モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第16話

 

 

 

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 論文コンペの本番を一週間後に控えた日曜日。

 間近に迫った本番に向け休日返上での準備作業が予定されていたこの日、達也は深雪を連れ、早朝からバイクを走らせていた。

 

 タンデム登校をしようなどとヤンチャな真似をしているわけではない。

 目的地は第一高校ではなく、兄妹の父・司波龍郎が開発本部長を務めるFLT(フォア・リーブス・テクノロジー)のCAD開発第三課。トーラス・シルバーの半身として研究・開発を行っているラボだ。

 『トーラス』こと牛山が主任を務めるこの施設は『シルバー』として数々の功績を打ち立てた達也のシンパが職員の多くを占めており、本社の技術者からは『キャプテン・シルバーとその一味』という妬みと蔑みの入り混じった通称で呼ばれることもある。

 

 そんなFLT第三課に二人が向かっているのは八雲からの忠告に従ってのこと。聖遺物(レリック)を狙う何者かが、達也にも気付けないほど巧妙に暗躍していると聞かされたからだ。

 学生の二人は普段自宅を空けることが多く、多少手を掛けているとはいえ個人宅で手練れの相手から聖遺物を守りきるのは難しい。対してFLTの施設であれば警備も固く、盗難に遭う危険性は抑えられると達也は判断した。

 

 コンペの準備作業に関わるメンバーへは遅れる旨を連絡してある。とはいえスケジュールにはそれほど余裕があるわけでもなく、聖遺物を預けた後はとんぼ返りをして学校へ行かなければならないだろう。

 普段なら朝食を摂っているくらいの時間からバイクを走らせているのは、少しでも早く用事を済ませるためだった。

 

 

 

 自宅からラボまではおよそ一時間。

 日頃から鍛えている達也やセンサーに感知されない強度で慣性制御の魔法を使える深雪にとっては休憩する必要もない距離だ。自宅を出る際にはまっすぐにFLTへ向かうことを達也は明言していて、深雪も内心の甘えたい衝動はともかく表向きは頷いていた。

 

 だがバイクを運転していた達也は都市部を出たあたりで道を外れ、早朝から営業している喫茶店にバイクを停めた。

 訝しむ深雪を連れて店内に入り、窓際の席で飲み物だけを注文した後、達也は潜めた声で深雪の疑問に答える。

 

「尾行がついている」

 

 危うく悲鳴を上げかけた深雪は既の所でそれを呑み込んだ。

 揃いのライダースーツに包まれた身体を寄せ、ひっそりと兄へ囁き掛ける。

 

「気が付きませんでした。車ですか? それとも私たちと同じバイクですか?」

 

 顔を寄せた瞬間、店内のそこかしこから視線が向けられたが、深雪はこれに気付かなかった。

 達也の方は気付いてこそいたものの、害意がないとわかると一切を思考の外に捨てた。

 

「カラスだ」

 

 簡潔な答えに、深雪の目が丸くなった。

 短い黙考の間に知識を浚い、意味を悟った深雪が呟く。

 

「……使い魔、ですか?」

 

「ああ。それも化成体だ」

 

 正解とばかりに頷いて、達也は口元に小さく笑みを浮かべた。

 

 2095年現在、空中からの監視システムには幾つもの種類があり、中には鳥類に偽装したものも存在している。

 内訳としてはドローンなどのロボット式や実際の鳥に機械を装着、または埋め込んだもの、古式魔法で操るものや霊的エネルギーを実体化させたものなどが確認されている。

 

 化成体は最後の一つで、サイオン粒子の塊を土台にした幻影魔法を中心に加重、加速、移動などの各系統魔法を作用させ、まるで実体があるかのように見せかける術式だ。

 一見すると非効率に思える魔法だが、幻影を実体化させることで動きのイメージを掴みやすいという利点がある。幹比古の使う精霊などと同様、視覚や聴覚を同調することも出来、術を解けばサイオンが霧散するので後処理に悩む必要もない。隠密性の高い、スパイ行為にもってこいの術と考えることができるだろう。

 

