モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第34話

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 横浜周辺で最も高さのある建築物『横浜ベイヒルズタワー』。

 今世紀半ば、港湾設備拡充のためという名目の下で『港の見える丘公園』跡地に建設されたこの建物は、国内随一の国際港である横浜港とその沖合に加え、多数の外国人を抱えた中華街をも一望できる超高層ビルだ。

 

 中にはショッピングモールやホテルといった市民や観光客向けの施設を始め、テレビ局や民間オフィスといった法人向け施設も収まっており、これら民間オフィスに扮した警察や国防軍の設備も備えられている。

 日本魔法協会の関東支部も当ビルに置かれており、有事の際には警察や国防軍と連携した防衛拠点となることも見込まれていた。

 

 そんな横浜ベイヒルズの屋上北側、テレビ局の無線通信設備が置かれた場所に達也と響子の姿はあった。

 

 サングラスを通して眼下を見下ろす達也の背後で、響子が無線装置に手持ちの端末を押し付ける。

 短くない時間を掛けて作業を終えた響子が振り返り、淡々とした口調で告げた。

 

「ハッキング完了。無線通信は全てこちらに繋がるよう書き換えたわよ」

 

「さすがは『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』。こればかりは術式をどうこね回しても真似できませんね」

 

「ありがとう。そう簡単に真似されてはたまらないけどね」

 

 何気なく応じた響子の口元に僅かな笑みが浮かぶ。

 しかしその笑みも、続く達也の問いが投げかけられる頃には収められていた。

 

「有線は切断済みでしたね?」

 

「そちらは真田大尉の方で措置済みよ」

 

 「わかりました」と端的に相槌を打った達也が、左のショルダー・ホルスターから拳銃型の特化型CADを抜き放った。

 銃身の長いロングタイプのCAD。銀色のボディに雄牛と三叉槍が刻印されたそれは、達也自身が手掛けた『シルバー・ホーン』のカスタム品だ。

 

 『トライデント』と銘打たれたそれを、達也は斜め下方に見える建物――横浜グランドホテルへと向けた。

 

 《精霊の眼(エレメンタル・サイト)》の視界を、複数の結界によって隠蔽された内部へと伸ばす。ホテル最上階の隠し部屋に、隠蔽と守りの結界を張るジェネレーターの姿がぼんやりと映った。

 

 まずは邪魔な結界を破壊し、態勢を整える前に術者を排除する。

 間断なく意思決定をした達也がCADの引き金を引いた。

 

 軍事機密に指定された達也本来の魔法がホテルの外壁を捉え、二重に張られた結界ごと大穴を穿つ。強引に術を破られたことで自ずと苦悶の漏れたジェネレーターに照準を合わせ、すぐさま同じ魔法を放った。

 

 立て続けに放たれた二発の魔法が《認識阻害》と《領域干渉》のそれぞれを担っていた2体のジェネレーターに牙を剥く。咄嗟に張り巡らせた《領域干渉》とその内の《エイドス・スキン》、そして本体である肉体を諸共捉えた術式が、静かな消滅を引き起こした。

 

 ジェネレーターの肉体を構成していたあらゆる元素が、単一の分子レベルにまで解き放たれる。

 生物としての痕跡は許されず、人体を構成していたあらゆる物質が水素、酸素、炭素、窒素、硫黄、リンやカルシウムといった単一分子にまで分けられ、小さな発火現象と共に空中へ解けて消えた。

 

 情報体の構造を解体し、拡散させる魔法。

 対抗魔法すらも無意味なサイオン集合体へと変える、盾を穿つ矛。

 達也が生まれながらにただ2つだけ与えられた力の片翼――それが《分解》。

 

 反撃不可能な距離から未知の衝撃を叩きこまれて沈黙したそこへ、達也は笑みすら浮かべて声を掛けた。

 

「ハロー、『ノーヘッド・ドラゴン』東日本総支部の諸君」

 

 反応は静かなものだった。動ける者もいなければ、声を出せる者すらいない。

 とはいえ、彼らからしてみればそれも仕方がないことだろう。ホテルの資本ごと乗っ取りを掛けた上で秘密裏に誂えた部屋だ。世間どころか組織の中でも上層部にしか知られていないはずの秘匿司令部を直接攻撃されて、即応できるはずもなかった。

