モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第1話

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 第三次世界大戦の引き金となった地球規模の寒冷化以降、日本の夏は20世紀終盤の気温水準にまで落ち着いている。真夏でも30℃を少し超える程度が最大で、9月ともなれば残暑はそれほど酷なものでもない。

 

 一高の所在する八王子でもそれは同様で、日差しは相変わらず強いものの校舎の間を吹き抜ける風には秋の到来を予感させる涼しさがあった。ドライミストの冷却効果も相まって、長く日向にいない限りは熱中症などの症状も避けられるだろう。

 

「巡回に決まったルートはない。気の向くまま歩き回る人もいれば、毎回同じルートを通る人もいる。ノルマがあるわけでもないから、多少は休憩を挟んでもらっても構わない」

 

 念のため日陰を選んで歩きながら、隣の雫へ説明を続ける。

 思わぬサプライズに驚愕させられてからこちら。レクチャーも兼ねて巡回へ同行することになった彼女の左腕には、風紀委員の真新しい腕章が留まっていた。

 

 真剣な表情で一度首肯し、それから視線だけをこちらへ向けて彼女が問いかける。

 

「君はいつもどんな風に回っているの?」

 

「大まかに3つのルートを決めていて、日によってどれかを選んでいる。気になる場所があれば逸れたりもするけどね」

 

 答えるついでに、巡回に際しての注意点も伝えておく。

 体育館やグラウンドといったクラブの活動場所は部活連の管轄で、余程の事態でない限りは委員長を通して部活連へ報告するのが通例となっていること。

 万一の場合にも風紀委員は事態の収拾のみに徹し、鎮圧後の処遇に関しては部活連と協議した上で決定されることなどだ。

 

 頷く雫を見ながら、ふと、これは関本先輩に教わったのだったなと思い出した。

 

 渡辺委員長や辰巳先輩と同じ三年の関本先輩は、原作の独り善がりなイメージとは少し違う印象がある人だった。

 頑固で言葉の足りない部分があるのは確かだが、春のブランシュ事件の際にはいち早く辰巳先輩の意図を汲むなど、聡明さが輝く場面もあったのだ。

 

 そんな関本先輩はしかし、来月末に開催される『全国高校生魔法学論文コンペティション』の学内選考で市原先輩と一高代表の座を争い敗れ、代表メンバーから漏れてしまった。

 原作ではその悔しさを利用され、大亜連合軍の協力者に仕立て上げられた結果、未成年魔法師の拘留施設へと収監されることになった。

 

 関本先輩自身に全く問題がなかったとは言えない。後の調査でマインドコントロールの痕跡が見つかったとはいえ、刷り込まれたのは目的意識だけで性格は元のままだ。独善的な態度は千代田先輩からも問題視されていたし、渡辺委員長の態度からも尊敬を集めるタイプでなかったことは察せられる。

 

 だがそうだとしても、知り合った先輩が利用されるのを黙って見過ごしたくはない。

 どうにか未然に防ぐことはできないだろうか。小早川先輩のミラージ・バットのように思惑は叶わせつつ、最悪の事態を回避することができれば理想なのだが――。

 

「どうしたの?」

 

 不意に問われて振り向く。見上げてくる瞳にはどこか案じるような色があった。

 ぼうっとしていたつもりはないのだが、しっかりと見られていたらしい。

 

「いや、なんでもない。それより、演習場の方へ行ってみよう。管轄外とはいえ、まったく巡回しないというわけにもいかないからな」

 

 返答と一緒に首を振り、喧噪の聞こえる方向を指差す。

 あからさまな転換だったものの雫から待ったはなく、実験棟の角を曲がった僕らはそのまま演習場方面へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 グラウンド脇の通りを歩きながら、一転して雑談に興じる。

 話題の中心は当然というべきか夏休みのこととなり、北山邸での会合を肴にした後に続くのはやはり月末の一件だった。

 

「――そんな風に、深雪とほのかは達也さんから離れなくて。あとは吉田くんと美月がエリカにからかわれたり、ツッコミを入れた西城くんが追いかけ回されたり。とにかく賑やかな三日間だった」

