モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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 日間ランキング1位、ありがとうございます。
 今回筆を執るにあたり、これが一つの目標ではあったのでとても嬉しいです。
 とりあえず入学編終了までは毎日更新できるよう頑張ります。


 
 今話では少しだけオリキャラが登場します。
 本格的にオリキャラが増えるのは九校戦編からになりますが、今のうちにタグを追加しておきました。

 



第6話

 

 

 

 昨日の一件は、瞬く間に学校中の知るところとなった。

 新入生拉致事案の方ではなく、剣術部の一科生が二科生に取り押さえられた方だ。

 

 達也が魔法の不適正使用という罪状で取り押さえた桐原武明(きりはらたけあき)は、剣術部のレギュラーにして一科生の中でも特に対人戦闘技能に優れた人物だった。

 それが一年生の、しかも二科生(ウィード)に敗れて捕まったのだ。自分たちの優位を信じて疑わない一部の一科生は、これが大層面白くないようだ。

 

 僕の所属する一年A組も、朝からその話題で持ちきりだった。

 曰く、どこからか現れた謎の二科生が、罪のない一科生を叩きのめした、らしい。

 最早どこから突っ込むべきかもわからないが、とりあえず『謎の』って部分は要らないんじゃなかろうか。歪曲された事実やら余計な尾ひれに関しては勝手になくなるだろうし(なくならない場合は教室の温度が下がっていくに違いない)。

 

 ともあれ、達也は風紀委員としての初仕事で見事に名を広めたわけだ。それが功名か悪名かはともかくとして。

 まあ本人はあまり気にしていないようだったが。いや、あれはどちらかと言えば事の大きさがわかっていない感じか。原作初期の達也はまっとうな人付き合いの経験がなさ過ぎて感性が人とズレていたから。

 

 勧誘期間二日目となる今日も、僕や達也の仕事は続く。

 一日の講義を終え、風紀委員会本部へと寄った後、昨日と同じように装備を整えて巡回に出た。窓の外には相変わらず新入生を出待ちする集団がひしめいており、憐れな一年生たちが取り囲まれては連れ去られていく。

 

 今日は連絡通路の方から出ようかなどと日和見しつつ階段を下っていると、視界の隅に見知った顔を見かけた。階段脇の小さなスペースで、昇降口を見ながら密談めいた会話をしている。

 

「光井さんに北山さん。どうしたんだ。そんなコソコソと隠れるようにして」

「あ、森崎くん」

 

 振り返ったのは昨日ぶりのほのかと雫。そしてもう一人、赤毛の少女がいた。

 

「っと、すまない。二人だけじゃなかったのか」

 

 柱の陰に隠れて見えなかった少女。

 背丈は雫と同じかなお低く、人懐こい笑みを口元に湛えている。

 ルビー色の髪にモスグリーンの瞳は西欧の血を持つ証で、けれど顔立ちは純粋な日本人(平たい顔族)

 

 彼女は僕の姿を認めると、隣の雫に囁くように訊ねた。

 

「確か森崎くん、だっけ? 入試実技2位の?」

「うん。森崎駿くん。私たちのクラスメイト」

「へぇー、一年生で風紀委員もやってるんだ」

 

 そう言って跳ねるように歩み寄ってきた彼女は、無邪気な笑みを浮かべた。

 

「初めまして、森崎駿くん。私は明智英美(あけちえいみ)。よろしくお願いしますね」

 

 お転婆な印象ながら、育ちの良さも感じさせる仕草だった。

 事実、彼女の祖母はイギリスの名門ゴールディ家当主の伯母にあたる人で、ゴールディ家は何百年も前から『サー』の称号を許されているとかなんとか

 そういえば彼女の御家騒動にまつわるストーリーもあったなと、頭の隅で思い出しつつ挨拶に応えた。

 

「こちらこそよろしく、明智さん」

 

 軽く目礼して言うと、彼女の眼差しが妖しい色を帯びた。

 口元をほんの少しだけ笑ませ、表情を淑女のそれに変える。

 

