モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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 作者のミスによりいつもと違う時間での投稿です。ゴメンネ……。
 
 
 
 
 


第7話

 

 

 

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 雫の願いを聞いた真由美は表情こそ堅持しつつも、内心には複雑な感情が渦巻いていた。

 

 一つは好奇心と野次馬根性が由来の興奮。

 雫が駿へ想いを寄せているのは今や公然の認識で、誠実かつ堂々とアプローチする姿には真由美も微笑ましさを感じていた。名前で呼び合うようになっているのを知った時には思わず歓声を上げてしまい、鈴音から窘められたという裏話まである。

 

 後輩を応援する気持ちと高校生らしさへの小さな憧れは、大きな興奮となって真由美の内で熱を放っていた。これがアポイントメントなしでの訪問であればうっかり黄色い声を漏らしていたかもしれない。

 

 他方、駿の経歴の一端を知る身としては、雫のひたむきな姿に仄かな期待を抱いていた。

 

 『七草』の伝手で得た駿の経歴は、十師族直系として魔法師界隈の暗い部分を少なからず知る真由美をして目を覆いたくなるものだ。

 敵国の侵攻に巻き込まれ、誘拐と拷問の末に辛くも生還。心身の衰弱で長期の入院を余儀なくされた上、翌年には古式魔法一族の心中事件(・・・・・・・・・・・)にまで巻き込まれている。犠牲者の一人と親しかったことも掴めており、真実だとすれば駿の無念は大変なものだっただろう。

 

 十代の少年が負うにはあまりに過酷な経験。日常へ復帰できているだけでも驚くべきことだ。

 隔絶した技量を持ちながら謙虚さを失わず、自身よりも成果や他者を優先する気質がこうした体験から生じたものなのだとすれば、それはあまりにも悲壮な意志だ。

 

 だからこそ、真由美は期待を抱かずにいられなかった。

 純粋な想いで寄り添おうとする者の存在は、いつか彼の支えになるかもしれない。

 傍観者にしかなれない自分とは違い(・・・・・・・・・・・・・・・・)、傍らでその手を引くことができるかもしれない。

 

 真由美が雫に掛ける期待は大きく、雫の風紀委員入りはそれに寄与するものだ。

 邪推を受けるリスクを理解しているからこそ平静を装っているものの、真由美個人としてはこの申し出に心から賛成だった。

 

 一方、好意的に捉えた真由美とは対照的に、摩利の表情は冷たく研ぎ澄まされていた。

 鋭く射貫く視線が雫へ注がれ、唾を飲んだところへ真意が問いかけられる。

 

「理由を聞かせてくれ。北山、お前は何故、風紀委員入りを希望する?」

 

 穏やかだった生徒会室の雰囲気が緊迫したものへと変わった。

 一高が誇る『最強世代』の一人にして十師族直系の真由美や克人と並び立つ才女――渡辺摩利が滲ませる迫力は、見慣れたはずのあずさをして息を呑むほどだった。

 

「まさかとは思うが、色恋目的じゃあるまいな。風紀委員は学内の風紀維持を目的とした組織だ。その一員になろうという人間が率先して風紀を乱すようでは話にならんぞ」

 

 剣術を学ぶが故か。まるで真剣を向けられたかのような怖気に怯みかけ、負けじと握り拳を作って堪える。

 詰まった息を吐き出し、短く深呼吸をしてから真っ直ぐに摩利を見返した。

 

「意識していないとは言えません。ですが一番の理由は違います」

 

 素直に白状した上で一度言葉を切り、唇を湿らせてから口を開く。

 願いから生じた欲求は、緊張のせいか飾り立てる余裕もなく零れ落ちた。

 

「試験の成績に依らない実践的な力を磨くため。それを活かすやり方を学ぶために風紀委員へ入りたい。それが理由です」

 

「実践、ね。具体的にはどんな能力を指す?」

 

 問われるまま右手を胸へと当て、内にある熱源を掬い上げる。

 曖昧な意気込みを切り出して形にする作業は、雫自身整理しきれていなかった想いを浮上させるきっかけとなった。

 

 段々と明確になる意欲を脳裏に並べ、口にすべきことを取り上げて詳らかにする。

 

「不測の事態に対する判断力や対応力は意識していなければ伸ばせません。風紀委員でならその機会ができて、魔法に対処する経験を積むこともできる。そう考えました」

 

