モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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 大変お待たせしました!
 
 
 


第19話

 

 

 

 佐井木先輩から言われた通り、翌日の朝には問題なく退院することができた。

 検査と問診を終え、病院を後にする。担当医も昨日の試合については映像で見ていたらしく、「気持ちはわかるが無理はしないように」との忠言を頂いた。明後日にもう一度入院するつもりの身としては申し訳なく、曖昧に頷くことしかできなかった。

 

 渡辺先輩も入院していた病院は、九校戦の会場である富士演習場の麓にある裾野基地の敷地内に所在している。期間中はここから宿泊先のホテルまでシャトルバスが運行されていて、魔法科高校の生徒は誰でも無料で利用することが可能だ。

 

 丁度ロータリーに停車していた車両へ乗り込んで、空いている座席に腰かける。他にも乗客は何人かいて、全員が例外なく制服姿だった。斯く言う僕も、佐井木先輩が持ってきてくれた制服を身に付けているわけで。

 

 ちらちらと向けられる視線には気付かぬふりをして、窓の外へ目を向ける。高い塀と軍事施設らしい無機質な建物を眺めながら、鳩尾の奥にある澱みへと意識を傾けた。

 

 原作の点差を再現するために優勝を期した試合。唯一貢献できる競技で敗れ、昨日時点での三高との点差は結局、原作よりも詰まってしまった。

 70点差ついていたところが60点差になった。数字だけなら僅かにも見える違いだが、相手の戦力の充実ぶりを考えれば到底楽観はできない。

 

 実際、十七夜栞は1位から3位まで独占するはずのスピード・シューティングで2位に食い込んできた。一色愛梨や四十九院沓子も下位に甘んじることはないだろうし、他の選手が原作以上の順位へ入ってくる可能性も十分にあり得る。

 有力な選手に引っ張られる形で実力を伸ばす。そうした現象は何も主人公(達也)の周りでだけ起きることじゃないのだ。身近なお手本を参考に魔法の扱いが上手くなることはよくあること。

 

 恐らく、点差はさらに詰まるだろう。少なくとも原作のような一高女子の上位独占という状況は考えづらい。

 こうなってくると、頼みの綱は女子ではなく男子。五十嵐や香田たちの活躍に掛かってくる。原作ではあまり触れられることのなかった彼らがどれだけ得点を重ねられるか。それによって達也の出場や新人戦全体で優勝できるかどうかが変わるだろう。

 

 考えている間に、バスは動き出した。いつの間にか座席の大半が埋まったマイクロバスは基地の正門を抜け、街道を走っていく。

 山道へ入り、急な勾配の道をスルスルと抜けると、やがて流れる景色の向こうに富士の頂きが見えてきた。よくある雪化粧を纏った姿ではなく、赤茶けた肌に首元までを緑に覆われている。

 

 かの山の足下では今も九校の選手たちがしのぎを削っていることだろう。逃げ切りを図る一高と巻き返しを目論む三高を中心に、各校の代表とも懸命に競技へ挑んでいるはずだ。

 

 端末を取り出し、試合のスケジュールに目を通す。男女並行して行われる試合の中から観戦する試合をリストアップし、移動時間と開始予定時刻を重ねて考えていく。

 

 ――どうにか観れそうだな。

 

 少々タイトになってしまうが、急いで移動すれば全て観戦できることがわかった。端末をジャケットの内ポケットに収め、再度窓の外へ目を向ける。

 周囲はすっかり草原に変わり、彼方に並び立つスタジアムが見えてきた。あと10分もすればホテルへと着くだろう。9時半開始のクラウド・ボールの試合にも何とか間に合いそうだ。

 

 ふと視線を持ち上げれば雲一つない青空が広がっていて、せめて今日は雲がかからないよう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 定刻通りに始まった五十嵐のクラウド・ボール2回戦を観戦した後、次の会場へと向かうべく客席を立つ。周りの男子メンバーへ断りを入れ、早々にスタンドの出口へ。

