モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う 作:惣名阿万
入学編途中から匂わせていたイベントです。
回収までに長らく掛かったせいか、思いがけず筆が乗ってしまいました。
◇ ◇ ◇
学校での訓練を終えて一度帰宅する頃には日差しも一層強くなっていた。
第三次世界大戦の発端となった寒冷化の影響で21世紀初頭より平均気温は落ち着いているものの、真上から照り付ける太陽の光はじりじりと肌を焼き、滲む汗が止まることはない。
自宅へ帰った側からシャワーを浴びて汗を流し、ラフなシャツに着替えて制服をクリーニングサービスへ。アイスコーヒーをグラスに注ぐ傍ら、音声操作で投影型スクリーンにニュース画面を表示させた。
ヘッドラインには都内で起きたデモの映像が流れていた。反魔法師主義を掲げる団体の政府に対する抗議活動だ。魔法師の待遇が非魔法師に比べて優遇されていると主張し、魔法師の重用を止めるよう訴えている。
魔法師排斥運動は日本のみならず各国で繰り広げられているキャンペーンで、特にUSNAでは盛んに活動する団体が数多く拠点を構えている。
魔法が使えない人々にとって、魔法師とは恐ろしい存在と捉えられることが多い。
よく例えにされるところで言えば『何もないところから水を出せる』という現象がある。
『空気中に一定量含まれる水蒸気を凝結させる』ことで実現可能なこの現象は、魔法師にとっては多数の手段を取れる比較的簡単なものだ。振動系統で温度を下げてもいいし、収束系統で周辺の水蒸気を集めてもいい。発散系統で相転移させる方法もあるだろう。
一方で魔法師でない人にとっては簡単なことじゃない。
試験管とピストンを用意して初めて水滴を作れる程度で、CADを操作するだけで水滴どころか水塊すら作り出せる魔法師の力は想像の埒外なのだろう。
科学的根拠に基づいた現象を再現しているのだと説明しても理解されないのが常だ。
理解できないものを恐れるのは自然なことで、それどころかCAD一つで簡単に他人を傷つける力すら持っているのだから、彼らが魔法師を恐れて遠ざけようとするのも仕方がないことかもしれない。
現在では法整備も進み、『緊急時を除き、街中で魔法を使うことは重犯罪に当たる』と周知されたことで、極端に魔法師を恐れる人は少なくなってきた。
魔法師の側もCADを持たない、或いは目立たないようにすることで社会に溶け込み、社会秩序は概ね平穏に保たれている。
一方、魔法師を『人間に酷似した別の生き物』と考える人も根強く残っていて、そういった人々は僕たちのような魔法師を『人間から生み出され、人間によく似た見た目の、人間とは別の生き物』として捉えている。
確かに魔法開発の黎明期では遺伝子操作や人為的な交配によって魔法資質の開発が行われてきたのは事実だ。
自然発生ではなく作為によって生み出された魔法師たちは『作られた人間』として、当時の非魔法師たちから人造人間の如き扱いを受けることもあった。
とはいえ、魔法師開発が始まって既に半世紀以上が経過している。
現在生まれる魔法師のほとんどは両親、或いは先祖の魔法資質を受け継いだだけで、政略目的は別として科学的には世間一般の人々となんら変わらない。
こうした認識は徐々に社会へ浸透しつつあるものの、未だ魔法師を『人とは違う作られた生き物』と捉える人も少なからずいる。
魔法師を『人間モドキ』と定義し、社会から排斥しようとする人々。
『人間主義者』と呼ばれる彼らは魔法師排斥運動の中核を形成していて、中には各国の反政府組織や犯罪組織、場合によっては対立国工作員の支援を受けていることもあるのだ。
映像のデモが『人間主義者』によって主動されたものかどうかはわからない。
街中での宣伝活動だけでなく、明確なデモという形で行動を起こすというのは珍しいことだ。魔法師絡みの事件があった後ならともかく、触発されるような出来事もなしにとなると尚更わからない。
なんならつい先日九校戦が終わったばかりだ。
魔法師界隈のみならず一般にも試合が中継され、非魔法師にとっても多少は興味を引かれる祭典の後にもかかわらず、というのはどうにも腑に落ちない。
知らない内に何か事件が起きていたのか。
或いは原作でもこの時期、反魔法師運動が展開されていたのだろうか。
