こちら獄楽島泊地放送局   作:綺羅鷺肇

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2 私が彼女たちと出会うまで

 私が彼女たちと出会うまでのことを少し話しておきたい。

 

 

 病院に運び込まれた私は、半年近い入院加療を経て、内陸県の児童福祉施設に入れられることになった。

 私が住んでいたと思しき街が半日以上に及ぶ激しい砲爆撃にさらされて、火の海に沈んでしまった為だ。市街地だった場所は一面の焼け野原となり、私の戸籍情報等々が保管されていたであろう役所も瓦礫と化した。当然、戸籍も焼失したと思われる。

 これに加えて、人的な被害の凄まじさもある。先の攻撃はまったく予期も予測もされていなかった完全な奇襲であり、時間帯も朝方も朝方、払暁にも満たない頃であったこともあり、市域に住んでいた八万近い住民の九割が死亡したと聞いた。当然、運よく生き残れた人も散り散りのバラバラ。私の肉親と思しき者どころか親類知人すらも見当たらない。むしろ陸軍の先遣隊に保護されたという私はかなりの豪運だったといえる。

 

 そんな訳で、私がいかなる人物で誰の子どもであったのか、否、当人に記憶がない以上、そもそもそこで生まれ育ったのかもわからない状態であった。これを幸いとするべきか不幸とするべきかはわからなかったが、ただ私がヒトという生体でもって実存する以上は、私が存在しているのは確かなこと。先の件を思えば、それ以上のことを求めてはいけないのだろう。

 

 こうして身元に氏名、年齢も誕生日もわからない上、身柄を引き受ける親族もおらず、これまで生きた記憶すら確かではない子どもが一人誕生したのだが……、私が私であるとわかっていれば、それでいい話だ。

 

 とはいえ、やはり社会で生きるには固有名がなければ色々と困るというもの。なのだが……、私がかつてもっていた名前は深い深い闇の底。今の私が持っていたかもしれない名前も灰塵と消えた。

 それならばと、私なりに考えて、自身に名前を付けることにした。本来は親しい人から与えられるモノだが、いないのだから仕方がない。付け加えると、血族や親族でない誰かに、私の定義づけをしてほしくもなかった。

 

 故に、私は自分で命名した。

 由緒正しく、七氏屋権兵衛。

 

 だが、この案は呆れ顔の施設長に却下されてしまった。

 

 ならばとうんうん唸って考えて。

 志埜衛。しのまもる。珍しい名字になってしまったが、施設長もこれならばまぁということで通った。あたらしいわたしのたんじょうだ、はっぴーばーすでー。

 

 そんなこんなで名前を付けて、施設での生活が始まったのだが、これもなんとかなった。

 

 当初こそ、見た目から小学校高学年程度の扱いであった。が、率先して年下の子の面倒を見たり、生活においてできる仕事を手伝ったりと下積みを重ねて、半年ほどで四分の一人前扱いに。

 2年目に防衛体制再建の為の増税に伴って、民生予算も削られてしまった。その影響で運営が厳しいのだろう、施設の大人達の顔色も悪くなった。ならば、できることで少しでも助けになろうと、近くの農家に定期的に出稼ぎもとい手伝いをして幾ばくかの食材を確保したことで半人前扱いに。

 3年目に更なる軍事費増による予算削減が決定した際には、自給自足を掲げていもをいもをうえるのです……失礼、施設の空き地、その大半をさつまいも畑に変えたりにわとりを飼ったりと、いろいろと賢しい行動をしていれば、三分の二人前程度の扱いをされるようになった。

 

 こういった具合に施設で暮らすこと、およそ7年。

 私にとっては穏やかな日々だと言えた。日々汗を流しながら畑を耕してはいもを食い、毎朝にわとりの世話をしては卵を食べる。中学では全身に残る傷跡が呼びこんだのか、心無いいじめにあった。それらを実力でもって制圧する為に心身を鍛える傍ら、畑を荒らす猪や鹿を罠で嵌め殺して鍋に、害鳥の類は投石でもって撃ち落とし、羽をむしった後に吊るして首を切る。ちなみにいじめであるが、たまたま近くを通りかかったいじめっ子に、害獣の鮮血が滴る鉈を片手に、にっこり、って笑ってみせたら即時解決した次第である。うーん、頭をカチワル練習したのに残念。いや、これは冗談。……冗談ですよ?