 様々な特徴を持つこの魔法。

 しかし、これらは現代の日本において既に廃れた技術とされていた。

 

「国内の術者ではありませんね」

 

 国内の古式魔法師は実体のない使い魔を使用するのがほとんどで、肉体を偽装した化成体が飛んでいるとすれば、それは国外から渡ってきた術者のもの。

 達也はもちろん深雪もこの程度の知識は持ち合わせていて、『カラスの化成体』と聞かされた時点で外国勢力の諜報活動だと思い至っていた。

 

「最近学校を覗き見ている連中でしょうか?」

 

「正体までは判らないな。幹比古なら判別できたかもしれないが」

 

 とはいえ、判るのは相手が外国人魔法師という点だけ。外国の魔法師が絡んでいるとは判っても、古式魔法の流派については達也も素人同然。精々が八雲の扱う忍術を見たことがある程度で、店の上空を周回するカラスが一高にちょっかいを掛けてきている一派と同じかどうかは判別がつかなかった。

 

 その時、ちょうど達也が肩を竦めたタイミングでウェイトレスが注文したコーヒーとミルクティーを手に席へとやってくる。

 二人は目の前にカップが置かれるのを静かに待ち、その間は兄が妹を無言で見つめる時間となった。周囲の誤解はますます大きくなり、露骨に窺う視線も増えたが、額の触れ合うような距離で兄を見つめる深雪はやはりこれに気付かなかった。

 

「このままラボまで連れて行くのはよろしくない。だから深雪、お前が撃ち落とせ」

 

 給仕が去り、運ばれてきたカップを一度口に付けた後で、達也は潜めた声で呟いた。

 

 返事を待たずに達也の手が動き、二人分のカップを脇にどける。

 首を傾げる深雪へ真剣な眼差しを向け、持ち上げた両手はそのまま深雪の手を包んだ。

 歓喜の混じった悲鳴が間近から、声にならないどよめきが周囲から湧いて、それでも達也は気にした風もなく目を閉じ、微かに俯く。

 

「化成体の座標はここだ」

 

 言うなり、達也は《精霊の眼(エレメンタル・サイト)》で捉えた術式の座標をサイオンの信号に変換し、触れ合う手を通して深雪の中――無意識化の魔法演算領域へと送り込んだ。

 

 突然手を握られ、周囲からの好奇の視線にも気付いて狼狽していた深雪は、送られてきた座標のイメージに堪らず身体を震わせた。それがまた野次馬の関心を呼び、絡みつく視線の熱と粘度が高まる。

 

 あからさまな視線の只中に置かれながら、深雪は高揚に頬を染めて頷く。

 達也の『命令』と『信頼』を受け使命感に心を燃やす深雪は、誰の目も届かないテーブルの下でCADを取り出した。

 座標イメージを逃さぬよう右手で達也の手を握り返し、左手でCADから起動式を読み出す。目を閉じて俯き、触れ合う寸前まで額を寄せたまま、深雪は魔法を発動した。

 

 店の上空、肉眼では豆粒ほどにしか見えない高度を飛ぶ『カラス』が瞬時に凍り付いた。

 動きの止まったそれは間もなく拡散し、サイオン粒子が解けて消える。

 サイオンセンサーの探知圏外を飛んでいた化成体は、そうして術者以外の誰に知られることもなく消滅した。

 

 

 

 

 

 

 化成体を退けた二人はティータイムを楽しむ間もなく、早々にカップを空にして店を出た。

 本人たちとしては監視の増援を警戒しての行動だったのだが、店内にいた他の客や店員は更なる勘違いを重ねたことだろう。店に満ちた生温かな空気は結局、兄妹が店を出るまで霧散することはなかった。

 

 寄り添ったまま気持ち足早に駐車場へ向かった二人。

 

 しかしバイクへ跨る直前、二人は黒づくめの男たちに囲まれた。

 

「何か御用でしょうか」

 

 考えるまでもなく深雪を背中に庇って、達也が牽制の言葉を投げかける。

 兄妹を取り囲んだ男の位置を確認し、肉眼と《精霊の眼》で人数が合わないことに気が付いた。認識阻害の魔法も働いているようで、店内の人間が気付く様子もない。

 

