モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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 大変お待たせしました。
 
 
 


第6話 前編

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ブリーフィングを終えた後は予定通りの7時に大手町本社ビルを出発した。

 車両は街中の一般道を20分程走り、やがて長距離移動用のレーンへと移る。

 

 かつての高速道路を再整備した道路交通網は、エネルギー開発分野の発展と広域管制システムの導入、整備機械の自動化などにより、安全性と利便性、コストの共存に成功した一例だ。自動運転の普及も事故率の低下と渋滞の解消に寄与しているのは間違いない。

 

 こうした発展が各所で繰り返されたこの国だが、一方で都市部を離れれば未だ緑に満ちた山林の姿を見ることができる。植林による再生が主で手付かずとは言えないものの、人口の減少も相まって緑地面積は100年前よりも寧ろ広がっているほどだ。

 

 ゆっくりと流れる秩父山地の緑を見るともなく考える。

 

 向かう先は旧群馬県桐生市に所在するトウホウ技産の研究開発施設。民生品から軍需品まで様々な分野へ進出しているトウホウ技産の中にあって、そこでは魔法関連の研究が行われているようだ。

 

 今回の依頼はこの研究室から都内の国防軍施設へ、研究チームと積み荷の警護を行うこと。何を運ぶのかは知らされていないが、警護対象4人に対して14人のチームで臨むとなれば荷物の重要性は嫌でも想像がつく。

 ましてや搬入先は国防軍の研究施設。時期的に『聖遺物(レリック)』絡みの可能性もあり、だとすれば警戒相手は産業スパイだけに留まらないだろう。

 

 過ぎ去る景色を眺めていると、ふいに隣から声を掛けられた。

 

「また随分と難しい顔をしておいでで。何か気になることでも?」

 

 運転席から穏やかな笑みを向けられて、ようやく眉を顰めていたことに気付いた。

 胸中の空気を入れ替え、懸念を片隅に除けて答える。

 

「いえ、チームでの仕事は久しぶりですから。少し緊張しているのかもしれません」

 

 言うと、彼は心底可笑しいとばかりに笑いを漏らし始めた。

 

「ご冗談を。若旦那ほどの方が、今さらこの程度どうってことないでしょう」

 

「……評価してもらえるのは嬉しいですが、いくら何でも買い被りですよ」

 

 2台のクーペに分乗したバックアップチームの内、隣に座る彼は何度か現場で一緒になったことのあるベテランだ。

 年も一回りは上のはずで、魔法科高校から警察庁を経た後、父の会社に勤め始めたのだと聞いたことがある。

 

 目の前の彼を含め、この日の依頼には父の会社で抱える内の精鋭が揃っていた。

 

 叔父は実働部門の実質トップで、長年に渡って一線に立ち続けるベテランだ。僕に実践的な魔法運用技術を教えてくれた師であり、ボディガードとしての責任と心得を共に学んだ。

 叔父の他にもこの道10年を超えるベテランが数多くいて、そうでない人でも防衛大卒の武闘派や魔法大学出身のB級ライセンス持ちだったりと実力に疑いはない。

 

 『森崎家』の運営する民間警備会社には軍や警察に入れなかった・退職した者を始め、国際基準では高位ライセンスに届かない魔法資質の持ち主などを積極的に勧誘して雇っている。

 成果と信用に応じて森崎の家が積み上げてきた研究成果を与え、魔法という一見すれば見えない、けれど確かにある強力な手段によって依頼に応える。そうすることで、十師族を始め有力な家系の後見がない依頼人を守ってきたのだ。

 魔法が広く認知されてからは政財界に影響力のある人々からの依頼も増え、『森崎家』は今や本職の魔法技能研究よりもこちらの警備業の方で名が売れ始めている。

 

 民間警備会社として高い評価を得てきた父の会社は、抱える社員数も、実戦魔法師の人数もそれなりに多くなってきた。

 だがベテランともなるとそう多いわけではなく、にもかかわらず、普段なら複数の案件へ分散しているはずの精鋭が今日に限っては大半がこの仕事へと集まっている。それだけこの仕事には大きな期待と責任、そして危険が伴うということなのだろう。

