モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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 大変お待たせしました。
 
 
 


第4話

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 まるで頭を鷲掴みにされたような痛みだった。

 ギリギリと食い込むような圧力が脳を締め付け、そのまま前後左右に揺さぶられるような不快感に自ずと吐き気が湧き上がる。

 

 レオは経験したことのない感覚に頭を抱えながら、それでも何とか立ち上がった。

 隣に腰かけていた駿は既に駆け出していて、視線を辿ればそこには12、3人の男が誰かを囲い込んでいるように見えた。頭に響く不快な波動の出処も同じらしい。

 

「……ちょっとは頼れよ、くそっ」

 

 置いて行かれたことに小さく悪態を吐いて駆け出した。

 

 奥歯を噛んで自身を叱咤し、自分よりも小さな背中を追いかける。

 先行する駿も顔を歪めているのはレオと変わらない。にもかかわらず駿は一瞬のうちにノイズの出処を見極め、躊躇うことなく駆け出していた。

 

 場数が違うと、レオは直感した。

 春の一件で達也に感じたものと同じだ。多少のヤンチャで身に付くようなものではなく、恐らくは実戦の中で磨き抜かれたものだろう。護衛業に携わっていたという駿であれば納得もできる。

 

 一方で、だとすれば達也はどうだろうか。

 入学以来のあの友人はどういう経緯であれほどの風格を――実戦経験を得るに至ったのだろうか。

 

 考えても仕方ないと、レオは深く沈み込みそうになる思考を切り捨てた。

 元より詮索するつもりはない。達也がどんな事情を抱えていようと、言葉を交わす限りの達也はよき友人だ。裏にどんな『顔』を持っていたとしても、友人としての達也は信頼に値する人物だとレオは感じていた。

 

 そのとき、ふと頭に響いていた雑音が波の引くように消えた。

 改めて男たちの方へ目を向ければ、人垣の間から2人の少女が座り込んでいるのが見える。路面にへたり込み、手を地面に着いてどうにか身体を支えているような状態だ。

 

 沸々と憤りが湧くのを感じながら、軽くなった身体を伸ばして駿の隣へ並んだ。

 

「手ぇ貸すぜ」

 

「――すまない。助かる」

 

 驚きは一瞬で、すぐに前へ向き直った駿は息一つ上げずに答えた。

 律儀な回答に苦笑いを浮かべたレオは、同じように前へと向きながら問いかけた。

 

「さっきのは何だったんだ?」

 

「アンティナイトを使ったキャストジャミング。魔法の発動を阻害する厄介な代物だ」

 

「へぇ、あれが……」

 

 言われて、春に聞いた話を思い出す。

 特殊な鉱石であるアンティナイトを利用したキャストジャミングは非魔法師でも使用できる強力な代物である一方、世界でも極一部の地域でしか産出しない希少な軍需物資だ。

 噂では春に一高を襲撃したブランシュも保持していたらしい。目の前の集団が使ったのも同じ物だとすれば、あの男たちはテロリストに繋がりのあるということになるだろう。

 

 俄かに緊張感の高まったレオに対し、駿は視線だけを寄越して淡々と告げた。

 

「既に通報は済ませた。直に警察が来るだろう。それまでの間、どうにかあの人たちから注意を逸らしたい」

 

 言外の意図を察して頷いたレオに、駿は目を細めて続ける。

 

「説得はするが、期待はできない。交渉で止まらなかった時は正当防衛の成り立つ状況を作るから、合図でアンティナイトの指輪を持っているやつを取り押さえてくれ」

 

「オーケー。任せろ」

 

 応答に首肯で返して、駿は手にした通信端末を操作し始めた。手元を見ることもなく指を走らせた後、駿は端末をジャケットの内ポケットに収める。

 

 そうして間もなく男たちの前に辿り着こうかというところで、不意に集団の方から不気味なほどに揃った声が聞こえてきた。

 

「罪深き邪法の使い手よ、悔い改めよ!」

 

「「「悔い改めよ!」」」

 

「いや、やめて……返して……!」

 

 怒号に似た唱和に悲鳴が続いて、間もなく集団の1人が何かを海へと放る。

 緩やかな弧を描いて海面に落ちる瞬間、飛沫の隙間から陽の光が反射した。

 

