モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第8話

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 10月に入ってからというもの陽の暮れる時間は刻々と早まり、少し前までは茜色だった空にもすっかり夜の濃紺が広がっていた。

 諸々の理由で学校に残っていた達也が生徒会の業務を終えた深雪と合流して校門を出ると、そこにはまるで示し合わせたかのようにいつものメンバーが揃っていた。

 

 各々クラブや委員会を終える時間が近いこともあってか、まとまって下校することも珍しい光景ではない。全員がキャビネットを利用して通学していることもあり、駅までの道を共にするのが自然となった。

 

 前世紀よりも安全かつ利便性の高い交通機関が整備されているとはいえ、彼らはまだ十代も半ばの高校生。大半の場合はまっすぐに駅へと向かうのだが、一方で学生らしく寄り道をすることもないわけではない。

 

 この日も達也たち一行は駅までの途上にある喫茶店へと足を向けた。

 すっかり常連となりつつある店に向かったのは、親友の(うれ)いを察したほのかの提案が理由だ。他のメンバーも事情はともかく気落ちしている印象には気付いていたので、あっさりと全員の肯定を得て店内奥のテーブル席へと着いた。

 

 注文を終えて品物を待つ間、会話のきっかけを生み出したのは幹比古だった。

 

「そういえば達也、夕方実験棟にいるのを見かけたけど、何かあったのかい?」

 

 訓練の合間にでも見かけたのだろう。クラブにも委員会にも属していない幹比古が空いている実験室を借り、定期的に術式の修練へ励んでいることは達也も知っていた。

 

「実は月末の論文コンペに代表の一人として参加することになってな。実験棟に行ったのはその説得を受けたからで、魔法幾何学準備室に呼び出されていたんだ」

 

 口止めされたわけでもなく、達也はあっさりと事情を口にした。

 何でもないことのように語られたそれに、訊ねた側の幹比古が驚きを示す。

 

「えっ、論文コンペの代表に選ばれたんだ?」

 

「たしか、論文コンペの代表って全校で3人だけでしたよね」

 

「まあね」

 

 幹比古に続いて目を丸くした美月の問いへ、達也は運ばれてきたコーヒーを受け取りつつ答える。

 音もなくカップを口へ運ぶ動作には重圧による緊張も名誉による興奮も見られず、達也らしい泰然とした態度にエリカは呆れ顔を浮かべた。

 

「まあねって。達也くん、感動薄すぎ」

 

「達也にしてみりゃ、その程度は当然ってことだろ」

 

 楽しげに笑ったのはレオで、深雪とほのかも口には出さずとも表情で同意を示していた。

 驚いているのは幹比古と美月、雫の三人だけで、エリカも表面上はともかく心情的にはレオに近しい感覚のようだ。

 

「一年生が論文コンペに参加したことは、ほとんどなかったと思うけど」

 

「皆無ってわけでもないんだろ? 職員室だって、『魔法大全(インデックス)』に新しい魔法を追加させるような天才を無視できるはずねえって」

 

 雫の呟きに、レオは九校戦での一幕を引き合いに出して応じる。

 新人戦スピード・シューティングで達也が雫へ与えた魔法――《能動空中機雷(アクティブ・エアーマイン)》が新種の魔法として魔法大学編纂の『魔法大全(インデックス)』に登録されたことは、センセーショナルな話題として生徒と教師の分け隔てなく一高中に広まっていた。

 

「天才は止めろ」

 

 一方、達也の反応は謙遜ではなく本気で嫌がってのものだった。

 表情ではなく声音で不機嫌さを滲ませる達也へ、ほのかは純粋に疑問の眼差しを向ける。

 

「達也さん、本当に天才といわれるのがお嫌いなんですね」

 

「都合の良い言葉だから」

 

 ほのかの疑問に答えたのは深雪で、達也は肯定も否定もなく苦笑いを浮かべた。

 

「いや、やっぱりすごいよ」

 

 俄かに傾きかけた雰囲気は、続く幹比古の感嘆に吹き飛ばされた。

 そのまま論文コンペに並ぶ論文がどれほど学術的な栄誉を得るか力説し始めた幹比古は、ふと周囲の生温かな視線に気づいて我に返った。

 

「あっ、でも、大会までもう日がないんじゃなかったっけ?」

 

 恥じらいを誤魔化すように心配を口にした幹比古へ、達也は笑みを和らげて答える。

 

「準備に掛けられるのはあと9日程度だな」

 

「そんな、本当にもうすぐじゃないですか」

 

