モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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 本話は主人公たちサイドとは別の間話となります。
 
 
 
 
 


第9.5話

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

「例のレリックの行方についてわかったことは?」

 

 池袋の外れに位置するビルの一角。表向き貿易関連企業の事務所とされている部屋には旧式のモニターが整然と並べられ、平服姿の男たちが鋭い眼差しを向けていた。

 全員が(チェン)の指揮する大亜連合特殊工作部隊の隊員で、協力者の周が手配したこの部屋で彼らは着々と諜報及び工作の任務を進めている。技術も実績も確かな直属の部下を率いる陳は未だ目標達成の目途が立たない中にあって尚、沈着な思考を保っていた。

 

「昨夜以降、司波小百合が業務外の外出をした形跡はありません。レリックはFLT本社研究室、または司波小百合が訪れた別宅にあるものと推定されます」

 

 部下の淀みない回答を受け、陳は腕を組んで顎先を撫でる。

 FLT本社から持ち出された聖遺物(レリック)の奪取が失敗に終わった後、襲撃を妨害した人物が小百合の訪れた家から出てきたことを陳の部下たちは突き止めていた。

 

「……その家に住んでいるのは何者だ?」

 

「夫の連れ子である兄妹が住んでいるようです。名前は司波達也と司波深雪。両名とも魔法大学付属第一高校の一年生です」

 

「司波達也、それに第一高校か……。これは偶然か?」

 

 もたらされた情報に陳が怪訝な声を漏らす。

 

 司波達也なる高校生は彼らを支援する『無頭竜(ノーヘッド・ドラゴン)』の報復対象で、第一高校は周が手配した現地協力者の所属する学校だ。

 どちらも作戦にあたり協力を申し出た相手で、両者に縁のある人間が聖遺物(レリック)にも関わっているとなると、あまりの偶然に作為の介在を疑いたくなる。

 

 周や無頭竜に何らかの思惑があることは承知しているが、当て馬にされたのでは割に合わない。同じ故国を持つ者たちとはいえ、状況次第では後ろから刺される危険性も考慮しなければならないだろう。

 

「――久沙凪殿。司波達也の能力について、貴官が見たことを語ってくれ」

 

 ひとしきり思考を巡らせた後、陳は斜め後ろに立つ青年へ視線を向ける。

 周の紹介で雇い入れた煉は得意の隠形によってすでに複数回の潜入、情報収集を果たしており、客分として一定の評価を得るに至っていた。

 剣術を含む戦闘技能も予想以上で、お互い手の内を隠していたとはいえ、副官と互角に渡り合う姿には陳も思わず感心を漏らしたものだ。

 

 直属の副官と比べ二回り小柄な青年は、柔和な微笑みを崩すことなく腰を折る。

 

「彼は人を丸ごと消滅させる魔法を使うてました。それもジェネレーターはんの守りを破ったばっかりか、遠う離れた場所におる相手も狙えるようですなぁ」

 

 穏やかな口調とは裏腹な内容に、陳を始め日本語を理解できる隊員すべてが驚きを露わにした。

 仕事柄凄惨な光景は何度も目にしているが、死体すらも残さない魔法となると滅多に聞くことがない。ましてや狙撃手並みの認知能力まであるとなれば、その厄介さは考えるまでもなかった。

 

「あとはなんやえらい治癒魔法も使うてましたな。あんまり傷の治りが早いもんやさかい、幻覚でも見せられとったのかもわからしまへんが」

 

 ダメ押しとばかりに付け加えられたことすら彼らの常識の範疇を超えていた。

 通常の治癒魔法ですら自在に操れる者はそう多くないのに、幻覚と見紛うほどとなると最早想像もつかない。

 

「敵を消滅させる魔法と幻覚じみた回復能力……? どこかで……」

 

 一方、呆気に取られるばかりの部下たちとは異なり、陳は記憶を探るように目を伏せた。

 卓上に両肘をついて手を組み、口元を隠して沈黙する上官を部下の一人が伺い見る。

 

「閣下?」

 

 呼ばれてからようやく視線を上げた陳は一度瞑目し、疑念を振り払うように息を吐いてから煉の方へと振り向いた。

 

「貴重な情報、感謝する。また何かあれば頼りにさせてもらうとしよう」

 

 抑揚なくそう言って、お辞儀を返した煉が退室するのを見送った。

 扉が閉まり、足音が離れていくのを待ってから立ち上がる。

 

