モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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 今話は連日更新の二日目となります。前日に24話を投稿していますので、未読の方はそちらからご覧ください。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


第25話

 

 

 

 午前11時30分。間もなく、新人戦モノリス・コードの二試合目が始まる。

 

 相手も場所も『原作』通り、四高と市街地フィールドでの試合だ。

 スタート地点も廃墟となった5階建てビルの最上階で、階段と狭い窓枠以外に逃げ道はない。実におあつらえ向きの構造だ。

 

 試合開始を間近に控えて、五十嵐と香田は士気も高く意見を交わしている。

 

「思ってた以上に見通しが悪いな。守るだけならともかく、攻めるのに森崎一人じゃ厳しくないか?」

「敢えて誘き寄せて各個撃破する手もあるんじゃないかな。前衛を叩いてしまえば、相手も増援を送らざるを得ないわけだし。森崎はどう思う?」

「うん? ああ、そうだな……」

 

 意見を求められて、そういえば詳細な作戦を考えていなかったことに気付いた。

 今まで通り防衛主体で動くことは決めていたが、実際に陣地へ入ってからでないと決められないことも多い。だから細部は追々でと先延ばしにしていたのだが。

 

「歯切れが悪いな。森崎らしくもない。何か気になることでもあるのか?」

 

 こうも心配されて、ようやく自分が浮足立っていたことに気が付いた。目的のタイミングが近付いて気が逸っていたようだ。

 

「……いや、なんでもない。少し緊張していただけだ」

 

 気を引き締めようと頭を振って、そうする僕の背中を香田が軽く叩いた。

 

「心配すんなって。俺たちは負けねぇよ。エースのお前がいるんだからな」

 

 思わず苦笑いが浮かぶ。名前負けも甚だしい称号にため息が漏れた。

 

「煽てても何も出ないぞ。それにエースって言うなら司波さんの方が――」

「いいや。森崎、君がエースだ。少なくとも僕たちはそう思っている」

 

 調子のいい台詞に軽口で返そうとして、五十嵐の一言で言葉を失った。

 

 顔を上げ、五十嵐の方へ振り向くと、彼は至極真面目な顔で頷いた。

 同じように、いつも以上に真剣な眼差しで香田が後を継ぐ。

 

「ま、そういうことだ。俺たち男子は、お前に付いていくと決めてるからな」

 

 自ずと身体が震えた。それは背中から湧き上がり、全身へと広がる。

 この震えがどんな感情に由来するものなのか、僕自身にもうまく掴めない。少なくとも嫌悪感でないことだけは確かだが、受け入れ難いのか、そうでないかすらわからなかった。

 

 仕方なく、頭を振って思い浮かぶままを答える。

 

「そうは言うが、事実僕にはそんな風に言われるだけの実力はない。一対一なら十三束には敵わないし、総合力なら五十嵐だっている。僕以上に強力な魔法師はいくらでも――」

「魔法力だけの話じゃないんだよ。っていうか、魔法力だけ見てもお前は十分優秀だよ」

 

 零れ出た卑屈な言葉を、香田は呆れたような顔で一蹴する。

 仕方ないとため息を吐いて。それでも眼差しは温かいままで。不思議とそれ以上否定を重ねようとは思えなかった。

 

「俺たちを纏めて、引っ張ってきたのはお前だ。女子の活躍に負けないよう踏ん張れたのはお前のお陰だ。だから、お前がエースなんだよ」

「モノリスの結果次第で新人戦の優勝が決まる。なら、せめて僕たちの手で優勝しよう」

 

 香田に諭されて、五十嵐に誘われて、言葉にならない喜びが湧き上がった。

 ここで終わりだと、この試合で僕たちは負傷交代するのだと知っていて、なのに彼らの言葉に奮い立つようだった。

 

 『筋書』を変える――。

 その恐ろしさは身に沁みて知っているのに、ふと考えてしまった。

 

 三人で決勝の場に立つこと。

 一条将輝率いる三高に、この三人で挑むこと。

 

