モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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とても励みになり、筆が進みます。ありがとうございます。






第4話

 

「全員揃ったな。そのままで聞いてくれ」

 

 風紀委員会本部に定員の9名が揃ったところで、渡辺委員長が立ち上がった。

 

「今年もまた、あのバカ騒ぎの一週間がやって来た」

 

 しみじみと呟いた渡辺委員長の言葉に、先輩方が何人か深く頷いている。

 

 新入部員勧誘期間。

 一高内のあらゆるクラブが有望な新入生を求め、熾烈な争奪戦が繰り広げられる。

 

 期間は今日から8日間。この間、各部は勧誘のテントを設営し、ちょっとしたどころではないお祭り騒ぎになるらしい。但し、お祭りと言っても夏祭りのような楽しいだけの祭りではなく、怪我も諍いもありな荒々しい祭りなんだとか。

 

 というのも、各部にとって優秀な新入部員の獲得は最重要任務なのだ。優秀な成績を収めたクラブには次年度の予算やら所属する生徒個人の評価など、様々な恩恵に与れるということもあって、どこも優秀な人材の確保に余念がない。

 

 学校側としても全国の魔法科高校間で行われる対抗戦での成績が各校の評価に反映されるという関係上、学生の質の向上は寧ろ推奨する側だ。

 そのため優秀な生徒がクラブで技能を磨き、高めた実力を対抗戦で発揮することを期待して、この獲得競争を後押ししている節すらある。

 

 実際、個人情報として厳重に保管されているはずの入試成績リストが、毎年(・・)どこからか(・・・・・)どういうわけか(・・・・・・・)漏れ出ているのだとか。

 個人情報保護の観点から見てそれはどうなんだとも思うが、逆に言えばそれほど重視されているということだ。

 

 こうした有望株の奪い合いは、時にぶつかり合いに発展する。

 争奪戦が高じて、殴り合いや魔法の撃ち合いになることも珍しくないんだとか。

 期間中はCADもデモンストレーション用に持ち出しが許可され、結果、校内は無法地帯と化してしまうらしい。

 

 よくもまあ、そんな傍迷惑な慣習を作ってくれたものだ。

 しかもそれを学校側が率先して黙認しているというのだから笑えない。事故が起きることを承知してやらせるなら、見回りや事後処理も学校側がやって欲しい。

 

 などと愚痴ったところで、生徒の自主性が重んじられる第一高校において校内の風紀維持は風紀委員の仕事だ。諦めて義務を果たすしかない。

 

「今年は幸い、卒業生分の補充が間に合った。紹介しよう。立て」

 

 委員長に指名された僕と達也が席を立つ。

 途端、上座側からは値踏みするような視線がいくつも飛んできた。昨日既に知り合っている辰巳先輩、沢木先輩の視線は柔らかく、関本先輩も神妙だが冷たくはない。

 

「1―Aの森崎駿と1―Eの司波達也だ。今日から早速、パトロールに加わってもらう」

 

 俄かにざわめきが広がる。それは委員長が達也のクラスを口にした瞬間に始まり、視線が彼の肩口や胸元を捉えると更に大きくなった。

 泰然としているのは昨日達也を認めた二人くらいで、後は程度の差こそあれ戸惑いを感じているようだった。

 

「役に立つんですか」

 

 一人が発言する。形としては僕と達也の二人に向けられたものだったが、視線は達也の空いたエンブレムを捉えていた。

 

 彼の意図を違わず理解した渡辺委員長は、うんざりした顔で応じる。

 

「ああ、心配するな。二人とも使えるやつだ。司波の腕前はこの目で見ているし、森崎の早撃ちもかなりのものだった」

 

 おっと、予想外に高評価だ。原作じゃあ達也のおまけみたいな感じだったのに、今のは実感がこもっていた気がする。

 これで渡辺委員長の後ろ盾が少しでも得られるなら、目を付けられただけの甲斐もあったか。

 

「他に言いたいことのあるヤツはいないな?」

 

 渡辺委員長が一同を見渡して言う。何も言うつもりはないけど、その「文句があるヤツは名乗り出ろ」とでも言いたげな喧嘩腰はどうにかなりませんかね。

 

 その後、特に名乗り出る者もいなかったので、委員長は満足げに頷き、号令を掛けた。

 