繰り返される映像を見るともなしに考えていると、不意にスクリーンの中央へ着信を知らせるシンボルが表示された。電子音の鳴る中、発信者が誰なのかを確認する。
意外というほどでもない相手の名前を見て、グラスをテーブルへ置く。
カメラの前に立ち、タブレットを操作して電話を取ると、スクリーンの真ん中に相手の顔が映し出される。
「こんにちは。もう九校戦の疲れは抜けたかい?」
私服姿の雫を見るのは初めてだった。肩を覆うくらいのカットソーをゆったりと着こなしていて、制服姿に比べて大人びた印象がある。
背景に見える部屋は雫の私室なのか落ち着いた色合いの小物が覗いていて、こうした姿を見ると良家のお嬢様らしさが随所に窺えた。
『うん。大丈夫。――君も、もう自主トレ始めたんだってね。怪我は大丈夫なの?』
「ああ。お陰様で、ちゃんと完治してるよ。心配してくれてありがとう」
心なしか目の据わった雫に苦笑いが浮かんだ。
恐らく、先日会った滝川さんから雫へ報せがいったのだろう。隠すつもりはなかったが、心配を掛ける可能性を失念していたのには違いない。
『本当に? 君のそういうところだけは信用していいのか迷う』
「本当に大丈夫だ。無理はしていない。それより、何か用があったんじゃないのか?」
細目の圧力に耐えかねて問いかける。
内容については半ば予想できたものの、本来なら知るはずのないことをこちらから切り出すわけにもいかない。
しばらくジッと見つめてきていた雫だったが、小さくため息を吐くと今度は恥ずかしげに視線を逸らして言った。
『その、海に行かない? プライベートビーチなんだけど……』
可愛らしい表情に笑みが浮かぶのを自覚しつつ、知らぬふりで話を合わせる。
「確か、お父上は会社を経営しているんだったな。プライベートビーチというのは別荘か何かなのか?」
『うん。小笠原にあるうちの別荘。父さんがお友達をご招待しなさいって。深雪や達也さん、エリカたちも呼ぶつもり』
どうやら原作通りのメンバーで行く予定のようだ。
自分が誘われるというのは光栄なような畏れ多いような、複雑な感想が湧いてくる。
僕が行くことで何が変わっていたかはわからないが、どうあれ望むべくもないことだ。
「予定が合えばいいんだが、いつにするつもりなんだ?」
『来週の金曜日、26日から二泊三日でどうかなって。達也さんと深雪がそこしか空いてないみたいで、他の皆も大丈夫みたい』
予想通りの日取りに内心で安堵の息を吐く。
そも仕事がなかったとしても断るつもりではいたのだが、建前に留まらない理由があるのは有難い。彼女としても諦めの付く理由だろう。
「すまない。残念だが、27日、28日はボディガードの仕事が入っているんだ」
『そっか……。お仕事なら、仕方ないね』
わかりやすく落胆した雫を見て心苦しさが胸を刺した。
気丈に微笑んで見せる姿に、背中の一部が疼くような感覚を覚える。
「誘ってくれてありがとう。一緒に行くことはできないが、楽しんできてくれ」
『うん。ありがとう。それじゃあ、また新学期にね』
「ああ。また」
寂しげに微笑んで手を振る姿に改めて申し訳なさが募った。
誘いに応じられないのが半分と、もう半分は知らぬふりをしなければならないことに対して。彼女が考えているよりもずっと早く会うことになるのだが、今はまだそれを言うわけにはいかない。
テレビ通話が切れ、元のニュース映像が流れだしたスクリーンの電源を落とす。
残っていたアイスコーヒーを飲み干して、纏めた荷物を手に自宅を出た。
最寄りの駅まで向かう足取りは心なしか重く、どこか後ろ髪を引かれるような感覚が無くなることはなかった。
◇ ◇ ◇
いつ姿を現すかわからないリン=リチャードソンを待って有明へ通うこと数日。
何も起こらないまま平日の5日間が過ぎ、あっという間に土曜日を迎えた。
午前中は平日同様の訓練に充て、そのまま父の会社に寄って自走車で家に帰る。
改めて身支度を整えてスエさんの待つホテルへ向かうと、指定された時間通りに正面玄関から彼女は出てきた。
「久しぶりだね。随分と活躍していたようじゃないか」
「ありがとうございます。スエさんこそ、ご壮健で何よりです」
いつも通りの年齢を感じさせない堂々とした姿に一礼を返す。
自走車の扉を開いてエスコートし、ホテルのスタッフから受け取った荷物をトランクへ。
運転席側に乗り込んで端末を操作し、地図データを表示しながら訊ねる。
「本日は会食のご予定と伺っています。すぐに向かわれますか?」
