ソードアート・オンライン ラフコフ完全勝利チャートRTA 2年8ヶ月10日11時間45分14秒(WR) 作:TE勢残党
あってはならないことが、立て続けに起こった。
12日午後、3層攻略を終えた面々の口から思いもよらぬ言葉が飛び出した。MTD大幹部、カラードを追放したというのだ。
俄かにバグ利用(グリッチ)疑惑が巻き起こっていたにしろ、それだけを理由とする追放は、些か早計と言わざるを得ない。
グリッチ自体未確認情報であるし、よしんばそれが本当であったとしても、彼がその力をどのように使ってきたか。それは一般プレイヤーなら誰もが知るところであろう。
攻略組最高戦力の一角でもあった彼を放逐したことには、建前だけに留まらない、何某かの意図を疑わずにはいられない。
疑問の残る攻略組の裁定に、下層で攻略を待つ一般プレイヤー達からは厳しい声が上がっている。以下はその抜粋である。
「最ッ低。あいつらクリアする気あるの?」 ――Rさん
「SAOの運営は、カーディナルシステムと呼ばれる制御AIの判断に委ねられている。真に悪質と言えるのであれば、システムが黙っていないはずだが」 ――Hさん
「意味が分からない。バグでもなんでもいいから、さっさと攻略してくれよ」 ――匿名希望
本紙に掲載した以外にも、プレイヤー達は続々と声を上げている。
攻略組を名乗る彼らの第一義は、「攻略」ではなかったのか。
――Weekly Argo 号外より抜粋
◇◇◇
「……こりゃ相当キてるな」
4層の街開きが終わった、翌日。
第4層主街区、アインクラッド中に普及している《Weekly Argo》の号外を手に入れたディアベルは、攻略最前線の宿屋で飲んだくれる――アルコール分のある飲み物はごく一部の場所にしかないので、「ふり」だけだが――ことしかできなかった。
それでも彼は、攻略組の今後を案じ続けてもいた。
「あの時」。カラードのグリッチを糾弾する声が上がった時、その場は危険な空気に満たされていた。
カラードはβ上がりで、自分だけ知っているバグや情報をもとにここまでのし上がったのだ。
自分たちが命を賭けてリソースを奪い合っている時に、こいつだけは余裕綽々で攻略組トップに上り詰め、内心見下しながら攻略を進めていたに違いない。それは、さぞや楽しかっただろう。
そう喚きたてるポンチョ姿の……確かジョーと言ったか、キバオウの部下だったはずだ。彼の言を否定するには、「正しさ」と言うより……いってしまえば「勢い」が、足りなさ過ぎた。
とは言っても、本当に「ただそれだけ」なら、普段の攻略組なら一笑に付していたに違いない。実際、ディアベルもそうしようとした。
――攻略組は、ディアベルが思った以上に普段通りではなかった。
7人が武器を、6人が命を失ったばかり。恐ろしいもので、精神的な疲弊、判断力の低下というのは、自覚しづらいものなのだ。
元より、デスゲームのストレスの手っ取り早いはけ口に「元βテスター」が存在していた。ディアベル自身を含め、攻略組に相当数いるだろう彼らとて、本来攻略にはアドバンテージの方が大きい存在のはず。
それが表だって協力体制を構築できていないのは……要するに、嫉妬されているからだ。
派閥争いの絶えない攻略組で唯一、カラードを中心とした一枚岩だったMTDが今まで負の感情を向けられてこなかったのは、誰より一般プレイヤーの役に立っているという功績の大きさ故だった。
既に攻略組内部から処刑者が出た実績もある。「悪いこと」をした者は、判断次第で殺すことができるのだ。
どれか一つ、条件が少なかったら。あのブーイングにも、「殺せ」コールにも、結びつかなかったに違いない。
事がここまで大きくなって、カラードを追放せざるを得なかったのは――ジョーがそこを突いた奇跡的なタイミングの賜物、ということだろう。
