モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第6話 後編

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 狙いをこちらへと変えたジェネレーターの動きは、それまで以上に素早くなった。

 瞬く間に距離を詰められ、手刀の形を取った腕が間近に迫る。

 

 咄嗟に地面を蹴り路面へと転がった。

 肩と背中で一回転して立ち上がり、すぐに左腕の汎用型を操作。《自己加速》を使い全力で距離を取りに掛かる。

 

 対する相手も易々と距離を取らせる気はないらしく、後ろ向きに跳ぶこちらへ踏み込んでは息つく間もない連打を浴びせてきた。

 振り下ろされる腕や突き出される手、薙ぐように襲い来る蹴りをジグザグに後退することで回避していく。

 

 《対物障壁》を破った以上ただの打撃でないのは明らかだ。正面から防ぐのはもちろん、掠っただけでどんなダメージを負うかわからない。

 流れるような連撃は単なる力任せとも思えず、何らかの武術だと仮定すれば間合いに入ること自体避けるべきだろう。

 

 無感情のままに襲い来る男から懸命に距離を取る。

 

 目まぐるしく立ち位置の変わる中、視界の端にチームメンバーを捉える。最初に狙われた同僚は退避を完了させたようで、3人ともが車両を盾にCADを構えていた。

 視線は時折こちらへ向けられるものの、意識は集団から放たれる銃弾への対処に向いている。お陰で流れ弾への警戒も最小限に目の前の男へ集中できていた。

 

 短くも濃密な時間を回避に徹することでやり過ごし、ようやく生じた間隙に《ドライ・ブリザード》をぶつける。ジェネレーターがいくら痛みを気に留めないとはいえ、親指大の氷弾にはさしもの攻勢も鈍くなった。

 

 大きく距離を取ったこの隙に改めて男のエイドスへ感覚を巡らせる。

 身長も体格もそれほど変わらない男の周りには、重厚なサイオンの層が形成されているのがわかった。

 

 これが達也の《精霊の眼(エレメンタル・サイト)》ならどんな魔法が作用しているのかわかるのだろうが、あいにく僕には詳細がわからない。相手の動きや生じた結果から手の内を予想するくらいが精々だ。

 

 こちらの後退へ追い縋って見せたからには、自己加速術式が含まれているのは間違いないだろう。手足が連動していたのを見るに加速系統の魔法だと思われる。

 慣性を増大させている可能性も高い。《対物障壁》は質量体の運動ベクトルをゼロにする魔法のため、それ以上の干渉力を纏った拳であれば破られるのも道理だ。打撃力を高めることにも繋がり、反動の増大という欠点もジェネレーターの強靭さがあれば問題にならない。

 

 そうした身体能力向上の魔法は、同時に魔法への耐性を高めているとも考えられる。

 あれだけ厚いサイオンに覆われているとなれば《干渉装甲》としても機能しているはずだ。移動魔法や《反転加速》が効かなかったのは、ジェネレーターが自身に掛けた魔法の干渉力に阻まれたからだと考えると納得もいく。

 

 魔法で様々に強化を施し、元々持っていた格闘技能で相手を打ち倒す。

 近接戦闘に特化した能力を持ったこの男は、ジェネレーターに改造されたことで苦痛や恐怖すらも感じない尖兵とされたのだろう。

 

 知らず知らず奥歯を噛み締めていて、気付いたところで男は再度突進を敢行してきた。

 すぐに路面を蹴り、距離を詰められないよう動き回りながらドライアイスの弾丸を撃ち込んでいく。

 

 干渉力で覆われた男の身体には直接魔法式を作用させることはできないものの、《ドライ・ブリザード》のような質量体を叩きつける魔法であれば効果がある。

 とはいえ相手は体表面の硬質化も併用しているらしく、氷弾によるダメージも左程大きいわけではなかった。生身なら食い込むはずの氷は男に接触した時点で弾かれるか砕けてしまっている。

 

 《反転加速》は効かず、《ドライ・ブリザード》も効果が薄い。

 となると、残る有効な手立ては《ドライミーティア》での窒息狙いだろう。意志を奪われたジェネレーターとはいえ、生物である以上は酸欠状態に持ち込めば無力化できる。

 

