モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第22話

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

「森崎さんのあの様子、一体何があったの?」

 

 早口で抽象的な問いかけ。それでも、雫には愛梨が何を聞きたいのかがすぐに理解できた。

 顔を合わせるのは久しぶりだろうに、一目で駿の変調を見抜いた彼女に驚嘆すらした。

 だがそうして感心する一方、質問に対しては答えることに躊躇いがあった。

 

 果たして、目の前の彼女に話していいものだろうか。

 彼の願いや抱えているものを、安易に教えてもいいのだろうか。

 

 雫は自分の抱く推論が間違いだとは思っていない。

 駿はこの先何が起きるのかを知っていて、誰に話すこともなく自ら解決しようと背負い込んでいるのだと半ば確信している。

 

 けれど、そんな荒唐無稽な話を誰が信じるだろうか。

 古今東西、未来を予言した者は少なからず存在するが、大半は噓つき呼ばわりされるか事実デタラメだった。近代になるほどその傾向は明らかで、科学の発達した現在、駿が数少ない例外に数えられる見込みはないだろう。

 

 堰き止められた喉から言葉が出ることはなく、逸らした目は固く握った手元に落ちる。

 やがて言い淀む雫に焦れてか、愛梨がぽつりと呟いた。

 

「――彼のあの目、前にも見たことがあるわ」

 

 思い出を手繰るように視線を落とす愛梨の手は、どちらも強く握り締められていた。

 

「中学生の時の話よ。リーブル・エペーの大会のために東京へ来ていた私は魔法師絡みの事件に巻き込まれて、危ういところを彼に助けられた」

 

 思いもよらない語りだしに、雫は静かに目を見張る。

 幸い愛梨の視線は未だ足元へ向いていて、雫の表情の変化に気付くことはなかった。

 

「母に良いところを見せられたからってはしゃいでいてね。気付いた時には逃げられる状況じゃなくなってたわ。囲まれて銃を向けられて、乱暴されそうになった私たちを、たまたま居合わせた彼が守ってくれたの」

 

 一見すると美談にも思えるそれを語る間、愛梨は一度も微笑むことはなかった。

 端正な容貌を険しく顰め、力なく落とした左手をもう一方の手で掻き抱く。

 

「あの時に見た目を今でも覚えてる。まっすぐ相手を見据えているのに、どこか遠いところを見ているようで。恐怖も関心もまるで(うかが)えなくて、何もかもどうでもいいみたいなのに、傷付きながら私たちを庇って……」

 

 消え入るような声を呑み込んだ愛梨は一度目を閉じると強く短く息を吸った。

 やがて顔を上げた彼女は身体を抱いていた手を放し、そのまま自身の胸元へと運ぶ。

 

「今の森崎さんは、あの時と同じ目をしてた。自分が傷つくことに躊躇いも怖さもなくて、庇った相手がどう思うかなんて興味もない。献身的と言えば聞こえはいいけれど、彼のあれはそうじゃない。諦めて自暴自棄になっているだけ」

 

 ぎゅっと握り込んだ手が彼女の意志を表しているようで、雫は息も忘れて見入ってしまった。

 

「彼にあんな顔をして欲しくない。だから私は、彼を三高に誘ったのよ」

 

 迷いや躊躇いのない、清々しいほどまっすぐな願いだった。

 独善とも言えるほど一方的な、けれど決して折れない強さに満ちた宣言だった。

 

「もし三高に来てくれたなら、私は片時も彼の傍を離れない。どんな手を使っても、どれだけ時間が掛かっても、彼が二度とあんな顔をしないように、私が守ってみせる」

 

 貴女はどうかと、愛梨が言外に問いかける。

 

 静寂は一瞬だけ。逡巡ではなく、深く息を吸うために要した一瞬だけだ。

 

「――私も。何があっても隣に居て、支えるって決めたから」

 

 射貫くような眼差しを真っ向から受け止めて、雫はハッキリと頷く。

 

 元より迷いはない。以前、寿恵に託された時からその覚悟は決まっていた。

 愛梨の宣言を聞いた今、秘密を打ち明けるのに躊躇いはない。たとえそれが駿の願いに反することだとしても、駿を支えるために必要なのであれば構わないと思った。

 

「最初に違和感を持ったのは新学期の初日だよ。すっきりしたような、吹っ切れたような雰囲気が引っ掛かってたんだけど、考えてみればあの時から決めてたのかもしれない」

 