 具体的な期日を聞いてほのかが焦りを表情に浮かべた。

 これには達也も説明不足を自覚して、宥めるように手を開いて見せる。

 

「大丈夫だよ。俺はあくまでサブだし、論文自体は夏休み前から執筆が進められていたそうだから。必要なのは発表用の実演装置と、それを使った術式くらいだから」

 

 「俺は術式の調整がメインの役割だ」と付け加えると、ほのかを始め一同は安心したように息を吐いた。

 一方、深雪はそれだけでは納得できなかったのか、僅かに眉を顰めて問いかける。

 

「しかし、急なお話であることに変わりはありません。何かトラブルがあったのでしょうか?」

 

 問われた瞬間、達也は答えることを躊躇った。

 

 経緯を話すこと自体を躊躇ったわけではない。事情を全く知らない相手であればまだしも、この場にいるのは九校戦の試合を直に観戦していたメンバーだ。詳細を語るまでもなく察するだろうことは口にする前から判っていた。

 

 抵抗を抱いたのは経緯そのものとは別の理由。

 この場にいない同輩の顔が浮かぶのを自覚しながら、達也は半拍遅れて答えを返した。

 

「……代表の一人だった三年の平河先輩が体調を崩して辞退したらしい。期限まで日もないし、一から理論を共有している余裕はないみたいでな。市原先輩の研究テーマに馴染みのある俺が選ばれたそうだ」

 

 意識が逸れたことによるほんの僅かな間隙。

 達也の葛藤に気付いたのは唯一深雪だけだった。

 

 小さく目を見張る深雪に注意が向くことはなく、他のメンバーは名前の挙がった三年の先輩に思いを馳せる。

 

「平河先輩っていうと――」

 

「九校戦のミラージ・バットで棄権した小早川先輩の、担当エンジニアだった人だよ」

 

 エリカの呟きを雫が引き継ぐと、一同は納得と同情を目に浮かべた。

 

 何者かの工作でCADを動作不良にされた小早川が水面に墜落しかけたのは彼らも客席から見ていて、心配と憤りは共通して抱いた感情だった。応援していただけの彼らですらそうなのだから、小春の受けた衝撃はさぞ大きいだろう。

 

「やるせないですね。悪いのは工作を働いた人なのに」

 

 沈痛な面持ちで呟く美月に、一同は無言で同意を示す。

 重くなりかけた雰囲気はしかし、続くレオの声に振り払われる。

 

「大事にはならなかったんだろ。ゆっくり休んでりゃ、いつか立ち直れるさ。その分、今回のコンペじゃ達也が張り切らねぇとな」

 

 揶揄うような笑みを浮かべたレオが達也へ視線を向けると、一同の中から呆れを含む失笑が漏れ出た。張り詰めかけた空気が弛緩し、ほのかや美月の口元にも笑みが戻った。

 

「確かに。平河先輩の無念も背負っているとすれば、半端な仕事はできないか」

 

 狙っての発言かいまいち確信を持てずにいながら、達也もまた苦笑いを浮かべて応じる。

 そんな達也の反応に小さく鼻を鳴らして、レオが改めて訊ねた。

 

「それで、何についての論文なんだ?」

 

「重力制御魔法式熱核融合炉の技術的問題点と、その解決策についてだ」

 

 淀みのない口調で答えるも、一同の大半はポカンとした表情で首を傾げる。

 数少ない例外は深雪と幹比古の2人で、深雪が驚きに瞠目している一方、幹比古は腕を組んでしみじみと唸りを漏らした。

 

「随分壮大なテーマだね。それって『加重系魔法の三大難問』の一つじゃなかったっけ」

 

 さしもの幹比古も詳細までは知らなかったようで、頷いた達也は労を厭うことなく説明を始めた。

 熱核融合炉研究の基本原理と社会的意義に加え、現在の科学技術では未解決な問題点、及び魔法による諸問題解決の可能性までを搔い摘んで語った後、この研究が『三大難問』に数えられる理由を口にして締めくくる。

 

「――と、こうした理由で発電機関としてのプロセスは確立されていない。魔法・非魔法の手段を問わず研究が続いているが、安定的な核融合反応の維持は実現できていないんだ」

 

 達也が説明を終えると、メンバーの多くが長い息を吐いた。

 含まれているのは決して感嘆だけに留まらない。

 

「どんな発表になるのか想像もつかねぇな」

 

「達也さんが呼ばれたのですから、てっきりCADプログラミングに関するテーマだと思っていました」

 