「なんなら、エイミィって呼んでくれてもいいですよ」

 

 ……なるほど。そういう趣向なわけね。ただのお転婆ってだけじゃないのか。

 

「気持ちは嬉しいが遠慮しておくよ。ひとを名前で呼ぶのには慣れていなくてな」

「そうですか。それは残念(ざーんねん)

 

 無下にならないよう丁重に断る。

 原作では彼女をエイミィと呼んでいた男子は達也だけで、クラスメイトの十三束(とみつか)すら明智さん呼びだったのだ。彼女の方から提案してきたので嫌とは言わないだろうが、何かしら含むところがある気もする。

 

 僕の反応が予想通りだったのかエイミィはあっさりと引き下がり、クスっと笑みを漏らした。七草会長ほどではないのだろうが、彼女もそれなりに小悪魔気質かもしれない。

 

「それで、ここで何をしていたんだ。単なる立ち話って雰囲気ではなかったが」

 

 ため息が漏れそうになるのを堪えて訊ねる。

 幸い、表情筋が働いてくれたお陰でほのかと雫にはバレていないようだった。エイミィはお嬢様スマイルだった分、寧ろ見抜かれていたと考えるべきだろう。きっかけを作ったのも彼女なのでバレて当然だとも言える。

 

 答えたのは雫の方だった。

 

「ちょっと帰るに帰れなくて」

 

 彼女はちらっと昇降口へ目を向け、いつも通りの抑揚のない声でそう言った。

 視線の先では例によって上級生の群れが幼気(いたいけ)一年生()を囲むべく待ち構えている。

 

 バイアスロン部への入部を決めたらしい二人だが、だからといって上級生も簡単には引き下がらない。一高は兼部も可能だし、引き抜きが成功する可能性もゼロではないからだ。

 ほのかや雫といった成績優秀者であればそれは尚更。どれだけ二人が「もう部活は決めた」と主張したところで引っ張りまわされるのは目に見えている。

 

 一人でも多くの新入部員が欲しいという先輩方の気持ちもわからなくはないが、帰りたいのに帰れないというのは気の毒としか言いようがない。

 

「確かにアレじゃちょっとな」

 

 自然と浮かんだ苦笑いと一緒に頷く。

 エイミィも肘を抱えて頬に指を当て、同意するように続けた。

 

「そうそう。それで今、ほのかの魔法で隠れて帰れないかなって話してたんだけど……」

 

 おいおい。それは僕にバラしたらダメなやつだろ。

 小悪魔ムーブしてたし、見た目に依らずしっかりした子なのかと思っていたんだが、基本的にはやっぱり天然なのかもしれない。

 

「エイミィ、彼は風紀委員」

「あっ……」

 

 雫に指摘されてようやく思いだしたらしい。

 見るからに焦りだすエイミィと、どうしようとあたふたし始めるほのか。雫だけは未だ泰然としているものの、続く言葉が出てこないあたりどうしようか思案しているだけかもしれない。

 

 まあエイミィはともかく、ほのかと雫は先日の校門での一件もあったから、魔法の使用に関して過敏になっている部分もあるだろう。

 個人的には一年生を寄って集って囲い込む上級生側をこそ取り締まりたいくらいなんだが、暴力行為や魔法の不適正使用以外は摘発の対象にならないのでどうしようもない。

 

 かといって、彼女たちを見捨てるのもな。ほのかと雫はクラスメイトだし、エイミィも知り合ってしまったからには放っておくのは心苦しい。

 

 仕方ない。

 立場上、魔法の使用を勧めることはできないが、やれることはやろう。

 

「そろそろ巡回に行ってくるよ。強引な勧誘がないか見ておくつもりだけど、人が多いからな。もし魔法を使う人がいても、(・・・・・・・・・・・・・)危険じゃなければ(・・・・・・・・)捕まえてる暇はないかもしれない(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 昇降口の先に目を向け、肩を竦めて見せる。これで察してくれるかはわからないが、風紀委員としてはこれくらいしか言えることはない。