 一つ問題があるとすれば、攻勢の間自己加速術式を解かなくちゃならないことだろう。

 《ドライミーティア》を命中させるためにはそれだけの段取りが必要で、同時に3種以上の魔法が使えない僕ではどうしても手数が足りない。

 

 逡巡したのは一瞬だけ。

 方針を決めたら、あとは実行するのみ。

 

 フライシュッツをホルスターに収め、もう一丁の特化型を右手に握る。

 起動処理をしながら左手首に巻いた汎用型を操作して、起動式の読み込みを開始した。

 組み上げた魔法式を未完のまま保持し、腕を避けたタイミングで《自己加速》を解除。

 

 加重が消え軽くなった足で精一杯路面を蹴り、襲い来る蹴りを左手一本で受け止める。

 ハンマーで殴られたような痛みが走り、自力で跳んだ以上の速度でアスファルトの上を転がった。全身を打ち付ける衝撃も呑み下して、組み上げた魔法式の維持に注力する。

 

 2度路面を跳ねて転がった後、勢いを利用して立ち上がる。

 力の抜けた左腕はそのままに、追撃を狙うジェネレーターへ特化型の銃口を向けた。

 

 ――まずはその装甲を吹き飛ばす。

 

 《ディレイド・キャスト》、起動。完成済みの魔法式がゲートから抜けて効果を発揮する。

 《術式解体(グラム・デモリッション)》が間近に迫ったジェネレーターの纏うサイオンを吹き飛ばし、内にある生身の肉体を暴き出した。

 

 高密度のサイオン塊に打たれた男の顔が苦悶に歪み、駆け寄る足が無防備に止まる。

 剥ぎ取られた鎧を再構築しようと動き出される前に、構えていた特化型の引き金を引く。

 

 《反転加速》が発動。守りの消えた頭部を激しく揺さぶり、堪らず男が膝を着く。

 これで意識を奪えれば尚良かったのだが、外科的、薬学的、魔法的な種々の処置で強化されたジェネレーターはやはり耐えきった。

 

 常人には耐え難いダメージを受けても倒れない、兵器へと改造されたが故の頑強さ。

 ジェネレーターの強靭さを僕は知識として知っていて、だからこそそこに隙ができると読んでいた。

 

 立ち上がることすらままならない中、男が魔法発動の兆候を見せて顔を上げる。

 生気のない瞳がこちらを捉え、持ち替えたCADへと向けられた。

 機械的な眼差しに驚きはなく、身体が悲鳴を上げているのにも気付かずサイオンを瞬かせる。

 

 起動処理を終えたフライシュッツから《ドライミーティア》を選択して発動。

 起動式が三重の螺旋となって取り込まれ、瞬時にドライアイスの塊を生成。

 気化した二酸化炭素の蒸気が眼前の男へ押し寄せ、肺の酸素を強制的に押し出した。

 

 暗く淀んだ目が僅かに見開かれる。

 胸を押さえた手が喉へと伸び、声にならない呻きと共に倒れ込んだ。

 霞んだ視界の中心で男が震え、やがてその動きが止まる。

 

 自ずと息が漏れ出た。途端に力が抜け、よろめき折れかけた膝に右手を着く。

 溜まっていた血痰を吐き出し、息を整える間もなく足を踏み出した。

 

 呆けている暇はない。銃撃はまだ続いていて、撃たれずに済んでいるのは障壁魔法を張っているチームメンバーのお陰だ。脅威を排除した以上、速やかに移動するべきだろう。

 

 走るのもままならない中、鈍痛の響く左手のCADを叩き、慣性低減と移動の魔法を読み込む。

 疲労とサイオンの消耗に狭まる視界をどうにか前へ向け、転がり込むように自走車の陰へと飛び込んだ。

 

「若旦那! また随分と無茶な真似を!」

 

 叱責の声に迎えられ、1人の助けを借りて身体を起こす。

 段々と射撃音の遠ざかる中、肩を借りた同僚へと問いかける。

 

「大丈夫……。それより、前方の状況は……」

 

 訊ねると、一瞬の沈黙に続いて淡々とした声が返された。

 

「前方の本隊は健在。護衛対象にも異常なく、敵の進攻も抑制できていると――」

 

 

 

 意識を保っていられたのはここまでだった。

 

