梨:ゼロから二人で異世界生活を始める頃に 作:とある圭梨復権派
郷壊し編辛すぎる……
そんな、生々しく部活メンバーが疎遠になっていく描写丁寧にしなくてもいいじゃないですか……!
そうですよね、これが竜騎士さんの真骨頂ですもんね。辛いです。
「――それで? アタシは大口持ち込むから誰も入れるなって言ったよな、ロム爺?」
「まあ、そう怒るな、フェルト。気持ちもわかるがの、あの嬢ちゃんはお前さんに用があってここにおるんじゃ。ま、無関係ってわけでもない」
「……酔っ払っちまってるのは?」
「それは残念ながら、ワシのミスじゃ」
完全にダウンしてる梨花をよそに会話する二人。その様子は見知った仲であるのがありありと感じられ、まるで親子のようでもあった。
「んで、用ってのは、さっき言ってた「徽章をよこせ」とかいうアレか?」
「ああ、そうじゃ。こんな事にならなければ、そんな真正面から喧嘩売るような話しかけ方もせんかったじゃうろうて。許してやってくれ」
「それは良いけどよ、コイツにどれくらい出せるんだ? まだ小せぇガキにしか見えねえけど」
目利きはロム爺の仕事であったが、流石にフェルトにもたった今盗んで来たこの徽章の価値は分かる。なにせ真ん中に宝石が埋め込まれているのだ。アクセサリーとしてもかなり上等なものに違いない。
そんな物を交換できるほどのものだ。さぞ大金が飛び出して来ることだろう。
と、ごく当たり前の事を思ったはずなのだが……
「いや、まあ、この嬢ちゃん一文無しなんじゃけどな」
「ふ〜ん……ってはぁ!? 正気かよロム爺!? もう歳でここのルールが頭から吹っ飛んじまったのか!? それなら待ってろ! 今からアタシが斜め45度から殴って治してやる!」
「そんなやり方で治るかっ! だいいちボケとらんわ! ……酒が入った今が絶好調なのはお前さんも知ってるじゃろうが」
「じゃあなんでなんだよ。まさか無償でコレを譲れとか言うんじゃねえだろうな? 言っとくが、コレは依頼で盗ってきたもんだからな。そんな事言ったら例え相手がロム爺でも、ぶん殴るぞ」
徽章を見せびらかしながら、ロム爺にフェルトはそんな事を訴える。彼女がそんな態度をとるのは、意外と盗ってくるのに苦労した――あの銀髪の少女が頑張った、のも理由の一つにあるのだろう。
「心配するな、流石にワシもそんな気は毛頭無い。ただ……」
「ただ?」
途切れたロム爺の言葉の続きを急かすフェルト。見た目通りせっかちな性格だ。
ただロム爺はそんなところも含めて彼女の事を愛らしく思っているので、怒ったりする事もなく、ゆっくりと言葉を続ける。
「どうやら家が無くて、明日の飯にも困ってる状況らしくてな。夕飯ぐらいは奢ってやろうと思っての」
「それで、酒も奢ってやったってか?」
「いやの、本当に飲ませる気は無かったんじゃよ? ただ嬢ちゃんがあんまりにも鬼気迫る表情で、酒を求めてくるもんじゃから、つい、な?」
「つい、じゃねーよ! おかげで追い出すに追い出せなくなってんじゃねーか! どうすんだよ、このあと依頼人来るんだぞ!? あんな酔っぱらい置いとけるか! てか、本当にロム爺が飲ませたんじゃねーだろうな? いっつも、やって来た客にガンガン飲ませてるじゃねーか」
「流石にワシだって、あんな子供にはせんよ。あの子にはあとでミルクでも入れてやるつもりだったんじゃ……本当に」
フェルトの怒りももっともだろう。現在の梨花は、周りの人間に誰彼かまわず喧嘩を売る、地雷のような存在に成り果ててしまっている。
こんな奴がいる場所でマトモな商談ができるはずがない。
「本当にどうすんだよ。このままアイツを適当なところにでも隠すか?」
「まあ、それしかないじゃろうな。問題はあの子がちゃんと静かにしててくれるかじゃが……」
