モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

42 / 110
 
 

 
 
 
 
 
 


第22話

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 観客席の喧騒から離れ、人気のない通路を歩く。

 コツコツと鳴る足音は一つではなく、もう一つのそれはずっと静かで洗練されていた。

 

 当たり前のように並んで歩く相手へチラと視線を向ける。

 

「それで、担当エンジニアの司波はともかく、なぜ僕が駆り出されたんだ?」

 

 達也の瞳が動き、同じように横目でこちらを見た。ほんの僅かに顎が引かれ、いつも通りの淡々とした口調が返ってくる。

 

「次の試合までまだ1時間以上ある。雫には休んでもらうつもりだが、俺はCADの調整で手が離せない。森崎にはその間の警護を頼みたい――と、表向きはそんな理由だ」

「またそれか……。試合前は別々に荷物を運ぶ必要があったからともかく、司波が近くにいるのなら警備に事欠く心配なぞなかろうに」

 

 予想通りの回答に小さくため息を吐く。大方、また七草会長の差し金だろう。試合前の荷物持ちも然り、ここまで露骨にお膳立てされて気付かないはずもない。

 

 要するに、試合後のアフターフォローをしてこいというのだ。

 

「まあ、そう言うな。一人だけ負担を強いられた雫を少しでも労いたいと考えたのだろう。休ませるのが目的なのに大勢で押し掛けるわけにもいかないからな。ほのかと深雪が来られない以上、白羽の矢が立つのはどうしたってお前だ」

 

 苦笑いを浮かべた達也が諭しにくる。

 ほのかは間もなくバトル・ボードの決勝で、深雪は先程の試合の対戦相手だ。どちらもフォロー役を務められないとなれば、役割が回ってくるのも理解できる。

 

 理屈も思惑も解る。

 しかし、だからといって素直に頷くことも憚られた。

 

 雫から好意を向けられているのは承知している。初めは親愛の情だと思っていたのだが、バスの事故の後に世話を掛けてしまってからは印象が変わった。

 そうだろうと半ば確信したのは委員長が怪我を負った直後の一件で、スピード・シューティングでまたも倒れた後は彼女の積極さに驚いたりもした。

 

 嬉しいことは間違いない。

 期待をされ、心配をされ、歩み寄ろうとしてくれる彼女に報いたい。そう感じているのは確かで、出来る限りの支えになれればとも思う。

 

 一方で、僕が彼女の隣に立ち続けることができるかといえば、それは否だ。

 彼女はこれから益々実力を付け、近いうちに遠く及ばない存在となるだろう。いずれは表舞台に立つ達也の助けとなり、『この世界』において欠かせない人物となる。

 

 『北山雫(彼女)』には輝かしい未来があって、そこに『森崎駿()』の立ち位置はない。躍進する彼女の足を引っ張るような真似はできないし、したくない。

 

 それに、そもそも『僕』は真に『この世界』の人間ではないのだ。

 偶々陽だまりに引き揚げられて、奪い取った場所で光に触れているだけ。

 罪と血に塗れた手を無垢な人と繋ぐなど、許されるべきじゃない。

 

 答えあぐねたせいか、達也の視線がこめかみに刺さるのを感じた。

 愚痴の一つでも零せば誤魔化せたのだろうが、そうできないくらいには絆されていたらしい。自覚すればするほどに葛藤は深まって、閉じた口は重くなった。

 

 追及はなく、視線もすぐに離れた。

 無理に踏み込まず、適度な距離感を保ってもらえるのは正直ありがたい。

 

 以降はお互い口を開くことなく廊下を進む。

 控え室へ着くと、『第一高校 使用中』の文字が表示された扉を達也が三度叩いた。

 

「司波達也だ。雫、入っても構わないか?」

 

 呼び掛けても静かなまま、返事は返ってこなかった。

 しばらく待ち続けても動きはなく、寝ているのだろうかと訝しんだタイミングで扉が開かれる。

 

「――達也さん。森崎くんも」

 

 横開きの扉が開くと、そこには振り袖姿のままの雫が立っていた。髪飾りだけは外したようで、或いはまだ着替える前だったのかもしれない。目に鮮やかな和服を着こなす彼女は、いつになく大人びて見えた。

 

「二人だけ?」

 

 顔を覗かせた雫は、僕らの後ろに誰もいないのを見て首を傾げた。更衣室も兼ねたこの部屋には訪問者の顔を窺えるドアホンがあるものの、それだけでは僕と達也の二人だけとわからなかったらしい。

 どう説明したものか考えていると、達也が先に何食わぬ顔で答えた。

 

