モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第35話

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 九校戦もいよいよ最終日を迎えた。

 残す競技は本選モノリス・コードだけ。十文字会頭率いる一高チームは圧巻の全勝で決勝トーナメント進出を決め、午前最後の準決勝でも危なげなく勝利を収めた。

 

 決勝の相手は因縁の三高。新人戦、総合と学校単位での優勝を逃しても尚彼らの戦意は相変わらず高いものの、歴代最強と名高い一高チームを揺るがせるほどではない。

 新人戦と総合の両方で優勝が決まり、モノリス・コードも盤石の布陣だ。これで高揚するなという方が無理な話で、午後2時からの決勝を前に応援団は早くもお祭りムードとなりつつあった。

 

 準決勝を観戦した僕は手早く昼食を済ませ、一年男子メンバーと連れ立って裾野基地の病院を訪れた。雫を始め女子メンバーも何人か手を挙げてくれたが、人数の都合で遠慮してもらった。

 

 受付で面会の手続きをして、8人で病室へと入る。

 五十嵐も香田も身体を起こしていて、若干の恥じらいはありつつも嬉しそうに微笑んだ。どちらも備え付けのモニターで中継は観ていたようで、同行したメンバーと先輩たちの試合について語っていた。

 

 一週間の入院を診断された2人だったが術後の経過は良好で、予定通りあと5日での退院となるらしい。

 歩くことはまだできないものの動くようにはなってきたようで、同行したメンバーは笑いながら二人のギプスへメッセージやら落書きやらを書き残していた。

 

 30分ほど賑やかした後、僕以外のメンバーは先に宿舎へ戻っていった。

 あまり大勢で居座るのは外聞が良くないからと言っていたが、実際のところ3人だけになれるよう配慮してくれた面もあるのだろう。さり気なく雰囲気を誘導した原田と本庄に内心で感謝しつつ、一人病室へと戻る。

 

「お前は戻らなくてよかったのか?」

 

 病室へ戻るなり香田に訊ねられて、自然と笑みが浮かんだ。

 

「せっかくだから、ここで決勝を観て行こうと思ってな。構わないだろう」

 

「そりゃあ俺たちは構わないけど、いいのか?」

 

 視線で続きを問うと、香田は何やら答え難そうに五十嵐を見た。

 五十嵐は軽くため息を吐き、やれやれと言わんばかりに代弁する。

 

「決勝のメンバーと観ると思っていたんだよ。司波と吉田、だったか。彼らと一緒にね」

 

「なんだ、そんなことか」

 

 らしくもなく沈む香田が可笑しくて、つい笑いが零れてしまった。

 ムスッと視線を逸らした彼を見て、正直な気持ちを吐き出す。

 

「確かに、優勝できたのは司波や吉田のお陰だ。一条将輝と吉祥寺真紅郎を擁する三高には、二人の力がなければ勝てなかった。けどな――」

 

 あのとき2人に助けられていなければ、僕は決勝へ出ることはできなかった。

 あのとき2人に励まされていなければ、僕は立ち上がることはできなかった。

 そしてあのとき立ち上がっていなければ、僕は二度と『筋書』に挑もうとは思えなかっただろう。

 

 変わり始めた流れの中、ただ泣きながらしがみ付くことしかできなかった。

 潔さと諦めを混同して、何かを変えようともせず、ただ受容することしかできなかった。

 

 空元気でも立ち上がれたのは雫の信頼と、何より2人の言葉があったからだ。

 

「優勝を目標に練習を重ねてきたのは君たちだ。僕にとって、モノリスのチームメンバーは他でもない君たちなんだよ。だから最後くらいは一緒に観戦したいと、そう思った」

 

 十文字会頭や服部副会長、辰巳先輩がこれから臨む舞台へ。

 この3人で挑むような未来が、もしかしたらあり得たかもしれないから。

 

 泣き笑いを浮かべた香田を揶揄って、五十嵐と笑みを交わした。

 

 

 