寒空の下、しかもスラム街に、酔っ払った幼女を追い出すという選択が無いあたり、なんやかんやで二人ともお人好しである。
これで、盗みを働いたりしなければ完璧なのだが……。
「とりあえず、お前さんが説得してきてくれんか? 飲ませたワシに説得力なんてないからの」
「えー、もうめんどくせーしよ、眠ってもらったりするのはダメなのか?」
「それは、最後の手段じゃ。出来る事なら説得してやって意思のある状態で隠れていてもらいたい。ワシとしては、あの子に盗品蔵の交渉がどういうものか見せてやりたいしの」
面倒くさいからと、なかなか物騒な提案をするフェルトだったが、孫大好き爺さん風のロム爺から出たのは意外にも却下の言葉だった。
『盗品蔵の交渉を見てもらいたい』、そうロム爺が言ったのには理由がある。
もう徽章を取り返すのは無理だと言うことを理解させ、素直に諦めてこんな危ないところ――スラム街なんて来ないようにしてほしいのだ。
そんな不器用な彼の優しさを感じ取ったのか、フェルトはため息をついて、彼に従ってやることにした。
「はあ、分かったよ。けど、無理そうだったらすぐ眠らせるからな?」
「ああ、それで良い」
「ったく、損な性格してるぜ」
損な性格。それがどちらを指した言葉なのかは言った本人も分からなかった。家無しの子供を哀れに思い、今でも気づかっているロム爺なのか、それとも、今、そんなロム爺の優しさに絆されて、梨花の元へと向かっているフェルトの事なのか。
分かったところで、どうとなるものではないのだが、ただモヤモヤと感じるこの気持ちは八つ当たりで申し訳ないが、この酔っ払いにぶつけてやろうかなんて考えていた。少しぐらいならバチはあたらないだろうと。
……ロム爺が心配している子なので、思いとどまったが。
「おーい! アンタさ、悪いんだけどさ、そこに隠れててくれないか? このあと大事な依頼人が来るんだよ。そんなふうに酔っ払っちまってるのを見られるのはお互い嫌だろ?な?」
そう言って、カウンター風の机を指差す。あそこの下に隠れろという意思はこれで伝わるだろう。
だが、
「……」
返事がない。これは無視されているのか。それとも、具合が悪くて返事が出来ないのかフェルトには判断しかねた。
「おーい! 聞こえるかー? もしかしてこれから来るのがコレの依頼人だから拗ねてんのかー? とりあえずコレは、何も無いなら当然譲れないんだから諦めろよなー」
「…………」
「おい聞こえてるだろ? 返事くらいくれよ」
「……ごめん、ちょっと話すの待って。私、吐きそう……」
「は!?」
突然の嘔吐宣言に驚きの声をあげる。ここで吐かれるのはまずい。先ほども言ったとおり、依頼人が来るのだ。ゲロだけでなく、匂いですら残るのもまずい。
「おい、吐くならせめていったん外に出てくれ! ほら、扉開けてやるから」
「落ち着いてゆっくり歩くんじゃ……! 急ぐのは逆に危険じゃからな。……絶対に中で吐くなよ。絶対じゃぞ!?」
「ええ、そうさせてもら――おろろろろろろろろ」
「ぎゃああああああああああああああ――!!」
突然のゲロにフェルトとロム爺、二人の悲鳴が上がる。
古手梨花、肉体年齢12歳、本来の年齢17歳、精神年齢約100歳、そんな彼女が人生で初めて酒に酔って吐いた瞬間であった。
二人の気遣いも虚しく、盗品蔵の中央にはモザイク処理不可避の虹がかかっていた。
「おい、ロム爺! こいつに会ってから酔っ払われて、ゲロ吐かれただけだぞ!? いまんところ最悪じゃねえか!?」
「ああっ……! こうなるんじゃったらあんな安酒じゃなくて、もっと度数の低い、高い酒を出すんじゃった!」
「言ってる場合かっ!?」
「ちょっと、あんた達うるさい、頭に響いて、気持ちわる――おろろろろろろ」
「ぎゃあああああああああああああああ――!」