「魔法大学付属第一高校での活動を強化。必要なら他から人員を割いても構わん。それから現地協力者への支援も強化。『武器』を持たせた上で司波達也の動向を探らせろ」

 

 姿勢を正した部下へそう告げ、答礼に身振りで応じて陳は振り返った。

 

(リュウ)上尉」

 

(シー)

 

 視線の先に立つ副官は表情一つ揺るがすことなく下命を待っていた。

 自身が率いる工作部隊のエースにして大亜連合軍内でも有数の豪傑へ、陳は全幅の信頼と共に指示を下した。

 

「現地で指揮を取れ。余所の犬が嗅ぎ回っているようなら始末しろ」

 

 了承を口にした呂が部下と共に退室する。

 部屋に残っているのは陳の他にはモニターへ向かう隊員のみで、デスクの前へと回り込んだ陳はふと、思い出したように部下の一人へ呼びかけた。

 

「《未来視》について何か情報は得られたか?」

 

 問うと、左端のモニターに着いていた男が振り返った。

 立ち上がる素振りを片手で制し、浅く一礼を返した男へ手振りで報告を促す。

 

「情報収集を続けていますが、今のところ有力な手掛かりはありません」

 

「都心部は空振りか。――収集範囲を首都圏全域に広げろ。『客人』には気取られるなよ」

 

 ひと月ほど前に顔を合わせた白人を脳裏に浮かべ、念を押すように言い含める。

 上層部の指示とはいえ、同盟国ですらない国の人間に貴重な情報を教えてやるつもりはなかった。

 

 3年前の沖縄進攻時に判明した『未来を知る者』の存在。

 国防軍の反攻で収監していた輸送艦が襲撃され、詳細な情報を持ち帰ることは叶わなかったものの、生還した者の口から語られたその存在は《未来視》と呼ばれ、大亜連合軍にとって重要な捕獲対象に指定されている。

 

 十代半ばの少年とされる《未来視》を確保することは、日本魔法協会のデータ奪取に並ぶ優先度を持つ任務だ。どちらか一方でも達成できれば今次作戦は成功と評価されるだろう。

 

 もしも何かしらの情報が得られたなら――。

 

 訪れるかもしれない朗報に、陳は冷然とした笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 横浜市元町周辺地域で聞き込み調査に当たっていた二人の警官は、つば広帽を被った外国人の少女にそれとなく視線を送っていた。

 

「どうしますか、警部。見たところただのゴロツキではなさそうですが」

 

 私服警察の一方――糊の利いたカッターシャツに身を包んだ稲垣(いながき)警部補が、隣で缶コーヒーを傾ける上司へ囁く。

 問われた男性――千葉寿和(ちばとしかず)警部は、川沿いの欄干に背を預けたまま手にしたコーヒーを飲み干した。飄々とした態度のまま傍らのゴミ箱へ空き缶を投げ入れた後、年上の部下からの冷めた眼差しに耐えかね肩を竦めて見せる。

 

「事件の起きていない内から手を出すわけにはいかないさ。とはいえ迷子って感じにも見えないし、子どもだからって昼間から補導するのもねぇ」

 

 穏やかな口調で宥めながら、寿和は視界の端の少女を観察する。

 帽子から覗く髪は金色で、携帯端末を見下ろす眼も西欧人らしい薄い色彩。外国人の出入りが多い横浜という土地柄を考慮すれば珍しくもない白人の少女だ。

 

「いつまでもこうしているわけにはいきませんよ。我々の仕事は別にあるんですから」

 

 本来、寿和と稲垣がここにいるのは横浜埠頭で相次いでいる密入国事件に関する捜査のためだ。密入国者が潜伏していると思われる場所に程近い地域で聞き込みを行い、少しでも証拠を揃えて眼前の『要塞』へ踏み込む足掛かりとしなければならない。

 

「そうは言ってもね。危ないとわかっている子どもを放置するわけにはいかないでしょ」

 

 とはいえ、目の前の少女が複数の只事でない視線を向けられているとなれば、警察官という立場上放置するわけにもいかない。居場所ははっきり掴めずとも、少女が狙われているらしいことは二人とも察しが付いているのだ。

 

「ですから、どうしますかと訊いているんですよ。まだ何も起きてない以上、彼女を連れていくこともできないんですから」

 

「それはそうなんだけどねぇ」

 

 心なし語気の強くなった稲垣に対し、寿和はのんびりと空を仰ぐ仕草で応じた。

 サマーベストのポケットに手を入れ、缶コーヒーと一緒に買っておいたモノを指で摘まんだ寿和が欄干から身体を離して呟く。

 

