梨:ゼロから二人で異世界生活を始める頃に 作:とある圭梨復権派
「ヨウコソ」
どうか繰り返さないでください。
大切な人に裏切られる哀しみを。
どうか繰り返さないでください。
たとえ望まぬ未来でも。
どうか繰り返さないでください。
それが貴方の幸福だから。
Frederica Bernkastel
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
もう限界だった。
生きるのが辛かった。
かつて掴んだ幸せと自由は失われ、ワケも分からぬままに幼い少女に戻され惨劇に命を弄ばれ続ける。
そんな日々に疲れた。苦しかった。もう全てを投げ出して終わりたかった。
『どうしてこんな事になってしまったんだろう』
この地獄に再び放り込まれた時から考えなかった日は無い。
大石刑事は、強引でその雛見沢への不信感から仲間たちの不安を煽り、よく惨劇のタネとなっていた男だった。
だが決して悪人ではなかったはずだ。
その強引さも刑事魂故……だったはずだ。
頼りになる大人として、最後のカケラでは味方になってくれたりもした。
それが何故あんな惨劇を起こしてしまったのだろう。
L5を発症しているのは見ての通りであったが、それならば何故今まではこんな事態が起きなかったのか?
考えても答えは出ない。
イヤ、本当は考えてなんかいないのかもしれない。
拳銃を乱射する相手に解決法なんて見つかるはずがない。
原因なんて見つけたところでどうしようもない。
どうせもう全部終わるのだ。
そんな諦念に支配されていた。
そうだ。もう終わるんだ。
こんな悲しいことを考えながら終わっても仕方ないじゃないか。
どうせなら幸せな事を思い出そう。
そうして、
戦う意志を無くした瞬間であった。
目を瞑れば今でも鮮明に思い出せる。幸せだったあの日々を。そう考えながら自身の現状から目を背けるように思い出に浸る。まるで走馬灯のように。
惨劇を乗り越え、カレンダーをめくった時。きっとこの時より幸せな瞬間は人生で今後訪れないだろう。羽入としばらくカレンダーを眺めていたせいで沙都子を困らせてしまったっけ。
赤坂に誘われて、仲間たちと一緒に東京へ行こうとした時もあった。その時は結局、羽入がついて来れなくなったので引き返す事になり、後日一人で行く事になったのだが、それでも仲間たちと裏山で蚊帳を張って寝泊まりしたのは良い思い出となった。
雛見沢に久しぶりに冬が訪れた時。なんとも久しぶりの雪で随分焦ったっけ。寒くてずっとゴロゴロしていたかったけど、豪雪地帯の冬に慣れてない圭一をからかったり、部活で雪合戦をしたりして過ごした。
高校に進学した時。繰り返しのなかでほとんど答えを暗記していたから勉強に全然ついていけなくなってしまっていたけれど、それでも頑張って高校へと進学できた。新しい生活は不安もいっぱいだったけれど、それ以上に前に進める実感とワクワクで幸せだった。
圭一と、レナと、魅音と、詩音と、沙都子と、羽入と、たくさんたくさん思い出を作った。
ケンカだって別れだってあったけれど、それでも楽しかった。
そんなマイナスな事を含めて前に進めることが嬉しかった。
『みー☆』や『にぱー☆』も卒業して、少し大人の階段を登った。化粧やオシャレだって覚えた。
いつか、圭一みたいな一緒に笑い合えて困ったら手を差し伸べてくれそうな人や、赤坂みたいなカッコよくて頼りになるような男の人と恋愛だってしてみたかった。
そして、いつかは雛見沢から遠く離れた地で暮らして、結婚して、子供を産んで、仲間と笑い合いながら過ごして、いっぱいの孫に囲まれながら年老いて死んでいきたい。そんな『当たり前』の人生を送りたい。そう思っていた。
だけどそんな望みは打ち砕かれた。
突然、再び昭和58年の夏に戻され惨劇に巻き込まれた。
疑心暗鬼に囚われる圭一を励ました。魅音に人形を渡すように圭一に促した。沙都子を虐待する北条鉄平を誰も手を汚すことなく追い出せるように最後まで戦った。
でも全部全部無駄だった。結局惨劇は起きて、古手梨花は殺された。
また仲間たちが悲しみの末に死んでいくのを見るのも、自身が痛みを伴いながら無残に殺されるのも、昭和58年をもう一度繰り返す事も、幼いかつての自分のフリをするのも、例え惨劇を抜けても降りかかるであろう再びここに戻される恐怖を味わう事も。
全てがもうイヤだった。
だから戦う事を放棄した。
100年間苦楽を共にした相棒が遺した置き土産。その破片。随分と小さく砕けきってしまっているが、きっと役目は果たしてくれるだろう……
宝具、鬼狩柳桜。祭具殿のオヤシロさま像に収納されていた繰り返す者を殺す事ができる剣。
つまり……
「これを使えばいつでも私は終われるってワケね」
そう、古手梨花はこれから自殺を試みる。
全てを投げ出して、自らの意識を永遠に闇に葬る事を決意したのだ。
(羽入、ごめんね)
彼女は、きっともっと戦ってほしかったであろう。
この剣だって、最終手段として遺したのであってすぐに使ってほしかったワケではあるまい。
(でも、もう疲れたの……。貴方が居なくなって心細くて、怖くて、しかたないの)
絶望。彼女の心情を表すならきっとそれ以上の言葉はないだろう。もはや戦う事は不可能なほど、彼女の心は壊されてしまっていた。
(死んだら、また会えるかな?)
そんな事を思いながら手に持った刃を首元へと運ぶ。ヒンヤリとした感覚が伝わってくる。これを思い切り引けば、もう終わる事ができる。何も考えなくて感じなくて良くなる。
「梨花ちゃーん!」
「梨花ぁ! 居るなら顔を出してくださいまし!」
「梨花ちゃーん!居るならお願いだから出てきてー!」
「今日の勝負は負けたけど、明日はそうはいかないからねぇ!」
そう行動に移そうとしたちょうどその時、愛しい仲間たちの自分を探す声が聞こえてくる。
そうか、そういえば隠れんぼの途中だったな……。
みんなは自分を見つけてくれたワケだ。
だが、それでも絶望した彼女の心には届かない。
もはや誰にも彼女を引き止めることは出来ない。
「みんな、ごめんね」
そう呟いて、彼女は首に当てた刃を思い切り引ききった。
その瞬間、
どことも知れぬ世界へと。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
これは繰り返す者の業の物語。
戦うことを諦めてしまった少女と取りこぼす事を許せず絶対に諦めることのできない少年の物語。
これはきっと悲劇に見せかせた喜劇の物語。
『梨:ゼロから二人で異世界生活を始める頃に』
けっこう短めですがプロローグなんでこんなもんで。