モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第5話

 

 

 

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 9月も月末週に入った。

 最近では残暑を感じる日もまばらになり、涼しげな風が吹くことも増えてきた。虫の音もすっかり秋めいてきて、段々と早くなる夕暮れにふと寂寥を抱くのはこの時期特有の風情と言えるだろう。

 

 一方、月頭から一高内に広がった熱が冷めるのはまだ先のようで、翌々日に生徒総会を控えた火曜日、学生たちの間にはどこか浮足立つような雰囲気が漂っていた。

 

 生徒会長選挙については既に結果が見えているも同然。立候補者は現生徒会書記のあずさ一人だけで、対抗馬もなければ反対勢力も存在しない。不安視されることはあっても疑問視されることがないのは、誰に対しても穏やかで謙虚な姿勢を崩さないあずさの人徳によるものだ。

 当の本人が誰より適性を疑い出馬を拒むというアクシデントこそあったものの、真由美の依頼を受けた達也による『説得』で事なきを得た。トーラス・シルバーに崇拝の念すら抱くあずさであれば、渡した『飴玉』で一年間の会長業務を恙なくこなすことだろう。

 

 選挙前の立会演説と信任投票に関して懸念材料はない。

 問題なのはその前。生徒総会の前半で行われる、生徒会役員規則改定案の決議だ。

 

「現在までのところ、反対派による校内での表立った行動は確認できません。敷地外での活動に終始されていた場合、把握するのは難しいですが」

 

 放課後の巡回を終えた達也は定型の報告の後にそう続けた。

 デスクを挟んで聞いていた摩利は、達也の懸念に苦笑いで応じる。

 

「その場合は仕方ないさ。学校外での活動まで警戒するのはさすがに無理がある」

 

 風紀委員はあくまでも学内の風紀維持を目的としたもの。一歩学外へ出れば一般人と立場は同じで、魔法一つ使うのにも厳格な法制限が敷かれている。警察の真似事が出来るはずもなく、当然怪しいからと手出しをすることもできない。

 

 連日の警戒がすべて空振りに終わっている以上、風紀委員にできることは何もない。

 だが校内の雰囲気から反対派が陰で蠢いていることは明白で、にもかかわらず何もすることができないという現状は、一部の役員にとって小さくないストレスとなっていた。

 

「こう静かだと、なんだか不気味に感じるわね」

 

 不機嫌さを隠そうともせず呟いたのは花音だ。

 達也同様巡回に当たっていた花音は一足早く本部へと戻っていたようで、達也が来るまでは摩利と談笑していたのか、デスク後ろの窓から校庭を覗いている。

 

 次期風紀委員長に内定している彼女の直情的な発言に、達也は苦笑いで、摩利はため息を吐くことで呆れを示した。

 堪らず振り向いた花音が頬を膨らませるに至り、ようやく摩利が諭しに掛かる。

 

 拗ねたような上目遣いで見下ろす花音と、呆れ顔を浮かべながらも根気強く諭す摩利。

 仲の良い先輩後輩と定評のある二人を流し見ていた達也は、やり取りがいち段落したところで本題への引き戻しを図った。

 

「何にせよ、用心に越したことはないと思いますよ」

 

「……何か掴んでいるのか?」

 

 思わせぶりな台詞に、摩利が眉を顰めて食いつく。

 予想通りの反応を見せた上司へ、達也は大袈裟に肩を竦めて見せた。

 

「残念ながら。具体的なことがわかっていれば、寧ろ安心できるのですが」

 

「つまり、具体的じゃないことは何か知っているのね」

 

 花音が焦れたように追及してくるのを待って、達也は悪ノリの仮面を脱ぎ捨てる。

 

「推測の域を出ませんが」

 

 前置きと一緒に神妙な顔へ変わった達也を見て、摩利と花音は静かに唾を呑んだ。

 

 

 

 真由美の提唱する「生徒会役員選任に関する制限の撤廃」は、春の公開討論会以降少しずつ理解を広げてきた議案だ。

 生徒会長として一高を纏めてきた真由美の集大成であり、彼女の念願を叶える重要な足掛かりとなるものでもある。

 