 

『…………何者だ?』

 

 鳴り響いていた電話を取って応じる声には隠しきれない恐怖が滲んでいた。

 頼みにしていたジェネレーターの半数が一瞬で焼失したことはもちろん、男が手に取った電話は本来、本部との通信にのみ使用される秘匿回線だったことも彼らの恐怖を増大させる要因だった。

 

「富士では世話になったな」

 

 対して、達也の声は無感動な淡々としたものだった。

 

「ついては、その返礼に来た」

 

 言葉と共に達也がトライデントの引き金を引く。

 3連続の分解魔法が1キロ以上離れた部屋のジェネレーターを捉え、室内の人間を守っていた《領域干渉》のフィールドが消失した。術者のいた場所に小さな炎が立ち上がって消え、天井のスプリンクラーが作動する。

 

 人体の消失などという信じ難い現象に凍り付いていた幹部たちは、頭上から降り注ぐ消火水でようやく我に返った。

 

『……っ、どこだ! 14号、どこからだ!』

 

 ひっくり返った声が上がったのを機に、仲間たちもテーブルやイスを立てて身を隠した。

 各々が傍らに備えてあった銃器を手に取り、14号の応えを苛立ちと共に見守る。

 

 問われたジェネレーターがゆっくりと壁に開いた大穴を指差した。感情の消されたジェネレーターらしい緩慢な動作に舌打ちをしながら、幹部の一人が狙撃銃のスコープを覗く。

 指差した先、横浜ベイヒルズタワーの屋上に合わせて倍率を高めた男の目が、月明かりに浮かぶ下に達也の姿を認めた。サングラスで人相を隠したまま、達也の口元が嘲るように歪む。

 

 直後、パーツ単位に分解されたスコープが弾け、男が悲鳴を上げて蹲った。目元を押さえる手の間からは鮮血が流れていた。

 仲間の負傷を気に掛けている余裕はすでに彼らの内にはなかった。手にした銃器を握りながら、一人が唯一残ったジェネレーターへ声を荒げる。

 

『14号、やれ!』

 

 「奴を止めろ」、「殺せ」と命じる声が続くも、当の14号は抑揚のない声で否定した。

 

『不可能デス』

 

 機械はできることしかやらない。

 どんな状況でも安定して魔法を発動するために意志や人格、感情に類するものを消失させられたのがジェネレーターだ。道具としての改造を受けたそれに、限界以上の力を振り絞る機能は残っていなかった。

 

『口答えするな! やれ!』

 

 目を押さえた男がヒステリックに叫ぶ。

 機械と化したジェネレーターには不可能だと頭では知りながら。そうあることを時に望み、感慨もなく使役する側にありながら、動転した男は声を荒げることしかできなかった。

 

 狼狽えるばかりの彼らへ、達也は嘲笑うかのように語りかける。

 

「道具に命令するのではなく、自分でやってみたらどうだ?」

 

 最後のジェネレーターの身体にノイズが走り、瞬きの間に消えた。

 

 亡骸の一片も残らない存在の消失。

 見慣れた『死』とあまりにもかけ離れた光景が、幹部たちの思考を奪っていた。

 

 呆然と顔を向けた先に見えるのは付近で最も高いタワーの外観だけ。暗殺者の顔はおろか、屋上にあるはずの人影すらも判別することができない。

 視認できない、認識できない相手へ魔法を届かせる技量の持ち主は彼らの中にはいなかった。頼みの守り(ジェネレーター)も失われ、銃器による狙いも即座に封殺されてしまう。

 

 無頭竜の幹部5人に、最早抵抗の手段は残されていなかった。

 

 自分たちの手で、持ち得る手札で、この状況を脱することの出来るものはない。

 男たちはすぐさま救援を求めに動いた。ある者は携帯端末で、ある者は有線電話で、本部や他の支部に救援の連絡を取ろうと図った。しかし――。

 

「無駄だ。今その部屋から通信できる相手は、俺だけだ」

 

 どの端末を用いても返ってくる声はすべて同じだった。

 有線電話に至ってはそもそも繋がってすらいなかった。

 唯一の扉は固く閉ざされ、操作盤は一切の反応を示さない。

 

『バカな、一体どうやって……』

 

「電波を収束した。どうやってかは、お前たちが知る必要のないことだ」

 

