モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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 いよいよモノリス・コードも決勝です。

 今回も長くなったので前後編とさせて頂きます。
 
 
 
 


第29話 前編

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 集合時間を30分後に控えた頃、達也は会場のゲートに呼び出された。

 

「小野先生、ご苦労様です」

 

 達也を呼び出したのはカウンセラーとして一高に勤める小野遥。また彼女は警察省公安庁の秘密捜査官という身分も併せ持っている。本人はカウンセラーこそ本職と言い張っているものの、生まれつき《隠形》に高い適性を持つ彼女は少なくとも能力的には諜報員向きだった。

 春に起きたブランシュの一件では、達也へ協力を求める見返りにテロリストのアジトの情報を提供した。また互いに八雲を師に持つということもあり、以来生徒とカウンセラーらしからぬ関係が続いていた。

 

「本当に、少しは労わって欲しいわ。私はカウンセラーであって使い走りじゃないのよ」

「先生に運搬を依頼したのは師匠であって俺じゃありませんよ」

 

 引いていたキャスター付きバッグを渡し大袈裟に肩を揉んで見せた遥へ、荷物を受け取った達也は表情一つ変えることなく返した。幹比古辺りが今の光景を見れば「枯れている」などと評しただろう。

 こうした達也の年齢不相応な反応には遥も唇を尖らせる。目の前の兄弟子(あにでし)が普通の高校生でないことは承知していても、だからといってぞんざいに扱われるのはどこか癪だった。

 

 遥の不満げな表情を見て、達也はふと思い付いたように切り出した。

 

「では、そうですね。雑用がご不満なら、本来の仕事をお願いしましょうか」

「いえ、無理に仕事が欲しいわけじゃないんだけど」

 

 わざとらしい言い回しに、遥が少し身を引く。

 達也は表情こそ変えないまま、囁くように続けた。

 

「税務申告が必要ない臨時収入、欲しくないですか?」

 

 瞬間、遥の目に分かりやすい動揺が走った。

 ざっと視線を左右へ配ってから少し俯き、やがて遥は心持ち顔を寄せて呟いた。

 

「……何をさせる気?」

 

 諜報員にしては分かり易い態度にほんの少しだけ心配を抱きつつ、答える。

 

「『無頭竜』――『ノー・ヘッド・ドラゴン』のアジトの所在を調べてください」

 

 すると今度こそあからさまに動揺した遥が抱き着かんばかりの勢いで達也へ詰め寄った。

 

「何故『ノー・ヘッド・ドラゴン』のことを知っているの!?」

 

 興奮した口調で、けれど声は潜めて問い詰める遥。柔らかな雰囲気の彼女にしてはなかなかの剣幕だが、達也には答えられない理由がある。

 

 そもそも達也が『無頭竜』について知り得たのは風間からの警告があってから。バスでの事故以来関与は確定的で、だからといって情報源は秘密にしなければならない。ぼかして言っても一応諜報員の彼女の腕なら手掛かりを掴んでしまう可能性がある。

 

「自分たちに危害を加えようとしている連中を調べるのは当然だと思いますが?」

 

 だから達也はいくらでも解釈の余地がある回答を口にした。

 案の定、遥はこの答えにしばし考え、やがてそれが九校戦における妨害工作の件だと思い至った。

 

「何を企んでいるの? 今回の件は『公安』も『内情(内閣情報管理局)』も動き出している。司波くんが手出しする必要はないのよ」

「今のところ何もするつもりはありません。ただ、反撃すべき時に相手の所在が掴めないというのはそれだけで不安ですので。――ところで、この体勢は色々と誤解を招くと思うのですが」

 

 問い詰めるのに集中した所為か、遥はほとんど密着する位置から覗き込んでいた。

 慌てて離れた遥が誤魔化すように苦笑いを浮かべる。

 

 本当に諜報員らしからぬ彼女の姿に、達也はため息を堪えなくてはならなかった。

 

「ああそれと、もう一つ追加で調べて頂きたいことがあるのですが」

「ハイハイ、今度は何かしら?」

 

 おざなりな態度で応じる遥へ、達也は初めて真剣な表情で言った。

 

「今回の一件、ただの犯罪組織にしては大衆心理の掌握が巧み過ぎる。本来する必要のないことすらしているのを見るに、何者かが裏で糸を引いている可能性があります。ですので先生にはそちらについても調べて頂ければ、と。もちろん報酬は上乗せします」