今回の件で、攻略組が歪んだというよりは、攻略組が蓄積してきた歪みが、遂に噴出してしまったといったところか。
「オレは……どこで間違えた?」
ポツリ、と本音が零れる。
あのまま言い争っていれば、ディアベル隊内部のキバオウとリンド派の確執に加え、MTDとディアベル隊の対立構造まで生まれかねなかった。いや、MTDも、もう味方とは言えまい。それだけのことをしてしまった。
カラードの攻略組脱退を認めたことに、後悔はない。ディアベルは今も、自分が「最悪の中で最善」の判断を下したと信じている。
だが、現に攻略組の分裂は進んでいる。アルゴを敵に回してしまったのもかなりの痛手だ。下からの突き上げは、これからも激しくなるだろう。
ディアベルは考えるのが億劫になって、酒瓶もどきもろともベッドに体を投げだす。
「どうすりゃいいんだ……」
ディアベルはまだ知らない。
彼の率いる攻略組には巨大な悪意が
◇◇◇
それから1週間。攻略組の間には、もう何度目か分からない不穏な空気が流れていた。
表向き、およそ1週間後にはクリスマスパーティーが、さらに1週間後は年越しパーティーが予定されており、攻略組内部の結束がアピールされる手筈となっている。なっている筈だが――
「現時刻を以て、緊急会議を開会します」
怜悧どころか、鋼のように硬質になってしまったユリエールの号令に応え、招集された面々が各々の反応を返す。
カラードの跡を継いでMTD攻略組の前線指揮官になったユリエールを筆頭に、ジマ、ユウママ、リーテン、コーバッツの精鋭陣。
総責任者として同席しているシンカーと、最近(名ばかりではあるが)生産責任者および広報担当のポストを押し付けられ正式に幹部となったリズベット。
MTD戦闘要員の内、安全マージンを考慮しなければ最前線でも戦える生え抜きの実力者13名。
外部協力者として招聘されたキリトとアスナ。同じくエギル達の一団。さらには、ディアベルの部下でも比較的派閥と距離を置いている中立派――はぐれ者とも言えるが――の姿さえあった。
「それで、こんな面子集めて一体何をしようってんだ?」
事情の分かっていないディアベルの所の男性プレイヤーが、集められた面々を代表して質問を投げかける。
この場に集まった30人のうち、21人まではレベル14以上、レベル13と12が合わせて7人。少しのリスクを考慮しなければ、最前線のフロアボスすら攻略しうる大戦力である。
「……今朝、キバオウ派のプレイヤー達に不穏な動きがあるという旨の情報提供がありました」
ユリエールは一瞬だけ逡巡すると、やはり凛とした声色でそう語る。会議に参加しているメンバーの大半が、素直に驚きを露わにした。同様に、全員が同じ「嫌な予感」を覚える。
「我々で裏取りを試みたところ、物資の流通、特に装備の修繕・強化・製作の依頼が、
現在、SAO内の職人プレイヤーは、完全にMTDが独占していると言っていい。正確には、職人保護プログラムによって支援された者達が急成長し、他プレイヤーを置き去りにしたのだ。
数の力とリズベットによる宣伝の賜物か、職人保護プログラム始動から2週間とたたないうちに、MTDは職人のメッカと化していたのである。
よって現状、攻略組で通用するプレイヤーメイドの装備品を入手するには、MTDの息が掛かった鍛冶屋を利用するほかない。
それはつまり、プレイヤーメイド限定でだが、攻略組の「誰が」「どんな武器を」入手し、それを「いつ」整備しているか。MTDはその気になればリアルタイムで追跡できるということでもある。
無論その気になればわざとNPC鍛冶に頼んで情報隠蔽を図ることも可能だろうが、少なくとも大部分のキバオウ派プレイヤーは、そこまで頭が回っていないらしかった。
