梨:ゼロから二人で異世界生活を始める頃に   作:とある圭梨復権派

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今日はついに猫騙し編第2話放送日! 
どうなるか全く予想は付きませんが、一つだけ梨花ちゃまが曇らせられる事だけは確信しております。


死戻し編 其の四 「嘘つき」

 

「あ、目が覚めた?」

 

 地面に激突して気絶したスバルを最初に迎えたのはそんな鈴の音のような頭上から聞こえる声。

 ぼんやりとしていて、視界がハッキリとしないが、空が見える。

 いま自分は上を見ているようだ。

 頭には極上の柔らかい感触……

 

「……これが噂に聞く膝枕!」

 

「人間サイズの猫の膝だけどね」

 

 そう、今スバルは膝枕をされていた。

 先程助けてくれた少女の使い魔なる化け猫のビッグverに。

 すごく微妙な気持ちな反面、モフモフの感触がかなり気持ち良いのが逆に腹立たしいところだ。

 

「わりぃな……助けてもらって」 

 

「勘違いしないで、貴方に聞きたいことがあるからこうやって助けてあげたの。貴方に治癒魔法をかけたのもパックの膝枕を味わわせてあげたのも自分の都合のため、全部全部私のためなの」

 

「恩着せがましく見せかけて、普通に要求が良心的だなオイ」 

 

 『良心的』。その響きを了承とみなしたのか、質問を続ける少女。

 

「それで、貴方は私の盗まれた徽章に心当たりがあるわね?」

 

「いや、だから無いって……」

 

 このやり取りで思い出す。

 そうだ、梨花ちゃんだ。

 どうやら目の前の少女が来てあの三人組がそちらに意識を集中させた、その時に逃げたらしい。

 

 かなり強かな行動をとっているが、それでもこの治安の世界での事だから普通に心配だ。

 あの追い剥ぎ達に復讐で捕まったりしたらどうしよう。

 

 自分はどれくらい気絶していた?

 いや、空を見るとどうもあまり時間が経ったようには見えない。

 

「そういえば、梨花ちゃん……」

 

「さっき言ってた貴方と一緒にいた女の子?」

 

「ああ……。 はやく見つけないと」

 

 心配そうな声色で呟くスバルを見て、少女は答えを出す。

 

「そうそれなら仕方ないわね、貴方が何も知らないという情報を貰うことが出来たわけだし、これでケガを治した対価は貰えたというわけね」

 

「え?」

 

「じゃあ、もう行くわね。悪いけど急いでいるの。ケガは一通り治ってると思うし、連中ももう襲っては来ないと思うけど、こんな人気の無い裏路地なんて一人で入っちゃダメよ」

 

 そう言って、少女は決心したように手を叩き、「よし」と呟いて立ち上がる。

 自身の頭にあった柔らかい感触が消失する。

 見ると、先程のビックサイズはどこへやら元の手乗りサイズになった猫が彼女の隣でフワフワと浮いていた。

 

「ごめんね、うちの子素直じゃないんだよ、変に思わないであげてね」

 

 そう笑いながら彼女へと向かっていく使い魔猫。

 

 『素直じゃない』。その言葉で先程、少女が二回同じ質問を繰り返した理由をスバルは悟った。

 

(そうか、オレに負い目を感じさせないために……)

 

 少女は最初、自分の大切なもの――徽章というらしい、を盗んだ相手を追いかけていたはずだ。

 それなのに、追い剥ぎ三人組に襲われている自分、という場面を目撃し、見逃せずに助けてくれた。

 しかも、そのまま気絶したスバルを治癒で回復させて気絶から目覚めるまで待ち続けた。

 

 こんなの相当なタイムロスに違いない。

 

 そして、その事実に自分が負い目を感じることを予見して、彼女はわざわざ一度聞いた質問『徽章に心当たりが無いか?』を聞いて、対価を払ったということにしてくれたのだ。

 

(素直じゃないって……)

 

「そんな生き方、滅茶苦茶損じゃねぇか」

 

 こんなに恩を受けておいてただで返して良いのか?