 零れ落ちた悪態にまで律儀に返答が返ってきて、男たちが息を呑む

 自分たちの命はこの死神の手に握られていると悟らざるをえなかった。

 

「では、本番だ」

 

 宣告を突き付けて、達也は幹部の一人へと自身の魔法を放つ。

 5人の中で唯一狙撃銃を手にし、それ故に片目を潰された男が、絶望の表情のまま塵と消えた。散水の続く室内にあって、最早送り火の一つも灯ることはなかった。

 

『何故だ! 我々は命までは奪わなかった。誰も殺さなかったではないか!』

 

 悲鳴に似た憤怒を叫んだ男に対し、達也は黙したまま狙いを定めた。

 眉間に深く皺を作って目を血走らせた男は、続く言葉を口にしようとした瞬間に形を失う。

 

「お前たちが何人殺そうが何人生かそうが、俺にはどうでもいいことだ」

 

 猛りを抑えて続ける腹芸も段々とうんざりし始めて来た。

 

 制約が何もない状態なら、達也はこれほど時間を掛けて見せつけるような真似はしない。

 淡々と、表情も変えず、渦巻く怒りのままに、部屋にいる人員を極短時間で消し去っていただろう。

 

 無頭竜は、達也の唯一の逆鱗に触れたのだ。

 

 強い感情のほとんどを奪われた達也に唯一残されたのが、深雪への想い。

 身を焦がされるような激情を引き起こされたのは、ミラージ・バットで深雪を地に堕とすことを画策されたから。あろうことか達也自身が組み上げたCADに細工をしてで、だ。

 

 先輩と友人が標的にされ、自身と何より深雪を取り巻く空間を犯された。

 あまつさえ深雪自身にまで悪意の手を伸ばされては、迷う余地などなかった。

 

 意志が力を引き出すというのであれば、今この瞬間、達也は久しぶりに本来の力の一端を取り戻していた。それこそ、あらゆる面で改造を施されたジェネレーターの守りを一瞬で食い破れるほどに。

 

 出入口の近く、扉の操作盤に触れたままの男へ照準を向け、指に力を込めた。

 

『……待て……待ってくれ!』

 

 直後、秘匿通信用の受話器越しにそんな声が聞こえてきた。

 受話器をひったくって叫んだ男はその部屋――東日本総支部のトップに立つ男だった。

 

「何を待てと言うんだ?」

 

 予定通り食いついてきた(・・・・・・・・・・・)声に、気紛れを装って応える。

 男は小さく息を漏らした後、慌てて縋りつくように言葉を並べ始めた。

 

『わ、我々はこれ以上、九校戦に手出しをするつもりはない』

 

「九校戦は明日で終わりだ」

 

『九校戦だけではない。我々は明日にもこの国を出ていく。二度と戻っては来ない!』

 

「お前たちが戻ってこなくとも、別の人間が送られてくるのだろう?」

 

『我々は、日本から手を引く! 東日本だけでなく、西日本総支部も引き揚げさせる!』

 

「お前にそんな権限があるのか? ――ダグラス=(ウォン)

 

 淡々と追い詰めながら、止めとばかりに名前を言い当てる。

 男は息の詰まったような音を漏らしたものの、どうにか言葉を続けた。

 

『私は、ボスの側近だ。ボスも私の言葉は無視できない』

 

 目当ての単語が飛び出したところへ、達也は殊更冷淡に言い放った。

 

「お前がそれだけの影響力を持つというのなら、当然、顔を見たことがあるはずだな?」

 

 達也のこの問いは、実のところ風間の命令に依るものだった。

 

 『無頭竜(ノー・ヘッドドラゴン)』――この組織の名は元々、組織外の人間が囁き始めたものだ。

 徹底した秘密主義を敷く指導者。名前すらも確かな情報が得られない霧中の組織。一部の側近以外は顔を見ることすらできず、また裏切り者を粛正する際には意識を奪ったまま自室に運ばせ、直々に手を下すという噂だけが広まっている。

 『首の無い竜』――『無頭竜』という組織名として定着したのは、指導者の正体がわからないことが最大の理由だった。

 

 無頭竜のアジトを襲撃する段階に至り、風間は達也へ組織のリーダーの情報を探るよう命じた。総支部長クラスの幹部であれば或いは顔を知っているのではないかと。

 