「まだ試合があるからな。大勢で押し掛けても疲れるだろうからと、会長が止めたんだ」

「そうだったんだ」

 

 すんなり納得したようで、頷いた雫は振り返って部屋の中へと歩いていった。

 招き入れられるまま足を踏み入れる。控え室にはロッカーやベンチに加え、アイス・ピラーズ・ブレイク会場のここには化粧台や姿見もある。隅にはCADの調整機器もあり、傍には深雪との試合で使用した二機が置かれていた。

 

 部屋の中程まで歩いて、雫が振り返る。

 

「深雪の方はもういいの?」

「ああ。寧ろこっちに行くよう追い出されたくらいだ」

 

 雫の問いに、達也は肩を竦めて返した。

 本当に追い出されたのかはともかく、深雪が雫に気を遣ったのは確かだろう。先程の試合で深雪の優勝は既に決まったが、もう一戦を控えた雫のために達也を寄越したのだ。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて。よろしく、達也さん。森崎くんも――」

 

 ふっと微笑んで雫は頷いた。次いで、その眼差しがこちらを捉える。

 顔だけでなく体全体で。正対した雫は握った右手を胸に当てて言った。

 

「君から貰ったアドバイスのお陰であそこまで戦えた。だから、ありがとう」

「――どういたしまして。司波さん相手に一矢報いた姿、感服した。いい試合だった」

 

 一瞬息が詰まりかけて、それを無理矢理圧し込んで頷く。

 助言を請われて応えたくせに、試合後真っ先に浮かんだ感想が「最低限の消耗で済んでよかった」などと口に出せるはずがない。

 

 引き攣りそうになる頬を必死で固めていると、隣の達也が何やら腕を組んで唸った。

 

「なるほど。CADの起動処理を省略した技は、やはりお前のアドバイスだったか。あれも《クイックドロウ》なのか?」

 

 見抜かれた衝撃は僅かで、それ以上に話題が変わったことへ安堵して頷く。

 

「流石だな。やはり一目で見抜いてきたか」

「《フォノンメーザー》の練習は何度も見ていたからな。あれだけ発動速度に差があれば、俺でなくても気付くだろう」

 

 達也はそう言うが、技術で補えるのはコンマ5秒にも満たない時間だ。機械で計測しているならともかく、一般的な魔法師にはなかなか判りづらいはず。

 

「推察通り、あれは《クイックドロウ》のテクニックの一つだ。収納した状態のCADへ予めサイオンを充填することで、起動処理だけを先に完了させることができる」

 

 とはいえ、達也はそうした一般の魔法師からはかけ離れた存在だ。相対した深雪も何が起きたかは気付いただろうし、観客の中にも目敏い者はいたはずだ。

 

「サイオンを充填するだけなら手に持つ必要はない、か。確かに合理的な手法だ。無手の状態で行えば、相手の意表を突くこともできるというわけだな」

「もちろんそういう意味合いもある。だが護衛業においては、クライアントへ不必要な不安を与えないという点で重宝されているんだよ」

 

 腕を組んだ姿勢のまま、達也は「なるほど」と納得したように頷いた。十中八九再現されるだろうし、場合によっては国防軍にまでノウハウが流れる可能性はある。

 

「その、よかったの? あれが《クイックドロウ》なら、君の家の秘密でしょ?」

 

 似たような懸念を抱いたのか、雫が不安げに眉を顰めた。

 彼女の不安を解消するためにも、ゆっくりと首を横に振る。

 

「確かにあれは森崎家が編み出したテクニックだ。が、積極的に隠しているというわけでもない。見る者が見ればタネは明らかだし、父の会社では雇った魔法師にも教えている。肝心なのは技術それ自体じゃなく、運用法だからな」

 

 CADを収めたまま起動処理を済ませ、すぐにでも使えるよう保持する。

 それだけ聞けば便利なテクニックだと思われがちだが、そう使い勝手の良いものでもない。

 

 CADの動力源になるのは魔法師のサイオンだ。『感応石』と呼ばれる人工結晶によって注入されたサイオンが電気信号へと変換され、CADのシステムを起ち上げている。

 故に起動処理とは、魔法師がサイオンを注入し始めてから基礎システムが起ち上がるまでの工程を指しているわけだ。

 

 CADの起動状態を維持するためにはサイオンを注入し続ける必要がある。

 消費量としては左程多いわけではないが、アイス・ピラーズ・ブレイクのような競技でならともかく、実戦で同じことをし続けるのは不可能に近い。無理をすれば早々にサイオンが枯渇して倒れる羽目になるだろう。