 その後は看護師に許可を取り、2人を車椅子に乗せて休憩室へ。他の患者(九校戦で負傷した人は他にもいた)と一緒になって決勝戦を観戦した。

 十文字会頭が単独で三高の陣地を制圧したときには思わず歓声が漏れ、その場の全員揃って怒られ解散させられたものの、しばらくは話題も尽きなかった。

 

 二日ぶりの語らいは4時近くまで続き、やがて時計を見た五十嵐が思い出したように切り出した。

 

「っと、そろそろ戻った方がいいんじゃないか。後夜祭は6時からだろ」

 

「もうそんな時間か。楽しんでこいよな」

 

 香田からもそう言われたものの、素直に頷くべきか躊躇ってしまった。

 大会最終日のパーティーは本来なら僕も不参加のはずだったのだ。2人のお陰でこうして動けてはいるものの、僕が参加することで余計な齟齬が生じはしないだろうか。ましてや2人はあと5日もここに残らなければならないというのに。

 

「気にすんなって。俺たちのことはいいから、行ってこいよ」

 

 表情に出したつもりはないのに、すぐに言い当てられてしまった。

 困ったように笑う香田に続いて五十嵐がため息を吐く。

 

「引き留めていたなんて思われたら恨まれるのは僕らだ。そんなのは勘弁だよ」

 

 やれやれとでも言いたげだが、それが言葉通りの意味でないことは明白だった。

 嬉しさとも安堵ともつかない息が漏れて、ようやく決心がつく。

 

「休みが明けたら、また学校で」

 

「じゃあな、森崎」

 

 送り出す声を背中に聞きながら、病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 後夜祭の会場は2週間前よりも穏やかな雰囲気に包まれていた。

 10日間競い続けた他校の生徒とも盛んに交流していて、そこかしこに笑顔が溢れている。

 

 思うところが一切ないわけではないだろう。負けた悔しさは残っていて、早くも来年の雪辱に燃えている人もちらほらと見かける。

 それでも、この場にいる多くの人は出来る限り楽しんでいるようだった。短いようで長い競技期間が終わり、解放感と一抹の寂しさでフレンドリーな空気感が漂っている。

 

 午後6時から始まった後夜祭は前半が関係者を交えた食事と歓談の時間に充てられていて、斯く言う僕もそれなりの人数に声を掛けられた。

 吉祥寺真紅郎からのリベンジ宣言に始まり、他校の生徒の他、大会へ出資している企業の人間、果てには警察や国防軍の広報官からも声掛けを受けた。

 

 中でも熱心だったのは国防軍の見知らぬ少佐で、防衛大への進学に加え、そしていずれは軍へ入る気はないかと誘われた。

 まだ一年生だからという理屈で断ったが、表情や口調からは並々ならぬ熱意を感じた。国防軍内で魔法師を求める部隊といえば達也の所属する独立魔装大隊しか知らないが、その道も視野に入れて調べておくべきだろうか。

 

 大人たちから声を掛けられていたのは僕だけじゃない。

 深雪はもちろん、雫やほのか、男子では原田なんかも目に留まったようで、一年生ながら関心を得た者が一高にはそれなりにいた。

 

 注目を集めたのは達也も同じで、次々に話しかけられて疲れたのか壁際で人知れずため息を吐いていた。

 昨晩の疲れも残っているのだろう。プレ祝賀会には不参加で、深雪は「疲れて休んでいる」と説明していたことから、原作同様無頭竜のアジトへ乗り込んでいたのだと思う。聞き出すことはできないが、達也であれば問題なく片付けているに違いない。

 

 事情は訊けずとも、労うくらいはできるだろうか。

 近くのテーブルからグラスを2つ取り上げ、達也の側へと向かう。

 

「その分だと、司波も随分つつかれたようだな」

 

 振り向いた達也は疲れたような顔で肩を竦めた。

 

「魔法工学メーカーの目に留まったようでな。卒業後はうちに就職しないかと、いくつか声を掛けられた」

 

「エンジニアとしてあれだけの成果を挙げたんだ。当然だろう」

 

 苦笑いを浮かべる横に並び、ドリンクの一方を差し出した。

 礼を口にする達也へ目礼で応え、自分の分を傾ける。学生が大半というだけあって中身はワインではなく見た目通りの味のジュースだった。

 