「風紀委員に入らなくてもそうした能力は磨くことが可能だろう? イメージトレーニングを繰り返して実力を伸ばす者はいくらでもいるぞ」

 

「そうかもしれません。でも、それだと予想外には対応できない」

 

 摩利の指摘は尤もで、けれどそれでは不十分だと思った。

 魔法力に秀でている自覚はあって、同年代の中では優れている方だという自信もある。

 けれどそれは両親のお陰で不自由なく才能を伸ばすことが出来たが故であり、だからこそ足りないことがある。

 

「イメージトレーニングで対応できるのは自分の想像の範囲内だけです。私は箱入りで、知らないことが多くて、想像できる状況にも限りがあるから」

 

 与えられた環境や教えられた知識、目に付く限りの世界では足りないのだ。

 守られて生きてきた自分が守る側になるためには学ぶべきことが数多くあって、それはきっと今まで通りの日々からでは得られない。

 

「世間知らずの素人だから委員会で鍛えさせろと? 随分と虫のいい話に聞こえるがな」

 

「身勝手なお願いなのはわかっています。反感を買うことも、それでご迷惑をお掛けすることになってしまうことも。けど、それでも――」

 

 合理的な批判に頷いて、尚も雫は食い下がる。

 

「どうにかできる力があるのに、『どうしていいかわからない』なんて言いたくないんです。

 自分にできることを自分で見つけられるように。頼ってばかりにならないように。委員会で学ばせてください。お願いします」

 

 耳触りの良い建前で飾ることなく、まっすぐに摩利の目を見て願望を口にした。

 清々しいほど正直な申し出に思わず摩利が苦笑する。

 

「不器用なやつめ。そこは普通、役に立つことをアピールするところだろう」

 

「役に立つか判断するのは先輩方です。それに私はここへ『お願い』をしに来たので」

 

「……今の言い分、なんとなく森崎に似ている気がするよ」

 

 大真面目な顔の後輩を見て、摩利は呆れたように呟いた。

 途端に頬が薄赤く染まり、視線も斜め下へと逸れる。どこかの一年男子二人とは違う(・・・・・・・・・・・・・・)可愛らしい反応(・・・・・・・)に笑みが和らぎ、緩みかけた空気を咳払いで仕切り直す。

 

「話はわかった。是非はともかくとして、我儘を承知で挑む潔さは個人的に嫌いじゃない。だから一つ、試してやろう」

 

 引き締めた口元に好戦的な笑みを浮かべて、摩利は視線を脇へと伸ばす。

 

「中条。悪いが演習室の利用申請を出してくれ。1時間もあれば十分だろう」

 

「は、はい。わかりました」

 

 指示を受けたあずさがコンソールへと向かう。

 一方で、摩利は傍らの真由美から怪訝な眼差しを向けられた。

 

「演習室って、いったい何をするつもり?」

 

「試験に決まっているだろう。意気込みはどうあれ、ちゃんと役に立ってもらわなきゃ困るからな。風紀委員としてやっていけるだけの実力があるか、あたしが直接確かめる」

 

「ちょっと摩利、それって――」

 

 肩を竦めて答えた摩利に、真由美は焦った顔で詰め寄った。

 間近から睨みつけてくる真由美を放置して、摩利の目が正面へと戻される。

 

「もちろん。模擬戦だ」

 

 九校戦で数多くの観客を沸かせた三巨頭の一角は、凛然と目の前の後輩を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

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 模擬戦の会場となる演習室はすぐに確保された。

 

 先行した真由美と摩利、あずさに遅れること10分あまり。

 事務室へ預けていたCADを回収し、深雪の案内で辿り着いたそこには『第3演習室』。奇しくもそこは同じように風紀委員入りを賭け、入学直後の達也と服部が模擬戦を行った場所だ。

 

 ひととおり遅参への謝辞が為された後、進み出た雫へ摩利が滔々と告げる。

 

「ルールは単純だ。あたしがお前に対して撃つ魔法を、お前は防ぐなり避けるなりで凌ぎきれ。もちろん、反撃してあたしを倒してしまっても構わない」

 

 「できるものならな」と摩利が煽るように口元を歪める。

 狙い通り雫の眉が揺れたのを見て、摩利は敢えて尊大な態度で続けた。

 