 いや、良いはずがない。

 スバルは決意し、去ろうとしている彼女の背中へ声をかけた。

 

「―――ちょっと待ってくれよ!」

 

「なに? 話ならもう終わったわ。 それに貴方、梨花ちゃんって娘を探さなきゃいけないんじゃないの?」

 

「ああ、そうだ。 だけど、こっちはまるまる全然まだまだまるっきし終わったなんて思ってない」

 

 そう言い切ると、言葉を続ける。

 

「大切なもんなんだろ? 俺にも手伝わせてくれ」

 

「でも貴方は何も……」

 

「確かに盗んだ奴の名前も素性も知らねぇけど、少なくとも姿形は分かるぜ!」

 

 八重歯で金髪の生意気そうな少女を思い出す。

 その第一印象通り、自分を見捨てて逃げたヤツ。

 彼女の特徴を示して、いろんな人に聞いて回れば答えも出るだろう。

 

 とりあえず、彼女の特徴を伝えるのはまずこの娘からだ、と性癖だの胸だのプリティーガールやリアリーなどのルー〇〇感満載の語録だのを喋って滑り倒したスバルを見て彼女は口元を抑える。

 

「――変な人」

 

「言っておくけどなんのお礼も出来ません。 無一文なので」

「まるごと持ってかれちゃったもんね」

 

 そう言う一人と一匹にスバルは返事をする。

 

「安心しろ!俺も一文無しみたいなもんだ!」

 

「安心する要素ゼロだね」

 

「それにお礼なんていらない。そもそもお礼を俺がしたいからするんだ」

 

「傷のことならちゃんと対価は貰って……」

 

 そう来ると思っていたスバルは「それなら」と前置きし、提案する。

 

「実はオレは初対面の人とマトモに話すことができない!」

 

「それに全く、ここの地理もわからない!」

 

「堂々と言うことじゃないね」

 

「ここの地理がわからないって、どこから来たの?」

 

「テンプレ的な答えだと、多分東のちっさな国だな!」

 

「ルグニカより東の国なんて無いけど……」

 

「マジで!?」

 

 そう言って驚く少年を見て、少女はため息をつく。

 無一文で、自分のいるところも分からなくて、初対面の人とマトモに話すことが出来ない、本気でこの人の将来が心配で仕方ない。

 今は、パックと色々とおどけたりしてやり合っているが、あのテンションで会話できるのに初対面の人には何故出来ないんだろう?と思わざるをえない。

 

「だからさ、梨花ちゃんを探すのをついでで良いから手伝ってほしいんだ。これから聞き込みするんだろ?」

 

 そう言う彼の提案を突っぱねようと思ったが、「女の子を探す」という彼の目的の未来が心配でならなかった。

 彼の話したことが本当なら、達成できる気がしない。

 それこそ、私のような土地勘があって人とも話せる人間が側にいないと……

 

 根っからの世話焼き少女である彼女が迷っていると、それを見かねたパックが言う。

 

「邪気は感じないし、素直に受け入れた方がいいんじゃないかな? 王都の広さを考えると手がかり無しで探すなんて無謀だろうしさ」

 

「でも……」

 

「意地を張るのも可愛いと思うけど、それで目的を見失うのは馬鹿らしいと思うよ」

 

「僕は娘をバカだと思いたくないなぁ……」なんて煽りを入れてくるパックを見て、数瞬考えた後、彼女は答える。

 

「――本当に何のお礼もできないからね!」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「そういえばさ、飼い猫の名前は聞いたけど、まだ君の名は聞いてないなってさ」

 

 捜査は順調に進み、(文字が読めない・土地勘がない・コミュ障のスバルは足しか引っ張らなかったが)様々な情報を得ることが出来た。

 気がかりなのは結局梨花の足どりが掴めなかった事だが、目的の一つが大きく前進したのは良い傾向だろう。

 

 盗品を捌くなら、スラム街。

 その情報を聞き、そこへ向かう途中での事だった。

 

 色々あって、いつもの自己紹介という名の滑り芸を終えたスバルだったが、パック――先程の使い魔猫にしか返しの自己紹介をしてもらえなかったのだ。

 

 故に、好調でテンションも高めになってきた今なら彼女の名前を聞けるかなという期待をこめての事だったが、訪れたのはかなり気まずい沈黙だった。

 

 アレ?もしかしてマズった?名前を言いたくないのに聞いたから空気凍った?

