どこかで顔を見る機会はあるだろう。

 

 そこまで考えたところで、試合開始を告げる最初のブザーが鳴った。

 見れば件の少年(森崎駿)が腰元のCADを抜き、片膝を着いて構えている。先刻の準決勝でも後半以降で取っていた体勢だ。

 

「ふむ……」

 

 少し考え、やがて駿の懸念へ至った烈はその瞳を鋭く光らせた。

 立ち上がり、試合に背を向けて出口の方へ足を繰り出す。

 

「く、九島先生? いったいどちらへ行かれるおつもりで?」

 

 大会委員の男が慌てて行き先を訊ねると、烈はそちらへ目を向けることなく、答えだけを返した。

 

「なに。騒ぎを抑えるためには、私が行くのがよかろう」

「騒ぎ、ですか? それはどういう……」

 

 続く問いに答えることなく、烈は通路へと出た。

 ツカツカと歩く姿はとても90代目前とは思えぬほどに若々しく、呆気に取られていた男は烈の姿が見えなくなってからようやく烈を追いかけ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 一方、スタンドの一高側応援席では達也たち一同が並んで試合開始を待っていた。

 

 決勝の対戦カードは駿と第二高校の代表。前評判では2番手と3番手だった二人の試合だ。

 スタンドはすでに満員を超えて立ち見まで出ているほど。決勝だからという理由もあるだろうが、それ以上に準決勝で真紅郎を破った駿への期待が表れた結果だ。

 

 現にスタンドへ詰めかけた観客の多くが大型モニターに流れる映像を指差し、興奮冷めやらぬ様子で隣近所と言葉を交わしている。

 繰り返し再生されているのは準決勝のハイライト。第1、第2試合と続けて放映される試合のどちらに関心が深いのかは客席の反応から一目瞭然だった。

 

 こうした観客の姿に最も敏感に反応したのは、意外なことにエリカだった。

 段々と熱気の高まる観客の声にエリカは瞳を冷たく細め、右から左へと視線を走らせていた。能面のような表情の彼女に気付いて、深雪が声を掛ける。

 

「エリカ? どうかしたの?」

 

 深雪に問われて初めて、エリカは自分が焦れていたことに気が付いた。軽く息を吐き、座席に深く座り直して答える。

 

「別に。ただ、見世物みたいにされているのが気に食わないだけよ」

 

 突き放すような、吐き捨てるような台詞に、一同の何人かが目の端を震わせた。

 

 エリカは九校戦の選手ではない。が、真剣勝負の世界に生きる剣術家だ。

 剣の世界は非情なもの。才能の非情さも勝負の非情さも、高校生の競技会である九校戦とは比にならない。積み上げたものの多い方が勝つのが当たり前の世界に生きて来たエリカにとって、ここまで勝ち残った駿と二高の代表はそれだけで称賛に値する。

 

 一方で、だからこそ許容できないものもあった。

 

 真剣に懸命に努力を重ねてきたからこそ、二人はあの場に立っている。準決勝で敗れた二人も、準々決勝で、予選で敗退した選手も、各々が出来得る限りの研鑽を重ねた結果、この九校戦という晴れの舞台に辿り着いたのだ。

 

 結果の優劣こそあれど、彼らの努力に貴賤はない。なればこそ、各校の応援団は自校の代表に精一杯の声援を送るのだ。そこに『外野』が口を挟むのは筋違いであり、ましてや一方へ必要以上に肩入れをするのは害悪ですらある。

 

 今、観衆の多くは駿へ期待を寄せている。一高の応援団でもないのに、だ。

 もちろん、試合を観てファンになったという者もいるだろう。だがここにいる者の多くはそうではなく、耳に心地の良い『物語』を求めているに過ぎない。

 

 『外野』の身勝手により、真剣勝負が貶められる――。

 

 エリカにとって、それは堪えがたい事象の一つだった。

 

 彼女の内心を正確に理解できた者はいないだろう。それでも似たような感覚を抱いた者はいて、それは違和感であったり不快感であったりと様々だった。

 

 わかりやすいのはレオとほのかで、レオはともかくほのかの方はエリカに同調するようにこくこくと頷いていた。幹比古と和実はより諦観に近く、美月と英美はそもそもピンと来ていない。