 およそ2カ月前の一幕を思い返しながら語る。記憶の中の駿は確かに笑みこそ浮かべていたものの、言葉の端々にどこか投げやりな印象があった。

 

「決めていた……? 何を決めていたというの?」

 

 話が見えないとばかりに愛梨が問いかける。

 顔を上げた雫と愛梨の視線が交差して、固唾を呑む相手へ雫は努めて平静に答えた。

 

「一高から、私たちの前からいなくなること」

 

 途端、愛梨の両目が大きく見開かれた。

 同時に唇だけが「嘘」と囁くように動いたものの、音となって現れることはなかった。

 

「何があったのかはわからない。でも、何かがあるのは間違いない。多分それは近いうちに起きることで、彼一人の手には負えないくらい危ないことなんだと思う」

 

「どういうこと? そんな、まるで何が起きるか知っているみたいな……」

 

 ようやく声を取り戻した愛梨が信じられないとばかりに呟く。

 

 危惧した通りの、常識的な反応。

 けれど雫は――目の前の『恋敵(ライバル)』すらも利用すると決めた今の雫は、荒唐無稽な推測を語ることに一切の躊躇いもなかった。

 

「彼は知ってるんだよ。これから起きること、未来に何が起きるかを知ってる。知ってるから守ろうとしてるし、知ってるからこそ、自分のことは諦めようとしてるんだと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 開会の時間が迫ってくると国際会議場のロビーは多くの人で賑わい始めた。

 参加する魔法科高校の生徒や教員、魔法協会関係者といった運営側の人間はもちろん、一般の参加者も続々と集まってきている。中には国防軍に属する人もいるのだろうが、ジャケット姿となると見分けもつかない。

 

 唯一そうと判ったのは、落ち着いた色合いのカーディガンを羽織った女性一人だけ。

 藤林響子――達也の所属する国防陸軍独立魔装大隊の士官で、電子ネットワーク分野において世界でも屈指の技術を持つ人物だ。

 藤林響子は人の隙間をするする抜けていくと、一高の控え室の前で足を止める。インターホン越しに一言声を掛けた彼女はその後、出迎えた達也と共に控え室の中へと入っていった。

 

 彼女が横浜にいるということは、国防軍は原作と同じように警戒を敷いているらしい。呂剛虎が姿を現さなかったことで不安もあったが、彼らが駆け付けるのであれば最終的な始末はつけてくれるだろう。

 

 これで一つ安心材料ができた。あとは国防軍が来援するまでどれだけ耐えられるかだ。敵の戦力が原作以上に増強されているとなれば当然攻撃も激しくなるはずで、だとすればその矛先が向くのは魔法協会関東支部のあるベイヒルズタワーと――。

 

 頭の片隅でそんなことを考えながら見回りを続けていた、その矢先。

 

「こんにちは、森崎くん」

 

 不意に横合いから掛けられた声に振り向くと、鮮やかな色の髪が目に留まった。

 

「千葉さん。こんにちは。しばらく休んでいたらしいが、もう大丈夫なのか?」

 

「別に体調に問題があったわけじゃないから。ちょっとした思い付きで新しい弟子を鍛えてたんだけど、鈍くさくて時間掛かっちゃって」

 

 およそ一週間ぶりに会ったエリカはわざとらしいため息と共に肩を竦める。

 と、そんな愚痴を聞きつけてか不満げな声が彼女の向こうから聞こえてきた。

 

「鈍くさくて悪かったな」

 

「西城。久しぶりだな」

 

 憮然とした顔で寄ってきたレオは呼びかけると朗らかに笑んで片手を挙げる。反対の手は何やら手提げのようなものを持っていて、背中に下げたそれを肩越しに支えていた。

 一方のエリカはしてやったりとばかりに意地の悪い笑みを浮かべていて、ムッと口を結んだレオが挑みかかる。

 

「というか、元々の目標なら火曜に達成してただろ。なのにいきなり『こんなんじゃ足りない』とか言い出しやがって」

 

「目標が甘すぎたのよ。まともになるまで仕上げてあげたんだから、感謝して欲しいわね」

 

「寄ってたかって打ち込まれるのに何の意味があったんだよ。しかも真剣だぞ、アレ」

 

「あら、ちゃんと刃引きはしてあったわよ」

 

「そういう問題じゃねぇ!」

 