 次はアイス・ピラーズ・ブレイクの試合だ。会場までは歩いて15分ほど。遠くはないのだが、同じく15分後に始まる予定の試合を観るならゆっくりしていては間に合わない。

 

 というわけで、階段を降りた勢いのまま走り出した。

 人にぶつからないよう注意しつつ、会場を回り込むように。その途中、ふと関係者口の前で談笑する二人の少女が目に入った。

 

 三高の一色愛梨と四十九院沓子だ。一色愛梨がクラウド・ボールのウェア姿なのを見るに、試合前の彼女へ四十九院沓子が激励に来たというところか。

 

 思わず目を引かれ、それが理由でか一色愛梨がこちらへ気付いた。驚いたように目が見開かれ、四十九院沓子もつられて振り返る。

 無邪気な眼差しがこちらを捉え、溌溂とした声が飛んできた。

 

「おお、誰かと思えばおぬしじゃったか」

 

 声まで掛けられて無視するわけにもいかない。足を緩め、二人の前で止める。

 

「懇親会以来だな。これから試合なのか?」

「ええ。私はこれからクラウド・ボールの三回戦に。栞はピラーズ・ブレイクの試合へ行っているわ。沓子は――」

 

 一色愛梨が言い終える前に、四十九院沓子が目の前まで来てジッと胸の辺りを見つめてきた。遠慮のない接近に思わず身を引く。

 

「ふむふむ。どうやら精気は回復しとるようじゃな。ものの見事に飲み干したときは驚いたが、なるほどのう……」

 

 琥珀色の瞳がスッと細くなり、顔を上げた四十九院沓子と目が合った。

 まっすぐに射抜いてくる眼差しは以前と同じく、どこか遠くを覗いているかのようだ。先日も意味深なことを言われたし、彼女にはやはり何かが見えているのだろうか。

 

「前にも訊いたが、何か気になることでもあるのか?」

「……いや、大したことではない。今は気にする必要もなかろう」

 

 『今は』か。そう言われると益々気になるのだが、話す気がないのなら仕方ない。

 ひょいと跳んで離れた四十九院沓子は、両手を頭の後ろで組んで笑う。

 

「驚かせてすまなかったの」

「まったくよ。沓子はいつもいきなり過ぎるんだから」

 

 答える前に一色愛梨がため息を吐いた。同じ三高の彼女であっても、四十九院沓子の行動には振り回されているらしい。

 彼女はそのまま神妙に腰を折る。

 

「私からもごめんなさい。沓子も悪気があるわけじゃないの。ただ少し、妙に勘の鋭い時があって」

 

 『勘』で片付けていいのかは甚だ疑問だが、ここで問い詰めても仕方がない。

 

「気にしていない。だからそんなに畏まらないでくれ」

「……ありがとう。なら、そうさせてもらうわ」

 

 少しの間が開いて、一色愛梨は小さく微笑んだ。

 その際、息を吐くのと一緒に肩の位置が若干下がったのがわかった。安心したのか、或いは緊張が解けたのか。理由はわからないが、僅かでも気が緩んだのなら好都合。

 

「ところで、一つ訊きたいことがあるんだが、構わないか?」

 

 穏やかな表情の彼女に目を合わせ、何気ない体を装って切り出す。

 良心につけ込むようでいい気はしないが、なりふり構っていられるほどの余裕はない。

 

 こうして直接会うのは二度目。同じホテルに寝泊まりしているにもかかわらず、懇親会以来顔を合わせることは一度もなかった。

 次がいつになるのか見当もつかない以上、この機会を無駄にする理由はない。今のうちに探りを入れておくべきだろう。

 

「訊きたいこと? 何かしら」

 

 軽快な声で訊ね返してきた彼女へ、敢えて大仰に語ってみせる。

 

「これはあくまで私見なんだが、この九校戦、何者かによる妨害工作が横行している可能性がある」

 

 瞬間、一色愛梨の瞼が僅かに震えた。注視していなければ判らない程度の動きではあったが、初めて聞いた者の反応とは思えない。

 