 

 と、焦り始めた頃に彼女は疑問に答えた。

 

「――サテラ」

 

「お?」

 

「サテラとでも呼ぶといいわ」

 

 そう言いながら、全くその名前で呼んでほしそうに見えない態度。

 これは名前で呼ばずに「君」とか「You」とかで誤魔化しちまうか!?なんて珍しく空気を読むスバル。

 

「趣味が悪いよ」

 

 その様子を見てパックは呟いた。

 

 しかし、これは少女の優しさでもあった。

 サテラ。それはこの世界では名前を出すことすらタブーの恐れられている存在。『嫉妬の魔女』として世界中に轟いている悪名。

    

 少女はこう名乗ることでスバルに徽章探しを手伝うのを諦めて欲しかったのだ。

 本気で将来が心配になるようなステータスの彼に、危険がつきまとうかもしれない徽章探しを手伝わせるのは、彼女にとって不本意であった。

 しかし、今回の探索でもうある程度土地勘も付いただろうし、後半は彼もある程度初対面の人ともコミュニケーションが取れるようになっていた。

 これから行うであろう彼の目的である女の子探しも、今なら自分の保護無しでも出来るだろう。

 それでも難しいなら、衛兵に頼むという手段もある

 

 そう思っての突き放しであった。

 

 しかし、当の本人は「良い名前だなあ」程度にしか思ってないので、何の意味もない行為になってしまったのだが。

 

 そうこうしているうちに、目的地の入り口へと付いた。

 結局突き放しは成功しなかった。

 サテラと名乗った少女は一瞬、スバルがこの名前に何の疑問を持ってないことに気づいてヤキモキしたが、気を引き締める。

 

 そうして、二人と一匹は貧民街に足を踏み入れた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「うおおおおおおおおおお! 体中が熱い! マジ熱い! これ死ぬ! ヤバい!」

 

「なんか食べてると思ったけど、これボッコの実ね」

 

 捜査が難航するかと思われ、身構えた貧民街探索だったが、いざ蓋を開けてみるとスバルの汚い身なりに同情したのか、順調どころか、逆に差し入れを貰えるほどに成功していた。

 そんな中で貰ったボッコの実。 

 体の中のマナを刺激して傷を治すのを早めたりする実。 

 サテラ曰くスバルはマナの循環性が高く、過剰摂取すると死んでしまうかもしれないほどに敏感体質らしい。

 

「パック、寝る前に夜食食べていきなさい」

 

 彼女が解決策として出してくれたのは耳を疑うような方法だった。  

 夜食と言って、指をさしてる方向にいるのはどう見てもスバルであった。

 食べられる!?なんてビクビクしていたが、スーッと体が楽になり始める。

 

 どうやらパックはそのマナとやらを食うらしい。

 熱い通り越して寒いぐらいになったが、許容範囲だ。

 お礼を一つ言おうとしたが、当のパックは眠そうに眼を擦っている。

 

「ごめん、僕もう限界だ」

 

 そう言って、体が光り、少しずつ透けていくパック。

 探索中に聞いていた話だったが、夜には活動限界が来て消えてしまうらしいというのは聞いていたが、こんな漫画みたいな消え方するとは思っていなかったので内心けっこうビビるスバル。

 

「わかってると思うけど、無茶はしないように、いざとなったら僕を現界させるんだよ?」

 

「わかってます。子どもじゃないんだから、自分の領分くらい弁えてるもの」

 

「どうかな。ボクの娘はそのあたり、けっこう怪しいからね。頼んだよ、スバル」

 