 内容としてはシンプルで、これまで規則に明記されていた生徒会役員選任に際する制限を撤廃し、制度上唯一存在した一科生と二科生の差別をなくすというもの。両者の間に立つ意識の壁へ無理に手を出すことはせず、制度としての平等を作った上でどうするかは後輩たちに判断を委ねるという意図から生まれた案だ。

 

 一科生と二科生のどちらにも等しく機会を与え、活かすかどうかは当代の生徒たちに判断を委ねる。

 真由美の意図はあくまで機会の均等を生み出すことにあり、その後どうするかについて関与するつもりはない。

 

 だがこれに反対する勢力の主張は、根本的な発想からして異なっていた。

 

 

 

「二科生の役員指名制限撤廃に反対する勢力の主張は一科生、つまり実技成績の高い生徒だけを登用すべきというものです」

 

 真由美の提言した案を再確認した後、達也は反対派のスタンスをこう説明した。

 

「一見するとこれは一科生による二科生への差別意識の表れと捉えられがちですが、自分は寧ろ、一科生たちの承認欲求的な意味合いが強いように感じました」

 

 こうまで詳細な情報を得られているのは、某職員による職業倫理違反スレスレな情報収集の賜物だ。正体を知られた上に一度雇用関係を持ってしまった達也の依頼に、彼女は一応の不満を口にしながらもきっちりと仕事を果たすようになっていた。

 

「春に暴走した連中と似たようなものか。一科生の中にもいるとはな」

 

 達也の推測を聞いた摩利の反応は驚きよりも呆れに傾いていた。

 花音の表情も困惑の色が強く、共感を抱いている様子は見られない。

 予想通りの反応にため息を漏らしそうになるも、上級生二人の手前、達也は苦笑を堪え続けた。

 

「努力や成果を認めて欲しいという願望は誰しもが持つものですから。一科生が抱いても不思議ではないと思いますよ。二科生よりも成績が良く、しかし上位には届かない層であれば尚更かもしれません」

 

 言いながら、摩利や花音には無縁だろうなという予感があった。

 どちらも学年トップクラスの実力者で、数字の有無はあれど百家の出身で、通俗的な面でも充実した状況にある。自己肯定感を自然と身に付けられてきたからこそ、反対派の主張に共感することはないだろう。

 

 そして、それは十師族『七草家』直系の真由美にも言えることだ。

 生まれ持った才能を期待通りに伸ばしてきた真由美が、反対派の唱える『中途半端な実力主義』の内にある本音へ共感を示すことはないだろう。

 

 斯く言う達也も心情を推し測ることこそすれ、反対派の主張に共感も同情も抱いてはいないのだが。

 

「一部の成績上位者を除く生徒の大半は、九校戦や論文コンペティションに参加することはできません。クラブの大会も含めればもう少し増えるかもしれませんが、いずれにせよ一学年で二百人いる生徒の大半は目立った成果を残すことなく、一生徒のまま卒業を迎える」

 

 故に達也の分析は客観的で明快で、どこまでも冷徹だった。

 

「大多数は気にすることもないでしょう。ですが一部に一科生であることを拠り所とする人がいるのも事実だ。自分は一科生で、二科生や魔法科高校に入れなかった者たちよりも優れているのだと、そういった考えに固執する生徒が出てくる」

 

 本来、魔法大学付属高校に入学できるというのは、それだけでも大きな栄誉だ。

 『魔法』という希少な資質を持ち、且つそれを磨くことのできる環境があり、学業成績にもある程度秀でていて、その上で高い倍率を誇る入学試験を突破する必要がある。

 

 この狭き門を潜り抜けた内の、更に上位半分だ。

 十代半ばの少年少女が自尊心を膨らませてしまうのも無理からぬ話で、肥大化したプライドを守ることが行動原理の中核となった人間も、達也は何度となく目にしてきた。

 