そうこう慌てているうちに第二波がやってきた。梨花の幼い体はいかに酒に慣れていても、安物の粗悪品には耐えられるものではなかったのだ。
結局、そんな騒ぎは梨花が胃の中身を全て床にぶちまけた後、それをロム爺が掃除し、フェルトが換気をして、完全に元通りにしたあとに、梨花に『飲酒禁止令』を出すまで続いた。
こうして最悪な夜は更に更けていくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ゲボゲボしてスッキリしたのですよ。もう大丈夫なのです。にぱー☆」
「こっちからしたらいい迷惑だけどな……」
「本当じゃな? もう本当に出し切ったんじゃな? これ以上は勘弁してくれよ?本当」
「そう言われるともっと出そうな気がしてきたのですよ☆」
「勘弁してくれ!?」
「冗談なのです☆」
先ほどのゲロ事件によって、胃の中身を出し切った梨花。
その分悪酔いも抜けてきて、猫を被る余裕が出てきたので、今回は特別サービスでいつもの5割増で被っている。
具体的に言うと、語尾全てに☆をつける感じ喋り方をしている。
……まあ、そんなカワイコぶった喋り方をしたところで、さっきの醜態は返上できないのだが。
「本題に戻りましょうなのです。ボクはあそこの机の下で隠れて、徽章を盗めと命令した女の人とそこの下手人の女の子がやり取りするのを盗み聞きしてれば良いのですね?」
「微妙にトゲのある言い方じゃが、その通りじゃ。ある程度酔いが冷めたなら別に隠れんでも良いんじゃがの……」
「いーや、アタシは反対だね! こんなガキ、絶対に交渉の邪魔になるぜ。ロム爺が気に入ってるみたいだから流石に追い出しやしねーが、大人しく隠れて見ててほしいね」
(ガキって、アンタもほぼ一緒でしょうが……)
謎に年上ムーブをしてくるフェルトに内心で悪態をつく。
ちなみに肉体年齢的にはフェルトが14歳で、梨花は12歳なので、彼女の言動は一応正しいっちゃ正しいのだが、なにせ、梨花は精神と肉体の年齢が一致していない。
そっちも加算するならば、言うまでもなく遥かに梨花が年上だ。ただこの場合、相手側は知る由もないので悪態をつく権利も無くなるのだが。
「みー、ボクはフェルトの言うとおり、そこに隠れることにするのですよ、ロム爺。怖い怖いおねーさんが来るかもしれないのでガクガクブルブルなのです」
「あれ? アタシ、依頼人の特徴言ったか?」
「……勘なのですよ。ボクの勘はよく当たると評判なのです」
「へぇ〜、ま、その通りだよ。別に怖くはねーけどな」
無論、勘などではない。前回の死亡時刻からそろそろ自分達を殺したはずの女が来ることを予想していたのだ。それがフェルトの言う依頼人であるかどうかは賭けであったが、性別も一致したとなるといよいよ怪しくなってくる。
「じゃあボクは隠れているので準備なりなんなりしてると良いのですよ」
「言われなくとも勝手にやらせてもらうわい。フェルト、依頼人はいつ頃に?」
「もうそろそろ来ると思うんだがな、ランプはつけるか?」
「時間帯的に微妙なところじゃの。そろそろ来るんじゃったらまだ必要ないと思うが」
「天窓は開けっ放しにしとくか? ゲロの匂いとかどうだ?」
「もうけっこう大丈夫じゃと思うが、一応開けておいた方が賢明じゃろうな」
「了解」
入り口のすぐそばにある脚長のランプ(ガラスの中にロウソクを入れるタイプ)を指さして、そんなやり取りを繰り広げた二人を見て、息があってるのを改めて感じる。
それからもテキパキと通じ合ったかのように準備が進んでいくのが、二人の付き合いの長さを物語っているようであった。
(蚊帳の外感がすごいわね)
実際、手伝いもせずに机の下に隠れて縮こまっているので、蚊帳の外そのものである。
そんなこんなでいると、トントンと扉を叩く音が蔵の中に響いた。
「符丁は?」
「あ、教えてねーや。多分アタシの客だし開けてくるわ」