「オーライ、俺に任せろ ビビリセンサービンビンだからすぐ引き返せる自信があるぜ!」

 

 『ボクの娘を頼んだ』というワードに若干興奮しながら、照れ隠しも込めておちゃらけるスバル。

 まあ、いざという時に自分にできる事はないだろうし、そうそうそんなトラブルに巻き込まれることもないだろう。

  

 そんなスバルを見て少し不安げな表情を見せながら、パックの姿は完全に消えた。

 

「それじゃあ、私が前衛で、スバルは後ろの警戒をおねがい。パックも居ないし、今まで以上に慎重に進みましょう」

 

「おうよ!」

 

 と、警戒をしたものの特に変わったことはしない。

 貧民街の住民たちに心当たりが無いか聞いて回るのみである。

 

 いったん休憩と、スバルは地面に腰掛ける。

 ふぅ……。だんだんとコミュニケーションにも慣れてきたな。将来は外交官目指せるんじゃね?なんてふざけた事を考えながら空を見上げる。

 田舎に行った人の感想でよく聞くような言葉だが、空気がすんでいて、街灯のような邪魔な光もないおかげで星がよく見える。

 

 あのキレイな星々の中に我が故郷地球もあるのだろうか?

 そんな事をぼんやりと思う。

 

(……我が故郷、か)

 

 故郷という言葉で思い出すのは、やはり同じ境遇であると語っていたあの少女の事だった。

 あの追い剥ぎ三人組と対峙したときは、ナイフを持っているのを見た瞬間土下座という情けない姿を見せてしまった。

 

(いや、でもナイフは仕方ないだろ。ナイフは)

 

 と、一人ごちるが、サテラは聞こえてないらしく静かに過ごしている。

 

 今、あの娘はどこで何をしているのだろうか?

 こんな見ず知らずの世界での一人での初めての夜が怖くはないだろうか?

 いや、怖くないはずが無い。

 一回りも二周りも大きい自分が、サテラという一緒にいる人が居ても、怖いのだから。

 

(はやく、見つけてやらねーとな)

 

 結局、あの後徽章のついでで探し続けたが、彼女の足跡は掴めなかった。

 明日見つからなければ、本格的に危険な雰囲気が漂ってくる。やはり誰かに連れ去られたのかと思わざるを得ない。  

 

 そんな風に一人考えていると、突然目が手のひらで覆われて隠された。

 温かくて柔らかい感触が伝わってくる

 

「だ〜れだ?、なのです」

 

 この声。この特徴的な喋り方。

 とても聞き覚えがあった。

 

「梨花ちゃん……?」

 

「当たりなのです! そんなスバルにはご褒美にいいこいいこしてあげるのですよ。 にぱー☆」

 

 と、突然頭を撫でられる。

 ……このシチュエーションは。

 ちょっと嬉しいけど、それ以上に死ぬほど恥ずかしい!

 てか、小学生にいいこいいこされる高校三年生(引きこもり)っていうのは絵面が犯罪的すぎる!

 

「うおおおっと! い、いったい今までどこ行ってたんですか?梨花さん!?」  

 

 慌てて、頭上で左右に優しく動き続けていた梨花の手を払いのけて、誤魔化すように質問をする。

 あんまりにも慌てていたもので何故か敬語になってしまった。

 

「ヒミツなのです」

 

「え?」

 

「レディにはヒミツの一つや二つあるものなのですよ」 

 

 そうにこやかに言って、サテラの方へ行ってしまう梨花。

 『レディの秘密』。ロクに女性と話せないことで定評のあるスバルにとって、それは渾身の一撃だった。

 それ以上聞くことなんてできるはずもない。

 

 この時のスバルには知る由もない事だが、実は現在、梨花はスバルを自力で発見できた喜びでハイテンションになっており、人をからかう事に躊躇がなくなっていたのだ。

 そうでなければ、流石に会ったばかりの男に「だ〜れだ?」とかいいこいいこはしない。

 まあ、いいこいいこは見捨てて逃げた罪悪感からの行動でもあったが。

 

(小悪魔だ……! 梨花ちゃん、小悪魔だ……!)