「実技成績で劣る二科生が一科生を差し置いて生徒会役員に選ばれる。そんな状況を彼らは許すことができないのでしょう。役員の任免権が生徒会長にあることを考えれば、制限を撤廃した時点で防ぎようがなくなるのですから」

 

 極端なことを言えば、生徒会長の好みだけで役員を構成することも可能なのだ。無論反発は免れないだろうが、現状の制度ではこれを妨げる方法はない。

 

 魔法力に秀でた一科生が、そのために費やしてきた努力が、蔑ろにされるのは許せない。

 ましてや成績でも魔法力でも劣る二科生が取り立てられるなど言語道断。そうなる可能性すら認めがたいというのが、反対派の中核にいる者たちの本音だ。

 

「……なるほど。概ね理解はできた。とても頷く気にはなれんがな」

 

 まるで子どもの我儘だと、摩利は呆れをため息に替えて呟き、ハタと気付く。

 

「待て。仮に君の推察通りだとして、それにしては根回しが的確じゃないか?」

 

 摩利が幼稚だと感じた反対派はしかし、現に尻尾を掴まれることなく立ち回っている。

 発想と主張の頑なさに対して活動は柔軟で手際が良く、アンバランスなその印象を摩利は不気味だと考えた。

 

「ええ。ですから、学外から何らかの影響を受けたとすれば恐らくそこでしょう」

 

 ご明察とばかりに達也が頷く。

 摩利の目の色が変わり、花音も剣呑な表情で問いかけた。

 

「誰かの意図で反対派が扇動されているってこと?」

 

「煽っているというより、誘導しているのだと思います。春の一件は騒ぎを起こすことが目的で手当たり次第な印象でしたが、今回はより周到に賛同者を増やしているようですね」

 

 どちらがより厄介なのかは判断が分かれるところだろう。

 ブランシュ事件では直接的な被害も出ていて、いざという場面で矢面に立つ風紀委員としては穏便に済む方がマシだと言える。

 一方、水面下で勢力を拡大されるのは生徒会、特に真由美にとって好ましい状況ではない。規則違反を犯しているわけでもないので摘発もできず、『個人の心を変えてはならない』と標榜する真由美だからこそ、反対派の活動を頭ごなしに否定することもできない。

 

「現状では背後にいる者の意図まではわかりません。会長の提案を潰したいのか、校内に自分たちの勢力を築きたいのか、或いはもっと別の目的があるのか――」

 

 話の最後を、達也はそう言って締めくくる。

 持ち得る情報網を可能な限り利用して、掴んだことの中から語れること語れないことを選別し、語れる範囲で説明と注意を促した。

 

 訝しむ摩利と何か言いたげな花音を黙礼で制して、顔を上げた達也が続ける。

 

「いずれにせよ、用心に越したことはないと思いますよ」

 

 もう一度同じ警告を口にした達也の表情は、これ以上は語れないと暗に示していた。

 

 

 

 

 

 

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 迎えた生徒総会当日。

 午前の授業終了後、昼食を早々に済ませた風紀委員計9人が委員会本部に集まった。

 

「全員揃ったな。配置の最終確認をするぞ」

 

 生徒会室に続く扉から入ってきた摩利の呼び掛けに、全員の視線が上座へと集中する。

 実力を見込んで選出された役員が居並ぶ光景は末席から見ても迫力に満ちていて、雫は思わず唾を飲んだ。

 

「我々の持ち場は基本的に講堂内だ。外は自治委員会の下、システム監視で対応する」

 

 前提となる条件で口火を切った摩利に、雫は黙したままで頷いた。

 

 現在の一高の生徒総数は560人。これだけの人数が集まる講堂を僅か9人で警備しようというのだから、当然外部からの侵入者に対応する余力はない。

 そもそも国立の高校である一高には専門の警備員や教職員が居り、学外から侵入しようと目論む不埒者の相手は風紀委員に求められるところではない。ブランシュの一件は前代未聞の例外であり、当の事件を受けて警備は強化されてすらいる。

 

