モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第23話

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 罠に嵌められたと気付いたときには、すでに前後を囲まれていた。

 

 前方には拳銃を構えた男が5人並んでいて、内一人は九高の制服を纏っている。眼差しも姿勢も学生のそれではなく、恐らくは僕を誘い込むための仕込みだったのだろう。残る4人はジャケット姿で、こちらは論文コンペの観客に扮した格好だ。

 後方から響いているのは頭を内側から揺さぶる不快な波動。アンティナイトの指輪から放たれるサイオンノイズは強力かつ精密に制御されていて、使用者の技量を明確に表していた。

 

 狙われた理由はわかる。八雲法師からも忠告されていたように、沖縄の一件からずっと僕の持つ原作知識を求めているのだ。口を割った覚えはないが、薬や魔法を使われていたのだとすれば意識が曖昧なまま漏らしてしまった可能性はある。

 

 だが、まさか平河先輩まで敵に取り込まれているとは思わなかった。

 大亜連合や周公瑾の洗脳を受けた人たちは皆、元々持っていた不満や鬱屈した想いを利用されていた。平河先輩も同じだとすれば、何か耐えがたい不満があったのだろうか。

 

 どうあれ、このまま捕まるわけにはいかない。

 平河先輩の乱心と何より敵の侵入を報せなければたくさんの人が危険に晒されてしまう。

 ただでさえ不安要素が多いのだ。未然に防げることがあるなら対処しておきたい。

 

 何のリスクもなしに突破できるような状況じゃないのは明らか。

 前後どちらかだけならまだしも、動きも魔法も封じられては迂闊なことはできない。

 

 脅威が拳銃だけなら対抗手段はいくつかあった。キャストジャミングだけだったとしても《術式爆散》という手札がある。

 だが両方に狙われている現状、サイオンを一度に大量消費する魔法は使えないし、ノイズを晴らさなければそもそも魔法式を作用させることもできない。魔法なしで拳銃に対抗できるほどの体術は僕にはない。

 

 加えてアンティナイトが平河先輩の手にあるというのも状況を厄介にしていた。

 

 そもそもアンティナイトは非魔法師が扱っても効果を発揮する強力な代物だ。それを魔法に熟達した人が使用しているのだから強度も密度も比較にならない。

 非魔法師の放つ耳鳴り程度のノイズなら動くこともできるが、平衡感覚すら奪われる波の中にあっては立つこともできなかった。

 

 達也ならこの程度の状況は易々と突破しただろう。彼の揮う《分解》はその特性上ジャミングの影響を受けず、鍛え上げた体術の前では拳銃程度の武装など障害にもならない。

 この状況を打破するためには彼のように強力なノイズの影響を跳ね除け、反撃の隙を与えることなく目の前の5人を無力化する必要がある。

 

 僕の持つ手札でそれができるのは、博士から貰った『あの魔法(切り札)』だけだ。

 

 

 

 

 

 

 短く息を吐き、目を閉じて集中力を高めていく。

 

 未だ続く荒波の不快感を感覚から遠ざけて自分自身を思い浮かべると、膝を突く『森崎駿(自分)』の姿が暗闇に浮かんできた。

 蹲る背中へ手を伸ばし、その内側――精神の奥へと意識を向ける。

 

 瞬間、馴染みのある景色(イメージ)が広がった。

 

 無数の本と、扉が一つ。

 ここにあるのは、ただそれだけ。

 

 平積みにされた本はどれも表題がなく、簡素な扉には鍵が掛かっている。

 天井からは細く陽光が差し込んでいて、丸く照らされた足元に複雑な紋様が刻まれていた。

 

 幾何学模様を描くそれに手を触れ、サイオンを送り込む。

 

 紋様が淡い光を放ち、泡のような膜が吐き出された、その瞬間――。

 

 

 

 『内』と『外』を繋ぐ境界に水が満ち、『僕』は『森崎駿()』から隔離された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 対策は万全なはずだった。周の援助の下、抜かりなく準備を整えたはずだった。

 段取りの策定から配置まですべて予定通りに進み、誘導のタイミングにもズレはなかった。複数の銃器で牽制したところへキャストジャミングを放ち、抵抗力を奪って安全に捕まえる。殺すことはもちろん怪我の一つさえさせるつもりはなかった。

 

 だが、いざ確保する段階に至ったところで予想外に遭った。

 

