モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第25話

 

 

 

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 拘束されたテロリストを警備職員に引き渡した後、駿と摩利が電話を掛けている脇で沢木たちは首を捻っていた。

 

「結局、隠蔽を働いた術者は見当たらなかったな」

 

 沢木の呟きに、残る三人も眉を寄せる。真由美の《マルチスコープ》すら阻んでいた魔法は、準備室の扉を開いた瞬間に解けて消えていた。

 縛られていた五人の中に魔法を使える者は居らず、駿はそもそも隠蔽の術が働いていたことにすら気付かなかったらしい。音や気配が遮断されていたと知った駿は何やら納得したような笑みを漏らしていたが、術の出所に心当たりはないようだった。

 

 有力な手掛かりを得られなかった一同。

 しかし術者への糸口がまったくないというわけでもなかった。

 

「多分、密室であることを要にした古式の結界だろう。元会長が見通せないような強度だ。この会場のどこかに隠れてるんだとは思うが」

 

 心当たりのない様子の三人へ、三七上(みなかみ)ケリーが金髪を掻きながら推測を語る。

 

 沢木と同学年の三七上は鮮やかな髪と褐色肌を持つインド系イギリス人のハーフで、広範な知識と分析力、的確な魔法運用能力を併せ持つ文武両道の実力者だ。

 九校戦と論文コンペの双方で代表候補に名前が挙がるほどで、部活連現会頭の服部からも信頼が厚い人格者。近接戦闘を得意とする沢木とバディを組んでいたのも、敵の攻撃への対処能力の高さが買われての結果だった。

 

「古式の結界では、離れていても強度を保てるものなのか?」

 

「俺も詳しく知っているわけじゃないが、目印さえ付けておけば離れていても魔法を掛けられるらしい。通路のセンサーが反応しなかったのはその所為だろう」

 

 魔法を使っていたとすればたとえ古式魔法であってもセンサーに感知される。現場のセンサーは動作不良で警報は鳴らなかったものの、付近の機器は正常に作動しており不審な魔法が感知されることはなかった。

 

「もう一つ気になるのは連中がどこから入ってきたかだ。実弾銃なんか持ってボディチェックを抜けられたはずもない。観客に紛れてってのは考えにくいな」

 

「ですが、通用口も機材搬入口もすべて警備員が見張っています。気付かれずに侵入するのは不可能だと思いますが」

 

「あらかじめ忍び込んでいたか、或いは別の侵入経路があるのか……」

 

 将輝の呟きを最後に、一同の間へ沈黙が落ちた。

 

 隠蔽を働いていたのが古式の術者だという目星は付いた。

 しかし術者の居場所と侵入経路についてはわからないままだ。

 

 このまま会場内をしらみつぶしに捜索するのは難しい。

 テロリストの侵入が発覚した以上は警備の手を緩めるわけにもいかず、どんな危険があるかわからないのに一般生徒の協力を仰ぐこともできない。時間を掛ければ尚更、術者が行方を晦ませる可能性も高まるだろう。

 

 一度克人のいる指令室へ戻るべきだろうか。

 二年生二人がそう考えた矢先、摩利と別れた駿が四人の方へ駆け寄ってきた。

 

「沢木先輩」

 

「ん? なんだい、森崎くん」

 

 呼びかけられた沢木だけでなく、残る三人の視線もが駿へと向く。

 全員の注意を集めた駿は一瞬だけ迷う素振りを見せたものの、すぐにそれを振り払った。

 

「敵の侵入路は恐らく、地下通路です」

 

 瞬間、四人の視線が一斉に鋭くなる。

 存在自体は知りつつも、非常時の避難経路だからと無意識の内に候補から外していた。

 

「なるほど、地下通路か。確かにあそこなら警備の目もほとんどない」

 

「だが、どうしてそこが侵入経路だとわかるんだ?」

 

「地下通路は本来避難用シェルターへ向かうためのものだが、同時に市内の各地とも繋がっている。さっき捕まえた連中が民間人に扮していたことから考えて、街中の出入り口から地下通路へ入った可能性が高いと踏んだんだ」

 