 とはいえ、気楽に構えていられるわけではない。

 講堂内、或いは生徒の中に暴力行為を働く者が紛れている可能性はあり、そうした輩への対応は風紀委員の責務だ。場合によっては魔法を使用して取り押さえる必要があるかもしれず、午後の4、5限に当たる約3時間の間、気を抜くことはできない。

 

 しっかりと集中して取り組まなければならないだろう。初の実戦になるかもしれない雫にとっては尚更で、緊張に背筋を張りながら摩利の言葉に耳を傾けていた。

 

「大扉に私と千代田。通用口には辰巳と森崎。二階席に関本、岡田、北山――」

 

 雫の担当は二階席の東側。ちょうど駿の配置の真上に当たり、講堂全体の警戒が主な役割だ。校舎のある西側とは逆に一年生の駿と雫を固めたのはせめてもの配慮だろうか。

 

 実際に何かしらのアクシデントが生じた場合、雫は基本的に事態へ介入せず周囲警戒を行うよう指示を与えられている。二階席が現場のときは当然対処に動くが、壇上や一階部分での事態には手を出さず、俯瞰情報を摩利へと流す手筈だ。

 

 また、二階席に着く一年生は大半が魔法実技に未成熟で、CADの携行もしていない。万が一春の一件のような襲撃があった際、雫は二階席の生徒を守る立場となるだろう。

 

 こうした説明を摩利から受けたとき、雫は初陣の緊張も相まって肩を強張らせた。

 それが摩利の悪戯めいた脅しで、駿と達也が半眼を向けていたことに雫は終ぞ気付かなかった。

 

「――演壇の上手(かみて)に沢木、下手(しもて)に司波。以上だ」

 

 最後に達也の名前を呼んで配置確認は終了。

 摩利を含めた全員が立ち上がり、出動の指令を待って踵を揃える。

 

「では早速配置に掛かれ」

 

 摩利の指令に役員たちが胸元への答礼で応じ、バラバラと部屋を出て行く。

 雫も達也や駿と一緒に外へ出ようとしたところで、不意に摩利が三人を呼び止めた。

 

「司波、キミは少し残ってくれ」

 

 振り返った三人の内、達也だけが頷いて踵を返す。

 何事だろうかと首を捻った雫は、駿に促されて本部を後にした。

 

 委員会本部を出ると、既に上級生たちの姿はなかった。

 人気のない廊下を言葉少なに歩いていると、不意に駿が笑いを漏らした。

 

「緊張しているようだな」

 

 見れば駿は穏やかな笑みを浮かべていて、目には心配と労わりの色が窺えた。

 

「少しだけ。君は春の討論会のとき、緊張しなかった?」

 

 素直に頷き、せめて何かしら参考にできればと問いかける。

 

「家の仕事柄、荒事の雰囲気には慣れていたからな」

 

 駿の笑みが苦笑いへと変わり、確かにそうだと釣られて口角が上がる。

 自然と浮かんだ微笑みが緊張を和らげ、雫はほうと長い息を吐いた。

 

 肩の力が抜けた雫を横目に、駿は表情を改めて続けた。

 

「それに、あのときは校内が殺気立っていたから。何か起こりそうな空気というか、爆発寸前の緊迫感があって、お陰で気持ちを整える猶予があった。あそこまでの事態になるとはさすがに思わなかったが」

 

 振り返って語る駿の目は遠くへ向けられていて、声音にはどこか悔いが滲んでいるようだった。

 言葉の最後を苦笑いで飾った駿は一転、柔らかな口調で笑いかける。

 

「春の一件に比べて、今回は雰囲気も落ち着いている。反対派の連中に動きがないのは不穏だが、少なくとも魔法が飛び交うような事態にはならないさ」

 

 気休めと言ってしまえばそれまでの言葉だろう。

 それでも駿の心遣いは本物で、現に雫の緊張と不安は軽減されたのだ。そこにどんな真意や隔意があったとしても、受け取った自分が嬉しく感じたのは紛れもない事実だ。

 

「うん。ありがとう、駿くん」

 

 未だ届かぬことをしみじみ感じながら、その背に手を伸ばすのを止める気はなかった。

 

 