「我々は情報管理局の者だ」

 

 男の一人が黒皮のカードケースを取り出し、開いた中を兄妹へと見せる。

 内側には内閣情報管理局のマークが刷り込まれていて、色と模様の変化するそれは一見すると本物の内情が持つ物と同じ文様だった。

 

「君たちの運んでいる物をこちらへ引き渡してもらいたい。関係各所とは既に話がついている」

 

 流暢な日本語を淡々とした口調で発する男。横柄な態度というわけでもなく、必要最低限な情報を端的に語るそれは典型的な役人らしい言葉遣いだった。

 

 大したものだと感心さえ抱きながら、達也は毅然とした態度で応じる。

 

「所管の変更が行われたとは聞いていません。新たな指示がない限り、所定の場所まで運搬を継続します。どうしても持っていくと言うのなら、令状を提示してください」

 

「秘匿性の高い公務のため、令状の発行は行っていない」

 

「では、こちらもお渡しすることはできません。令状の発行後、改めてお越し頂きたい」

 

 政府直轄の人間だと知らされていながら、達也の表情は小動(こゆるぎ)もしなかった。

 取り付く島もないと見て、男は小さく息を吐く。

 

「どうしても渡さないと言うのなら……」

 

 途端、周囲を取り囲む男たちの纏う雰囲気が変わった。

 手にはいつの間にか拳銃が握られ、達也と深雪の双方へ銃口が向けられる。

 

 けれど、誰一人として引き金を引くことはできなかった。

 焼けるような痛みに視界が明滅し、呻き声を漏らす間もなく意識は漂白された。

 12人いた男たちは全てがその場に倒れ、四肢に穿たれた穴は一瞬後には()()()()()()()()()()

 

 深雪に害意を向けた相手を打ち倒した達也が振り返る。妹の斜め後方、喫茶店の看板の脇にある何もない空間へ『眼』を向け、CADの引き金を引いた。

 声にならない悲鳴が上がり、激痛に意識を飛ばされた男が滲み出るように現れる。路面に横倒しになる頃には無傷の状態で、達也の手を握る深雪以外何が起きたのかを把握した者はいなかった。

 

 隠れていた男が倒れ、駐車場を覆っていた結界が晴れる。

 認識阻害と街路センサーへの目晦ましが消え、普通とは言い難い光景が白日の下に晒された。

 

 小さくため息を吐いた達也は、手帳をかざした男の傍へと近づき膝を着く。

 懐を探り、先ほど見せられた手帳を取り出してみる。所々粗雑な作りのそれを詳しく調べた達也は、立ち上がるなり納得の息を吐いた。

 

「思った通り、これは偽物だ」

 

 傍らに来た深雪へ手帳を見せ、軽く手首を揺らす。

 兄の挙動の意味が解らず、首を傾げた妹へ達也は諭すように続けた。

 

「もしこの連中が本当に内情の人間だったら、手帳に描かれたこのマークには特殊な機能が付加されていた。こうして軽く揺らして見せることで、見たものを軽い催眠状態へ陥らせることができるんだ」

 

 言われた深雪がもう一度手帳を見てみるも、精神へ干渉するような効果は感じられなかった。

 精神干渉系魔法に高い適性を持つ深雪が感知できないとすれば、それは実母の深夜に迫るほどの力があるか、或いは効果そのものが無いかのどちらかだ。

 

 いち魔法師程度が母を超えるはずがないと迷うまでもなく断じて、深雪は眉を顰める。

 

「では、お兄様はこの者が手帳を示してきた時には――」

 

「内情の人間ではないと気付いていた。紋様パターンの変化はなかったし、実際に催眠に掛かることもなかった。正体については、今は何とも言えないけれどね」

 

 催眠効果の有無については達也自身も確認していた。

 深雪ほど精神干渉に耐性があるわけではないものの、達也の場合は《再成》がある。精神が侵され、身体に異常が生じた際には自動で修復されるのだ。非魔法的な催眠程度はなんの脅威にもならない。

 