 

 幸い雫が意図に気付いたようで、ほのかとエイミィに耳打ちする。

 二人はふんふんと頷き、なるほどと表情を綻ばせた。笑顔の戻った三人がそれぞれに別れの挨拶を口にする。

 

「じゃあ私たちも危なくならないように帰る(・・・・・・・・・・・・)ね」

「じゃあねー、森崎くん」

「また明日」

 

 振り返って連絡通路の方へ歩き出す三人。走りだすような真似はしなかった(廊下を走られたら自治委員会を呼ばなくちゃならない)が、早歩きで移動しているのはこちらの厚意を無為にしないためだろう。

 

「ああ。気を付けてな」

 

 去り行く背中に声を掛けて、昇降口からゆっくりと外へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相変わらず賑やかなメインストリートを歩きながら、風紀委員の仕事に勤める。

 昨日もここへ来たお陰か、僕が風紀委員の一員であることは多少なりと知れているようで、取り囲まれるような事態になることはなかった。

 

 散発的に近付いてくる勧誘を躱しながら道を歩く。

 各部のブースが並び、様々な衣装の生徒で溢れる光景はまるで大学の文化祭のようだ。華やかで活気に満ちていて、こうして歩いているだけでも明るい気分になれる。

 

 ふと、ブースの一角に目が留まった。

 テント内には競技中の映像を流す端末や競技に使用するCADなんかが置かれていて、テントの前では他のクラブと同じく、ユニフォーム姿で勧誘する(恐らく)先輩の姿もある。

 

 声を掛けてきたクラウド・ボール部の勧誘を断り、そちらへ足を向ける。

 ブース前で勧誘を続ける先輩は僕に気付くと一瞬だけ表情を輝かせ、その後左腕の腕章を見て悲鳴を噛み殺した。苦笑いが浮かぶのを自覚しつつ、こちらから声を掛ける。

 

「すみません。少しお話を聞かせてもらってもいいですか」

「ひっ、いや、ボクらは別に何も悪いことはしてないから……」

 

 なんというか、わかりやすい人だなぁ。

 

「いえ、風紀委員としてではなく、僕個人として、コンバット・シューティング部の先輩にお話を伺いたいと思ったのですが」

 

 困惑顔の先輩を宥めつつ話をしていく。

 ただコンバット・シューティング部に興味があるから来たのだという話を理解してもらうのに二言三言では済まない時間を掛け、ようやく信じてもらえたと思ったら今度は喜色満面に手を取られた。

 

「ありがとう! ありがとう! これからよろしくね!」

「は、はい。よろしくお願いします……」

 

 先輩は握った手をブンブンと上下に振り、手を放したかと思えばテントにいる部員の方へ勢いよく振り返った。

 

「みんな、朗報だよ朗報! 実技2位の森崎くんがうちに入ってくれるって!」

「部長、みんな聞いてましたよー」

「やったぜ森崎!」

「よろしく森崎くん」

 

 ワイワイと盛り上がるコンバット・シューティング部のブース。

 というか、あの人が部長だったのか。慕われてるのは確かなんだろうけど、部長が部員に弄られてるってのは変わったところだな。

 

「面白い光景だろ」

 

 不意に声を掛けられた。

 

 見ると、上背のある男子が歩いてくる。手にした幟には『コンバット・シューティング部』の文字が揺れていた。精悍な顔つきで、こちらは一目で先輩だとわかる。

 先輩は隣に並び、視線をテント内の騒ぎに向けて穏やかな笑みを浮かべた。

 

「あいつは確かにトップ張るような威厳もねぇし、あいつ自身の成績もパッとしねぇ。けどあいつが入ってから、部全体の成績は歴代でもトップクラスだ」

「それは――すごいですね」

 

 

 

 ――――――本当に、羨ましい限りの才能だ。

 