 何が起こったのか、小春には全容がわからなかった。

 サイオンのノイズが響く中、何事もなかったかのように立ち上がった駿は瞬きの間に姿を消し、直後には男たちの苦悶と悲鳴が重なって聞こえた。

 戸惑いの声を漏らす暇もなく、拳銃の落ちる音に続いて男たちが倒れ込む。見れば5人共が右肘を押さえていて、誰の腕もがあらぬ方向へと力なく曲がっていた。

 

 事態を把握することもできないまま、放たれた魔法が男たちの意識を刈り取る。

 小春の発するキャストジャミングは指向性を与えたが故に範囲が限定されていて、ノイズから逃れた駿は当たり前のようにCADを握っていた。

 

 いつの間に立ち上がったのか。

 いつの間に男たちを無力化したのか。

 いつの間に落ちていたCADを拾ったのか。

 

 予想だにしなかった状況を前に小春は思考の迷路へと陥り、結果、駿にCADを向けられるまで立ち尽くすことしかできなかった。

 慌ててアンティナイトを向けるも、次の瞬間には腕を引かれ指輪を抜き取られていた。対抗手段を奪われた小春は訳も分からないままに引き倒され、鼻先に特化型の銃口が突き付けられる。恐る恐る見上げた先で駿は上がった息に少しだけ肩を上下させていた。

 

「彼らは何者ですか?」

 

 聞いたことのない冷淡な声音に身震いが走る。

 眼差しも鋭く、これまで見てきた穏やかな駿とは似ても似つかなかった。

 

「答えてください。彼らは大亜連合の兵ですか? それとも周公瑾の手の者ですか?」

 

 大亜連合の、そして周公瑾の名前を持ち出されて小春は目を丸くする。

 どうやって存在を知ったのだろうか。関本も浅野も妹の千秋同様、周の手によって記憶を処理され、小春自身も両者の存在を口にしたことはなかった。

 

「先生のこと、知っていたのね」

 

 促されるまま腰を落とし、代わりに身体だけを起こしながら呟く。

 言外の問いに駿が答えることはなく、射貫くような眼差しに段々と震えが湧いてくる。

 

「なぜ彼らに協力を。先輩の目的は何なんです?」

 

「私……私は、ただ貴方のために……」

 

「僕のため? どういうことでしょう」

 

 駿のためだと、そう口にした途端、駿の声音が一段と無機質になった。

 思わず身を引いてしまい、駿を恐れたことに困惑した小春は焦りのまま自身の願いを口にする。

 

「い、一高を離れれば、外国に行けば、貴方の努力も才能も正しく評価される。大亜連合でなら正当な待遇を受けられるって、そう先生に教えてもらったの。だから――」

 

 捕まえたあとは大亜連合軍が国際会議場を制圧するまでこの部屋で待機し、他の捕虜と共に大陸へと渡る手筈だった。日本を離れることにはなるが、駿が今以上の厚遇を受けられるように根回しをしていると、小春は周から聞かされていた。

 

 すべては敬愛する駿のために。

 彼の努力と献身が報われ、正当な評価を受けられるように。

 

 それが親友と自身を救われた、小春の心からの願いだった。

 

 しかし――。

 

「そんなことのために、先輩は奴らに味方したんですか」

 

 返ってきたのは、興味もないと言わんばかりのため息だった。

 

 怒りも悲しみもなく、ただ無関心に切って捨てるような声音に声を失う。

 息の仕方を忘れるほどの締め付けが胸を襲い、目の奥が急速に熱くなっていった。

 

「残念ですが先輩の願いは叶いません。警備員を呼びますので、大人しくしていてください」

 

 CADを下ろした駿が小春の脇を抜けようと足を踏み出す。

 

「ダメよ! 全部終わるまで、貴方はここに……」

 

 跳ねるように立ち上がり、扉へ向かって手を伸ばす。

 

 直後、駿の右腕が動き、意識を奪われた小春は壁へ身体を預け倒れた。

 伸びた手は最後まで折れることなく、扉脇の操作盤を撫でた末に床へと落ちた。

 

「すみませんが眠っていてください。あまり時間がないので」

 

 僅かに眉を寄せた駿は足早に扉へ近付き、操作盤に触れる。

 だがどれだけ操作しても扉が開くことはなく、電子式の鍵は手動で開くこともできなかった。

 

「開かない。まさか通信も――」

 

 端末を取り出し、克人へ電話を掛ける。

 先程まで通じていた電話はしかし、応答どころかコール音すら鳴ることはなかった。沢木や花音に掛けても結果は同じで、部屋自体に通信を妨害する処置が施されているのだろう。男たちの誰か、或いは小春の仕業なのは明白だ。

