モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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 お待たせいたしました。

 今回は繋ぎの説明回かつ短めです。ご了承ください。
 
 
 


第26話

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 モノリス・コードへの出場を承諾した達也は、その足で一高の天幕へと向かった。

 

 真由美曰く、駿は現在CADの調整作業を行っているらしい。新人戦モノリス・コードは3年の木下がエンジニアを担当していたが、彼が手掛けていたのは五十嵐と香田のCADのみで、調整技術を持つ駿は自分で調整を行っていた。

 四高戦で作動不良を起こしたCADのスペアを調整しているのだろう。あずさから補足を受けた達也は足早に宿舎を出て、ぼんやりと灯りの漏れる天幕へと足を踏み入れた。

 

 駿の姿は屋内の隅、大型の調整機器の前にあった。傍らには雫もいて、少し離れた位置では深雪とほのかが心配げに立ち尽くしている。

 達也の位置からは駿の顔を窺うことはできなかった。だが沈痛な面持ちの三人を見る限り、あまり良い状態ではないのだろうという予想は付いた。

 

 音もなく入ってきた達也に、深雪がすぐさま気が付く。表情を綻ばせた深雪は胸に当てていた手をゆるりと解き、震える声で達也を迎えた。

 

「お兄様……」

「あ、達也さん!」

 

 一拍遅れてほのかが安堵の声を漏らした。駆け寄ってくる二人に穏やかな笑みを返した達也は振り返った雫と、その向こうの駿へ目を向ける。

 

 作業の手を止めた駿が力感のない所作で振り向いた。

 そうして初めて見えた駿の表情に、達也はピクリと眉を顰める。

 

「七草会長から言われて来たんだろう? こんな時間に出向いてもらってすまないな」

 

 一見すると、駿の浮かべた苦笑いはいつもと変わらないようにも見える。

 だが細められた目元には疲労の色が濃く、立ち姿もどこか頼りない。まるで道に迷って途方に暮れているようだと、達也は直感的に思った。

 

「謝ってもらう必要はないさ。それほど遅い時間ではないし、個人的にも腹に据えかねる所はあったからな。請け負った以上、協力は惜しまない」

「ありがとう。面倒を掛けるが、よろしく頼む」

 

 律儀に腰を折った駿に、達也はやれやれと小さく首を振った。

 疲れの所為か、はたまた余裕がないからか、達也の代役はあくまでも真由美たち首脳部の判断によるものという『体裁』を装うことすら駿は忘れているらしい。

 

 いつになく迂闊な様子に駿の受けたダメージの深刻さを悟った達也は、どうしたものかと小さく顎を引く。と、そんな僅かな仕草すらも敏感に察した深雪が兄の手を取った。

 

「お兄様。協力とは、何をされるおつもりなのですか?」

 

 甘えるような声音と仕草は、控えめに言っても雰囲気にそぐわない行動。だがこの場にそれを(あげつら)う者は居らず、寧ろライバルである(と考えている)深雪の行動にほのかが反応を示した。

 

 負けじと反対の手を取ろうとして、直後に理性が働く。凍り付いたように動きの止まったほのかの肩を、達也が軽く叩いた。

 苦笑いを向けられ、ハッと我に返って振りむくほのか。その目が後ろの二人――仕方ないとばかりに微笑む雫と、脱力して息を吐く駿の姿を捉えると、ほのかは羞恥に耳を赤く染め、ダシにされた不満を眼差しに乗せて深雪へ向ける。

 

 クスクスと笑みを零す妹の頭へ、達也が窘めるように手を置く。

 聞き分け良く離れた妹に軽くため息を吐き、達也は改めて問いに答えた。

 

「実は、負傷した五十嵐と香田の代役としてモノリス・コードへ出場することになった」

 

 達也がそう言った瞬間、事情を知らない三人は揃って目を丸くした。

 次いで、それぞれの顔に異なる感情の色が浮かぶ。

 

 深雪は兄が活躍の機会を得たことへの歓喜を。

 ほのかは不穏な気配の漂う場へ挑む二人への心配を。

 雫は無念のまま終わらずに済んだ駿たちへの安堵を。

 

 三者三様の表情を横目に見ながら、達也は駿へと向き直る。

 先程までは上の空だった駿の目には思慮の色が戻っていて、それ故に無機質な考えが頭を過った。理性と感情の間で揺れるまでもなく理性へ傾く自分を冷淡だと評しつつ、達也は笑みもそのまま、瞬きと共に思考を冷たく尖らせて問う。

 

「さっきも言った通り、出来る限りの尽力はしよう。だが疑問が全くないわけじゃない」

 

 言って、達也はほんの僅か眼差しを鋭くした。

 

