モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第24話

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 8月9日。

 

 大会7日目、新人戦4日目を迎える今日からは、いよいよ九校戦の花形競技――『ミラージ・バット』と『モノリス・コード』が始まる。

 

 女子のミラージ・バットは色鮮やかな衣装を纏った選手が宙を舞う華やかな競技だ。

 空中に投影されたホログラムに向かって魔法で跳び上がり、手にした杖で叩いた数を競う。見た目の優美さに対して、断続的に跳躍や姿勢制御の魔法を使い続けるハードな競技でもある。

 予選は4人1組で計6試合。勝ち上がった6人が一堂に会する決勝戦までが今日一日で行われる。試合時間は1ピリオド15分の3ピリオド制で、1試合には合間のインターバルも含め1時間近く掛かる非常にタフな種目だ。

 

 一方の男子が今日と明日の二日間に渡って争うのがモノリス・コード。

 3対3のチーム戦で争うこの競技は例年最も盛り上がるプログラムであり、獲得点数も外部からの注目度も高い所謂『メイン種目』。各校とも特に力を入れる競技で、中にはモノリス専属の選手を登用する学校もあるほど。

 選手は毎回ランダムに選出されたフィールドを舞台に、相手の陣地に置かれた特殊な装置(モノリス)を狙って攻防を繰り広げる。魔法・非魔法に係わらず直接的な攻撃は禁じられ、また殺傷能力の高い魔法の使用も制限された陣取り合戦のような競技だ。

 

 このモノリス・コードは本選、新人戦ともに各校から選りすぐりの選手が出場することで知られている。九校戦自体に興味はなくても、モノリス・コードだけは観戦するという人もいるほどと言えば注目度の高さが窺えるだろう。

 僕と五十嵐、香田の三人も、一高一年200人の代表として、期待と威信を背負って出場する立場というわけだ。原作の『森崎駿()』があれだけ気合を入れて臨んでいたのは、決してちやほやされる達也への対抗心というだけではなかったのかもしれない。

 

 実際、期待を掛けてくれる人が多いのは事実だ。モノリスのメンバーに選ばれた後からは幾度となく応援の声を貰ったし、練習相手を買って出てくれる人も多かった。

 中には本選での出場から漏れてしまった上級生もいて、そうした人たちから得られた経験は間違いなく打ち立てた戦術の中に活きている。

 

 モノリス・コードに結集された力は、実際に出場する僕たち三人だけのものじゃない。

 担当エンジニアや作戦スタッフはもちろん、練習に関わったすべての人たちの期待を背にして『戦場』へ立つのだ。だというのに――。

 

「安心するにはまだ早いんだがな……」

 

 鏡に映った顔は、生気の薄い亡霊のような笑みを浮かべていた。

 

 いよいよ迎える本番を前にして、不思議と緊張や恐怖はない。あるのは二人を巻き込んでしまうことへの申し訳ない気持ちと、周囲の期待を裏切る情けなさばかり。

 悔しい気持ちも多少はある。何度となく練習を重ね、作戦や連携について何時間も協議し、少しずつチームとしての質を高めてきたのだ。最初から解っていたとして、割り切れない部分はどうしても残る。

 

 だがそうした感傷を包み隠すほどに、安堵と納得が湧き水のように染みだして胸中を満たしていた。ひび割れから滲んだそれらは全身を巡り、流水に晒した指先の震えを奪っていく。水の滴る手で額から髪、うなじまでを撫で、体温と『熱』の両方を冷ました。

 

 ミラージ・バットの結果に対しては何も心配していない。

 一高からはほのかと里美が出場し、十中八九二人が1位と2位になるだろう。達也が担当しているのに加え、三高の例の三人も出てこないのだ。世界的に名の知れた魔工技師がバックに付いて、一般的な高校生魔法師が敵う道理はない。

 

 ほのかたちが優勝準優勝になれば、一高は最大45点差のリードを持って首位に立つことになる。そうなればたとえモノリスで三高が1位になったとしても、一高が2位に入ることで新人戦での優勝が決まる。

 この状況であれば、無頭竜が僕たちの試合に工作を仕掛けてくる可能性は高い。原作通りか、或いは別の方法で僕たちの脱落を目論んでくるだろう。連中がどれだけ焦っているかにもよるが、3位以下を強要するのであれば予選リーグの内に仕掛けてくるはず。

 