 残る三人の内、深雪と雫は各々違う理由で関心がなく、達也に関してはもう一歩踏み込んだ懸念を抱いていた。

 

 駿が注目を集めていることはこの際仕方がない。それだけの戦術と技量を見せたのは駿で、真紅郎を破ったのは紛れもない功績だ。対戦相手には気の毒だが、こうなってしまっては最早どうにもならない。

 

 達也の懸念はその後。

 仮に駿が敗れた場合、どうなるかという点だ。

 

 と、丁度その時、大型モニターの映像が途切れ、『決勝(Final)』の文字が躍った。

 歓声がスタンドを埋め尽くし、入場口から決勝へ挑む二人が姿を見せる。

 

 ホルスターに拳銃形態のCADを差した駿に対し、二高代表は小銃型に比べ銃身部分のやや長い狙撃銃形態のCADを携えている。これは二高の選手が標的に直接作用する振動魔法を用いるためで、魔法の発動速度よりも精度を重視した選択だ。

 

 二人は大歓声を浴びながら歩を進め、各々のシューティングレンジへと向かう。

 準決勝の激戦から既に1時間。駿の足取りはしっかりとしたもので、少なくとも遠目には消耗の度合いはわからなかった。

 

 一度目のブザーが鳴り、並んだ二人がほとんど同時にCADを構える。

 右足を引いて半身に構えた二高代表の横で、駿が右膝を床へ着ける。最初から膝撃ちの姿勢を取った駿を見て、雫は思わず両手を握った。

 

 予選から準決勝途中まで、駿は一貫して立射で試合に臨んでいた。練習でも基本的には同じだったことを考えると、膝撃ちを選んだのはそうせざるを得ない理由があったからだ。

 

 準決勝で体勢を変えたとき、駿は一度バランスを崩し、堪えるように膝撃ちの姿勢を取っていた。

 もし同じ理由であの姿勢を選んだのだとすれば、今の彼は試合の最後まで立っていられない程に消耗しているのかもしれない。

 

「やはり回復しきってはいないか……」

 

 雫と同じ懸念に至った達也が苦々しげに呟いた。深雪は眉を顰め、ほのかや美月、幹比古は僅かに俯く。エリカやレオ、英美に和実は真剣な表情のまま小さく目を細めていた。

 

 彼らの心配や不安をよそに、程なくして試合が始まった。

 

 紅白のクレーが同時に飛び出す。次々に飛来するクレーを、二人はそれぞれの魔法で砕き、その度に電光掲示板の点数が更新されていった。

 

 二高の代表は振動魔法の使い手だ。クレーの内部に疎密波を発生させ、素焼きのクレーを内側から砕く魔法。対象に直接作用させる分他の魔法の影響を受けず、また照準さえできれば的を外すことがない点からも有効な戦術とされている。

 一方で振動系統を用いた魔法は干渉力と速度が求められるために使い手を選び、また魔法式投射からクレーの破砕までの間にタイムラグがあることが弱点と言われている。

 

 対して駿が用いるのは『空気弾』のみ。準決勝で見せた『定率加速』を使う余裕は当然なく、派手な試合展開を期待していた観客の中には落胆の声を漏らす者もいた。

 

 この場を訪れる人々の中には、スポーツ観戦目的の者も少なからず存在している。

 また大半が魔法関係者だとはいえ、実際に魔法を知覚し、魔法を使用する感覚を実体験したことのある人間はそれほど多くない。

 

 そうした人々は得てして、魔法とは『その気になればいくらでも使うことのできる力』だと思いがちだ。個人ごとに許容量が異なり、無理をすれば命に関わるということすら知らない場合も多い。

 彼らには、魔法師はただCADを構えているだけにしか見えないのだ。どれだけ気力を振り絞り、体力を削って魔法を行使しているかなど、到底わからない。

 

 ちらほらと届く声を耳にする度、雫は胸を締め付けられるようだった。

 

 大型スクリーンに映された駿の額にはいくつもの汗が滲んでいた。呼吸も荒く、時折引き攣るように瞼が揺れる。それでも瞬き一つすることなく正面を睨む姿は、見ているだけで体が熱くなる程の気迫に溢れていた。

