モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う 作:惣名阿万
お待たせしました。前話に引き続いての後編となります。
少々短めですが、前後編合わせて1話だった故とお目こぼしください。
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試合開始から五分と経たぬ内に八高陣地を強襲した達也は、驚き固まるディフェンスを放置してモノリスへと駆けた。
瞬く間に距離を詰められ、我に返ったディフェンスが慌ててCADを向ける。
手にしているのは銃身の短い拳銃形態の特化型CAD。照準補助性能は控えめながら、取り回しの容易さから運動量の多い競技で頻繁に使用されるタイプだ。拳銃における銃口が走る達也へ向けられ、起動式の展開、読み込みが開始される。
瞬間、振り向き様に達也の手元から高圧のサイオン塊が撃ち出された。物理空間を飛翔したサイオン塊は瞬時にディフェンダーのCADへ着弾。圧縮されたサイオンが解放され、非物理的な衝撃が展開中の起動式を諸共吹き飛ばす。
《
鮮やかな迎撃を見せた達也はしかし追撃を加えることなく走り続け、一息の間にモノリスを射程内に捉えた。《術式解体》を放ったCADが再度輝き、無系統のサイオンパターンで構成された『鍵』がモノリスを開錠、内部に隠されたコードを暴き出す。
客席が俄かに湧き、しかしモノリスへ背を向けて走り去る達也を見て戸惑いに変わった。
同様の反応は一高の応援席でも見られ、八高の陣地を食い入るように見ていた雫が真っ先に疑問を漏らした。
「どうしてモノリスが開いたのにコードを入力しに行かないんだろう」
モノリス・コードの勝利条件は二つ。
一つは相手チームの全選手を撃破すること。意識の喪失やヘッドギアを外された場合がこれにあたり、3人共を脱落させた時点で勝利が決まる。全滅が条件という都合上、特に草原や岩場といった見通しの良いステージではこちらの決着になることが多い。
対するもう一つの勝利条件はモノリスに表示された
無系統魔法の『鍵』によってロックが解除されたモノリスには、512文字のアルファベットがランダムに表示される。これを手元のキーボードへ打ち込み送信することで、相手選手を打倒することなく勝利を得ることができるのだ。
達也の速攻により、既に八高のモノリスは既に開錠された。表示されたコードを送信すればその時点で一高の勝利が決まる状況だ。
にもかかわらず、達也はモノリスへ近付く素振りすらなく駆け出した。勝利を目前に背を向けるような行為へ疑問を持つのはモノリスファンの雫でなくても当然だろう。
「いくらお兄様でも、相手からの妨害を捌きながら512文字のコードを打ち込むのは難しいわよ」
雫の疑問に答えたのは深雪だった。苦笑いを浮かべ、諭すように言う。
言われて納得した雫は改めて各選手の動向を中継するモニターに目を凝らした。
木立の間を駆ける達也はこれまでよりも脚を緩めていて、木々の影を渡るように方向転換を繰り返している。モノリスから離れることを嫌う八高のディフェンスがぎりぎりで見失わない距離を維持し、陣地から離れるよう引き付けているようだ。
繰り出される魔法を時に躱し、時に迎撃しながら、達也は徐々に相手を森の奥へと誘引していく。これで八高の陣地は無人となり、あとは達也が相手を撒くか倒すか、或いは残るメンバーのどちらかが駆け付ければ一高の勝利が決まる状況になった。
これで一高の形勢有利。
そう思われた矢先、応援席の一角から悲鳴が上がった。
「見て、八高のオフェンスが!」
出所は英美で、焦ったような彼女の声の先に一同の視線が集まる。
八高のオフェンスの一人を映したそれは、木の陰から覗く選手越しに一高の陣地を捉えていた。画面左手にはモノリスと、それを守る駿の姿が映っている。
「達也くんの方はまだ掛かるわよね……」
「森崎くん、頑張ってー!」