 

 小笠原での日々を語る雫の表情は普段の口数少ない彼女とは別人のようで、口元に湛えた笑みが旅先での充実ぶりを表していた。

 

「何というか、聞いているだけで映像が目に浮かぶな」

 

「うん。忘れられない思い出になった」

 

 はっきりと頷いた雫を目にし、釣られて笑みが浮かぶ。

 

「楽しめたようで何よりだ。もしまた行く機会があれば誘って欲しい。出来る限り予定を合わせるよ」

 

「うん。必ず誘う」

 

 力強く宣言され、再度息が漏れる。

 入学から約半年が経った最近では、声音よりも表情に感情が表れることも読み取れるようになってきた。今の一言も口調こそ淡々としていたものの、目元や口元に意志が表れているのがわかる。

 

「駿くんの方は? お仕事、どんな感じだったの?」

 

 そんな風に目元を見ていたからだろう。

 不意の問いかけも眼差しの変化から察することができ、お陰で虚を突かれずに済んだ。

 

「特別なことは何も。依頼に沿った警護をして、求められた通りに仕事を終えた。細かい内容は守秘義務に抵触するから話せないんだが」

 

 苦笑いを作って見せると、雫は小さく首を振った。

 

「何事もなく終わったならよかった」

 

「ああ。ありがとう」

 

 心遣いに礼を返して、嘘で飾った顔を前へと戻す。

 横目に窺うような視線を感じながら応えず、演習場への道を歩いていった。

 

 

 

 その後も巡回は続き、行く先々で知り合いと会う度に雫は声を掛けられた。ほとんどが雫の風紀委員加入に驚き、僕の方を見て納得か笑みのどちらかを浮かべていた。

 例外はSSボード・バイアスロン部のメンバーくらいで、こちらは事前に知らされていたからというのが真相らしい。ほのかを始めクラブメンバーに激励を贈られる雫の後ろで、ひっそりと向けられた五十嵐の視線には肩を竦めて応えておいた。

 

 風紀委員本部での説明も含めておよそ2時間。

 雑談を交えながら要領をレクチャーする間や応援と少しのからかいを受ける雫を見ている間など、手が空く度に後悔が頭を過った。

 

 本来、雫が風紀委員へ加入するのは二年へ進級してからのはずだった。半年以上早まったからには何かしら理由があり、そこには恐らく僕が与えた影響も含まれている。

 

 好意を抱かれているのは知っていて、僕自身嬉しく感じてもいた。

 報いることができるかはともかく、受け止めることに躊躇いはなかった。

 

 だがそれがこうした形で表出するとは思ってもみなかった。

 いや、考えようとしてこなかったというのがより正確か。「知りたい」と語った雫の気持ちを推し測る配慮があれば、風紀委員へ早期加入する可能性に至ることはできたはずだ。

 

 今さら不用心に気付いたところで後の祭り。

 オーストラリア軍魔法師や八雲法師の警告、リン=リチャードソンの不在など原作との乖離はさらに増えていて、止めとばかりに雫の加入を知った時は思わず笑ってしまった。

 

 お前の罪過は消えない。一度狂わせた流れは二度と元通りにならないのだと。

 そう、突きつけられたようだったから。

 

 

 

「――やっぱり何かあった?」

 

 バイアスロン部のメンバーと離れた雫は、隣へ来るなり呟いた。

 表情を繕い損ねたはずもなく、首を傾げると彼女は頤に手を当てて唸る。

 

「夏休みにうちで会った時よりも……何だろう、さっぱりしているような……」

 

「そんな風に見えるか?」

 

「うん。なんだか吹っ切れた感じ、かな」

 

 当てはまる言葉を探すような台詞に、「そうだな」と呟きが漏れ出る。

 漠然と抱いていた感覚が指摘されたことで暴かれ、納得を伴い胸中に広がった。

 

「心境の変化、と言えばいいのか。それと似たようなことはあったかもしれない」

 