 駿が将輝の問いに答える横で三七上は黙々と端末を操作する。

 国際会議場の案内を読み出し、ページを手繰った末に該当の記載へと至った。

 

「――森崎の推測通りだ。出口の一つが港近くの繁華街に繋がっている。多分、連中が地下へ下りたのはここだろう。それにしても、よくこんなことを知っていたな」

 

「家の仕事柄、脱出経路を確認するのが癖になっていまして」

 

 淀みなく答える駿に三七上は疑念を含んだ眼差しを向ける。

 しかし、それは続く沢木の声によってすぐさま遮られた。

 

「では、このまま我々で地下通路の入り口を確認しに行こう」

 

 言うなり歩き出した沢木に駿が続き、十三束と将輝もまた後に並ぶ。

 三七上は一人駿の背中を睨んでいたが、沢木の呼ぶ声に促されて足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 一行は最寄りの通路から半地下へと続く階段を下り、小会議室の続く通路を進む。

 やがて突き当りに特有の看板が見えると、両開きの扉の前で一同は足を止めた。

 

「ここです。この非常口の先が地下通路に繋がっています」

 

 先導していた駿が振り返り、沢木と三七上が扉へと近付く。

 音を立てぬよう静かに扉の一方を開いた二人は、隙間から向こう側を覗き込んだ。

 

「沢木」

 

「ああ。いるな。人数は、それほど多くない」

 

 囁きつつ、そっと扉を閉じる。

 アイコンタクトを交わした二人はそのままCADの起動処理を始め、駿たち三人にも準備を促した。頷いた三人が各々のCADを取り出す間、沢木は克人へと一報を入れる。

 

「沢木です。地下通路へ続く非常口付近に不審な集団を確認しました」

 

『すぐに応援を送る。対応は任せるが、くれぐれも無理のないように』

 

「了解」

 

 通話を終えた沢木は端末を収め、全員の準備が整ったことを確かめて頷いた。

 

「応援を待ちますか?」

 

 僅かに緊張を滲ませて十三束が問いかける。

 しかし二年生二人は首を振り、沢木が扉に手を掛ける横で三七上が端的に囁いた。

 

「時間が惜しい。連中がこちらに気付く前に取り押さえるのがいいだろう」

 

「いざとなれば一条くん、君も躊躇う必要はない」

 

「わかりました」

 

 沢木の念押しに将輝が頷く。

 

 将輝の魔法がどんなものかを知っていて、沢木はそれを止めなかった。

 それが何を意味しているのか解らない者は、この中にはいない。

 

 張り詰めた空気の下、誰かの唾を呑む音を合図に沢木が扉を押し開く。

 下り階段を飛ぶように駆けだした沢木が先頭に立ち、駿と十三束がすぐ後に続いた。

 やがて階段の終わりに差し掛かり、先頭の沢木が直方型の通路へと踏み込む。

 

「5,6,……9人か」

 

「ハイパワーライフルだ。注意しろ!」

 

 不審な集団が手にしている銃器を見て、後衛の三七上が全員へ呼びかけた。

 

 対魔法師用に開発されたハイパワーライフルは専用の弾丸を使用することにより、弾丸の密度と発射速度を大幅に引き上げた高威力な携行火器だ。

 貫通力の高いこの弾丸を止めるには強い事象干渉力を求められるため、戦闘魔法師にも止められず威力を発揮できる可能性が高い。

 

 一方、ハイパワーライフルはその製造に際して高い技術力を要求される高価な武器だ。

 小国やテログループ程度では数を揃えるのが難しく、潜入工作のためのゲリラにまで配備できるとなれば自ずと背後関係が見えてくる。

 

(新ソ連か大亜連合か。どちらにせよ、こいつらは恐らく正規の軍人だ)

 

 後方から沢木を狙った男へ《スパーク》の雷撃を落としながら、三七上は奥歯を強く噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 前衛として駆け出した沢木は的を絞らせない動きで敵集団を攪乱していった。

 

 壁や天井を蹴ることで立体的な機動を行い、高速で飛来する銃弾を回避する。

 通常のライフル弾であれば《空気甲冑》で受け流すこともできるが、対物ライフルに匹敵する威力となるとそうもいかない。魔法による防御は失敗すれば最後、何もしないのと同じ結果に陥ってしまう。