「いいや。その前に少し寄るところがあってね。赤坂に回しておくれ」
指定場所の珍しさに若干首を傾げつつ、言われた通りに目的地を設定する。
静かに走り出した自走車の車内で雑談に応じることおよそ20分、主要な通りからは外れた路地に入った車両はとある店の前で止まった。
「こちらですか? 見たところ、美容院のようですが」
瀟洒な印象の店だった。ボックス型の外観はシンプルなモノトーン調で、階段を上がった2階が店舗スペースになっているようだ。
「間違いないよ。この店だ」
言うが早いか、スエさんはさっさとドアを開けて降りてしまう。
倣って車を降り、入り口の前で止まって姿勢を正す。
「では、こちらでお待ちしておりますので」
見送りのために腰を折ると、スエさんは呆れたような顔で振り返った。
「何を言っているんだい。シュン坊も行くんだよ」
そう言われてしまえば断るわけにもいかない。
後に続いて階段を上ると、店の入り口には女性が2人並んでいた。
「いらっしゃいませ。お待ち致しておりました」
どちらもが丁寧に腰を折って出迎える。
顔を上げた2人の内、スエさんは右手の女性へ声を掛けた。
「無理を言ってすまないね」
「いいえ。寿恵様のご要望ですから」
顔馴染みか、或いは常連なのだろう。
スエさんは女性の笑顔に頷いて応え、ちらとこちらを振り返った。
「ありがとう。頼みたいのはあたしじゃなく、こっちなんだけどね」
釣られて女性の目がこちらを捉える。
さすがスエさんが利用するだけあり、柔和な眼差しに品定めするような色は見受けられなかった。
「お孫さんですか?」
「そんなようなもんさね」
ニコニコと笑みを浮かべる女性へスエさんは適当な答えを返す。
彼女がそう言うのであれば、僕の方から進んで修正する真似をすることもない。
スエさんにとって都合のいい表現なのだろうし、少なからず嬉しく感じるのも確かだ。
再度女性の方へ向き直ったスエさんは、ニヤリと口元に人の悪い笑みを浮かべた。
「これから生意気な小僧のところに行くんだけどね。娘のことを大層自慢してくるもんだから、こっちも思い切り飾り立ててやろうと思ったのさ」
「まあ。でしたら張り切ってやらせていただきますね」
女性の方も口元を隠しながら、スマイルを一層深めてそう言った。
唐突に嫌な予感を覚えつつも、いつの間にか背後へ回り込んでいたもう一人の従業員に背中を押されて覚悟を決める。
鏡の前のスタイリッシュなチェアに座らされる中、内心で「高いんだろうな」なんてとりとめのないことを考えていた。
西の空に陽が赤く傾いた頃、自走車は洋風な邸宅の前に停まった。
素早く、けれど急いでは見えないように車を降りて、後部座席のドアを開く。
スエさんが降りた後のドアを閉め、斜め後ろに控えるよう付いて歩くと、両開きの玄関扉の前でロングドレスタイプのメイド服を着た女性が折り目正しく一礼した。
「ようこそお出でくださいました、桐邦様」
彼女が原作にも登場したハウスキーパーの黒沢女史だろうか。
仮に当人だとすれば輸送ヘリやクルーザーまで操縦する才媛のはずだが、20代半ばにしか見えないこの女性の経歴は一体どんなものなのだろう。
「どうぞこちらへ。お連れの方もご一緒に」
黒沢女史と思しき女性に先導され、邸宅の中へと足を踏み入れる。
ホクザングループ総帥の自宅というだけあり、広さは相当なものだった。
これまで訪れたことのある邸宅の中でも最大級で、スエさんが現役の会長だった時に住んでいた屋敷とどちらが広いだろうか。和風建築のあちらよりも床面積では勝っているかもしれない。
連れられるままに扉を潜るとそこは食堂のようで、長テーブルの前に一家が並んで立っていた。
黒沢女史が脇へと控え、互いの姿がはっきりと視界に入る。
瞬間、相手方の1人が雷に打たれたように硬直した。
いつになく大きく開かれた目と視線が合い、釣られて口の端が僅かに持ち上がる。
ちらとスエさんの視線がこちらへ向けられる。
雫の表情の変化に気付いたようで、小さく首肯して見せると彼女は笑みを深くして目を細めた。
「こんばんは、スーさん。お待ちしていましたよ」
幸いというべきか、両親の方は娘の異変に気付かなかったようだ。
両脇から進み出た父――
「お招き、ありがとうよ。わざわざ時間を作ってもらって悪かったね」
「とんでもない。当人たちを同席させる約束でしたからね」