「よろしい。では早速行動に移ってくれ。レコーダーを忘れるなよ。司波、森崎両名については私から説明する。他のものは、出動!」

 

 全員が一斉に立ち上がり、踵を鳴らして、握り込んだ右手を胸に当てた。

 某巨人を狩るマンガの「心臓を捧げよ!」の場面に似ていて、思わず噴き出しそうになってしまった。

 

 風紀委員流の敬礼を解き、委員会本部から出ていく先輩たち。辰巳先輩や沢木先輩は各々らしい(・・・)声掛けをしていき、関本先輩もすれ違いざまに肩を叩いていった。彼らなりのエールということなのだろう。

 

 達也と並んで先輩方を見送り、委員長以外の全員が出たところで振り返る。

 

「まずこれを渡しておこう」

 

 渡辺委員長が腕章とビデオレコーダーを2つずつ取り出してテーブルへ置いた。

 

「レコーダーは胸ポケットに入れておけ。ちょうどレンズ部分が外に出る大きさになっている。スイッチは右側のボタンだ」

 

 言われた通りにレコーダーを胸ポケットへ収める。側面のスイッチもそのまま操作できる位置にあるので、取り出すこともなく片手で扱えそうだ。

 

「今後、巡回のときは常にそのレコーダーを携帯すること。違反行為を見つけたら、すぐにスイッチを入れろ。撮影を意識する必要はない。風紀委員の証言は原則としてそのまま証拠に採用される」

 

 説明を頭に叩き込み、わかりましたと答える。

 僕が一拍飲み込む時間を必要としたのに対し、間髪入れずに頷いたあたり達也はやはり頭の回転が早い。

 

「最後はCADについてだ。風紀委員はCADの学内携行を許可されている。使用についても、いちいち誰かの指示を仰ぐ必要はない」

 

 正直、この特権が欲しくて風紀委員に入ったといっても過言じゃない。

 この先何度も襲撃を受けることになると知っている身として、身を守る手段は常に確保しておきたい。達也や深雪のようにCADなしでも魔法が使える人を除き、僕のような一般の魔法師はCADがないと突発的な攻撃に対応できないのだから。

 

「だが、不正使用が判明した場合は、委員会除名の上、一般生徒より厳重な罰が課せられる。一昨年はそれで退学になったヤツもいるからな。甘く考えないことだ」

 

 渡辺委員長の念押しに頷いて答える。

 

 魔法の不正使用は法律で禁じられている。魔法科高校の敷地内であってもそれは同様。

 だが自衛目的であれば魔法の使用は容認されるのだ。テロリスト等の襲撃者に対して、正当防衛が認められる範囲の魔法使用であれば罪に問われることはない。

 であれば、使い慣れた自分のCADがいいと思うのは当然の心理だろう。咄嗟の場面で手に馴染むツールがあるというのはそれだけで大きな力となる。

 

 渡辺委員長の説明が終わったところで、達也が落ち着いた様子で声を上げた。

 

「質問があります」

「許可する」

「CADは委員会の備品を使用してもよろしいでしょうか?」

 

 達也の申し出に渡辺委員長は目を丸くする。

 

「構わないが、理由は? 釈迦に説法かもしれないが、あれは旧式だぞ?」

「確かに旧モデルではありますが、エキスパート仕様の高級品ですよ、あれは」

 

 苦笑いで説明する達也に対し、委員長は頭を抱えてため息を吐いた。

 

「……それを我々はガラクタ扱いしていたということか。なるほど。君が片付けに拘った理由がようやく分かったよ」

 

 諸々の事情から、達也は魔工技師志望を標榜している。

 実際は一流の実戦魔法師を凌駕する実力があるにもかかわらず、本人は技術屋を名乗っているわけだ。まあ技術面についても達也は超一流と評されるに十分な能力を持っているのだが。

 

 その辺りの背景もあって、達也には散らかり放題だったこの部屋の惨状に耐えられなかった。

 昨日、委員会本部に戻ってきたときに部屋が片付けられていたのはそれが理由だ。

 

「そういうことなら、好きに使ってくれ。どうせ今まで埃を被っていた代物だ」

「では、この2機をお借りします」

「2機……? 本当に面白いな、君は」

 

 元より当たりを付けていたのだろう。達也は迷うことなく腕輪型のCAD2機を手に取り、両手に1つずつを装着した。

 それを見て、渡辺委員長はくつくつと笑い声を漏らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一つ訊いてもいいか?」