 狙われるとすれば市街地フィールドでだろう。爆発や倒壊などの『事故』が起きる可能性が最も高いステージがここだ。連中の手口が精霊魔法を介したCADへの細工が主である以上、CADへの干渉が露見しにくい市街地フィールドを決行場所に選ぶだろう。

 

 となるとやはり、タイミングは原作通りの第二試合――四高戦だ。

 

 出しっ放しにしていた蛇口を捻って締め、手洗い場から出る。

 ロビーへと戻り、待たせていた五十嵐と香田に合流した僕らは、エントランスのドアを潜った。

 

 

 

 

 

 

 予選第一試合の相手は第六高校。場所は岩場ステージに決定した。岩石質のなだらかな丘陵が続く地形で、平原に次いで見通しの良いステージだ。森林や渓谷と違い奇襲を受ける心配があまりないので、緊張しがちな初戦の場としては丁度いいかもしれない。

 

 モノリス・コードの試合で使用される5つのステージは、他の競技の会場からは離れた位置にある。競技の性質上屋外に広い敷地が必要となるためで、各エリアにはそれぞれ観戦者用のスタンドと参加選手のための控え室が設置されているのだ。

 

 会場に向かうにはシャトルバスを利用するのが通常だが、選手とエンジニアに関しては運営委員の用意した専用車両で移動する。試合前のトラブルを防ぐための措置で、実際これが導入される前にはバス内で怪我をさせられた事例があったらしい。

 

 ホテルの前で担当エンジニアの木下先輩と合流した僕たちは、運営委員の用意した6人乗り自走車で岩場ステージの会場へと向かった。

 或いはここで仕掛けてくるかもしれないと身構えてはいたもののそれもなく、20分程林間の道を走った末に無事目的地へと到着した。

 

 

 

 

 

 

 駐車スペースへと停まった自走車から降りる。緊張の緩んだ頬に陽光が差し、改めて今が真夏であることを改めて実感した。

 

 屋内はもちろん、ホテルや主要会場周辺は様々な方法で暑さ対策が施されているためか、酷暑を実感する機会はあまりない。だが、中心部から離れたここまではその恩恵も届いていないらしい。

 同じことを五十嵐や香田も思ったようで、車両から降りた二人は揃って顔を顰めている。木下先輩も二人ほどあからさまではないものの辟易した表情を浮かべていた。

 

 香田の漏らす愚痴を聞き流しながら控え室へ向かう。スタンド付近は斜め上方に伸びた客席が(ひさし)となっており、また天井からはドライミストも噴霧されていて炎天下の駐車場と比べれば相応に涼しくなっていた。

 

 ふと、観客席へ通じる階段を通り過ぎたところで、支柱に背を預けて立つ雫が目に入った。一拍遅れて気付いた香田が首を伸ばして目を細める。

 

「ん? なあ森崎、あれって北山さんじゃないか?」

 

 答えるまでもなく、こちらへ気付いた雫が小走りで駆け寄ってきた。

 足を止め、小さく息を吐いた雫は小さく微笑む。

 

「おはよう。入れ違いにならなくてよかった」

 

 口ぶりから察するに、僕らが来るのを待っていたらしい。

 後頭部に刺さる視線が生暖かいものへ変わるのを感じつつ、応える。

 

「おはよう、北山さん。もう起きて大丈夫なのか?」

 

 昨日のアイス・ピラーズ・ブレイクの試合後、表彰式を終えた雫は体力の限界を迎えてか力尽きるように眠ってしまった。

 初めは驚いたものの呼吸や体調に異常はなく、疲労による睡眠と判断された彼女は深雪やほのか、エリカら女子組によって宿舎まで運ばれ、夕食にも起きては来られなかった。

 

「大丈夫。心配してくれてありがとう」

 

 本人が言う通り、一晩寝て体調は回復したらしい。頷いた雫は顔色も良く、疲労が溜まっているようなこともなさそうだ。

 

「あー、じゃあ俺たちは先に行ってるわ」

「急がなくていいから」

 

 ふと、唐突にわざとらしい台詞を口にして、五十嵐と香田が脇を抜ける。木下先輩も特にコメントはなく、チラッと視線だけを残して後に続いた。

 

 わかりやすい気遣いに思わず苦笑いを浮かべる。

 対する雫も察するところがあったようで、少しだけ俯いて視線を泳がせていた。

 