 安堵の拍子に目の前が暗くなり、力の抜けた身体が沈み込む。

 一抹の手応えとそれ以上の焦燥感を噛み締めながら、僕の記憶はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 穏やかな水面の朱が赤銅色に深まる頃。

 食後の談笑もお開きとなり、仲間たちが三々五々に自室や浴室へ向かう中、雫は独りテラスの手すりに身体を預けていた。

 

 あれだけ輝いていた太陽も今は水平線の向こうへと姿を隠し、北から吹く涼やかな風が頬を撫でていく。真夏の南国にもかかわらず妙に冷たく、片隅に置いた心配が俄かに首をもたげた。

 

 

 

 駿の携わる仕事について、雫はほとんど知識を持ち合わせていない。

 ボディガードという言葉の意味は知っていても、駿の生家である『森崎家』が営む警備会社の詳細は何も知らないのだ。顧客の傾向や警護の段取り、想定される危険なども当然わからない。

 

 もしかしたら今こうしている間も危険に晒されているかもしれない。春先に一高を襲ったテロリストのような、危険の伴う相手と対峙しているかもしれない。

 そしていざそうなった時、駿は間違いなく渦中にいるだろう。依頼人のために身体を張る姿は簡単に想像できて、脅威に背を向ける姿はまるで思い浮かばなかった。

 

 自分はまだまだ知らないことが多いと、雫は深くため息を吐く。

 

 何も駿に限っての話ではない。北山家の長女として15年を過ごし、高校生となった今の自分にはもっと知るべきことがあるのではないかと思い始めていた。

 日本を取り巻く状況や反魔法主義の活動、魔法師の立場などといった情勢を始め、深雪が語ったような友人たち一人一人に違った事情があるということも。

 

 全てを知りたいと豪語するつもりはない。

 それでも、自身の関わる物事については出来る限り知っておきたいと思った。

 気に掛ける相手であれば尚更で、知るほどに欲求は強くなっていった。

 

 そんな中で聞いた有明でのあらましは、雫の胸を強く締め付けた。

 

 寿恵の警告が蘇り、焦りに似た衝動が不安となって片隅に引っ掛かる。

 繰り返し湧き上がる疑問に答えは得られず、気付けばこうして考え込んでしまうのだ。

 

 

 

 再度吹き抜けた風に自ずと身体が震える。

 力なく手を握ったその背中へ、ふと穏やかな声が掛けられた。

 

「いくら夏だからって、そんな恰好じゃ冷えちゃうよ」

 

 振り返る前にストールが肩を覆う。

 両手はそのまま肩へと置かれ、肩越しに振り返った雫はふっと笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、ほのか」

 

 応えるように小首を傾げて、手を離したほのかは隣へと並んだ。

 

 赤みの消えた海には月明かりが揺れていて、眼下の浜から潮騒が立ち昇る。

 二度、三度と波の打ち寄せる音が届いた後、ほのかはゆっくりと訊ねた。

 

「森崎くんのこと?」

 

 当然のように問われて、けれど驚きはなかった。

 達也たち他のメンバーですら知っているのだ。親友のほのかが気付かぬはずもない。

 

「ほのかは達也さんのこと知りたいと思わない?」

 

 雫が口にしたのは返答ではなく問いかけだった。

 質問に質問を返すのは言葉足らずなきらいのある雫の悪癖ではあったが、付き合いの長いほのかにとっては慣れたものだった。

 

 自分と同じ悩みを持つ親友を見て、ほのかの口元に笑みが浮かぶ。

 

 昨晩、ほのかは眼下の砂浜で達也へ告白を果たした。

 予想外な結果になりはしたものの、はっきりと想いを伝えられたのは雫のお陰だ。怖気づくほのかの背を押して、二人きりになるチャンスをくれた。

 

 今度は自分の番だと、ほのかは心に決めていた。

 恥じらいは一時堪え、素直に向き合い応えることで報いる。

 それが今自分にできる一番の恩返しだと考えた。

 

「もちろん。達也さんのこともっと知りたいって思うし、私のことも知ってもらいたい」

 

 振り向くほのかの頬は、月明かりの下でも判るほど赤く染まっていた。

 

「でもね、それと同じくらい、達也さんを煩わせたくないの。達也さんの役に立ちたくて、でも邪魔にはなりたくない。だから達也さんが言わないでいることは私も訊かない。だって――」

 