「おい今の、CADじゃねえか?」

 

「っ!」

 

 特有の光沢を見分けたレオの声に駿が息を呑む。

 驚き見開かれた目が瞬時に鋭くなり、一瞬だけ膨れ上がった怒気は瞬く間に収まった。

 目の色が変わったと、レオにはそれだけがわかった。

 

 駿とレオは集団の間近へ迫るごとに足を緩め、大真面目な顔で仰々しく叫ぶリーダーらしい男の傍らで止まる。

 

「人には神より許された人としての――」

 

「話し中のところ悪いが、道を開けてくれないか?」

 

 はっきりと通る声で、けれど冷淡で感情を窺うことはできなかった。

 丁寧な言葉遣いでありながら、言い知れぬ迫力が込められていた。

 

 驚き身体を震わせる者もちらほらといる中、リーダー格の男は傲岸な口調で誰何する。

 

「……なんだお前は。我々は今、崇高な目的のために」

 

「事情は聞いていない。道を開けてくれと言っている。今すぐ両脇に避け、そこを通らせてもらえないか」

 

 威圧的な物言いを取り合うことなく切り捨てて、駿は男との距離を一歩詰める。

 眼前から見上げられ、たじろいだ男はそんな自分にすら腹を立て歯噛みした。

 

 直後、集団の中から再び悲鳴が上がる。

 

「お願い、助けてっ!」

 

「おい黙れ!」

 

 人垣の内に閉じ込められた少女の叫びは、野卑な男の一喝で尻すぼみとなった。

 暴力こそ振るってはいないが、内に閉じ込められた少女たちの恐怖は計り知れない。

 

 思わず飛び出しかけて駿に制止された。

 視線で食い下がったレオを首の動きで諫め、駿は男の方へと向き直る。

 

「ここは通行止めだ。何も言わず、来た道を引き返せ」

 

「――よくわかった」

 

 最早取り繕うつもりもないのか。脅すような口調で言った男に、駿は細く長い息を吐く。

 一度閉じ、再度開いた駿の目には、これまで潜めていた怒りの色が湛えられていた。

 

「器物損壊と監禁、脅迫の現行犯だ。警察が来るまで、全員大人しくしてもらおう」

 

 言葉遣いこそこれまでと同様の落ち着いたもの。

 しかし内に込められた怒気は男たちにも確かに伝わり、集団全員を震え上がらせた。

 

「な、何を言っている。デタラメを言うな!」

 

「デタラメじゃない。一連の発言はすべて記録させてもらった」

 

 そう言って、駿がジャケット内ポケットから端末を取り出す。

 画面には撮影、録音を表す『REC』の文字が点滅していて、証拠を撮り終えた端末を駿は懐へと収めた。

 

 自分たちは正しい行いをしている。

 そう信じていた男たちは、犯罪行為の現行犯だと断言され動揺した。

 

 魔法師は社会に在ってはならない存在だ。邪法の使い手は糺されるべきであり、邪法を操る呪具(CAD)は即刻廃さなければならない。

 人間本来の在り方を説き、目を覚まさせるのは慈悲であり、感謝こそされ罰せられるなどとは思いもよらない。

 

 男たちが動揺の声を漏らす一方、リーダー格の男は顔を赤く染め上げていた。

 憤懣遣る方無しとばかりに息を巻き、掴み掛らん勢いで駿へ迫る。

 

「なんだと……。ふざけるな! 何様のつもりだ!」

 

「ただの一般市民だ。が、たとえ民間人だろうと、現行犯に対しては逮捕する権限がある」

 

 伸ばされた手を軽々と躱して淡々と答える。

 駿の態度に怒気を強める男へ、集団の中から1人が進み出て叫んだ。

 

「そうだ、思い出した! こいつ、この前の何とか戦だかに出ていたやつですよ」

 

「魔法師か。この、邪法使いめ!」

 

 魔法を否定しているにもかかわらず、九校戦のことは知っていたらしい。

 矛盾に似た違和感を覚えながら、レオは膨れ上がった害意に反応して身構える。

 

 ほとんど同時に、一団から2人の男が進み出て右拳を突き出した。

 

「天罰を与えてやれ!」

 

 リーダーの男の号令に従い、男たちの手からサイオンの不協和音が吐き出された。

 魔法師にだけ効果のあるノイズが周囲へ広がり、2人の少女が堪らず悲鳴を漏らす。

 