 勝利するのは現実的じゃない。そこまでは不可能に近い。

 けれど決勝の舞台に立つことはできるかもしれない。

 

 三高に敗れ、惜しくも2位となり、それでも新人戦の優勝だけは死守する。

 

 そんな未来を思い描いてしまった。

 それは本来の未来――達也の活躍によって得られる未来と遜色なく思えてしまった。

 たとえその先に極めて困難な、或いは行き詰まりの未来があるとしても、その一瞬が欲しいと、片隅ででも思ってしまった。

 

 そんな虫の良い話はない。必ずどこかで報いを受けることになる。

 犠牲になるのが自分だとは限らない。誰か他の、守りたい誰かが傷付くことになるかもしれない。そんなことは嫌という程知っている。

 

 けれど、もしかしたら――。

 

「――試合が始まったら、僕は屋上を伝ってフィールドの中央に飛び下りる。五十嵐は僕が出た後に屋上へ上がって、全体に目を配ってくれ。香田はモノリスの近くに身を隠して、敵がコードを打ち込みに来たところを倒す。基本はこれで行こう」

 

 口を衝いて出た指示に、二人はちらと視線を交わした後で笑みを浮かべた。

 

「おう!」

「了解」

 

 振り切って背を向ける。

 

 これ以上、まともに二人と顔を合わせてはいられなかった。

 あれだけの温情をくれる彼らに報いる術を持ち合わせてはいなかった。

 

 せめて、このまま何も起こらなければ。

 

 祈るような期待を抱いた、その矢先、

 

 試合開始のサイレンと共に、頭上へ巨大な魔法式が展開された。

 

 やはりと首をもたげる諦念を押し込んで左手の汎用型を操作する。

 事ここに至り、諸共下敷きになることを看過できはしない。せめて二人だけでも範囲外に押し出そうと、加重系統の起動式を読み出す。

 

 

 

 ――瞬間、小さく何かが弾けたような気がした。

 

 

 

 読み出し途中だった起動式が突如として消えた。当然魔法は発動せず、伸ばした左手は空を掴む。

 心臓が握り締められたような感覚。慌ててもう一度キーを押すが、腕輪型のCADからは何の反応も返ってこない。

 

 一体何が起きたのか。

 その答えを、僕は初めから知っている(・・・・・・・・・・・)

 

 電子機器のシステム領域内に仕掛けられ、術者の指定したタイミングでそれらの動作を狂わせ、或いは停止させる大陸系の古式魔法。

 《電子金蚕》――。原作ではミラージ・バットへ挑む小早川先輩のCADに仕掛けられ、彼女から魔法師人生を奪った無頭竜による工作だ。

 

 その可能性に至ったところで、即座に左手を引き戻した。

 ホルスターへ収めたままの特化型を抜きながら起動を開始。異様に長く感じるゼロコンマ2秒が過ぎ、起動処理を終えたCADから起動式を読み出す。威力を落とした《圧縮空気弾》の照準を二人へ合わせて引き金を引いた瞬間――。

 

 こちらへ手を伸ばす香田と、天井を睨む五十嵐の姿が目に入った。

 

 直後、背後の壁が轟音と共に突き崩された。

 振り向いて確認する暇もなく、額に汗を浮かべた香田が叫ぶ。

 

「五十嵐!」

「っ――」

 

 呼ばれた五十嵐の目が一瞬だけこちらを捉え、掲げていた両手のうち、左手だけをこちらへ差し出した。

 《圧縮空気弾》が二人の前で収束を終える直前、五十嵐の手から放たれた突風が胸を叩いた。

 

 気付けば、僕は宙を舞っていた。

 錐もみしながら重力に引かれ、声を上げる間もなく地面が迫る。

 

 咄嗟に慣性軽減の魔法を使おうにも、左手の汎用型は沈黙を決め込んでいた。

 特化型二つにはこの状況を打開する魔法はなく、コマ送りになった視界の中、間近に迫ったコンクリートの地面をただ見ていることしかできない。

 