どうやらスエさんも潮氏もこのために少なからず無理を通したようだ。お互い、よほど相手へ自慢がしたかったらしい。
「ご無沙汰しております。先日はご挨拶もできず失礼を致しました」
「構わないさ。急な約束だったからね。元気そうで何よりだよ」
続けて挨拶をしたのが雫の母親、
かつては十師族に並ぶとすら称された元実戦魔法師で、雫の魔法資質は紅音夫人からの遺伝だろう。振動系統を得意としている点など、母から娘へしっかりと受け継がれている。
「それで、そっちの2人が自慢していた子どもたちだね?」
潮氏と紅音夫人との挨拶を終えたスエさんは視線を姉弟へと向けた。
「ええ。娘の雫と、息子の
頷きながら振り返った潮氏が、ここでようやく雫の異変に気付く。
未だ驚愕から復帰できていないのか、若干頬を染めたまま雫は固まっていた。
「雫、ご挨拶なさい」
訝しげに問いかけた紅音夫人の声で、雫はようやく我に返る。
ハッと瞬きをした後、慌てたように腰を折り、早口気味に捲し立てる。
「――っ、失礼致しました。長女の雫と申します」
「長男の航、です。よろしくおねがいいたします」
弟の航くんが緊張交じりのたどたどしい口調で一礼すると、スエさんは微笑ましげに笑って頷いた。
「なるほど。良い子たちじゃないか。母親の教育の賜物だね」
「まあ。ありがとうございます」
紅音夫人が笑みを零し、今度はこちらとばかりに父母の視線がこちらへ向けられる。
「それでスーさん、彼が例の少年かな?」
友好的な表情の中で視線だけがスッと値踏みするように細められた。
紅音夫人も興味深げな眼差しを送ってきていて、気のせいか側に控えた黒沢女史までもが注意を向けてきている気がした。
「身内ってわけじゃないんだけどね。これでなかなか面白い子で、ちょっと前に拾ってからは何かと連れ回してるんだよ」
促されるまま前に出て浅く腰を折る。
「お初にお目に掛かります。森崎駿と申します。以後お見知り置きのほど、お願い申し上げます」
顔を上げると、まず紅音夫人の面白いものを見つけたと言わんばかりの表情が目に入った。
それまでよりも爛々と輝いた瞳に、こちらを試すときのスエさんと同じ印象を抱く。
一方で、潮氏の方は顎に手を当てて何やら頭を捻っている様子だった。
「森崎? 確かその名前は……」
「はい。魔法大学付属第一高校に通っております。雫さんのクラスメイトです」
聞き覚えの出所に当たりを付け、先んじて身分を明らかにする。
すると紅音夫人はクスクスと笑みを漏らし、娘へちらと視線を向けた。
「じゃあ、雫が話していたのは貴方のことだったのね」
水を向けられた雫が恥ずかしそうに目を逸らす。
ご家族に僕のことを話していたとバラされたからか、或いは別の理由でだろうか。
娘の表情に好奇心か悪戯心のいずれかを覗かせる紅音夫人に対し、潮氏の方は苦笑いを浮かべていた。
愛娘を溺愛しているというのは原作でも描かれていたことだが、やはり娘が同年代の男の話をしているのは面白いことではないらしい。
それでも潮氏は大人らしく即座に切り替え、右手を差し出してきた。
「初めまして、北山潮です。学校では雫が世話になっているようだね」
「母の紅音です。雫ったら、最近では貴方の話ばかりしているのよ」
「お母さん止めて。今その話は関係ない」
順に握手をする中で耐え切れなくなった雫が噛みつき、束の間笑い声が周囲を満たす。
こうまで恥じらう雫の姿は珍しく見ていて飽きないと感じるのは確かだが、いい加減に助けないと気の毒にも思えてきた。
「恐縮です。こちらこそ、雫さんには何度となく支えて頂き感謝しています」
だからこそ大真面目に謝意を伝えることで矛を収めてもらおうとしたのだが――。
「ああ、それで思い出したよ。そういえばあんたたち、この前の大会にも一緒に出ていたね。シュン坊もまあ随分とお嬢さんを気に掛けていたじゃないか」
直後、斜め後ろから突き出された一撃に出鼻をくじかれる。
いつどこで見ていたのかなどというのは明らかなので、文句を言えるとすればこれしかない。
「いらしていたのなら、どうして教えて下さらなかったんですか」
せめてもの反抗に問うもスエさんが動じた様子はなく、雫と2人並んで何とも言えない表情を浮かべる。
「いつまでも立ち話もなんだ。そろそろ食事にしようじゃないか」
ため息と一緒に苦笑いを浮かべて潮氏が促すまで、女傑2人による弄りが止まることはなかった。
当イベントはまだ続きます。
来週もまた見てくださいね!