「これからどうなさいますか。彼らを放置して行くということもできなくはないでしょうが……」

 

 倒れた男たちを見渡して深雪は控えめに訊ねる。

 結界が張られていたため達也の魔法は街路カメラに映っていないはずだが、男たちの中心に兄妹が立っていたことは明らかだ。拳銃を所持していた以上正当防衛を成立させるのは難しくないが、事情聴取を受けることになるのは間違いない。

 

「店内からも見えてしまっているからな。直に警察も来るだろうし、大人しくしておこう。街路カメラに関しては念のため処置を頼んでおくよ」

 

 達也の回答は諦め混じりの苦笑いだった。

 やれやれと息を吐く兄に釣られて深雪も苦笑を零す。

 

「学校へ行くのは遅くなってしまいそうですね」

 

「仕方ないさ。事情を説明して、更に遅くなることだけ伝えておこう」

 

 間もなく駆け付けた警察に連れられ聴取を受けた二人。

 解放された頃には既に午後4時を回っていて、結局兄妹はこの日の作業に参加することはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 達也と深雪が事情聴取を受けていた頃、一高では準備作業が進められていた。

 

 論文コンペの準備作業は主に実験装置を組み立てるグループと、作業員のサポートを行うグループに分かれて行われている。

 生徒会役員である深雪やほのかが携わっているのは後者で、二人の護衛役である雫も自然とそちらに同行している。

 

 深雪のいないこの日もやることは同じで、兄妹からトラブルで遅れると連絡を受けたとき、雫とほのかは準備棟の2階にいた。

 調理施設のあるここでは文科系のクラブが中心となって差し入れの準備が行われていて、ほのかは食材の在庫確認と補充品のリストアップ作業に務めていた。

 雫もほのかから離れないよう意識だけはしながら簡単な雑用を手伝い、そうしている間に時間はあっという間に過ぎていった。

 

 異変があったのは午後3時を過ぎた頃だった。

 差し入れの準備を終え、ほのかと一緒に休憩を取っているところへ電話が掛かってきた。

 雫個人の番号ではなく風紀委員として共有している番号に掛けてきた相手は、彼女の上司に当たる人物だった。

 

『北山さん。いきなりで悪いんだけど、ロボ研のガレージへ向かってくれないかしら。さっきから保安システムが警報を発してて。あたしもすぐに行くから』

 

 挨拶の間も惜しいのか、花音の口調はいつもよりも早口だった。

 捲し立てるような勢いに圧倒されながら、雫は頷いて応える。

 

「わかりました。でも、ほのか――光井さんの護衛はどうしましょう?」

 

『あ、そっか。光井さんは居るんだったわね。んー、でもこっちからだと距離もあるし……』

 

 現在、花音は組み立て作業を統括する五十里の警護で講堂に行っている。

 午後から降りだした雨で校庭が使えないのが理由で、複数の作業が集められている分、大勢の作業員が詰めている講堂からでは外へ出るだけでも時間が掛かるだろう。

 

 悩ましげな声は端末を通してほのかにも聞こえていた。

 事情を察したほのかは胸の前で両手を握り、力強く頷く。

 

「私も一緒に行くよ。ここでの仕事は終わったし、それなら護衛役も両立できるでしょ」

 

 それならと頷き返して、聞こえていたであろう花音へ問いかける。

 

「一緒に来てくれるそうです。問題ありませんか?」

 

『ええ。悪いけど、そうしてくれる。ただの誤作動だとは思うんだけど、もしもの時のために司波くんが設定してたものだから』

 

 しっかりと聞こえていたらしい花音がそう言うと、隣のほのかは更に意気を強めた。

 親友のわかりやすい反応に、雫は小さく笑みを浮かべる。

 

「わかりました。これから向かいます。行こう、ほのか」

 

 自分も頻繁に同じ評価を受けているなどとは露知らず、雫はほのかと連れ立って部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 ロボット研究部のガレージは同じ準備棟の1階、実験棟との渡り廊下の脇にある。

 大小様々なロボットやパワードスーツを試作、試用するための場所で、ここに設置されている機体制御用の大型計算機が実験装置の起動式設計に使用されている。

 