 

 この技術を実戦で扱うために必要なのは、脅威を嗅ぎ取る嗅覚と判断力。

 適切なタイミングで的確な対処を行うノウハウを培い、持ち得る技術を有効に活用する運用法こそが『森崎家』が誇る研究成果だ。

 それらを明かしたのでなければ左程問題ではない。もちろん吹聴して回るのは不味いが、友人へのアドバイスとして技の一部を教える程度であれば咎められることはないだろう。

 

 そうした事情をぼかしつつも説明すると、雫はほうと息を吐いた。

 

「そっか。それなら、よかった」

 

 心底安心したと言わんばかりの表情には、それだけ心配してくれたのだと否応なく察せられた。

 達也も何やら笑みを浮かべ、意味ありげな眼差しを向けてきた。横目に受けると達也は目を閉じて小さく息を吐く。

 

「さて、じゃあそろそろ調整を始めよう。その前に、少し提案したいことがあるんだ。雫にも見てもらいたいんだが――」

「もちろん。よろしく、達也さん」

 

 言って、調整機器の方へ向かう二人。

 名目上は警護役だが、ああしてCADの調整をしている間は必要ないだろう。

 

「それじゃあ、僕は何か飲み物でも取ってくる。君たちは何がいい?」

 

 雫と達也の希望を聞いて控え室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 近場の自販機でドリンクを買い、元来た道を通って部屋へと戻る。

 扉を開けて中へ入ると丁度二人の話も終わったところで、雫が何やら力強く頷いていた。

 

 雫に紅茶のボトル、達也にブラックコーヒーを渡すと、それきり達也は調整作業に取り掛かった。データベースや参考資料を開くこともなく、猛然とキーボードを叩いていく。何度見ても常識外れな調整法に、尊敬と呆れの入り混じった息が漏れた。

 

 集中し始めた達也から視線を外す。

 同じように振り向いた雫と目が合い、小首を傾げる彼女をベンチへと促した。

 

「司波の作業が終わるまでは休んでいた方がいい。光井さんのレースももうすぐだろう?」

「うん」

 

 頷いた雫は振袖の裾を小さく揺らしてベンチへと腰かける。どうやら、次の試合まで着替えるつもりはないらしい。一度着替えた方が休めるのではとも思ったが、雫は首を振って「慣れてるから」とだけ口にした。

 

 本人がこう言っていることに口を挟むのもなんだろう。

 本当は仮眠を取るのが一番なのだが、雫はそれよりもお喋りをご所望のようで、隣のスペースを軽く叩いて座ることを勧められる。

 

 逡巡した末に隣へ腰掛けると、雫は眼前のモニターを指し示した。

 

 映っていたのは先程の試合のハイライトだった。

 深雪の《氷炎地獄》に耐え、反撃の《共振破壊》を封じられ、《フォノンメーザー》で一柱を倒した後に《ニブルヘイム》と《氷炎地獄》の合わせ技で深雪が勝利する。

 

 見所だけを切り抜くはずのハイライトで、3分間の試合が余すことなく流される。

 魔法と演出、双方のプロから目が離せないと認められたということであり、それだけハイレベルな試合だったということだ。試合時間はそう長くはないものの、一手一手に閃きと研鑽の粋が詰まっている。

 

 最初から最後までをじっと見つめていた雫は、映像が九校戦のロゴに切り替わると小さく息を吐いた。視線を落とし、いつも以上に儚げな声で呟く。

 

「こうして見返しても付け入る隙がない。やっぱり、深雪はすごい」

 

 悔しさと落胆と、それ以上の称賛が込められた声だった。

 返す言葉が見つからず、また返事を求められているのではないと思って、彼女の漏らす音に集中する。

 

「本当は、最初から深雪に勝てるとは思ってなかった。でも口にしたら弱気になっちゃう気がして、だから絶対に勝つんだって言い聞かせてた。勝てないだろうって思う自分と勝ちたい気持ちがぶつかって、上手く言えないけど、モヤモヤしてた」

 

 ぽつぽつと零れだす言葉を拾いながら、雫の横顔を窺う。俯き気味に語る彼女の目はまっすぐ手元に落ちていて、けれど話の内容ほど思い詰めた表情には見えない。

 

 ふと、そこで彼女の目がこちらを捉えた。

 

「深雪に勝てると思うか、試合前に訊いたでしょ?」

 

 問われて、頷く。

 試合前、雫の荷物をここまで運んだときに彼女からそう訊かれた。答えあぐねたそばから気休めはいらないと言われ、そういうことならと正直な所感を話した。

 