 

 

 お祭り騒ぎをじっと見つめていると、隣の先輩が振り向き右手を差し出してきた。

 

「三年の佐井木遼吾(さいきりょうご)だ。副部長をやってる。部長のあいつは八七川宗司(やながわそうじ)。これからよろしくな、森崎」

「……こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 応えて手を取り、グッと握手を交わす。

 

 そのとき、どこからか悲鳴が上がった。続いて野次のような喧噪も聞こえてくる。

 今の悲鳴と喧噪が何を原因としているかはわからないが、何かしら諍いの可能性があるなら風紀委員としては行かなくちゃならない。

 

 手を放した僕は佐井木先輩へ腰を折った。

 

「すみませんが、仕事のようなので僕はこれで。後程改めてご挨拶に伺います」

「オウ。行ってこい、風紀委員」

 

 振り向いて走り出す。

 気持ちを切り替えて、目の前のことに集中する。それが仕事であるなら尚更だ。ボディガードの時もそうしてきたし、切り替えるのは得意だと自分でも思っていた。

 

 けれど喧噪の聞こえる方向へ走る間、脳裏にはさっきの光景が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 騒ぎの発生元にはすでに風紀委員が到着していた。昨日の一件で一躍有名になってしまった達也だ。

 僕が現場に到着したとき、達也は喚きながら掴み合いを繰り広げる二人の生徒を落ち着かせようとしていた。

 

「そこの二人、掴んでいる手を放してください」

 

 付近には座り込んでいる生徒もおり、頭を抱えている様子から何らかの魔法が使われた可能性もある。安全を確保した上で保健医を呼んでくる必要があるだろう。

 

 恐らく、達也も同じ判断をしたのだと思う。

 周囲の安全を確保するためにも、まずは諍いを収めなくてはならない。

 

 掴み合った二人は達也の呼び掛けに応じることはなかった。

 仕方ないといった様子で達也が二人の間に割って入る。

 

 その瞬間、彼の背後に魔法式が投射された。

 魔法式によってエイドスの改変が実行され、魔法の効果が発動する。

 達也の後背約5メートルの位置から、圧縮された空気の塊が飛び出した。

 

 『空気弾(エア・ブリット)』。

 その名の通り、空気を圧縮して弾丸とし、対象へと放つ魔法だ。工程が単純なこと、『弾』となる空気が潤沢に存在することから使い勝手の良い魔法として知られている。

 

 陽炎のように揺らめく空気塊が達也へ迫る。その速度は実弾には遥かに劣るが、容易に避けられるものではない。ましてや5メートルなどという至近距離から放たれた場合はほぼ不可能だろう。

 

 だが、達也は振り向くことすらなくこれを回避した。

 まるで背中に目でもついているかのような、来ることがわかっているような避け方だ。

 

 普通に考えたらありえない反応。だが、殊魔法師に限ってはそう言い切れない。

 

 

 

 

 

 

 魔法師はサイオンを知覚することができる。

 それは視覚や聴覚で捉えられるのではなく、イデアにアクセスできる魔法師ならではの感覚に依るものだ。そのため魔法師はイデアに投射された魔法式と、魔法式を構成するサイオンを認識することができるのである。

 

 魔法師が魔法式の発生を知覚するとき、魔法師は同時に事象改変の結果を認識することができる。今回の場合なら『指定座標周辺の空気が収束魔法によって圧縮され、圧縮された空気塊が移動魔法によって指定方向へ放たれた』ことがわかるということだ。

 達也に至ってはこれが起動式の段階でわかるらしいのだが、分析力お化けのことは今は置いておこう。

 

 魔法式が投射され、事象改変が為された段階で、魔法師にはそれが知覚できる。

 視覚に頼っているわけではないので視界は関係ない。その魔法師が反応できる範囲であれば、魔法が使われたことはわかるのだ。

 

