ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR)   作:TE勢残党

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 某所で見かけた「虹の呼吸、ゲーミング日輪刀」なる言霊で腹筋が爆発したので初投稿です。


6/n おま○け(後半)

 プレイヤー達はあずかり知らぬことだが、SAOは「カーディナルシステム」という制御AIによって無人管理されている。

 

 SAOそのもの、というよりフルダイブ技術そのものをほとんど独力で開発した茅場明彦だが、彼は同時にAI分野にも計り知れない影響を与えたのだ。

 

 なにせこのカーディナルシステム、並の人間が調整するよりよほど公正な裁定を下すのである。SAOはいわば、サービスを継続しながら常にメンテナンスを行っている状態なのだ。

 

 バグが発見されれば30分としない内に修正され、システム上の抜け道を徹底的に塞ぎ、AIはリアルタイムで学習を続ける。

 

 恐らく今の世界で一番賢いAIだろうカーディナルだが、それでも全知全能という訳にはいかない。例えば、バグを最初に利用した一人。これは現実の法律と同じように、よほどの事がない限り罰せられない。

 

 一般的なMMOではデータの巻き戻しやBANが行われるが、カーディナルはより現実に近い裁定方法を採用しており、ルールの修正に遡及効は与えられないが故の抜け道である。

 

 リーテンは、まさにそういう「最初の一人」だった。

 

「……なので、この鎧はその時の鉄鉱石で作ったものなんです」

 

 オレンジ色のおかっぱ頭を揺らしながら、リーテンはおずおずと語る。

 

 彼女の着込んでいるプレートアーマーは、正式にMTD幹部に昇進したリズベットが今この瞬間も作らされているのと同じスチール製のものだ。

 

 因みに、完成した鎧は性能の高い順にコーバッツを始めとする重装タンク型のプレイヤーに回される予定である。

 

 性能は折り紙付き、恐らく7~8層当たりまでは攻略組最高の防御力を名乗って異論は出るまい。同様の装備を揃えている者はほぼおらず、3層時点で大手ギルドの力も借りずに個人所有するというのは破格と言っていい。

 

 それほど入手が難しい理由は一つ、製作に必要な材料が多いからだ。その数実に、鉄鉱石換算で1440個。

 

 彼女がそれを集め切れたのは、システム上の不具合によって無限湧き状態になっていた鉱脈を偶然発見したお陰だ。当然ながらそれはバグ利用、《グリッチ》に当たる行動である。

 

「事情はわかった」

 

 あまり説明が得意ではないリーテンの長話を、カラードは相槌を打ちながら黙って聞いていた。

 

 リーテン自身、他ならぬリズベットの紹介でなかったら鎧の由来までは説明しなかっただろう。

 

 しかし、この鎧を作ってくれた張本人(リズベット)からの薦めで、「あの」MTDの大幹部が直々に出向いて勧誘してくれるとあっては無下にはできない。むしろ隠し事をした方が失礼だろうと考えて、わざわざ長々と経緯を語って聞かせたという訳だ。 

 

「結論から言うと、それは正当な行為だ。少なくとも、弊ギルドにグリッチを禁じるルールはない」

「え、あの、いいんですか? こんなことして……」

「俺個人としては、むしろ感心している位だ」

 

 3層のギルド結成クエストを経て、MTDは正式なギルドとして旗揚げされた。その方針は、今も変わらず低層プレイヤーの互助を主としている。

 

 リーテンはMTD創設期に始まりの街を出て行った口なので詳しくないが、こういう抜け駆けのような真似は好まれないような、いわば清廉潔白なイメージがあった。だから誠意として、正直にグリッチのことを話したのだ。

 

 嫌な顔の一つくらいはされると思っていたリーテンは、意外な対応にあっけにとられてしまった。

 

「イメージには合わないか?」

 

 カラードはらしくもなく揶揄うような口調でそんなことを言うと、おもむろに自分のメニューウインドウを弄り、可視化してリーテンの方によこして来た。

 