 

 少しばかりドタバタした中学を卒業する際には、今のご時世ならば手に職をつける方がいいだろうと高校は実業系を選んだ。そして、そこで様々な知識を詰め込んだ。うん、色物的な先輩同輩後輩がいたお陰でさぶかるちゃからにっちなものまでいろいろと……まぁうん、あれらが道を誤って性犯罪者やテロリストとかにならないことを祈る。

 

 と、今こうして振り返ると、なかなかに充実した日々だったと思う。

 

 

 だが、7年で世情は大きく変わっていた。

 海に跳梁する怪物……どこの誰かが名付けたらしく深海棲艦と呼ばれるようになっていた……は、沿岸部や海路と空路を封鎖するかのように攻撃を繰り返し、世界の物流は内陸部の陸路を除いてほぼ途絶した状態に追い込まれた。

 

 そんな状況にあって、貿易立国であった日本が枯死していないのは艦娘と妖精さんが現れたからだ。

 旧海軍に縁のある場所、古くからの軍港や鎮守府があった場所に突然現れたと言われているが、実際はどうなのかはわからない。ただ艦娘と陸海空軍……なんと驚き、あの硬直憲法がいろいろと改正されて、自衛隊が衣替えしたのだ……とが協力して、日本本土の周辺海域や南西諸島海域、北方海域で五年ほど激しい戦闘が続き、台湾とアメリカとは連絡ができるようになったらしい。

 あれ、大陸との連絡はどうなってるって思って調べたのだが……、近くの大陸は沿海での艦砲射撃や強襲のみならず、空襲によって内陸部にも被害が及んでいるようだ。その結果かどうかはわからないけれども、社会秩序も崩壊してしまって、至る所でひゃっはー状態に……。

 これに関連して、いんたーねっとの某掲示板では、幾つかの野党や与党の一部議員が隣人である大陸に支援の手を差し伸べるべきだとする請願書を出したとの話が上がっている。でもって、その請願書は国会の審査を経て政府まで届いたそうなのだが、時期尚早であるとの返答だったらしい。

 なんでも三軍が戦力に余裕はない、本土の防衛と資源産出国へのシーレーン再構築と防衛で手一杯だと接触に大いに反対した結果だそうだ。

 先の掲示板では、三軍が反対して政府も動かなかった理由について、連中は仮想敵国だから今の方が都合がいいからだろうだの、大陸と下手に関わると色々と大変だからだろうだの、助けても旨味もなければ感謝もないからだろうだの、同じ金と命を懸けるなら国土国民を守るための方がいいだろうだの、といった推測が並んでいた。

 

 なるほどなぁと思った次第。

 

 後、請願を出した議員さん達なのだが、2人が公職選挙法違反と収賄で逮捕起訴有罪、他に1人が自殺、3人が落選後行方不明になっている。

 これは公安警察が混乱のどさくさに紛れて本腰を入れて動いたのでは、なんて噂が……、うん、これらについては、なにがあったかはかんがえないほうがいいとおもいました。

 

 さて、周辺国の事情はひとまず置いて、他の国とある程度の連絡が取れるようになったとはいえ、やはりというべきか深海棲艦はどこからともなく湧いてきて跳梁するらしく、各海域全てで安全を確保するのは難しいという話。

 なので資源産出国へ向かう護送船団が週に一度か二度組まれて、出発している。その実態はというと、商船乗りや船員が常時募集で、かつ海運や商船関連の学校が無償化していることから考えて、なかなか厳しいようだ。

 

 こうした状況の中で、毎年行われるようになったことがある。

 

 艦娘が渇望する、それこそ母港と言ってもよい存在、『提督』の適性検査だ。

 これは提督を得た艦娘はそうでない艦娘と比べて明らかに力が増すことが実証された結果と聞いた。ちなみに艦娘を管理運用する為の組織として、軍部とは別に廃止されていた大本営が再設置されていたりする。なんでも艦娘という存在を従来組織に組み込むよりも別組織にした方が色々と都合が良かった結果らしい。

 

 それにしても軍部ではない大本営とはいったい……。

 

 閑話休題。適性検査は男女を問わず国民全てを対象に大々的に行われ、私が中学2年の時に行われた第1回目のみ18歳から40歳まで、以降は18歳の誕生日翌日に行われることになった。

 私も高校3年の時点で受けたのだが、適正は甲どころか、乙や丁にも届かなかった。九割九分九厘九毛の側である適正なしだった。残念に思うが、これが普通なのだろうと納得もした。