 論文コンペの準備作業が本格化してからは達也も頻繁に籠っている場所で、必然的に深雪やほのかが訪れることも多い場所だ。当然ほのかのIDも登録されており、キーコードを借用しに行く必要もない。

 

「確かピクシーが出入りする人をチェックしてたと思うんだけど……」

 

 ガレージの扉を開けたほのかは、普段なら必ずある『出迎え』がないことに首を傾げた。

 後に付いて入室した雫が暗いガレージを見渡し、隅の一角を指して呟く。

 

「そこにいる。動かないから、もしかしたら充電中かな?」

 

 入り口から見て右手の椅子にその『人影』はあった。

 

 ロボ研が所有する3H(Humanoid Home Helper)――人型家事手伝いロボットの2094年モデル。学校での使用に合わせ十代後半の女性の外見をしたメイド服姿のロボットだ。

 『ピクシー』という呼び名はこのロボットの型番から取られたもので、現三年生のロボ研部員に大手メーカーの関係者が在籍しているために貸与されているのだとか。

 

「今までこんなことなかったよね? 電気も点かないままだし、ホームオートメーション自体が故障しているのかも」

 

 恐る恐る足を踏み出しながらほのかが訝しげに呟く。

 

 ピクシーはガレージ内の各種機器と連接しており、ガレージの利用者がいる場合は室内の環境を最適に保つようプログラムされている。扉のロックは正常に作動したことから停電の可能性は低く、にもかかわらず電気が点かないのは異常なことだ。

 

「警報と何か関係があるのかな」

 

 眉を顰めた雫はほのかを追い越して前に立ち、窓から差し込む光を頼りに歩を進める。

 やがてボックス状の作業スペースが見えてくると、その内にぼんやりと明かりが漏れているのがわかった。顔を見合わせた二人は頷き合い、そっと内側を覗き見る。

 

「――関本先輩?」

 

 そこにいたのは雫と同じ風紀委員の三年生だった。

 赤と黒の腕章が薄明りに浮かび、振り返る拍子に揺れて暗闇へ溶ける。

 

「北山? どうしてここに……」

 

 関本はひどく驚いた表情をしていた。

 強張った頬からは緊張が窺え、雫を見る目は鋭く尖っている。

 その表情と態度は、暗いガレージに居たことも相まって不審に感じられた。

 

「千代田委員長の指示で来ました。警報が出ているからって」

 

「バカな、警報は切っていたはず――っ」

 

 思わずといった様子で漏れ出た一言に、雫の心臓が大きく跳ねる。

 余程緊張していたのか、自白に等しい台詞を口にした関本はハッと自らの口を塞いだ。

 

「警報を切っていた? どういうことですか?」

 

 雫の関本を見る目が鋭く細められる。

 委員会の先輩へ向けるものではなく違反者を取り締まるそれへと変わった視線は、関本の手元に置かれたノート型端末を捉えていた。

 

「その機械、学校の備品じゃないみたいですけど、一体何のための物なんですか?」

 

 同じものを見つけたほのかが語気を強めて問いかける。

 二人掛かりでの詰問に一瞬だけ怯んだ関本は、すぐに虚勢を張りなおして声を荒げた。

 

「き、君たちには関係ないことだ! もういいだろう。出て行ってくれ!」

 

「そうはいきません。達也さんの用意した警報が鳴っているんですから!」

 

 負けじとほのかが言い返す。

 彼女にとって、達也が手掛けた仕事に手を出されるのは断じて見過ごせないことだった。

 

「関本先輩こそ、そのまま何も触らず、外に出てください」

 

「失礼だぞ、君たち。僕はただデータのバックアップを取っているだけだ」

 

 苦し紛れの言い訳にも惑わされることはなく、雫は静かに首を振って否定する。

 

「誰にも何も言わず、一人で隠れてやることじゃない。それくらい誰でもわかります。ピクシーを止めたのも、関本先輩ですね」

 

「な、何のことだ。僕は知らないぞ!」

 