 

 一進一退の攻防が続き、試合時間も半分を過ぎた。

 現在の得点は46対43。紅のクレーを狙う駿が3点のリードを取っている状況だ。

 

 一部の実力者を除いて、スピード・シューティングという競技ではどうしても失点する場面が出てくる。得点エリアを通過する時間が短い場合や、複数枚のクレーが同時に、或いは別々に飛んできた場合、対戦相手のクレーの裏に隠れていた場合などがそれだ。

 

 最大で3枚同時に射出されるパターンもあり、こうした場合ほとんどの選手は標的を2つに絞って堅実に点数を重ねていく傾向にある。真由美や雫、栞や真紅郎のように、すべてを的確に撃ち落とせる選手の方が稀なのだ。

 

 駿もどちらかといえば前者に近い実力を持っている。毎回のように満点を出すことはできないが、鍛え上げた速度と精確さでほとんどのクレーを撃ち抜いてきた。

 だが、この試合に限っては失点も多くなっていた。リードこそ保っているものの、今までの試合であれば得点できていたようなクレーすら撃ち漏らしが出ている。

 

 それは特に、3枚のクレーが飛び出したときにこそ顕著だった。

 

「外してるってわけじゃないよな」

「というより、敢えて撃っていないんじゃないかな」

 

 レオの零した疑問に、幹比古が所感を加える。二人の疑問は尤もで、飛び交うクレーの中から2つだけを落とした後、駿は3つ目のクレーに一切手出しをしていなかった。

 

 二人が気付き、延いては全員の疑問となったそれに、達也が答えを口にする。

 

「撃たないんじゃない。撃てないんだ」

「……どういうこと?」

 

 エリカは半ば理由を予想しつつ、恐る恐る問いかけた。

 

 達也の答えはエリカの危惧した通りのものだった。

 

「これまでの試合でも、森崎は3枚のクレーを同時に狙う際、稀に的を外すことがあった。一試合に1、2度程度ではあるが、不確定要素であることは間違いない」

 

 駿の行動と性格、思考を分析、推測して、達也は淡々と宣告する。

 

「100個の標的全てを撃つだけのサイオンは初めから残っていなかったのだろう。残弾数が限られているからこそ、最大限得点を稼ぐために外す可能性のある的は捨てているのだと思う」

「そんな……」

 

 声を漏らしたのは美月だった。深雪とほのかはわずかに表情を曇らせたものの、眼差しは他のメンバーと変わらずに駿へと向いている。こうして話している間にも、駿はまた一つ失点を重ねていた。

 

 得点は71対68。残り20枚を迎え、リードは変わらず3点のみ。

 疲労の色濃い駿は既に肩で息をしていて、いつ限界を迎えてもおかしくない状態だ。いつの間にか、雫は両手を祈るように強く握りしめていた。

 

 目に見えて『空気弾』を撃つ頻度の落ちた駿は徐々に差を詰められ、残り7枚の時点でついに追いつかれてしまった。続く二つのクレーも相手は得点し、駿は一つを撃ったところで手が止まる。

 以降、制限時間終了間近まで駿の手が動くことはなかった。刻々と時間が過ぎ、最後の一つを意地で撃ち落としたところで、試合終了のブザーが鳴り響いた。

 

 第二高校の得点は86点。対して駿の得点は――。

 

「82点か。普段の彼なら勝てたかもしれないけど……」

 

 苦々しげに幹比古が呟く。

 達也も眉を顰め、幾分か穏やかな声音で続きを引き取った。

 

「無理をして意識を失えば、最悪棄権扱いになっていた。それではどうあっても優勝はできない。ペース配分を徹底したのは寧ろ、勝つための最善手だった」

 

 或いは真紅郎との試合でもう少し消耗を抑えることができていれば、優勝することは可能だったかもしれない。この一試合を乗り切る体力さえ残っていれば、駿ならば90点以上を取ることもできただろう。

 

 そんな『仮定』を容易に想像できるからこそ、一同は口惜しさに言葉を失っていた。

 唯一、きょとんとした顔で首を傾げる少女を除いて。

 