「そういう森崎も、軍や警察から声を掛けられていただろう?」

 

「出た競技のお陰だろうな。早撃ちでの精度を、モノリスでも出せるかと訊かれた」

 

「確かに、それが出来ればどちらの道に進んだとしても即戦力だ」

 

 グラスを傾けながら達也と話していると、背後から不意を打って問いかけられた。

 

「なるほどなるほど。それで、お前たちはその勧誘に応じたのか?」

 

 こちらの反応を面白がる声に、振り返りながら答える。

 

「入学してまだ半年も経っていません。進路を決めるには早計だと考えています」

 

「大学には行くつもりですから。すぐに就職する気はありませんよ」

 

 達也が後に付いて言うと、渡辺委員長はムッと唇を尖らせた。

 

「可愛げのないやつらだ。本当に一年生か」

 

 期待した反応が得られず拗ねているのか、視線は若干冷たくなっていた。

 とはいえ、その程度で折れる達也ではない。

 

「こういうのは年齢ではなく経験の問題ですので」

 

「委員長の悪戯にも、多少の耐性は付いてきたかと」

 

 当たり障りのないように続ける。

 動揺も気後れもない僕らを見て、委員長は呆れたとばかりにため息を吐いた。

 

「ますます可愛げのないやつらだ。そんなだから同じ学生よりも大人ばかり近付いてくるんじゃないのか?」

 

 なるほど。確かにそうかもしれない。

 一人納得している横で、達也はうんざりしているとでも言いたげに目を細めた。口元は変わらず無表情だが、心なしか不機嫌さが滲んでいるようにも見える。

 

 達也の微妙な変化には委員長も気付いたようで、苦笑いを浮かべて腰に手を当てた。

 

「そう渋い顔をするな。お前たちの実力は、見る者が見れば明らかだった。宝石を石ころと偽っても鑑定士の眼は誤魔化せないし、磨き抜かれた石に価値を付ける好事家もいる。遅かれ早かれ、見出されるのは時間の問題だったんだよ」

 

 少しだけ、驚いた。

 まさか達也と並べて評されるとは思わなかったし、そこまで買ってくれているとも思っていなかった。表現も言い得て妙で、強いて挙げるなら達也が並の宝石どころではない点くらいか。それでも現時点で達也が見せた能力の範囲を考えれば十分に的確だ。

 

「そら、妹が困っているようだぞ。行ってやったらどうだ」

 

 話は終わりだとばかりに委員長はそう言った。示す先では深雪が大勢に囲まれていて、笑顔こそ崩れてはいないものの確かに困って見える。

 或いはこんな会場の端で油を売っているなと、言外に促しているのかもしれない。

 

「では、僕もこれで」

 

 達也を見送った後、僕も移動するべく委員長へ腰を折った。

 しかし、振り返って一歩を踏み出したところでもう一度声が掛けられる。

 

「森崎」

 

 顔を合わせた先の委員長は神妙な表情をしていて、諭すような声音はいつになく穏やかに聞こえた。

 

「どれだけ硬い石も磨き続ければ小さくなるし、割れることだってある。そのことをよく覚えておくように。いいな」

 

 返事を待たずに踵を返した彼女の背中は、いつにも増して小さく見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 後夜祭も後半が迫ると、会場内は俄かに浮足立ってきた。

 午後7時からは来賓やスポンサーなどの大人たちが退出し、学生だけの時間となる。運営サイドの手配した楽団による生演奏をバックに、ダンスと歓談を楽しむひと時となるのだ。

 

 達也と委員長と別れた後はまた話しかけてくる相手の応対をしていたが、ダンスが始まる前にどうしても話しておきたい相手がいた。

 

 会話の合間に視線を巡らせ、目当ての人物を見つける。

 丁度他校の男子生徒との会話を終えたらしい相手へ、横合いから声を掛けた。

 

「失礼。一色さん、少しいいだろうか」

 

「森崎さん? ええ、もちろん構いませんよ」

 

 金の長髪を揺らして、彼女が振り返る。

 