 

 

 

 

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 午後1時半から開会された生徒総会は当初、春の討論会と似た展開が繰り広げられた。

 

「――以上の理由を以て、私は生徒会役員の選任資格に関する制限の撤廃を提案します」

 

 真由美の議案説明が終わり質疑応答のフェーズに移ったところで、二、三年生の列からいくつか手が挙がった。

 

 進行役を務める服部が挙手した生徒を指名し、質問席に設置されたマイクを通して真由美と質問者の間で質疑応答(という名目の議論)が交わされる。

 全員が反対派の勢力というわけでもないのだろう。制度上の疑問点や施行のタイミングなど真っ当な質問も時折出てくる中、失言や言質を狙う厭らしい問いかけにも真由美は涼しい顔で応じていった。

 

 質疑応答に充てられた時間は30分。半分が過ぎ、講堂内の雰囲気が概ね真由美の優勢に傾いた頃、三年生の列から一人の女子生徒が質問席へと立った。

 

 面識のない上級生だった。雫の立つ二階席からでは細かく判別できるわけではないが、少なくとも彼女の名乗った「浅野」という名前の三年生を雫は知らない。

 同じチームとして九校戦に臨んだ上級生は名前も顔も知っているので、質問席に立った上級生は少なくとも選手団に選抜されてはいなかったのだろう。

 

「制度上の差別を撤廃しようというお考えは、確かに建前としては正論です」

 

 浅野の質問はどこか挑発的な台詞から始まった。

 明確に対立するような発言に、雫は彼女が反対派の一人だろうと断定する。

 

「しかし現実問題として、制度を変更する必要があるのですか? つまり生徒会役員に採用したい二科生がいるのですか?」

 

 意図が見え透いた問いかけに、聴衆の多くが興味を失う。

 そろそろ質問者の人数が二桁に差し掛かろうかというのもあってか、言葉にしていないだけで多くの生徒が「いい加減にしろ」と考えているのが見て取れた。

 

「私は今日で生徒会長の座を退きます。よって私が新たな役員を任命することはありませんし、そのようなことは考えていません」

 

「しかし、次の生徒会長に意中の二科生を任命するよう働きかけることはできるのでは?」

 

 「意中の」という単語が飛び出したことで、雫は彼女が達也を念頭に噛みついているのだと気付いた。同時にその発言が達也を貶める意味を持っているとも。

 

「私は院政を敷こうなどとは思っていませんよ」

 

 雫が勘付いたことに、深雪が気付かないはずがない。真由美の冗談めいた表現は、演壇の隅で微笑を貼り付けている深雪を宥める目的もあったのかもしれない。

 

「次の生徒会役員の任命は、次期生徒会長の専権事項です。一切介入するつもりはありません。今回議案を提出したのは、これが対立の火種を後輩たちに残さないという私自身の悲願を叶える最後の機会だからです」

 

 滔々と語る真由美の声は、苛立ちの溜まり始めていた聴衆の耳に凛々しく響いた。

 雫自身も気付けば聞き入っていて、壇上の深雪も左手を胸に当てている。

 

「実際に役員へ任命するに足る二科生がいない以上、対立にはなりません」

 

 対して浅野の方は形勢不利を実感してか、意固地になってそう言った。

 

 その言葉に彼女の思想が滲んでいると気付いたのは達也だけで、背後事情を知らない雫には少々不快な発言としか捉えられなかった。

 

「候補者がいる、いないの問題ではありませんよ、浅野さん」

 

 そうして真由美は一切の悪気なく、彼らにとってクリティカルな一言を口にする。

 

「制度は組織の考え方を示すものです。二科生は生徒会役員になれないという制度は、本人の能力に関わらず二科生を役員にしない。二科生には生徒会役員になる権利はないという意志表明なんです。そんな選民思想は間違っています(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 一瞬の沈黙が落ち、すぐに盛大な拍手が続いた。

 

 二科生のみならず一科生の半数までもが歓声を上げる陰で、決定的な溝が刻まれたことに気付いた者はほとんどいなかった。

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 

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