『……私は拝謁を許されている』

 

 予想は当たり。ダグラス=黄はリーダーに繋がる情報を持っていた。

 

「リーダーの名は何という?」

 

 手早く問いを投げる。

 焦り、恐怖している間に口を割らせてしまう方が手っ取り早いと、達也は考えていた。

 

 しかし、ここでダグラスは口を噤んだ。

 

 無頭竜の構成員にとって、ボスの名は組織の最高機密。

 長年に渡り刷り込まれた恐怖が、目の前の恐怖を一瞬とはいえ上回ったのだ。

 

 内心でため息を吐いて、達也は引き金を引いた。

 銃口の先、扉の前にいた男が音もなく世界から姿を消す。

 

『ジェームス!?』

 

「ほう、今のがジェームス=(チュー)だったのか。手配中の国際警察には悪いことをした」

 

 口調とは裏腹に一切の感情を窺わせない声で言って、再度情報源へと語りかける。

 

「さて、次はお前にしようか。ダグラス=黄」

 

『ま、待ってくれ!』

 

 目の前で繰り返された惨劇という言葉すら生温い光景に、ダグラスの意志は完全に砕かれていた。膝が折れ、呆然自失となった男の口から、求めていた情報が齎される。

 

『……ボスの名はっ――』

 

 

 

 瞬間、告発する声が不自然に途切れた。

 

 

 

 達也の『眼』が床面へと落下する男の首を捉えた。

 

 自然落下した頭部はタイルに赤黒い血を塗り付けながら転がり、間もなく止まる。

 

 

 

 一瞬の間に命を刈り取られた男は、最早何かを語ることはできない。

 

 この男から組織の情報を得る機会は永遠に失われたのだった。

 

 

 

 達也と響子の側にとって、この事態は予想外だった。

 ダグラスが殺されたことに関しては左程驚いてはいない。元より秘密主義な組織だ。口を割らない可能性も十分にあった上、組織に殉じようとする者が口封じに動くことも予想の範疇だった。

 

 問題は手口がわからないこと。

 何しろ電磁波を介して内部を窺っていた響子はおろか、《精霊の眼》を持つ達也にすら、ダグラスがどのように殺されたのかがわからなかったのだ。『首を切られた』という結果だけはわかっても、方法やタイミングに加え、誰が動いたのかすら視えていなかった。

 

「特尉、今のは……」

 

 困惑した響子の声が耳に届いたその瞬間、通信機越しに流暢な日本語(・・・・・・)が流れてくる。

 

 

 

『いやぁ、危ないとこやったわぁ』

 

 

 

 若い男の声。それも独特な京言葉が聞こえてきて、達也は即座に室内を探った。

 

 しかし、声の主を見つけることはできなかった。

 達也の『眼』には、幹部の最後の一人が床へ座り込んでいる情報しか映っていなかった。

 

『もう少しで喋ってまうとこやったやん。あかんえ、恩人裏切るのんは』

 

 この時点で、達也の警戒度は最大限にまで跳ね上がった。

 《精霊の眼》をもってしても視えないとなると、相手は八雲や風間レベルの隠形の使い手だ。即座に単眼鏡を取り出し、サングラス越しに室内へ目を凝らす。

 

 月の光が差し込む先に、残った最後の幹部が見えた瞬間、

 

『お、お前は、あの男のっ……』

 

 男は悲鳴一つ漏らすこともできず、ダグラスと同じ末路を辿った。

 床に落ちた顔には驚愕が張り付いていて、無頭竜の幹部たちすらもそれに気付いていなかったのだと判った。

 

 倍率を高めたスコープの先で、暗がりが微かに動く。

 手にした長物を振る動作をした後、相手がゆっくりと月明かりの下へと姿を現した。

 

『わざわざ来てもろうたとこ悪いけど、堪忍な。これも仕事なんや』

 

 20代ほどの男だった。明るい色のシャツにサマーニットを重ねた細身の優男だ。

 取り立てて変わった特徴はなく、手にした傘だけが室内にあって違和感を生み出している。

 

 幹部2人の殺傷方法から考えて、恐らくは仕込み刀だろう。

 そして京言葉を操る剣術使いとくれば、達也には一人心当たりがあった。

 

「久沙凪煉。噂は聞いている」

 