 一色愛梨。原作に登場していない、僕の知らない三高一年女子のエース。

 作中トップクラスの能力を持つ深雪にすら追い縋って見せた少女だ。深雪のライバルとして原作に描かれていてもおかしくなく、けれど原作には登場しないことから僕と同じような境遇にあるのではと疑念を抱いていた。

 

 一度顔を合わせた際に探りを入れてはみたもののそれらしい反応はなく、寧ろ彼女の方が一方的にこちらを知っているような口振りだった。

 原作を知っているにしてはこちらへの対策が中途半端で、知らないにしてはいやに的確な戦術を用いてくる。どちらとも判断しかねる存在だった。

 

 このままでは埒が明かない。

 九校戦は今日までで、明日からはそれぞれ自校に戻ってしまう。このまま金沢に戻られてしまえば、判断の付かないままハロウィンを迎えることとなるのだ。

 

 多くの人命が懸かる以上、不安材料は潰しておきたい。

 だからこそ、ここで少しでも真意を探ろうと考えていた。

 

「昨日のミラージ・バットは素晴らしい試合だった。同じ一高の生徒として、司波さんにあれほど迫れる人がいるとは思わなかった。嫌味に感じるかもしれないが、称賛させて欲しい」

 

 本題へ切り込む前に、まずは素直な所感を伝えた。

 打算的な意図もないわけではなかったが、口にしたことは心からのものだ。あの深雪に迫る努力と工夫を目の当たりにして胸を打たれないはずがない。

 

「ありがとう。確かに悔しさはあるけれど、貴方にそう言ってもらえるのは素直に嬉しい」

 

 目を丸くした彼女はやがて綻ぶような笑みを浮かべた。

 若干の心苦しさを抱きつつ、話を続ける。

 

「飛行魔法は以前から練習していたのか?」

 

「トーラス・シルバーの術式を取り入れる目途が立ったので、ある程度は練習していました。まさか一高も飛行魔法を採用しているとは思わなかったけれど」

 

 となると、発表される前から飛行術式を知っていたわけではないということか。

 仮に原作知識があって飛行術式の仕組みを知っていたのであれば、わざわざ発表されるまで待たずとも練習できていたはずだ。『師補十八家』の家格であれば、誰にも見つからない訓練場を用意することなど難しくないだろうから。

 

「こちらのエンジニアも同じことを言っていた。あの短期間でよく物にしたものだと」

 

「司波達也さん、ですね。司波深雪さんのお兄さんの」

 

 大きく頷いた彼女は、(おとがい)に手を添えて思い出すように言った。

 

「栞が言っていました。司波達也さんのエンジニアとしての力量は計り知れない。自分を含め、高校生のレベルでは到底及ばないだろうと。しかも実戦能力まで高いなんて……」

 

 そこまで口にした一色愛梨は、何かに気付いて顔を上げる。

 目が合った彼女は柔らかな笑みを浮かべ、下ろした手を胸に当てた。

 

「そういえば、まだ言っていなかったわね。モノリス・コードの決勝、お見事でした。その後、怪我の具合はいかがですか?」

 

 その表情と言葉が作り物だとは思えなかった。

 思わず息が詰まり、動揺を繕いながら会釈を返す。

 

「ありがとう。怪我についてもこの通り、問題ない」

 

「よかった。一条くんの魔法で倒れたときはまさかと思ったけれど、大事にはならなかったのね」

 

 安堵の息を吐く彼女を見て、恥ずかしさがじわりと背中を走りだしてきた。

 胸中で騒ぐ音と冷や汗を必死に抑え、出来る限りの核心に迫るべく切り出す。

 

「一つ、気になっていたことがあるんだが――」

 

 無邪気に首を傾げる彼女を見据えて、震えぬよう何とか声を絞り出した。

 

「君は僕のことを知っていた。九校戦の始まる前から、転校を勧めるほどに調べ上げていた。噂を聞いたと言っていたが、君はいつ、どこで僕のことを知ったんだ?」

 

 もしかしたらと疑って掛かっていた彼女は、実は全く関係がないのではないか。

 原作には描かれなかっただけで実は元々三高に在籍していて、全く別の理由で頭角を現しただけなのではないか。

 