 

 鋭い眼差しに少々面食らった遥だったが、内容を聞くにつれて表情を改め、最後まで聞く頃には何かを思案していた。じっと考えを巡らせた遥は、やがて軽く息を吐いて振り返る。

 

「……わかった。一日頂戴」

「素晴らしい。一日ですか」

 

 思っていた以上の回答に、達也が手放しで称賛を送る。

 遥は満更でもなさそうに照れ笑いを浮かべ、「それじゃあね」とだけ残して去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 決勝の会場は草原ステージに決定した。

 見通しが良く、遮蔽物の存在しないシンプルなここでは、戦術よりも純粋な戦力の差が如実に表れる。言うまでもなく、一条将輝を擁する三高に有利なステージだ。

 

 決勝の舞台が草原ステージになるのは原作通り。

 けれど一条将輝が取ってくるだろう戦法は、原作と異なることが予想された。

 

 本来、一条将輝は達也との真剣勝負のため、守りを捨てて挑んでくるはずだった。使用するCADも特化型で、だからこそ達也は迎撃が間に合わずに直撃を受けることになった。

 しかし今、視線の先の一条将輝は腕輪タイプの汎用型を備えている。三高が万全の姿勢でこの試合へ臨むのだとすれば、彼らの取る戦術は準決勝と同じものになるだろう。

 

 遠距離からの制圧射撃で圧力を掛け、その間にオフェンスが側面から挟撃する。

 三高が用いる戦法は、原作の達也をして「手も足も出ない」と言わしめたものだった。

 

 そこへ僕たちは挑むことになる。

 原作以上に難しい試合になることは、準決勝を観た段階で判っていた。

 

「幹比古、仕掛けにはどのくらい時間が掛かる?」

 

 試合開始直前、達也が幹比古に問いかけた。

 原作同様、精霊の使役を補助するローブを身に纏った幹比古は、若干の恥じらいを浮かべながら、それでも真剣な声音で返した。

 

「1分は欲しいかな。十分な効果を出すためには、多分そのくらい掛かると思う」

「急ぐ必要はないぞ。どちらにせよ、開幕1,2分は撃ち合いになるだろうからな」

 

 この試合、一条将輝の砲撃を達也は一手に引き受ける。達也自身が言い出して、それしかないと僕も幹比古も頷いたことだ。いつ降り注ぐかわからない圧縮空気の砲弾だが、達也の守りを信じて行動するしか元より活路はない。

 

「森崎も、足の調子はどうだ?」

 

 幹比古との確認を終えた達也がこちらへ振り返る。

 ちらと膝へ落ちた達也に対し、健在をアピールするためにも頷いてみせる。

 

「問題ない。元々軽く走る分には支障もないからな」

 

 代役を頼むと共に作戦立案を一任したのはこちらで、勝つための戦術を整えてくれた達也の為にも、期待されている程度の働きは完遂したいところだ。

 戦術家としての能力は及ぶべくもなく、実際に打ち出してきた作戦も思わず唸るほどだった。個人的な意気込みはあるにしろ、達也の案に乗るのが勝つための最良の手段だ。

 

「軽くで済ませるつもりもないだろうに。あまり突出し過ぎるなよ」

「もちろんだ。司波の防空圏からは出ないよう、精々気を付けるとも」

「一条選手が迫撃砲なら、さしずめ達也は対空砲ということか。なるほど、言い得て妙だ」

 

 やれやれと肩を竦める達也と、納得したように頷く幹比古。

 鳩尾の疼く衝動のまま、気付けば正対して浅く腰を折っていた。

 

「二人には感謝している。お陰でここまで来ることができた」

 

 改まって言ったからか、二人は呆気にとられていた。

 やがて目を細め、柔らかな笑みを浮かべた達也が口を開く。

 

「今更だな。言っただろう。やるからには勝ちに行くと」

「こんな機会は滅多にないんだ。僕も出来る限り力を尽くすよ」

 

 幹比古もそう言って続き、思わず胸が熱くなった。

 貰った熱で全身を奮い立たせ、改めて頷く。

 

「ありがとう。よろしく頼む」

 

 差し迫る開始時刻を前に、彼らの下へ原作と同等の栄光が訪れることを願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 試合開始のサイレンに続いて交わされた砲撃戦は、スタンドの観客を大いに沸かせた。