「何です、か……っ!?」

 

 リーテンは生まれて初めて、「驚きすぎて卒倒する」という感覚を味わいかけた。

 

 表示されていたのは、カラードの《戦闘時回復》スキル。数値にして実に、379。

 

「さん、さんびゃっ……!?」

 

()()も、グリッチによるものだ」

 

 詳しくは説明できないが、と付け加えたカラードの言葉は、リーテンの耳にはほぼ入っていなかった。

 

 リーテン自身、タンクとして戦闘時回復スキルを保有している。かなり危険の伴う習得条件ではあったが、MTD発行の情報誌にかなり詳細な記述がされていたので比較的安全に習得を――

 

「あの本の情報、カラードさんが!?」

 

 そこまでたどり着いたリーテンは、目の前の大男の肩を掴んで揺らす勢いで問いかける。

 

「そうだ」

 

 カラードはカラードで、それに構いもせず真顔で、しかし感心した態度を隠さない。

 

 リーテンのスキル値はまだ70そこそこだが、戦闘時回復は上げるのがかなり大変なスキルに分類される。これまでは誰より高い値だと自負していたのだ。それが、5倍以上。

 

 カラードが攻略組最()の両手剣使いであると言われる所以が分かった気がして、少しだけ得した気分になった後、段々とこの情報の重要性について考えが及び始める。

 

「……これ、教えちゃってよかったんですか?」

「聡いな。益々勧誘したくなった」

 

 ストレートに褒めてくるカラードに照れくささを感じつつ、続きを促す。

 

「先に秘密を教えてくれたのはそちらだ。これで対等だろう」

 

 恐らく、これが決め手になった。後はトントン拍子に話が進み、結局リーテンはMTDへの加入を了承。鋼の鎧を手に入れて最前線入りした期待の新人、コーバッツを合わせて攻略組グループは6人態勢、念願のフルパーティーへと移行した。

 

 リーテンは少し優柔不断なところがあるが、久しぶりに再会したリズベットが華麗なるイメチェンを遂げたのを見て、選択は間違っていなかったと確信したようだ。

 

 尤も、リズベットがピンク髪とエプロンドレス姿になったのはカラードの伝手でコーディネートを担当したアスナのセンスによるものなのだが、()()リズベットが(カラード)と親し気にしているのを見たリーテンが邪推するのは無理からぬ事だろう。

 

 勧誘の場が普通の喫茶店であり、リーテンの「さんびゃっ」という声が周囲の客に筒抜けだったことは、もう少し後になって分かることだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 第三層のボス戦が行われている最中、アルゴは情報収集に奔走していた。

 

「カラードの強さは、不正行為によって得られたものだ」

 

 出所不明のそんな噂が、まことしやかに囁かれ出したからだ。

 

(嘘、だよナ……カーくん……)

 

 根も葉もない、と断じたい。だがアルゴの情報屋としての能力は、アルゴの期待とは裏腹に噂の信憑性の高さを次々と証明していった。

 

 調べれば調べるほど、その"疑い"は濃くなっていく。ボス戦で何度も目撃されているという急激な体力回復や、敏捷型のスキル構成でありながら最前線でタンクを務める事実。《戦闘時回復》スキルが300以上ある、という具体的な話すら出回り始めていた。

 

 ――初耳だ。

 

 アルゴはこのSAOで、カラードと誰より長い付き合いだ。彼の事なら一番詳しいと思っていたが、自分も知らないグリッチの情報は、その自信を揺らがせるに十分だった。

 

 戦闘時回復スキルの話が本当だとするなら、カラードは何故黙っていたのだろう?