 駿の目が小さく揺れる。注視していなければわからない程度に身を引き、即座に気付いて身体を固めていた。表情だけは変わらず繕っている辺り、問われることを予想してはいたのだろう。

 

「何故、俺を指名したんだ? 他ならぬお前の為なら、男子メンバーの中にも代役に名乗り出る者はいたと思うが」

 

 だからこそ、いきなり核心を突く問いを投げられてもそれ以上の動揺は見せなかった。穏やかな声音の奥に潜む刃に慄く様子はなかった。

 

 数瞬の間じっと視線を交わした後で、駿はふっと息を吐く。

 

「……言わないよう頼んでいたはずなんだが、やはりばらされてしまったか」

「会長は黙っているつもりだったらしいぞ。尤も、委員長や会頭は違ったようだが」

「大方、十文字会頭が理屈で押して、委員長が混ぜっ返したんだろう? 予想はしていたさ」

 

 呆れをため息と共に零した駿は、顔を上げると一転、真剣な表情で達也を見返す。

 

「モノリス・コードは魔法によって相手選手を打倒する、限りなく対人戦闘に近い競技だ」

 

 それまでとは打って変わった真面目な調子に、ほのかが唾を呑んだ。雫は自ずと手を握り込み、深雪は身体の前で両手を重ね合わせる。

 

 緊張感の戻った中で一度言葉を切った駿は、小さく息を吸ってから続けた。

 

「魔法師同士の戦闘において、重要となるのは魔法力の高さよりも手持ちの魔法を的確に扱う実践力と胆力だ。こうした能力は付け焼刃でどうにかなるものじゃない。僕が司波を推薦したのは、一年全体の中でも君がこの二点で特に優れていると考えたからだ」

 

 駿の語ったことは、一応の納得ができる論拠ではあった。

 一般的な尺度において速度も干渉力も規模も足りない達也だが、的確かつ正確に魔法を使用する点では一科生に負けず劣らず。また胆力に関しても並みの一年生以上には備わっているという自覚はあった。

 

 一方で、そうなると今度はなぜ駿がそれを知っているのかという疑問が生じる。達也と駿はクラスも違えば、ほのかや雫のように頻繁に行動を共にしているわけでもないのだ。

 

 納得していないのが見てとれたのだろう。

 呆れたような苦笑と共に駿がため息を吐き、回答を提示した。

 

「同じ風紀委員だぞ。新入生勧誘期間での活躍は知っているし、春の一件での活躍も聞いている。他にもいくつか噂を耳にしていて、身のこなしもある程度は見ていればわかる。これだけの材料が揃っていて、君の実力を疑うはずがないだろう」

 

 そう言われて、達也は思わず閉口してしまった。

 色々と悪目立ちをしてきた自覚があり、それが判断材料に繋がったのであれば文句を付けようがない。深雪はともかく、ほのかと雫が納得して頷いているのを見れば尚更だった。

 

 穿ち過ぎだったかと自戒して一度目を閉じ、胸中の空気を入れ替える。どんよりと垂れ込んでいた疑念をクリアにし、改めて達也は目の前の友人へと向き直った。

 

「――わかった。そう期待されてのことであれば、出来る限りは応えよう」

「ありがとう。当てにさせてもらう」

 

 言葉の裏で探り合いが繰り広げられていたなどとは露知らず、ほのかと雫はクスリと笑みを交わした。深雪だけが兄の抱いた疑念を察していて、淑女の仮面の下で安堵の息を漏らす。

 

「それで、代役のもう一人は誰にするつもりだ?」

 

 気を取り直して達也が問うと、駿はこくりと頷き答えた。

 

「そのことなんだが、もう一人は司波に選んでもらいたい」

「俺に? 何故?」

 

 予想外の回答に達也が首を捻る。達也が困惑するのも当然で、三人目の人選については駿に一任したと真由美からは聞かされていた。

 二科生でエンジニアの自分だからこそ真由美たちによる『説得』が行われたのであって、最後の一人は既に決まっているものだと達也自身も考えていたのだ。

 

「先に断らせてもらうが、今後の試合、僕はディフェンスに回ろうと思う」

 

 達也の反問に、駿はそう言って自身の右足を指差した。指先は駿の膝元を指していて、制服のスラックスの下がどんな状態なのか、事故の経緯を知る達也はすぐに察した。

 

「怪我、か」

 

 思い至った達也に再度頷いて、駿は肩を竦めて見せる。

 

「ただの打撲だ。走れないわけじゃない。病院での治療も済ませてある。だが《自己加速術式》を併用するのは厳しいだろう。短時間ならできないとは言わないが――」

「ダメ。無理はしないで」

 