 視線を四十九院沓子へ転じて続ける。

 

「実はこの会場へ来る時、高速で車両事故に巻き込まれた。幸い怪我人はなかったが、対処が遅れていればどれだけの怪我人が出たかわからない。加えて、一昨日にはうちの先輩が事故に巻き込まれて大怪我をした」

 

 四十九院沓子の反応はいまいち掴みづらく、大袈裟に唸っているだけのように見える。これが彼女本来の姿なのか、或いはそう振る舞っているだけなのか判断がつかない。

 

「車両事故の方は対向車が高いガード壁を飛び越えた。一昨日の事故は暴走した七高選手自身にも原因がわからないと聞いている。ただの偶然で片付けるには出来過ぎていると思ってな。もしも何か心当たりがあれば教えて欲しい」

 

 言い終えたところで、些細な変化も見逃さぬよう注意深く様子を窺う。

 もしも原作を知っているなら、これで何かしらの反応が得られるかもしれない。

 

 先に口を開いたのは一色愛梨だった。

 軽く握った手をおとがいに添え、真剣な表情で視線を落とす。

 

「一高が移動中事故に遭ったというのは聞いていました。貴方の口ぶりから察するに危険な事故だったのでしょう。渡辺さんの怪我についても偶然で片付けるには不審な点がありましたから、貴方の推測が的外れだとは思いません」

 

 つらつらと語る姿に淀みはない。口振りも滑らかで、聞いている限りでは虚飾をしているようには思えなかった。

 

「ですが、ごめんなさい。私に心当たりはない。沓子はどう?」

 

 最後に首を振って、隣へ振り返った。

 こちらも腕を組んで考え込んでいた四十九院沓子が顔を上げる。

 

「ふむ。わしも心当たりはないが、そうじゃのう――」

 

 言いながら、その目がこちらを捉えた。

 ジッと見上げるように覗いてきた四十九院沓子が、不意にニッと口を歪める。

 

「お主、本当はもう見当が付いておるのではないか?」

 

 胸元を冷たいモノが流れていった。

 いっそ見透かされているんじゃないかとすら思えるくらいだ。或いは本当に『内側』を覗く目を持っているのかもしれない。

 

「まさか。わからないからこうして聞いているんだ」

 

 平静を装って否定する。

 一応は納得したようで、彼女は口元の笑みこそ変わらずに引き下がった。

 

 表情筋の緊張を維持しつつ、内心で息を吐いた。四十九院沓子には顔を合わせる度に驚かされている気がする。

 

「こちらからも訊いていいかしら」

 

 と、今度は一色愛梨の方が半歩踏み込んできた。

 表情は真剣なままで、眼差しも鋭い。何やら両手とも握りこぶしを作っていて、何かに怒っているようにすら見えた。

 

「ああ。もちろん」

 

 頷くと、彼女は一つ長い息を吐いた後で顔を上げた。

 少しだけ近付いた距離から瞳を爛々と輝かせ、僅かに震えた声で訊ねてくる。

 

「なら訊くけれど、仮に同じような事故が続いたとして、貴方はどうするの? また一人で対処(・・・・・・・)してしまうのかしら(・・・・・・・・・)?」

 

 思いもよらぬ一言に唖然としてしまった。

 

 衝動的に出たような言葉が強く引っ掛かかる。視線に乗せられた熱量も、全身から滲み出るような圧力も、ただのライバル校の男子へ向けるにはあまりに強い感情だ。

 加えて彼女は『また』と言った。まるで以前にも同じ状況を見たことがあるような口振りだ。彼女とは一週間前の懇親会が初対面なはずなのに、これはどういうことなのか。

 

 情報が足りない。彼女と僕の間に情報の差があり過ぎる。先に踏み込んだのはこちらだが、これは手痛いしっぺ返しを受けた。

 

 ともかく、ここは当たり障りのない答えで凌ぐしかない。

 

「……それこそまさかだ。僕一人で出来ることなんてたかが知れている」

「あら、それにしては随分と献身的なようだけど?」

「実力が足りないからな。身体を張るしか方法がないだけだ」

 