 叔父をリーダーとし、メンバーをベテランと実力者で固め、夏休みとはいえ高校生の僕にまで参入を促したのは、ただスエさんからの依頼だからというだけではないはず。

 

 狙われる可能性があるのは研究員の誰かか、或いは積み荷の方だろうか。

 

「それにしても、週末とはいえ若旦那が参加されるとはね。学校や部活には顔を出さなくてよろしいので?」

 

 深みに嵌りかけていたところを世間話に掬い上げられる。

 視界が元のように広がり、思わず目を向けた先には知らぬ風を装った微笑があった。自動運転が主流の時代に敢えてハンドルを握り、オールドスタイルの無煙たばこを咥えてじっと前を見据えている。

 

 答えを待ってくれているのだとわかって、感謝と恥じらいの双方が浮かんだ。

 

「大会もまだ先で自主練習がメインなんですよ。授業の方はまあ、夏休みなので」

 

 ようやく回答を返すと、彼はまるで気にした様子もなく相槌を打った。

 

「なるほど、夏休み。実に良い響きだ。若旦那はどこか外出などなされないので?」

 

 言われて、「ああ、それなら」と呟く。

 九校戦が終わってからこちら、毎日のように有明へ通っていたのだ。そのまま口にすることはできないが、そこへ行ったと表することは嘘にはならないだろう。

 

 それらしく話すと、すかさず煙草を咥えた口が苦々しく歪んだ。

 

「ご学友とですよ。若旦那ほどの方が、まさか誘われないはずがないでしょうに」

 

 呆れたような口調で、さも当たり前のように言われた。

 からかい交じりの視線には単純な興味以上の色が窺えて、耐えかねた結果がポロリと零れ落ちる。

 

「……海に誘われましたが、予定が合わなかったので」

 

 自ずと浮かんだ苦笑いにも同情の気配はなく、彼はただ納得した顔で頷いていた。

 

「ふむ、それは残念。――ところで、お相手は女性の方で?」

 

「ええ。クラスメイトです」

 

「お二人だけで? それとも他のご友人も一緒とか」

 

「男女合わせて8人のグループですね。学校でも関わることがあるのでその誼でしょう」

 

 訊かれるままに応じると、やがてその口元にそれまでとは別種の笑みが浮かんだ。

 

「ほう、それはそれは。我々としても嬉しい知らせだ(・・・・・・・・・・・・・)

 

 ニヤリと持ち上がった口角は言葉通りの感情を湛えていて。

 彼の言葉の意味するところを悟ってからは、恥ずかしさが湧くのを堪える羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 同じ頃、小笠原諸島北西部の媒島(なこうどしま)にある北山家の別荘では、一流ホテルにも劣らない華やかな朝食が振る舞われていた。

 

 新鮮な野菜を使用したサラダに柔らかな半熟のオムレツは見た目にも美しく、色とりどりのフルーツが盛られたバスケットには女性陣から小さく歓声が上がる。

 肉料理はビュッフェスタイルで、様々な種類のソーセージやベーコンなど、食べ盛りの高校生男子をも満足させる大ボリューム。

 主食はライスとブレッドの好きな方を頼むことができ、和食派と洋食派の双方が納得できるメニューとなっていた。

 

「んー、おいし! もうずっとここに住みたいくらい」

 

「暑くて体力使う分腹も減るからな。朝から目一杯食べれるのは助かるぜ」

 

「エリカちゃんもレオくんも、食べながら喋るなんてお行儀が悪いわよ」

 

 『パクパク』か『ガツガツ』か、堪能する姿を表する擬音が微妙に異なる2人は揃って美月に窘められる。

 とはいえ彼ら一行以外に人が居るわけでもなく、仲間内だけの席だからか美月の小言も半ばポーズのようなものだった。美月自身マナーは守りつつも、食事より談笑を楽しむ時間の方が長くなっている。