 

「僕は古手梨花と申します、よろしくなのです」

 

 一方、梨花の腹黒さの片鱗を味わい戦慄しているスバルを放っておいて、サテラの方へ向かった梨花はペコリとお辞儀をしながら自己紹介をしていた。  

 

 そんな自己紹介を受けた彼女はというと、

 

(この子……カワイイ!) 

 

 なんて、残念なことを考えていた。

 実は女友達というものに密かに憧れていた彼女。

 友達になれないかなんて事も考え始めていた。

 

「二人は何をしていたのですか?」

 

 それをよそにこちらの事情を聞いてくる梨花。

 二人はここまでの経緯を梨花に説明してあげる事にした。

 

「なるほど。つまり、スバルは初対面の人にガクガクブルブルニャーニャーのチキンさんだったのでサテラが助けてあげたというわけですね」

 

「そうね……うん、そういう事」

 

「アレ!?」

 

 二人して俺に厳しくないですか?なんてのたまうスバルを無視して二人は話をすすめる。

 

「じゃあ、ボクもこれからお二人に協力して一緒にサテラの宝物を盗んだ悪い子さんを捕まえるお手伝いをするのです」

 

「うん、そうしてもらえるならありがたいわ」

 

 流石に、子供に協力を頼むわけにはいかないが、表面上は飲んだ事にした方が話は早いだろう。

 断っても、じゃあこの子を何処にやるのだ?という問題が発生する以上、常に一緒にいるのは前提条件だ。

 なら、協力して貰うという体にするのが一番収まりがいいだろう

 というのが、サテラの考えだ。

 

 こうして三人での探索が始まった。

 良いことというのは意外と連続するもので、お目当ての犯人らしき人物の情報もすぐに手に入った。

 

「ひょっとすると、それはフェルトのやつかもしれねーな」

 

 その情報をくれた男によると、そのフェルトという女の子が犯人ならば、盗品蔵というところに預けられている可能性が高いらしい。

 ただその場合、「盗まれたから返してください」なんて言っても返して貰えることは出来ないだろうから、買い取るしかないとのこと。

 

 ここで新たなる問題が浮上する。

 

「オレ、一文無し」

 

「私も……」

 

「ボクもなのです……」

 

 そう、全員一文無し。

 誰も買い取ることが出来ない。

 

「盗まれた徽章って、そんな見るからに高価なものなのか?」

 

 もし価値が一般人に分からないような物ならタダは無理だとしても交渉次第でそれなりに簡単に手に入れられるかもしれない。そう思ってこんな疑問を投げかけるが、

 

「真ん中に宝石が入ってるの。 安くないのは確かだと思う」

 

「宝石かぁ……」

 

 この案もダメになってしまった。

 宝石ほど誰でも価値が高いことを認識してるものもないだろう。

 

 盗まれたものを返してもらうのになぜお金を払わなきゃいけないのかとサテラが愚痴をこぼすのも仕方ない状況だ。

 

 そんな感じの態度は、盗品蔵の前についても続いており、「盗まれたものがあるから返してほしいと、正直に行く」という作戦を彼女は譲らない。

 

 これはまずいな、とスバルは危機感を抱いた。

 彼女はきっと、とても根が真っ直ぐな人間なんだろう。間違っている事を「あくまで手段としてそういう方法もあり」と自分を納得させることが出来ないタイプ。

 

 それはかなり美徳であると思うが、しかし、それはこの貧民街ではまずいだろう。

 彼女がこのまま行ったら、絶対にこじれる。そう確信したスバルはある提案をした。

 

「じゃあオレが行くよ」

 

 と。

 サテラはあっさりと、「分かった。スバルに任せてみる」と答えたが、それに一番驚いていたのは他でもないスバルであった。

 ここまでの行程で自分が全く役に立って居なかったのを自覚していたので、まさか許可が降りると思っていなかったのだ。

 自己評価が低すぎて悲しくなってくるが、残念ながら世間一般的には引きこもりの男に対する評価として妥当なラインである。

 