 後手に回っているとしか思えない今、下手なことを言うのは悪手だろう。開き直って訊ねる手もあるが、もしも予想と違っていた場合は自白になりかねない。

 

 そうして必死に考えを巡らせていると、不意に一色愛梨が顔を背けた。

 顔を顰め、忌々しげに口元を歪めながら、それでも瞳だけは寂しげに潤ませてポツリと呟く。

 

「……やっぱり、貴方は三高に来るべきだわ」

 

 縋るような色を含んだ声を聞いて、スーッと頭が冷えていった。

 いつの間にか握っていた拳を解き、短く息を吐いて答える。

 

「気持ちは嬉しい。だが、それはできない」

 

 一度、小さく肩が震える。

 数秒間の沈黙の後、一色愛梨は顔を上げ、儚げに頷いた。

 

「そろそろ控え室へ行くわ。また話しましょう」

「ふむ。ではわしも席を確保しに行こうかの。さらばじゃ」

 

 一色愛梨が振り返るのに合わせ、脇へと下がっていた四十九院沓子も片手を挙げる。

 それぞれ別々の方向へ歩き去る背中をぼんやりと見送って、それからようやく端末を取り出した。

 

「……まだ間に合う、か」

 

 零れるまま呟いて、端末を収めて駆け出した。

 

 頭の中には整理しきれないアレコレが散乱していて、どこから手を付けるべきか途方に暮れることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 午後6時。二日目の競技プログラムも全て終了し、一高の選手とスタッフはそれぞれ夕食のためにホテルの広間へと向かった。

 三つの広間を各校ごと交代で使用しての夕食は、時間に限りもあるため立食によるバイキング形式。育ち盛りの高校生たちは手元の皿へ好みの料理を存分に盛り付け、旺盛な食欲を心ゆくまで満たしていった。

 

 そうして無我夢中で食事に耽ることおよそ30分。

 大人であれば見るだけでも胃もたれを起こしそうになる量の食欲を誇る彼ら高校生は、量だけではなく食べる速さも段違い。作業などで遅れてきた生徒も含めた全員が食事を終えた後も、15分程度は広間の利用時間が残っていた。

 

 日中は競技毎に選手もスタッフも応援団もバラバラだが、この時間に限っては全員が同じ場所に集まっている。必然、突発的な感想会や祝勝会が開かれるのは、どの会場のどの時間においても同じことだった。

 

 

 

「んー。やっぱり、いい雰囲気の中で食べると美味しいわね」

 

 頬に手を当て、あまりにも『らしい』仕草で幸福を噛み締める真由美。生徒会長らしからぬ緩んだ表情に、けれど摩利も鈴音も水を差すような真似はしなかった。

 

 チームリーダーとして日中のほとんどを天幕で過ごしていた真由美は、口にはせずともそれなりの疲労を溜めている。

 各競技の結果やそれに伴う作戦の立案はもちろん、選手の体調報告や施設の利用申請、教職員との連絡や大会委員とのやり取りなど。全てを一人でこなしているわけではないものの、生徒会長として、またチームリーダーとして携わらなくてはならないことは多岐にわたる。

 

 『七草』の長女として幼少時から英才教育を施された真由美はこの手の雑事を難なくこなすことが出来るものの、だからといって疲労が溜まらないわけではないのだ。

 そんな真由美の事情を知る二人だからこそ、「今ぐらいは」と相好を崩す彼女を咎めようとはしなかった。

 

 一方、当の真由美は摩利と鈴音の配慮を知ってか知らずか、二つ目のケーキを口に運んで再度笑みを浮かべた。糖分補給とばかりにあっという間に食べ終え、手近なテーブルに皿を置いたところで表情を改める。

 

「ふぅ。それにしても、一年の女子は盛り上がってるわね」

「そりゃあここまで上位の過半を占めてるからな。というか、女子の方はうちと三高だけで表彰台をほぼ独占しているんだ。それに加えて――」

 

