旅人の日記   作:鰹武士丸

1 / 1
サーハルシュクル

〇月△×日

まだ日が昇って間もないころ、日雇い労働者と観光客でごった返す電車に揺られながら私は窓に映る今回の目的地を眺めていた。

サーハルシュクル、この町は「神々の甘味処」と呼ばれるシュガレスト糖山の麓に広がる街で、年々世界中から甘味を求めて観光客が押し寄せる有名な観光地でもある。あ、シュガレスト糖山の説明を忘れていたな、失敬失敬。

シュガレスト糖山とは、ユーレス大陸バハルス地方にそびえたつ世界4位の標高を誇る巨大な山なのだが、一番の特徴はその山のほとんどが砂糖で出来ているというところである。(正確には岩糖なのだが)

この山から掘り出され加工された砂糖は世界各地で販売され、現在この世界の約6割の砂糖はこの町から届けられていると言われているくらいだ。

それだけ甘いものが作られているというだけあって街には全国各地から腕に覚えのあるパティシエやケーキ職人たちが競い合って店を開いているという。

かく言う私もその話を聞きつけて旅行を決断したのだが。

駅にたどり着くとガタイのいい男がこちらに手を振りながら向かってきた。

 

「おぉ!やっと来たか!あんたがマツバさんだよな?」

 

この一見すると熊と見間違えそうな凄い髭の男の名はモーリス。以前インターネットで共通の趣味である旅行写真を通じて知り合い仲良くなった男である。

見た目とは裏腹にとても優しい男で、今回彼の故郷であるサーハルシュクルを訪ねると伝えた際、快くガイドを引き受けてくれたのだ。ちなみにお互いの顔はテレビ通話を通して知っているが、実際に会うのは初めてである。

 

「それじゃあ、こんな所で立ち話もなんだし、早速街へ向かおうか。」

 

そう言って街に向かっていくと、木製のパステルカラーの建物が規則正しく並んでいるのが窺える。

ここは住宅街なのだろう、所々から生活音と活気に満ちた声が聞こえ、子供たちが道の端でボールのようなものを転がして遊んでいる。

砂糖の街といわれるだけあって街はほんのり甘い匂いに包まれていた。居心地のよさそうな街だなぁと感心していると、

 

「さぁ着いたぜ、この街を知りたいんだったらまずはここだと思ってな。」

 

彼の指さす方向を見てみるとサーハル歴史博物館と書かれた古い建物が目に映る。

なるほど、確かに旅行においてその土地の歴史を知ってから観光するのはとても良い行動だと思った。

やはり、彼に今回の予定を任せてよかったと再認識する。

建物に入ってみると少し寂れてはいるが立派な博物館だった。パンフレットの案内ルートに従って進んでみるとサーハルシュクルの全体のミニモデルがガラスケースに収まっていた。

ケースの音声ガイドによるとこの街は元々採掘のために労働者が麓にテントを建てて暮らしたのが始まりらしい。こんなに大きい街になるとは思わなかったんだろうな。

 

次に私はシュガレスト糖山の断面図に目を向けた、断面図に描かれた坑道は想像よりも複雑に絡まっており、まるで山一つが蟻の住処のように穴が張り巡らされていた。そんな図に私が驚き感心していると、

 

「山ン中もまぁすげぇんだが、実は地下のがもっと広くて入り組んでいるんだぜ?」

 

「ベテランの採掘員は全部暗記してるんだ、俺も山の上層階は庭みてぇなもんだしな。」

 

ん?地下?全部暗記?上層階は庭?怒涛の衝撃情報に混乱していると、彼はあっけらかんとした顔で私にこう言った。

 

「あれ?言ってなかったけか?俺も採掘員として暮らしてんだ。かれこれ働いて15年ぐらいになるかなぁ…まぁまだまだベテランとはいえねぇひよっこだがな(笑)」

 

とどめの衝撃が落ちてきた…私の記憶が正しければ通話したときに彼は私と同じ30前後の年だと言っていた…それでまだベテランではないとはこの街の歴史の壮大さをぶつけられたような気分になった。

それにしても凄いなと感心する、この山で一体どれだけの人たちが生きてこの街で人生を終えるのか…採掘争いにはならないんだろうか。ふとした疑問を彼に投げかけてみると、

 

「実はこの山の採掘権はサーハル商会しか持ってねぇんだ。でもサーハル商会は町全体の代表みたいなもんでな、どっかの企業が独占して価格がおかしくなったりしねぇように採掘から加工、販売まで全部商会でやってるってわけよ。」

 

なるほど、確かに世界の六割を占めてる砂糖が独占されて値段が上がりでもしたらそれこそ戦争ものだ。だがそんなおいしい話を見逃さない奴も多いはずだ、悪い奴によって勝手に採掘でもされたりしないのか?そう疑問を投げかけると彼は鼻で笑いながら言った。

 

「違法採掘者か、結構いるぞ。この広い山だ、取り締まり切れないからな。そもそもほとんど野放しみたいな状態さ。だがそれで問題ないんだよ。」

 

なぜだろうか?彼の意図がつかみきれず首をかしげていると彼はニヤリと笑って、

 

「違法採掘業者を放置しても問題ない3つの理由を教えてやろう。」

 

私は彼に導かれるまま次のコーナーへと足を急いだ。

 ついた先のケースには、採掘に使われる道具や採掘されたもののサンプルが並べてあった。それらを眺めながら彼はこう言った。

 