「みんなどうして落ち込んでるの。準優勝だって十分すごいことじゃない」

 

 純真な台詞に思わず顔を上げる。

 そこには屈託のない笑みを浮かべる英美がいて、彼女は雫の肩を叩いて言った。

 

「ほら雫、森崎くんにおめでとうって言ってあげないと」

「エイミィ……。うん、そうだね」

 

 そうだ。落ち込むよりも先にやることがある。

 労って、称えて、少しだけ叱って。駿に言いたい言葉は幾つも浮かんだ。

 顔を上げた雫は固く握っていた手を解き、立ち上がろうとする彼へ呼びかけるために持ち上げた。

 

 瞬間、何処かから届いた一言に背筋が凍りついた。

 

「あーあ、森崎の優勝を見に来たんだけどなぁ」

 

 反射的に立ち上がったレオは、しかし幹比古に腕を掴まれて止まった。

 

「レオ。落ち着け」

「……わかってるよ」

 

 振り返った達也に釘を刺され、レオは席へ座り直す。

 深雪もエリカの肩から手を下ろすと、美月がほっと安堵の息を漏らした。

 

 声の主は判らない。が、客席の比較的近くから発せられたのは間違いなかった。

 

 悪意があったかどうかはこの際関係ない。どちらにせよ決勝戦に挑んだ二人の意志と覚悟を踏み躙る発言なのは間違いなく、それは当事者の友人である彼らにとって許しがたい暴言だった。

 

 とはいえ、そうした不満の持ち主は一人に留まらないらしい。スタンドを覆うように広がった雰囲気は、会場全体に重く圧し掛かっている。

 明確に言葉にされたのは先程の一度のみ。だが両校の応援団に属さない一般客の多くが似たような想いを抱いているようだった。

 

 射場では駿と二高の選手が握手を交わしていた。異様な雰囲気を感じているのか、駿も相手の選手も表情は芳しくない。

 それでも互いの健闘を称え合う間は充実した笑みを浮かべ、手を放した二人は両校の応援団の方へと振り向く。

 

 そのとき、俄かにスタンドがどよめいた。

 

 見ると人混みが独りでに割れ、その内から痩躯の老人が姿を現していた。

 白髪を丁寧に整え、瀟洒なジャケットに身を包んだ老爺の姿へ、スタンドにいた観客全員が一斉に目を惹かれた。

 

「あの人は……九島老師?」

 

 呆然と、雫は呟いた。

 

 まるで糸に引かれたように(・・・・・・・・・・・・)振り向いた先で、烈は粛々と手を叩き始める。視線は眼下の射場――決勝を戦った二人へ向けられていた。

 

 一瞬の静寂の後――。

 やがてうねりのように拍手が広がった。

 

 先程までの不満げな雰囲気はどこにも残っていない。あの『老師』が拍手を送ったというだけで、観客たちは歴史的瞬間に立ち会ったかのような感動に酔いしれていた。

 

 拍手に喝采が加わり、やがて盛大な歓声へと至る。突然の大歓声を受けた二高の選手は呆気にとられたような表情で客席を見上げ、それから晴れやかな笑みを浮かべた。

 

 烈が何をしたのか、雫にはわからない。全員の注目を集め、ただ手を叩いたようにしか見えなかった。

 にもかかわらず、それまでの雰囲気とはがらりと変わったのだ。それは雫の知るどんな魔法よりも『魔法』のような現象だった。

 

 一転して祝福ムードに変わったスタンドで手を叩きながら、雫は駿へと目を向ける。疲れ切った顔で歓声に応える駿へ手を振ると、彼は雫に気付き、小さく手を振り返した。

 いつの間にか横に来たエリカが雫を肘でつつく。顔が赤くなるのを自覚しながら、それでも手を振り続けようとして――。

 

 

 

 直後、駿が力尽きるように倒れ込んだ。

 

 

 

「…………うそ」

 

 歓声が遠くなる中、自分の呟きだけが嫌に大きく聞こえていた。

 

 

 

 




 
 
 
 今回は少々言い回しがくどくなってしまった感がありました。
 やはり三人称多元視点は難しいですね。精進したいと思います。
 
 
 
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