モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第2話 後編

 

 

 

 潮氏に促され、挨拶に続く談笑も一区切りを迎えた。

 

 中央の長テーブルへと移動し、潮氏の対面の席を引く。

 軽快な足音と共に身を滑らせたスエさんが腰かけ、潮氏に続いて北山家の3人が並んで座るのを見守った後、スエさんからの首肯を待って隣の席へ着いた。

 

 一連の動作を見て何を思ったのか、潮氏は僅かに眉を寄せ口角を持ち上げる。

 直後、全員が着席するのを待っていたように料理が運び込まれた。

 

 コースの内容は和洋折衷の見た目にも楽しいもので、細部にまで拘りぬかれた料理の数々はさすが経済界の大物同士の会食だと思わされる。

 一方で、その割に話している内容は僕や雫の自慢や思い出話ばかりというのは何というか。ある程度覚悟していた僕はまだしも、相手が誰か知らなかった雫にとっては羞恥心を刺激されるようだった。

 

「九校戦での活躍は聞いているよ。大会の間も雫がよく話していたからね。他の友人共々、いずれ招待したいと思っていたんだが、まさか今日会えるとは思わなかったよ」

 

「恐縮です。私の方こそ、こうしてお会いできたことを嬉しく思います」

 

「さっきも言ったけど、最近の雫は貴方の話をよくしているのよ。九校戦の映像も繰り返し見ているみたいで」

 

 紅音夫人に促され、一同の視線が雫へと集まる。

 当人は恥ずかしげに顔を逸らしていて、卓上に温かな笑いが零れた。

 

 和やかな雰囲気の包む中、紅音夫人は笑顔のままで続ける。

 

「私も何度か見させてもらったけれど、大したものね。一流の魔法師でも難しい技術を身に着けていて、本当に高校生なのか疑ってしまいたくなるくらいよ」

 

 何気なく放たれた一言。口調も表情も穏やかで、一見すると他意は見受けられない。

 だが彼女の本質を知識として知っている僕にとって、その一言は別の意味に聞こえた。

 

 北山紅音(きたやまべにお)――旧姓鳴瀬紅音(なるせべにお)夫人はA級魔法師にして、かつては十師族に及ぶとまで言われた元実戦魔法師である。

 数々の現場を経験し、魔法師社会の表も裏も知る彼女だ。雫と関わりのある相手のことは当然調べているだろうし、達也に探りを入れるほどの人なら僕の能力を不自然に感じてもおかしくはない。

 

 原作で描かれた紅音夫人も元実戦魔法師らしい用心深さを見せていた。

 それは恐らく家族を大切に想うが故のもので、だからこそスエさんに連れられてきたとはいえ、一般的な高校生のレベルを逸脱した僕に疑念を抱いたのだろう。

 

 柔和な笑みの奥、微かに覗く刺すような眼差しへ座ったまま腰を折る。

 

「過分な評価を頂き、大変嬉しく思います。紅音様ほどの方にそう言って頂けるとは、長らく努めてきた甲斐がありました」

 

 大袈裟に応えると、一瞬だけ眉が揺れたのがわかった。

 こちらが彼女を知っているとは思わなかったのだろう。紅音夫人の目から油断が消え、代わりに猛禽のそれに似た獰猛さが加わる。

 

 子ども扱いの消えた彼女に対し、改めて種明かしを披露していく。

 

「ご存知の通り、森崎家ではボディガードの派遣業務を取り仕切っています。私自身も多少実戦に触れる機会があり、先達から学ぶためにも紅音様のことは以前から存じておりました」

 

 僕が百家『森崎家』の長男であることは知っていたはずだ。公的機関へ届け出されるパーソナルデータに触れることのできる人間であれば、僕の素性を洗うことはそう難しいことじゃない。

 一方で、家業にどれだけ関わっていたかは社外秘のもの。ホクザングループの情報網を駆使したところで易々と調べられる情報じゃない。

 紅音夫人は僕がどれだけ護衛の現場を経験しているかについては知らないのだと思う。だから僕を『高校生』という基準で測るしかなかった。

 