 自然と笑みが浮かぶままに答え、先導して歩き出す。

 雫自身は自分で言ったことにピンと来ていないようだったけれど、僕としては彼女の表現が好ましく感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 駿による教授を兼ねた巡回を終え、委員会本部で追加の説明を受けた後、同じく戻ってきた達也・花音の二人組共々雫たちは解散の運びとなった。時間的にもクラブや各委員会が片付けに掛かる頃合で、達也は深雪を、雫はほのかを迎えにそれぞれ本部を後にする。

 

 雫がSSボード・バイアスロン部の部室を訪ねると、部員たちは丁度片付けを済ませたところだった。用具を収め出てきたほのかと合流し、部員たちに付いて更衣室まで同行する。

 

 制服に着替えたほのかと並んで校門へ向かうと、そこには見慣れた顔触れがあった。

 

「あ、達也さん! 今お帰りですか?」

 

 振り向いた5人は駆け寄ったほのかを見て似たような反応を見せる。

 

「お疲れ様、ほのか。雫も」

 

「二人ともお疲れ様。雫、風紀委員のお仕事はどうだった?」

 

 達也に続いて深雪からも労いが入り、そのまま初仕事の感想を訊ねられた。

 こくりと頷いて、問われたことへ答える。

 

「大変そう、かな。でも深雪のお陰で推薦して貰えたんだから、頑張るよ」

 

 雫の回答は一般的な観点に照らして満点の得られるものだったが、彼女の心情や背景を知る一同にとってはやや期待外れなものだった。

 それが証拠に、自制よりも好奇心の勝った一人が前のめりに問いかける。

 

「本当にそれだけー? 雫ってば森崎くんと一緒に回ってたんでしょ?」

 

「エリカ、興味があるのはわかるけど、その訊き方は意地が悪いわよ」

 

 問われた雫本人よりも先にため息を吐いたのは深雪だった。

 窘める言葉にエリカが振り向き、若干の恥じらいを浮かべながら続ける。

 

「えー、でも気になるじゃん。ねえ、何かなかったの? こう、手取り足取りみたいな」

 

「エリカちゃん……」

 

 けれど深雪に続いて美月にまで呆れられては、さしものエリカも旗色の悪さを悟ったようだ。不満そうに唇を尖らせながらも、勢いを失い前傾姿勢を解く。

 そんな幼馴染の悪ノリに同じく呆れを滲ませながら、幹比古は駿の気質に基づく推測を持ち出して雰囲気の立て直しを図った。

 

「彼がそんなことをするとは思えないけど」

 

「バイアスロン部のところへ来たときは寧ろ見守ってる感じだったよ」

 

 続いてほのかが見たことをそのまま語ると、エリカは小さく息を吐いて頷いた。

 

「なら、本当にただ指導していただけってわけね」

 

「うん。必要なことを丁寧に教えてくれた。お喋りくらいはしたけど」

 

 雫の肯定に、一同は納得を浮かべる。

 と、その直後、達也が何かに気付いたように視線を動かした。

 

「どうせなら、もう一人の当事者にも訊いてみたらいいんじゃないか」

 

 わざとらしい口調と視線に一同が振り向く。

 いち早く達也の視線の先に行きついて、レオは楽しげに笑みを浮かべた。

 

「お、噂をすれば」

 

「……その反応を見る限り、あまり良いタイミングじゃなかったようだな」

 

 歓迎とも驚きともつかない表情が並んでいるのを見て、駿は不穏さを感じ取ったらしい。

 回れ右をしようと足を引きかけるのを見て、エリカが引き留めに掛かる。

 

「そんなつれないこと言わないで。ちょっと話を聞きたいだけだからさ」

 

 わかりやすく不気味な声音に呆れと困惑を滲ませながら、それでも駿は振り返らずに止まった。小さく息を吐き、「それで」と腰に手を当てる。

 

「一体何を話したらいいのかな?」

 

 観念した駿にエリカが何を訊こうかと吟味する間、彼女の脇では深雪が達也へ耳打ちをしていた。

 

「お兄様、いつまでもここに留まるのは」

 

「ああ。――エリカ、その話は場所を変えてからにしないか?」

 