「じゃあ、頑張って」

 

「スバルが怖いおじさんに連れて行かれそうになっても、ボクがいいこいいこで慰めてあげるので安心していいのですよ」

 

「いや、全然安心出来ないんですけど!? それ普通にオレ連れてかれちゃうよね!? 慰めるってもう事後の事言ってるよね!?」

 

 スバルのうるさいツッコミにも慣れてきたのか、無言で「にぱー☆」と笑うだけの梨花に再び戦慄するスバルであったが、すぐに引き締めて気合を入れ直す。

 

 サテラに「頑張って」と言われたのだ。

 しっかりやらなければ。

 

 スバルの手には、ここまで話題に登らなかったコンビニの袋。

 実は、ここに来るまでしっかりと持ってきていたのだ。

 そうこれが今回の勝ち筋だ。

 この中の物はいわば異世界の品である。

 ならば、物々交換も可能かもしれない。

 そういう算段であった。

 

「誰かいますかー?」

 

 扉を叩くが返事はない。

 不安に感じながら、取っ手に手をかけると簡単に扉が開いてしまった。

 あまりにも不用心過ぎないか?なんて思いながら、中を覗くが、なにぶん夜なせいで、全くと言っていいほど状況が分からないような暗闇が広がっていた。

 

「真っ暗で何も見えないのです……」

 

「ああ……」

 

 スバルは後ろのサテラへ振り返ると

 

「オレと梨花ちゃんで行くから、君は外にいてくれるか?」

 

 これはちゃんとした根拠に基づいた考えだった。

 まず、先程説明した通り、彼女を中に入れるのはこじれる可能性を考えて極力避けたい。

 梨花を連れて行くのは、小さな女の子が隣に居たら流石にどんな人物でもいきなり斬りかかってきたりしないだろうという、打算から。

 

 また、この蔵の家主は現在外出中の可能性が高い。 

 その場合、外にいる誰かが中に自分たちがいる状況を説明してくれないとまずい。

 

 この理屈を話すと、渋々といった様子でサテラは納得してくれたようで、せめて明かりを持っていけとラグマイトなる光る石をくれた。

 

「慎重に、慎重に進みましょうです、スバル」

 

「わかってる」

 

 

 ――ねちゃっ、ねちゃ。

 

 盗品蔵の中に入ると、まず出迎えたのは小さなカウンターだった。

 『まるで酒場のようだな』といった感じの事を呟いたら、何故か梨花の目が輝いていた。

 

 ――ねちゃっ、ねちゃ。

 

 次に目に入るのは、その上に並べられている商品だろう盗品たちだ。

 壺に小箱に刀剣、よく分からない書物やら形がキレイな石やら、あまり価値の高そうに無いものがたくさん並べられていた。

 ここじゃない。きっともっと奥だ。

 

 ――ねちゃっ、ねちゃ。

 

 先程から歩くたびに変な音が聞こえる。

 床に使われてる板が異世界産の特殊な素材なんだろうか? 

 そう考えとき、

 

「えっ!? ひッ……」

 

 梨花が小さな悲鳴を上げた。

 見ると、どうやら必死に声を抑えているようだった。

 自分の裾を掴み、必死に何処かを指差している。

 

 その方向にあったのは……

 

 『腕』?

 

 いや、それだけじゃない。

 

 

 

 首を切り裂かれ、腕を失った、大きな老人の死体が……

 

 

「ひっ……!?」

 

 

 

「――ああ見つけてしまったのね。それじゃあ、仕方ない、ええ仕方ないのよ」

 

 突然、知らない女の声が響いた。

 その声はどこか楽しげに聞こえて……

 

「ごあっ!?」

 

 振り返ろうとした瞬間、思い切り突き飛ばされ壁に激突する。

 

「スバル!?」

 

 梨花が自分の名前を叫ぶ。 

 ダメだ。逃げろ。そんな言葉は出なかった。

 

 体が熱い。

 熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い!