『へぇ、そら、僕も有名になったもんや』

 

 聞き覚えがあるのか、すぐ傍で響子が身体を震わせたのが視えたものの、達也は意識の多くを煉へと注いでいた。

 

 スコープ越しとはいえ、肉眼では相手を視認することができた。

 しかし《精霊の眼》の方は相変わらず何も捉えることができていない。『そこに人間が立っている』という情報すら視分けることができていなかった。

 

 肉眼では見えているにも拘わらず、情報次元では相手の存在を認めることができない。

 1キロ以上離れた場所の相手を照準するにあたり、このズレは深刻だ。

 

 それでも達也は肉眼で見える相手へ向けて《分解》を発動した。しかし――。

 

(手応えがほとんどない。これは、実体ではないのか?)

 

 《分解》によって消失した煉の姿。

 しかし本来なら生じるはずの抵抗はなく、構成元素の拡散も確認できなかった。

 

『怖いわぁ。こんなん直接撃たれたら堪らへんわ』

 

 声は未だに止まらない。

 健在なのは明白で、けれど相手の姿は視覚と情報次元のどちらにおいても捉えることはできなかった。

 僅かな異変も見逃さないよう目と『眼』を凝らすもののやはり煉は見つからない。

 

『手ぇ出すな言われてるさかい、君の相手はできひんねん。そやけど、まあ――』

 

 打開策を探る達也をあしらうかのように、煉は飄々とした口調で切り込んできた。

 

霊器の形(・・・・)はよう見させてもろうたわ。おおきにな。ほな、さいなら』

 

 それが何を意味する言葉かわからない達也ではなかった。

 

 秘密を知られた。たとえ断片でもその可能性があるとすれば、放置しておくわけにはいかない。

 是が非でも排除すべきと判断した達也はしかし、最後まで煉を見つけることはできなかった。

 

「……逃げられた、か」

 

 最後の言葉の後、出来る限りの間スコープで探ってみたものの動きはなく、《精霊の眼》でも相変わらず人影はなし。

 響子の走査網にも掛からないとなればお手上げで、達也は己の力不足にため息を吐いた。

 

 実際、達也に煉を捉える手段はなかった。

 《精霊の眼》でも視えず、肉眼での狙いもズラされるとなると、武器である《分解》を当てることができない。今の段階では手詰まりと言う他ない。

 

 ホテルの外壁だけを元通りに『再成』し、響子の方へ振り返る。

 

「少尉、すみません。お手伝い頂いたにも拘わらず」

「いいのよ。まさか特尉にも視えない相手が出てくるなんて想定していなかったんだから」

 

 完全に想定外だったと強調して、響子は失敗を咎めなかった。

 情報と対策の不足。これらは用兵側のミスであり、実働した達也に非はないのだと。

 

「ともかく、作戦の第一目標は達成できたわ。ひとまずは帰還しましょう」

「わかりました」

 

 気にする必要はないと暗に言った響子へ頷いて応える。

 首肯を返し、撤収作業を開始した彼女に背を向けて、達也はもう一度ホテルへと視線を向ける。

 

 あれほどの《隠形》の使い手が、聞くところに依れば魔法式を切断する技を持ち、精神干渉系魔法まで用いてくるという。

 姿を捉えづらく、こちらの攻撃を封じられる可能性があり、防御の難しい魔法を武器としているなどと、厄介なことこの上ない。

 

(久沙凪煉、か。戻ったら改めて師匠に相談するべきだな。それにしても――)

 

 二年前の夏に駿が関わったという事件。

 あれほどの使い手を生む古式魔法の大家との間に一体どんな関係があるのだろうか。

 

 いずれ詳細を訊く必要があるかもしれない。

 せめて問い詰めるような事態にはならないよう、達也は漠然と考えていた。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 
 原作をご存じない方のための補足

・原作において『ダグラス=黄』は無頭竜のリーダーについて多くの情報を語り、それが決定打となり現リーダーは暗殺され、無頭竜は一度体制が崩壊しました
・無頭竜リーダーの暗殺に伴い、カリフォルニアの大学生である現リーダーの養女が担ぎ上げられ、中華大陸へ渡る途上、日本で『森崎駿』の助力を受けました

 以上のことを加味した上で、今話をご覧ください。
 
 
 

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