モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第3話

 

 

 

 第一高校の最寄り駅の名前はずばり『第一高校前』。

 駅名に地名ではなく近くの施設なんかの名前を付けることは間々あるが、ご多分に漏れず一高も駅からほぼ一本道の場所にある。両脇に様々な商店が並ぶ通りを抜ければ、それほど時間も掛からず校門にたどり着けるのだ。

 

 この時代、電車の形態は2000年代前半とだいぶ異なっていて、友人同士が同じ車両に乗り合わせるという状況はほとんどなくなった。だから登下校を共にするというのも、よほど家が近所で同じキャビネットに同乗するほど仲が良くないと起こり得ない。

 

 一高の場合は最寄り駅から校門までが一本道な分、他の高校(魔法科高校以外も含む)と比べて友人と鉢合わせるケースは多い。入学3日目を迎えた今日も、すでに何度かそういう状況を目にしている。

 

 とはいえ、約50メートル先を行く一団の面子については少々特殊だと言わざるを得ないだろう。

 達也と深雪は言わずもがな、レオやエリカ、美月が一緒にいることまではわかる。が、そこに3年生の七草会長が紛れているのは、控えめに言って注目を集めていた。

 

 確か今日は達也と深雪が生徒会室での昼食に招かれる日だったはず。そこで深雪は生徒会に、達也は風紀委員にスカウトされ、放課後のひと悶着に繋がるんだったか。

 

 だとすれば放課後、渡辺委員長は風紀委員会本部に居るということになる。昨日の一件についての謝罪もできていないし、挨拶ついでに訪ねてみるのもいいかもしれない。明日からは新入生勧誘期間が始まるし、事前に聞いておける情報もあるだろう。

 

 放課後は風紀委員会本部だな、と授業後の予定を立てていたところで――。

 

「おはよう、森崎くん」

 

 後ろから声を掛けられた。この抑揚の小さな声には聞き覚えがある。

 

「北山さん。おはよう。光井さんも一緒だったのか」

 

 振り返るとそこには雫が居り、少し離れたところにはほのかもいる。

 ほのかの方はうっとりと別の方向へ視線を向けていて、その先には例の一団の姿があった。彼女の一途なところはこの時点からなのか。

 

 口元に苦笑いが浮かぶ。

 雫も同じようにほのかへ視線を向け、こちらは柔らかな笑みを浮かべた。

 

「うん。ほのかは幼馴染だから」

 

 幼馴染かどうかは一緒に登校している直接の理由にはならないと思うんだが……。

 まあ、気心が知れている同士一緒にいるのが楽しいということだろう。

 

「せっかくだから、教室まで同行してもいいか」

「もちろん、構わないよ。……ほのか、行こう」

 

 頷いて、雫は未だ呆けたままのほのかへ声を掛ける。

 我に返ったほのかはそこで初めて僕の存在に気付いたようだった。

 

「あ、うん。って、あれ、森崎くん?」

「おはよう、光井さん」

 

 改めて言うとほのかは「おは、よう」と途切れ途切れに挨拶を返し、やがて顔を真っ赤に染めて両手で頬を隠し始めた。

 

「え、ええ! もしかして今の見られてた?」

「あー、まあ、その」

「司波さんに見惚れてぼーっとしてるほのかが悪い」

「――――っ」

 

 雫の容赦のない一言に、ほのかは言葉を失う。というか、見惚れていたのは深雪に対してだったのか。茹で蛸のように赤くなった顔を両手で覆う姿はなんとも嗜虐心をそそられるが、それをするのは僕の役回りじゃないだろう。

 

 気を取り直して歩き出す。

 前を行く達也たちはそれなりに遠く、また七草会長との話も続いているようなので合流するのは止めておくことにした。ほのかは少し残念がっていたが、さっきの羞恥が残っているのか必死に表情を繕っていた。

 

 道中、話題はどのクラブに入るかというものになった。

 二人はまだどこに入るか決めていないようで、明日からの勧誘期間のうちに色々回って決めるつもりらしい。

 