そんなことを言って、我が家のように玄関へと向かうフェルト。見れば、ロム爺は棍棒を手に握っており、警戒を怠ってはいないようだった。
だが、それも入ってきた女性を一瞥すると、無用の心配と言わんばかりに下ろしてしまう。
「やっぱアタシの客だったよ。こっちだ。座るかい?」
「あら、ありがとう」
入ってきたのは、黒い外套を羽織った、二十代前半くらいの、どこか妖艶な雰囲気をまとった女性。
それを見た瞬間に梨花は直感した。
(……間違いない。私達を殺した犯人はコイツね)
それは梨花の長年の経験があるからこそ――何度も何度も殺された過去があるからこそ分かる事だった。
ただ、どことなく雰囲気が鷹野に似ていた事もこの判断を後押しした。
(……どうする? このまま隠れてる? はやく逃げないとまずいわね)
このままここにいたら殺される。そう、確信してるからこその考え方。今回はスバルが居ないので捨て周回のように扱ってはいるが、自力で生き残って前に進めるのならそれに越したことはないと考えていた。
「知ってると思うけど、一応名乗らせてもらうわ。私の名前はエルザ。早速、依頼のものを見せて欲しいのだけれども」
「はいよ、これで間違いねーか?」
「ええ……間違いないわ。偉いわね。しっかりしてるわ」
「まぁ、これが生業じゃからの」
そんなふうに不自然なく会話は続いてく。どうやら交渉も順調なようだ。
だが、まるで面白いことを見つけたかのように微笑んだエルザ、と名乗った女性は二人に尋ねかける。
「――ところで、」
「ん? なんだよ?」
「さっきから気になっている事があるのだけれど」
「なんだ? まさか難癖つけて安くしようなんて考えてねーだろうな」
「そんなことしないわ。ただ……」
「ただ?」
「ただ、一人、部外者が多い気がするのだけれど?」
そんな事をエルザが口にする。
その瞬間、電撃を受けたかのように固まる梨花。
(まさか……バレてる!?)
部外者が『一人』『多い』と表現したのだ。これは梨花の存在に気づいていなければ出てくる事の無い発言だろう。
気づかれた事を悟ったのだろう、フェルトも誤魔化しの言葉を続けるが……
……それがまずかった。
「あ? 何いってんだよ。ここにはロム爺と私しか……」
「あらそうなのね。じゃああそこに隠れてるお嬢さんは関係者じゃないと――それなら仕方ないわね」
「――え」
そんな間抜けな言葉を出したフェルトを誰が責められるだろうか。こんな事が起きるなんて誰も予想していなかったのだ。殺意というものに慣れきった梨花ですら意識の外の事であった。
「グッ……ガハッ……!」
「……ロム爺?」
ロム爺、そう呼びかけられた男性からは返事がなく、代わりと言わんばかりに、荒い息と噴水のような勢いの血ばかりが出てくるのみだ。
――棍棒を持った腕がクルクルと血の雨を盗品蔵に降らせながら飛んでいる。
――フェルトの弱々しい声がその惨劇を悲劇へと変える
――それを見た女は、満足そうにただ笑っていた。
(……そんな)
そんな、まさか。こんなに早く起きるなんて。
そういった言葉すらも出ない。
それが恐怖によるものなのか、居場所を知らせてはまずいという理性から来るものなのかは梨花には分からなかった。
(……早すぎる)
フェルトの言葉を聞いた瞬間、エルザは何の躊躇もなくどこからか取り出したナイフを思いきり、彼女に向かって振りかざしていた。
それを庇ったのがロム爺だ。
その結果、こんな惨状になってしまった。
……あまりにも早い。時間帯的にもまだ余裕があったはずだ。こんなにも早く惨劇が起きるなんて予想外だった。
だが、時間は止まってくれはしない。そんなふうに衝撃で停止してしまっている梨花を置いて惨劇は加速していく。
「フェ……ルト! ここはワシに任せて逃げるんじゃ……! あそこにおる嬢ちゃんも連れて……!」