 恐怖はなかった。惜しくもなかった。

 ただ、拭い難い後悔だけがあった。

 

 何故、こうなることを予期できなかったのか。

 連中の使う手口は知っていたはずなのに、自分のCADに細工をされる可能性など微塵も頭になかった。原作通り《破城槌》だけが脅威だと決めつけていた。

 

 きっと『筋書』通りになる。だから気を揉む必要はない。

 『筋書』を辿ることが『彼ら』を守ることに繋がるのだと、そう信じて疑わなかった。

 

 多分、これはその報いなのだ。

 

 僕は僕を信じてくれた彼らを裏切った。

 彼らが信じてくれた僕を、僕自身が信じられなかった。

 既に変わりつつあると知っていた『筋書』にそれでもと縋りついて、これで大丈夫だと過信した結果がこれだ。

 

 地面へ叩きつけられる直前、身体が何か柔らかなものに包まれた。

 衝撃の多くは目に見えないクッションへと吸収され、僅かにバウンドした僕は今度こそ地面に落ちた。階段から落ちたような衝撃が全身を襲い、受け身を取り損ねた身体が無様に転がる。

 

 二度、三度と転がった末、うつ伏せの状態で止まった。

 遠くに感じる痛みから意識を切り離して、顔だけを上へと持ち上げる。

 

 見上げた先には、天井の崩落したビルがあった。

 一高のモノリスが設置されていた5階部分は、その半分以上が瓦礫に埋もれていた。

 

 比較的痛みの少ない右手を伸ばす。

 声にならない呻きが漏れ、次第に視界が滲んでいった。

 

 誰かの駆け付ける足音が聞こえて、呼び掛けてくる声が聞こえて。

 答える余裕などあるはずもなく、僕はただ手を伸ばすことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 新人戦モノリス・コード第9試合――第一高校と第四高校との試合で起きた惨状は、すぐさま一高選手団全体へと知れ渡った。首脳部はもちろん、応援団の末端に至るまで情報は広まり、多くの生徒が義憤に震えていた。

 

 この事態に対し、一高首脳部は大会委員へ映像の借用を要求。僅かな抵抗も十師族の名を出されれば意味をなさず、試合開始直前から事象が起きた直後までの詳細な映像が貸し出された。

 真由美はこの映像を解析するため、首脳部と技術スタッフを招集。ミラージ・バットの決勝を控えた達也を除く全員が同席し、スクリーンへ視線を送った。

 

 音声の付随していない映像が通しで流され、屋内のカメラがブラックアウト、外部カメラによる映像がビルの階下に落ちた駿を捉えたところで映像は終了した。

 首脳部の中から鈴音が進み出て端末を操作。スクリーンに投影されていた映像が消えたところで、ようやく一同は深い息を吐いた。

 

「――映像はここまでです。試合はこの時点で中断となり、四高は危険行為で失格。形式上は一高の勝利という形になりました」

 

 いつも以上に冷淡な声音で鈴音が言う。表面上はともかく、内にどんな感情を秘めているかなどこの場にいる誰もが承知しており、また全員が近しい感情を抱いていた。

 

「森崎たちの怪我はどんな状況だ?」

「森崎くんは幸い、ビルの外へ投げ出された際の打ち身のみの軽傷です。崩落に巻き込まれた五十嵐くんと香田くんに関しても命に別状はありませんが、どちらも半身が瓦礫の下敷きとなり重傷。少なくとも一週間は入院となると報告を受けています」

 

 一週間の入院。当然、モノリス・コードへの復帰は不可能だ。

 

 事後の調査により、四高の使用した魔法は《破城槌》だと判明している。

 物体に対し圧力を掛けて破砕するこの魔法は建造物、特に屋内において使用した場合、殺傷性の高い危険な魔法へと規定が変わる。魔法協会の設定した殺傷性ランクの『A』に相当し、モノリス・コードにおいては明確なレギュレーション違反だ。

 