(けっこうキツイな、こりゃあ……)

 

 強烈なサイオンノイズに頭を押さえながら、それでもレオは奥歯を噛んで耐えていた。視線だけは外さず、握った拳に力を込める。

 勝ち誇った顔の男たちが迫る中、ふと隣の駿が腕輪型のCADを操作するのが見えた。

 

 直後、駿の身体から『風』が噴き出し、周囲のノイズを残らず吹き飛ばした。

 

 突如として澄み切ったイデアに息を呑む。

 驚愕から生じた硬直はしかし、続く駿の一喝で即座に解けた。

 

「西城……!」

 

「っ、おうよ!」

 

 一も二もなく踏み込む。

 サイオンを知覚できない男たちは突然立ち直ったレオに反応できず、ボディーブローの1発ずつで膝を着いた。

 

「何故だ。アンティナイトが……」

 

 驚き固まるばかりのリーダーを放置して、レオは喘ぐ2人の手から真鍮色の指輪を外し自身の掌中へ収めた。

 男たちは対魔法師用の切り札を奪われたことでようやく我に返り、逆上して一斉に踏み込んでくる。

 

「人間モドキが、調子にのるなっ!」

 

 叫ぶリーダーはナイフを取り出し、間近にいるレオへと向けて振り下ろした。

 20代半ばほどの男は背丈も恰幅もレオより優り、手にしたナイフも刃渡りの長いサバイバルナイフ。並の高校生であれば臆して動けなくなるだろう一瞬にあって、けれどレオの対応は肝の据わったものだった。

 

 体格で優る相手の懐へ敢えて踏み込み、振り下ろす腕の半ばを手首で受け止める。下半身の支えも利用して止めた左手はそのままに、空いたボディーへ右肘を打ち込んだ。

 肺から息が漏れ、男の身体から力が抜ける。その隙を見逃すことなく手首を叩いてナイフを落とし、倒れ込む男の届かぬ位置へと蹴り飛ばした。

 

 リーダー格の男を沈め、レオは油断なく振り返る。人並み以上に頑丈な身体とはいえ、さすがに10人近い男の拳を受けるのは勘弁だった。

 しかし視線の先に対処すべき相手は居らず、全員が地に伏していた。呻き声一つ漏らしていないところを見るに意識を失っているのだろう。

 

 はたと隣を見れば、やはり駿の手には特化型CADが握られていた。九校戦でも使用していた相手を昏倒させる魔法を使ったのだ。肩で大きく息をしている辺り、直前のサイオンノイズを吹き飛ばした魔法も含め相当消耗したらしい。

 

 釈然としない気持ちを抱きつつ、レオは呻き声の方へ目を向ける。

 

 見れば肘を打ち込んだリーダーが立ち上がろうと藻掻いていた。

 怪我をさせないよう手加減したとはいえ、数分は動けないようにしたつもりだったのだが、レオが思っていた以上に根性があるようだ。

 

「くそっ……人間モドキめ……」

 

 痛みを堪えてか、切れ切れに悪態を吐く男に駿が歩み寄った。

 四肢を着いて震える男に近付き、片膝を着いて語りかける。

 

「個人の思想について、とやかく言う気はない。だが未成年への脅迫、暴行を許すわけにはいかない。ましてや軍用兵器まで持ち出されては、取り押さえるしかないだろう」

 

 汗と疲労を滲ませながら、表情だけは変わらず冷淡なままでそう言った。

 常日頃見せる落ち着いた雰囲気とは異なる顔に、レオは口を挟むことができない。

 

「兵器だと? デタラメなことを……」

 

「知らずに使っていたとなると、末端の構成員か。バックに何が付いているのかは知らないが、どうもきな臭いな」

 

 何も知らない様子のリーダーに駿はため息を吐いて立ち上がる。

 丁度そのとき、2人の背後に複数の足音が聞こえてきた。

 

「警察だ! 全員、両手を頭の後ろに組みなさい!」

 

 威圧する声に振り向くと、5人ほどの警官がそこにいた。拳銃やCADこそ構えてはいないものの、十数人を倒して尚健在な2人を警戒しているようだ。

 