 つまり『空気を圧縮して空気塊を作る』という段階で魔法が使われたことを知覚し、その後の改変内容を予測、行動できれば、5メートルの至近距離からであっても空気弾を避けることは可能ということになる。

 

 まあ、1秒にも満たない一瞬の内に使われた魔法を正確に予測して行動できる魔法師なんてほとんど存在しないわけだが。

 達也の場合は起動式の段階から答えがわかる上に、独自の『目』を持っているお陰で文字通り死角がないからできる芸当だ。

 

 

 

 『空気弾』を回避した達也は、すぐに術者を拘束すべく動き出した。

 しかしそんな彼を邪魔するものが現れる。さっきまで言い争っていた二人だ。二人は達也の肩を掴んで引き留めると、矢継ぎ早に文句を並べ始めた。

 

 ここに至り、僕はようやく理解した。

 原作でも語られていた、これが達也に対する『嫌がらせ』だと。

 言うなればあの二人は陽動で、達也を攻撃するための演技に過ぎなかったわけだ。

 

 事情が分かれば後は行動するのみ。

 すぐさま駆け出して『空気弾』を使用した術者を追いかける。

 

 途中、達也の横をすれ違う。

 達也の視線が僕を捉えたところで端的に告げた。

 

「向こうは僕が。司波はここを」

「ああ。頼む」

 

 陽動二人の相手は達也に任せて、僕は術者を追いかける。

 

 『空気弾』の魔法を放ったのは遠巻きに騒ぎを見ていた集団の一人で、そいつは達也が魔法を避けたのを見てすぐに駆け出していた。

 

 タイムラグはおよそ5秒。これが魔法なしの短距離走なら追いつくのは絶望的だ。

 だが僕は風紀委員であり、魔法の不適正使用を認めた場合は魔法を使用しての制圧、拘束が許されている。

 

 右手の袖を捲り、手首に巻いたCADを操作する。

 0から9までの数字が刻まれた汎用型CADには、最大で99個の起動式を登録することができる。3桁の数字を打ち込むことで登録した起動式を展開できるという仕組みだ。

 

 系統毎に割り振った番号の内、一つを発動。

 起動式が抽出され、無意識領域に送られたそれが魔法式となってイデアへ投射される。

 

 改変対象は自分自身。

 効果は加速と加重。地面を蹴ることによって発生する加速度を増大させ、同時に水平方向から掛かる慣性を垂直方向へと変換する。

 

 結果、僕の身体は地上スレスレを飛ぶように駆け始めた。

 広義に『自己加速術式』と呼ばれるものの一つだ。

 

 自己加速術式といえば移動と加速の魔法を用いるのが一般的だが、そちらは加速度の調整と上方への移動を抑制する効果の調整を常に行う必要がある。

 スピードの増減を魔法のみで行えるので頻繁に使われるが、僕としては多少負荷が強くても他の行動の妨げにならないこっちのバージョンの方が好みだ。

 

 開いた距離はあっという間に縮まった。『空気弾』を放った犯人の背中が見る見る内に大きくなる。相手は一科の男子生徒。体格的に一年生ということはないだろう。

 

 犯人が振り向く。

 相手は猛烈なスピードで追いすがる僕を見て、驚愕に目を見開いた。

 

 この魔法の欠点は加重魔法が加わることによる衝撃の増加にある。足腰への負担を大きくすると同時に、足音も大きくしてしまうのだ。隠密行動や長距離移動には適していない魔法と言える。

 

 相対距離はおよそ30メートル。スピード差を考えればあと5秒もあれば追いつける。

 

 と、そこで相手の方にも動きがあった。

 胸元からCADを取り出し、操作し始めたのだ。

 

 咄嗟にホルスターから拳銃形態のCADを抜く。

 無系統魔法のサイオン弾で起動式を破壊しようとして――。

 

「……背中で隠れて狙えないっ」

 

 サイオン弾による起動式の破壊には弱点がある。

 対象となる起動式、つまりは相手の持つCADを視認する必要があるのだ。

 だがそれは『見えてなければ狙えない』という意味ではない。

 