「まず一つ目、シュガレスト糖山は岩のように硬い岩糖、そしてさらに圧縮されて硬度を増した糖結晶で出来ている。岩糖でも相当硬いが糖結晶となるともはやダイアモンドのような硬さになるんだよ、それを採掘するにはきちんとした採掘道具がなければ歯が立たない。

しかもこれを採掘したとしても今度待ってるのは加工だ、サーハル商会印の砂糖は糖結晶100%なんだがダイアモンド並みの硬さを食品にするのはそれこそ工場みたいなでかい機械がなきゃできやしねぇ。サーハル商会の加工技術は秘伝だからな。」

 

でも、それなら金にものを言わせた企業がやりかねないではないか。道具も機械も一度手に入れればそれからは掘りたい放題だ。

 

「そんなんじゃ甘いよって思うんだろ?だから一筋縄ではいかぬ理由を見してやろう。」

 

彼に引きずられてたどり着いた先の光景で私は思わず声をあげてしまった。

そこには車ほど、いやもっと大きい大きさの蟻やムカデなどのはく製が飾ってあった。

 

「こいつが理由その2だ。こいつはサーハルオオアゴアリ、あっちはシュガレストオオオニムカデ。あの山の中じゃあこいつらはうじゃうじゃいるんだぜ。考えてみな、採掘しながら採掘した糖結晶をこいつらの襲撃から耐えながら運ぶさまを。」

 

そんなのただの地獄じゃないか。狭い坑道の中でこんな奴らに会ってみろ、命がいくつあっても足りやしないとすら思える、旅行という趣味をしているから戦わなくてはいけないときなどはあったにはあったがここまでの化け物はいなかった。

 

「そして最後の3つ目の理由だが、装備も道具も化け物を退治する手段も揃えて加工する機械も用意したとする。

さて質問だ、こうしてやっとの思いで作り上げた違法砂糖は、今市場で出回っているサーハル印の砂糖より安く売れるかな?」

 

あぁなるほど。

完璧に理解した。普通の人間なら気が付くのだ、割に合わなすぎるということを。

現在どこのお店でも見かけるサーハル印の砂糖はそれこそ庶民でも気軽に手を出せる代物だ、それより安くなんて言ったらそれこそ馬鹿のやることだ。

 

「それでもやる奴はいるんだよ、だから見せしめもかねて警告すらしないんだ。どうなっても知らないからな。」

 

今度からサーハル印の砂糖を買うときは感謝をしながら買わなくてはいけないな。そう思いながら私は博物館を後にした。

その後私と彼は山の近くまでやってきた。遠くでも凄まじい存在感を発していたシュガレスト糖山は近づくともはや山というより白い巨塔である。しかも先ほどのおぞましいはく製のあいつらが中に動いてると思うとこの山は魔王の城にすら見えてくる。そう思いをはせていると、大きな鉄の建物が見えてきた。

 

「あそこが加工工場だ、心配すんなよ?ちゃんと観光スポットだからな。」

 

白い巨塔に突如現れる鉄の塊はまるで城のようであった。中に入ってみるとガラス張りになっており、作業する人や巨大な機械の数々がみてとれた。いろんな仕組みや過程を見て進んでいると最後に試食コーナーが存在していた。

 

「削りたての砂糖は格別なんだぜ?試しに食ってみりゃわかるさ。」

 

半信半疑の私は試食用のスプーンに盛られた一口を口に入れて目を見開いた。

違う。全然違うのだ。なんといえば良いのか分からないのだが、とにかく風味とか口の中の名残というのか、伝えられないのが残念だがとにかく美味かったということだけは伝えたい。そういえばスプーンをくわえたまま驚いている私を見ながら彼は誇らしげな顔をしていたような気がする。一杯食わされた気分だった。

 その後は、商店街の穴場スイーツを堪能したり、せっかくなので彼のご家族にお会いしてこちらのお土産を渡したり、お土産屋さんで色々な砂糖や関するものを買ったりした。

 

 

気がつけば日も沈みかけそろそろ帰らねばならない時間となった。

今日一日を振り返ってみると衝撃と甘味の連続だった。まさに甘い思い出となったわけだが、電車を待ってる時に一日付き合ってくれた彼はこう言った。

 

「これが俺の誇らしい故郷だぜ!じいちゃんも父ちゃんも俺も俺の子供もそのまた子供もきっと住んでいく町だ!気に入ってくれると嬉しいぜ!」

 

そう言った彼の顔はとても誇らしげで心の底からこの街が好きなのが伝わってきた。

手を振る彼を見ながら電車に乗った私は席に座りリュックサックを開けた。

中に入っていたお土産のサーハル印の入った糖結晶のネックレスを首にかけ鼻を近づける。あの街の甘い匂いが鼻をくすぐった。

彼には今度またお礼を言いに行こう。彼も旅行好きなのだから今度は私がガイドをしてもいいかもしれない、砂糖の街で育った彼に塩の都ソルティシアやスパイスガーデンは衝撃なのだろうか?彼の驚く顔が楽しみになってきた。

そういえば彼はシュガードーナッツを作るのが得意だと道中で言っていたな、今度通話したときに作り方を聞いて自分で作ってみるか。デザートを自作なんて何年ぶりだろうか。次に行ったときはもっとスイーツを食べて回ろうか。

私はこれからのことを考えワクワクした気持ちで電車に揺られていた。

心地よい甘い匂いに包まれながら。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。