 

 ――続いてやってきたのは痺れ。

 ゆっくりと地面にうつ伏せに倒れる。

 叫びたいのに声が出ない。手足が動かない。体に力が入らない。

 

 ――最後にやってきたのは体を引き裂くような強烈な痛みだった。

 

 ああ! いたい、イタイ、痛い!

 人生で今まで味わった事の無いような最大級の苦痛がスバルを襲う。

 まるで、全身拘束されながら灼熱のマグマ風呂に入れられて、その中で手足を引きちぎる拷問をされているようなそんな気分だった。

 

 だが、痛みが通り過ぎ始める。

 人間、大きな怪我をすると脳内麻薬が大量に出てあまり感じなくなるというのは本当らしい。

 

 地面に広がる自身の血を見ながら、気づく。

 

(――なんだ、腹を破られてんのかよ)

 

 自分の人生がここで終わった事を悟る。 

 腹が裂かれ、内臓が飛び出してる。

 もうあと一分も持たずに自分は死ぬだろう。

 

 そんな事を冷静に考えながら、前を見ると絶望的な状況が広がっていた。

 

「あっ……やめっ!?」

 

 どんな姿か黒い影のようになっていて見えない、そんな女によって梨花の腹が裂かれ、その内臓が、腸が飛び出す。

 きれいな赤色だった。

 人の内臓はこんな色をしているのか。

 そんな事を思った。

 

 遅れて、心に痛みがやってきた。

 あんな小さな女の子がこんな残忍な殺され方をする。 

 それに道徳的・人道的嫌悪を感じた。

 

 無意識に彼女が殺されることを認めてしまった自分に気づく。

 心が絶望に麻痺してしまったのか?

 彼女をいきなり自分が家主に斬りかかられないため、なんてふざけた理由でここに連れてきたのは自分だ。

 彼女はナツキ・スバルのせいで苦痛にまみれながら死ぬのだ。

 

「ああっ……!?痛い、痛い、痛い、痛いいいいい!!!!!」

 

 梨花の悲痛な叫びが聞こえる。

 苦しい。聞きたくない。

 オレのせいで、こんな事に。

 涙を出したいのに、この体はもうそんな事すら許されないようになっていた。

 

「うそ………………つき………………!」

「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つきぃぃぃ……!」

 

 梨花の叫びが蔵中に響く。

 『嘘つき』。それは誰へと向けた言葉であったか。

 繰り返すものを殺す剣。そう言ってあの剣を遺してくれた羽入に対してであったか、それともきっと大丈夫だ、なんて思っていた自分自身に対してであったか今となっては分かりはしない。

 

「あ……」

 

 やがて、梨花はそんな間抜けな一音を喉から鳴らし、ピクリとも動かなくなり、物言わぬ死体となった。

 スバルはまるで、彼女が生きている希望をまだ捨て切れないかのようにすぐ隣で息絶えている梨花の掌へと自らの左手を伸ばす。

 

 彼女の手を握る。

 初めて会った時、いきなり自分が手を握り、彼女は随分とビックリしていたように見えた。

 「手を離してほしい」。そう言われて少しショックを受けたのを思い出す。

 

 でも、今は彼女は何も言ってくれない。なんの反応もしてくれない。

 握った手も握り返してくれる事はない。

 冷たい。

 こんなにも熱いと感じているのに。 

 「だ〜れだ?」をした時はあんなにも温かったのに。

 彼女の手は冷たい。冷たくて仕方ない。

 それが彼女の死を認めろという神からのお告げのようで。

 否定したくて。否定したくて。認めたくなくて。

 

「―――っ!」

 

 短い悲鳴が上がり、自分のもう一方の隣に新たなる犠牲者が倒れる。

 ―――それはここまで共に来た、自分を助けてくれた、そんな少女。サテラという少女だった。

 ここに来てほしくなかった。あのまま外にいて欲しかった。

 だが、そんな僅かな望みすら叶わず、彼女もまた自分たちの仲間入りだ。

 