 ちなみに私が受けた適正検査であるが、笑顔の仮面を張り付けたような白い軍服の人……、一見すると海軍の人のようだが、おそらくは大本営の将校と思しき人が至極まじめな顔で、机の上に妖精がいますが、見えますかと聞くだけのモノだった。

 そこを見てもなにも見えない。ただ指さされた場所の横に、眼鏡をかけた女性の軍人さんが控えているだけ。正直に見えないと答えたら、検査は以上ですとなって終わったのだが、後になって、あそこに妖精さんがいたのかと感慨深いものを感じたものだ。

 

 それはともかくとして、高校生活を無事に3年過ごして卒業することになったのだが、いかんせん厳しい不況で就職口が非常に少なかった。

 なにしろ海路が絞られた影響で輸入する原材料が高騰している。当然、輸出するのも厳しい。内需に関しては大規模な復興需要がある為、需要自体は十分なのだが……、予算に限りがある上、沿海部の安全が確約されていない状況では必要最低限に留まってしまっている。

 

 社会にとって、安全保障が最も重要であることがわかる話だ。

 

 で、働き口がない私が選んだ道であるが、後々のことを考えて、陸軍に入った。

 

 ……というよりも、そこにしか道を見いだせなかったというべきだろうか?

 

 私が陸軍を選んだ理由というよりも、そこにしか入れなかった理由であるが、簡単に言えば、私が孤児であったからだ。

 世の中は物流と金の循環が著しく悪くなっていることもあり、絶賛の不景気。軍需こそ旺盛であっても働き口は減り、就職先も絞られた。それ故にか縁故採用が自然となった。いや、もちろん全てが全てではないだろうが……、それが普通となった。

 しかし、これも仕方がない話だろう。同じ成績の就職希望者2人がいて、それが見知りであったり、或いは同僚や取引先、あるいは知人友人の縁者と、縁も所縁もない孤児であった場合、どちらを取るかって話なのだから。

 

 悲しいけど、これが現実。

 人の営みの実際は泥臭くて当然。社会問題になろうが、理念や建前は余裕があるから通るのだっという話である。

 

 後、他の理由として、海軍や空軍と違い、入隊の要件が緩いこともあった。

 今のご時世にあっても深刻な人手不足な為、基本的に手を挙げれば、どうぞどうぞと入れてくれるのだ。しかも衣食住の保証に加えて少ないながらも給料が付いてくる。その上、望めば重機等の免許や様々な資格を取らせてくれるし、10年の兵役期間を十全に勤めて退役すれば、年金に加給がされる上、地方の中小企業への就職も斡旋もしてくれる。

 

 最高である。

 

 

 ……それぜったいうらがあるだろ、なんてことはいわないでほしい。

 

 

 わかっていたから。

 

 

 物事は表裏一体。

 入隊の要件が緩いということは、先の船員関連と同じで消耗が激しいということ。

 あれ、陸軍って空軍や海軍と違って矢面に立たなくて済むんじゃ、なんて思うかもしれない。が、それはとんでもない誤解だ。今現在の殉職率は三軍の中で一番高い。

 

 その要因は沿海都市圏の防衛と深海棲艦の河川遡上……内陸侵攻に対するを阻止戦闘にある。

 艦娘や沿岸要塞が頑張ってくれているが、連中が数で攻めてくる時はどうしても抜けてきてしまう。付け加えると、日本が海で囲まれている以上、鎮守府や警備府ないし泊地等が近くにない沿海部はいまだ危険域に指定されている。当然ながら漁業も一部地域を除いて廃れてしまっており、海の魚は自然高級品となり庶民たる私の口には入ら……失礼。ともかく、大都市や大きな河川周辺に戦車や陣地を用意して、到来する連中を迎撃するのだ。

 

 もっとも言葉では簡単だけれども、これが中々に……。

 陸軍は本当の意味で最終防衛線になる為、失敗は許されない。故に突破された時のことを考えて、何重にも防衛線を張る。そして基本的な戦術は待ち伏せての奇襲、後は受け持ち場所を走り回っての防衛戦闘、最悪は持ち場で死守、である。

 

 こうした要件に加えて、まだ問題がある。

 守るべき場所が多いのだ。先も挙げたが島国という四方八方を海に囲まれるという地理的要件もあれば、河川も多い。それを少ない戦力で、初期に受けた損害の回復すら儘ならず、補充すら追い付かない状況で守らなければならない。

 さらに言えば、深海棲艦に訳の分からない障壁みたいなモノがあって、攻撃が通りにくいこともある。幸いというべきか、沿岸に近づくとそれが弱くなって上陸してくるとそれなりに通じるようになるのだが……、外洋では艦娘以外の攻撃は、まず通らない。

