こちら獄楽島泊地放送局   作:綺羅鷺肇

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1 私が私になった日のこと

 自分語りは好まれないとわかっているのだが、少しばかり付き合ってほしい。

 

 

 あの日、私が私として目覚めたのは、微かな潮のにおいに、鉄さびと焼け焦げたにおい、それ以上の消毒液臭に刺激されてのことだった。

 どうしてこんなにおいがと思いながら身体を起こそうとしたら、手腕足腿肩首腰背腹と体の至る所に痛みが走り回った。もん絶する動きでさらに痛みが走り、ただただ冷汗涙鼻水がダラダラ流れて呻きも出せない。いっそ気絶したいと願っても痛みがそれを許してくれない。

 もう殺してくれとすら思えるような地獄を味わっていると、誰かが人を呼んでくれたのか看護師のような人が小さな注射器のようなものを腕にブスリ。徐々にではあったが、体からも痛みが引いていった。ほっとして気が抜けたのか、そのまま意識を失った。

 

 それが最初に目が覚めた時の記憶。

 

 

 そしてまた意識が戻った時、ぼんやりとする頭でも酷い痛みの記憶は残っていたので、慎重に慎重をそれこそ何重にも重ねて周りを見る。

 私が寝かされていた場所は、大きなテントのようだった。申し訳程度に着けられた裸電球の下、簡易なベッドが十近く並び、全てに血の滲んだ包帯を巻かれた人達が寝かされている。耳に届いたのはうめき声と泣き声。どれも子どものものだった。

 

 ここはいったいどこなんだと思ったところで、自分自身に違和感。

 体がおかしいというべきか、ベッドから伝わる感触が、体が感じ取れる広さが常よりも小さかったのだ。そして、視界の隅に包帯で覆われた自分の足らしきモノを見て、縮んでいると認識してしまった。

 

 なぜだどうしてだと、自分の状態と周りの状況に混乱する間にもまた睡魔に襲われて、眠りについた。

 

 

 そして、けたたましい警報で目覚めた。

 耳を責め立てる不快な音に続いて、外で余裕のない怒声。子どもの泣き声よりも大きく、警報に重なって乾いた炸裂音が幾重にも連なる。これらがなんなのか理解できないでいると、ぴゅうと風切り音が聞こえ、ベッドを大きく跳ね上げる地響き。げぶと肺腑が潰れて、暴力的な風圧。視界を覆っていたテントが吹き飛ばされ、見えたのはうす黒い煙に覆われた空。呆然と見上げていると、甲高い音。橙色の尾を曳きながら、ナニカが飛んでいる。

 

 見たことがあるような、不思議な形状の飛行物体。

 歯のようなモノを持つ無機物に有機物を混ぜ込んだようなシルエットに、私の記憶が刺激される。

 

 既視感から記憶をたどってみると、浮かび上がったのは青や赤の画面。

 動く船、戦う娘、砲雷撃戦、ボス直前、踊る大破、う、頭が……。

 

 あ……、か、艦これ?

 

 私が遊んでいたゲームに思い至り、ついで痛みを自覚して白目を剥いた。

 

 

 四度目に意識が戻った時、トラックの荷台に乗せられて揺られていた。

 全身の痛みに身じろぎできずにいると、やけに空気が煙たくなる。咳き込みそうになるのを必死に抑えていると、遠方で爆発音らしき音。重々しく、絶え間なく続くそれに耐えきれなかったのか、同乗者の誰かが後ろの幌を開けた。私にも、外の様子が見えた。

 

 後方の天と地が、世界が赤く燃えていた。

 誰かがちくしょうと呟いたのがわかった。 

 

 けれども、私はそれに共感するどころではなかった。

 私が、私が生きて暮らしてきた世界ではなく、艦これ、かどうかはわからない、が、とにかく似たような世界……とでもいえばいいのだろうか、そんな世界にいるという荒唐無稽な状況に、信じられないというよりも訳がわからないとしか思考が働かなかったのだ。

 

 これから先、いったいどうすればいいのか想像もできず、ただただ途方に暮れながら、トラックに揺られ続ける。

 