「けどまあ、彼女の方から求められたなら話は別だ」

 

 思わせぶりな台詞にキナ臭さを感じて、稲垣が横目に鋭い眼差しを送る。

 

「何をする気なんです?」

 

「心配しなくても変なことはしないって」

 

 非難するような口調にもめげず、寿和は少女の方へ踏み出した。

 川沿いのベンチに腰かけた少女へ歩み寄った彼は、近付きすぎないよう気を配りつつ片膝を折った。

 

「やあ、お嬢ちゃん。こんにちは」

 

「ハイ、こんにちは」

 

 少女は流暢な日本語で答えた。

 場合によっては英語で話さなければと考えていた寿和は、内心で安堵の息を漏らして続ける。

 

「お嬢ちゃん、一人かい? お母さんやお父さんは?」

 

 問うと、少女は携帯端末を胸に抱える仕草を見せた。

 おや、と引っ掛かりを覚えた寿和へ、少女は表情こそ変えずに応じる。

 

「マムはいないわ。ダディは、お手洗いに行ってる」

 

「……そっか。ごめんな、変なことを訊いて。お詫びってわけじゃないけど、よければコレを貰ってくれないかい? 甘いモノは苦手でね」

 

 下手を踏んだなと悔やみながら、寿和は手にしていたオレンジキャンディーを差し出す。

 幸い少女は気落ちした様子もなく、少し考える素振りをした後にキャンディーを受け取った。

 

「ありがとう。――お兄さん、警察の人?」

 

「おっ、正解。よくわかったねぇ」

 

 小首を傾げた少女に言い当てられて、寿和はベストの内ポケットから手帳を取り出した。内側までをしっかりと開いて見せると、それが功を奏したのか少女が軽く身を乗り出して訊ねる。

 

「じゃあ、ダディを探すのを手伝ってくれない? お手洗いに行ったきり帰ってこなくて。きっと迷子になってるんだと思うから」

 

 問われた寿和はどう答えるべきか迷った。

 彼女の父親が言葉通り手洗いに行っているだけならこの場で待っている方が確実だ。下手に動いて入れ違いになってしまう方が合流は難しくなってしまう。

 一方で、正体の判らない連中に狙われている現状を思えば、いち早く安全な場所へ向かうべきだとも思われた。宿泊先や付近の交番はもちろん、最低でも人通りの多い場所へ出た方がいいだろう。

 

 どちらがベターかを考え、父親が戻ってきた場合のために稲垣を残していくのも有りかと思い至ったタイミングで、横合いから野太い声が差し込まれた。

 

「ジャズ!」

 

 振り返ると、細身の白人男性が駆け寄ってくるのが目に入った。

 寿和の眉がほんの僅か寄せられ、すぐに元の表情へと戻る。焦りを表情に浮かべる男性に対し、ジャズと呼ばれた少女は淡々とした声音で応えた。

 

「ハイ、ダディ」

 

「待たせてゴメンな。それで、あの……貴方は?」

 

 ジャズの父親と思しき男性は一通り娘に変わりがないことを確認すると、猜疑と警戒の滲んだ眼差しを寿和へと向けた。

 怪しまれるのも当然と承知していた寿和はすぐに立ち上がり、一歩距離を取った上で挙手の敬礼を行う。

 

「彼女のお父様ですね。本官は警察省の千葉と申します。お嬢さんが独りでいるのを見かけましたので、勝手ながらお声掛けさせて頂きました」

 

 名乗った上で父親の方にも警察手帳を見せる。

 手帳を確認した男性は大きく息を吐き、張り詰めた雰囲気を収めた。

 

「オー、ソーだったんですか。モーシ遅れました。ワタシ、ジャズの父のジェームズ・ジャクソンです。娘を気にしてもらってありがトーございマス」

 

 緊張と警戒を解いた父親は言葉を片言の日本語に変えて一礼する。

 寿和は父親へ片手を広げて応じ、かしこまった顔でもう一度敬礼を取った。

 

「お気になさらず。それでは、本官はこれで失礼いたします」

 

「ありがとう、お兄さん。バイバイ」

 

 父親と手を繋いだ少女の手振りを受けながら、二人へ背を向ける。

 