 クールな彼女にしては珍しい表情だ。ほのかやエリカがいれば揶揄いながらも上手く執り成すのだろうが、生憎とここにいるのは僕一人。

 踏み込むわけにはいかず、かといって恥じらう姿をただ見ているのも忍びなく、結果、多少の自爆は承知の上でこちらから切り出した。

 

「わざとらしいというかなんというか。――それで、わざわざ待っていたということは、何か用でも?」

「……用ってほどじゃないけど」

 

 水を向けると、雫はポツリと呟いた。

 一度目を閉じ、小さく深呼吸をして気を取り直した彼女が顔を上げる。

 

「試合、観てるから。頑張ってね」

 

 それが純粋な想いから発せられた言葉だと解るからこそ、より強く漣が立った。

 押し込めたモノが表に出ないよう蓋をして、すっかり付け慣れた面を被る。

 

「それはもちろん、力は尽くすつもりだ。だが、光井さんの試合は観なくていいのか?」

「決勝は応援に行くよ」

 

 端的な答えにはほのかと、彼女を支える達也への信頼が窺えた。

 自然と息が漏れ、固めた口元が緩む。目を閉じて頷き、心からの同意を口にした。

 

「確かに、司波が付いているなら決勝までは確実だろうな」

「うん。それまでは君の試合を観てる。だから――」

 

 言葉数は少ないものの、想いの豊かさは確かに窺える。

 そんな雫らしい言葉を耳にして気を削がれたからだろう。

 

 

 

「約束、忘れないでね」

 

 

 

 不意に放たれた一言に揺らいでしまうのを自覚した。

 頬が引き攣るのがわかって、気付いた傍から取り繕う。独りでに握り込んだ手を無理矢理解して開き、せめて表情だけはしゃんとして答えた。

 

「――ああ。もちろん」

 

 守れないとわかっていながら、結局、僕は最後まで嘘を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 試合開始を目前に控え、自陣モノリス前に並んだ二人へ改めて方針の確認を行う。

 

「やることは練習と変わらない。自陣のモノリスを守りつつ、攻めてきた相手を確実に無力化してくれ。前衛からも可能な限りの情報は伝える。連携を重視し、互いの位置は常に把握しておくように。いいな?」

 

 プロテクション・スーツに身を包んだ二人は、若干の緊張を顔に浮かべながらもしっかりと頷いた。

 

「オウ。守りは任せろ」

「森崎も、気を付けてくれよ」

「もちろんだ。恥ずかしい姿は見せられないしな」

 

 五十嵐からの忠言に頷いて応え、ちらと観客席の方へ視線を向ける。

 丘の上のスタンドには一高と六高両方の応援団が詰めかけていた。一般の観戦席もそれなりに埋まっているようで、遠く離れたここまで歓声が届いている。

 

 これが、このモノリス・コードで挑む最初で最後の試合だ。

 支えてくれた人のため、応援に来てくれた人のためにも、この一戦だけは堂々と戦って勝たなくてはならない。

 

 改めて正面に向き直る。

 前方には大小様々な岩の転がる丘が続き、およそ八百メートル先に六高の陣地がある。平原ステージなら3分と掛からず走破できる距離だが、足場も悪く登り下りの続く岩場ステージでそう簡単にはいかない。

 

 見通しの良さに反して移動に手間の掛かる地形。攻めるなら、高所を確保した方が有利になるだろう。そして、高所の利を心得ているのは何もこちらだけではない。

 

 先輩方から叩き込まれた定石を脳内から読み出し、それぞれの対策を頭の片隅へ控える。

 目を閉じ、一度大きく深呼吸をしたところで、試合開始のカウントダウンが始まった。

 

 後ろの二人へ目配せをして、首肯が返ってくるのを確認する。

 護衛の仕事へ挑むときに似た頼もしさを背中に感じた。幾度となく練習を重ねた仲間への信頼は、プロとしての訓練を積んだ同僚たちに勝るとも劣らない。

 

 積み上げた努力の集大成をここでぶつける。

 内心で独り言ちて、試合開始の合図と共に足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 モノリス・コードに挑むにあたって選んだフォーメーションは前衛に僕一人、後衛に五十嵐と香田の二人という守りに主眼を置いたもの。これは二人へ掛かる負担を減らすという勝手な目論見以上に、各人の魔法適性を考慮した上での結論だ。

 

 僕と五十嵐、香田の三人はそれぞれ、速度では僕が、干渉強度では香田が、そしてキャパシティにおいては五十嵐が長じている。加えてそれぞれの長所を底上げする技術や体質があり、これらを戦術に活かさない手はなかった。