苦々しげに呟いたエリカと、声援を飛ばすほのか。二人の目はどちらもモニターではなく、肉眼で見える一高の陣地へと向けられていた。
木々の立ち並ぶ森林ステージであっても、モノリスの周囲は開けている。スタンドから直接見ることができるのはこれが理由で、八高の陣地へ乗り込んだ達也の姿もはっきりと見えていた。
両校の本陣は開けた広場のような地形でありながら周囲を木々に囲まれている。オフェンスにとっては攻めやすく、ディフェンスにとっては先手を取られやすい地形だ。
現に八高のオフェンスが木の影を伝って接近しても、駿が気付いた素振りはない。八高オフェンスの一人は一見して隙だらけな状況に勝機を見出してほくそ笑んだ。
「大丈夫でしょうか。気付かない場所から魔法を撃たれたら、いくら森崎くんでも……」
一高の本陣とモニターとを見比べて、美月が不安の声を漏らした。
同じことを考えた者は多く、駿を見ながら眉を顰めている。
一方で、別の印象を抱く者も少なくなかった。
「問題ないんじゃねえか。油断しているようには見えないし、あの森崎が何も備えを用意してないってこともないだろ」
レオの台詞に、雫を始めとした何人もが頷いた。
モノリスを背に立つ駿は両足を肩幅に広げ、じっと待ち構えているようだった。腰元の2丁のCADには触れもせず、ゆっくりと周囲を見渡している。
緊張は見られず、油断も驕りもない。本人が口にしていた通り、経験と自負に裏打ちされた風格が今の駿にはあった。
自然と一同の目が駿へ向いたそのとき、八高のオフェンスが飛び出した。
モノリスへ向かって猛然と駆けながら、CADの先を駿へと向ける。
完璧な奇襲だった。少なくとも、会場にいるほとんどの人間がそう思っただろう。
八高のオフェンスも勝利を確信し、駿を脱落させるべくCADの引き金を引いた。
サイオンを注入されたCADが処理を開始する。
最適化されたシステムが起動式を高速で構築し、CADの周囲に展開。術者の魔法演算領域へと送られる、その過程で――。
起動式の一部が、極小さなサイオンの弾丸に撃ち抜かれた。
不完全な起動式では魔法を正常に発動させることができず、駿に向けて投射された魔法式は何の効果をもたらすことなく霧散した。
八高の選手が目を丸くする。自分が何をされたのか、彼にはまるでわかっていなかった。
魔法を無効化されたことは判った。六高との第一試合、駿がその手の対抗魔法を用いていたことは知っていた。
問題はどうやって例の対抗魔法を使ったのか。
視線の先の駿はCADを抜いてもおらず、ホルスターに収めたままのCADを握っているだけ。目だけは鋭く射貫いてきているものの、CADを抜くことすらせずに起動式を狙うことのできた理由がわからなかった。
一瞬の躊躇いの後、八高のオフェンスは再度CADの引き金を引いた。
だが結果は変わらず、《圧縮サイオン弾》によって削られた起動式では魔法を発動させることができなかった。二度、三度と繰り返しても同じで、駿は鋭い眼差しを向けたまま滑らかにCADを抜いた。
攻めていたはずが、いつの間にか追い詰められている。
八高のオフェンスはグッと奥歯を嚙み、ならばと一歩足を踏み出した。
瞬間、駿の左手が閃く。
右手で《圧縮サイオン弾》を放ちながら、左手のCADで《反転加速》を使用。八高のオフェンスは二歩目を踏み込んだ時点で頭を揺さぶられ、よろよろと数歩進んだ後、つんのめるように倒れ込んだ。
うつ伏せに転がった相手へ慎重に近付いてヘッドギアを外す駿。
奇襲に対して一切のダメージもなく完封した姿に、スタンドは一時言葉を失っていた。
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精霊を介して一部始終を見ていた幹比古は、思わず感嘆の声を漏らしそうになった。
(速度と精度を突き詰めた、その成果があれほど凄まじいものだなんて……)
数日前の夜、駿と話した時に言っていた言葉が頭を過った。