事情を知る一部のプレイヤーから「カラードの置き土産」と称えられ、或いは畏れられる、MTDが誇る一大アドバンテージである。
そして、いきなり鍛冶屋の、つまり武器防具のメンテナンス依頼が増える時は1つ。
ボス戦の前。
それを理解した半分ほどの面々は、もうこの時点で顔色が悪化していた。
「そこへ、全く別口でほぼ同じ、より詳細な情報提供がありました」
「ああ、そこからは俺が説明する」
ユリエールに目で促されたキリトが、スムーズに前へ出て説明をバトンタッチする。彼にしては随分スムーズなので、事前に段取りが組まれていたのだろう。
「結論から言うと、キバオウ達は抜け駆けして、自分たちだけでボスを倒そうとしてる」
空気が凍り付いた。
「彼らの目的は、5層ボスが落とすフラッグ……旗だ」
「旗ぁ? そんなモンのために、あいつらそこまでするってのかよ?」
MTD戦闘員の、擦れた印象の女性プレイヤーが問いかける。最前線組に次ぐパーティー……すなわち「2軍」のリーダー格で、次期攻略組候補とも言われる銀髪の両手剣使いだ。
キリト達が入手した情報は、キリト自身のβテスト時代の知識と、フィールドボス戦の頃に偶然見つけた怪しげなプレイヤー達の密談によるもの。
キリトはそのプレイヤー達が、攻略組の空気を乱している「PK集団」の一員ではないかとあたりを付けていたが、この場ではそこまでは突っ込まず、あくまで情報だけを話す。
「旗」の驚異的な性能のこと。その性能をもって、彼らが強引に攻略組を纏めあげようとしていること。
もし彼らに旗が渡ってしまったら、併合時のドサクサで今度こそ殺し合いに発展するかもしれないこと。そうでなくとも、彼らがボス戦で壊滅するかもしれないこと。
「――よって我々はこの戦力をもって、彼らより先に5層ボスを撃破。その旗とやらを入手し、
ユリエールの横に座るシンカーが、重々しく頷く。すなわち、ユリエールの言は彼女一人のものではなく、既にMTD全体――少なくとも上層部の多数派――で統一された意志だという事。
MTDでの確保ではなく、使用の凍結。攻略に有用なものがまたしても諍いで失われようとしている事実に、少なからぬ人物が心を痛めた。
「……報酬はあるのか?」
ディアベルの部下の一人が、ふてぶてしい態度で問う。しかし、その質問は当然でもある。あえて止める者はいない。
その質問に、ユリエールは何食わぬ顔と爆弾発言でもって応答した。
「
決意に満ちた目でそう語るユリエールに、その場の人々は反論できなかった。
「……その他、参加者全員には弊ギルドから金銭支援の他、何等かの時限付き優遇措置を考えています」
ヒロイックな殺し文句をぶつけた直後、ユリエールは淡々と実利を提示する。カラード仕込みの二段構え交渉術であった。
「問題の旗については、弊ギルドの内外を問わず、ドロップした個人からMTDが"50万コル"で買い取るという形を取ります」
ユリエールはいたって真面目に「精一杯の誠意」を提示したつもりだろうが、提示された巨額は、全参加者を凍り付かせるに十分なものだった。SAO一番の巨大ギルド、MTDの経済力と、その本気度合いが垣間見えた瞬間である。
相応の金銭報酬に、巨大ギルドからの優遇措置。ヒーローになれるチャンスと、さらにちょっとした「宝くじ」までついている。ともかくその場の全員は、既にボス攻略の段取りを考え始めていた。
「キバオウ派に不穏な動きあり。5層ボスドロップ狙いと推測。どうか止めて欲しい」
インスタントメッセージの少ない文字数にねじ込まれた、高々35文字かそこらの文章がユリエールを、MTDを、攻略組の1/3を動かしたのだ。
(アルゴネキが曇るシーンの「ここすき」数は)110弱でしょうね、最近見てないから分かんないですけど。
追記:お気に入り2500、ありがとナス!!
18:25追々記:一部表現を加筆修正。