 強い調子で遮られ、一同は思わず口元を緩ませる。

 唯一真剣な表情の雫に睨まれて、駿はふっと小さく息を吐いた。

 

「ああ、わかってる。実際、残り試合の全てで動き回れる程万全じゃない。魔法も利用しての全力は保って数分といった所だろう」

 

 表情を改めた駿の目が達也を捉える。この場へ来た直後とは違って強い意志を宿した眼差しに、達也の頬も自然と引き締まった。

 

「代役を頼んだ手前、負担を掛けるようで申し訳ないが、司波にはオフェンスを務めてもらいたい。だからこそ、あとの一人は君をサポートできる人選をしてくれ」

「――わかった。そういうことなら俺が選ばせてもらおう。しかし、大丈夫か。ディフェンスといっても全く動かないわけではないだろう」

 

 達也は駿の提案については了承したものの、一方でそれでは駿の負担が大きくなるのではとの危惧を抱いた。怪我で機動力を損なっているとなれば尚更だ。

 

 魔法の撃ち合いとなるモノリス・コードにおいて、一か所に留まり続ける戦術を取れる魔法師は少ない。相手の魔法に対して的確な対抗魔法を扱う技術は非常に高度なもので、多数の対抗魔法を同時に操る『十文字家』が《鉄壁》と呼ばれる所以はそこにある。

 動かぬ的となりながら防衛を果たせる者など、一高全体を見渡しても5人といないだろう。片手の指で数えられる中に駿が入ると考えることは残念ながらできなかった。

 

「確かに行動は制限されるが、守ることに関しては心配無用だ」

 

 達也の指摘に、駿は苦笑いで応じた。

 表情とは裏腹な台詞を返され、達也は視線で疑問を投げかける。

 

「忘れたのか? 『森崎(うち)』の家業はボディガードだぞ」

 

 一同の疑問と興味に、駿の笑みが自信に満ちたものへ変わる。

 

「モノリスを開錠するコードの射程は10メートル。そんな近距離に踏み込ませるつもりもなければ、護衛対象(モノリス)には指一本たりとも触れさせないさ」

 

 『家』の積み上げてきた知識と技術に加え、駿自身の努力と経験に裏打ちされた自負(・・)を窺わせる――そんな表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで達也は僕を指名したのか……。十文字会頭からモノリスに出ろって言われた時は何事かと思ったけど、ようやく腑に落ちたよ」

 

 そう言って、幹比古は長いため息を漏らした。

 達也と駿による説明が始まって以降、部屋の隅で大人しくしていた美月が同情するように苦笑いを浮かべる。何でもない風を装うレオからは興味の気配が漏れていて、逆に最初は前のめりだったエリカはいつの間にか大人しくなっていた。

 

 E組の面々が顔を揃えているのは達也が宿泊している部屋。

 駿の申し出を受けた克人の果断迅速な対応によって幹比古のメンバー入りが決まった後、詳細な段取りを説明するために達也が一同を連れてきたのだ。

 

 ちなみに深雪、ほのか、雫の三人は耳の早い友人たち(女子メンバー)を宥めるために出払っている。今頃は達也抜擢までのあらましから関係のないことに至るまで訊かれていることだろう。

 一方の男子メンバーは駿からの説明だけで引き下がった辺り対照的だった。挙句の果てには達也へ激励を送る者までいて、駿の人望の厚さは相当なものだなと達也はまるで他人事のように感心していた。

 

 幹比古のため息を不承不承の表れと受け取ってか、駿は恐縮したように頭を下げた。

 

「驚かせてしまって悪かった。説得には僕たちだけで来るつもりだったんだが、会頭に押し切られてしまってな。とても断れる雰囲気ではなくなってしまった。申し訳ない」

「ああいや、別に嫌だとかそういうわけじゃないんだ。確かに驚きはしたけど、断らなかったのは僕自身の意志だったわけだしね」

 

 愚痴へ真面目に返されて慌てる幹比古へ、達也は人の悪い笑みで言い含める。

 

「レオに出てもらう線も考えたんだが、役割的に幹比古の方が適任と判断した結果だ。いきなりで悪いが、付き合ってもらうぞ」

 

 まるで悪事へ加担させるかのような物言いには答えず、幹比古はそろそろと視線を泳がせた。

 

 幹比古がたじろぐ気持ちは達也にもわからないではない。選手はおろかスタッフですらないのにもかかわらず、突然花形競技の代役に指名されたのだ。

 克人からの依頼で断る余地はなかったとはいえ、それならと簡単に気持ちが入るはずもない。駿の大袈裟な態度や達也の意地の悪い物言いも、そんな幹比古の困惑を解そうとする思惑あってのもの。

 