 だからこその危険行為による失格。

 四高への処置は当然の沙汰と考えられた。

 

 一方で、試合開始直後に魔法を放たれたことは別問題だ。

 映像を見返した限り、《破城槌》は試合開始のサイレンからおよそ5秒後に効果を発揮している。崩落の規模を鑑みるに、魔法式の規模としては相当なものだろう。

 それだけ規模の大きな魔法が試合開始の数秒後に使用されたとなれば、一高陣地の捜索はそれ以前に行われていると考えられる。四高には危険行為に加え、フライングの違反も重ねて問われるべきなのだ。

 

 危険性の高い魔法に加え、状況証拠からフライングも濃厚となれば、それは最早疑いようのない故意犯と看做されるだろう。

 にもかかわらず、この場の誰一人として声を荒げることがないのは、当事者である駿を想えばこそだ。

 

 担当エンジニアを務めた木下曰く、重傷を負った二人に付き添って病院へ向かった駿は、手術室へ入る彼らと何らかの言葉を交わしていたという。

 

 そこでどんな言葉が交わされたのかはわからない。

 だが駿はそれから恨み言一つ漏らすことなく、あるかどうかもわからない『次』へと備え始めた。自らの怪我を早々に治療し、不具合を起こしたCADの再調整を願い出たのだ。

 

 こうした駿の行動の意図は明快で、そんな駿の心意気に一同が応えたいと考えるのもまた当然だった。

 

「もう一度、事故のシーンを低速で再生してくれ」

 

 克人の要望に、鈴音が頷く。手元の端末に何度か触れると、先程と同じ屋内の映像がコマ送りで再生された。

 

 改めて、スクリーンへ注意を向ける。

 コマ送りでの再生により、一瞬の出来事に見えていた崩落の様子が彼らにも理解できるようになった。

 

 

 

 

 

 

 試合開始直後、三人が唐突に天井を見上げたかと思うと、《破城槌》の被害に対してそれぞれが見事な反応を示す。

 

 いち早く動き出した駿は、左手の汎用型CADを操作していた。

 しかし魔法が発動することはなく、再度の操作にもCADは反応していない。駿の顔が驚愕に歪み、動揺によって動きが止まる。

 

 駿がアクシデントに硬直した一方、五十嵐と香田も各々のできる限りの行動を起こしていた。

 

 五十嵐は天井の魔法式を見るや否や、CADを操作して両手を頭上へかざした。

 恐らく、収束系統の魔法で瓦礫の崩落を押し留めようとしたのだろう。《破城槌》の効果で重量を増す瓦礫を、苦悶を浮かべながらも支えていた。

 

 対して、香田は五十嵐の動きを見た直後から駿の方へ手を伸ばしていた。外部カメラは壁の一部がくり貫かれる瞬間を捉えており、これが香田の魔法による効果なのだと推定される。

 厚いコンクリートの壁に魔法で穴を空けるとなれば、相応の干渉力を要求される作業だ。瞬間的にこれだけの出力を発揮するのは2,3年生でも難しく、特異な干渉力を持つ香田ならではの功績と言えるだろう。

 

 五十嵐が時間を稼ぎ、その間に香田が壁を破壊した。

 目的はただ一つ。駿を外へと脱出させるため。

 

 この時点で駿の方も立ち直り、動かない汎用型の代わりに特化型CADを手にしていた。

 《圧縮空気弾》を生成し、五十嵐と香田を突き飛ばそうとしたところで、いち早く魔法を起動した五十嵐が駿を外へと押し出したのだ。

 

 幸い、駿の《空気弾》も効果を発揮しており、お陰で二人はまともに下敷きにならずに済んだ。プロテクション・スーツとヘッドギアに刻印された術式が発動し、後遺症の残るような怪我は免れることができた。

 

 

 

 

 

 

 改めて映像を見返した一同は、三人の行動に驚きを隠せずにいた。

 