 すっかり見慣れたやり取りを眺めながら所々引っ掛かる箇所が耳に留まる。

 

 レオの発言を聞く限り、4日前には例の秘剣を会得し終えていたのだろう。だとすれば残りの4日間は別の目的のために修行をしていたということだ。

 そもそも本来ならレオの修行は4、5日程度で終わっていたはず。それがおよそ10日、倍の時間を掛けたとなれば内容も原作以上になっているに違いない。

 

「何か厳しくする理由ができたのか?」

 

 訊ねると、エリカは一転して苦虫を嚙み潰したような顔に変わった。

 面白くないと表情で語りつつ、ため息と一緒に訳を吐き出す。

 

「うちのバカ兄貴――跡取りがスパイに負けて帰ってきたのよ」

 

 思わず目を見張る。

 千葉家の跡取りといえば長兄の寿和氏で、彼は世間の評判はともかく実力的には次兄の修次氏にも劣らない遣い手なはず。そんな人が敗れるほどの相手となると、思い当たる人物は限られてくる。

 

 恐らく、スパイの正体は呂剛虎(リュウカンフウ)。大亜連合軍きっての豪傑だ。

 

「不意打ちされたわけじゃなくてか?」

 

「寧ろ不意を突くつもりで待ち伏せにあったんですって。まったく情けないったら」

 

 呆れ口調で語る彼女だが、内心は仇討ちに燃えているに違いない。兄だからという想いもあるだろうが、それよりも彼女は自身が修める剣術が負けたままでいることに耐えられない性質だ。

 

「千葉の次期当主を撃退するほどの相手か。なるほど、それで西城を余計に鍛えたんだな」

 

 或いはそこにレオが巻き込まれる可能性を考えたのかもしれない。

 一介の兵士相手ならともかく、呂剛虎に挑むのに付け焼刃では相手にならない。せめて生き残る術を学んでおくべきと、四方からの攻撃を凌ぐ訓練をさせたのだろう。

 

「安心しなさい。今のアンタなら10秒は立っていられるわ」

 

「あれだけやってたった10秒かよ」

 

 その10秒を耐えるのがどれだけ難しいか、実戦経験の少ないレオには判らない。エリカも素直に説明することは絶対にないだろう。本来それは戦場と無縁のレオが知る必要のないことだから。

 

「どうあれ、君たちがいてくれて心強いよ。もし何かあった時には力を貸してくれるとありがたい」

 

「おう。任せとけって」

 

「もちろん。()()()()()()()()わよ」

 

 憎まれ口を叩き合う二人へ水を向けると、それぞれらしい笑みで応じた。

 自ずと息が漏れ、口の端が吊り上がる。名残惜しさが湧いたせいか、つい見回りを再開するという発想が抜け落ちてしまっていた。

 

 そうしている間にふと、何かを思い出したようにエリカが訊ねてきた。

 

「そうだ。森崎くん、どこかで雫を見かけなかった?」

 

 瞬間、鳩尾の奥が締め付けられる。

 夕焼けに映える笑みが脳裏へ浮かんで、自分の身勝手さに全身の熱が冷めた。

 

「いや、今朝から一度も見ていない」

 

 首を振って答えると、エリカは腕を組んで頬に指を当て、思案するように続ける。

 

「そっか。さっき三高の子、たしか一色愛梨だっけ、あの子に連れられてどこかに行っちゃったんだけど、見てないならしょうがないわね」

 

「一色さんが来ていたのか?」

 

 ここに一色さんが来ているとなれば、また一つ原作と異なる要素が増えたことになる。心強く感じる一方で、ここには来てほしくなかったという気持ちもあった。

 なにせ師補十八家の直系、それもあの深雪に対抗し得る英才だ。有力な魔法師の誘拐を目的の一つに掲げる大亜連合軍にとってすれば、喉から手が出るほど欲しい人材だろう。ただでさえ手の届く範囲は限られているのに、他校の生徒まで注意を払える自信はない。

 

「ええ。理由は知らないけど、雫を探してたみたいよ」

 

「ずいぶん焦ってるように見えたけどな――っと、噂をすれば」

 

 レオに促されるまま振り向くと、(くだん)の一色さんが雫と連れ立って歩いているのが目に留まった。横顔なので判りづらいが、どちらも神妙な面持ちをしているように見える。

 

「雫ー、こっちこっち」

 