 九校戦の映像を基に判断したのがその証拠だ。

 スピード・シューティングにしろ、モノリス・コードにしろ、一介の高校生魔法師が持つ技量ではないと彼女は考えたのだろう。

 

 彼女を納得させるには理由が必要で、森崎家の嫡男という看板だけでなく実戦を経験したことがあるとわかれば、僕の技量についてもある程度は説明が付く。

 だからこそ、元実戦魔法師としての『鳴瀬紅音』を知っていると口にすることで、多少なりと現場を知っていることを示したのだ。

 

 まあ『ただの高校生』扱いされたことへの意趣返しの意図があったのも確かだが。

 気付かぬふりで流すのは僕自身だけならともかく、僕を信頼してくれているスエさんに申し訳が立たない。

 

 俄かに緊張感の増した空気を諫めたのは潮氏だった。

 紅音夫人の肩に手を置き、困ったような表情で窘める。

 

「紅音、それくらいにしておきなさい。他ならぬ桐邦寿恵が連れてきた少年だ。お前の心配もわかるが、少々失礼が過ぎるぞ」

 

「構わないよ。シュン坊が世間ずれしてるのはアタシも知っているからね」

 

 潮氏に続いてスエさんが肩を竦めて見せたことで張りつめた雰囲気が霧散した。

 

「そう、ね。ごめんなさい。経験上、どうにも疑り深くなってしまって。桐邦様にも大変な失礼を致しました」

 

「なに、気にしてないさ」

 

「こちらこそ生意気を申しました。お許しください」

 

 紅音夫人が謝罪の言葉を口にしたのに続き、こちらも腰を折る。

 直後、図ったようなタイミングでメインの肉料理が運ばれてきて、食卓は元の穏やかな雰囲気を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 その後は何事もなく時間が過ぎていった。

 

 食卓を囲んでの和やかな会話が途切れたのはラストのデザートも終わった後。

 食後の紅茶を頂きながら30分ほど談笑した頃、ふと紅音夫人が隣の雫へ振り向いた。

 

「そうだ。雫、彼にお部屋を見せて差し上げたらどうかしら? 貴女も2人だけで話したいでしょうし」

 

 母親からの提案に、雫は一瞬だけ思案してから頷いた。

 紅音夫人の笑みがこちらへ向けられる。眼差しには挑発的な色が浮かんで見えて、これもこちらの反応を測る一環なのだろう。上座へ目を向ければ潮氏も渋々ながら首肯している。

 

「いいじゃないか。行ってきな」

 

 何よりスエさんがこう言っている以上、断るという選択肢はなかった。

 立ち上がって一礼し、雫の後について食堂を出る。

 

「こっちだよ」

 

 淡々と言いながら先導する雫に並んで歩いていく。

 階段を上がり、長い廊下を進んだ先にある一室の前まで来ると、雫は立ち止まって振り返った。

 

「ちょっと待ってて」

 

 僅かに開いた隙間から室内へ滑り込む雫を見送って、小さく息を吐く。

 待たせる理由も気持ちもわかるので焦らせるつもりはなかったのだが、5分ほどで顔を覗かせた雫は気恥ずかしそうに頬を染めながら目を伏せていた。

 

「待たせてごめんなさい。どうぞ」

 

「ああ。それじゃあ、お邪魔させてもらうよ」

 

 中へ入ると、先日テレビ通話をした際に見たのと同じ内装が目に入った。

 

 白木のサイドボードの上には大小サイズの違うテディベアとミニチュアサイズの植木があり、広々としたラグにはローテーブルと2種類のクッションが置かれている。天蓋付きのベッドにはレースがふんだんに使われていて、普段の言動以上に可愛らしい印象だ。

 隅のデスクには嵌め込み型のモニターと投影式の端末が設置されている。モニターの上にはカメラのレンズもあって、電話の時はここへ向かっていたのだろう。

 

「それにしても驚いた。父さんが言っていたお客様が駿くんだったなんて」

 

 振り返って見ると、ため息交じりに呟いた雫と目が合った。

 