 基本的にサイオンは物理的な干渉を受けない。

 壁はもちろん、人体のような生体組織も透過するので、対象が隠れていたとしてもサイオン自体は(・・・・・・・)影響を受けない。

 

 だが魔法師の身体は違う。

 サイオンが透過することでサイオン自体は影響を受けないが、サイオンを通された人体の方は影響を受けるのだ。

 

 魔法師はサイオンを保持し、サイオンを知覚する。

 その関係上、魔法師は体内を巡るサイオンを感じ取ることができ、だからこそ予想外のサイオンを浴びるとダメージを負ったと『感じて』しまう。物理的な影響はないにも関わらず、精神がダメージを自覚することで身体に影響を及ぼしてしまうのだ。

 

 だからこそ、サイオン弾を放つときはその射線に気を遣う必要がある。

 当たり所によっては昏倒させてしまったり、後遺症を残してしまうこともあるためだ。

 

 相手がテロリストなんかの無法者なら構わず撃てるだろう。

 だが今僕が追っているのはあくまで生徒。万が一後遺症を残すようなことがあれば、魔法師生命を絶たれてしまうかもしれない。

 

 最悪なことに、彼はCADを胸元で操作していた。

 背中を向けた相手の胸元にあるCADを狙えば、サイオン弾はどうやっても内臓を通過してしまう。

 

 起動式を破壊することは、できなかった。

 

 犯人が魔法を発動した。

 選んだのは同じく『自己加速術式』。しかも同時に水平移動の魔法と慣性制御の魔法を併用して、ひと蹴りの飛翔距離を延伸させていた。

 

 背中が離れていく。

 

 相対距離は段々と広がり、犯人は校舎の角で曲がった。

 追いかけて角を曲がる。が、すでにどこかへ身を潜めたようで、姿を見つけることはできなかった。

 

「…………くそっ」

 

 魔法を解除して足を止め、湧き上がる悔しさを悪態に変えて吐き出す。

 二日続けて逃げられたことに、どうしようもない力不足を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メインストリートに戻ると、達也が沿道の木陰で待っていた。

 こちらへ気付いた達也に歩み寄り、開口一番で謝罪する。

 

「すまない。逃げられてしまった。僕の不手際だ」

「そうか。いや、援護してもらえただけでも助かった。ありがとう」

 

 達也の回答は言葉面だけ捉えれば慰めだが、声音は軽い調子で諭すようなものだった。

 気を遣われている、ということだろう。

 

 ふと、達也が「それにしても」と呟いた。

 表情は普段の能面ではなく、興味深いものを見るようだった。

 

「森崎のような実力者が取り逃がすとは思わなかったな」

 

 

 

 何気ない調子で言われた言葉。

 瞬間、背中に冷たい汗が流れる。

 

 

 

 いつの間にか、僕は達也の中で実力者認定をされていたらしい。

 確かに無様な姿を見せたつもりはないが、あの達也(・・・・)からそんな評価をされるようなことをした覚えもない。いつから僕を実力者だなんて認識していた。

 

 マズい……。これは非常にマズいことになった。

 

 『深雪のクラスメイトで風紀委員の同僚』という今の付かず離れずなポジションは、達也から適度に認知されつつも目を付けられないようにするための立ち位置だった。

 それがいつの間にか実力者認定を受けて、とっくに目を付けられていたんだとしたら、このポジションは寧ろマイナスだ。

 

 実力のある(と思っている)やつが適度な距離感を保ちつつ、都合の良い行動ばかりとってくる。味方になり得るのか否かがわからない、とても怪しい存在と言える。

 謂わば原作中盤に登場する『七賢人』、レイモンド・クラークのような存在だ。怪しい。実に怪しい。信用なんて出来るはずもない。

 

「……それは嫌味か?」

 

 とりあえず、今の僕が口にするべきはこれだろう。

 容疑者にまんまと逃げられた僕が皮肉を言われたのだから、普段ならこう答える。

 

