こちら獄楽島泊地放送局   作:綺羅鷺肇

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4 エライこったと偉い人が言った

 艦娘を引き揚げた後のことだが……、実の所、私は知らない。

 というのも両脇に抱えていた艦娘を河原に引っ張りあげた後、そのまま意識を失って倒れてしまったからだ。

 まぁ準備もロクにしないまま冬の川に飛び込んだことや、沈み行くモノを、しかも2人も引き揚げるだなんて荒行をしたのだから無理のない話だろう。むしろ私自身が溺れなかったのは幸いと言える。実際、私が意識を取り戻した場所、所属する中隊の本部で、衛生兵からよく引き込まれないで上がってこれたなと呆れられた。

 

 それはともかくとして、その後の始末……ドタバタした状況についても、私自身はほとんど関わっていない。

 忙しかったのは直接の上司である小隊長と新兵以来の縁である中隊長、その上にいるこれまた顔見知りである連隊長に師団長、そして補佐する幕僚たちだ。下っ端がやらかしたことの尻拭いは上司の仕事……なんて嘯けたらいいのだろうが、あの時ばかりは胃が痛かった。

 

 そして事がおおよその解決を迎えたのは、3日後のこと。

 どういう訳なのか、私は連隊本部にて連隊長直々に沙汰を受けることになった。のだが、そこでまったく予期していなかった再会があった。

 

   ▼

 

「エライこった」

 

 開口一番。

 厳つい顔の連隊長は私の顔を見るなり一言。ついで首を一振り。

 

「まさかまさかやの。沈んだ深海棲艦が、艦娘になった、なんて話、初めて聞いたわ」

 

 そうなのだろう。

 事実として、今に至るまでそういった話を耳にしたことはない。

 

 ただ、そうなるかもしれないということは識っている。

 故に私はどういう顔をすればいいのか、わからなかった。

 

 もっとも連隊長は特に返事を求めていなかったようで、話を続けた。

 

「やけども大本営の連中とやり取りしとったら、なんとなく向こうは知っとる感じやったな。……ったく、秘する理由もわからんでもないけどな、もうちょい情報を流しとけって話やわな」

 

 そう言ってから一つ溜息。

 

「まぁでも、しゃーない話なんかもしれん。今の状況を……、国防を艦娘に頼り切っとる現状を考えたら、敵と味方が表裏一体、って言っていいんかはわからんが、そういった存在なんかもしれん、なんて話は秘さねにゃあならんやろなぁ。師団長もそう言っとったし、わしも納得するしかないって心境や。つう訳でお前さんもこの件に関しては口外せんように。分隊の連中にも中隊長と小隊長から口止めがいっとるはずや。……曹長、わしはややぞ。憲兵隊に見知った顔や部下が引っ張られんのはな」

 

 私の返事は決まっていた。

 

「了解しました。分隊各員にも重々言い聞かせますし、私自身も墓場まで持っていきます」

「ああ、それでええ。んで次やけども、お前さんの今回の行動についてや。これに関しては戦闘も一段落しとったし指揮権の委譲もできとることが音声記録に残っとるよって、特に問題はないと考えとる。なので、お前さんの行動は不問や」

 

 大丈夫だろうと思っていたが、明言されてほっとする。

 

「とはいえな、いくら緊急とはいえ、戦闘直後に単独での行動は褒められた行動やない。今後は重々注意せいよ」

 

 私は即答できず、あいまいに頷くことしかできなかった。

 

「くく、あほ正直っちゅうか不器用っちゅうか、ほんましゃーないやっちゃなぁ。……けども、咄嗟に行動できるっつうのは、意外とできるようでできんこった。むしろそうやから、今までお前さんが生き残れたかもしれんしなぁ。……しかしお前さんの顔を見たら、4年前の地獄が昨日のように思い浮かぶわ」

 

 4年前の地獄。

 それは太平洋側で発生した深海棲艦による大規模反攻のことだ。この反攻は、横須賀鎮守府を中心に行われた中部海域への攻略作戦がものの見事に失敗し、大々的な逆撃を受けたことで発生した。

 

 西方海域や南方海域を攻略しないで、なぜそこにいったのかこれがわからない。

 いや、ゲームではないのだからそういう動きをしてもおかしくはない、というのはわかるのだが、まずは資源国とのシーレーンの構築が先だろうと……。もっとも、私が考える程度のことは頭のイイ人エライ人も勘案して色々と考えた結果なのだろうし、仕方のないこととするしかない。

