モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う 作:惣名阿万
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克人が一、二年生十人を跳ね返す姿は、演習場の入り口に併設されたモニタールームで中継されていた。
室内に居るのは救護役の保健委員を含めた二十人ほどの生徒。四枚ある中継モニターの前にはちょっとした人だかりができていて、克人が挑戦者をあしらう度に呆れ混じりの感嘆が漏れた。
空気が変わったのは模擬戦が始まってから三十分ほどが経過した頃。一撃離脱を繰り返していた合同チームの内、四人の一年生が草陰に集結してからだ。
僅かな隙に集まった四人は何事かを話し合い、すぐに周囲へと散っていく。
気配を察知した克人が迫ったときにはそれぞれが別の場所に潜伏を果たしていて、取り囲むように位置取りをした彼らは直後、果敢に克人へ攻めかかった。
モニター前の人だかりがどよめく。
ちょうど幹比古が土煙を噴き上げさせたところで、砂塵の晴れた先に駿が現れた瞬間は観戦している側にも驚きと興奮をもたらした。
それは部屋の後方、モニターから離れた場所にいた二人の三年生にとっても同様で、組んだ両手を楽しげに組み替えて摩利が感心を呟く。
「ほう。十文字を相手にここまでやるとはな」
攻撃手段の選定から発動までの段取り、有効打とするための戦術、本命の一撃に繋げるまでの連携など、とても一年生とは思えないほどに洗練されていた。
倒すには至らなかったが、十文字家次期当主にお家芸の一部を使わせただけで称賛すべきだろう。克人はすでに一流の実戦魔法師に比肩する実力を持っているのだから。
「吉田くん、達也くんとはまた違った種類の巧さがあるわね。五十嵐くんと香田くんも持ち味を活かせているし、今年の一年生は楽しみな子が多いわ」
摩利の隣では、真由美が満足げな微笑みを浮かべていた。
結果的に有効な一撃を加えることは出来ず敗れたが、十師族の跡取りを相手にあと一歩まで迫ってみせた四人の姿は、後々への期待を抱かずにいられないものだった。
「一科だけじゃなく、二科にも見所のあるやつは多いしな。あの吉田も二科生だが、実力的には一科の上位と比べても遜色がない」
「九校戦を経験して一気に伸びたって先生方も仰っていたわね。吉田くんほどじゃなくても実力の伸びた子は沢山いるし、一年生全体に良い影響が広がっているみたい」
達也と幹比古が代役としてモノリス・コードに参加したことは、二科生のみならず一科生にとっても大きな発奮材料となった。
一年男子代表の筆頭である駿が認めた以上、実力に疑いはない。実際その後の試合でも抜群の活躍を見せ、決勝の三高戦は稀に見る白熱ぶりだった。
成績で劣るはずの二人が学年上位の駿と同等以上の結果を示したのだ。優勝への嬉しさはもちろん、負けていられないと奮い立つ生徒はかなりの数に上った。
「互いへの対抗意識が上手く作用したわけだ。その中心にいるのは――」
「達也くんと森崎くんの二人。これはもう疑いようがないわね」
達也と駿の存在が一年生全体、延いては二、三年にまで影響を与えている。
それは最早、真由美や摩利といった校内の中心人物が抱く共通認識だ。
『劣等生』の烙印を押し付けられながら、数々の功績を示し続けている達也。
『優等生』の証印を胸に与えられながら、驕ることなく努め続けている駿。
どちらか一方だけではこうはならなかっただろう。
対局の位置にある二人が輝きを放つからこそ、多くの生徒が後に続こうと意気込むのだ。
『
「強いて言えば、本人たちにリーダーシップを取る気がないのがな」
摩利の台詞は後輩の功績を認めたことによる、一種の照れ隠しのようなものだった。
憎まれ口で誤魔化そうとする