 それなりに人の行き交う中をエリカが相変わらずの豪胆さで呼びかける。

 こちらへ気付いた二人はどちらも驚いたような表情を浮かべ、一瞬だけ顔を見合わせた後に並んで歩いてきた。

 

「おはよう、駿くん」

 

「ああ。おはよう、雫。一色さんも、お久しぶり」

 

「お久しぶりです。また会えて嬉しいわ」

 

 挨拶を交わす時にはもう雫は普通の表情に戻っていた。一色さんの方はまだ何か言いたげな眼差しではあったものの、応答自体は以前と変わらない声音だった。

 

「さっきは挨拶できなかったからね。改めて、千葉エリカです」

 

「西城レオンハルト。よろしくな」

 

「千葉さんに西城さんね。一色愛梨です。よろしくお願いします」

 

 一色さんが二人へ自己紹介を返すと、雫が待っていたとばかりに問いかける。

 

「エリカ、ほのかと深雪は?」

 

「達也くんが来てくれたから。ミキも美月もいるし、二人のことは任せて飲み物でも買ってこようかなって」

 

 エリカは視線だけでレオの持った手提げを示した。

 なるほど。レオが背に担いでいたのは人数分の飲料だったと。道理でレオが駆り出されたわけだ。雫を探していたのも、それが無駄にならないようにと考えたからなのだろう。

 

 雫もエリカの意図に気付いたようで、小さく笑みを浮かべ「ありがとう」と頷いた。

 それから彼女はこちらへ向き、ほんの僅かに首を傾ける。

 

「駿くんは、見回りの途中?」

 

「ああ。長居し過ぎたから、そろそろ戻らないと」

 

 瞬間、視界の端で一色さんが身体を震わせたように見えた。

 見ると彼女はまたしても何か言いたげな目をしていて、けれど何も口に出さぬまま短く深呼吸をする。気掛かりな反応の理由を問おうか悩んだものの、こちらが切り出す前に笑顔を作られてしまった。

 

「全部終わったら、ゆっくりと話をさせてくださいね」

 

 どこか寂しげな笑みはこちらからの問いかけを拒んでいるようで。

 浮かんだ疑問は晴らす機会を得られぬまま記憶の隅へと沈み込む。

 

「……ああ。わかった。それじゃあ、僕はこれで」

 

「おう。じゃあな」

 

「またね、森崎くん」

 

 空気を読んだ二人の挨拶に見送られながら、彼らの前を後にした。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 予定通りに開会された論文コンペは、不気味なほどスムーズに進行した。

 

 遅延もトラブルもないまま午前の部が終わり、昼休憩を挟んだ後で午後の部が始まる。

 午後一番に発表へ臨むのは第七高校。一高の出番はトリとなる三高の一つ前だ。プログラム通りに進行すれば、一高の発表は午後3時から始まることになる。

 

 原作で大亜連合軍が侵攻を開始したのは一高が発表を終えた直後。午後3時30分を回った辺りに最初の一発が山下埠頭の出入港管制ビルへ撃ち込まれた。

 連中が同じ侵攻計画を組んだ可能性は決して低くはないだろう。だが敵戦力の増大が見込まれる以上、早めに事態が動き出しても何ら不思議じゃない。

 

 だから開会前に友人たちと談笑して以降、最大限に警戒しながら周囲を見回っていた。

 しかし、七高のプレゼンが始まった今になっても一向に動きはない。時刻も間もなく13時20分になろうかというところで、或いはこのまま原作通りの時間に動きだすのではないかと思い始めていた。

 

 そんな矢先のことだ。

 

「森崎くん」

 

 一階の通路を歩いていた最中、横合いから思わぬ人物に呼び掛けられた。

 振り返り、相手の顔を見た僕は心底から驚きの声を漏らした。

 

「平河先輩。お出でになられていたんですね」

 

 九校戦での傷心から代表を辞退し、原作では退学すら考えたという彼女がそこにいた。

 

「辞退した手前、来てもいいのか迷ったんだけど、市原さんに是非って誘ってもらったから」

 

 おずおずと語る平河先輩はしかし、どこか楽しそうな表情を浮かべていた。

 

 彼女の微笑む顔を見ていると、どうしようもなく嬉しくなるのが嫌だった。

 傷付くことを強要した僕が彼女の立ち直る姿を喜ぶなんて、本当に醜悪なことだ。

 

「それにしても、やけに本格的な装備なのね」

 