 三人ともが、お互いを守るための行動を取っていた。

 駿はチームメイトの二人を、五十嵐と香田はリーダーの駿を。

 一瞬の躊躇いが致命的な遅れとなる状況下において、彼らは出来る限りの対処をして見せた。

 

 これだけの功績を示しておきながら、負傷による棄権はやるせない。駿の状況を聞けば尚更で、どうにか競技に復帰させてやりたいと思うのは、首脳部の統一見解だった。

 

 立ち塞がるであろう障害は少なくない。

 しかし、それらを纏めて粉砕できる可能性を持った人間が、まっさきに声を上げた。

 

「運営委員には俺の方から掛け合おう。七草は、代役の人選を考えてくれ」

「わかったわ。森崎くんにも希望を聞いて、出来る限りのメンバーをリストアップしておく。だから十文字くん、そっちはお願いね」

「任せておけ」

 

 妙に威圧感のある笑みを浮かべる真由美と、力強く頷く克人。

 この瞬間、二人以外の全員が、波乱の幕開けを予感した。

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 モノリス・コードでのアクシデントから数時間後。

 

 新人戦ミラージ・バットは一高の代表であるほのかとスバルが1位、2位を独占しての終幕となった。

 エース深雪が本戦へと配置換えとなり不安視する声もあったが、二人の見事なパフォーマンスにそれらの囁きは瞬く間に払拭された。

 

 また、この結果にエンジニアである達也の腕が寄与していることは最早疑いようのない事実として知れ渡っていった。

 スピード・シューティングでは優勝と3、4位、アイス・ピラーズ・ブレイクとミラージ・バットはどちらもワンツーフィニッシュを演出した。敗れたのは優勝候補の数字付き(ナンバーズ)に対してのみで、最終的にはリベンジを果たしているとなれば功績は明らかだった。

 

 そんな達也は、ミラージ・バットの決勝が終わってすぐに呼び出しを受けた。聞けば真由美が至急と言い添えていたらしい。

 わざわざ至急と言われた時点で、達也は半ば話の内容を予想していた。昼間の事故については中継を観ていたし、詳細な状況についても後から説明を受けている。見事に優勝したほのかが達也からの『ご褒美』を求めることなく雫のもとへ駆け付けたことも、彼らの間では重大さの指標として機能していた。

 

 指定された会議室へ入った達也を出迎えたのは数多くの上級生たちだった。

 呼び出した当人の真由美はもちろん、摩利に克人、鈴音や服部、あずさといった首脳陣に加え、五十里や平河といったエンジニアチームの面々、花音や桐原といった選手の一部すらもいる。彼らは全員が真剣な面持ちで、その所為か室内は異様な雰囲気に包まれていた。

 

 ミラージ・バットの結果は当然知らされているだろう。普段の真由美であれば笑顔を浮かべていただろうが、口元に浮かんでいるのは仄かな微笑のみ。

 居並ぶ上級生の表情からも、達也は語られるだろう内容への警戒度を一段引き上げた。

 

「今日はご苦労様。期待以上の成果を挙げてくれて感謝しています」

 

 長方形に並べられたテーブルの対面に立った達也へ、真由美は厳かな調子で声を掛ける。春の公開討論以来の調子に、達也はほんの僅か眉を顰めた。

 

「選手が頑張ってくれましたので」

「もちろん、代表として出場した皆が頑張ってくれた結果なのはわかっています。でも、達也くんの貢献が大きいことはこの場にいる全員が認めているわ。現段階で新人戦の2位以上のポイントを獲得できたのは、達也くんのお陰だと私は思っています」

「……ありがとうございます」

 

 達也は少し間を置いて、控えめに頭を下げた。

 真由美の言葉に嘘がないことは恐らく間違いない。だが多数の上級生がいる中、手放しで褒め称えられるというのも妙だと達也には思えた。

 

 まるでこの場にいる人間を納得させるためのような、或いは功績(それ)を論拠とするためのような――。

 

 そっと周囲の雰囲気を窺っていた達也へ、真由美は軽く息を吐いて続ける。

 