 

 香田は干渉力を限定的に強化することができる特殊な体質の持ち主だ。ピラーズ・ブレイクで一条の《爆裂》を防いでみせたことからも、瞬間的な突破力は随一だろう。

 一方で、魔法発動速度と規模は並の域を出るほどじゃない。干渉力をブーストした状態であれば規模は更に落ちるため、一対一ならまだしも制圧力は決して高いとは言えなかった。

 

 対して、五十嵐はキャパシティに優れた魔法師だ。複数の魔法を同時に操ることが可能で、別々の状況へそれぞれ対処する視野の広さを持っている。二人以上の相手に攻められた場合でも、的確に捌く能力があるのは練習で実証済みだ。

 弱点としては精神的な脆さがあるところだろう。自他共に認める上がり症であり、練習では追い詰められると自爆してしまう場面も散見された。その分、余裕のある時には上級生相手にも引けを取らない実力を示すこともあった。

 

 五十嵐も香田も、得意分野で戦えれば高い実力を示すことができる。そう結論付けたが故のディフェンスの二人体制だ。

 オフェンスである僕が二人へ情報を流し、有利な状況に持ち込んで待ち受ける。五十嵐の対応力で支えられた香田が各個撃破を狙うことで、同数以下であれば上級生相手でもモノリスを守ることができるほどの連携を獲得するに至った。

 

 

 

 

 

 

 試合開始直後、左手の腕輪型CADを操作して自己加速術式を発動。慣性と加重を操作して眼前の丘を駆け上がる。凹凸の激しい地面を蹴って坂を登り、頂上付近へ至った瞬間に自己加速を解除、勢いそのままに《跳躍》の術式を展開する。

 岩を蹴って跳び上がった身体が地上から10メートル程の高さまで持ち上がった。

 

 偵察と陽動。二つの目的を達成するための戦術だ。最初の一度だけであれば撃ち落とされる可能性も低く、また意表を突くことで動揺を誘うこともできる。

 いつでも対抗魔法を放てるよう特化型を右手に持ち、その手を左手の汎用型に添える。次の魔法へ備えつつ、六高側の陣地へと視線を巡らせた。

 

「――相手は前衛が二人。両翼から接近中だ。右は僕が受け持つから、左の相手を頼む」

『『了解』』

 

 通信越しの返答を聞きながら、着地に合わせて慣性極小化の魔法を使用。少しでも衝撃を和らげるために受け身も併用しつつ、斜面を転がるように立って再度駆け出す。

 

 《跳躍》によって丘を一つ跳び越えたこともあり、既に会敵目前の位置まで接近している。向こうもこちらを視認していたし、だとすれば相手は待ち伏せを選ぶのが定石だろう。

 上空から見た限り、向こうのオフェンスは中央の丘を左右に迂回して進攻していた。速度はほぼ同じか若干左が早いくらい。恐らく、中央の丘を超えた辺りで待ち構えていると思われる。

 

 斜面を斜めに駆けながら、敢えて大きく足音を響かせる。こちらの位置を知らせ、距離の空いた左側のオフェンスが援護ではなく攻勢を選ぶよう仕向けるためだ。確実に待ち伏せができると思えば、一対一でも自分たちが有利だと考えることだろう。

 

 魔法の有無に係わらず、戦闘においては待ち伏せる側が大きなアドバンテージを得る。遮蔽物や目立たない場所に潜伏し、相手が気付かぬ内に一方的な攻撃を仕掛けられるためだ。

 そして魔法師同士の戦闘においては、待ち伏せの有利は更に顕著なものとなる。銃火器を使った戦闘と違い、魔法では攻撃を加える側の位置が露見し難いのだ。

 

 だからこそ、待ち伏せできると判断した相手は少なからず慢心する。定石通りの攻め方をする手合いは尚更で、潜伏場所も攻撃のタイミングも実に教科書通りだった。

 

 視界の隅で光が瞬いた。考えるまでもなく右手が動き、CADの銃口をそちらへ向けて引き金を引く。

 起動式を展開しつつ、最小限の首の動きで視線を合わせ目標へ照準。放たれた《圧縮サイオン弾》が展開中の起動式を貫き、魔法が不発に終わった。

 

「くそ! なんだ今のっ……」

 