 

 部活連本部へ向かう渡辺委員長と別れたところで、達也へ声を掛ける。

 

「何だ」

 

 達也は平坦な声で先を促した。表情からも声音からも動揺は見受けられない。

 あるいは僕がいつか問いかけるだろうと予測していたのかもしれない。

 

 どちらにせよ、一般的に見た上での優等生に当たる僕(・・・・・・・・・・・・・・・・・)が、CADの2機持ちにツッコまないというのは不自然に映りかねない。

 

「僕も特化型と汎用型を使い分けているから、CADを複数持つことに違和感はない。が、それにしても同じ型のCADを二つ持つのは何故なんだ?」

 

 そんな打算から導きだした問いだ。答えなんて知っているのに、ただ怪しまれたくないという理由で本来あるべき姿を装っているだけ。

 だから本当に興味があるわけでもなくて、問いかけるポーズをした上で自分から質問を撤回する。

 

「いや、すまない。術式に関する詮索はマナー違反だった。忘れてくれ」

 

 他人の魔法、術式、技術を詮索するのはマナー違反にあたる。

 それは魔法師という存在が人体実験や人為的な交配の末に生みだされ、強化されてきた歴史に基づく配慮だ。非人道的な、血塗られた歴史の上に成り立つ魔法師の力は、軽々しく吹聴されるべきものではない。

 

 単なるマナーという以上の、禁忌(タブー)に近いニュアンスの常識だ。

 故に僕がこう言えば、達也はすんなり口を噤んでくると思っていた。

 

「いや、構わない。そうだな……2機だからこそ出来るようになることがある、とだけ言っておこう」

 

 しかし達也はあっさりと、全貌とはいかずとも割と核心的なことを言ってのけた。

 

 意図が読めない。僕にヒントを教える理由がわからない。

 ただの気まぐれなのか、友好の証なのか、それとも反応を見られてるのか。

 

「……なるほど。どうやら君は、常識では測れないらしい」

 

 考えても分からない。このポーカーフェイスから何かを読み取ることなんてできるわけがないし、頭の出来も遥かに劣ってるんだ。

 

「健闘を祈る。いや。この場合『無事を祈る』の方が的確か」

 

 分からないなら分からないなりに、どちらへ転んでもいいよう友好的な姿勢を示していればいいだろう。

 悩むのを諦めて言うと、達也は僅かに首を傾げた。

 

「問題が起こると確信しているような言い方だな」

「そりゃあ、な。アレを見て、何も起こらないと思うか?」

 

 達也の鋭い切り返しに、窓の外を指差して答える。

 そこには既に群衆と呼べるほどの人だかりができており、あれがすべて新入生を勧誘せんと目論む監視対象なのだとしたら、新人風紀委員の仕事としては些か以上の激務となるだろう。

 

「…………確かに、何も起こらないと考える方が無理筋か」

 

 心底面倒だと言わんばかりにため息を吐いた達也に、僕は思わず噴き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 最初に達也が抱いたのは、小さな違和感だった。

 

 深雪と同じA組でありながらクラスメイトとは一線を引くような態度を保ち、にもかかわらず一触即発の場面となった途端最前へと出てきた。

 そうしてA組の期待に背きながらも、言葉巧みにクラスメイトを諭してみせた。

 

 事なかれ主義でもなく、エリート思考に染まっているわけでもなく、自己顕示欲が強いわけでもなく、極端な平和主義というわけでもない。

 

 およそ中学校を卒業したばかりの高校一年生とは思えない落ち着きぶりだった。

 普段は好き勝手にさせつつ、いざとなれば現実的な解決策でもってフォローするその姿勢は、いっそ老成していると言ってもいいほど成熟した精神性を窺わせた。

 

 自分もまったく同じ評価を多方面から頂いているということはすっかり棚上げして、達也はこの少年を注意深く観察することにした。

 

 

 

 森崎駿。

 百家の一つにあたる森崎家の長男で、入学試験では実技で深雪に次ぐ成績を残した優等生。

 CADの操作技術に長けており、無系統魔法による起動式の狙撃などという離れ業をもやってのけた。

 

 相手よりも後出しで魔法を発動し、先んじて起動式のみを狙い撃つなどという芸当は並の魔法師にできることではない。

 自分のように特殊な『目』を持っているならともかく、反射神経のみで成立させるのは至難の業だろう。十師族にもそんなセンスの持ち主はそう多くないはずだ。

 

 しかし、調べた限り森崎の家に十師族の血が混ざったことはない。

 魔法で知覚能力を強化しているのなら自分の『目』で看破できるはずだが、それもない。

 となると、本当に努力のみであの技を体得したことになる。

 

(森崎は習得に2年を費やしたと言っていた。しかしいくら百家の長男とはいえ、高校生にもなっていない子どもが2年間も対抗魔法の訓練を続けられるか?)