 

(……聞けなかった、ナァ)

 

 実を言うと、先日カラード本人と会った時に聞こうとは思っていた。最近親しくしているらしい女性プレイヤーのことも含めて。

 

 そうしなかったのは、この数日のカラードの心労を(おもんばか)ってのこと――とアルゴの中では言い訳しているが、その実勇気が出なかったからだ。

 

 カラードは何も言わなかったが……口下手に見えて細かい所にはかなり気の利く男である。アルゴがどこか挙動不審だったことには気づいているに違いない。アルゴはそう確信していた。

 

 あの時のカラードは明らかにこちらに気を使っていて、何か言おうとしていた話題をひっこめた上で高級レストランの約束を履行してくれた。

 

(オレっちは一体何やってんダ……)

 

 地獄を見せて、疲弊しているカラードに気を使わせて、悪い噂にも碌に対処ができない。

 

 同時期に流布された「ディアベルは元βテスターである」という情報の火消しも、アスナ達から依頼されている。アルゴは完全に忙殺されていた。

 

(……あれ、転移門が騒がしいナ?)

 

 そんな時だ。

 

 第三層の転移門広場に、人だかりが出来つつある。イベントがあるという話は聞いていないし、この時期にありそうなことと言うと――

 

(街開き? でも、何で)

 

 アルゴの所に、ボス攻略の報告が届いていないのだろう。普段なら、すぐにカラードがメッセージをくれるのに。

 

 何か、嫌な予感がする。

 

 気づけばアルゴは、街開きの方へ駆け出していた。

 

(カーくん!!)

 

 隠蔽スキルと疾走スキルの合わせ技と、敏捷極振りのスピードがあれば、ものの数秒で人混みかき分け最前列まで行くことができる。

 

 そこに、カラードの姿はなかった。

 

 アルゴの脳裏に、最悪の想像が浮かぶ。

 

(い、いや、そんなことなイ。遅れて来るか、見落としてるだケ――)

 

「まさかアイツがチート野郎だったなんてなぁ」

「ベータのチーターだから、ビーターって所か?」

「やめろやめろ。あんな奴の話なんて聞きたくもねぇよ」

 

 アルゴの聞き耳スキルを持ってすれば、広場に続々と到着している攻略組の誰が何を言っているかくらい、否応なく分かってしまう。あれは確か、キバオウ派の……ベータテスター嫌いの、中でも過激派の一団。

 

 チート野郎。ここに居ない、カラード。

 

 二層ほどではないが、空気の悪い攻略組の面々。

 

 淀んだ空気の出所は――見つけた、MTD。

 

「…………」

「なんデ、そんな目してるんだヨ」

 

 MTDの3……いや、新人のリーテンとコーバッツを含めた5人は、皆一様に表情が暗い。アルゴの問いかけにも、答える気力がないという風だった。

 

 アルゴは何度か言いよどんでから、意を決して口を開いた。

 

「カーくんは、どこダ?」

「……っ!!」

 

 一番近くにいたユリエールが、ビクリと肩を震わせる。よくよく見れば酷い顔だ。普段の怜悧な印象はすっかり消え失せて、今にも泣き出しそうな気配さえする。

 

「ごめん、なさい……ごめんなさいっ。止め、止められ、ません、でした……っ!」

 

 当時の状況を思い出したのだろう。アルゴの問いかけに答えようとして、遂に涙をこぼれさせた。

 

 ユリエールは「止められなかった」と言う。

 

 ――いったい、何を?

 

「カラードさんが、不正をしてるって、それで、そんな奴と一緒に攻略なんか出来るか、って、話に……」

 

 アルゴの中で、何かが切れた。

 

 途切れ途切れに、それでも懸命に事情を伝えるユリエールの話を聞き終わらない内に、アルゴはその場を飛び出していた。

 

 最後に転移門から出て来たディアベルを視界に捉えると、アルゴは勢いそのままにディアベルに詰め寄った。

 

「カーくんに何をしタ!?」

 

 鬼気迫る勢いでディアベルの胸倉を掴み、アルゴの顔の前まで強引に引き寄せる。

周りの視線もお構いなしだ。

 