「あら、素敵な事を言うわね。お爺ちゃん。けど、残念」
ロム爺の言葉を聞くと、嬉しそうにエルザは追撃する。
そして、それを避ける余力は彼には残っていなくて……
「グッ……ガアアアア……! アアアアアアアアアアアア! ……ア………ァァ……ァ」
「見られちゃった以上はこの場にいる関係者は皆殺し。徽章はその上で回収することにするわ」
そんな恐ろしい事を平然と宣言する彼女は笑っていた。
なんてことはない。彼女はただ異常者であった。それだけの事だ。
だが、そんな事は慰めにもなりはしない。
思い切り喉を切り裂かれたロム爺は、やがて目から光を失い、
「ガァ……ァァ……ァ」
そんな音を遺して、絶命した。
「ロム爺! ロム爺! ロム爺ぃぃぃぃぃぃ!」
ただ少女の叫びが盗品蔵の中に木霊する。だが、一番聞きたい愛しい人の返事はありはしない。
それを悟ったのか、今度は怒りを顕にし、エルザへと立ちふさがる。
「……よくも、よくもやってくれやがったな」
「向かってくるの? 勇敢なのね、あなた」
「言ってろ!」
そう叫ぶと、フェルトは走り出した。
次の瞬間、文字通りの突風が蔵の中で吹き荒れる。
机の下から身を乗り出して、その様子を見守っていた梨花には、直後、フェルトが消えたかのように感じた。
次に、彼女の姿が現れたのはエルザの真横だった。
その速度に目を見開いていたエルザの横っ腹に彼女の足技が炸裂する。
さらに、そこから瞬時に飛び退き、二撃目を入れる準備であると言わんばかりに、再び蔵の中を吹き荒れる風に乗る。
とても限られた狭い空間である、盗品蔵でのこれはまさに脅威だ。
エルザもそのフェルトの曲芸じみた戦いに驚いた様子だ。
(おねがい、このまま……!)
だが、そんな梨花の願いを砕くのは一瞬だった。本当に簡単に希望は砕かれた。
「風の加護。ああ、あなたも素敵ね。世界に愛されているのね――妬ましい」
「――あ」
ただ一閃。それだけだった。
だが、それで十分だった。フェルトの生命活動を終わらせるにはその一閃で十全だった。
左肩から右の脇まで抜けているその傷は、骨はおろか中の内蔵すらも切り刻んでいることを明確にしており、そこから血が吹き出る様子はさながらホースのようであった。
そして、それすらもやがて勢いが衰える。
まるで命の終わりを示すかのように。
仰向けに倒れている彼女はピクリとも動かない。先ほどまで怒りを顕にし暴れまわっていたというのが信じられないほどに。
静寂が盗品蔵の中を支配する。
喋れない。言葉を発す事など出来ない。
(…………ああ)
衝撃と緊張によってマトモな思考ができていない。死には慣れても、この感覚に慣れることはない。
死んだ。ロム爺もフェルトも。
会ってからそれほど経っては居ないが、それでも仲良く会話した仲だった。
二人とも悪い奴じゃなかった。
ロム爺は自分が語った嘘の境遇に同情して、夕飯をおごってくれた。フェルトを見る目は孫を見るかのようで、とても微笑ましかった。
フェルトはやんちゃで、年上風を吹かしてきたが、実際は年相応でお爺ちゃんが大好きな普通の女の子だった。
二人ともお互いを思い合っていて、理想の関係だな、なんて思っていた。
だが、そんな二人は死んだ。
自分が黙って何もできずに隠れているうちに、エルザに殺された。
出ていけば何とかなったかもしれない、とは思わない。所詮梨花はなんの能力もない小さな子どもだ。
だが、いま自分がした行動が見殺し以外の何かとは思えなかった。
胸が痛い。久しぶりの感覚だ。
かつて、雛見沢で幾度も感じた、この感覚。
それをこの世界でも味わうことになるなんて。
圭一が疑心暗鬼になって、レナと魅音を殺してしまった時。
レナが狂気に落ちて、分校のみんなをガソリンで爆殺した時。
詩音が暴走してしまって、沙都子を自分の目の前で拷問するのを見せられた時。