 脳内で「まさか」と木霊する中で答えを待つ。

 やがて一色愛梨は困ったような笑みを浮かべて、こう言った。

 

「――実は以前、私は貴方に救われたことがあるの」

 

 身に覚えのない話だった。

 彼女とは2週間前の懇親会が初対面で、それ以前に会ったことはないはずだ。外国人の姿が珍しくなったこのご時世、彼女のような西欧風の顔立ちと髪色はそうそう忘れるとは思えない。

 

「2年前、東京を訪れた時に事件に巻き込まれて、偶然居合わせた貴方に救われた。傷付けられそうになった私と母を、貴方は身を挺して庇ってくれたの」

 

 そこまで言われても思い出せず、反応から察した一色愛梨は苦笑いを浮かべた。

 

「覚えていないのも仕方ないわ。私たちを庇う瞬間、貴方はこちらを見てはいなかった。そのまま意識を失って、お礼を言うこともできないまま搬送されていったから」

 

 かつての自分の悪癖を掘り当てられて、自ずと口元が歪んだ。恥ずかしいことに、仕事の内外で怪我をして搬送された回数は両手の指の数にも及ぶのだ。

 いずれかの内に彼女を庇っていたのだろうか。沖縄の一件以来一年余りは特に酷い精神状態だった自覚があるので、その期間かもしれない。

 

「春に一高がテロリストの襲撃を受けたと聞いて、映像の中に貴方の姿を見かけた。それから私は家の伝手を使って調査して、貴方が一高に通っていることを知ったわ。途方もない努力の末に高い実戦能力を持っていることもわかった」

 

 そこまで聞いて、碌でもない勘違いをしていたのだと確信した。

 申し訳なさと恥ずかしさで胃が締め付けられ、嫌な汗が背中に滲む。

 

 多分、血の気が引いていたのだろう。

 彼女は――一色さん(・・・・)は苦々しげに俯いて両手を握った。

 

「ごめんなさい。知らない間に過去を調べられて、いい気分なはずがないわよね。懇親会の時はつい舞い上がってしまって、無作法なことをしたと反省しているわ」

 

「いや、そんなことはない。頼むから顔を上げてくれ」

 

 慌てて制止して、顔を上げた彼女に深く腰を折る。

 

「申し訳ない。どうやら僕は君のことを誤解していたようだ。真摯に向き合ってくれていたのに、疑うようなことを言ってすまなかった」

 

 原作との乖離を恐れていたのは確かだ。その気持ちは未だにあって、叶うことなら変わらずに進む方がいいと思っている。

 

 けれど、だからといって顔を合わせた側から疑って掛かったのは過剰だった。

 立場がはっきりしないからと警戒するだけだった。懇親会の時点で言葉を尽くして確認していれば、少なくとも彼女にこんな顔をさせることはなかったはずだ。

 

「いいえ。私の方こそ、一方的に気持ちを押し付けてしまったから。疑問を持たれても仕方がなかったのよ。けれど――」

 

 首を振った一色さんと目が合って、ふと彼女は笑みを浮かべる。

 

「どうしてもと言うなら転校の件、受けてもらえたら嬉しいのだけど?」

 

 続いた言葉はわざとらしいもので、だからこそ精一杯の気遣いなのだろうと思えた。

 勧誘には二度答えを返していて、変わらないと判っていればこそ半ば冗句として口にしたのだ。

 

「君の申し出は嬉しい。だがやはりそれはできない」

 

 厚意に甘えて目礼を返し、せめて誠実に応えようと続ける。

 

「この九校戦を通して気付かされたことがあるんだ。支えられてきた恩に報いるためにも、僕は一高を離れる気はない」

 

 言うと、彼女はほんの僅か寂しげに目を細め、それ以上の笑みを浮かべて頷いた。

 

「なら、今回のところは引き下がりましょう。

 でも覚えておいて。私は『一色家』の娘。恩に報いるというのなら、それは私も同じ。もし貴方が活躍の場を求めるのなら、私はいつでもそれを用意してみせる」

 

「ああ。ありがとう」

 