 最早何を言っても無駄だろう。

 関本は頑として譲らず、言葉で折れないのなら取り押さえるしかない。

 気掛かりなのは関本もまた風紀委員――CADの携行を許されているという一点だけだ。

 

「関本先輩、CADを外して床に置いてください」

 

 最上級生、それも風紀委員に選ばれるだけの実力者を前に、雫は臆することなく勧告した。

 左手首に嵌めたCADを顔の前に掲げ、起動処理が済んでいることを見せつける。

 

「――手荒な真似はしたくなかったが仕方ない。少し眠っていてもらおうか!」

 

 勧告に対する関本の選択は抗戦だった。

 見慣れた一年生とは比べ物にならないスピードで起動処理を済ませ、淀みのない動きで起動式を読み込み始める。

 

「ほのか、離れないで」

 

「うん!」

 

 背中にほのかの手が触れるのを確かめながら、雫は関本よりも一瞬早く魔法を発動した。

 

 自身を中心に、半径50cmの範囲を干渉力の盾で覆う魔法。

 駿や達也からお墨付きを貰い、前委員長の摩利をして貫けなかった強固な鎧。

 

 《領域干渉》の内側へ手を伸ばした関本の魔法は、効果を発揮することなく霧散した。

 

「一年生でこれだけの強度があるとはね。確かに優秀だが、まだまだ甘い!」

 

 称賛の台詞を口にした関本は、余裕を見せつつ次の魔法を放つ。

 

 《領域干渉》の外側、雫の干渉力が及ばない頭上に魔法式が投射された。

 周囲から窒素だけが集結し、追いやられた他の気体が拡散する。

 収束系統の魔法の兆候を感じた雫は反射的にCADを叩き、窒素の塊が落ちてくる寸前に収束魔法で直上の空気を固定、気体の流入を防ぐことに成功した。

 

「ちっ」

 

 悔しげに歯噛みする関本を睨み、雫は一転攻勢に出る。

 

 《共振》の応用で足元を揺さぶり体勢を崩しにかかるも、関本はさすがの対応力でこれを凌いで見せた。

 お返しとばかりに撃ち出された《空気弾》をベクトル操作で逸らし、再度落ちてきた窒素塊も通さない。

 

 一進一退の攻防。

 膠着した状況は、雫の背後に庇われたほのかが破って見せた。

 

「雫!」

 

 呼び掛けと同時に、背中に当てられた手が円を描いた。

 ほのかの意図を悟った雫は、関本の魔法をブロックしつつ片腕で顔を庇う。

 

 腕の向こうで強烈な光が弾けた。

 ほのかの得意とする閃光魔法は薄暗いガレージを激しく照らし、顔を上げていた関本へ襲い掛かる。

 

「ぐわっ! くそ、目晦ましだと。こうなったら……」

 

 視覚を塗り潰された関本はしかし、それで止まらなかった。

 制服の内ポケットから筒状の物を取り出し、眼前の床へ向けて叩きつける。

 

 直後、作動した容器から蒸気の吹き出すような音が響いた。

 

「ガス……! ほのか、息を止めて」

 

 咄嗟に息を止め、目を細める。

 《領域干渉》を維持しながらガスを選別、収束する魔法を組み上げ、そのまま排気ダクトの奥へと押し込んだ。機能が止まっているため完全な排気はできないが、室内に充満するよりは遥かにマシだろう。

 

 魔法による攻撃を防がれ、隠し玉の催眠ガスも封じられた関本は、視界の定まらないまま闇雲に魔法を放とうとCADを叩く。

 

「これならど、う――っ」

 

 しかし、魔法式がイデアに投射されることはなかった。

 叫びかけた声が途切れて消え、関本の身体が崩れて倒れた。

 

 対抗魔法のために身構えていた雫は驚きに目を丸くする。

 

 魔法を放つ間際、床を媒体とした振動系魔法が関本の意識を刈り取っていた。

 雫の魔法でもなく、ほのかの魔法でもないそれを放った人物は、間もなく二人に声を掛けた。

 

「お疲れ様。よく頑張ったわね」

 

「千代田先輩!」

 