 今度は彼女へと手を伸ばす。

 手を握ると、指先がかすかに動き、握り返してくれたような。そんな気がした。

 

 三人で仲良く手を繋ぎあった死体。

 下手人の女――自分を殺した相手だというのに不思議とその顔を見たいとも思わなかったので、どんな奴かは分からないが、きっとソイツからしたらさぞ滑稽に見えるに違いない。

 

 両手の感触に浸りながら、ふと、かつて交わしたやり取りを思い出す。

 

―――思い出す。

 

『だが安心しろ! 梨花ちゃんはオレが絶対に守ってみせる!』

 

『み〜。 とっても頼りない騎士さんなのですよ』

 

『意外に辛辣!?』

 

―――思い出す。

 

『どうかな。僕の娘はそのあたり、結構怪しいからね頼んだよ、スバル』

 

『オーライ、俺に任せろ』

 

 

 

 ―――ああ、そういうことか。

 

 『嘘つき』。梨花が死ぬ直前に何度も口にしていた言葉。それはきっと自分の事を指していたに違いない。

 

 なるほど、とんだ大嘘つきだ。

 

 梨花を絶対に守ってみせる。そう言った。

 それがどうだ?このザマだ。  

 

 パックに「娘を頼む」と言われ、「任せろ」と言った。

 決して軽い意味の言葉ではない。

 にも関わらず自分は重く受け止めていなかった。

 魔法があるから大丈夫、死ぬような事なんてそうそう起きないだろう。

 そんなふうに甘く見て。

 

 なんて大嘘つきだ。約束を二つも破るなんて。

 

 梨花に「とても頼りない騎士」と言われた時、自分はそれを必死に否定した。

 今思うととんだ笑い草だ。

 小さい女の子や自分を助けてくれた優しい女の子、そんな二人も守れない奴が何を言ってるんだか。

 

 だんだんと意識が遠のいてきた。

 倒れてからどれだけ経ったのだろうか。

 もう時間の感覚が無い。

 

 二人と握っている両の手がどこかへ行ってしまおうとする自分の魂を掴んで離さないような、そんな気がした。  

 未だに意思があるのはそのせいだろうか。 

 だが、それももはや時間の問題。

 そろそろナツキ・スバルという人間は死ぬのだろう。

 

「……っていろ」

 

 待っていろ。そう言おうとしたが、まともに声が出ない。

 それでも最後の力を振り絞って言い切る。

 言ったところで何になる。

 この結末が変わるというのか。

 

 ――それでも、

 

 

「俺が必ず、」

 

 お前たちを救ってやる。

 お前たち二人を守ってみせる。

 

 そんな言葉を続けようとして、意識が途切れる。

 

 ――今度こそ嘘じゃない、本当に。

 

 そんな彼の意思すら一緒くたにして、ナツキスバルの命は暗い闇の中に溶けていった。

 

 これがナツキ・スバルと古手梨花のこの世界最初の死。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、二人の物語はまだ終わらない

 

 これは『始まりの終わり(エピローグ)/終わりへの始まり(プロローグ)』でしかない。

 

 

 何故なら、二人は始まりの地点へとまた死に戻るのだから……。    

 

 

 

 

 

 

 

 

                 <死戻し編> 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

抜け出してって〜♪抜け出してって〜♪
悲しすぎる運命から〜♪

貴女は奈落の花じゃない(励まし)


というわけで、死戻し編完です! 
次回からは宝探し編が始まります。 
というのも章はリゼロの通りに、編は梨花ちゃまとスバルが死ぬ毎に変えようかなって思いましてね。
まあその分、冒頭のポエム書く手間が倍なんですけど……。〇〇し編のタイトル案がいっぱいあるのがもったいないと思ってこういう形式でいかせてもらおうかなって思ってます。はい


   

 

頑張れ!梨花ちゃま!
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