「啓先輩もメンバーに入ってるからね。あたしもそっちなら優勝間違いなしってくらい凄いのができると思ったんだけど」

 

 掲げた看板の大きさ故に、高校生の手には余ると感じたのだろう。

 やんわりと懸念を示す彼らを見ながら、達也はしかし穏やかな笑みを崩すことはなかった。

 

 重力制御魔法式熱核融合炉――自身が実現を目指して取り組んでいるテーマに図らずも関わることとなった今の達也は、友人たちの考える以上に本気だった。

 

 誤魔化すような笑みを湛えながら、達也は頭の内で直近のスケジュールを組み立てる。

 その横で一人、深雪だけが兄の熱意を確信し静かに高揚を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 駅で友人たちと別れた兄妹はキャビネットを降りた後、自宅への道を歩きながらカフェでの一幕について話していた。

 

「雫は、大丈夫でしょうか」

 

「事情はともかく相手に関しては想像がつくが、本人が黙っている以上はな」

 

 雫が内心の消沈を見せないよう気丈に振る舞っていたことにはあの場の全員が気づいていた。

 それでも雫を一番に知っているほのかが何も言わない以上達也たちが口出しすることはできず、心配と疑問を胸に湛える深雪の頭を達也はゆっくりと撫でていた。

 

 すれ違う人から向けられる視線をまるで気にする素振りもなく、兄妹は路地を並んで歩く。

 十分に甘えて気が紛れたところで、緩んだ表情を改めた深雪が上目遣いに達也を覗った。

 

「そういえば、先程お兄様が代役をお受けになられたお話をされたとき、何か迷っていらしたように見えたのですが」

 

 妹の目敏さに驚きを示した達也は、やがて「深雪に隠し事はできないな」と呆れ混じりの笑みを零した。

 

「小早川先輩が大事に至らなかったのは、五十里先輩が非常用の刻印術式を用意していたからだ。そして、あの刻印術式は森崎の助言があったからこそ用意できたと言っていた」

 

 それまでよりも少しだけ声量を抑えた達也が、九校戦ミラージ・バット本戦で起きた事故を振り返るように語る。

 カフェでの語り口とは一転して真剣な兄の様子に、深雪はそっと息を吞んだ。

 

「エンジニアチームの一人だった平河先輩がそれを知らないはずもない。何かしら恩を感じていたとすれば、この間の生徒会選挙で提出されたという推薦人名簿に名前を連ねていた可能性もあるだろう」

 

「っ! 確かに、名簿の中には平河先輩のお名前もありました」

 

 伝えていなかったことを言い当てた推論に、深雪がハッとして手で口を覆った。

 大袈裟にも見える仕草に笑みを漏らした達也が雰囲気を和らげるように肩を竦める。

 

「まあ、それであいつに何のメリットがあるかというのはわからないんだけどね」

 

 穏やかな声音で深雪が落ち着くのを待ってから、まるで冗談だと言わんばかりの口調で深雪の抱いた疑問への回答を口にする。

 

「だがもしも、あいつに無頭竜との繋がりがあって、一連の事故を予知していたのだとしたら、九校戦はあいつが支持を集める絶好の舞台になると、そんな想像が頭を過ったんだ」

 

 すべては偶然で、あり得ない妄想のようなものだと達也自身も思っている。

 それでも、そうして考えると様々なことが不思議なほどに繋がって、これまで触れてきた事情と同様、渦中には駿の存在があった。

 

 極小さな可能性がどうしても残って、あり得ないと断じているのにどこまでも付き纏う。

 それが達也の覗かせた迷いの源泉であり、深雪にとってもそれは突飛な発想に思われた。

 

「さすがに荒唐無稽な気がいたしますが――っ、お兄様、あれは」

 

 苦笑いを浮かべた深雪が不意に何かへ気付き、声に導かれるまま達也が自宅の駐車場へと目を向ける。

 見慣れないコミューターが停まっているのを捉えた視線が再び深雪へと向けられ、顔を見合わせた二人は表情を改めた。

 

 頬を強張らせる深雪の肩を抱いて、達也が玄関扉を開く。

 無人のはずのリビングからは明かりが漏れていて、薄明るい玄関には地味なデザインのパンプスが揃えて置かれていた。足を止めて頷き合い、靴を脱いでフローリングへ上がったところでパタパタとスリッパを鳴らす音が聞こえた。

 

「お帰りなさい。相変わらず仲が良いのね」

 

 からかい混じりに投げかけられた言葉を、達也は冷淡に、深雪は隔意と共に受け止めた。

 