 

 将輝の手によって繰り出される無数の《偏倚解放》。一高陣地の空を埋め尽くさんと広がるそれらは、達也の放つ《術式解体》によって効果が発揮される前に撃ち落とされていく。

 魔法の可視化処理が施されたモニターには、今にも襲い掛からんとする数多くの幾何学的な砲門と、それらを色鮮やかな弾丸が打ち砕く様が映し出されていた。色とりどりの光が舞う光景は幻想的でありながら迫力に満ち、観戦者は否応なく興奮を掻き立てられた。

 

 大きな盛り上がりを見せる観客に対し、一高の応援席は半分近くが驚きに言葉を失っていた。彼らの視線は将輝の攻撃を的確に捌く達也へ向いており、その構成は多くが2,3年の上級生で占められていた。

 

 対抗魔法による迎撃は一瞬の遅れが命取りとなる非常に高難度なもの。《術式解体》という超高等魔法を連続使用していることも当然だが、それを素早く、精確に命中させる技量は精鋭揃いの上級生を含めても群を抜いている。

 

 驚くべきはそれだけではない。あれだけの攻撃に晒されながら、達也はもう一方のCADで反撃の魔法まで繰り出しているのだ。

 それ自体は将輝の《干渉装甲》に防がれているとはいえ、将輝の魔法へ的確に対処しながら反撃までも繰り出す胆力は、とても1年生が持ち得るものとは思えなかった。ましてやそれが二科生であれば尚更だ。

 

「彼は本当に二科生なの?」

 

 誰かの呟いた言葉へ笑みを零して、真由美は試合へ視線を戻した。

 

 派手に繰り広げられているこの対空戦も、実際はただの探り合いに過ぎない。三高の基本戦術と一高の戦力を考えれば、試合序盤はこうした光景になることは予想できた。

 本番はこれから。互いに練り上げてきた作戦を披露し始めてからだ。

 

 今のところ、両陣営に動きは見られない。

 両校とも選手全員が陣地から動かず、相手の出方を窺っている様子だ。縦に三人が並んでいる一高に対し、横に並んだ三高側の方が僅かに逸っているだろうか。

 

 相変わらず続く砲撃戦を除いて、どちらも動きのないまま一分が過ぎた。

 

「――動いた」

 

 摩利の鋭い声が飛び、真由美たちの視線が三高側へ向く。

 見れば防戦するだけの一高に焦れたのか、三高陣地から将輝以外の二人が駆け出していた。両翼に広がって飛び出した二人に、応援席の一部から悲鳴が上がる。

 

 これで試合は第二局面に移る。

 そう真由美が考えた直後、状況は一気に動き出した。

 

 突如、轟音と共に地面が噴き上がった。

 地上数メートルまで立ち昇った土煙が、ステージの中央やや三高寄りで両側を分断。細かく砕けた黒土が濃密な幕となって立ち込め、互いの動向を覆い隠す。

 

 会場全体がどよめく。両校の応援席からは悲鳴が上がり、審判団も咄嗟に飛び出しかけ、当然ながら三高側の三人も驚き固まっていた。

 

 唯一動じなかったのは達也たち一高チームの三人だけ。

 それが何を意味しているのか、わからない真由美ではなかった。

 

「相変わらず、よくもまあこんな作戦を思いつくものね」

 

 猛然と駆け出した後輩たちを見て、真由美は感心したようにため息を吐いていた。

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 一高の狙いはこれだったのかと、真紅郎は歯噛みした。

 

 轟音と共に巻き上げられた土煙。黒土が大半を占める煙はどういうわけか不自然に長く滞留し、草原ステージの中央部を煙幕のように覆っている。いくら将輝が遠距離攻撃を得意としていても、見えない相手を狙うことはできない。

 

 どんな魔法を使ったのかはわからない。真紅郎の知る限りの魔法には合致せず、だからこそこれが自分の知らない古式魔法によるものだと当たりをつけた。

 速度に劣る古式魔法はその反面、威力において現代魔法に勝るとされている。幹比古が古式魔法の使い手だというのはわかっており、その幹比古が試合開始直後から姿勢を低くしていたのも見えていた。

 