「雫は一緒のところに入ろうって言うんだけどね」

「ほのかは押しに弱いから。放っておけない」

 

 なるほどな。だから原作でも二人は同じところに入っていたのか。

 スピンオフの方は読んでなかったから詳しくは覚えていないけど、確か……。

 

「森崎くんは入るところ決めてるの?」

 

 思い出そうと頭を捻っていると、ほのかから訊ねられた。

 思考を中断して向き直る。訊ねてきたのはほのかだが、雫も興味を持っているらしいのは表情よりも視線から察せられた(雫の表情の変化を読み取るのは一朝一夕にできることじゃない)。

 

「一応、な。けど風紀委員の仕事もあるから、その辺りの兼ね合いも考えないと」

「そっか。昨日渡辺先輩が言ってたもんね」

「あの人の下で働くのは大変そう。お仕事頑張って」

 

 納得した顔のほのかと、歯に衣着せぬ物言いの雫。

 対照的な言葉に頷いて応える。

 

「ありがとう。二人も何かあれば遠慮なく頼って欲しい。といっても、一年の僕にできることはそう多くないだろうけどな」

 

 自嘲気味にそう言うと、二人はくすっと笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 一日のカリキュラムはあっという間に終わった。

 瞬く間に、と表現しても差し支えないくらいに充実した時間だった。

 

 僕の生家である森崎家は本流ではないものの、一応は百家の端くれに位置する名門ということになっている。魔法技能に関する訓練も一高に入学する前から講師を雇い行っていたが、この学校の担当教官による指導は文字通りレベルが違った。

 

 魔法を発動する際の無駄や悪癖といったものを矯正し、正しい理解に基づいて正確に魔法式構築のイメージを組み立てる。

 言葉にすれば簡単なこれらも、魔法を扱う上では非常に難しい。

 

 例えば、今日の実習は『30センチ四方の小さな台車を訓練用CADに登録されている魔法式で前後に3往復させる』という内容だった。

 CADには加速と減速の起動式が6セット記述されており、生徒はその強度と持続時間を入力して台車を動かす必要がある。台車をスムーズに、かつ大きな加速度で動かすことができれば、それだけ魔法の行使が上手くいっているということになるのだ。

 

 ここでうまく台車が動かない、または動かせても速度が出せないという場合、使用するサイオンが足りないか、足りていてもうまく魔法式に変換できていないかが原因となる。

 両者の違いは術者から発せられる余剰サイオンの量を見ればわかり、以前師事していた講師もここまでは指摘してくれた。

 

 しかし問題はここからで、仮に後者の理由でうまく魔法を行使できない場合、何が原因でサイオンがうまく注げていないのかは人それぞれ理由が違うのだ。

 変数入力のイメージがあやふやなのか、サイオンの注入経路に綻びがあるのか、サイオンのコントロールが甘いのか、はたまた起動式をうまく読み込めていないのか……。

 個人によって異なる原因を特定し、指摘し、修正方法を教授するのは、並大抵の知識、経験で出来ることではない。

 

 第一高校の教師は国が主導して集めただけあり、そういった指導力に関して卓越しているのがよくわかった。

 

 この指導が得られるのとそうでないのとでは、習熟度に天と地の差が出るだろう。

 入学時点ではそれほどない一科生と二科生の間の差が、二年時になる頃には埋めようのないほど広がってしまうのも納得だ。

 

 原作を読んでいただけではわからない一科生の優遇ぶりを実感してわかった。これほどの差があるとなると、一科生が二科生を見下してしまう心理も理解できてしまう。

 講師の助力があったとはいえ、自分が乗り越えた問題にいつまでもかかずらう二科生を目にして優越感を持たないでいろと言うのも無理な話だ。

 

 だからといって一科生が教わったことを二科生に伝えて解決するかというとそう簡単な話でもない。

 個人ごと上達に必要なアプローチが違うのだから、やはり必要なのは講師による直接指導、つまり指導教員の増員だ。

 

 結局、二科生が一科生に追いすがるには指導教員を増やすしかない、という原作で散々言われてきた結論に至るわけだ。

 そして講師の増員は国内の魔法師の人数が底上げされない限り叶うことはないのだから、当面は望むべくもない。

 