 

 そうして3人が和やかに食事を楽しむ一方、同じE組の幹比古は知的好奇心に関心が傾いていた。

 多種多様な食材に舌鼓を打ちながら、抱いた疑問を世話役の黒沢女史に訊ねる。

 

「まさか離島でこんなに豪華な食事が出てくるとは思いませんでした。これ全部本土から輸送しているんですか?」

 

「島の環境管理を担う会社が食材の調達、輸送、貯蔵をまとめて行っています。注文すれば一両日中に大抵の物は揃えることができますよ」

 

 淀みない所作でコーヒーのお代わりを注ぎながら、黒沢女史は落ち着いた声で答えた。

 

 二十代半ばにしか見えない彼女は旅行中の一行の世話を一手に引き受け、また往復のクルーザーの操舵手をも務める才媛だ。一家からの信頼も厚く、雫からも単なる主従関係という以上に慕われている。

 

 そんな彼女の今の装いは膝上丈のワンピースにエプロンを纏った涼しげなもの。

 剥き出しの肩や細く長い手足が年頃の少年には刺激的な色香を放っていて、『神童』と呼ばれながら情緒は一般的な高校生らしい幹比古にとり、言い知れぬ緊張を抱く姿だった。

 

「吉田様も、ご入用のものがあれば遠慮なくお申し付けください」

 

「ありがとうございます。何かあればお願いさせてもらいます」

 

 上擦りそうになる声を必死に押さえてコーヒーの注がれたカップを受け取る。

 緊張を抱いていることはもちろん、そんな姿を友人たちに露見してしまうことは何よりも避けたいことだった。エリカは散々に揶揄ってくるに決まっていて、誰より美月には見られたくない。

 

 一礼して離れていく黒沢を見送って、内心で安堵する。

 適温に淹れられたコーヒーを一口飲んで置くと、各々食事を楽しむ仲間たちの姿が目に入った。料理を堪能するエリカとレオを見やり、その横で微笑む美月と目が合うと、幹比古は恥じらいと共に目を逸らす。

 

 そうして振り向いた先には、これでもかとばかりに陽の気が溢れていた。

 

「お兄様、是非こちらを召し上がってみてください。とても美味しいですよ」

 

「達也さん、こっちのジュースも、よければ一口飲んでみてください」

 

 夏の暑さも吹き飛ばす光景に、幹比古はひっそりと息を吐く。

 甲斐甲斐しく世話を焼く2人の乙女の間には、音を立てて散る火花の幻が見えていた。

 

「深雪、昨日は相当我慢してたのね」

 

「ほのかさんも、何だか随分と吹っ切っちゃってる感じ」

 

 達也の両隣から手を伸ばす深雪とほのかを見て、エリカと美月も呆れを漏らす。

 気にしていないのは食べるのに夢中なレオだけで、それも敢えて食事に没頭することで見ないようにしているというのが正解だろう。

 

 すでに見慣れた景色だ。中途半端なツッコミも通用しないというのが彼らの共通見解で、だからこそE組メンバーは2人の競い合うような奉仕を遠巻きに見るだけだった。

 

 一方、ただ一人A組の雫は友人2人の『闘い』をじっと眺めながら、静かにトロピカルジュースを啜っていた。

 微笑ましく見守るような、それでいて羨望の滲んでいるような眼差しに、何かに気付いたエリカが口元を歪めて顔を寄せる。

 

「なになに、雫ってば羨ましいの? あんな風にしてみたいーとか?」

 

 わかりやすい揶揄いの台詞に、幹比古と美月が揃ってため息を漏らした。

 2人の呆れ顔にもめげず、レオのツッコミを一瞥で黙らせ、振り返ったエリカに雫が淡々と答える。

 

「否定はしないけど、違う」

 

「否定しないんだ……」

 