 

 だがしかし、それでも頑張っているのだ。

 私が陸軍に入ったからと言って、身内びいきしている訳ではない。現実を知ったからこそ、そう評せざるを得ない。

 

 まずもって陸戦の王者たる戦車は数に限りがあるから、重要な防衛対象にのみ配備。

 火砲の類は支援射撃ができるとはいえ、命中率が悪いからいまいちな扱い。なので一部が沿岸砲台に転用されている。対空砲や対空車両は空軍や海軍……というよりは艦娘と連携して、敵航空機の迎撃に大忙し。装甲車両は火力こそいまいちだが、機動力と対戦車ミサイルがあるので機動防御の要になっている。工兵は陣地や障害物の設置に大活躍。機動力のある戦闘ヘリは虎の子で、防衛線が危機的状況になった際に投入される。

 

 後は歩兵である。

 そう、基本の歩兵。

 陸軍の主である歩兵。

 その歩兵が迎撃主戦力。

 

 そして、この私も、歩兵。

 

 歩兵で……、歩兵の装備で深海棲艦を倒せだなんて……。

 

 訓練兵として半年の基礎訓練を終えて、正規兵に昇進した際のことは……、これからやる仕事を申し伝えられた時の絶望感は死ぬまで忘れられそうにない。

 

 なにしろ基本装備たる小銃なんて、件の障壁がなくても通じない。

 冗談抜きに、深海棲艦からすれば豆鉄砲も同然。当たりが良くて装甲にかすり傷をつける程度なのだから。

 

 もっとも、軍もそれは承知……というよりも初期の損害と引き換えに把握していた。

 私たちに得物として渡されたのは対戦車装備だった。とはいえ、ミサイルなんて高級贅沢品ではなく、対戦車弾を撃ち出す無反動砲。三式八十ミリ簡易無反動砲なる国産対戦車装備だ。なんでも第2次大戦時に試作されたモノをベースにしたらしい。

 

 これでもって深海棲艦に成型炸薬弾を当てて沈める、あるいは撃破するのだ。

 

 だが待ってほしい。

 そんなことが本当に可能なのだろうか?

 

 最初に直属の上官となった曹長(故人・2階級特進済み)曰く。

 一発では無理かもしれない。だが、複数発を当てることができれば、為せる。

 

 どこぞのロボットアニメに出ていた、特技兵って奴ですねわかります。

 

 ……いや、わかりたくなかった。

 

 ……。

 

 確かに、連中を潰すことはできた。

 だが、それ以上に……。

 

 ……。

 

 実際に戦場に立って思い知らされたのは、歩兵ってのはどれだけ頑張ってもやっぱり死にやすいということだった。

 

 元より身を守る装甲なんてものはなく、ただひたすらに遮蔽物を探しては隠れ、塹壕や窪地に逃げ込み、隠蔽に努める。それができるようになるかならないかで、或いは、見つけられるかられないかで、生死が決まる。

 

 それができなかった奴は、皆死んだ。

 同期に先輩後輩、新兵だろうがベテランだろうが、それこそ兵だろうが下士官だろうが将校だろうが関係なく、皆平等に。

 ちょっとでもドジを踏んだら吹き飛ばされて御陀仏となった。

 

 最初こそ、ここに来たのは早まった判断だったと大いに嘆いたが、数回死にかけてからはそういった思いも消えた。そして、色々なことを身と心に刻んだ。

 

 生きることと死ぬことは、紙一重だということ。

 絶望的な状況であっても、共に戦う仲間がいることの有難味。

 運任せだけでは、いつかどこかで果てること。

 苦難を乗り越えた先にあった、得も言われぬ悦楽と喜び。

 訓練は訓練でしかなくても、決して役に立たない訳ではないこと。

 状況がわかっているのかっ、って言いたくなる程に無謀な命令への殺意。

 喜怒哀楽を表現できるのは、幸せだということ。

 上官は優柔不断な奴よりも果断な奴の方がまだマシ。

 笑えない状況では、下手なジョークでも笑えるということ。

 疲れ切って舌がバカになれば、レーションもウマい。

 自棄を起こして死ぬ奴もいれば、生き残る奴もいること。

 

 充実していたとは絶対に言いたくはない。

 だけど、それでもなにかこう、他では決して得られないモノを得ることができたと思う。

 

 こうした具合に歩兵としての日々を5年ほど過ごして、私は彼女たちと出会った。

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