いつも感じていたこの胸の痛み。
私はまた仲間を救えなかったのだ。
そして、無残に無念に彼らは殺された。
「ふふふ、みいつけたぁ」
そんな事を呟かれながら、机の下から引きずり出される。
抵抗はしなかった。いや、出来なかった。
もはや気力がなかった。絶望に足を掬われ、まともに考えることすら出来なくなっていた。
「さて、まずはここからいこうかし……ら!」
そうして、順当に、当たり前に、それは訪れた。
考えれば当然のことだったのに。そんな事すら意識の外になってしまっていて気づかなかった。
「ああ、楽しみだわぁ……どんな色をしているのか」
そう言って、エルザは持っていたナイフをただ静かに横へと払った。
それで全ては終わりだった。
「ああっ…! ああああああああ!!」
「ああ、やっぱり――あなたの腸は、とてもきれいな色をしていると思ったの」
ぶちゅっ! ぶちゅぶちゅっ!という何かが千切れるような音とともに自分の腸が弄ばれる。
どうやらエルザが開いた腹の傷口から、腸を直接掴んで引きずり出しているらしい。
痛い、苦しい、熱い、辛い、死にたい。
そんな全てのマイナスな感情がいっぺんに湧いてくる。
だが、そんな風に苦しむ梨花を見てより気分を良くしたエルザは次の行動に出る。
まだ苦しみを終わらせる気はないとばかりに嗤う彼女は、その手に持ったナイフを今度は梨花の右耳にあてる。
……そして、それを思いきり、
「次はこっち」
引き裂いた。
「―――あっがっああああ!!!!」
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
体中の神経が脳を焼き切らすほどに、そう伝える。
片耳を千切られた。グロテスクな音が聞こえた。
聞こえた?聞こえた?聞こえた気がした。
耳がなくなった。切られていない方の耳すらその役目を放棄したかのように周りの音が拾えない。
「私、もう少しあなたとお話がしたいの。だからもう片方は許してあげるわ――その代わり」
そう言って、今度は左目のちょうど真上にナイフを浅めに突き刺す。その痛みも右耳のあった場所から伝えられるそれに比べれば軽いものだった。
「……もうやめて」
「ん? なんて言ったのかしら?」
「もうやめてぇ!」
「あら痛いの? 苦しい? 辛い? 悲しい? 死んじゃいたい? そうねぇ……」
「ううっ……ああ……」
「でもダーメ」
いともあっけなく希望は砕かれた。
彼女はとても楽しそうに、まるでただ線を引くだけのように、そんななんでもない、簡単な事をするかのように梨花の瞼と瞳を引き裂いた。
「あがっ! あああああああああ!」
いともたやすく行われたその行為の効果は絶大だった。痛みはもちろんのこと、開こうとしても開かない目。永遠に光を失った瞳というのも、明確に彼女にダメージを与えていった。
「もういやぁ! どうして? どうして? どうして!?」
「もう壊れちゃったのかしら? もう少し楽しめそうと思ったのに残念だわ」
そんなエルザが吐き捨てた言葉も耳に入ってこない。
もう質の悪い惨劇には懲り懲りだ。悲劇や惨劇というのは繰り返しやり過ぎれば、やがて通り過ぎて喜劇になってしまう。
これはかつての惨劇の中で梨花が幾度となく思った言葉であるが、今こそまさにその言葉がピッタリな状況であると言えよう。
再び死の運命が待ち構える雛見沢に閉じ込められ、自殺という逃避を行えば、今度は異世界に飛ばされ、腹を裂かれて死ぬ。こんなのもう笑うしかない。
「…………」
「今度はダンマリ? もうおしまいって事ね。つまらないわねぇ……」
だが、笑う事すらできない。そんな気力すらない。もう力尽きて全て終わりたい。
そんな無力感に苛まれる。
どうしてこんな目に合わなければならない?こんな罰を下されるような罪を私が犯したというのか?