 口撃が不発に終わってエリカはがくりと肩を落とした。美月は俄かに黄色い声を漏らし、幹比古は呆気に取られ、レオまでもが食事の手を止めて耳を傾ける。

 

 すっかり傾聴の体勢に入った4人の同級生。

 そんな彼らに何を言うでもなく、雫は昨晩の深雪との会話を思い返し始めた。

 

 

 

 

 

 

 前夜、深雪を連れて夜の浜辺に繰り出した雫は、彼女に「達也をどう想っているか」と問いかけた。

 幼馴染のほのかを後押しする思惑もあれど、真意は新たな友人となった深雪を知りたいという一点。兄妹でありながらそれ以上の感情を窺わせる深雪の、その心根を聞いてみたいと思った。

 

 『愛している』と即答した深雪の返答は、それだけで終わりではなかった。

 達也のことを敬愛しているが、恋愛感情ではない。そう語った深雪への追究に、彼女はふっと笑みを浮かべて応じた。

 

『私のお兄様に対する想いは、恋愛感情じゃないわ。ほのかや雫が抱いているものとは違うのだと思う』

 

 穏やかな表情で呟かれた言葉に、雫は小さく身を震わせた。

 知られていることは承知していたものの、改めて引き合いに出されるとむず痒さが生じて止まない。

 

 雫の表情にクスリと笑みを深めてから、深雪は続きを口にし始めた。

 

『恋愛って、相手を求めるものでしょう。私のものになってって求めるのが恋じゃない?』

 

 「そうだ」と頷く気持ちと、「そうかな?」と首を傾げる気持ちの双方を抱きながら、雫は口を挟むことなく続きを待つ。

 

『私がお兄様に求めるものなんて何も無いわ。だって、私はもう『私自身』をお兄様から貰っているのだもの』

 

 そうして(もたら)された答えは、全く予想外なものだった。

 

『私ね、本当は3年前に死んでいるの』

 

 淡々と告げたその微笑みがあまりにも儚くて、真夏の夜にもかかわらず強い寒気を覚えた。真に迫った雰囲気に言葉を失って、続く告白にも息を吞まずにいられない。

 

『私が今ここでこうしていられるのはお兄様のお陰なの。

 泣いたり笑ったりできるのも、皆と過ごすことができるのもお兄様のお陰。

 私の命はお兄様に戴いたもので、だから私の全てはお兄様のものなのよ』

 

 衝撃的な告白とそれを語る深雪の表情に、雫は何を言うこともできなかった。

 事情は知らず、詮索するつもりもなく、それでも深雪の想いの強さだけは端々から感じられた。

 

『私はこれ以上の何もお兄様に求めない。私の気持ちを受け取ってもらうことさえ求めはしない。この想いを表現する気持ちは――やっぱり『愛しています』以外にないんじゃないかしら』

 

 そう言って、深雪は悪戯っぽく片目を閉じる。

 想像の上をいく話に二度三度と瞬きを繰り返して、それから「参った」と降参の意を伝えた。

 

 別荘へと戻る途上では、深雪から雫へと質問が繰り返された。

 

 時に恥じらい、時に同意を得ながらも話題に花を咲かせる中で、けれど頭の片隅では一つだけ引っ掛かることがあった。

 

 達也のことを誰よりも尊敬し、愛している。

 そう言ってさえおきながら、何の見返りも求めはしない。

 

 深雪のその想いが、どこか駿の『願い』に似ていると、そんな直感がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

「――ずく。おーい、雫ってば」

 

 自身を呼ぶ声に現実へ引き戻される。

 いつの間にか俯いていた顔を上げると、案じるような表情が並んでいた。

 

「どうしたんですか? なんだか不安そうな顔でしたけど」

 

「……不安、というより心配かな。今日明日はボディガードの仕事があるって言ってたから」

 

 主語の抜けた返答ではあったものの、雫以外の4人は誰のことを指しているのか正確に察した。

 

「彼ほどの腕ならプロに混ざってボディガードをしていても不思議じゃないと思うけど?」

 

「だからこそですよ、吉田くん」

 