「最近は何かと物騒ですから。用心に越したことはないと十文字先輩が」

 

「十文字くんらしい」

 

 せめて誠実な対応くらいはと、振られる雑談に応える。

 すると不意に、平河先輩は何か思い出したような表情を浮かべた。

 

「――そういえば、さっき向こうでバッグが置きっぱなしになってるのを見たの。誰かの忘れ物かと思ってそのままにしてきたんだけど」

 

 何でもないように語られた言葉に含まれた意味を察する。

 持ち主不明の入れ物といえば、爆発物が入っている可能性が否定できない。

 

「それは、どの程度の大きさでしたか?」

 

「このくらいの大きさで、スポーツバッグみたいな形だったわ」

 

 手振りで示された長さはおよそ60cmに及んでいた。

 いよいよ無視できるものではないと判断し、警備隊リーダーの十文字先輩へ電話を掛ける。

 

「こちら森崎。生徒から不審物の報せを受けたため、これより現場へ向かいます」

 

『――了解した。発見し次第、再度連絡を求む』

 

 通信越しの声はやや遠かったものの、問題なく聞き取れたため「了解」を返して切断。

 端末を胸ポケットへと収め、改めて平河先輩の方へ振り返る。

 

「お手数ですが案内をお願いできますか?」

 

「ええ。もちろん」

 

 快く頷いてくれた先輩の後について、通路を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 平河先輩の見たバッグは舞台袖近くの通路に置かれていたらしい。後について歩く内に人影は減っていき、やがて参加各校の機材準備室が並ぶ通路へ辿り着いた。

 ちょうど一高の準備室へ向かう途中あたりで立ち止まった先輩は、記憶を探るように辺りを見渡す。

 

「この辺りに置いてあったんだけど……。あっ」

 

 声に釣られて視線を追いかける。

 すると魔法科高校の制服を着た男子が一人、近くの部屋へと入っていくのが見えた。扉の内に滑り込む男子の肩には、平河先輩が言っていたサイズのスポーツバッグが担がれていた。

 

 制服の色合いからして、さっきの男子は第九高校の生徒だ。後ろ姿しか見えなかったので顔立ちはわからないが、体格はそれほど大きくもなかった。

 

「アレよ。私がさっき見たバッグは今の人が持って入ったのと同じ」

 

 断言する先輩に頷いて応える。

 

 あの部屋が九高の準備室だったなら「異常なし」の報告を入れていただろう。

 或いは他校の準備室だったとしても、警戒する必要はほとんどなかった。

 

 けれど、さっきの生徒が入った部屋は()()()()()()()()()()()()()

 スパイ行為を防ぐという意味でも、警備隊の僕が調べないわけにはいかなかった。

 

「確認してきますので、先輩はここで待っていて頂けますか?」

 

 頷いた平河先輩をその場に残し、一人で扉へと忍び寄る。

 

「こちら森崎。先程報告した不審物は第11準備室へと運び込まれました」

 

『――了解した。不審物を検め、現場判断で押収せよ』

 

 相変わらずの遠い声と十文字先輩らしからぬ性急さに少しだけ引っ掛かる。

 説明し難い違和感を抱きながらも手は止めず、特化型CADを抜きながら扉の前へ。

 

 念のため中から見られない位置に立ち、CADを保持した右手とは逆の左手で扉の開閉スイッチに触れる。

 スライド式の扉が完全に開くのを待ち、振り向きざまに中へ向けてCADを構えた。

 

 

 

 瞬間、こちらへ向けられた5つの銃口が目に入った。

 

 

 

 背筋を冷たいものが流れ落ち、咄嗟にCADの引き金を引く――その間際。

 

「……っ!」

 

 身体を内側から揺さぶられ、堪える間もなく膝を突いた。

 吐き気に似た衝動に内臓を掻き回され、顔を上げることすらできなくなる。

 何度か浴びた経験のある『それ』は、経験したことのない強度で頭を揺さぶっていた。

 

「ごめんなさい。でも、こうするのが一番なの」

 

 聞き覚えのある声が、聞き覚えのない質感をもって耳に届く。

 

「平河、先輩……?」

 

 どこかまとわりつくような響きのあるそれは、平河小春の放ったものだった。

 

 差し向けられた手にはいつのまにか真鍮色の指輪が鈍く光っていて。

 

 全身を揺さぶる波動の出所を認識したこの時、僕はようやく罠に嵌められたのだと理解した。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
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