 八方塞がりというかなんというか、達也たちのように原作で活躍した人物はともかく、名前の出ていない二科生たちは不憫としか言いようがない。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 改めて二科制の問題点が確認できたところで、目的地に到着した。

 風紀委員会本部。今後所属する風紀委員の詰め所のような場所だ。

 

 恐らく、まだ達也はここにいない。今頃は上の生徒会室か、もしくは既にひと悶着起こっているところかもしれない。

 最悪ここで待っていればいいだろう。そんな心持ちでノックをし、扉を押し開いた。

 

 中は見るからに雑然としていた。乱雑に散らかった運動部の部室のような状態だろうか。長机の上には書類やら端末やらが無造作に置きっぱなしで、とても整理されてるとは言い難い。

 想像以上の惨状に引き攣りそうになる頬を戒めて、ざっと室内を見渡す。

 

 予想に反して、委員会本部には三人の男子生徒がいた。一人は長机の座席に腰かけてCADを弄っており、残る二人は入り口近くで雑談に興じていた。

 いずれも知識にある風貌の生徒だった。三人は僕が入室すると各々視線を向けてきて、知らない顔だとわかると訝しげに目を細める。

 

「失礼します。この度、風紀委員の末席に加えさせて頂くこととなりました。1年A組、森崎駿と申します。若輩者ですが、ご指導ご鞭撻よろしくお願い致します」

 

 言って、深く一礼する。

 メンバーの顔触れから体育会系だろうと思っていたので丁寧な挨拶にしたのだが、三人からはなかなか反応が返ってこなかった。

 

 しばらくじっと腰を折ったままでいると、ぷっと噴き出すような声が漏れた。

 

「あー、悪い悪い。またえらくお堅いやつが来たと思ってな」

「辰巳先輩、今の反応は少々失礼かと」

 

 辰巳と呼ばれた男子がもう一人の背が高い男子を「わかったわかった」と片手で制する。

 二人は居住まいを正すとこちらに正対し、右手を差し出してきた。

 

「3―Cの辰巳鋼太郎(たつみこうたろう)だ。森崎といえば百家の一つだったか。よろしくな」

「2―Dの沢木碧(さわきみどり)だ。こちらこそよろしく頼むよ。森崎君」

 

 辰巳先輩と握手をし、続けて沢木先輩の手を取る。

 気持ち強めに握られ、そのまま手を離すことなく言葉を続ける沢木先輩。もしかしてこれはアレだろうか。原作でも達也がされたあの……。

 

「自分のことは沢木と名字で呼んでくれ」

「わかりま――っ」

 

 痛たたたた! 握力強すぎ!

 

「くれぐれも、名前で呼ばないでくれ給えよ」

「……っ、了解、しました」

 

 わかった、わかりましたから勘弁してください!

 

 漏れそうになる悲鳴を噛み殺して頷くと、沢木先輩はようやく手を解放してくれた。

 痺れる手を一度握って開いた後、ジンジンと続く痛みを堪えて二人へ向き直る。

 

 すると辰巳先輩が感心したように息を吐いた。

 

「へぇ、沢木の握力は100キロ近いってのに泣き言一つ言わないとは、なかなか根性据わってるじゃねぇか」

「ありがとう、ございます」

 

 そんなリンゴも余裕で潰せるようなパワーで握らないでもらいたい。いや、本気じゃなかったのはわかってるけれども。初対面の相手全員にやってるんだとしたら大概だし、そうでないなら選ぶ相手を間違ってる。

 

 恨めしげに見上げるが、沢木先輩は表情一つ変えることなく頷いた。

 

「自分たちはこれから巡回があるから。聞きたいことがあれば関本先輩に訊くといい」

 

 悪びれることなくそう言って、テーブルに腰かけたもう一人へ目を向けた。

 釣られてそちらを見ると、相手は迷惑だと言わんばかりに顔を上げた。

 

「僕は今日、非番のはずだったと思うが」

 