「うわっ!? あ、アルゴか!?」

「答えロ!!」

 

 最初こそ驚いていたディアベルだが、すぐに事情を把握すると神妙な、あるいは悲痛な面持ちに変わっていく。

 

「……分かってくれなんて言うつもりはない。オレに出来たのは、出て行かせてやることだけだった」

「出て行かせてやル!? 追い出したんだろうガ!! 何のつもりだって聞いてるんだヨ!!」

 

 普段の飄々とした印象は鳴りを潜め、アルゴが吼える。広場全域に響き渡るほどの大声だ。こう言っては本人に失礼だが、あまりにもらしくない。

 

「カラードはグリッチを認めた!」

 

 流石に耐えかねたか、ディアベルが強い口調で言い返す。

 

「――ぇ」

 

 怒りを露わにしていたアルゴが、たじろいだ。

 

()()()()()()()()()()()

 

――集団を纏めるって言うのは、こういう事なんだよ。

 

 後半は、アルゴにだけ聞こえる程度の小声。

 

 ディアベルは疲れたように笑うと、力の抜けたアルゴの手を優しく振りほどいた。

 

(……そんなこと、言わないでくれヨ)

 

 これで、ディアベル(攻略組)を恨むことも出来なくなった。

 

 行き場のない感情に支配されたアルゴは、フラフラとその場を後にした。

 

 特に、行き先が決まっていた訳ではない。ただ、攻略組の視線から逃れたかっただけだ。

 

 とにかくその場から転移して、なんとなく自分の定宿へ。何も考えられないまま、幽鬼のような足取りでトボトボ歩く。目には光がなく、濁ったままだ。

 

 フレンドメッセージにも反応はなく、試しに送ってみたインスタントメッセージは、未だ圏外に居るらしく不通。あの場で待っていた所で、「カーくん」が来てくれる訳でもない。

 

(――あぁ、そっかア)

 

 追放されたと聞いて、あまりにも取り乱した自分に自分で驚いて、アルゴはようやく、自分がカラードに惚れていたのだと理解した。

 

 よりによって、なぜこのタイミングで自覚してしまったのか。自分の鈍さが恨めしい。

 

 前に会った時に、あるいはもっと前に気づけていれば。成否はともかく、告白の一つくらい――

 

 そう考えた以上、カラードとの思い出を振り返ったのは当然の成り行きだっただろう。だから、気づいてしまった。

 

 共闘を始めてからおよそ1ヵ月。カラードに()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 目を背けていただけで、元よりどこか壁を作られているような気はしていた。自分も知らない秘密が沢山あることも知った。

 

 アルゴは、信頼関係を築き上げた気で、一方的に知ったかぶっていただけではないのか。

 

 ――初めからこうなることを知っていて、自分を遠ざけていた?

 

 ……あまりにも自分に都合のいい解釈をひねり出そうとしている自分を蔑みながら、もう一つの、常識的に考えたらこっちだろう説を呼び出す。

 

 ――共闘していただけで、自分のことは眼中になかった。

 

 カラード追放の報によって一時的に精神の均衡を失っているアルゴは、どんどん悪い方に考えを巡らせて行った。言葉少なに、しかし的確に言って欲しいことを言ってくれるカラードは、もういない。

 

「……にゃ、はは。何、勝手に舞い上がってたんだろーな、オレっち」

 

 答える者はないが、口に出さないととても耐えられない気がした。

 

「ほんっと、バカだ、な……、ふ、ぐっ」

 

 それも長くは続かず、途中から嗚咽交じりになり、しまいには泣き声しか聞こえなくなる。

 

「ひぐ、うぇっ、えぐ……っ、うぇえええ……っ」

 

 二層がクリアされた時と違って、カラードに抱きしめては貰えなかった。




日刊ランキング5位&お気に入り1500、ありがとナス!!
曇らせ回入ってから急に伸びて笑っちゃうんすよね(歓喜)
やっぱ好きなんすねぇ。

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