 お礼と共に頷く。

 直後、待っていたとばかりに彼女の後ろへ2人の少女が並んだ。

 

「話は終わったようじゃの」

 

「もうすぐダンスが始まるわ。森崎さんと踊りたいなら、このまま引き留めるのが正解かもしれないけど」

 

 明るい調子の四十九院さんに続いて、十七夜さんが意味深な台詞を投げ込んできた。

 一色さんが慌てふためいて声を上げる。

 

「栞っ!? なにを言って……」

 

「なら、後で改めて誘わせてもらおう。最初に、というわけにはいかないんだが」

 

 自然と笑みが浮かんで、悪ノリをした上で振り返る。

 一高のメンバーが揃ったテーブルを見ると、彼女は他の女子メンバーと談笑していた。

 

 視線を辿って、先にいる人物の名前を十七夜さんが言い当てる。

 

「北山雫さん?」

 

「一番心配を掛けたからな。お詫びと感謝も兼ねて、最初に誘うと決めていた」

 

 今さら向けられた好意を疑うつもりもない。

 想いへ応えられるかどうかは別として、せめて誠意くらいは返しておきかった。

 

 

 

「――そう。そういうこと」

 

 

 

 不意に一色さんが呟いて、一人一高メンバーの方へと歩き出す。

 向こうも彼女の接近にはすぐ気が付いて、何事かと水を打ったように静まり返った。賑やかな声が満ちる中、そこだけに妙な静けさが漂う。

 

「北山さん」

 

「一色さん。何か用?」

 

 雫の前で止まった一色さんが呼び掛ける。声音は穏やかで、にもかかわらず冷や汗が流れるのがわかった。

 一方の雫は常と同じ淡泊な表情だった。どちらかといえば困惑しているような眼差しで、けれどこの直後、一色さんの発言を機にがらりと色が変わる。

 

「用というほどではないわ。けれど、そうね。宣戦布告、といったところかしら」

 

 雫の目が一瞬だけこちらを捉え、好戦的に細められた。

 

「いいよ。その勝負、受けて立つ」

 

 笑みさえ浮かべて、雫が右手を伸ばす。

 差し出された手を握る一色さんに物怖じした様子はなかった。

 

「ありがとう。負けないわよ」

 

「こっちこそ、譲るつもりはない」

 

 

 

 固く握手を交わす2人を見て、ひっそりと息を吐く。

 胃がキリキリと痛むのを感じながら、けれど内心は想像以上に晴れやかだった。

 

「どうやら吹っ切れたようじゃの。疑念は晴れたか?」

 

 問われて振り返り、先程と同じように腰を折る。

 

「ああ。四十九院さんにも悪いことをした。変な勘繰りをしてしまった」

 

「なに、気にしてはおらぬ。寧ろ面白いものが見られてよかったくらいじゃ」

 

 覗き込むように見上げてくる彼女へ苦笑いを浮かべていると、四十九院さんの隣で十七夜さんが長いため息を吐いた。

 

「また沓子はそんなことを。あまり好き勝手に覗くのはよくないと思うわ」

 

 苦言もどこ吹く風と受け流す四十九院さんへ再度ため息を吐いて、十七夜さんはこちらへ振り返った。

 

「森崎さんの試合、全部観させてもらったわ。速さと正確さを極めたその技、一度間近で見てみたいと思う」

 

「機会があれば、もちろん構わない。こちらとしても、十七夜さんの合理的な魔法の構築には興味があるからな」

 

「ありがとう。なら、その機会を楽しみにしておくわ」

 

 ふっと笑みを浮かべて、十七夜さんは一色さんの方へと歩いていく。

 雫と話していた彼女の肩を叩き、四十九院さんと3人でその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 一人残された雫の傍らへ、ゆっくりと足を踏み出した。

 ちょうど楽団の演奏が始まり、ホールは俄かに浮ついた雰囲気に包まれる。

 

「演奏、始まったね」

 

「ああ。――雫」

 

 囁いた彼女の前に立って踵を揃え、内に抱く感情を言葉に乗せた。

 