 片手を挙げて応えた摩利が、ちらと別の方向へ視線を向ける。先には女子たち程ではないものの、こちらもなかなかの盛り上がりを見せる集団があった。

 

「女子の方は司波さんや北山さんを筆頭にうちが優勢になることは予想していましたが、男子も十分に健闘しています。2位の三高との差も僅かにですが開いていますね」

 

 鈴音が受け取って続けると、真由美は満足げにうんうんと頷く。

 

「一年生の好調の立役者は間違いなく達也くんと――」

「森崎、だな」

 

 面白そうに笑う二人の見る先には、同級生に囲まれながら談笑する達也と駿の姿があった。達也は女子に、駿は男子にと違いはあるものの、どちらも話題の中心にあることは間違いない。

 また二つの集団の距離はそれほど離れてもおらず、時折集団の垣根を超えて声が交わされることもあった。女子が駿の、男子が達也の話題を口にすることも最早珍しくない。

 

 こうした円満な雰囲気の醸成に最も貢献したのは誰かと問われれば、この場のほとんどが同じ人間の名を挙げただろう。

 鈴音も頷いて、その怜悧な容貌をほんの僅かに緩める。

 

「準優勝とはいえ、優勝間違いなしと言われていた吉祥寺選手を破り、決勝では文字通り限界まで食い下がってみせましたから。他の一年生が張り切るのも頷けますね」

「良くも悪くも、支柱になってしまったからな、あいつは」

 

 シビアな鈴音が珍しく称賛したのに対して、摩利は些か呆れたように呟いた。

 ネガティブなニュアンスを聞き取って、真由美は首を傾げる。

 

「意外と辛口ね。みんなの支えになって、悪いことがあるの?」

 

 真由美にこう言われ、初めて摩利は駿への屈折した心情を自覚した。

 表情を苦笑いに変え、ため息と一緒に懸念を吐き出す。

 

「そりゃあな。今後もしあいつが折れるようなことがあれば、連中の多くに影響が及びかねんだろう。なんなら、男子だけで済むとも思えん」

 

 ちらと視線を女子の一団へ向けてそう結論付ける。

 視線の先を窺って、真由美は「あー」と曖昧な声を漏らした。

 

「確かに、そうね。北山さんがあそこまで熱心にお願いしてくるとは思わなかったわ」

「北山だけじゃない。光井や司波、明智なんかも影響があるだろう。それと多分、エリカもな」

 

 いつになく真剣な声音で言う摩利に、真由美と鈴音は呆気にとられた。

 珍しいものを見たと表情で告げられ、摩利はばつが悪くなって顔を逸らす。それを見た二人がクスクス笑い出すと、摩利は噛みつくように目を鋭くした。

 

 そうして笑う3人を横目に、克人は一人静かにドリンクを口へ運ぶ。

 常と同じ厳格な立ち姿にあって、どこか憂いを帯びているようにも見えたと、後に服部と桐原は語っていた。

 

 

 

 

 

 

 一方、連日の快進撃が続く一年生女子の一団では、ノンアルコールを片手にこの日の祝勝会が開かれていた。

 

「それでは、深雪と雫とエイミィの予選ブロック決勝進出を祝って、乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 

 和実の音頭でグラスが掲げられ、唱和される声に三人が銘々の反応を示した。

 深雪は穏やかな、英美はニッコリと、雫は仄かに、それぞれらしい微笑み方で応える。

 

「いやー、司波くんの組み立てた起動式が良かったからね。自分でもいきなり魔法が上手くなったみたいでびっくりしたよー」

「うん。私も、良い感触で試合に臨めてるのは達也さんのお陰」

 

 英美と雫が手放しで達也を讃えると、一年女子の間には同意や羨望の声が広がった。

 

「わかる。私も彼に調整してもらったけど、今までと全然違ったわ」

「いいなー。私も自分のCAD調整してもらおうかな」

 

 それらの称賛を耳にする深雪は、内心の誇らしさを顔に出さぬよう懸命に繕おうとしていたものの、成果が出ているとは言い難かった。

 貞淑であろうと懸命に振る舞う深雪に、ほのかと雫は互いに目配せをして同時にくすっと笑いを零した。

 