「5分間立っていられれば合格だ。風紀委員への推薦を十文字に掛け合おう。ちょうど部活連推薦枠が空いたばかりだ。ダメとは言うまい。何か質問はあるか?」

 

「ありません。いつでもお願いします」

 

 即答した雫を興味深げにじっと見て、少しの間の後に摩利は深雪へと目を向ける。

 

「いいだろう。では始めよう。司波、合図を任せても構わないか」

 

「承りました」

 

 粛々と腰を折った深雪は2人の間へ立ち、雫と摩利の双方へと顔を巡らせた。

 両者の手がCADを、視線が相手を捉えていることを認め、静かに手を掲げる。

 

「準備はよろしいですね。では――始め!」

 

 瞬間、雫と摩利はほぼ同時にCADのキーを叩いた。

 起動式が取り込まれ、組み上げられた魔法式がイデアへと送出。雫の足下へ単純な記述の魔法式が出現し、続けて胸の前に異なる形の魔法式が展開された。

 

 雫の身に纏う制服へ事象改変の手が伸びる。

 指定したものの運動状態を変更する《移動魔法》はしかし、一瞬早く完成した雫の《領域干渉》に阻まれ、エイドスの変更を果たすことなくサイオンの残滓となって霧散した。

 

「ほう。さすがに早いな」

 

 余裕の表情で称賛を口にする摩利に対し、雫は心臓が焦りに跳ねるのを感じていた。

 

 単一工程の《移動魔法》とはいえ、作用点の座標や強度を記述する必要がある。効果範囲を定数として予め記述できる《領域干渉》より構築に時間を要するのは確実で、にもかかわらずその差は一瞬にも満たなかった。

 

 実力の桁が違うと、雫は身を以て実感した。

 反撃など考えるべくもない。守りに徹しなければ、5分どころか3分も保たないだろう。

 初撃を防ぐことができたのはそれが対人戦闘としては定番の魔法だったからに過ぎない。相手が百戦錬磨の摩利であることを考えれば手加減されている証だとも考えられる。

 

 焦りと悔しさに歯噛みする雫を見て、摩利は猛禽のそれに似た笑みを浮かべた。

 

「ぼうっとしている暇はないぞ。そら、次だ」

 

 摩利の指が再度CADをなぞる。

 立て続けにいくつもの起動式が読み込まれ、右手を伸ばす動作と共にサイオンが瞬いた。

 

 《領域干渉》を維持しつつ視線を巡らせた雫は、斜め上方に事象改変の兆候を感じ取った。3つの魔法式が展開され、収束された周囲の空気が不可視の円筒へと込められる。

 新人戦モノリス・コードで将輝が使用していた《偏倚解放》だ。威力こそ数段抑えられているものの、集める空気が少ない分だけ充填はより早い。

 

 魔法での対処は間に合わない。

 即座に判断した雫は《領域干渉》を解除しつつ前へと踏み出した。

 

 射線を潜るように姿勢を低く落とし、吹き抜ける圧縮空気に背中を押されながらCADを操作。つんのめる身体を間一髪重力制御の魔法で支え、直感の鳴らす警鐘のまま背面宙返りの要領で高く浮き上がる。

 

 警戒は正しく、圧縮空気は雫の背後からも迫っていた。天井近くを滑る彼女の真下を抜け、摩利の前に張られた障壁魔法へとぶつかり(ほど)ける。直撃していれば床を転がされた挙句、摩利の眼前で無防備に隙を晒していただろう。

 

 激しい鼓動に雫の息が荒ぐ中、見上げる摩利の目には感心と闘争心の両方が滲んでいた。

 恐る恐る降り立った雫へ再びの称賛が贈られる。

 

「今のを避けるとはいい勘をしているな。咄嗟の動きも悪くない」

 

 律儀に答える余裕はもうなかった。

 いつ、どこから魔法が飛んでくるかわからない状況下、最大限に神経を尖らせ全周警戒を続ける雫に、摩利は一転穏やかな声で訊ねる。

 

「疲れたか? まだ1分も経っていないが、どうする、諦めても構わんぞ?」

 

 口調とは裏腹な挑発に、雫はCADの操作で応えた。

 《領域干渉》が雫の周囲を包み、長い息と一緒に気を吐く。

 