 どこか芝居じみた口調で言うその人。痩せぎすで研究者然とした関本先輩は、体育会系な風紀委員の雰囲気とはミスマッチにも見える。

 

「暇そうにしてんだ。後輩の面倒くらい見れるだろ」

「暇じゃない。これは明日からの勧誘週間に向けた準備だ」

 

 辰巳先輩の丸投げに、関本先輩は苛立たしげに答える。

 見た目通り体育会系な辰巳先輩と、学者肌の関本先輩とでは馬が合わないのかもしれない。関本先輩とて風紀委員に選ばれるくらいだから実力はあるのだろうが。

 

「あーはいはい。なんでもいいが頼むよ。軽く段取りを教えるだけでいい。(あね)さんもそのうち来るだろうしな」

 

 結局、面倒くさそうにそう言って部屋から出ていく辰巳先輩。沢木先輩は関本先輩に一礼だけしてその後に続き、委員会本部には僕と関本先輩だけが残された。

 

 とんでもなく気まずい雰囲気だ。暇じゃないと言った手前、関本先輩もやりづらいだろう。ここは大人しく退散した方がいいかもしれない。

 

「すみません。お手数をお掛けして。迷惑であれば今日は帰りますが」

「……いや、いいとも。確かに後進の育成も仕事の内だ」

 

 しかし関本先輩は小さくため息を吐くと立ち上がり、さっきの2人のように右手を伸ばしてきた。

 

「改めて、3年の関本勲(せきもといさお)だ。よろしく」

「よろしくお願いします、関本先輩」

 

 握手の手を取りながら、この人もこの人なりに風紀委員という仕事に向き合っているのかもしれないなと、なんとなく思った。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 関本勲。

 

 原作では秋の論文コンペティション絡みで一波乱起こす人物で、独善的な面が強いことからあまり印象の良くない先輩だ。

 プライドの高さと相まって大亜連合の協力者に仕立て上げられた結果、後の風紀委員長によって捕縛され、若年者向けの監房に入れられることになる不憫な人。

 

 そんなイメージだったから、関本先輩がレクチャーしてくれると言ったときには内心少し身構えてしまった。

 けど実際に接してみて、それはただの先入観でしかなかったとわかった。

 

「――巡回ルートとしてはこんなところだ。何か質問はあるか?」

 

 原作では二科生であるエリカやレオに厳しく当たっていた関本先輩。

 だが意外と面倒見は良いようで、校内の案内も兼ねて巡回ルートを引率しながら、各施設の利用法、コアタイムなど、今後の生活に役立つ知識を教えてくれた。

 

「では、重点的に警戒すべき場所があれば教えて頂けますか」

「そうだな……。実習室のある実技棟は比較的問題が起こりやすい傾向にある。逆に教室の周辺ではあまりそういった事例はないな」

「なるほど。参考になります」

「あとは注意点だが、体育館やグラウンドといったクラブの活動場所となっているところは基本的に部活連――課外活動連合会の管轄になる。余計な手出しはしないように」

「わかりました」

 

 三年生だから校内事情にも詳しく、研究者らしい客観的な視点も持ち合わせている。質問をすれば簡潔明瞭な答えが返ってきて、関連事項の補足も忘れない。

 同じ委員会の先輩として接した場合、関本先輩は決して悪いひとではなく、寧ろ予定外の訪問にもなんだかんだ付き合ってくれる良い先輩だった。

 

 原作知識から来る先入観は関本先輩に関してのみならず、一度捨ててしまった方がいいかもしれない。

 

「こんなところだろう。僕はこのまま帰るが、君はどうする?」

 

 昇降口近くまで来て、関本先輩はそう訊ねてきた。

 ここで自分も帰ると言えば駅までレクチャーは続けてもらえたのだろうが、生憎まだ目的が達成しきれていない。

 

「一度本部に戻りたいと思います。委員長への挨拶が済んでいませんので」

「わかった。では明日からもよろしく」

 

 誘いを無下にするような返答にも気分を害した様子はなく、関本先輩は言葉少なに、けれど歓迎の意思を感じさせる声でそう言った。

 