「僕もスエさんから雫のお父上の名前が出てきたときは驚いたよ。前もって知らせようか迷ったんだが、伝えるタイミングが見つからなくてね」

 

「気にしないで。多分、知らされても驚いたのは一緒だと思う」

 

 言ってから、雫はふと目線を斜め下へと落とした。

 合わせた両手で口元を隠し、細められた目元がちらりとこちらを捉える。

 

「その、印象が違ったから。髪型とか服装とか、似合っててとても格好良い」

 

 上目遣いに見つめられて自然と笑みが浮かぶ。

 

「ありがとう。雫もとても綺麗だ。こうして近くで見ると尚更そう思う」

 

 ここまで口にする機会のなかった感想を伝える。

 私服姿を見たときも思ったが、こうしてドレスを身に纏った雫は大人びて見え、普段はあどけなさと相まって目立たない優美な印象が際立っていた。シースルーのボレロから覗く肌は艶やかで、彼女本来の器量を活かしたメイクも大人びて見える理由だろう。

 

 名家に生まれ育ったためか立ち居振る舞いは洗練されていて、落ち着いた声音と表情も細いシルエットと併せれば深窓の令嬢然として映る。

 彼女の容姿が整っていることは知っていたが、装いが変わるとこうも印象が変わるのかと心底から驚いていた。

 

「取り敢えず、そこに座って」

 

 ふいと顔を背けた雫はデスクの傍の椅子を指してそう言うと、扉近くの通信端末へ向かった。

 電子式が最大手となった今では珍しいボタンタイプのそれを操作して、雫はどこかへと電話を掛ける。

 

『お呼びでしょうか』

 

 呼び出し音が途切れた後、一瞬の間と共に黒沢女史の声が漏れ聞こえた。

 

「黒沢さん、何か飲み物を用意してもらえますか」

 

『かしこまりました。只今お持ち致します』

 

 耳まで赤い雫の表情に対して言及する素振りもなく通話が終わる。

 

 『只今』という言葉の通り、黒沢女史は5分と掛からずに部屋へとやってきた。

 

「お待たせいたしました」

 

「ありがとう。――お酒?」

 

 黒沢女史が持っていたのはワインクーラーに入ったボトルと持ち手の長いグラスだった。

 首を傾げる雫に、黒沢女史は表情を崩すことなく応じる。

 

「奥様がこちらをお持ちするようにと。ノンアルコールのシャンパンです。よろしければ、バルコニーでご一緒に飲まれてはいかがでしょう」

 

 彼女はグラスとワインボトルをサイドボードへ置き、何食わぬ顔で一礼して出ていった。

 

 後には微妙な沈黙だけが残される。

 未だ頬の赤い雫は口を噤んだままベッドに腰かけていて、伸びきった手足が彼女の緊張をひしひしと伝えてきた。

 何かを話そうにも口を開くだけで肩が持ち上がるので言葉が出ず、かといって部屋の中をジロジロと見渡すわけにもいかない。

 

 どうしたものかと考えた末、取り敢えずは紅音夫人の悪戯に乗っておこうと決めた。

 立ち上がり、小さく身体を震わせた雫の横を通り過ぎてサイドボードの方へ。

 

「せっかくのご厚意だ。もう一度、僕たちだけで乾杯しないか?」

 

 目だけを向けて言いながら、クーラーからボトルを取り出した。

 側面に付いた水滴をハンカチで拭いながら、念のためラベルを見てアルコールの入っていないことを確認。コルクを抜いて2脚のグラスへと順に注ぎ、蓋をしてクーラーへとボトルを戻す。

 

 雫の傍まで歩いてグラスの一方を渡し、空いた右手で彼女の手を引いた。

 立ち上がった雫に付いてバルコニーへと出て、向き合った彼女とグラスを合わせる。

 ほの甘いシャンパンが喉の奥へと落ちていく感覚を追っていると、ノンアルコールにもかかわらず頭が痺れていくような錯覚を感じた。

 

 

 

 

 

 