 どうするかと視線で問うと、駿は小さく頷いてCADを地面に置いた。

 そのまま指示通りに両手を後頭部で組む駿に倣い、レオも言われるままの姿勢を取った。

 

 簡単なボディーチェックの後に移動を促され、離れた場所で事情を訊かれる。

 問われるがままに2人が答える間に複数台の車両がやってきて、新たにやってきた警官が厳しい口調で告げてきた。

 

「君たちにも聴取を受けてもらう。一緒に来なさい」

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 最寄りの警察署に連れられた2人はおよそ1時間の聴取を受けた。

 

 街路カメラの映像やサイオンセンサー、駿の端末の映像など幾つもの証拠があったにもかかわらず、聴取に当たった警官は当初2人の証言を信じようとしなかった。

 正当防衛を主張する駿とレオに対し、挑発的な言葉で過剰防衛と取り得る発言を引き出そうとしているようだった。根気強く説明しても眼差しは変わらず、厳しい口調で問い詰めてくる警官にレオは苛立ちを堪えるのに苦労した。

 

 長引きかけた聴取から抜け出すことができたのは駆け付けた顔馴染みのお陰だ。

 

「なにらしくもなく黄昏れてんのよ」

 

 不意に声を掛けられて振り返る。

 警察署近くの海浜公園――そのウッドデッキに上がってきたのは、署の前で解散したはずのエリカだ。有明方面に去った駿とも違う方向へ向かったように見えたが、戻ってきたらしい。

 

「お前なぁ。オレだって考え事ぐらいするっての」

 

 失礼な物言いにも、今だけは突っかかる気にならなかった。

 レオと駿が必要な聴取だけで解放されたのは他ならぬエリカのお陰なのだ。そうでなければ、今頃はまだ警察署内で同じ質問を繰り返されていたことだろう。

 

 エリカの生家である『千葉家』は『剣の魔法師』と呼ばれる剣術の大家。警察省内にも多数の門下生を抱えるために影響力は大きく、当主の娘で高弟のエリカも広く顔が利く。

 曰く、現場に駆け付けた警官の1人が一高のOBで、九校戦の中継を観ていたお陰で駿のことを知っていたらしい。エリカの知人だということも耳にしていて、だからこそエリカに連絡が行ったのだ。

 

 聴取に当たる人間が急遽変更になり、それが大の魔法師嫌いだった。

 以前にも傷害事件に際し魔法師が正当防衛を行ったのだが、この警官が聴取を行った結果被害者は過剰防衛と見做されるような調書を取られたらしい。

 

 現在の警察には非魔法師と魔法師が混在して勤務している。公務員職の中でも警察は軍と並んで魔法師の割合が多く、他の業種と比べて魔法師への理解も広い。

 それでも非魔法師の中には魔法師を特に厳しく取り締まろうと考える者も少なくない。レオと駿を担当したのもその手の考えを持つ警官で、エリカが来なければ聴取はより長く続いていただろう。

 

「それがらしくないって言ってんのよ。疑問があるなら直接訊けばいいじゃない」

 

「……訊けるわけねぇだろ。こんなガキっぽいこと」

 

 運河を上る貨物船を見ながら、レオは拗ねるようにぽつりと答えた。

 

 脳裏に浮かぶのは警察署の入り口での一幕。

 聴取から解放され、ため息と共に外へ出た2人へ、横合いから掛けられた言葉。

 

「感謝されたくて助けたわけじゃない。そんなことはわかってる。けどよ、だからって何も感じないわけじゃねぇだろ」

 

 涙ながらに振り絞った声が頭から離れなかった。

 期待も警戒もしていなかった外から投げ込まれた一言は、時間が経つほどに大きく響いている。

 

「相手は中学生よ。怖い目に遭ったばかりなんだから、感情的になっても仕方ないわ」

 

「じゃあお前ならできたってのかよ」

 

 窘めるような声に、思わず噛みついてしまった。

 言うまいと押し止める意地を振り切って、つい憎まれ口が口を衝く。

 

「助けた相手に睨まれて、『どうしてもっと早く助けてくれなかった』なんて言われて、それでもあいつみたいな対応ができんのか?」

 