 発動に時間の掛かる古式魔法のために迎撃へ徹していた。

 そう考えれば納得もいき、事実局面は大きく変わり始めていた。

 

 依然として《偏倚解放》による攻撃は続いている。一高の陣地周辺を始め、漂う煙を吹き飛ばすためにも将輝は魔法式を展開していた。

 だが結果の方も未だ変わらず。土煙の向こうから放たれる《術式解体》が将輝の魔法を悉く撃ち落としていた。

 肉眼で照準しなければならない将輝に対し、エイドスへの干渉を手掛かりにできる達也は煙の影響が少ない。それにしても驚異的な精度だが、それ以上に憎らしい程見事な策だった。

 

 ただの目晦ましではない。相手チームの接近を予感した真紅郎は、もう一人のオフェンスとアイコンタクトを交わして駆けだした。

 走りながら、真紅郎は加重魔法を発動。煙幕周辺の重力加速度を一時的に増大させ、滞留を続けていた土煙を地面へ引き摺り落とした。

 

「なっ……!」

 

 幕が落ちるように視界が晴れると、そこには猛烈な勢いで駆けてくる駿の姿があった。

 やや左寄りから接近する駿はすでに中央からこちらへ踏み込んでいて、怪我人とは思えない速度でまっすぐに突っ込んでくる。

 

(これまでディフェンスに徹していたのはブラフだったのか!)

 

 内心で悲鳴を上げながら、真紅郎は懸命に思考を巡らせる。

 ちらと視線を巡らせば、達也と幹比古はステージの中央を進行している。大胆にもモノリスの守りを捨て、三人共が大きく進出してきたようだ。裏を取られる心配の少ない草原ステージならではの戦術に、真紅郎は唸りを漏らした。

 

 とはいえ、戦力的にこちらが有利なのは変わらない。ましてや達也は将輝の対処に掛かりきりで、自由に動けるのは幹比古のみ。スピードで劣る古式魔法師相手に現代魔法の使い手が負けるはずもない。

 客観的なデータと状況判断を基に自身を奮い立たせ、達也と幹比古の相手をチームメイトに任せた真紅郎は駿の眼前に立った。

 

 ある意味願ってもない状況だ。スピード・シューティングでの悔しさはこのモノリス・コードで晴らすと決めていて、都合よく一対一の状況になった今は雪辱を果たす絶好の機会と言える。

 

(ここで君を倒し、リベンジを果たす。モノリスの優勝だけは僕たちが貰うよ!)

 

 全身に気迫を巡らせ、およそ50メートルにまで迫った駿を見据える。走る速度は確かに速いが、一瞬で肉薄されるほどでもない。

 足を止め、近付かれる前に倒そうと手を伸ばす。正確な照準が必要な魔法ならともかく、自分の《不可視の弾丸》ならこの距離でも確実に当てられる。

 

 そうしてCADを叩いた真紅郎はしかし、飛来したサイオン弾に起動式を削られて歯噛みした。再度《不可視の弾丸》を使おうと指を添えた所で、駿の左手が伸びるのを見て起動式を切り替える。

 

 間一髪間に合わせた慣性極大化の魔法により頭を狙った加速系魔法を相殺。反撃の《不可視の弾丸》は再度無力化され、真紅郎と駿の視線が交差する。

 一連のやり取りの間にも駿は足を止めず、相対距離は20メートルほども詰められていた。距離が近付けばそれだけ狙いを付けるのも容易になり、戦闘はより高速化するだろう。

 

 単純な速さでは分が悪い。そう直感した真紅郎は、弱気になりかけた心に鞭を打った。

 焦りは禁物だ。まだ距離はある上、駿の操る対抗魔法への対策は考えてある。

 

 逸る内心を必死で抑えつつ、真紅郎は右足を一歩後へと引く。

 駿の魔法の正体が極小さなサイオンの弾丸である以上、狙いは面ではなく点だ。CADを身体の陰に隠してしまえば発動を妨害されることもない。

 

 駆け寄ってくる駿に対し、真紅郎は半身になってCADを嵌めた手を引き、身体がブラインドになるよう隠してキーを叩いた。

 普段魔法を使うときのように腕を伸ばして照準のイメージを補うことはできないものの、《不可視の弾丸》は対象が見えてさえいればいい。僅かな遅延よりも確実に攻撃できる手段を真紅郎は選んだ。

 