 冷たいシャンパンを口にして多少は落ち着いたからか、再開した会話は途切れることなく弾んだ。

 

 九校戦の感想や夏休みをどう過ごすかの予定など、他愛のない話をしては笑みを交わす。

 陽が落ちても熱の残る夏の夜も、時折吹く風と冷たい飲み物のお陰で快適に過ごすことができた。

 

「そういえば、三高の十七夜さんからメッセージを貰ったよ」

 

 ひとしきり雑談を続けた末に、雫がふとそんなことを呟く。

 何気なく放たれた一言に続いたのは三高の一色さん、十七夜さん、四十九院さんとの高校生らしいやり取りの内容で、淡々と、けれどどこか楽しそうに語る姿に息が漏れる。

 

「随分仲良くなったんだな。やはりライバルだからか?」

 

「それもあるけど、他所の学校の人と話す機会は貴重だから」

 

 確かに、学校の垣根を超えて交流する機会はそう多くない。クラブ活動の大会を除けば、九校戦と秋の論文コンペティションくらいなものだ。

 学校という閉じたコミュニティの他に交流相手がいるというのは、大きな糧となるのかもしれない。

 

「四十九院さんは新学期から海外へ留学するんだって」

 

「へえ。魔法師の海外渡航は制限されているのが実情なのに、よく許可が下りたな」

 

 思いがけない情報に感心していると、不意に部屋の扉がノックされた。

 雫がそちらへ歩いて行き、グラスをサイドボードにおいて扉を開く。

 

 外開きの扉の向こうには、雫よりも小さな少年の姿があった。

 

「航? どうしたの」

 

「姉さん、入ってもいい?」

 

 緊張しているのか、航くんは雫の問いに答えることなく背筋を張った。

 困惑顔で振り向いた雫に頷いて見せ、部屋に入ってワイングラスを置く。

 

「森崎さんに教えて欲しいことがあるんです」

 

 雫に促されて目前まで来た航くんは、開口一番そう言った。

 見上げる表情は硬く、肩も持ち上がったまま張りつめている。

 

「もちろん。僕に答えられることであれば、なんでも訊いてくれ」

 

 頷いて応えると航くんは真面目な表情で切り出した。

 

「魔法が使えない人でも、誰かを守れるようになれますか?」

 

 航くんの眼差しはとてもまっすぐで、至極真剣なものだった。

 膝を折り、片膝立ちになって問い返す。

 

「『誰かを守れる』というのは、ボディガードのような仕事のことかい?」

 

 高さが逆転し、僅かに高い位置にある目がハッキリと頷いた。

 目を閉じ、問われたことを吟味して、まだ小さい両肩に手を添える。

 

「魔法が使えなくても強くなる方法は確かにある。けれどそれには途方もない時間と想像を絶する苦労が必要になるんだ。何十年と努力をしてようやく至れるもので、それでも魔法師には敵わないかもしれない」

 

 軽く掴んだ航くんの肩が震えた。

 目元も悲しげに細められて、それでも彼の目はまっすぐにこちらを捉えている。

 

「不可能だとは言わないよ。実際、魔法の力を使わずに魔法師を打ち倒せる人がいるのは間違いない。君が本気でそうなりたいと願い続けられるのなら、いつかそんな人になれるかもしれない。けど、君のご両親やお姉さんは君がそうなることを望むと思うかい?」

 

 ちらと航くんの視線が雫へと逸れた。大きく目が見開かれ、それから萎むように細くなる。

 雫がどんな表情をしていたか僕は見ていない。けれど彼がそうまでして強くなろうとすることを、雫は嬉しくは思わないだろう。

 

 俯いた彼の肩から手を放し、右手だけを二の腕に添える。

 

「航くん」

 

 再び顔を上げた航くんと目を合わせ、最も覚えておいて欲しいことを口にした。

 

「強くなることだけが守ることじゃないんだ。支えること、傍にいることだけでも、誰かを守ることに繋がる。大切な誰かを守りたいと思ったとき、その方法は一つじゃない」

 

「支える……。方法は、一つじゃない……」

 