 

 

 司波小百合(しばさゆり)

 戸籍上は兄妹の義理の母であり、住民登録上は二人の暮らすこの家に居住していることになっている『父親の後妻』だ。

 実母の深夜(みや)が鬼籍に入って半年後に再婚したということもあり、深雪は小百合と実父の龍郎(たつろう)の両者に対して忌避感を抱いていた。

 

 小百合と目を合わそうとすらしない深雪を自室へ下がらせ、達也は一人で彼女と相対した。

 

 義母の唐突な訪問は、達也へ仕事の協力を依頼するためだった。

 特異な『眼』とそれに付随する解析能力を持つ達也の能力を当てにして、国防軍からの注文を軽率に受諾したらしい。世に数あるオーパーツの中でも現代技術ですら再現が難しい『聖遺物(レリック)』の複製は、達也の異能を以てしても成否のわからない難行だ。

 

 難色を示していた達也はしかし、見せられた聖遺物が持つ性質に大きな興味を惹かれた。

 『魔法式を保存する機能』は達也の目指す研究目標の達成に大きく寄与するもので、複製に成功すれば研究が飛躍的に進むことが期待できるからだ。

 

 困難さ(面倒さ)に対してメリットが上回った段階で、達也はこの依頼を受諾。

 一方で、時間的・組織的な融通が利くという理由から、研究は達也が出入りするFLTの開発第三課で行うことを条件に付けた。

 

 あくまで本社研究室の功績にしたい小百合はこれに反発。

 語気も荒く聖遺物を持って出て行った彼女の背を、達也はため息と共に見送った。

 

 国防軍から解析を依頼された希少な聖遺物を魔法師でもない女性一人が持ち運ぶなど、危機管理意識が足りないと誹りを受けても反論できない行いだ。ましてや形式上でしかないとはいえ母親に当たる人物が不祥事を起こせば自身にも飛び火しかねない。

 加えて今回は聖遺物そのものにも興味が湧いていたというのもあり、達也は小百合を安全な場所まで護衛することを決める。

 

 戸締りの徹底を深雪に指示した達也は、そうしてバイクに跨り、小百合の後を追いかけたのだった。

 

 

 

 小百合の乗ったコミューターに追いついたのは自宅と駅のちょうど中頃だった。川沿いの住宅街を横目に見る幹線道路の途上、達也は対向車とすれ違わないことに疑念を抱く。

 日が暮れたとはいえ普段ならまだ交通量も多い時間帯だ。管制センターのインフォメーションは故障車回避のための迂回を知らせているが、駅へと向かう道の大部分から狙いすましたかのように対向車が排除されているのを偶然とは考えにくい。

 

 コミューターの発する識別信号を追っていた達也が更にモーターの回転数を上げる。

 法定速度いっぱいで追走し、コミューターが肉眼で見える距離まで迫ると、小百合の乗った車両の後方に管制システムの制御下にない自走車が走っているのが目に入った。

 

 直後、黒い自走車が小百合の乗ったコミューターの前方に割り込んだ。

 衝突回避システムによって急ブレーキを掛けたコミューターが車体を半ばまでスピンさせて停まると、前方に回り込んだ自走車も十数メートル先で急停止する。

 

 停車した自走車から男が三人飛び出してコミューターへと駆け寄った。

 扉をこじ開けようとする二人と手前に佇む一人を、達也はヘッドライトの光量を最大にして照らし出す。全員がアジア系の顔立ちで、手前の一人は夜にもかかわらずサングラスを掛けていた。大柄な体格と目元を隠したその姿に、達也は以前の失策を思い出す。

 

(ジェネレーター。ならば、こいつらの背後にいるのは――)

 

 内心で独白しながらバイクを飛び降り、CADの銃口を向けた。

 邪魔者の存在を認めた手前の男が生身ではなし得ないスピードで迫る。幾重にも重ね掛けされた自己加速、身体強化・硬化の魔法が『精霊の眼』越しに映り、手刀の形に伸びた手が鋭利な刃となって達也へと突き出された。

 

 達也がCADの引き金を引く。

 続けざまに放たれた《分解魔法》がジェネレーターを包む魔法式とエイドススキンを吹き飛ばし、声にならない苦悶を発する大男が煙となって消滅した。淡い色の炎が一瞬だけ弾けて消え、背後にいた二人が驚愕に目を見開く。

 