 ほぼ同時に同じ思考へ至っていた達也は、未だ悩むエリカへと声を掛けた。

 唇を尖らせたエリカは達也に導かれるまま周囲へと視線を巡らせる。校門の前で固まった彼らを横目に見る眼差しは多く、控えめに言って彼らは目立っていた。

 

「どこに行くんですか?」

 

 同じく状況を把握したほのかが訊ねると、達也は少し考える素振りをした後で応じる。

 

「そうだな。せっかくみんな揃ったんだし、少し寄り道するのはどうだろう」

 

 達也の台詞に、一同の大半は「なるほど」と頷いた。

 発案者が誰であれ、彼らが学外で『寄り道』をする場所といえば一つしかない。

 

「森崎、お前はどうする? 無理強いをするつもりはないが」

 

 台詞の上では選択肢のある問いかけ。

 しかし実際はエリカを始めとした『話』に興味を抱くメンバーの視線と、何より雫の期待に満ちた眼差しが回答を一つに局限していた。

 

「せっかくのお誘いだ。ご一緒させてもらうよ」

 

 内心でどう考えているかはともかく表面上は快諾した駿を連れて、達也たちいつものメンバー+駿は校門から街へと繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 一高の校門から駅へ向かう途中にある喫茶店『アイネブリーゼ』に入った一行は、店内奥のテーブル席二つを囲んで座った。

 銘々に飲み物を注文した彼らはここまでの道中に引き続き駿へ問いを投げかけ、駿らしい誠実な回答とそれによる雫の恥じらいを見て満足し、話題は一旦幕を閉じた。

 

 以降は例によって夏休みの話題が挙がり、九校戦の振り返りが続いた談笑は、やがて月末の生徒会長選挙へと至った。

 

「中条先輩が生徒会長に、か。正直言って、ちょっと頼りねえかなぁ」

 

 次期生徒会長の最有力候補を聞いた一同の内、まっさきに反応したのはレオだった。

 

「でも、実力は間違いない」

 

「生徒会長は優しい人の方がいいような気がします」

 

 厳しい意見のレオに対し、雫と美月が賛同を口にする。

 どちらの意見にも理があり、賛否の差は生徒会長という立場に何を求めているかの違いで生じていた。

 

「服部先輩の線はないの? 現副会長なんだし、そのまま会長にっていうのもあると思うんだけど」

 

「桐原先輩から聞いた話だと、服部副会長は部活連の次期会頭に推されているそうだ。本人も乗り気らしいから、会長選に出ることは恐らくないだろう」

 

 エリカの問いに答えたのは達也だ。心なし残念そうにしている辺り、気質としてはあずさより服部の方が向いていると考えているのかもしれない。

 

 二年生の最有力二人が出揃うと、それ以外の名前はなかなか挙がらなかった。

 筆記の成績では五十里が、実技の成績では花音や沢木が挙がるものの、それぞれ他の仕事があったり立候補を辞退していたりと、選挙に臨む可能性は低いと思われた。

 

「他に立候補者はいないのかい? 魔法科高校の生徒会長なら、肩書だけでもなりたがる人はいると思うんだけど」

 

 幹比古がそう訊ねると、達也は苦笑いを浮かべて答えた。

 

「立候補者の乱立は避けたいそうだ。なんでも以前、自由に立候補させた結果、魔法が飛び交う事態にまで発展したとか」

 

 真由美や鈴音から伝え聞いた話を語ると、一同は何も言えなくなってしまった。

 重くなりかけた雰囲気はしかし、続くエリカの発言で破られる。

 

「――そうだ、深雪が立候補しなさいよ!」

 

 明後日の方向へ視線を流していたエリカが妙案とばかりに声を上げると、唐突に投げ込まれた代案に当の深雪は目を丸くした。

 

「ちょっとエリカ、何を言い出すの?」

 

 対するエリカは自身の思い付きがよほど気に入ったのか、深雪の呆れ顔をものともせずに語り続けた。

 

「別に一年生が生徒会長になっちゃダメって規則があるわけじゃないんでしょ? 深雪はこの前の九校戦で実力もアピールできたんだし、当選できると思うけどな」

 