 ほのかが安堵の声を上げ、雫もまた大きく息を吐く。

 胸を撫で下ろした二人の肩を叩いて、それから花音は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。

 

「遅くなってごめんなさい。ちょっと思わぬ足止めを受けて」

 

「足止め、ですか?」

 

 花音は二年生ながら校内でもトップクラスの実力者だ。同時に陸上部の有力選手でもあり、魔法なしでも高い運動能力を発揮することが出来る。そんな花音が足止めを受けるなど、並大抵のことではない。

 

「三年の浅野先輩よ。ほら、先月の生徒総会で七草先輩に質問していたあの人」

 

 そう言われて、雫の驚きは更に深まる。

 いくら三年生とはいえ生徒会役員でも風紀委員でもなく、CADの携行すらしていない浅野が花音を止められるとは思えなかった。

 

「食堂の脇で浅野先輩に呼び止められて、振り切ろうとしたら襲われたの」

 

「襲われたって、大丈夫だったんですか?」

 

 驚きと心配を浮かべるほのかに、花音は「大丈夫よ」と笑いかけた。

 

「ただ対処には時間が掛かっちゃってね。魔法は使っていなかったんだけど、平河先輩の妹さんが使っていたのと同じ武器を持っていたから」

 

 武器を持っていたと聞いて、雫もようやく納得できた。

 花音や五十里から千秋の暴走については聞いていて、その際に千秋が複数の武器を所持していたことも知っている。同じ物を浅野も持っていたのだとすれば、対処に時間が掛かるのも頷けるというものだ。

 

「二人がいなかったら関本先輩には逃げられちゃっていたかもしれない。だからこれはあなたたちのお手柄よ。本当にありがとう」

 

 再度の称賛を受け、雫とほのかは顔を見合わせる。

 どちらともなく笑みを零し、頷き合った二人は自らの成長に確かな手応えを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 CADを没収された関本が警備員に連行されてガレージから出てくる。

 貸し与えられたハッキングツールも回収され、見込んだ成果は一つも得られなかった。浅野も拘束されたようで、二人から情報が漏れる可能性すらあるだろう。

 

 実験棟の3階、ロボ研のガレージを見下ろす廊下に佇む人影は、落胆を隠すことなく息を吐いた。

 

「やっぱり、基礎理論ばかりの関本くんは応用力に欠けるわね」

 

 システムをハッキングして覗いた映像は、関本がガレージに侵入してから無力化されるまでをはっきりと映していた。

 

 自分がサポートしていなければ、ピクシーの監視システムに細工をしていなければ、ガレージに入った時点で騒ぎになっていただろう。学校の管理システムを弄っただけで安心しているようでは、とても用意が足りているとは言えない。

 

 加えて、能力を応用する視野の不足は戦闘にも現れていた。

 

「二人相手とはいえ一年生にも勝てないなんて。いくらでもやり方はあったはずなのに」

 

 犯行を暴かれ、追い詰められた側が馬鹿正直に正面突破を図るなど愚の骨頂だ。雫の守りを突破できないのであれば、別の攻め方をして脱出を試みるべきだった。

 せっかくのガスも自分が目晦ましをされた後では扱いきれておらず、その場凌ぎにしかなっていない。

 

 やはり『彼』には遠く及ばない。

 不足を工夫で補う思考力も、手札を上手く扱う応用力もない。

 花音が駆け付けるまでの間で脱出できなかった関本に、今後掛ける期待はない。

 

 それに比べて、彼女の方は――。

 

「隣に立ちたいって、貴女は本気で思っているのね……」

 

 笑顔を浮かべる雫を窓越しに見下ろして、彼女は惜しむように目を細める。

 

 逡巡していたのは極僅かな時間だけ。

 二度、三度と瞬きをした後には、視線は再び鋭いものになっていた。

 

 関本と浅野。二人が失策し、捕縛されたことは伝えておく必要がある。

 相談に乗り、便宜を図ってくれた恩人(あの人)が困らないように。

 何よりも『彼』の未来を守るために。その功績が正しく報われるために。

 

 燻る熱に浮かされた彼女――小春の瞳は、暗く淀んだ色に染まっていた。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
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