 反芻する彼に頷いて立ち上がる。

 見上げる彼の目にはもう悲哀の色はなく、迷いながらも前を見据える意志が覗いていた。

 

「君は、君にできるやり方を探すといい。魔法が使えるかどうかなんて関係ない。君にできる限りの方法で、守りたい人の力になれるよう頑張るんだ」

 

 頷いた彼と笑みを交わす。

 そっと窺った雫の表情は晴れやかで、互いを想い合う姉弟の絆に幸せが訪れるよう願わずにいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 時間はあっという間に過ぎていき、そろそろお開きの頃合となった。

 姉弟と3人で食堂へと戻るのを待っていたように、スエさんが席を立つ。潮氏と紅音夫人がスエさんへと深く腰を折り、スエさんも頷いて応えた後で出口へと向かった。

 

 玄関ホールまで来ると、黒沢女史とは別のハウスメイドに止められた。駐車場から自走車を回しているので、少しだけ待っていて欲しいとのことだ。

 

 数分の待ち時間が生まれた直後、横合いから潮氏に声を掛けられた。

 

「森崎くん」

 

 穏やかな表情を浮かべた潮氏は少しだけ声を潜めて続けた。

 

「聞いたよ。君は何度となくスーさんのボディガードを務めているそうだね。そして危険に相対した経験も一度や二度ではないと」

 

 言われて事情を察する。

 僕らが雫の部屋へ行っている間、食堂ではスエさんから二人へ僕の仕事について話されていたのだろう。中には雫や航くんには聞かせるのを憚られる内容もあり、だからこそ潮氏はこうして声を潜めているのだ。

 

「若輩者の私へ、身に余るご高配を頂いております」

 

「そう謙遜する必要はないとも。あの人は無用と判断した者を傍に置いたりはしないからね。供に選ばれるということは、それだけ君を買っているということだ」

 

 回答と一緒に会釈すると、潮氏はからからと笑う。

 笑みを収めた潮氏は笑みこそそのままに、眼差しだけを強めて言った。

 

「そんな君だからこそ頼みたい。どうか娘を見てやっていてくれないだろうか」

 

 それが護衛の依頼だというのは薄々察せられたものの、敢えて漠然とした言い方をしているようなのが不可解だった。

 

「『見る』とはどのような意味でしょう。具体的なご要望をお聞かせ願えますか?」

 

 問うと、潮氏は笑みを収めて頷いた。

 

「最近、『人間主義』を標榜する者たちの活動が盛んになっていることは知っているかい?」

 

「一般に報道されている範囲ではありますが、存じております」

 

「東京近郊でも頻繁に活動が行われていて、第一高校の近くでも目撃されているそうだ」

 

 一高の近くでも、というのは初耳だった。

 自ずと眉が寄り、潮氏は小さく首肯して続ける。

 

「彼らの目的は反魔法主義の浸透を狙ったロビー活動だが、一部では魔法師を標的にした脅迫行為も行われていると聞く。中には暴行を受けた人もいるのだとか」

 

 潮氏の口にした内容には聞き覚えがあった。報道された中にも極稀に見られることではあるが、それ以上に原作でその脅威がハッキリと語られていたのだ。

 

 原作で反魔法主義者による襲撃が起きたのは1年以上先のこと。大亜連合や無頭竜を裏から操り、日本の魔法師戦力を損なわせようと画策していた男の工作が要因だった。

 原作で語られていた状況とは時期も世相も違う。にもかかわらず、反魔法師主義者の活動が盛んになっているというのは何故だろうか。

 

 知らないところで何かが起きているのかもしれない。

 或いは僕の知っている流れとは状況が大きく変わる可能性もないとは言えない。

 

「何も常に付き添ってくれと言っているわけではないよ。出来る限りで構わないんだ。学校や街中で娘やほのかちゃんに危険が及ばないよう、注意を払っておいて欲しい。もちろん謝礼はさせてもらおう。どうかね?」

 

 深刻に受け止めたと捉えたのか、潮氏は宥めるようにそう言った。

 我に返り、今ここで考え込んでいても仕方ないと思い直す。

 