「今も言った通り、既に新人戦で準優勝できるだけのポイントは稼げました。モノリス・コードをこのまま棄権したとして、第三高校が3位以上なら三高の優勝、それ以下なら当校の優勝になります。総合優勝のために点差を詰められないようにするという当初の目標は、どうにか達成できたことになるわね」

 

 なら、自分は何故ここに呼び出されたのか。

 訝しむ気持ちを鉄仮面の下に隠して、達也は真由美の言葉を静聴する。

 

「新人戦が始まる前は、それで十分だと思っていたのだけど――」

 

 一方の真由美は、達也がポーカーフェイスの下で疑問を抱き始めているのを敏感に察知すると、心なしか焦ったような苦笑いを浮かべ、本題を口にした。

 

「ここまで来たら、新人戦も優勝を目指したいと思うの」

 

 そこまで言われて、達也は真由美の言いたいことを悟った。いつの間にか滲み出ていた威圧感が収まり、息を吐いた後には呆れたような雰囲気が残る。

 

 一瞬言葉に詰まり、それでも真由美は負けずに切り出した。

 

「三高の代表に、一条将輝くんと吉祥寺真紅郎くんが登録されているのは知ってる?」

「はい」

「そう……。一条くんの方はともかく、吉祥寺くんのことは達也くんの方が詳しいかもしれないわね」

 

 宥めるように言って、真由美は真剣な表情を浮かべた。

 

「あの二人がチームを組んで、トーナメントを取りこぼすことはない。モノリス・コードをこのまま棄権すれば、新人戦の優勝は三高になるでしょう。だから達也くん、怪我をした二人の代わりに、モノリス・コードへ出てもらえませんか」

 

 真由美の要請を達也は粛々と受け止めた。

 表情を変えず、姿勢を崩さず、泰然とした態度で吟味する。

 やがて口を開いた達也は、答えの代わりに問いを投げかけた。

 

「いくつか、お訊きしてもいいですか?」

「ええ、何かしら」

 

 取り敢えずにべもなく断られずに済み、真由美は安堵しながら相槌を打った。

 

「予選の残り二試合は、明日に延期された形になっているんですね?」

「事情を鑑みて、明日の試合スケジュールを変更してもらえることになっています」

「怪我でプレーが続行不能の場合であっても、選手の交代は認められていないはずですが?」

「それも事情を勘案して、特例で認めてもらえることになりました」

 

 すらすらと返ってくる答えに、達也は小さく息を吐く。

 ここまでは確認程度のもので、答えもほぼ予想通り。本当に言いたかったのは次だ。

 

「何故、自分に白羽の矢が立ったのでしょう?」

 

 問いかけた瞬間、室内の緊張感が一気に高まった。

 

 達也の言い方が遠回しな拒絶であったこと。またその回答を一同が予想していたこと。予想した上で説得が難航すると判っていたこと。

 そうしたいくつもの理由が緊張感の所以であり、またこの緊迫した雰囲気を予期していながら切り出すと決めた真由美の選択に賛同したからこそ、一同は黙って成り行きを見守っていた。

 

 予想通りの反発に、真由美は苦笑いを浮かべながら説得を試みる。

 

「達也くんが最も代役に相応しいと思ったからだけど……」

「実技の成績はともかく、実戦の腕なら君は多分、一年生男子で一番だからな」

 

 そこへ摩利が援護射撃に加わる。本来は他の面々同様成り行きを見守るつもりだったのだが、達也の態度が思っていた以上に強硬だったための状況判断だった。

 

 しかし、真由美と摩利の二人掛かりでも達也の態度は揺らがない。

 

「モノリス・コードは『実戦』ではありません。肉体的な攻撃を禁止した『魔法競技』です。こんなことは自分が指摘しなくとも、ご理解されているはずですが」

「魔法のみの戦闘力でも、君は十分ずば抜けていると思うんだがね」

 

 言って、摩利はちらっと服部へ目を配る。入学早々、模擬戦で服部を破った件について示唆しているのだろう。当の服部は苦虫を嚙み潰したように顔を顰め、隣では桐原が口元に笑みを浮かべていた。