 彼我の距離は既に20メートル。だが一投足の間というにはまだ遠い。

 半ば勝利を確信した真紅郎が《不可視の弾丸》の照準を定める。

 視線を胴の一点に固定し、読み込んだ起動式を投射しようとしたその瞬間――。

 

 ひときわ強く地を蹴った駿の姿が、急激に視界の外へと消えた。

 

 目標を見失った《不可視の弾丸》が不発に終わる。対象の目視が条件の魔法は当然、対象が視界にいなければ発動しない。

 サイオン弾に起動式を狙われないよう半身になったことが仇になった。横向きの状態では自然と背中側の視界が狭くなり、回り込まれる隙を晒してしまった。或いはそんな真紅郎の対応すら想定の内だったのかもしれない。

 

 致命的なミスを悟りながら、駿の回り込んだ背後へ振り向く。

 不発のまま終わった《不可視の弾丸》をキャンセルし、振り向き様に防御の魔法を読み出す。引き延ばされた時間感覚の中、一向に終わらない起動式の展開へ唇を噛んだ矢先、強烈な加速で視界がブレた。

 

 頭を揺さぶられ、意識が遠のいていく。

 完成間際の起動式も削られ、ゆっくりと倒れる中、真紅郎は悔しげに笑みを漏らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 止めの《反転加速》を撃ち込む。

 振り向く吉祥寺真紅郎の目が大きく見開かれ、戦意が萎んでいく。それでも手はCADを叩いていて、守りのための魔法の起動式が展開していた。

 

 《圧縮サイオン弾》で起動式の一部を貫く。これで起動式を読み込んでも魔法が効果を発揮することはない。どんな魔法で《反転加速》を防いでいたのかはわからないが、意識を失う直前に制御を離れた魔法が暴発するのはどうあれ危険だった。

 

 起動式がエラーのまま霧散し、吉祥寺真紅郎は草の上に倒れた。

 

 リベンジを挑んできた吉祥寺真紅郎には悪いが、射撃競技のスピード・シューティングならともかく、限りなく実戦に近いこの競技で負けるわけにはいかない。

 同じ土俵でならまだしも、本質的には研究者な彼とでは差が出て当たり前だろう。たとえ彼がモノリスの練習を積んでいたとしても、こちらには3年近い経験値があるのだ。

 

 左手のCADを収め、吉祥寺真紅郎のヘッドギアを外すために近付く。

 手を伸ばし、触れようとした直前、すぐ横に事象改変の気配を察して振り向いた。

 

 圧縮された空気の塊。それを包む円筒状の砲口。

 目に見えないはずの魔法がこちらを狙っているのがはっきりとわかった。

 

 間近に迫った攻撃の気配に、けれど思わず笑みが浮かんだ。

 

 原作でも、吉祥寺真紅郎を追い詰めたレオは一条将輝によって撃たれた。

 原作と違うのは、彼が特化型ではなく汎用型を使っている点だ。速度で劣る汎用型だったために、援護が遅れたのだろう。

 

 レオは持ち前の頑丈さで試合に復帰できたが、同じことをできるとは思えない。

 《術式解体》を撃とうにも、最早迎撃の間に合うタイミングではなかった。

 

 そもそも吉祥寺真紅郎を倒した時点で僕の役目は終わっている。

 達也の提示した作戦ではこの後、僕は二人のバックアップに務めるはずだったのだ。

 

 達也と幹比古なら、僕の助けなどなしに勝利を収めるだろう。

 一条将輝が僕へ注意を逸らした今、達也なら隙を突いて攻め込むに違いない。

 

 今さら怪我や痛みへの恐れはない。

 目を閉じ、襲い来る衝撃を受け入れる。

 

 

 

 そうして圧縮された空気塊が撃ち出される直前、脳裏に声が過った。

 

 

 

『お前が無事なら、優勝は貰ったも同然だな』

 

『君がエースだ。少なくとも僕たちはそう思っている』

 

『決勝戦、頑張って。何があっても応援してる』

 

 

 

 

 自然と、目が開いた。

 

 考える前に身体が動き、辛うじて効果の残っていた自己加速術式が地面を蹴る足をアシストして――。

 

 吐き出された《偏倚解放》に身を打たれ、僕は空へと打ち上げられた。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 後編は近日中に更新します。
 
 少しだけお待ちください。
 
 

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