「目の届く範囲でということでしたら、改めてお申し付けを頂くまでもありません。元より友人知人へ害意が及ぶようであれば全力で対処に当たる所存です」

 

 脅威の蔓延る可能性を示された以上、座して待っているだけではいられない。

 宣言した通りに努めるのは当然として、相談できる相手にアドバイスを求める必要があるだろう。

 

「……なるほど、それは随分と立派な心掛けだ。ではどうしてもという時が来たら改めて依頼させてもらうよ」

 

「微力を尽くすことをお約束致します」

 

 腰を折って応えながら、脳裏ではローゼン・マギクラフト社を訪れる日取りを何時にするべきか考え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 駿と潮が話している間、雫は寿恵に手招きされていた。

 ちらりと見た紅音から首肯を返され、寿恵の傍らへと向かう。

 

「お前さん、あの子を好いとるんだろう」

 

 間近に来たところで唐突に切り出され、雫は思わず言葉に詰まった。

 その反応を予想通りだと流し、寿恵は目を細めて続ける。

 

「どういう経緯で付き合いを持ったかは知らないけどね。熱に浮かされただけなら止めときな。お互い、火傷で済めばまだいい方さ」

 

 それまでの穏やかな、それでいて人を食ったような口調とは裏腹な真剣さに、雫の表情も引き締まる。

 細く長く息を吐いて、寿恵は視線を脇へと逸らした。

 

「年の割にしゃんとして見えるけどね。何かあるとすぐに首を突っ込んで、周りの考えなんて構いなしに解決しようとするんだ。危なっかしいったらありゃしないよ」

 

 見ている先の少年が抱える悪癖にため息を漏らして、寿恵はどこか遠くを見るように目を細めた。

 厳しく叱りつけるような表情なのにもかかわらず、雫にはどうにも怒っているようには見えなかった。

 

 寿恵の視線を追って駿の横顔を見る。

 

 九校戦を通して知った駿の性質は確かに、近付くほどに痛みを増す抜き身の刃のようなものだった。生半可な覚悟では互いを傷つける結果にしかならないという懸念も理解できる。

 寿恵は雫よりも早くにそれを知っていて、だからこうして忠告をくれたのだろう。

 

「わかります。誰かを守るために自分が傷付く人だってところ、何度も見てきました」

 

「……わかった上で好いてるなら大したもんだ。言いたいことはさぞ多いだろうにね」

 

 寿恵の目が雫を捉える。

 僅かに高い位置からじっと伸びてくる眼差しを受け止め、父が恩師と仰ぐ相手の迫力に気圧されながら、それでも雫は目を逸らそうとはしなかった。

 

 静かながら濃密な重圧が過ぎた後、寿恵はふっと笑みを浮かべる。

 

「なら、お前さんが支えてやりな」

 

 優しく穏やかな声でそう言って、寿恵の目が再度駿の方へと向いた。

 

「そうそう折れる子じゃないけどね。それでも欠けることやすり減ることはあるもんさ。人一倍頑固で見えにくいだけでね」

 

 ゆっくりと、けれど力強く頷いた雫へ、寿恵は笑って応える。

 

「頼んだよ。放っておくと、何にも言わず独りで行きつくところまで行っちまうだろうからね」

 

 最後に伏せられた目が何を覗いていたのか、最後まで雫にはわからなかった。

 

 

 

 

 




  
 
 
 
 
 
 
 
 ちなみに作者の思い描く駿の格好は、

 髪型――オールバック(ハリーポッター第6作『謎のプリンス』時のドラコ・マルフォイ)
 服装――ダークスーツ(ネイビー)、ベスト(ブラック)、ネクタイ(ワインレッド)、革靴(ブラック)、カフスやタイピン等の小物(寿恵が買い与えた物)、ハンカチ(胸の内ポケットに常備)

 こんなイメージでした。

 皆さんはどんなイメージを抱かれましたか。
 よければ感想等でお教えください。作者が悶えます(笑)
 
 
 

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