「森崎くんはともかく、達也くんはどちらかというと敵を作りまくるタイプだものね。最近は少し改善してきたみたいだけど」
念頭にあったのは達也たちが入学して間もなくの出来事だ。
風紀委員に任命されたばかりの達也はまだ実力を知られておらず、押さえつけにくる一科生を無感情に制圧していた。淡々とした態度は嫌味のように受け取られ、結果必要以上の反感を買ってしまっていた。
そんな達也も九校戦を機に変わり始めたと、真由美は感じていた。
根本的な部分は同じだろう。他人にあまり干渉しない、良くも悪くも冷淡な態度は依然として変わっていないものの、入学直後のような突き放した言動は見られなくなった。
きっかけが何だったのか、真由美にはわからない。
けれどそうした心境の変化はきっと、達也にとっても良いことだと思った。
「成長したのは吉田だけじゃなかったというわけか。となると、根深いのは森崎の方だな」
真由美が達也の変化を喜ばしく感じる一方、摩利は何やら難しい顔で考え込んだ。
胸の前で腕を抱え、軽く握った右手を口元に添える。伏せた目は何処を見るでもなく、じっと思案した末に、摩利は真剣な眼差しを真由美へ送った。
「さっきの戦術、真由美はどう思った?」
唐突に問われて、真由美はきょとんと首を傾げる。
仕草で真意を訊ねても応えはなく、仕方なしに感じたままを口にした。
「見事な戦術だったと思うわ。奇襲からの陽動、攪乱と、本命に繋げるまで相手に考える隙を与えないよう連携していた。実戦経験者でも対応はかなり難しいんじゃないかしら」
「つまり、相手が十文字じゃなければ仕留められていた可能性が高い。そうだな?」
念押しに出された仮定へ頷くと、摩利は「やっぱりそうか」とため息を吐いた。
意図が解らず、真由美の首が直前よりも大きく傾く。無言の催促が摩利を射貫き、気付いた彼女は悪かったとばかりに苦笑いを浮かべた。
「三人の能力を細かく把握しているのは森崎だけだから、あの戦術を考えたのはあいつだろう。モノリスの戦術とも似ているしな。で、本題はここからなんだが――」
克人を攻め立てた連携が駿の立案だと前提を共有した上で、摩利は眼差しを鋭くする。
「作戦を立てたのがあいつだとして、ふつう指揮官が真っ先に囮になりに行くか?」
言われてみれば、と真由美は四人の連携を思い浮かべる。
駿の性格や胆力を知っていたために見落としていたが、先の囮役は倒されることを覚悟した上での捨て石だ。作戦を考えたのが駿だとすれば、自ら捨て石になろうとするのは少々無責任なようにも感じられた。
「他の三人に役割があったというのはわかる。だがもし作戦通りにいかなかったとき、何らかのミスや想定外が生じたとき、リーダーのあいつが倒れていたらどうなる。軌道修正もできないまま、仲間も揃って全滅するのがオチだ」
「実際、そうなったわけだしな」と、摩利はため息交じりに呟く。
呆れを隠すつもりもないようで、花音を窘めるときと似たその態度に真由美は小さく目を見張った。
「あいつにリーダーの自覚はない。
先頭に立って走ることはしても、ゴールまで連れて行くという意識はない。
どれだけのやつが手を引かれ、背中を追っているか振り返って見ることもない。
前しか見ていないから、自分が転んだ時どれだけの人間が巻き込まれるかもわからない」
そう言って、摩利は部屋の中央へと顔を向ける。
「あいつ自身、それに気付いてなさそうなのが一番の問題なんだがなぁ」
モニターを見つめる摩利は、真剣な表情でありながらどこか寂しさを滲ませていた。
恋慕や親愛とは違った趣の情を見て取って、堪らず真由美は頬に手を添える。
「『お気に入り』だけあって、良く見ているのね」
意地の悪い笑みを浮かべた
「真由美の方こそ、達也くんの成長をあれだけ嬉しそうに語っておいて。他人のことを言えないだろ」