「スバル格好良かったよ。決勝は、さすがに相手が悪かったわね」

「とんでもない強さだったわね、一色愛梨。何か鬼気迫るものがあった」

「けど、スバルが準優勝で菜々美も入賞。これって快挙だよね。おめでとう!」

 

 続いてクラウド・ボール準優勝のスバルと6位入賞の菜々美が健闘を讃えられ、一高一年女子選手団は和気藹々のまま談笑を続ける。

 

 そんな中、競技についての話題も尽きてきたところで、英美が思い出したように呟く。

 

「そういえば、雫、昨日はあの後どうなったの?」

「どうって、何のこと?」

 

 要領を得ない言葉に雫が首を傾げると、英美は「またまたー」と茶化すように続けた。

 

「夕方、森崎くんのお見舞いに行ってたんでしょ。何かなかったの?」

 

 瞬間、周囲の女子たちが色めき立った。静か且つ迅速に包囲網が築かれ、興味津々とばかりに耳をそばだてる。

 あっという間に取り囲まれた雫は、けれど気にした素振りもなく淡々と答えた。

 

「目が覚めるまで待って、話をしただけだよ」

「……それだけ?」

 

 思わず問い返した英美に、表情を変えず頷く。

 

「うん。それだけ」

「でもほら、特別なこととかなかったの? 感極まって抱き着いちゃったーとか」

 

 横合いから和実が首を伸ばして訊ねる。

 俄かに黄色い悲鳴が上がるも、雫の声音は変わらない。

 

「疲れて倒れた人にそんなことしない」

「いやまあ、そうかもしれないけど……」

 

 思っていたような回答が得られずに苦笑いを浮かべる和実。助けを求めるように視線がほのかへと向けられ、同じようないくつもの眼差しを浴びたほのかはブンブンと首を振った。

 

「じゃあ、待っている間は何をしていたの? 目が覚めるまで待っていたんでしょう?」

 

 焦れる彼女たちにとっての突破口を開いたのは、それまで静観を貫いていた深雪だった。あくまでも自然に投げかけられた問いに、雫は初めて明確な反応を見せた。

 

「……手を握ってた」

 

 ほんの僅か、近くにいた深雪やほのかたち数人にしか判らない程度に俯き、視線を泳がせた。右手に持ったグラスを小さく揺らし、訊かれるまでもなく独りでに続ける。

 

「うなされてるみたいだったから。弟も小さい時よくうなされてて、でも手を握るとよく眠れてたのを思い出して――」

「それで手を握ってたの? 起きるまでずっと?」

 

 こくりと頷く雫を見て、一同の口からため息が漏れた。

 心なしか丸くなった背と肩がむず痒く、高揚とも嫉妬ともつかない感情が鳩尾の奥に渦巻く。何人かは自らの腕を抱いて忙しなく身体を跳ねさせてすらいた。

 

 平静を保っていたのは深雪ぐらいなもので、その深雪ですら頬に朱が差していた。

 

「雫の献身が効いたのかしら。元気になってよかったわね」

「うん。良かった」

 

 邪気の無い表情で応じる雫を目の当たりにして、一年生女子の大半が黄色い声援を上げたという。

 

 

 




 
 
 
 いつも感想、評価、お気に入り、ここすき等ありがとうございます。
 
 本編で明かされない(予定)裏設定等呟いたりしてます。
 →https://twitter.com/mobusaki_shun
  
 今後も亀更新が続きますが、末永くお付き合い頂ければ幸いです。 
 





 以下、蛇足。

 以前登場した時もそうでしたが、彼女たちはストーリー的にもプロット的にも一石を投じてくるので、筆者側としても歯応えのあるキャラなんですよね。
 まあ私がやりたいことのために《役割》を負わせている所為もあるんですが。その辺りはいずれ語る予定なので、今のところは本編から推測して頂く感じでよろしくお願いします。
 
 
 

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