駿の扱う魔法については昨晩の内に聞かされていた。強力な魔法はほとんどなく、使い慣れた術式ばかりだとも聞いていた。
侮っていたつもりはなかった。駿の成績や評判、直接話してみての感想を含め、相応の実力を持った人物なのだろうと考えてはいた。
だが精霊を通して目にした光景は、そうした認識を易々と吹き飛ばしていった。
駿が何をしたのか説明するのは容易い。
相手が起動式を展開するのに対し、極小規模な《圧縮サイオン弾》で後の先を取る。
CADを抜くことによるロスを補うため、システムの補助なしで照準を合わせる。
対抗魔法で相手の魔法を封じ、焦れて隙を見せた瞬間に最小限のダメージを与える魔法で打ち倒す。
駿がしたのはこれだけで、これらはある程度の資質を持つ魔法師なら誰でも習得可能な技術だ。あくまで理論上は、という注釈が付くが。
これほどの技量を得るためにどれだけの習練が必要となるのか、幹比古には想像もつかない。ましてや同い年の高校生が揮う『技』だなどと、目の当たりにするまでは到底信じられなかっただろう。
『こちらは片付いた。足止め感謝する。後は任せて、司波の援護に向かってくれ』
通信越しに駿の声が聞こえる。淡々とした声には一切の誇りも驕りもなく、それがまた自身の認識の甘さを幹比古へ突きつけていた。
驚くべきは達也だけではなかったと内心ため息を吐きつつ、幹比古は左手を強く握る。
「了解。それじゃあ術を解くよ。もう一人の現在地は
『助かる。そちらは頼んだ』
短い返答と共に通信が切られた。小さく笑みの浮かんだ幹比古はCADへのサイオン注入を止め、八高選手の一人を迷わせていた《木霊迷路》を解いた。
精霊と同調した視覚越しに八高のオフェンスが一高陣地へ向かう姿を見送る。足止めを受けて焦っているのか、足音が立つのも気にせず走っていく。
その先にどれだけの手練れが待っているかも知らずに走る背を気の毒に思いつつ、幹比古は八高の陣地へ向けて駆け出した。
幹比古の予想通り、八高オフェンスのもう一人は駿の手によって打ち倒された。
奇襲を仕掛けた側から起動式を撃ち消され、動揺して隙を突かれる光景は一人目の焼き直しのようだった。観客も二度同じ結果を見せられれば何が起きたかは理解でき、相手の攻撃を悉く封じる駿の技量に惜しみない称賛が送られた。
また攻める側についても観客を大いに沸かせる光景が繰り広げられた。
森の中を縦横無尽に駆ける達也を捉えることができず、焦れたディフェンスは魔法を乱発、計3つの魔法式が別角度から達也を狙った。
これに対し達也は迎撃を選択。走る足で強く地面を蹴った達也は、側転宙返りの最中で三つの魔法式を《術式解体》で粉砕。着地の勢いそのままに駆け出し、おまけとばかりにディフェンスへ向けて魔法を放った。
使用した魔法は同じく無系統の《合成波》。サイオンの波を立て続けに2度発生させ、相手選手の立つ位置で共振を起こして増幅させる魔法だ。魔法師にこれを浴びせた場合、乗り物酔いに似た感覚を誘発することができる。
軽い眩暈のような症状に襲われ、八高のディフェンスは思わずたたらを踏んだ。
その隙を見逃すはずもなく、達也はよろめく相手の脇を抜けてモノリスの方向へ駆ける。背中へ向けられた魔法を振り向き様に粉砕し、足下の覚束ないディフェンスを置き去りに八高の陣地へとたどり着いた。
達也が広場へ駆け込むと、ほぼ同時に幹比古も陣地へと入ってきた。
対面した二人はアイコンタクトを交わしてすれ違う。達也はモノリスの正面へ、幹比古は達也の出てきた森の中へ、それぞれの役割を瞬時に把握して行動する。
森へ入ってすぐに幹比古はCADのキーを叩いた。
達也によって幹比古の知る魔法の多くが搭載されたCADは、一切の淀みもなく起動式を展開、送出し、スムーズな魔法式構築を実現する。
使う度に馴染んでいくような感覚を覚えながら、幹比古はようやく立ち上がった八高のディフェンスへ向けて二度目の《木霊迷路》を発動した。