 そのまま背を向けて立ち去る先輩の背に向けて腰を折る。

 

「お時間を頂き、ありがとうございました」

 

 関本先輩は振り返らず、ただ片手を上げて応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 委員会本部へ戻ると、そこは見違えるようにきれいになっていた。

 一時間ほど前、関本先輩に連れられて出たときはまだ散らかり放題だったのに、今ではすっかり整理整頓されている。

 

 これを成し遂げたのは、目の前にいる彼――。

 

「司波、君も風紀委員に?」

「森崎か。まあ、成り行きでな」

 

 達也が苦笑いで答えた。その後ろでは渡辺委員長がニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

 

 

 司波達也が風紀委員に選出されたのは、渡辺委員長の思いつきを七草会長が即採用した結果だ。思いついたその場で決定されたため、他の役員への相談等は一切行われなかった。

 風紀委員への推薦は会長に決定権がある。だからルール上は問題ないのだが、心理的に異議を唱えずにはいられない人物がいた。

 

 それが生徒会副会長、服部刑部少丞範蔵(はっとりぎょうぶしょうじょうはんぞう)だ。

 彼は達也が二科生で実力に劣ることを理由に、生徒会長が決定した人事を反故にするよう求めた。その際、達也を侮る発言に深雪が憤慨して反論し、深雪の主張が正しいことを証明するために達也は服部副会長と決闘紛いの模擬戦を行ったのだ。

 

 結果は達也の勝利。触れることすら許さない圧倒ぶりだった。

 

 敗れた服部副会長は自身の過ちを認め、達也の風紀委員入りに否やを主張する者はいなくなった。本来達也は風紀委員入りへ乗り気ではなかったのだが、結果的に自身の適性を証明することとなってしまったのだ。

 

 達也の言った「成り行き」という表現や渡辺委員長の意地悪な笑みは、そういう経緯から来るものだった。

 

 

 

 表向きわからないふりをしつつ、内心で達也にご愁傷様と手を合わせておく。これから彼が巻き込まれていくことを思えば、お気の毒にと思わざるを得ない。

 

 曖昧に頷いた後、渡辺委員長の前まで行って姿勢を正した。

 

「1―Aの森崎駿です。改めてご挨拶に参りました。ご指導ご鞭撻、よろしくお願い致します」

「ご苦労。そんなに畏まらんでもたっぷり働いてもらうから、そのつもりでな」

「はい」

 

 顔を上げると、委員長はやれやれと首を振っていた。

 

 曰く、達也にしろ僕にしろ、入学したての一年生にしては可愛げがないらしい。

 それを本人の前で言われてもなと、達也と顔を見合わせていると、そのタイミングで委員会本部の扉が開いた。

 

「ハヨースッ」

「オハヨーございまス!」

 

 入ってきたのは辰巳先輩と沢木先輩。巡回を終え、戻ってきた2人は原作と同じ流れで達也に気付き、値踏みし、そして驚愕した。

 

「……そいつが、あの服部に勝ったってことですかい?」

「ああ、正式な試合でな」

「何と! 入学以来負け知らずの服部が、新入生に敗れたと?」

「大きな声を出すな、沢木。ここだけの話だと言っただろう」

 

 ワイワイヒソヒソと盛り上がる三人の先輩を前に、僕はそっと達也に問いかける。

 

「実技は苦手なんじゃなかったのか?」

「苦手だよ。正直、得意だったら二科生にはなってなかっただろう」

「なるほど。実技の成績がイコール実力じゃないってことか。なら、あの場を収められたのは千葉だけじゃなかったわけだ」

「さて、どうだろうな」

 

 表情を変えずに受け流す達也。踏み込み方としてはこのくらいが妥当だろう。怪しまれた様子もないので、不自然にもならなかったはずだ。

 

 辰巳先輩、沢木先輩とそれぞれ握手をして、沢木先輩の例の握り込みを涼しい顔でやり過ごす達也の姿に、やっぱり原作主人公は違うわと思い知らされたのだった。

 

 

 

 


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