「無茶言わないで。いくら魔法科高校といっても、魔法力だけが『実力』として測られるわけじゃないのよ」

 

「えー。深雪なら人気もカリスマもあるし、学力だったら達也くんだっているじゃん。生徒会長になったら役員を自由に指名できるんだよ」

 

 一見すると正論を握る深雪に軍配が挙がりそうなやり取りはしかし、思わぬ援護射撃によって流れが変わった。

 

「そうですね。七草会長も一科生縛りのルールは改正すると仰っていましたし」

 

「美月まで……。もう、悪ノリは止めて頂戴」

 

「そんなこと言って。生徒会長になったら達也くんを風紀委員から引き抜くことだって出来るんだよ?」

 

 ついにはそんなエリカの甘言によって、深雪の側が動揺し始める。

 達也を独占(?)できるという悪魔の囁きは、深雪にとって多少の道理や常識を覆すほどの魅力があるらしい。

 

 目に見えて揺れる深雪と、悪魔の契約を唆すエリカ。

 二人のやり取りを半ば呆れつつ見ていた残るメンバーの内、幹比古がふと、こちらも思い付いたように口を開いた。

 

「逆に達也が生徒会長になってもいいんじゃない?」

 

「お、そりゃあ面白そうだな」

 

 今度の意見にはレオが悪ノリを始める。

 一方で、ターゲットにされた達也の方はすぐに「無理だ」とため息を吐いた。

 

「確かに深雪だったら一定の支持を得られるかもしれんが、俺に票が集まるはずはない」

 

「でも、達也さんは九校戦優勝の功労者」

 

 しかし、またしても思わぬ方向から援護が為され、達也は思わず苦笑いを浮かべる。

 

「いや、多少優勝に貢献してたとしても、競技には一つしか出てないんだから。裏方の仕事なんて表から見てもわからないって」

 

 雫の論拠を躱す達也。

 だが彼を推す声はそれだけに留まらなかった。

 

「私は、達也さんが立候補したら絶対投票します!」

 

「私もです。お兄様が選挙に出られるなら、私は応援演説でもビラ配りでも何でも致します」

 

 ほのかと深雪の熱心な応援に遭い、達也は思わず頭を抱える。

 微妙に張り合っているような様子も相まって、余計にそう感じていた。

 

「決選投票ならともかく、信任投票なら十分当選できるんじゃないか。司波は裏方仕事と言うが、エンジニアにも注目は集まっていた。観戦していた人間なら知っているはずだろう」

 

 挙句の果てに駿までもが肯定するようなことを言い出しては、達也としても大人しくしている気になれなかった。

 

「そう言うお前こそ、信任という意味では間違いないと思うがな。二科生の俺が出るより余程可能性があるんじゃないか」

 

 お返しだとばかりに言い返すと、やはり達也の言に追従する者が出てくる。

 

「そっか。森崎くんが出るって線もアリかもしれないわね」

 

「達也と森崎か。どっちに投票するか悩みどころだな……」

 

「勘弁してくれ。風紀委員でさえ務めきれるかわからないのに」

 

 エリカとレオの反応に、駿はため息と共に肩を竦めて見せた。

 

 深雪、達也、駿と立て続けに推され辞退しが並び、一同の間に和やかな笑いが広がる。

 

 けれどただ一人、雫だけは笑みこそ浮かべつつも、横目に駿を捉え続けていた。

 

 

 

 先程の謙遜する姿がどこか投げやりなようにも見えて。

 ふと、巡回中にも得た違和感を思い出したのだ。

 

 駿自身が心境の変化と表したそれは、雫には言葉通りの意味に思えなかった。

 

 

 

「もう、雫ってばそんなに拗ねないでよ。心配しなくても、森崎くんが風紀委員から外れるようなことはないんだから」

 

 些細な違和感は、次いで投げかけられた声に流されていった。

 エリカのからかいに揺さぶられ、恨めしい目を向ける頃には、雫の頭から先の引っ掛かりはなくなっていた。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 

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