 岩陰から手だけを伸ばし、改めて起動式を展開する六高の選手。

 出現するとわかっている的を外すはずもなく、二発目のサイオン弾が起動式を撃ち抜いた。

 

 今度こそ、相手が驚愕に目を見開く。口が無防備に開き、意識に間隙が生じたタイミングを見逃すことなく左手を腰元へ。もう一丁の特化型(・・・・・・・・)CAD(・・・)を相手へ向け、引き金を引く。

 前後への瞬間的な揺さぶりが相手選手の意識を刈り取った。

 

 横倒しになった相手へゆっくりと近付き、ヘッドギアを外す。これでこの選手は撃破扱いとなり、意識が戻っても戦列へ戻ることはできない。

 

 小さく息を吐き、左手の特化型をホルスターへ収める。

 周囲へ視線を配りつつ、空いた左手で通信機のマイクをアクティブにする。

 

「こちらはクリアした。そちらの状況は?」

 

 問いかけた直後、硬質な音が聞こえてきた。何か硬い物が落下したような音だ。

 

『――こっちも丁度倒したとこだ。応援の必要は?』

 

 続けて聞こえてきた声により、それがヘッドギアを投げた音だとわかった。

 内心で安堵しつつ、マイク越しに香田へと語りかける。

 

「頼む。丘を迂回してサイドから近接してくれ。撃ち漏らした時は任せる」

『了解。負けんなよ』

 

 左手をヘッドギアから放してマイクを解除。

 相手モノリスまでの距離を計算しつつ、脚を繰り出した。

 

 

 

 最後の一人はモノリス前で防衛に徹する構えを見せていた。

 丘の頂上にある岩陰から眼下を覗き、これで行こうと決めたところで汎用型を操作。低い姿勢を維持したまま隠れていた岩をモノリスの方へと転がし、後を追うように坂を駆け下りる。

 

 異変に気付いた相手選手が転がり迫る岩へ手を伸ばした。単純な加速系統の魔法が落石へ放たれ、大きく横へと弾かれる。

 ブラインドとなっていた岩が逸らされたことで、初めて相手の目がこちらを捉えた。驚きと共に悪態を吐いた相手がCADを構え、起動式を展開し始める。

 

 当然、サイオン弾で無効化する。

 《情報強化》や《領域干渉》で防がれるならともかく、魔法が発動しないという状況に動揺した選手をすかさず《反転加速》で気絶させた。

 

 試合終了のサイレンが鳴り響く。

 微かに耳へ届く歓声に、一応は期待へ応えられたことへ安堵の息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「応援は必要なかったみたいだな」

 

 二人と合流すると、香田はいかにも不完全燃焼といった表情を浮かべていた。

 実際、完勝と言っていい結果だったのだ。先輩方相手に散々練習してきた経験からすると物足りなく感じるのも致し方ないだろう。

 

「そんなことはない。今回は上手くいったが、今後も同じになるかはわからないからな。背後を突ける人間がいるに越したことはない」

「森崎ならそうそう負けないと思うけど?」

「相手が一人ならな。挟撃された場合は大人しく逃げるしかない」

 

 五十嵐の問いに両手を挙げて答えると、香田はようやくため息と一緒に笑みを零した。

 

「そうやって俺たちの前に誘い込んで、3対2の状況を作るんだろ? ほんと徹底してるよなぁ」

「数的有利を取るのは戦いの基本だ。十文字会頭レベルは別として、格上でも数で勝れば勝機は出てくる。特にモノリスでは強すぎる魔法は禁じられているからな」

 

 宥めるように言った後、頷いた二人へ改めて発破を掛ける。

 

「ともあれ、第一試合は僕たちの完勝だ。次の四高戦も頑張ろう」

「おう!」

「ああ」

 

 二人の反応に、自然と笑みが浮かんだ。

 

 そうして調子のいいことを口にする自分を内心で罵りながら、試合前以上の安心感に酔いしれていた。

 

 

 

 

 

 

 もうすぐだ。もうすぐ、全てが丸く収まる。

 

 九校戦が終わり、夏の一件が過ぎれば、僕の『役割』はもう――。

 

 

 

 

 

 

 この時の僕は、そう信じて疑っていなかった。

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 
 いつも感想、お気に入り登録、評価、ここすき等ありがとうございます。

 多くの励みのお陰で執筆のモチベーションを保てています。

 筆の遅い作者ではありますが、今後ともよろしくお願いいたします。
 
 
 

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