眩暈の症状から復帰したディフェンスに周波数の異なる2つの音波が襲い掛かる。
耳鳴りに似た高周波と、その陰にひっそりと隠れるような低周波。2種の音波攻撃に晒されたディフェンスは、高周波による不快感に表情を歪めながら足を踏み出した。
精霊を介して発動する《木霊迷路》は、高周波による誘引と低周波による三半規管への干渉の二段構成を持つ古式魔法だ。対象は不快感の元となる高周波を追って肉眼では視認不可能な精霊に誘引され、同時に低周波で少しずつ方向感覚を狂わされることになる。
長年の知恵が結集された古式の精霊魔法――その隠密性と威力が如何なく発揮された光景だった。
八高のディフェンスが《木霊迷路》に囚われた時点で大勢は決した。
ディフェンダーへの対応を幹比古に任せた達也は妨害へ気を配る必要もなくコードを打ち込み、間もなく512文字のコードが送信される。
試合終了を告げるサイレンが鳴り響いた。
誰の目にも明らかな完勝を遂げた一高チームは、割れんばかりの歓声に迎えられてスタンドの前に並ぶ。
「まずは一勝。これで決勝トーナメント行きは確保できたな」
余裕すら感じられる声音を耳にして、幹比古は頬が引き攣りそうになるのを堪えた。
三人の中で最も運動量が多かったにもかかわらず息一つ上がっていない。CADの調整技術一つとっても超高校生級の達也は、どうやら運動能力にも非凡な能力を有しているらしい。
おまけに《術式解体》などという規格外の魔法を連発して尚涼しい顔をしているとくれば、幹比古の中にあった『常識』に罅が入るのも当然だった。
加えて、驚くべきは達也だけではない。
罅の入った『常識』を砕いたのは、もう一人のチームメンバーだ。
「とはいえ、なるべくなら次もしっかりと勝っておきたい。新人戦の優勝には2位以上が必要だ。準決勝で三高と当たるような状況は避けるべきだろう」
試合前よりも幾分か和らいでいるとはいえ、未だ真剣な面持ちを崩すことなく駿は言った。
飛び入りの自分とは違い、優勝への思い入れは
「これだけ完勝しておいて負けるとは思わないけどね」
「……確かに、司波の戦術眼と吉田の索敵能力を考えれば勝算が高いのは間違いない、か」
せめてもの軽口にも真面目に返されてしまえば、幹比古にはもうお手上げだった。
駿の能力への驚愕は達也へのものとほぼ同等。違うのはベクトルの向きだ。
達也の場合は、見せられた能力それ自体の非凡さに驚かされた。
対して駿は、見せられた能力を得るに至った過程に驚かされた。
魔法師としての才能は確かに、本人が申告した通り常識の範囲を出る程ではないのだろう。深雪はもちろん、今回の九校戦で活躍した選手の中に駿以上の才覚の持ち主は少なからずいる。
一方で、素質に秀でているわけではないからこそ、現在へ至るまでの努力量は想像を絶するものがあった。駿自身が簡単に口にした習練の日々が如何なるもので、同じことができる人間がどれほどいるか、幹比古にはとても想像が付かない。
「煽てられても、今以上にできることはないぞ」
「司波の本領は各試合それぞれだけのものじゃないだろう? 今の試合の内容が今後どう活かされていくのか、妙案を期待するよ」
「やれやれ、これは使い倒されそうだな」
軽口を交わす2人を横目に、幹比古は目を閉じて深呼吸をする。
一年前の失敗以来自信もプライドも失ったと思っていたが、改めて見ると存外残っていたらしい。『神童』などと呼ばれていた頃の意識を引き摺って、同級生の中に同格はそういないと思い込んでいたようだ。
けれど、今はもうそうではない。
達也と知り合い、駿と言葉を交わして、同格以上の相手を身近に知った。
今度こそ驕りを捨て、この機会に2人から学べるだけを学ぶつもりで挑むのだ。
「吉田も。以降の試合でもよろしく頼む」
「もちろん。索敵から遊撃まで、存分に使って欲しい」
駿へ応えながら、幹比古は残る3試合へ全霊で臨むことを自身に誓った。