 雫の抱く懸念をいち早く察したのは美月だった。

 

「本職の人に匹敵する実力があるからこそ、いざそういう事態に陥った時、躊躇うことなく踏み込んでしまう。雫さんはそれが心配なんじゃないですか」

 

 納得したように説く美月の言葉で、男子2人もなるほどなと頷く。

 

「確かに、戦力として数えられてる以上は応えようとするか。厄介事に首を突っ込む癖もあるみたいだし」

 

「ちょっとレオ、それは……」

 

 迂闊に口を滑らせたレオを、エリカが慌てて止めようとする。

 

「何かあったの?」

 

 だが時すでに遅く。耳聡く拾い上げた雫は、焦りを浮かべたエリカへ詰め寄った。

 

「あー、その、何というか……」

 

「教えて。何があったの?」

 

 言い淀むエリカも結局は雫の追求から逃れることはできず。

 

 有明で起きた一件を聞いた雫の放つオーラは、熱戦を繰り広げる深雪とほのかすらたじろぐものだったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 予定通りにトウホウ技産の研究所へ到着したチームは、護衛対象の研究員4人と積み荷を載せ東京方面へと走り出した。

 国防軍施設へと搬入する荷物は大人一人よりも少し大きいくらいのサイズがあり、派遣される研究員のリーダーと共にSUVの一方へと載せた。残る3人の研究員にはもう一台に乗ってもらい、前後を2台の車両で囲う形を取っている。

 

 郊外の道から車両専用のレーンへと上り、往路と同じルートで東京へと向かう。

 桐生市から目的地の世田谷まではおよそ1時間の道のり。クライアントを乗せて以降はさすがに無用な私語もなく、全員が高い集中力を持って臨んでいた。

 

 

 

 異変を知らせたのは無線越しに聞こえる声だった。

 

『こちらC1(チャーリー・ワン)。隣接車線前方に不審な動きの車両が接近中。速度を上げて追い抜きます。……くそっ、突っ込んでき――』

 

 不審車両の接近を知らせる声は衝突音と共に途切れた。

 瞬間、全身を粟立つような緊張が襲う。袖口に手を運び、汎用型CADのキーへと指を添える。

 

 遠く前方で黒煙が上がるのが見えた。衝突した車両のどちらか、或いは両方が炎上していると考えられる。

 通常の自走車なら搭載されているはずの衝突防止機能が働かなかったあたり、故意的な事故であるのは間違いない。

 

『全車停止! クライアントの安全が最優先だ!』

 

 チームリーダーの指示の下、前方3車が固まって停車する。車線は2車線ともが事故車によって塞がれており、強行突破という方法を除けば通行はできそうにない。

 

 これが軍や警察なら事故車を押し退けて先へ進むことができるのかもしれない。

 けれど僕らボディガードは法的には民間人で、事故車を勝手に動かして立ち去る権限などない。上り下りで車線も別れているために反転することもできず、警察が来るまでは立往生を余儀なくされる。

 

 恐らく、これはこちらの足止めを狙った行動だ。だとすれば――。

 

「メインチームの手前で停車。車線を塞いで、バリケードを作る」

 

「っ、わかりました!」

 

F(フォックス)E(エコー)に合わせ、右の車線をブロック!』

 

『――了解!』

 

 運転席と後続車両へそれぞれ声を掛け、SUV2台の20メートルほど手前で停車。転がり出るように車を降り、道の後方へと視線を凝らした。

 

 一般車両を跳ね除けながら迫る襲撃者らしき一団は、複数台の車両に分乗し銃火器を手に座席から身を乗り出していた。自走車の陰でCADを構えつつ、後背の叔父へと連絡を繋ぐ。

 

E2(エコー・ツー)よりA1(アルファ・ワン)。敵武装は小銃と拳銃、及びサブマシンガン。形状からUSNA製のものと判断。また現在のところ魔法師及び対魔法師用火器の存在は確認できず」

 