 

 違和感は次第に大きくなり、森崎の素性を考えれば考えるほど疑念は深まった。

 

 これが十師族であればまだ信じることもできただろう。

 四葉ほど苛烈ではないとはいえ、十師族の子女であれば幼少期から魔法の訓練を行っていてもおかしくない。師の一人に対抗魔法の習得を薦められでもすれば、15歳という若さで無系統魔法を用いた対抗魔法を操ることもあるだろう。

 

 だが森崎家に十師族との繋がりはない。

 専門はCADの操作技術であって、対抗魔法の研究ではない。

 仕事もボディガードの派遣会社で、対抗魔法が必要な場面もなければ指導する人材もいないだろう。

 

 ではなぜ、森崎はあの魔法を習得しようと考えたのか。

 

 

 

 疑念はそれだけではない。

 

 エリカたちとA組の生徒が揉めたとき、森崎はエリカの実力を言い当てることで場を収めようとした。

 その際、彼はエリカの体捌きから何らかの武術に通じていると予想し、エリカ本人から家名を引き出すことでA組の学生を納得させていた。

 

 森崎はその理由を、家業がボディガードだからと口にしていた。

 だが本当にそれだけでエリカが武術に通じていると見抜けるだろうか。

 

 正直なところ、達也はあの時点でエリカが千葉の本家――『剣の魔法師』の一人だと判ってはいなかった。『千葉』の姓を聞いたときに「おや?」と思いはしたが、確証を得るには至っていなかった。

 

 達也は中学一年生の10月から、忍術の大家、九重八雲の下で稽古を積んでいる。

 忍術使いの下での稽古には当然体術も含まれており、達也の体術の技量は門下でもトップクラス。摩利から自己加速術式の使用を疑われるほどに鍛え上げられている。

 

 その達也ですら確信が持てなかった。それほど巧妙にエリカは『技』を隠していたのだ。ボディガード家業の手伝いだけで見抜けるとは考えにくい。

 もちろん、森崎の観察力が人並み外れて高いと言われればそれまでだが、もっと単純で可能性の高い理由があった。

 

(……森崎は元よりエリカのことを知っていたのかもしれない)

 

 エリカの反応を見るに、初対面であったことは確かだろう。

 だが森崎の方はエリカを知っていたのではないか。

 

 そう考えると森崎の行動に納得がいくのだ。

 エリカの素性を知っていて、性格を知っていたからこその行動だったと考えれば、意味も意図もある程度は理解できる。

 

 問題は、森崎がどうやってエリカのことを知ったのかという点。

 百家の傍流ならいざ知らず、軍や警察に影響の強い『千葉家』ともなればある程度の情報は世に流れるものだ。

 達也も世間一般(ここでは魔法関係者としての一般)以上の情報は持ち合わせていたが、そこに『十代の千葉家の娘』というものはなかった。

 

 達也の生家である四葉家は、他家以上に多くの情報を集めている。

 達也も本家勤めの人間ほどではなくとも、百家の、それも支流の家に劣るほど情報に疎いということはない。森崎の耳に入るほどの噂なら、達也の耳に入らないはずがない。

 

 もちろん、森崎が偶然知り得たという可能性もあるだろう。

 だがそれよりは森崎が何かしら特別な情報網を持っていると考える方が、後々のためにも建設的だった。

 

 

 

 森崎駿が持っているかもしれない情報網。

 どんな方法で、どれほどの規模で、どれだけの情報を掴んでいるのか。

 

 警戒する必要があると、達也は結論付ける。

 もし万が一、自分や妹の素性に辿り着くようであれば――。

 

 エリカとの待ち合わせに向かうべく廊下を歩く達也。

 その表情はポーカーフェイスに覆われて尚、研ぎ澄まされた刃のような雰囲気を放っていた。

 

 

 

 


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