 少女たちの気持ちもわからないではない。

 大人の男十数人に追い回されて、キャストジャミングのノイズを浴びせられて、買ったばかりのCADを海へと投げられて、挙句に目の前で暴力を見せつけられる。

 聞けば2人の少女はまだ14歳で、春に中学2年生に上がったばかり。夏休みを利用して友人と注文したCADを受け取りに来ただけで、反魔法師の集団に狙われたのは不運でしかなかった。

 

 ただの偶然で一生のトラウマになり得る目に遭って、動転しない方が珍しい。

 偶々駿とレオが助けに入ったものの、助けられるのならもっと早く駆け付けて欲しかったと言うのは、彼女たちにとっては紛れもない本音なのだ。

 

 思いもよらぬ言葉をぶつけられて、レオは言葉を失うしかなかった。

 恩に着せるだとか、言い訳をするだとか、そんな頭が働く暇すらなく、ただ茫然と彼女たちの悲痛な叫びに打たれることしかできなかった。

 

 それなのに――。

 

「あいつは、森崎は本気で後悔してやがった。『間に合わなくてごめん』なんてどうにもならなかったことを後悔して、キツイ言葉ぶつけられて、見えなくなるまで動かなかった」

 

 自分にはできないと、レオは直感した。

 

 『魔法』という才能を持つ者としての責任とでも謂うのだろうか。

 努力し、磨くだけでは済まされない、果たすべき義務に似た何か。

 

 自分には考え付きもしないものを、駿は既に持ち得ている。

 

 その事実がまるで血痕のようにレオの頭へ染みついていた。

 

 

 

 

 

 

 レオの吐露を聞いたエリカが静かに横に並ぶ。

 

 同じように運河を見つめながら、レオのように手すりへ触れることはなく。

 自身の足でまっすぐに立って、独り言に似た囁きを漏らした。

 

「……さあ。実際に立ち会ったことなんてないんだから、わからないわよ」

 

 口ではそう言いながらも、エリカ自身同じことができるとは思っていなかった。

 自分なら突き放していただろう。そう確信していて、けれどそれがレオとそう変わらない態度だと理解できるからこそ惚けて見せた。

 

 精神的に成熟している。そんな表現では片付けられない何かがあると感じた。

 それはレオが抱いた疑問と同じもので、同い年でありながらそんな対応ができる駿に少なからず敗北感を覚える。

 

 入学以来、二科生だからと劣等感に苛まれることはなかった。

 授業や実習で扱う魔法が下手だからといって、実戦なら負けはしない。温室で育てられた『エリート』とは積み上げてきたものが違うのだと、そう考えていた。

 

 優越感に浸るだけの連中など相手にするのもバカバカしい。

 生まれ持った才能を誇り磨くのは当然として、他者と比較しなければ自信を保てない程度の幼稚な思考には呆れるばかりだ。

 

 だからこそ、入学後間もなく駿と知り合って心底驚いた。

 

 『花冠(ブルーム)』の紋に違わぬ資質に驚いたのではない。

 その技量、その胆力、その眼力、なによりもその精神性にこそ驚愕したのだ。

 

 驕らず逸らず、見える限りを色眼鏡なく評価して、一切の妥協もなく己が定めた道を突き詰める。

 求道者とも表せるその在り方は、剣術という武の道を歩むエリカにとって尊敬に値するものだった。

 

 敵わないなと、心から思った。

 そんな相手が同い年に3人もいる(・・・・・)とは思わなかった。

 単純な強さだけではなく、芯の部分で届かないと思った相手はそう多くない。

 

 鬱屈した感情を持て余していたエリカはしかし、続くレオの言葉に目を丸くした。

 

「やめた。ごちゃごちゃ考えてても仕方ねぇ。場数が違うなんてのはわかりきってたしな。これから積み上げてきゃいいだけだ。負けっぱなしってのは、やっぱ悔しいからな」

 

 『悔しい』――。

 自分が口にするのを躊躇ったその一言を、レオはいとも容易く口にした。

 

 清々しいほど真っ直ぐに。

 呆れるほど晴れやかな表情で。

 罵倒したくなるほどにあっさりと。

 

 思わず毒気を抜かれたエリカの口元には自ずと笑みが浮かんでいた。

 

「――男の子だね」

 

 口を衝いて出たのはそんな一言で、囁くような声と穏やかな笑みにレオは終ぞ気付くことはなかった。

 

 

 


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