「勝ち目は薄いって言われて、やっぱりと思ったけど――」

 

 視線を自身の手に戻して、雫はそっと目を細めた。

 言葉を紡ぎながら、キュッと手を握った彼女が顔を上げる。

 

「でもそれ以上に、挑戦することが大事なんだって言ってもらえて、安心した」

 

 まっすぐ。本当にまっすぐな眼差しを向けられて、思わず息を呑んだ。

 

 脳裏に彼女へ送った言葉が蘇る。

 

『勝てるかどうかはそれほど重要じゃない。彼我の差を分析するのは必要なことだが、怯えたり落ち込んだりしたところで結果に対しては何もプラスにならない。

 必要なのは最善を尽くす意志だ。勝つための道を探して、出来る限りのことをする。結果として敗れることになったとしても、そうして挑み続けることが大事なんだと僕は思う』

 

 少しでも励みになればと考えて口にしたが、思い返せば随分と偉そうな口を利いたものだ。苦笑いが浮かび、それを見た雫がくすっと笑いを零した。

 

「君に言われて、君の試合を思い出して、だから私は全力でぶつかれた。君のアドバイスのお陰で深雪の柱を倒すことができた。たった一本だけだったけど、あの一本を倒せたのは、きっと君のお陰」

 

 再び視線を落とした雫は片手を胸に添え、一つ一つを噛み締めるように口にした。

 やがて顔を上げた彼女と視線が合う。

 

「だから、ありがとう。試合には負けたけど、君もこんな気持ちだったんだってわかったのは、とても嬉しい」

 

 上目遣いに見上げる雫の表情は晴れやかで、鮮やかだった。はにかんだ頬が薄桃色に染まり、青碧の袖で口元を隠すように抑える仕草が一層たおやかに見える。

 

 心臓が早鐘を打つのがわかった。奥底から湧き上がる衝動を無理矢理に抑えつける。彼女の笑顔を翳らせたくないからこそ、それ(・・)が胸に至ることは認められない。

 

「……そう言ってもらえて、安心したよ」

 

 どうにかそれだけを絞り出した。

 水を差したくないからこそ、出来る限り表情を塗り固めた。

 

 こちらから口は開けず、彼女の方も口を噤んだままじっと視線を向けてくる。

 

 意味深な沈黙はしかし、長くは続かなかった。

 

「仲睦まじいのは結構だが、さすがに時と場所は選んでもらいたいな」

 

 背中に浴びせられた声で、二人同時に肩が跳ね上がる。

 振り向いた先にいたのは当然達也で、やれやれと言わんばかりの顔に生温かい目をしていた。雫の顔が更に赤く染まり、耐性の限界に至ってか無言のまま俯いてしまった。

 

 その可愛らしい反応を見て、頭が冷えた。

 軽く息を吐いて達也に目を戻し、問いかける。

 

「調整は終わったのか?」

「ひと段落といったところだ。仕上げは雫に確認してもらう必要があるから後でやるとして、今はほのかの試合を観ようと思ってな」

 

 何食わぬ顔で頷いた達也が正面のモニターを見るよう促す。

 見ると画面には女子バトル・ボードのコースが映っていて、今まさに決勝レースが始まろうとしていた。

 

 スタートラインでレースの開始を待つほのかはボードに片膝を着け、じっと集中力を高めている。

 対する相手はその隣でボードの上に危なげなく立ち、快活な笑みを口元に浮かべていた。深海を思わせる深い青の髪を二つに束ねた彼女は――。

 

「決勝の相手は三高の代表、四十九院沓子。神道の大家、白川家の流れを汲む古式魔法師らしい。準決勝までの試合を見る限り、水にまつわる精霊魔法を得意としているようだ」

「……水を操る古式魔法師、か」

 

 四十九院沓子については、よく分からないとしか言いようがない。

 『原作』を知っている風でもなければ、妙に鋭いと感じることもある。こちらの秘密を見透かしたような言葉を口にしたこともあった。

 

 原作には名前すら出てこない彼女だが、だからといって存在していなかったとは限らない。同じ生まれでありながら、違う人生を辿っていた可能性は否定できない。

 或いは、彼女が無頭竜による工作に加担した可能性もあるかもしれない。そう思ってしまう程度には、渡辺委員長の事故で使われた魔法と性質が似ている気もする。

 

「どうしたの?」

 

 考え込んでいると、ようやく復帰したらしい雫が覗き込んできた。邪推に近い想像を、頭を振って追い出す。

 

「いや。いくら古式魔法が現代魔法に速度で劣るとはいえ、水を専門とする相手に苦戦は免れないんじゃないかと思ってな」

 