 

 事情を知らない者にとっては首を傾げる光景。

 だが当事者の達也にとっては『実力不足』の根拠を覆される指摘だった。

 

 とはいえ、達也の『建前』はそれだけに留まらなかった。

 

「しかし、自分は選手ではありません。代役を立てるなら、一競技にしか出場していない選手が何人も残っているはずですが」

 

 これには摩利も口を閉ざさざるを得なかった。眼差しが真剣味を取り戻し、服部と桐原も表情を改める。

 

「一科生のプライドはこの際考慮に入れないとしても、選手がいるのにスタッフから代役を選ぶのは、後々精神的なしこりを残すのではないかと思われますが」

 

 それは彼ら全員、特に真由美にとって、最も突かれたくない部分だと達也は予想していた。

 新人戦には入学してまだ日の浅い一年生の育成目的という側面もある。故に来年、再来年に悪影響を及ぼすような人選は避けられるべきだ。

 

 花形競技であるモノリス・コードの代役にスタッフ、それも二科生が選ばれたとなれば、一科生全体のプライドは大きな傷を負うことになるだろう。

 そうまでして自分を登用することはない――達也はそう判断していた。

 

 だがそこで、思わぬ方向から待ったが掛けられる。

 

「その点については心配いらん。司波、お前の出場は寧ろ、望まれたことだ」

 

 克人の口から飛び出した論拠に、達也は一瞬呆気に取られてしまった。

 その間に、真由美が焦ったような顔で克人を止めに掛かる。

 

「ちょっと十文字くん、それは言わないようにって」

「構わんだろう。あくまでこれはあいつの嘆願を一つの案として考慮し、チームリーダーである七草が決定したことだ。一科が頭を下げたことにはならない」

「それは、そうかもしれないけど……」

 

 まるきり予想外な方向へシフトし始め、達也は困惑を隠せなくなった。

 

「話が見えないのですが」

 

 堪らず口を挟むと、別方向から得意げな声が返ってくる。

 

「なに、簡単なことだ。達也くんをモノリスにと言い出したのは、森崎なんだよ」

「摩利!」

 

 声を荒げる真由美の健闘も虚しく、ここまで言われて理解の及ばない達也ではなかった。

 

「森崎が、自分を?」

 

 問いかける声が疑問ではなく確認に変わったのを聞き取って、真由美は思わずため息を吐く。

 

「はぁ……。ええ。さっき、誰を代役にしたいか希望を訊いたときに言われたのよ。もしも可能なら、達也くんにお願いしたいって」

 

 真由美の回答を聞いて、達也は僅かに顎を引く。

 それまでよりも若干だけ鋭くなった目で真由美を見据えて、問いかける。

 

「それは何故か、あいつは理由を言っていましたか?」

「基本的には摩利と同じよ。ただ、彼はそれに加えてCADの面倒も見てもらいたいとも言っていたわね」

 

 頭痛がするのかこめかみを抑える真由美は、達也の眼差しに気付くことはなかった。

 半ば投げやりな答えを聞いて一応の納得を得た達也へ、改めて克人からの喝が入る。

 

「言うまでもないが、これはチームリーダーである七草の決定だ。お前もメンバーである以上、逆らうことは許されない。選ばれ、そして頼られたからには、応えてみせろ」

 

 そう言われ、達也は一度目を閉じ考える。

 

 

 

 リーダーである真由美の決定という点を除いて、達也が否と言うことを遮る理屈はない。論理的に考えるのであれば、達也が代役として登用される理由は駿が指名したという一点のみだ。

 

 だが克人にここまで言われて、友人から当てにされて、断るつもりはなかった。

 

 踵を鳴らし、姿勢を正した達也が、真由美をまっすぐに見て宣言する。

 

 

 

「――わかりました。全力を尽くします」

 

 

 

 それはこの場に集う面々にとって初めて見る、年相応の少年らしい姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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