何故まだ運命と戦わなければならない。たった一人の小さな女の子に何ができるというのだ。
そう思わざるをえないほどに、運命というのは強大な敵であると感じる。
どうして?
なんで?
もうイヤだ。
どうして?
どうして?どうして?
どうして?どうして?どうして?どうして?
どうして?どうして?どうして?どうして?
どうして?どうして?どうして?どうして?
―――どうして?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『あの時の言葉を忘れないで』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――――」
『貴女はこんな仕打ちを受けるような罪など犯してはいない』
「――――」
『もっと怒りなさい! もっと抗いなさい! そして戦いなさい! 運命なんて――運命なんて、簡単に打ち破れるんだって、圭一が、みんなが教えてくれたじゃないですか……』
「――――」
『今の梨花ならきっと大丈夫なのです』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――答えは知っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
まるで呪いのようにわき続ける疑問符を打ち砕くように、数々の言の葉が思い出される。それはすべてが、かつて百年の歳月を共に過ごした相棒の最期の言葉たちであった。
(……答えならとっくに知ってたわね)
そうだ。こんなふうに悩む必要なんて無かったのだ。答えはずっと前に彼女に教えてもらっていたから。
あの惨劇で恐怖への耐性はかなり付いていたと思っていたが、どうやら自分は今の状況にそれなりに恐怖を感じていたようだ。
こんな簡単な事すらも忘れていたなんて。
――どうしてこんな目に合わなければならない?
答えは簡単だ。
――理由なんてない。こんな理不尽な目にあうような罪なんて犯してなどいない。
小さな女の子に何ができる?
梨花なら大丈夫だと、そう彼女は言ってくれた。
運命が強大な敵?
冗談。あんなもの簡単に打ち破れるんだって私の英雄が、とっくの昔に示してくれている。
幸せになるために戦う。再び立ち上がった時にそれを誓ったのだ。こんなに早く挫けるはずないだろう。先程までの醜態はなにかの間違いだ。そう思えるほどに奮い立つ。
(悲劇通り越して喜劇? 上等じゃない。私の人生をとびきり笑えて、幸せな、喜劇に変えてやるわ! こんな安っぽい悲劇達だって、後から振り返ったら見せかけになるに決まってるわ!)
こんなに拷問まがいの事をされているというのに。
これから無力にも死にゆくというのに。
何故か清々しく心地よい。
自分の人生を『物語』だなんて表現するのは、陶酔しているようであまり好きではないが、あえて宣言しよう。
――この物語はただの悲劇ではない。
――そう、これはきっと悲劇に見せかせた喜劇の物語。
さあ始めようじゃないか、今度こそ、幸せになるために。
何度でもやり直せるからって自分は気を抜いていた。だが、それももうヤメだ。次からは全力で戦う。
持てる力の全てを以って、運命に立ち向かう。
それが自分とあの子の望みを叶えるために、必要なことだから。
やり直すんだ。一から、いいやゼロから!