 元来た通りを振り返ることなく歩き、射貫くような眼差しへ気付かぬふりを続けながら、覆面パトカーを停めた場所まで戻ってきた。

 待機していた稲垣が短く息を吐いて臨戦態勢を解き、素知らぬ顔で扉に手を掛けた寿和へ訊ねる。

 

「よかったんですか? 結局、あの子が狙われていた理由は判らず仕舞いでしたが」

 

「なに、ヒントは貰ったさ」

 

 誤魔化すように言いながら、寿和が車両へと乗り込む。

 眉を寄せた稲垣は口元の呆れを消して続き、寿和の指示通りにパトカーを走らせた。

 

 

 

 

 

 

「多分、あれ以上深入りしたら縄張りを踏み越えることになってたよ」

 

 寿和が再び口を開いたのは、車を走らせてから5分ほどが経過してからだった。

 

 ぽつりと零された言葉を拾い上げた稲垣は、ハンドルを握る手を強めて考える。

 年少の上司としてではなく、剣術の指南を受けた千葉家の総領としての寿和の言葉と捉えれば、その重みは普段のそれと大きく異なって聞こえた。

 

「縄張り……? ――っ、警部、まさかあの二人は……!」

 

 寿和の言葉に導かれ、稲垣も視線の正体を察する。

 外国人をターゲットにし、正体を悟らせない手練れの集団で、警察官の二人が手を出せば不味いことになる相手となると、答えはほとんど限られていた。

 

「やれやれ。ただの密入国事件じゃ済まないぞ、これは」

 

 心底から面倒くさそうに呟く寿和の眼差しは、言葉とは裏腹に研ぎ澄まされていた。

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

「ジョンソン大尉、さっきの怪しい日本語は何だ」

 

 ホテルに戻ったジャズは、部屋に盗聴器の類がないことを確認するなりきつい口調で『父親』を詰った。

 小柄な少女の見た目の彼女に詰め寄られたジェームズは、さして気にした風もなく笑みを浮かべる。

 

「如何にも日本語に慣れていない外国人という感じだったろう?」

 

「三流コメディアンではあるまいし、あれでは無用な警戒を招くだけだ。現にあの警官は不審を懐いていたようだぞ」

 

「マジかよ……」

 

 ショックを受けたように項垂れるジェームズ。

 しかしジャズはそれが単なるポーズだとよくよく心得ていた。真剣味に欠ける態度に、ジャズはため息を漏らす。

 

「次こそはパートナーを変えてもらおう」

 

「聞き入れられないと思うぜ」

 

 自分でもわかりきった答えを返されて、ジャズはもう一度大きなため息を吐いた。

 

 ジャズとジェームズのコンビは即席のものではない。

 何度となく任務を共にし、その全てで親子の設定を使ってきたコンビだ。後方からの広域魔法を得意とするジャズに対し、ジェームズが前衛型で好相性だったことも理由の一つにある。

 

「それで、次の拠点の手配は済んだのか?」

 

「お陰様で。スムーズに進んだよ」

 

 内情のエージェントに追われる立場の二人が外へ出ていたのは、彼らの支援者である無頭竜を通して次の潜伏場所を確保するためだ。

 仲介人と接触するのも一筋縄ではなく、機動力に劣るジャズが囮となることで隙を作ったというのが先刻の一幕だった。

 

「それにしても、まさか日本の警察官が声を掛けてくるとはね」

 

「意図はわからないが、お陰で時間を稼ぐことができた。連中もあの男がいる間は手出しを躊躇っていたようだしな」

 

「どういう理由かはわからないが、協力する気がなかったのはラッキーだったな」

 

「私たちを追っている連中が警察と無関係だからじゃないのか。任務とはいえ、警察の前で非合法の拘束はできないんだろう」

 

 話しながら、二人は慣れた手つきで荷造りを進めていた。

 元々荷物が多いわけでもなく、あっという間に準備を終えた二人は手持ちの鞄だけを手に部屋の中央に集まる。

 

「こっちは終わったぞ、ジャズ」

 

「こっちも終わった。行こう」

 

 姿を晒した以上、当然このホテルもマークされている。言葉にするまでもなく、二人はそう認識していた。

 今も見張られているに決まっている。こそこそと裏口から出て行こうが、堂々とチェックアウトしようが結果は同じだ。

 

 二人は尾行を撒くため、少々手荒な手段を用いることに決めた。

 

 

 

 メインとなる作戦の開始日まであと3週間。

 内情や国防軍の情報部に対する陽動の役割はそれほど難しい任務ではない。

 

 あくまで二人にとっては、そのはずだった。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
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