 とはいえ、こうした悠長な手段を好まない者もいた。

 この場の誰より幹比古のことを知っていて、だからこそ彼女は容赦なく苦言を呈する。

 

「ミキ、いい加減観念して腹を括ったら」

「僕の名前は幹比古だ」

 

 エリカの憎まれ口にお決まりの訂正を返してから、幹比古はそっと目を伏せ、短く息を吐いた。

 

「引き受けたからには出るよ。森崎くんにはアドバイスを貰った恩もあるし、達也に相談したことを実践するチャンスだ」

 

 開いた目に迷いはなかった。幼馴染(エリカ)に発破を掛けられ覚悟が決まったらしい。一方のエリカが素知らぬ顔でいるのを見るに、単純な友誼というわけでもないのだろう。

 

「それで、達也が僕に求める役割って何だい?」

 

 問われたところで想像を止め、幹比古に向き直って答える。

 

「オフェンスとディフェンスのサポートに加え、状況に応じて一撃を加えることもできる斥候を兼ねた遊撃――それが求める役割だ。幹比古は《感覚同調》を使うことは可能か?」

 

 《感覚同調》は精霊や使い魔といった独立情報体と五感の一部、または全部を共有する古式魔法の一種だ。

 

 本来は隠匿されているはずのそれが達也の口から飛び出したことで、幹比古は驚き眼差しを鋭くする。

 しかし、すぐに達也が同じ古式魔法――忍術の大家である八雲の教えを受けていることを思い出し、幹比古は独りでに納得して疑念を呑み込んだ。瞬きと共に気持ちを切り替え、改めて達也の問いに答える。

 

「可能だよ。五感のうち二つまでは同調することができる」

「となると、視覚に加えて聴覚まで広げることができるのか。なるほど、道理で」

 

 幹比古の回答に、駿が感心したように唸った。そうしてから既に知っていたエリカを除き、いまいちピンと来ていない様子のレオと美月に、駿は手振りを交えて説明を加える。

 

「遠隔操作できる透明なカメラとマイクを得たようなものだ。モノリスの位置はもちろん、攻めてくる相手の人数と動きまで判る。索敵能力に関しては随一だろう」

「そこまで便利というわけでもないけどね」

 

 大袈裟に持ち上げられて幹比古は苦笑いを浮かべる。

 静かに感心していた達也はふっと笑みを浮かべ、宥めるように取り継いだ。

 

「視覚だけで十分だよ。それで、ここからは作戦についてだが――」

 

 それから達也はオフェンス面での戦術を語った。

 このとき達也は『吉田家』が受け継いできた術式の無駄を取り除き、CADで使用する際の使い勝手を向上させると提案したが、これにはエリカが誰より驚いていた。

 当の幹比古は事前に達也へ相談していた(・・・・・・・・・・・・)こともあって動揺もなく(・・・・・・・・・・・)、主要な魔法に関して達也が起動式を組み上げるという結論に落ち着いた。

 

 攻撃側の戦術が決まったところで防衛側の駿からも幹比古への要望が出され、一通りの段取りが決定した。

 

 時刻は21時を回り、残すはそれぞれの得物となるCADの調整だけ。

 

「さて、あと必要なのはCADだな。幹比古の分は俺が調整するとして、森崎、お前はどうする?」

「汎用型の方だけもう少し粘ろうと思う。起動式の追加は特にないんだが、その代わりに少し試したいことがあるんだ」

 

 横目で問いかける達也に、駿も視線だけで受け止めて答える。

 打てば響く駿の返答に、達也は笑みを深めて頷いた。

 

「ほう。この土壇場で何を思いついたのか、興味があるな」

「発想自体は以前からあったものなんだが、僕の知識と調整技術ではどうにも上手くいかなくてな。知恵を貸してもらえないか?」

「わかった。取り敢えず、幹比古の方を先に終わらせよう。一時間ほどで終わる」

「なら僕は木下先輩と中条先輩を呼んでこよう。ミスの確認をする人間は多い方がいい」

 

 そう言って、達也と駿が並んで部屋を後にする。

 トントン拍子に話の進む二人の背中を呆然と見ていた幹比古は、振り返った達也に呼ばれてようやく再起動を果たした。

 

 駆け出ていく幹比古を見送って、残された三人が顔を合わせる。

 達也の有能ぶりは日頃から経験していたものの、そこにもう一人が加わることでどれだけ話が早くなることか。荒事への適性がない美月はともかく、エリカとレオは末恐ろしいコンビの誕生に対戦相手への同情を禁じ得なかった。

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 以下、宣伝的なモノ

 作者Twitter → https://twitter.com/mobusaki_shun
 更新報告をメインに、創作関連や趣味について、本作の裏話、設定等呟くことも。
 
 
 
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