 

 多方面から向けられる射線を掻い潜り、一人ずつ確実に打ち倒していく。

 後方では残る四人も攻撃を加えていて、非魔法師の敵は続々と床へ倒れていった。

 壁を蹴って敵の後ろへ回り、地下通路の前にいた相手を撃破した沢木は振り返りながら次なる相手へ踏み込む。

 

「あと一人……っ!」

 

 最後の一人へ向かって斜めに駆け出した沢木は、ふと背後に現れた気配へ気付いて咄嗟に身を伏せた。

 

 頭上を蹴りが通り過ぎるのを待って跳躍し、突如現れた細身の男に向かって踵落としを見舞う。

 体重と速度が乗った一撃を両腕で受けた男はしかし、倒れることもよろめくこともないまま交差した腕で沢木を押し返した。

 

 体勢を崩したまま落ちる沢木に対し、男は表情一つ変えることなく掌底を作る。

 サイオンの揺らめきが腕を覆い、培ってきた直感が激しく警鐘を鳴らした。

 空中で防御姿勢を取った沢木は、それが苦し紛れにしかならないと悟った。

 

 歯噛みする沢木へ向かって男の右手が突き出される。

 岩をも砕く一撃が直撃する――その寸前、間一髪で氷の礫が男を押し退けた。

 

「下がってください! そいつはただの魔法師じゃない」

 

 受け身を取って立ち上がった沢木へ駿の声が飛ぶ。

 特徴的な色合いのCADを手にした駿は、驚異的な速度で魔法を撃ち出していた。

 

 放たれているのは真由美の得意魔法として知られる《ドライ・ブリザード》。亜音速に加速された氷弾は薄い鉄板を貫く威力があるものの、背を丸めて凌ぐ男に傷は付いていない。

 それが中華の気功術を基にした魔法、《鋼気功(ガンシゴン)》だと判るのはこの場において駿しかいなかった。

 

 肉体の構造情報を強化し、『傷を負っていない』状態を維持する鎧。

 沢木の全力の一撃でも砕けず、駿の放つドライアイスの弾丸でも貫けない鎧。

 自我と寿命の引き換えに強化された男の《鋼気功》は、世の魔法師のほとんどが破ることのできない強固なものだった。

 

 だが幸か不幸か、この場には数少ない例外がいた。

 

 真紅のCADを構えた将輝がその銃口を男へと向ける。

 起動式を読み込む間に照準補助機能が《鋼気功》に覆われた男の身体を捉え、寸分違わぬ座標を魔法演算領域へと送出。

 数多の敵を葬ってきた魔法式が、将輝の無意識領域で完成した。

 

 十師族『一条』の真髄。

 対人戦闘において最強の矛と呼ばれる魔法が放たれる。

 

 発散系、液体干渉魔法――《爆裂》。

 

 《鋼気功》の鎧をいとも簡単に食い破った将輝の魔法は、男の体内に流れる血液のおよそ半分を瞬時に気化させた。

 

 鮮血を散らして弾けた男が(たお)れる。

 人としての形を失ったそれは血の池に横たわり、物言わぬ肉塊へと変わった。

 

 武器を失った男たちから悲鳴が漏れ、鼻を突く鉄臭に数人がえずく。

 最後の工作員を取り押さえた十三束も青い顔で目を逸らし、沢木と三七上も眉を顰めていた。

 

「……なんだったんだ、あいつは」

 

「一条くんの攻撃以外、魔法も打撃も効かなかった。本当に人間だったのか?」

 

 表情が変わらないのは《爆裂》を使った将輝本人と、呼吸を整えている駿だけ。

 

「あれは『ジェネレーター』。薬物とサイキックで強化された、自我のない人間兵器です」

 

 その駿も男の亡骸を見ようとはせず、黒白のCADを収めるなり意識のない敵の拘束へ動き始めた。

 手慣れた様子で上着を脱がせ、そのまま手枷代わりに腕と足とを諸共縛っていく駿に対し、沢木たち三人は『人間兵器』という表現の意味に驚愕して動けなかった。

 

「その人間兵器とやらがどうしてここにいる。こいつらは何者だ?」

 