「君にはとても感謝している。

 君のお陰で踏み出すことができた。

 君の支えがなければ折れてしまっていただろう。

 君が歩み寄ってくれて、掴んでいてくれたからこそ、僕は立ち上がることができた。

 

 ありがとう、雫。

 こうしてまた歩けるのは、君のお陰だ」

 

 顔を上げた先の雫は目を丸くしていて、固まったままの彼女へ笑って続ける。

 

「このお礼はいつか必ず。けど、それはそれとして――」

 

 いつかスエさんに教えられたことを念頭に。

 叩き込まれた作法を全身に行き渡らせて。

 

 浅くお辞儀をして、そっと右手を差し出した。

 

 

 

「私と踊っていただけますか」

 

「――はい。喜んで」

 

 

 

 差し出した手に、雫の手が重なる。

 軽く握って手を引いて、肩を寄せてホールの中央へと踏み出した。

 

 いつもよりも少しだけ、けれど確かに近い場所に雫の笑顔があって。

 

 彼女の笑顔(幸せ)を守りたいと、そんな想いが漠然と胸に湧いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 静まり返った庭の隅に少女の影が一つ伸びていた。

 イヤホンマイク型の端末を耳に掛け、潜めた声で相手に応じる。

 

「ええ。残念だけど、優勝はできなかった。

 あなたにとっては予想通りだったのかもしれないけど」

 

 右手で左の肘辺りに触れ、まっすぐに立つ後ろ姿は凛として涼やか。

 

「慰めは必要ないわ。今回はただ私が未熟だっただけ。来年は必ず勝ってみせる」

 

 声の内には闘志が滲み、相手の笑う声で彼女は落ち着きを取り戻した。

 小さく深呼吸をして気を取り直し、一層冷淡な声で問いを口にする。

 

「それで、目的は果たせたのかしら。

 誰にも情報源は明かさないという契約で《飛行魔法》を含む幾つもの貴重な情報を教えたのは、単に私たちを勝たせるためというわけではないのでしょう」

 

 返ってきた回答に、彼女は頷きながらも首を傾げる。

 

「そうね。確かに、この大会を通して彼の名前は多くの人に知られたわ。

 努力で才能を上回る話題性も、倒れた仲間のために身体を張って戦う悲劇性も、強敵を破って優勝を果たす物語性も。すべてが名声となって彼の名前を高めていく。けれど、そうすることにどんな意味があるというの?」

 

 訊ねてから長い静寂が辺りを包む。

 他に誰もいない庭先で、星を見上げた彼女はほうと息を吐いた。

 

「――そう。そういうこと。『魔王』には『英雄(ヒーロー)』を。御伽噺(フィクション)の再現というわけね」

 

 たとえ誰かに聞かれたとして、言葉の意味を理解することはできなかっただろう。

 或いはそうすることで、盗み聞きされた場合への対策としているのかもしれない。

 

「わかった。『魔王』が何を指しているのかは知らないけれど、彼を『英雄』に仕立てるのなら引き続き協力する。それが愛梨の幸福に繋がるのなら、私は一向に構わない」

 

 納得を得た彼女は視線を手元に落とし、開いた手を一度見た後に握り、胸元へと当てた。

 

「ええ。それじゃあまた。今後ともよろしくお願いするわ、『Mr. R(ミスター・アール)』」

 

 通話を終えた端末を懐に収める。

 静かな夜のそよ風に藤色の髪を靡かせて、彼女は会場の方へと足を踏み出した。

 

 ホールの中央やや左手では愛梨が咲き誇るような笑みを浮かべていて。

 軽やかにステップを踏む対面には件の『英雄』――駿の姿があった。

 

 入り口近くの柱に手を添えて立つ栞の眼差しは、じっと2人の横顔を捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 九校戦編 完

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 
 これにて九校戦編は完結となります。
 次章は『夏休み編』をお届けする予定です。

 また本作は明日1月11日をもって1周年を迎えます。
 途中長らく更新を止めることもありましたが、ここまでご愛読ありがとうございました。

 完結までどれだけ掛かるかはわかりませんが、引き続き書いていきますのでお付き合いよろしくお願いいたします!
 
 
 
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