 相手は『数字付き(ナンバーズ)』で、しかも水の専門家だ。決勝まで上がってきたことからも実力に間違いはない。いくらほのかにSSボード・バイアスロン部で鍛えた下地があるとはいえ、厳しい試合になるのではないか。

 

「確かに、苦戦はするだろう。だが――」

「うん。ほのかなら大丈夫」

 

 達也と雫はほのかの勝利を信じていた。

 

 

 

 そして実際、二人が信じた通りにほのかは四十九院沓子へ競り勝ち、見事バトル・ボード優勝を決めた。

 

 

 

「四十九院選手に半周差を付けられた時はどうなるかと思ったが――」

「見事な逆転勝ちだったな」

 

 台詞とは裏腹に当然の結果として受け止める達也。

 降参の意を込めて肩を竦めて見せると、雫は得意げに笑みを浮かべた。

 

「言ったでしょ。ほのかなら大丈夫って」

 

 彼女も台詞と表情が一致していないのは達也と同様。違うのは言葉以上に嬉しく思っているのが窺える点で、或いは画面に映るほのか本人よりも喜んでいるかもしれない。

 

 バトル・ボードはこれで男女共に順位が確定し、モニターに1位から6位までの名前が表示される。

 男子の5位には稲羽の名前があって、惜しくも得点には至らなかったものの、原作では予選突破者のいなかった競技で5位入賞したことには少なからず感じ入るものがあった。

 

 一方、原作の存在など知らない二人は得点の推移から今後の展開について語りだす。

 

「男子の方は三高が1位と4位か。新人戦だけで見た場合、現状は35点差で三高がリード。ピラーズ・ブレイクは男子の方で一条が優勝確実だろう。深雪の点数を加味したとして――僅差で劣勢といったところか」

「でも、明日のミラージ・バットはうちが有利だよ。深雪が本選に出るとしても、ほのかとスバルで1位2位を独占できると思う」

「独占できるかはわからないが、ある程度は計算できるだろう。となると、優勝の鍵を握るのは――」

 

 二人の眼差しがこちらへと向けられる。その意味がわからないはずもない。

 

「モノリス・コードの結果で新人戦の優勝校が決まる、か」

 

 零れるままに呟く。両手をクッションに着いて身体を支え、天井を仰いだ。

 

 図らずも望んでいた展開だ。一色愛梨たちの存在で原作と変わってしまうのではと危惧したが、五十嵐や香田たち男子の下支えによってここまで来ることができた。

 モノリス・コードの結果如何によって優勝が決まる。そういう状況に持っていくことで連中が行動を起こし、僕を含む本来のモノリスメンバーは脱落。代役として出場した達也たちの活躍によって三高に勝利し、一高は堂々と新人戦の優勝を飾るのだ。

 

 まだ確定したわけじゃない。ミラージ・バットの結果次第では状況が変わる可能性もある。

 それでも、いよいよだと考えてしまうのを止めることはできなかった。

 

 そのとき、ふと右手に温かな感触が重ねられた。

 

 振り向いた先で笑んでいたのはやはり雫で、重ねた手を握ると芯の通った声で宣言する。

 

「次の試合、絶対に勝つから。だから、一緒に優勝しよう」

 

 一瞬呆気に取られて、それから意味を理解したところで頷く。

 

「――ああ。もちろん」

 

 たとえその場にいないとしても、一高の優勝を望む気持ちは同じだった。

 

 

 

 

 

 




 
 

 いつも感想、評価、お気に入り登録、ここすき等々ありがとうございます。
 
 いつにも増して話の進まない今話ですが、欠かせない理由があったということでどうぞご了承ください。
 
 
 
 以下、宣伝的なモノ

 作者Twitter → https://twitter.com/mobusaki_shun
 更新報告をメインに、創作関連や趣味について、本作の裏話、設定等呟くことも。


 更新中

・たとえ一条の光でも
 →https://syosetu.org/novel/269146/
 『ウマ娘プリティーダービー』短編。所謂モブウマ娘にスポットを当てた物語。前後編の予定。


 過去作

・やはりSAOでも俺の青春ラブコメはまちがっている。
 →https://syosetu.org/novel/141671/
 『俺ガイル』×『SAO』のクロスオーバー。エタって久しいですが、いつかは完結まで持っていきたい二次創作処女作です。更新の合間等、お手隙の時にでも。

・名もなき英傑の詩
 →https://syosetu.org/novel/190090/
 『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』の独自解釈モノ。思い付きと勢いで書いた短編。
 
 
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。