 

 話を戻して、深海棲艦側のカウンターが発生した訳だが、これがまた凄まじいものだった。

 累計7次に渡る波状攻撃によって、太平洋沿岸地域が壊滅的な被害を受け、横須賀鎮守府一帯も瓦礫の山となった。

 私がいる京阪神でも大阪湾防衛の要である由良要塞が壊滅し、湾内泊地防備隊も艦娘の轟沈続出と大被害を受けた。結果、海上防衛線が破綻してしまい、湾内にまでヲ級に入り込まれて本当にひどいあり様だった。後で聞くと、夢洲要塞もあと一歩で陥落するといった状況だったのだ。

 

「あん時は……、ひどかったのぉ。わしもようやく中隊長の職務に慣れてきた頃で……、はは、初っ端に連隊本部が空爆で壊滅とか、なんの冗談かと思ったわ」

 

 連隊長は小さく呟きながら遠い目をする。

 

「なんとかその上に連絡が付いたと思ったら、今度はなんの具体性もない死守命令が飛んでくるわ、空爆で部隊が分断されるわ、目の前でイ級やロ級が大挙して上陸してくるわで……、ほんま、よう生きん残れたわ」

 

 私があの時の戦闘で覚えているのは、大量の爆薬を背負い、両腕にも抱えきれない程の弾頭を持って、粉塵と煤、油に葉っぱ、血に汗に涙に涎に肉片に汚物に臓物とまぁ、ろくでもないものに塗れながら、大阪市内でひぃひぃ走り回っていたことだけだ。

 

「確か、あん時のお前さんは……、ロ級1にイ級2を単独撃破、ロ級5イ級12を協同撃破、やったな?」

「あの時は無我夢中で、ほとんど覚えておりません」

「はは、第一線で走り回っとったら、せやろなぁ。……けど、わしはよう覚えとるで。危機的な状況をなんどもひっくり返した若いのの姿を、な」

 

 連隊長は噛みしめる様に笑い、ついで卓上の時計に目を向けた。

 

「さて、本当はゆっくりと昔話をしてたいところなんやが、そうもいかんみたいでなぁ。……最後の要件や。今回の件で、大本営の連中が、どういう訳か、お前さんに目を付けたみたいやぞ」

「私に、で、ありますか?」

 

 思いもかけない言葉に、言葉が詰まってしまった。

 

「ああ。昨日、大阪警備府から連絡があってな。お前さんに礼と話がしたいから引き合わせてほしいってのと、お前さんに警備府まで来てほしいって話が来とる」

「礼はわからないでもありませんが……、話とはいったいなんでしょうか? それに、警備府まで来いとはいったい」

「わからん。こればかりは会ってみんことにはなぁ」

 

 もっともな話であった。

 

「ま、悪い話やないとは思うぞ。今日なら都合ええと言ったら、なら是非ともって食い気味やったからな。そんな訳で、連中を隣の応接室に待たせとる。わしも立ち合ってええって話やから付きおうたる。……ほな行くで」

「了解しました!」

 

 敬礼が出そうなるが、頭を下げるに止める。

 

 連隊長は不敵に笑うと立ち上がり、隣の部屋につながる扉へと向かう。

 ずっとドアの脇で沈黙を保っていた副官が戸を開けて中へ。お待たせしましたとの声を聞きながら、連隊長の後に続いた。

 

 応接室で待っていたのは大本営の白い制服を着た女性が1人に、中学生のような制服を着た3人の少女。

 

 快活さが滲む橙色のツインテール。

 硬質な雰囲気を持つ薄桃ショートポニー。

 明朗な表情の栗色ショート。

 

 全員に既視感。

 もしかしてと思った瞬間、3人組の1人が私の顔を見るなり、ソファから勢いよく立ち上がった。その場全員の視線が集まる中、少女は海軍式の敬礼をして見せると、輝かんばかりの明るい顔で言い放った。

 

「しれぇっ! 陽炎型駆逐艦8番艦の雪風です! どうぞ、よろしくお願いします!」

 

 えぇ……。

 

   ▽

 

 本当にあの時は、えぇ……、としか言い表せない心境だった。

 いきなりしれぇってなんやねん、ってな具合に頭がいい具合に混乱したし、適性検査あかんかったのに今更なんでやねん、ってな感じに冷めた感覚もあった。

 

 本当に……、なんで? って心境だった。

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