「べ、別に私はそんなつもりじゃ……」
普段よりもトーンの高い声で反撃されて、今度は真由美の頬が赤く染まる。
両者痛み分けの結果に二人は睨み合いを演じ、やがてどちらともなく吹き出すように苦笑を零した。
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元生徒会長と元風紀委員長の他にも特定の一年生へ並々ならぬ視線を送る者はいた。
室内の前方、モニターから程近い場所で姿勢よく立つ女子生徒。
左肩に赤と黒の腕章を巻いた彼女――雫は警戒を解かぬよう注意しつつ中継映像を眺めていた。
この日、雫がモニタールームを訪れたのは深雪とほのかの護衛が目的だ。
今回の模擬戦は正式な手続きを経たもので、認可を出した生徒会からも代表として二人が監督に来ている。護衛役の雫も同行し、モニター前の席に着いた二人の後ろに控える形で立っていた。
予期せぬ人物が傍にやってきたのは模擬戦が始まる直前だった。
周囲の上級生らと談笑する二人を眺めていた雫は、ふと横合いから声を掛けられた。
「こんにちは、北山さん」
「……平河先輩。こんにちは」
話したことのない上級生から声を掛けられ、雫の返事が一拍遅れる。
驚き戸惑う様子の雫を見て、小春の顔には苦笑いが浮かんだ。
「突然話しかけてしまってごめんなさい。北山さんとは一度お話してみたいと思ってて」
「こちらこそ、平河先輩がいらっしゃるとは思わず、つい驚いてしまいました」
謝罪と共に腰を折ると、小春は構わないと手振りで示す。
顔を上げた雫の隣に小春が並び、正面のモニターへ目を向けたところで彼女は口火を切った。
「貴女も彼を見に来たの?」
『彼』というのが誰を指しているのかは考えるまでもなく判った。
画面に映る横顔は、雫と小春のどちらもが共通して知っている相手だった。
「いえ、風紀委員の仕事です。ここへは深雪とほのかに付いて来ました」
「そっか。北山さんは司波さんたちの護衛だものね」
モニター前の席に並ぶ二人を見た小春が頷く。
深雪もほのかも上級生への応対に集中していて、雫たちへ気付いた様子はなかった。
「私は彼が十文字くんとの模擬戦に出ると聞いたから見学に来たの。来年で卒業の私はもう彼の勇姿を見られる機会もあまりないから」
モノリス・コードの試合を念頭に置いての台詞だろう。あの時の活躍で駿に関心を持った者は多く、或いは小春もそれがきっかけだったのかもしれない。
とはいえ、今回の模擬戦はあくまで訓練の一環だ。克人が相手となれば勝算は低く、いかな駿でも九校戦の時のような活躍は見込めない。
それをわかっていて観に来たというのなら、小春の抱く関心の高さは並大抵のものではない。以前食堂で見かけたときも駿を慕っている様子だったが、やはり彼女は自分と同様の想いを抱いているのかもしれない。
「訊いてもいいかしら」
そう感じたのは雫だけではなかったようで、小春はちらと首を振り向かせる。
穏やかな表情はそのままに、瞳にだけ妖しい色が小さく揺れていた。
「貴女は何故、彼を慕っているの?」
たとえも誤魔化しもない、決定的な問いだった。
自身のそれを隠そうとはせず、かといって挑発しているようでもなく。
まるで共通の趣味について語り合うような、親しみさえ感じさせる声。
互いに宣誓を交わした愛梨とは異なるスタンスに、雫はけれど動じることなく応える。
「――憧れたからです」
始まりは尊敬だった。
素早く精緻な魔法を組み上げる能力が努力によって培われたものだと知った時、持って生まれた才能に依らない意志と行動に尊敬を抱いた。
尊敬の念は次第に大きくなり、やがて憧れへと変わった。
ただ見上げるだけの頂きから、目指すべき目標となった。
「届かなくても、足りなくても、諦めずに挑み続ける。その背中に憧れたんです。
いつか隣に並べるようになりたいと、そう思ったんです」