 気が付けば、荷台にはすすり泣く声で満ちている。

 涙も流れない私は呆とするだけだったが、不意に気づいてしまった。

 

 自らの記憶が、とてもあやふやであることを。

 私が人である以上、親か誰かに育てられたはずなのに、その顔が思い出せない。

 育ってきたか程で得られた経験とき憶はある、とかんじられるのに、雲をつかむかのようにそんざい感がない。昨日、げーむをしていた覚えはあるのに、食べたゆうしょくが思い出せない。私がなんさいだったのか、なにをしていたのか、おもい出せない。私のからだはどんなものだったのか、おもいだせない。私のかおが思いだせない。なによりも、私の名まえが抜けおちている。なら、わたしはなんなのだろうか。わたしはそんざいしているか。ここにいるわたしは……。どこの、だれなんだ。わたしはいきているのか。わたしはしんでいるのではないか。わたしはいったい、なんだ。わたしは、わたしなのか。わたしは、だれだ。あ、わたしがきえていく。わたしがきえて、いく。わたしが、わたしで、なくな、る。あ、あ、あ、あ、あ、ひ、きずり、こま、れる。し、ずん、でい……く。い、き、が……できな、い。……くる…………し……い。…………し……。……………………に……のま…………。

 

 ちいさなちいさなてで、ほほを撫でられた。

 

 その感触で、私は我に返ることができた。

 いや、生きて戻ることができたのだと自覚して、意識を失った。この時に、私という存在について、深く考えていけないことなのだと悟った。いや、深く考えた先には死があるのだろうと、わかってしまったのだ。

 

 

 そして夕方、五度目の目覚め。

 私について吹っ切れた訳ではなかったが、それよりも生きることを優先しようと決意した。

 故に周囲を注意して観察するようにしたのだが、トラックの中の空気は重く淀んでいた。恐ろしいことがあっただけに仕方ないとわかっているのだが、重いものは重い。

 そんな空気に耐えて、浅い眠りを繰り返す内、走り続けていたトラックがゆっくりと停まった。幌が開く。見えたのは、大きな白い建物。見た感じは病院のようだった。

 中に運び込まれる束の間に外を見たのだが、そこは記憶のない場所。ただ程度な緑と中層に満たない建物、それなりに整備された道路に張り巡らされた電線といった日本の地方都市感が出ていたこともあって、違和感はなかった。

 

 そんなこんなで病院内に運び込まれたのだが、待合ロビーはひどい混雑状態。あちらこちらに簡易ベッドが置かれ、傷病人が寝かされている。呻きと小さな悲鳴はどこかで上がり、看護師が対応に追われている。私もその中の一人となったのだが、幸か不幸か、テレビが見えた。

 少し古い型のテレビに映っているのは、盛大に砲墳する戦闘車両や次々にミサイルを発射する艦艇群と戦闘機。見たことがあるようなないような、それらの兵器による戦闘を口を開けて見ていると、アナウンサーの声が耳に届く。

 

「政府発表によりますと、昨日、自衛隊及び在日米軍は本邦沿海及び沿岸にて、所属不明の武装勢力と戦闘に発展したとのことです。繰り返しお伝えします。昨日、自衛隊及び在日米軍は本邦沿海及び沿岸にて、所属不明の武装勢力と戦闘に発展したとのことです。また政府筋によりますと、この武装勢力による攻撃で各地で被害が発生しているとの情報が多数入っており、内閣危機管理局が確認を急いでいるとのことですが、現時点においては情報が錯綜しており、被害がどれ程のものになっているかまだわかっていないとのことです」

 

 淡々とというよりも感情の色をなくしたといった表現が合いそうな声だった。

 

 朦朧とする頭に思い浮かんだのはただ一つ。

 

 ……あかんこれぇ。

 

 先人が残した有名な言葉だったと思うが、それ以外の言葉が出てこなかった。艦娘の姿もない状況に、この先も生きていけるのか、不安を覚えながら眠りについた。

 

 

 これが私が、私となった最初の日の記憶だ。

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