 

「平河先輩、あなたという人は……」

 

 意識のない上級生の頬に涙の跡を見つけて、駿は数分ぶりに感情の籠った声を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 駿が小春の仕掛けた罠に落ちたのと同時刻。

 国際会議場1階の通信ブースでは、響子が思いもよらぬ報せを受けていた。

 

「久沙凪煉が失踪した!? 失礼ながら、確かな情報ですか?」

 

 反射的に悲鳴を上げてしまった響子は慌てて声を潜める。

 完全個室のブースとはいえ、聞き耳を立てている者がいないとも限らない。

 

『信じたくない気持ちはわかるが、確かだ』

 

 響子の注意が戻るのを待ってから風間が頷く。

 

『昼食の配膳時に発覚した。朝食の時点では姿が確認されていることから、失踪したのは午前8時から12時の間だそうだ』

 

「取り調べでは、記憶操作が疑われていましたね。外部の人間が手引きした可能性はないのですか?」

 

 すっかり居住まいを正した響子は真剣な表情で風間からの情報を受けつつ、キーボードを叩いて自前の情報ネットワークを読み出していった。

 

『鑑別所側は調査中と言っているが、十中八九何者かの手引きによる結果だろう。厳戒態勢の敷かれた施設へ潜入し、気付かれることなく囚人を連れ出すなど余程の術者でなければ不可能だが』

 

 煉の収監されていた八王子特殊鑑別所は先だっての襲撃事件もあり、厳重な警備態勢が続いている。対魔法師を想定した監視、鎮圧設備が常設されていることに加え、魔法技能を持つ職員が集中的に配置されていた。

 一方でこうした厳戒態勢が長期間続くことは現実的でなく、期間を空け警戒の解かれたタイミングを待つ方が救出は容易になったはずだった。

 

「危険を冒してまで今日に拘ったのは、何か意味があるのでしょうか」

 

『まったくの無関係ということはないだろう。少なくとも、なにがしかの意図があると想定しておく必要がある。大陸でも動きが活発化しているとの観測結果が出ているそうだ』

 

 大陸――大亜連合に不穏な動きが見られるとの一報は昨日の内に響子も受けていた。朝面会した際に達也と深雪の二人にもそれとなく伝えてあり、渡したデータチップには背景情報も添付してある。

 

 何も起きなければいいとは思っている。

 他方、何も起きないと楽観視することは職務上も性格上もできなかった。寿和を通して警察にも警戒を促したが、実際に横浜市内を歩くほど判断は間違っていなかったと感じていた。

 

『目下の情勢に鑑み、鶴見、藤沢、厚木の部隊もそれぞれ警戒態勢に移行した。我々も現在、保土ヶ谷の部隊に合流すべく行動している。到着予定時刻は一六〇〇(ヒトロクマルマル)だ』

 

「了解です。小官は引き続き状況を注視します」

 

『頼んだぞ、少尉』

 

 画面越しに敬礼した響子は通信が切断されるのを待って小さく息を吐く。

 大亜連合軍の動きに加え久沙凪煉も脱走し行方を晦ませたとなると、いよいよ雲行きが怪しくなってきた。

 

 響子の生家『藤林家』は十師族『九島家』と結びつきの強い古式魔法師の家系だ。魔法技能師開発第九研究所にも関わっており、研究に関与した他の家のことも知り得ている。

 

 『久沙凪家』――『九佐薙(くさなぎ)家』はその内の一つだ。

 

 かつて第九研に協力し、数字を与えられながらその異質な『思想』故に数字を剥奪された家系。能力を認められながら『数字落ち(エクストラ)』となった『久沙凪』は、それに一切の執着を見せることなく故郷の山へ戻ったという。

 

「ずっと表に出てこなかったのに、今さらどうして……」

 

 優秀な嫡子が生まれたことは風の便りに聞いていた。また数年前にはその嫡子以外の一族郎党が亡くなったことも聞かされている。集団自殺らしいとの報告もあり、響子の父や九島家の当主は久沙凪の『思想』に関わりがあったのではないかと長い間調べていた。

 

 真相はわからぬまま、嫡子の煉が姿を隠したことで『久沙凪』の名は忘れられた。

 今やその存在を知る者の方が少ないだろう。十師族であっても余所の傍系まで把握することはできず、『九』の各家が語らぬ今、煉の真意は誰にもわからない。

 