「フフ……アンタみたいな悪趣味を持った奴を他に知ってるけど、ソイツの方がオカルトマニアっていう個性があったぶん、いくらかマシね……」
「あらあ? ダンマリしていたと思ったら、そういう喋り方の方が素なのかしら? でも、そっちの方が素敵よ」
突然、喋り方も雰囲気も変えた梨花に一瞬面食らったような反応をするエルザだったが、すぐに先ほどと同じ、いやそれ以上の恍惚とした表情に変える。
気が強そうな人間のほうが長く楽しめるからだろう。その悪辣さに内心舌打ちをする。
だが、屈しはしない。コイツが望むというのなら泣き叫びもするものか。そんな決心をもとにさらなる強気な言葉を浴びせる。
「いい加減その痛々しい言葉しか吐かない口を閉じたらどう? アンタとの会話なんて一秒でも早く終わらせたいんだけど」
「それって早く殺してほしいってこと? でも残念、簡単にはダメよ。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと悶えさせてあげる」
「あなた、よっぽど暇なのね」
そんな言葉と共にエルザを睨みつける。確かにこんな下らない事に付き合うくらいなら死んだほうがマシだ。そう思えるくらいに今の状況は屈辱的だ。
「連れないわねぇ……もう少しお姉さんを楽しませて?」
「――もういい加減、賽の目に頼るのも飽きてきたところよ……。いいわ……次からは私が直々に遊んであげる」
ただし、その時遊ばれるのは自分ではない。この女だ。じっくりと、じっくり、じっくり、じっくりと苦しませて遊んでやる。
反省の心が無い人間なら容赦する気はない。次こそは絶対に勝つ。
「この世界にもう興味はない」
「この世界……? 何を言っているのかしら?」
「さよなら腸裂き女、せいぜいバカみたいに私の臓物で遊んでればいいわ」
そう言うと、思い切り舌を噛み切ってやる。こんな下衆に最後まで付き合ってやる必要はない。
激痛が走るが、構うものか。
眠い。いや、この感覚は間違っている。今から自分は死ぬのだからそんな生理現象がこの肉体に訪れる事はもう無い。
だが、終わりじゃない。それを知っている。次があることを知っている。
だからこれは逃避じゃない。宣戦布告だ。
お前の思い通りになんかなってやるものか!そういう意味を込めての自殺だ。
次こそ、この女に吠え面かかせてやる、なんて若干小物の悪役みたいな事を思いながら。
薄れゆく意識の中で彼女は誓うのだった。
(……次は)
(……次こそは)
だが、そんな誓いの言葉が完成する前に、暗闇が彼女を包み、意識は消滅する。無慈悲に不条理に残酷に冷酷に彼女の命は奪われる。
そして同時に世界はリセットさせる。彼女の意志で。この死に意味は無いかもしれない。あるいは次の生に価値は無いかもしれない。
だが、彼女はここで死に、次を生き抜く。それが約束だから。誓いであるから。
(……次こそは幸せになってみせる)
誓いは完成した。もう彼女は折れない。どんな運命にも屈しはしない。
もう雌伏しの時は終わったのだ。
――反撃の時が、始まる。
最近この小説を書くにあたり一気にリゼロ読み直しました。
スバルくん、パック説アル説フリューゲル説と色々あって面白いですよね。
でも確かにスバルくんには怪しいところいっぱいありますよね
・なぜ日本語が通じるのか
・突然何もないところから出てきたくせに周りの反応があんなに薄かったのはなぜなのか
・『イ文字』『ロ文字』『ハ文字』なんていう明らかに日本人が作った何か
・カララギ弁がエセ関西弁なのはなぜなのか(訛りで一番ポピュラーなものが異世界で偶然できるものか)
・アニメ版の大樹の「フリューゲル参上!」について
・そもそもごく普通の引きこもりニートであるスバルが呼ばれた理由とは
などなど
この世界を作ったのはスバルくん説まであると思います。
タイトルの『Re:ゼロから始める』というのも気になります。つまりこれって『Re』が『ゼロから始める』にかかっているという事なのでゼロから始めるというのをもう一度やるということだと思うんですよね。
最初のスバルくんは記憶を失っただけで死に戻りをどこかからしてきたのでは無いでしょうか。
だとすると、終盤にカドモンのおじさんに「あの日、オレはどこから来た?」と聞く展開があるような気がします。
……すみません見たくもないド素人の考察垂れ流して……
次回からついに解決編です!ようやく一章終わります!