「まだ、負けませんっ」

 

 後手に回ればいずれ手数の差で圧倒される。不意の一撃を防ぎ、摩利の攻め手を限定するためにも、マルチキャストによる消耗は必要経費と呑み込んだ。

 同じ5分間、『早撃ち』でこれ以上の苦境に耐えた駿に比べればどうということはない。

 

「その意気やよし。次、行くぞ」

 

 気迫の籠った眼差しを受け、満足げに笑みを深める摩利。

 後輩たちへ掛ける期待をサイオンへと乗せ、伸ばした右手から新たな魔法が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 その後も摩利の攻撃は続いた。

 

 威力こそ怪我をしない程度に抑えられていたものの、四方八方から立て続けに、時には同時に、或いは緩急をつけて、様々な魔法が雫へと放たれていく。

 中には対抗魔法の間に合わない場面も散見されたものの、雫はこれをSSボード・バイアスロン部で鍛えられたバランス感覚をも活用して対処していった。

 

 短くも濃密な5分が過ぎ、やがて深雪の声が演習室へと響き渡る。

 

「そこまで! 渡辺先輩も雫も、お疲れ様でした」

 

 合図の通りに戦意を収めた摩利を見て、雫は堪らずへたり込む。

 力の抜けた身体を両手で支え、息も絶え絶えに頭を下げた。

 

「ハァ……ハァ……ありがとう、ございました」

 

「よく持ち堪えたな。正直、ここまで粘られるとは思わなかったよ」

 

 答える摩利も多少息は上がっているものの、表情には見るからに余裕があった。

 小さくない達成感を抱きながら、雫は内心まだまだだと自身を戒める。

 

 と、そこへもの言いたげな目をした真由美が口を挟んだ。

 

「よく言うわ。いくら証拠作りのためって言ってもやり過ぎよ、摩利」

 

「いや悪い。あんまり歯応えがあるもんだから、つい熱が入ってしまった」

 

 じりじりと詰め寄られ、堪らず苦笑いを浮かべる摩利。直前までの凛とした姿とのギャップに深雪が笑いを零す一方、あずさは耳慣れない単語の出現にコテンと首を傾げる。

 

「会長、証拠作りって何のことですか?」

 

 問われて、真由美はふっと表情を緩めた。

 「あーちゃんにも言っておけばよかったわね」と呟いて、未だ事情を察していない後輩たちへと目を向ける。

 

「いくら十文字くんが推薦したとしても、北山さんはまだ1年生だから。他の委員を納得させるために実力があることを証明しなくちゃいけなかったのよ」

 

 柔らかな口調で語る真由美は最後、雫を横目にピンと立てた指を口元へ当てた。

 

「邪推する人を黙らせるためにも、ね」

 

「そういうわけだ。手間を掛けて悪いが、中条には映像データを抽出してもらいたい」

 

 後を継いだ摩利はそう言って、頷いたあずさへ「頼むぞ」と付け加えた。

 再度雫へと向き直り、息が整っているのを見て歩み寄ると、右手を腰に当て顔を近づける。

 

「新学期からはしっかりと働いてもらうからな。乳繰り合う時間などないと思え」

 

 意地の悪い笑みから飛び出した単語に、真由美は頭を抱えため息を吐く。

 あずさは恥ずかしげに目を逸らし、深雪すらも苦笑いを浮かべていた。

 

 この場に達也か駿がいれば相応のツッコミが入っていただろう。

 だが今演習室にいるのは彼女たちだけで、生徒会の3人はすっかり摩利の言動に慣れてしまっている。

 結果、雫は摩利の言葉を真っ当に受け止め、薄く頬を染めながら折り目正しく腰を折った。

 

「ご指導、よろしくお願いします」

 

 期待通りの反応に笑みを浮かべた摩利は、ふと思いついた企みにその口元を歪める。

 

「それと1日は授業後の時間を空けておいてくれ。もう一人の新人と一緒に顔合わせをしてもらうつもりだ。それと、この件については当日まで口外禁止だ。特にアイツにはな」

 

「……! わかりました」

 

 意図を察した雫が笑み、摩利と視線を交わす。

 駿の驚く顔を想像する2人の横で、真由美は早くも後輩に与える悪影響への懸念を抱いていた。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 

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