 何事もなければいいと、不信心ながらに祈る。

 

 嫌な予感ほど当たるものだと、後に響子は眉を顰めることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 本番を30分後に控えた頃、一高の控え室には代表メンバーを含む6人が待機していた。

 鈴音、五十里、達也の代表メンバー3人に加え、五十里の護衛役を務める花音、鈴音の護衛を服部、桐原の両名から引き継いだ真由美と摩利という顔ぶれだ。15分ほど前までは現生徒会長のあずさや深雪たちも応援に訪れていたが、今は観客席へと戻っている。

 

 現在ステージでは第八高校が発表を行っていて、出番の迫る一同はそろそろ舞台袖へ向かおうかと話していた。

 

 そんな時のことだ。

 大きめなノックの音に応じて開かれた扉から、慌てた様子の女子生徒が駆け込んできた。

 

「小早川じゃないか。随分慌てているようだが、どうかしたのか?」

 

 最初に声を掛けたのは摩利だった。九校戦で2種目とも同じ競技に参加した二人は自他共に認めるライバルであり、同時に気の置けない友人でもある。

 

「本番前に押しかけて済まない。誰か、小春を見かけなかったか?」

 

 小早川の問いに一同が揃って首を振る。

 鈴音を除く5人は代表を辞退した小春が会場に来ていることさえ初耳だった。驚きと喜び、不満の入り混じった表情を浮かべた花音が許嫁の五十里によって宥められる中、唯一安堵を覗かせていた真由美が訊ね返す。

 

「見当たらないの?」

 

「ああ。1時間くらい前、手洗いに行くと言ったきり帰ってこなくてね。さすがに遅いんで探しに出たんだが……」

 

 1時間近く戻らないとなれば、単なる寄り道というわけでもないだろう。或いは何かしらトラブルに巻き込まれた可能性もある。産学スパイに加え外国人の暗躍も囁かれる最中、いずれ帰ってくるだろうと楽観視することはできなかった。

 

「十文字に言って、警備隊で見かけたやつがいないか訊いてみたらどうだ?」

 

「そうね。ちょっと聞いてみましょう」

 

 摩利の提案に頷いた真由美はすぐに端末を取り出し、控え室の隅へと向かう。

 一方の摩利は小春の様子を訊ねていて、残った4人は彼女たちの話に注意を払いつつも間近に迫った出番への準備を進めていた。

 

 5分ほどが経過し、一同のもとへ戻ってきた真由美は真剣な表情で首を横へ振った。

 

「警備隊の方でも見かけた人はいないみたい。あと、もう一つ変なことがあって――」

 

 一拍の間を置いた真由美は、達也へと顔を向けて続ける。

 

「森崎くんに連絡がつかないみたいなの」

 

 駿が小春と同様に姿を消したと聞いて、一同が驚きを顔に浮かべた。

 だが真由美の視線を受ける達也だけは、表情一つ変えることなくこれへ応じた。

 

「十文字先輩は何か聞いておられなかったのですか?」

 

 九校戦で代役を引き受けた際とはまるで異なる反応に小さな違和感を抱いたものの、顔に出すことはなく真由美は頷く。

 

「ええ。森崎くんからは()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが小春の仕掛けた工作だと、この時点で気付いた者はいなかった。

 駿を陥れるため、身柄を確保するための仕込みだと、見抜ける者はいなかった。

 

「平河のやつ、九校戦以来あいつを慕っているようだったからな」

 

「そっとしておいた方がいいのかもしれませんね」

 

「けど、警備隊の人間が一般生徒を連れ歩くなんて」

 

「森崎くんは一年生とは思えないほど思慮深いですから。連絡がない以上、心配する必要もないと思いますよ」

 

 摩利、五十里、花音、鈴音が次々にそう言うと、小早川は納得しきれないまま頷く。

 真由美も彼らに同意する素振りを見せていて、哀れな被害者と見做されていた小春の策謀は概ね狙い通りの効果を発揮していた。

 

 ただ一人、小春に疑念を抱く達也を除いては。

 

「とはいえ最悪の可能性もあるわけですし、念のため居場所だけでも探してみてはいかがですか?」

 

「……そうね。何処にいるかだけでも確かめてみましょうか」

 

 口調よりも視線によって促され、真由美は消極的ながら駿と小春の捜索を決める。

 

 

 

 結果としてこの判断が後の駿と、なにより小春の心を救う決め手となった。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
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