「いや、すまない。誤解を招く言い方だったな」

 

 自分でも意地が悪いと思う反問に、達也は苦笑いで首を振った。

 

 同じように苦笑いを浮かべる。

 相手に表情を合わせるのは処世術の基本。これ以上疑われないように切れる手札は切っておかないと取り返しがつかなくなるかもしれない。

 

 この際だ。実力者だなんて認識を改めるためにも性能の一端を語ってしまうとしよう。今回の言い訳にもなるし、それで大したやつじゃないと思ってくれれば儲けものだ。

 

「実を言うと、僕はマルチキャストが苦手でね。同時に3種類以上の魔法を使おうとすると、すべての出力が落ちるんだ」

 

 それは幼少時から訓練を重ねても改善できなかったことだ。

 

 2種類までなら同時でも連続でも遜色なく使うことができる。

 しかし3種類を超えると、連続ならともかく同時には使えなくなってしまうのだ。

 無理に使えば使った魔法すべての精度と威力が落ちてしまい、とてもじゃないが実用に耐えられなくなる。

 

「多種多様な魔法を操る処理能力がない。干渉力も強度もそれほど高くない。だから僕は処理速度と精度を鍛えるしかなかったというわけだ」

 

 選択肢はなかった。

 少なくとも、『魔法師として大成することを諦める』という選択肢を捨てた時点で、僕に選べた道は一つしかなかった。

 

 魔法の才能は生まれ持った血によって左右される。

 良家には優秀な魔法資質を持った魔法師が生まれやすく、凡愚な家系の出が彼ら優良な血族を凌駕することは滅多にない。

 

 森崎家は百家の一つとはいえ、魔法資質としては一流に届かない。

 『数字付き(ナンバーズ)』や『十師族』の魔法師を超えることはできない。

 

 特別な才能を持った者たちの前では、僕は有象無象の一人でしかない。

 一科生だからと驕ることも、二科生だからと侮ることも、大きすぎる才能の前には何の意味もなさないのだ。

 

「実技の成績が良かったのは、そうやって速度を徹底的に鍛えた結果ということか」

「大したものじゃないと言った意味がわかっただろ」

 

 自嘲して締めくくる。

 嘘偽りのない本音であり、認めざるを得ない現実でもあった。

 

 実際、入試の結果は出来過ぎだったのだ。

 そりゃあ出来る限りの努力をすると決めた時から必死に訓練を重ねてはいたが、だからといって深雪に次ぐ成績を残してしまうとは思わなかった。

 

 今後、実習で力をつけた同級生たちは成績を伸ばしていくだろう。

 ほのかや雫、エイミィや五十嵐に十三束など、潜在能力の高い生徒は数多い。すぐにでも抜かれてしまうのは目に見えている。

 

 たかが入学時の実技試験で良い成績を取れたくらいで驕るつもりはない。

 自分の身の程はよく分かってる。自分の才能の程度はよく知っている。

 大したものじゃない。誰よりも、僕自身がそう思っているのだから。

 いっそ見限って興味を失ってくれてもいいと思っていた。

 

 けれど、達也は首を振った。

 

「いや。改めて大したものだと思ったよ。逆境をはねのけてそれだけの成績を残したんだからな」

 

 口元には笑みが浮かび、瞳には敬意の色があった。

 思わず目の奥が熱くなるくらいに、それは衝撃的なことだった。

 

 

 

 …………どうやら、簡単に見逃してくれるつもりはないらしい。

 よく魔王に例えられていた達也だ。魔王からは逃げられないとも言うし、達也からも逃げられないのかもしれない。

 

 

 

「……煽てられたところで、出せるものは何もないぞ」

 

 軽口で誤魔化して、風紀委員会の本部へと向かう。

 並んで歩く僕らの姿を周囲は怪訝な目で見ていたが、不思議と気にならなかった。

 

 

 

 


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