 唯一動揺を見せていない将輝が手を貸しながら問いかける。

 得体の知れない男の正体を言い当てた時点で、将輝は駿が答えを知っていると確信していた。

 

「ジェネレーターの出所は中華大陸。つまり、こいつらを送り込んだのは大亜連合だ」

 

 最後に十三束の押さえていた男を縛ると、駿は将輝の問いに答え、視線を沢木へと向ける。

 いつになく鋭い眼差しを受けた沢木は僅かに眉を揺らし、続く言葉に思わず唾を呑んだ。

 

「すぐに十文字先輩へ連絡を。ハイパワーライフルに加えてジェネレーターまで持ち込んでくる相手です。これで終わりなはずがない」

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 駿たちがテロリストの侵入経路を特定し、克人へ連絡が届いたちょうどその頃。

 水面下で何が起きているか知らぬまま、横浜国際会議場のメインステージはこの日一番の期待と高揚に包まれていた。

 

 観客の注目が集まっているのは壇上の中央に置かれた巨大な円筒形の実演装置。透明な素材で作られたそれの内側ではピストンが上下運動を続けていて、下部に接続されたクランクを勢いよく回転させている。

 

 装置の具体的な仕組みを理解できた者は客席の半数にも満たないだろう。

 しかしその発表が持つ意味については、ほとんどの人間が感じ取っていた。

 

「現時点ではこの実験機を動かし続けるために高ランクの魔法師が必要ですが、エネルギー回収効率の向上と設置型魔法による代替で、いずれは点火に魔法師を必要とするだけの重力制御魔法式核融合炉が実現できると確信します」

 

 一高の代表として論説を揮う鈴音がそう締めくくると、客席からは割れんばかりの歓声と拍手が送られた。

 

 世界でも未だ果たされていない核融合炉の実現。

 そのための大きな一歩が踏み出されたことに、会場の誰もが歓迎と称賛を口にする。

 

 第三次世界大戦以来続く、エネルギー資源を巡る睨み合いが終息に向かうかもしれない。

 国家戦略の重要なピースである魔法科校生とはいえ、十代半ばの少年少女にとってそれは淡い期待を抱かずにいられない光景だった。

 

 

 

 

 

 

 だからこそ、日本の更なる繁栄と国際平和へ繋がる画期的な研究成果が披露されたこの日、平和とは対極に位置する事態が生起したのはなんとも皮肉なことだった。

 

 

 

 

 

 

 一高の発表が終わり機材の撤収が開始された時、それは唐突に始まった。

 

『緊急警報。緊急警報』

 

 物々しいサイレンと共にアナウンスが流れ、ホールは水を打ったような静寂に包まれた。

 驚愕と困惑が人々から声を奪い、息を呑む彼らに最悪の続報が知らされる。

 

『当会議場内に武装テロリストの侵入が確認されました』

 

 すぐに状況を認識できたのは十人にも満たなかっただろう。

 ましてや動き出すことができたのは舞台袖にいた達也一人だけ。立ち尽くす学生たちの間をすり抜け、客席にいる妹のもとへと駆け出した達也は《精霊の眼(エレメンタル・サイト)》で会議場の外周を視るなり眉を顰めた。

 

『参加各校は速やかに生徒をまとめ、代表者二名を臨時指令室へ派遣してください。また、その他の方々は警備員の指示に従い、落ち着いて行動してください』

 

 凶報に続いて具体的な指示が並び、事態を察した学生や一般の観客が囁き始める。

 立ち直りの早い者の中にはアナウンスの通りに自校の生徒へ声を掛ける人間もいたが、突然の報せに混乱した大多数の意識には届いていなかった。

 

 そうして客席が騒然とする中、不意に轟音が響き、そこかしこで悲鳴が上がる。

 数枚の壁を隔てた向こう側、会場の正面入り口付近でグレネード弾が炸裂する様子を達也の『眼』はしっかりと認識していた。

 

 

 

 

 

 

 西暦2095年10月30日、午後3時30分。

 

 後に人類史の転換点と評される『灼熱のハロウィン』。

 その発端となった『横浜侵攻』は、この瞬間から始まったと記録されている。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
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