 残った二人が何事かを叫び、一方が拳銃を、もう一方が無手の拳を達也へと向ける。

 伸ばされた拳の一指に嵌った指輪から、耳障りなサイオン波が放たれた。

 

 一方が魔法を妨害し、もう一方が拳銃で仕留める。

 対魔法師戦法として定石ともいえる行動はしかし、達也に対しては全く意味をなさなかった。

 

 キャスト・ジャミングによる妨害を歯牙にもかけず、再びCADの引き金を引く。

 発砲寸前の拳銃がパーツ単位に分解され、焦りを浮かべる間に四肢を穿たれて路上へ転がる。身体の極一部の範囲内において皮膚や血管、筋肉や神経や骨といったあらゆる構成要素を消滅させる激痛は、男たちの意識を容易に刈り取った。

 

 動かなくなった男たちをそのままに、達也はCADを保持したままコミューターへと忍び寄る。周囲への警戒を保ったままブラインドを覗き込んだ、その瞬間――。

 

 不意に斜め上方から照射された殺意に、咄嗟の回避行動を取る。

 反射的な行動には一瞬の遅れもなく、それでも超音速で迫る弾丸を完全に躱すことはできなかった。

 

 焼け付くような痛みと共に銃弾が達也の左胸を貫き、着弾の衝撃が身体を撥ね飛ばす。

 吹き飛ばされた勢いを利用してコミューターの陰へと転がりこんだ達也は、後を引く痛みに脂汗を浮かべた。

 その間にも意識を奪った二人の男は魔法によって自走車へと乗せられ、音を立てて離れていく。視線だけで自走車を追った達也はしかし、狙撃手の存在を優先しコミューターの陰から出ることはなかった。

 

 左手が自然と胸元を押さえる。

 血に塗れたはずのそこは何事もなかったかのように乾いていて、肺を貫いた痕は既にどこにも存在していない。路面に突き刺さった弾頭にも血痕はなく、ただ鮮明な痛みの余韻だけが残っていた。

 

 損傷を受けた現在から過去へと遡り、ダメージを負う以前の肉体の情報で現在を上書きする特異な魔法――《再成》。

 達也が生来備えていた魔法の片翼で、身体に何らかの支障をきたすようなダメージを負うと無意識の内に発動する魔法だ。損傷を受けた際、それは一瞬の内に発動し、瞬く間に受けた傷をなかったことにする(・・・・・・・・・)

 

(幸運だったと言わざるを得ないな)

 

 即死を免れることができれば何度でも立ち上がることのできる異能。

 咄嗟の回避とこの魔法によって即座に復帰した達也は、射線や障害物から算出した位置情報と銃弾に付随する情報を基に狙撃手のエイドスを補足。ジェネレーターに放った《分解魔法》で第二射を狙う男を地上から消滅させた。

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 司波小百合の持つ聖遺物(レリック)を狙った襲撃が失敗に終わり、アンティナイトを含む構成員二人が回収されるのを見送った後、数メートル先で人体が消失する様子を見送って煉は静かに息を吐いた。

 

 望遠レンズと肉眼の双方で目の当たりにした現象には思わず声を漏らしそうになった。

 得意の隠形に集中を傾けているとはいえ、下手に気配を漏らせば勘付かれる可能性もあっただろう。術を暴かれたら最後、彼の攻撃に抵抗する手段はほとんどない。

 

 自身へ言い聞かせるように胸を撫で下ろしながら、煉は目にした現象を咀嚼する。

 

 ジェネレーターと狙撃手を消滅させた魔法は以前も見たもので、視認した相手を守りの術ごと消滅させる威力は桁違いもいいところだ。まともに受けられる者などいるはずがなく、煉はこれを隠形に注力することで避けている。

 以前相対したときも隠形の効力はあったので、対策を取られるまでは通用するだろう。他の術を組み合わせればもうしばらく捉えられずに済むと考えられる。

 

 問題は達也の見せた驚異的な回復力の方だ。

 致命に近い一撃を受けておきながら倒れず、次に姿を見せた際にはもう傷は塞がっていた。血の跡すら残っていなかったことを考えれば、幻術の類だったのではとすら思えてくる。

 

 警戒するわけだと、煉は大きな納得を抱く。

 手出しはおろか姿を見せることも禁じられた理由がようやく理解できた。揺れる尾は獅子どころか竜のものとすら思え、一度踏めばタダでは済まないと否応なしに判った。

 

 やがて小百合の乗ったコミューターと達也のバイクが駅方面へと走り去る。

 

 一部始終を見送った煉は独り、ビルの屋上で静かに笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
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