モニター越しに横顔を見つめながら、雫は湧き出るままに言葉を繰り出す。
さらさらと、恥じらう様子もなく流れ出る言葉を聞いて、小春はふっと息を吐いた。
「そう。北山さんは隣に立ちたいのね」
声音は優しく穏やかで、それでいてどこか寂しげだった。
否定でも肯定でもない応えが妙に気になって、今度は雫が問い返す。
「平河先輩は、どうしてなんですか?」
途端、小春の口元から笑みが消え、画面を見つめる眼差しが鋭くなった。
「私の願いは、彼の努力と功績が正しく報われること。
その助けになれるなら、私自身がどこにいようと構わないわ」
迷いのない答えに、雫は小さく息を呑む。
目的のために自身すら顧みず臨む姿勢は想い人のそれにも似ていて、『願い』とまで表した想いがどれだけ真剣か、小春の表情を見れば一目瞭然だった。
「景子の出場したミラージ・バットの試合は覚えてる?」
言葉を失う雫に、小春は淡々と問いかける。
雫が頷くのを見た彼女は、悔やむように目を細めて続けた。
「あの試合、景子が大事に至らなかったのは彼のお陰なのよ。彼のアイディアを五十里くんが形にしてくれたから、景子は魔法を失わずに済んだ」
堪らず目を見張る。雫にとって、それは初めて聞く事実だった。
小早川の窮地を救った魔法が五十里の用意した刻印術式によるものだとは聞いていたが、提案したのがまさか駿だとは思いもよらなかった。
的確な予防策を編み出し、実際にそれが使われたと知って、頭の中のピースがまた一つピタリと嵌る。
転ばぬ先の杖と言えばそれまでだが、仮に事故が起きることを知っていたのだとすれば、駿の取った行動の動機と合理性の双方に説明がついた。
「私には何もできなかった。CADに細工をされたことに気付くこともできなかった。景子が救われたのも、私がこうして学校に通えているのも、全部彼のお陰なの」
真相がどうあれ、駿の発想が小早川を救ったのは紛れもない事実。
彼の働きかけがなければ最悪の結末を迎えた可能性もあり、小早川に大事があれば小春の受ける衝撃も更に大きかったはずだ。
「彼は私たちを救ってくれた。モノリス・コードで一条くんのいる三高に勝てたのも彼がいたからだし、
そこまで言って、小春はハッと振り返った。
「長々とごめんなさい。でも、北山さんならわかってくれるんじゃないかって思って」
恥じ入って謝る小春へ、雫はただ首を振ることしかできなかった。
驚きと困惑、共感と小さな違和感が渦巻いて、容易に言葉が出てこない。
刻印術式の詳細を知った小春が駿へ恩義を抱くのは自然なことで、それが彼を慕う理由でもあるのだろう。雫自身、テロリストの脅威から救われた身なので小春の気持ちはよくわかる。
一方で、どこか引っ掛かりを覚えているのも確かだった。
駿を支えたいという意気込みは理解できるのに、判然としない違和感が淀んでいる。胸のつかえるような感覚は言葉すらも遮っていて、曖昧な答えしか返すことができなかった。
「平河先輩のお気持ちはわかりました。私が言えるかはわからないですが、その、頑張ってください」
「ありがとう。そう言ってもらえて安心したわ」
小春が安堵の息を吐く。
宣戦布告を交わした愛梨とはまるで異なる反応にまた違和感が湧き、続く一言でそれはより大きくなった。
「北山さんも、彼を支えられるようにお互い頑張りましょうね」
当然のようにそう言われて、雫は唖然としたまま頷くしかなかった。
微笑む小春の想いがどんな形をしているのかわからず、訊いてみようにも彼女は既にこちらを見ていない。モニターには駆け出した十人の背中が映っていて、小春の注意は完全にそちらへと向いてしまっていた。
食い入るように画面を見つめる小春が振り向くことはなく、雫はそんな彼女の様子に得体の知れない感覚を抱きながら、同じように試合を見ているしかなかった。