 想いの強さと恥じらいが顔に出て、けれど語る口は止まらない。

 

「一番怖いのは、傍にいられなくなることだから」

 

 最後に笑みが歪んだのは、片想いが続くと改めて実感したからだろう。

 それでもほのかの眼差しは至極まっすぐで、見つめる先の雫も瞳を震わせる。

 

「……私は、彼のことを知りたい。知って、支えられるようになりたい」

 

 やがて零れ落ちた一言に、ほのかは黙って頷いた。

 一度流れ出せばあとは堰を切ったように吐露が続く。

 

「傍にいたいって思うのは同じ。でも、彼に限っては知らないままじゃだめなんだと思う。

知らないまま、知ろうとしないままでいたら、いつか手の届かないところに行ってしまうんじゃないかって、そんな気がするから」

 

 浅く頬を染めて語る雫を微笑ましげに見て、ほのかはぐっと腕を伸ばした。

 

「それ、ちょっとわかるかも。森崎くんって誰とでも仲良く話してるけど、なんとなく『ここまで』って線引きがあるみたいだから。多分、踏み込めたのは雫だけなんじゃないかな」

 

 組んだ両手を星空へとかざすように持ち上げ、息を吐くと同時に脱力する。

 伸びをして見せたほのかは雫へ向き直ると、眉を寄せた親友へさらりと言ってのけた。

 

「そこまで判ってるなら、あとは積極的に行くだけだよ!」

 

 冗談めかした台詞に目を見張る。

 そう単純な話じゃないのではと疑念が浮かびかけ、すぐに自身の思い違いに気付いた。

 ほのかの明るい表情に絆され、元より悩むまでもなかったのだと思い至る。

 

「……そうだね。迷ってても仕方ない。やってみなきゃ何も始まらないんだ」

 

「その意気だよ、雫。頑張って!」

 

「うん。ありがとう、ほのか」

 

 ほのかのエールを受け取って、雫は月を見上げる。

 

 駿の助けになりたい。人知れず苦悩する彼の支えになりたい。

 そのためには駿のことをもっと知る必要があって、知るためには雫の方から近付くしかない。以前より少しは距離も縮まったとはいえ、まだまだ真意を聞くには遠い。

 

 どうすればより近付くことができるだろうか。

 

 アプローチを模索する雫はこの後意外な方向から援護を受け、驚くほどの早さで状況が整えられていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 媒島でのバカンスは大満足の内に終わり、週が明けた月曜日。

 新学期を目前に控えた一高の生徒会室には、会長の真由美と書記のあずさ、深雪の他、生徒会メンバー以外の顔触れもあった。

 

 真由美の悪友(少なくとも当人たちはそう表している)であり、風紀委員の委員長を務める摩利がこの場にいるのは見慣れた光景だろう。

 風紀委員本部と生徒会室が直通階段で繋がった上下階になっていることもあり、摩利が生徒会室を訪れることは日常茶飯事だ。

 

 けれどもう一人に関しては別。

 生徒会室を訪れるのはこれが初めてで、深雪が傍らにいるとはいえ上級生を前に佇む彼女の顔には緊張が滲んでいた。

 

「お忙しい中お時間を頂きありがとうございます、会長、渡辺先輩」

 

「いいのよ、深雪さん。引き継ぎって言っても、準備自体は前から進めていたから」

 

「君のお兄さんのお陰で随分と助かっているからね。こちらも何の支障もないさ」

 

 深雪の謝辞にそれぞれらしい笑みで応えて、真由美と摩利は視線を転じる。

 会長卓を挟んで立つ一年生の表情は硬く、けれど確固とした意志を窺わせた。

 

「それで、お願いしたいことというのは何かしら。北山雫さん」

 

 優しげに問いかける真由美の声に隠すつもりもない好奇心が覗く。

 一方で、じっと後輩を見つめる摩利の目は真意を量らんと鋭く細められていた。

 

 口にする前から内容は見抜かれていて、それでも尚雫は正々堂々と願い出る。

 

「――私を、風紀委員に加えて頂けませんか」

 

 常の淡々としたものとは違う力強い口調。

 華奢な身体で精一杯に胸を張り、三巨頭の2人を前に臆することなく希望を口にする。

 

『支えられるようになりたい』と願う彼女の、意志の表れだった。

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 
 

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