『了解した。であれば車体を盾に対物障壁で接近を阻止、及び可能であれば無力化を図れ。警察の到着まで持ち堪えるぞ』

 

 叔父の指示に合わせ、メンバーがそれぞれの魔法を行使し始めた。

 

 対物障壁で銃弾の進入を防ぎ、慣性増大化の魔法で敵車両の足を止める。降りて駆け出してくる相手は《反転加速》で意識を奪うか、或いは移動魔法で遠ざけて対応する。

 国防軍や警察と違い正当防衛の範囲内の抵抗しかできないため、殺傷性の高い魔法や他の民間人を巻き込みかねない魔法は使えないのが厄介なところだ。

 

 それでも今回のチームには実力者が揃っているお陰で、襲撃者の接近を防ぐこと自体はできていた。

 

 ――少なくとも、一人の男が飛び込んでくるまでは。

 

 

 

 その男はいきなり現れた。

 

 迫りくる集団とは別の方向、高架下から飛んできたように付近へと着地した男は、飛来する銃弾に悠々と背を向けて迫ってきた。

 下道からこの道までは高さおよそ20メートル。ただ跳んだだけでは到底届かず、だとすればほぼ間違いなく魔法師の所業だ。

 

 魔法師の可能性が高いとなれば、対処の優先順位は大きく変わる。

 男の出現を見てとった何人かがすぐさま対処に動き、僕自身も特化型の照準を男へと合わせて引き金を引いた。

 

 計3人の魔法が立て続けに発動し、けれど男の進攻を止めることはできなかった。

 

 対物障壁は腕の一振りで破られ、移動魔法による攻撃も意に介さない。

 一切の余所見もなく、まっすぐに僕らの背後を見て走る姿はいっそ異様なほどだ。

 《反転加速》も効いている様子はなく、バックアップチームのメンバーに動揺が走る。

 

 彼我の距離が詰められる中、目の前で起きた現象をできる限りの速さで分析する。

 

 頭部を狙った《反転加速》は確かに効果を発揮した。激しく揺さぶられ、一時的な脳震盪で倒れるはずの男はしかし、何事もなかったかのように走り続けていた。

 的を外したわけではない。そもそも《反転加速》に当たり外れの概念はなく、的を外した場合は発動した手応えすらないはずだ。

 

 魔法が発動した手応えは確かにあった。

 しかし現実に男は動き続けていて、そもそも攻撃を受けたことに気付いた様子すらない。

 《領域干渉》や《干渉装甲》といった魔法で防いだのであれば、攻撃したこちらに気付かないはずがない。

 

 確実に発動した《反転加速》の効果を無効化し、魔法による攻撃に意も介さない。

 非魔法師でもなければ通常の感覚を持った魔法師でもない。ならば残る可能性は――。

 

「あの男、まさか……」

 

 思い至った時にはもう身体が動き出していた。

 チームの一人へ迫ったそいつを止めるべく駆け出し、懐から《フライシュッツ》を抜く。

 

 手刀が最後の対物障壁を叩き割り、その手が驚愕に染まった顔へと伸びた瞬間、横合いからドライアイスの弾丸を撃ち放つ。

 牽制目的の小さな氷塊とはいえ、生身であれば深く食い込む程度の威力はあるはずの弾丸はしかし、跳び退る男の腕に浅い血痕を残すだけに終わった。

 

 ただの人間じゃない。

 驚異的な身体能力と魔法への高い耐性を持ち、自身への攻撃に鈍感で、意志を感じさせない作り物のような表情で、邪魔者を言葉もなく排除しようとするモノ。

 

 

 

 意志を奪われた人間兵器――『ジェネレーター』だ。

 

 

 

 排除の優先度が上がったのか、一転してこちらへ向かってきた男を見据える。

 

 九校戦の時に見かけた男よりも一回り小柄で、けれどより濃密な存在感を放つ男。

 間近に迫った眼差しは、冷たいという形容も生温いほど無機質なものに見えた。

 

 

 

 

 


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